1. 音は、関節の 中から
1. 音が出るのは、骨と骨のすき間
1. 関節のつくりと、音の出どころ
指には、まがる ところが たくさん あります。骨と 骨が つながって いる ところで、関節と いいます。
関節の 中には、関節液と いう、ぬるぬるした 水のような ものが あります。骨が すべりやすく なるのです。
「ポキッ」は、この 中で なにかが おきた ときの 音です。ただし、なにが おきたのかは、長い あいだ、はっきり しませんでした。
指の骨と骨がつながるところが関節です。関節の中は、関節液という、ぬるっとした液体で満たされています。骨がなめらかに動くための液です。
指を引っぱると、この関節の中で何かが起きて、「ポキッ」と音が出ます。何が起きているのかについては、長いあいだ「泡がつぶれる音」という説明が有力でした。
指の関節は、骨と骨のあいだに関節液があり、骨の表面どうしが向き合っている。関節をゆっくり引き離すと、あるところで急に関節面が離れ、「ポキッ」という音が出る。この音を出す現象は、関節の中にできる泡になぞらえて、キャビテーション(空洞形成)とも呼ばれてきた[1]。
以下では、その音の正体について、「泡がつぶれる説」と「空所ができる説」がどう出てきたかを順に見る。
2. むかしの 考え「あわが つぶれる」
2. 1971年の考え ── 泡がつぶれる音
2. 1971年のX線観察と「泡の崩壊」説
ペットボトルの ふたを あけると、「プシュッ」と 音がします。泡が はじけた 音に 聞こえますね。
1971年に、ある 研究者たちは、指を ひっぱって X線で 見ました。すると、関節の 中に すき間が できるのが 見えました。
そこで「この 泡が つぶれる 音では ないか」と 考えました。この 考えは、40年より 長く、多くの 人が 本当だと 思って いました[1]。
ただし、「つぶれる」ところを 見た わけでは ありませんでした。
X線で見えた、関節の中のすき間
1971年、Unsworthという研究者たちは、指のつけ根の関節を引っぱりながらX線で撮影しました。関節の中に、すき間(泡)ができる様子が確かめられました。
そこで、音の原因は「その泡がつぶれること」ではないか、と推測されました。炭酸飲料のふたを開けたとき、泡がはじける音に近い、というイメージです。ただし本当の仕組みは、飲み物とは同じではありません。
この説は、その後40年以上、広く受け入れられました[1]。ここでは1971年の論文そのものではなく、2015年の論文の紹介から引いています。
1971年、Unsworthらは、中手指節関節を引っぱるX線動画を使い、関節内にすき間(泡)ができることを確かめ、音の原因はその泡が急に崩壊することだと推測した。この「キャビテーション気泡の崩壊」説は、以後40年以上にわたり広く受け入れられた[1]。
ここで注意したいのは、X線で見えたのは「泡ができるところ」までで、「泡が崩壊するところ」ではなかった点である。1971年の内容は、2015年の論文の紹介による。
3. 2015年、動画で 見えた こと
3. 2015年、MRIで見えたもの
3. 2015年のリアルタイムMRI ── 空所は「できて、残った」
2015年、こんどは べつの 研究者たちが、あたらしい やり方で しらべました。MRIという、からだの 中を うつす きかいで、指を ひっぱる ところを 動画の ように とったのです。
すると、音が 出た ときに、関節の 中に 黒い 空所が できました。しかも、音が 鳴った あとも、その 空所は 見えつづけました[1]。
つぶれて きえた わけでは ありませんでした。研究者たちは「音が 鳴る わけは、泡が つぶれる ことでは なく、空所が できる ことだ」と 考えました。
ただし、しらべたのは 1人の 男の人の、10か所の 指の 関節だけでした。これで すべての 人に あてはまる、とまでは いえません[1]。
音が出た瞬間を、動画でとらえる
2015年、Kawchukらは、指を引っぱりながら、MRIで連続撮影しました。1秒に3.2コマほどで、関節の中を動画のように追いかけたのです[1]。
すると、音が出た瞬間に、関節の中に空所ができました。MRIの画像で黒く写る部分で、研究者たちは空気(気体)の領域だと考えています。しかも、音が鳴ったあとも、その空所は見え続けました。
1人・10か所の観察
この結果から、研究者たちは「音の原因は、泡がつぶれることではなく、空所ができること」と結論しました。ただ、調べたのは1人の男性の指の関節10か所です。「人間全般でそうだ」とまでは、この研究だけでは言えません[1]。
2015年、Kawchukらは、指を牽引しながら約3.2フレーム毎秒のリアルタイムMRIで撮影し、関節が離れて音が出た瞬間に空所が生じ、音の後もその空所が残り続けることを示した。著者らは、関節音の機序はキャビテーション気泡の崩壊ではなく空所(キャビティ)の形成に関係すると結論した[1]。空所が画像で黒く写るのは、気体の領域ができたためと著者らは解釈している。
この研究では、空所が崩壊するところは一度も観察されなかった。ただし対象は男性1人の関節10か所(撮影日は2回)で、標本は極めて小さい[1]。1971年の説が誤りだと確定したわけではなく、「泡がつぶれる」という従来の説明に対して、直接観察から異論が出た、という位置づけになる。
4. 「ちょっとだけ つぶれる」という 考え
4. 2018年の数理モデル ── 部分的につぶれる
4. 2018年のモデルと、残された論点
それから 3年後の 2018年、べつの 研究者が、数理で 考えました。関節液の 中で 泡が どう うごくかを 式に して、計算 したのです。
すると、泡が 「ぜんぶ」では なく「ちょっとだけ」つぶれる だけで、音の 大きさなどが 実験と あう、と いう 結果に なりました。これなら、音が 鳴った あとも 泡が のこって いても、おかしくありません[2]。
音の しくみは、まだ はっきり 決まって いません。研究者の 間でも、ぴったり 一つに 決まった わけでは ないようです。
計算で音を再現する
2018年、Chandran SujaとBarakatは、関節液の中で泡が動く様子を数理モデルにしました。そして、計算で出た音の大きさや主な周波数が、実験で測った値と合うと報告しました[2]。
このモデルでは、泡は「完全に」つぶれなくても、「部分的に」つぶれるだけで音を説明できます。つまり、音のあとに泡が残っていても矛盾しません[2]。2015年のMRIで空所が残っていた観察とも、つじつまが合います。
決着はついていない
部分的につぶれるモデルなら、音の説明も、泡が残る観察も両立します。ただ、これで音の仕組みに決着がついたとは言えません。1人・10か所という観察だけでは、決めきれないところが残っています。
2018年、Chandran SujaとBarakatは、関節液中の気泡の運動を数理モデル化し、音の大きさと主要な周波数が実験の測定値と一致することを示した。モデルによれば、音の特徴を生むのに必要なのは気泡の部分的な崩壊だけであり、崩壊後も気泡が残りうる[2]。これは2015年のMRIの観察とも矛盾しない。
整理すると、1971年の「完全に崩壊」説、2015年の「形成が音の原因で空所は残る」説、2018年の「部分崩壊」説の三つが並ぶことになる。2018年のモデルは、音を説明でき、泡が残る観察とも両立するが、それで音の仕組みが決着したとは言えない。2015年の観察は被験者が1人だった点も残る。
5. すぐには、もう 鳴らない
5. 一度鳴ると、しばらく鳴らない
5. 「不応期」という待ち時間
一度 鳴らした 指は、すぐには もう 一度 鳴らせません。しばらく たたないと、鳴らないのです。
2015年の 研究では、20分 くらいが 目安と されて います[1]。20分は、テレビの アニメ 1本より 少し 短い ぐらいです。
ただし、20分ぴったりと 決まって いる わけでは ありません。目安の 時間です。
実は、一度鳴らした関節は、しばらくのあいだ、もう一度鳴らそうとしても鳴りません。この期間を「不応期」といいます。2015年の研究では、約20分が目安とされています[1]。
空所ができた直後は、まだ関節の中に空所が残っているため、もう一度音が出る条件がそろわない、と説明できそうです。ただし、この説明は資料に書かれた事実ではなく、ここまでの観察から考えた筋道です。20分も固定した値ではなく、目安です。
2015年の論文は、関節を一度鳴らすと、時間が経つまでは再び音が出ない不応期があるとしている。その長さは約20分とされ、あくまで目安であって固定値ではない[1]。
空所が音の後も残るという観察と、不応期が存在するという観察は、対応づけて考えたくなる。ただし、この対応は論文の記述をそのまま写したものではなく、こちらで組み立てた解釈の段階にとどまる。
6. 鳴らして いると、どうなるの?
6. 鳴らし続けると、関節に悪いのか
6. 習慣は害になるのか ── 自己実験と疫学調査
「指を 鳴らすと、いたく なるよ」と 言われた ことは ありませんか。
あるお医者さんは、50年 くらい、左手の 指だけを 1日に 2回ほど 鳴らしました。右手は 鳴らしません。そして、二つの 手を くらべました[3]。
ちがいは ありませんでした。どちらの 手にも、関節炎は ありませんでした。この 話で 2009年に、「イグ・ノーベルしょう」と いう、おもしろい 研究に おくられる ごほうびを もらいました。
ただし、これは 1人だけの けっかです。だれが やっても 同じと までは いえません。いたい ときや、へんな 音が する ときは、おとなに 言って ください。
50年、左手だけ鳴らした医師
ある医師は、約50年間、左手の指だけを1日に2回ほど鳴らし、右手は鳴らさず比べるための手にしました。計算すると、鳴らした回数は少なくとも3万回以上にのぼります。どちらの手にも違いはなく、関節炎もありませんでした。この研究で、2009年にイグ・ノーベル賞を受けています[3]。
ただし、これは1人の観察です。安全が証明されたことにはなりません。
215人を調べた研究
2011年には、50〜89歳の215人に聞き取りをした調査もありました。指を鳴らす習慣があった人は20%。関節炎のある人の割合は、鳴らす人と鳴らさない人で大きな差は見られませんでした。この調査は、習慣的に鳴らすことが手の関節炎の原因になるとは考えにくい、と結論しています[4]。
ただし、過去を思い出して答えてもらう調査なので、「絶対に害がない」とまでは言えません。
研究の結果は、そろっていない
医療情報サイトは、関節炎になりやすくなるという信頼できる関連は見つかっていない、と紹介しています。一方で、習慣的に鳴らす人に手の腫れや握力の低下が見られた、という別の研究もあるそうです[5]。痛みや、ふだんとちがう音があるときは、受診をすすめられています。
習慣の影響については、二つの資料が知られる。一つはUngerの自己実験で、約50年間、左手の指だけを1日2回ほど鳴らして右手を対照とし、少なくとも3万6千回以上鳴らした結果、両手に差はなく関節炎もなかったと報告された。この観察は2009年にイグ・ノーベル医学賞を受けた[3]。ただし対象は1人で、安全の証明にはならない。
もう一つは2011年のdeWeberらの調査で、50〜89歳の215人のうち、指を鳴らす習慣のある人は20%だった。変形性関節症のある人の割合は、鳴らす人と鳴らさない人で大きな差がなく、習慣的に指を鳴らすことは手の変形性関節症の危険因子とは考えにくいと結論している[4]。後ろ向き(過去の記憶に頼る)調査であり、「害がない」と断定できる設計ではない。
医療情報サイトは、指を鳴らすことと関節炎のリスク上昇との間に信頼できる関連は見つかっていないと紹介する一方、手の腫れや握力の低下を報告した別の研究もあるとする。痛みや、ふだんと違う音があれば受診をすすめている[5]。後者の研究の詳細は、ここでは分からない。
じぶんでも しらべて みる
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
この 研究は、1人の 指を しらべた ものでした。もし 自分が 研究者なら、なにを ふやして たしかめたいか、考えて みましょう。
おうちで できる こと
- ゆびの 関節を さがす。 手を にぎって、ゆびを ゆっくり まげのばし して みましょう。ほねが もりあがる ところが、関節です。むりに ひっぱったり、音を 出そうと したり しません。
- ふしぎを 1つ、きめる。 「音が 大きいのは どんな とき?」「大人と 子どもで ちがう?」など、しらべて みたい ことを ノートに 一つ 書きます。
今日できること
- 指の関節を探して、曲げ伸ばしをゆっくり観察する。握った手を開いて、骨が盛り上がる関節の位置を確かめます。無理に引っぱったり、音を出そうとしたりする必要はありません。
- この研究に足りないものを一つ考える。調べたのは1人だけでした。もっと確かにするには、何人の、どんな人を調べたいか。自分なりの案をノートに一行書いてみましょう。
研究のつくりを読み解く
- 標本の大きさを確かめる。2015年のMRI研究は1人・10関節、2011年の調査は215人。それぞれ、どこまで言えるかを比べる。
- 「観察」と「解釈」を分ける。「空所が残った」は観察、「音の原因は空所の形成」は解釈である。二つを別の欄に書き出すと、どこが確かでどこが仮説かが見える。
自分で試せる問い
この記事の各章から、「観察」の文と「解釈」の文を一つずつ抜き出してノートに並べてみよう。「空所が残った」と「だから音の原因は形成だ」は、どちらが観察でどちらが解釈か。分けられると、次に何を調べれば確かめられるかが見えてくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
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出典について:学術論文と、その紹介記事・医療情報サイトの公開情報を使っています。
- Kawchuk GN, et al. Real-Time Visualization of Joint Cavitation. PLOS ONE, 2015. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371%2Fjournal.pone.0119470 (MRIの観察、1人・10関節、不応期、1971年の説の紹介について)
- Chandran Suja V, Barakat AI. A Mathematical Model for the Sounds Produced by Knuckle Cracking. Scientific Reports, 2018. https://www.nature.com/articles/s41598-018-22664-4 (部分的な崩壊で音を説明する数理モデルについて。検索で得た要旨に基づく)
- Scientific American「Crack Research」。 https://www.scientificamerican.com/article/crack-research/ (約50年の自己実験について。1人の観察)
- deWeber K, et al. Knuckle Cracking and Hand Osteoarthritis. Journal of the American Board of Family Medicine, 2011. https://www.jabfm.org/content/jabfp/24/2/169.full.pdf (215人の調査について)
- Harvard Health Publishing「Knuckle cracking: Annoying and harmful, or just annoying?」(2018年)。 https://www.health.harvard.edu/blog/knuckle-cracking-annoying-and-harmful-or-just-annoying-2018051413797 (健康への影響について、証拠が一致していないという紹介。検索で得た要約に基づく)
なおした ところ
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