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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

木の みきの ちいるいは、空気の 何を 知って いるの?

木の幹の地衣類は、空気のきれいさをどう教えてくれるのか

地衣類と大気汚染 ── パリの公園・ウメノキゴケの研究・窒素汚染と市民調査

分野:生きもの

町の 木の みきに、白っぽい 丸い ものや、緑の うすい かさぶたのような ものが はりついて いる ことが あります。これは ちいるいと よばれる 生きものです。

この ちいるいが いる 木と いない 木が あると、空気の ようすが 分かる ことが あると いわれて きました。どうして なのでしょうか。パリの 公園で 消えて、また もどって きた きろくが、その こたえを おしえて くれます。

街路樹や公園の木の幹に、白っぽい丸いものや、緑色の薄いかさぶたのようなものがはりついていることがあります。地衣類(ちいるい)と呼ばれる生きものです。

この地衣類が「いる木」と「いない木」があると、空気の汚れの目安になることが、長く知られてきました。なぜ地衣類は空気の状態を映すのでしょうか。その理由が、パリの公園で消えて戻った記録や、日本の研究、今の市民調査から分かります。

木の幹に着生する地衣類の有無や種類は、大気汚染の目安として長く使われてきた。地衣類は菌類が藻類と共生した生物で、根やクチクラを持たず、空気から直接物質を取り込む[3]。

この記事は、パリのリュクサンブール公園で記録された消失と再定着[3][5]、日本でウメノキゴケを指標にした研究[6][7]、汚染の種類の変化と英国の市民調査[8][9]から、地衣類が大気の状態を映す理由と、その指標の限界が分かる。

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1. 木の みきに いるのは、何?

1. 幹にはりつく「コケのようなもの」の正体

1. 地衣類とは何か ── 菌類と藻類の共生体

木の みきの ちいるいは、見た 目が コケに にて います。むかしは コケの なかまだと まちがえられて いたそうです[1]。

でも、ちいるいは コケでは ありません。きのこや カビの なかまが、藻もの なかまを 体の 中に すまわせて、いっしょに 生きて いる ものです。これを 共生きょうせいと いいます[1]。藻もが 光を うけて えいようを つくり、きのこや カビの なかまが 体を 作って まもる、と 考えて みると 分かりやすいでしょう。

日本では、およそ 1800しゅるいが 記ろくされて います(2018年の 時点)[1]。国立科学博物館はくぶつかんには、ちいるいの ひょうほんが やく25万点も あります[2]。

地衣類は、菌類(主にカビやキノコの仲間)が、藻類(緑藻やシアノバクテリア)を体の中に抱えて共生することで、自分で生きていけるようになった生物です。見た目がコケ植物とよく似ているため、長いあいだ混同されていました[1]。日本からは、2018年の時点で約1,800種が記録されています[1]。

国立科学博物館は、地衣類を「藻類と共生した菌類」と説明し、約25万点の標本を持っています。2017年12月から2018年3月の企画展では、展示の一つの区分を「大気環境の移り変わりを反映する地衣類」にあてました[2]。地衣類と空気の関係は、博物館が展示のテーマにするほど、注目されてきた話題です。

地衣類は、菌類(主に子嚢菌や担子菌)が藻類(緑藻またはシアノバクテリア)を共生させ、自活できるようになった生物だ。外見がコケ植物に似るため長く混同された。日本からは2018年時点で約1,800種が記録されている[1]。

国立科学博物館は地衣類を「藻類と共生した菌類」と説明し、約25万点の標本を所蔵する。企画展「地衣類―藻類と共生した菌類たち―」(2017年12月〜2018年3月)の第6セクションは「大気環境の移り変わりを反映する地衣類」だった[2]。

2. どうして 空気の よごれに 弱いの?

2. 「皮も根もない」体は、空気をそのまま吸ってしまう

2. 感受性の理由 ── クチクラ・気孔・通水組織を欠く体

ふつうの 植物には、葉の 表面に ほごの まくが あり、根から 水を すい上げる くだも あります。ところが ちいるいには、そういう しくみが ありません[3]。

そのかわり、体の 表面 ぜんぶで、空気や 雨や ちりから 水分を すいこんで います[4]。かっぱも 長ぐつも なしで、雨の 中に 立って いる ような ものです。ただし ちいるいは、ぬれるのでは なく、体の 中へ すいこむ ところが ちがいます。

すいこむ ものの 中に、空気の よごれが まざって いると どうなるでしょうか。よごれも いっしょに 体に 入って しまいます。弱い しゅるいでは、色が うすく ぬけて 白っぽく なったり、藻もが 死んだり、ちいるい ごと かれたり する ことも あります[4]。

植物の葉にはクチクラ(表面を守る保護層)と気孔(気体の出入り口)があり、根から水を運ぶ管もあります。地衣類にはこの三つがありません[3]。

その代わり、体の表面全体から、空気・雨・ちりに含まれる水分やミネラルを直接取り込みます[4]。雨具も靴もなしで雨の中に立っているようなものです。ただし地衣類の場合は、ぬれるだけでなく、水と一緒に物質が体の中へ入っていく点が違います。

取り込むものに汚染物質が混じっていると、それも一緒に入ってしまいます。米国国立公園局によると、敏感な種は光合成が落ちたり、白っぽく色が抜けたりする変化を起こし、藻類が死んだり、地衣類ごと枯れたりすることもあります[4]。種によって強さは違い、汚れに強い種もいます。

Encyclopedia of the Environment は、地衣類がクチクラ・気孔・通水組織を欠くと説明する[3]。体の表面全体から水と気体を取り込むため、汚染物質も体内に入りやすい、という筋道になる。

米国国立公園局(NPS)は、地衣類が空気・雨・ちりから水分とミネラルを直接吸うので、汚染物質も一緒に取り込むと述べる。敏感な種では、光合成の低下や白化(色が抜けること)などが起き、藻類が死ぬ、地衣類ごと枯れる場合もある[4]。

SO2が体内で具体的にどう害を与えるか(酸性化・クロロフィルの破壊など)の詳しい機構は、ここでは扱わない。強さは種ごとに大きく異なる。

3. パリの 公園の ちいるいは、どう なった?

3. 1866年から1896年 ── 公園の地衣類がすべて消えた

3. リュクサンブール公園の記録 ── Nylander(1866〜1896年)

フィンランドの ちいるいの 学者、ニランデルは、パリの リュクサンブール公園を しらべました。1866年、この 公園の 木には やく30しゅるいの ちいるいが ありました[3]。

ところが 1896年までに、ぜんぶ 消えて しまいました[3]。30年の あいだに、町は 石炭で あたたかく なり、工場も ふえて、けむりが 空に のぼって いたと 考えられます。ニランデルは、そのけむりに ふくまれる 二酸さん化硫黄いおうと ちいるいの つながりを、はじめて 指てきした 1人だと いわれて います[3]。

公園の 木に「いない」ことが、空気の ようすを 教えて いたのです。

フィンランドの地衣類学者ニランデル(Wilhelm Nylander)は、パリのリュクサンブール公園の地衣類を調べ続けました。1866年には約30種(32種とする資料もあります)があったのに、1896年までにすべて消えたと記録されています[3]。

30年ほどのあいだに、パリでは石炭による暖房や工場が増え、大気中の二酸化硫黄が増えたと考えられます。ニランデルは、二酸化硫黄と地衣類の関係を最初に指摘した一人とされています[3]。

「いない」ことが記録になる

ふつう、生きものの記録は「見つけた」ことを書きます。ここでは、以前あったものが「なくなった」ことが、空気の変化の手がかりになりました。ただし、これは一つの公園の記録であり、消えた原因を二酸化硫黄だけと決めつけることはできません。

Encyclopedia of the Environment によると、フィンランドの地衣類学者 Wilhelm Nylander は、パリのリュクサンブール公園で、1866年に約30種あった地衣類が1896年までに全滅した経過を記録した。石炭暖房や工業で出る二酸化硫黄(SO2)との関係を最初に指摘した一人とされる[3]。

種数は、約30種とする記述と32種とする記述がある。本文は約30種とした。消失の原因を二酸化硫黄に絞る根拠は、当時の実測値ではなく、のちの研究の積み重ねにある。

4. 消えた ちいるいは、もどって きたの?

4. 約100年後、木の上に地衣類が戻ってきた

4. 再定着の調査 ── Seaward & Letrouit-Galinou(1991年)

1980年代の おわりごろ、空気の 中の 二酸さん化硫黄いおうが 大きく へりました。すると リュクサンブール公園の 木に、ちいるいが また あらわれ はじめました[5]。

1991年の 調さでは、少なくとも 11しゅるいが、木に 根づいて いました[5]。ニランデルの 記ろくが おわった 1896年から、100年ちかく たって います。

空気が きれいに なると、ちいるいは もどって くる ことが ある。これは、空気中の 二酸さん化硫黄いおうが へった ころに、ちいるいが もどって きた 記ろくです。ただし 11しゅるいは、1866年の やく30しゅるいより ずっと 少ない 数です。

1980年代の終わりに、大気中の二酸化硫黄が大きく減ると、リュクサンブール公園の木に地衣類が再び現れました。1991年の調査(Seaward と Letrouit-Galinou)では、少なくとも11種が定着していたと報告されています[5]。

ニランデルの記録が1896年まで、この調査が1991年なので、間はおよそ100年です。「約100年後に戻った」は、1896年の記録と1991年の調査を並べた概算です。

戻ってきた11種は、1866年の約30種より少ない数です。空気が良くなると地衣類は戻ることがある、というのが、この記録から言えることです。全部が元どおりになったわけではありません。

Seaward & Letrouit-Galinou(1991, The Lichenologist 23(2))は、1980年代末に大気中のSO2が大きく減ったあと、リュクサンブール公園の木に少なくとも11種の地衣類が再定着していたと報告した[5]。

「約100年後」は、Nylander の記録の終点(1896年)とこの調査(1991年)の概算の差で、途中の年に地衣類が皆無だったことの実証ではない。また11種は消失前の約30種より少なく、完全な回復とはいえない。

5. 日本の 町でも、同じ ことが あったの?

5. 日本では、ウメノキゴケがいない町とSO₂の濃い町が重なった

5. ウメノキゴケの指標性 ── 5都市の研究(1976年)と静岡市の長期調査

日本でも 同じ 研究が ありました。木や かべに はりつく、葉のような ちいるいの 一つが、ウメノキゴケです。

1976年に 発表された 研究は、せんだい・東京・ふじ・しずおか・よっかいちの 5つの 町を しらべました。すると、ウメノキゴケの いない 地いきは、空気の 中の 二酸さん化硫黄いおうが 多い 地いきと、だいたい 重なって いました[6]。

しずおか市の しみず区では、おはかの 56か所で、ウメノキゴケの ひろがりを 何年も しらべて います。二酸さん化硫黄いおうの よごれが よく なると、ひろがりは もどりました。けれども 高速道路と 国道が まじわる あたりでは、1978年ごろから 消え はじめました。車が ふえた ことなどで 空気が かわった ことと つながりが あるかも しれないと いわれて います。でも、はっきりした わけは 分かって いません[7]。

ウメノキゴケは、日本の街や墓地の石、木の幹でよく見られる葉のような形の地衣類です。1976年に日本生態学会誌に出た研究(杉山・黒川・岡田)は、仙台・東京・富士・静岡・四日市の5都市で調べ、ウメノキゴケのいない地域は、大気中の二酸化硫黄が0.020ppmを超える地域とほぼ一致したと報告しました[6]。この0.020ppmは、この研究の条件での目安で、どこでも同じ線引きになるわけではありません。

静岡市清水区の墓地56か所では、ウメノキゴケの分布が1972〜1978年、1994年、2003年に調べられました。二酸化硫黄の汚染が改善したあと、分布は回復しました。一方で、東名高速と国道1号が交わる付近では、1978年ごろから消え始め、空白域が広がりました。交通量の増加などによる大気環境の変化との関連が指摘されています。ただし、地衣類の分布と窒素酸化物濃度の直接の関連は確認されていません[7]。

ウメノキゴケは自動車の排気ガスにも敏感で、都市部の大気の状況を映す種として知られています[1]。

杉山・黒川・岡田「地衣類の大気汚染指標性に関する研究 I」(日本生態学会誌26(4), 1976)は、仙台・東京・富士・静岡・四日市の5都市で調査し、ウメノキゴケの欠如地域が、大気中のSO2濃度0.020ppmを超える地域とほぼ一致したと報告する[6]。0.020ppmは、この研究の調査条件での目安で、固定した境界線ではない。

静岡市清水区の墓地56か所で、1972〜1978年、1994年、2003年に分布を調べた長期モニタリング(大気環境学会誌43(1))によると、SO2汚染の改善後に分布が回復した。ただし東名高速と国道1号の交差部付近では1978年ごろから消え始め、空白域が広がった。抄録は交通量増加などによる大気環境の変化との関連を指摘するにとどまり、分布と各汚染物質の直接の関連は見いだされておらず、乾燥化など他の要因もありうるとする[7]。

ウメノキゴケは自動車排気ガスに敏感で、都市部の大気状況を反映する種として知られる[1]。

6. これからも、空気の 見はりばんに なれる?

6. 地衣類から汚れの種類も読める ── 窒素汚染と市民調査

6. 汚染の種類の変化 ── 窒素好性種の増加と OPAL Air Survey

二酸さん化硫黄いおうが へると、こんどは ちっそを ふくむ よごれが 目立つように なります。車などから 出る ものです。すると、ちっそを このむ しゅるいの ちいるい、たとえば 黄色い ちいるいが ふえ、酸さんの 強い ところを このむ しゅるいは へります[8]。ちいるいの しゅるいの 組み合わせから、よごれの しゅるいが かわる ことも 読める、ということです。

イギリスでは、子どもや おとなが だれでも 入れる 調べものも 行われました。木の みきや えだに いる ちいるいの しゅるいを 数えて、ちっその よごれを 見る ものです[9]。あとで 調べると、はっきりした ちがいは 分かりましたが、細かい ちがいは 分からない ことも ありました[9]。

二酸化硫黄が減ると、次は窒素酸化物やアンモニアなど、窒素を含む汚染が目立つようになります。すると、窒素を好む種(黄色い地衣類 Xanthoria parietina など)が増え、酸性の環境を好む種は減ります[8]。地衣類の種の組み合わせから、汚染の種類の変化も読み取れる、ということです。

英国の市民科学「OPAL Air Survey」では、参加者が落葉樹の幹や枝に付いた地衣類を数え、窒素に敏感な種・強い種・中間の種の割合から、窒素汚染の目安をつくりました。あとから行われた検証では、はっきりした汚染の差は見つけられた一方で、微妙な差は見つけられない場合があったと報告されています[9]。

地衣類は「目安」の一つ

地衣類の観察は、測定器を置くことの代わりではなく、それを助ける手がかりの一つと考えるのがよさそうです。地衣類だけで空気の状態が決まるわけではありません。

SO2が大きく減ったあと、窒素酸化物やアンモニアなど窒素汚染が目立つようになる。窒素を好む種(黄色い Xanthoria parietina など)が増え、酸性環境を好む種は減る[8]。種の組成から、汚染の種類の変化も読める。

英国の OPAL Air Survey は、参加者が落葉樹の幹や枝の地衣類を数え、窒素に敏感な種・耐性の強い種・中間の種の出現から窒素汚染の目安とした。検証(Environmental Pollution, 2013)では、簡略化した手法で大きな汚染の差は検出できたが、微妙な変化は検出できない場合があった[9]。

地衣類による評価は、測定器の常時観測を置きかえるものではない。地衣類だけで空気の状態が決まるわけではない。

7. 木の みきを、よく 見て みよう

7. 近所の木の幹を、ゆっくり観察する

7. 出口 ── 幹を観察し、原典に当たる

おうちの 人と いっしょに、近所の 公園や 道ばたの 木の みきを 見て みましょう。車の 通る 道の すぐ そばでは、歩道の 内がわに 立ちます。木には のぼりません。

見る ところは、白っぽい もの、緑の もの、黄色い ものが はりついて いるか。形は 丸いか、葉のようか。色と 形を 絵に かいて みましょう。ちいるいは 手で はがさず、見る だけに します。

ちがう 木や 場所と くらべると、いる ところと いない ところが 分かるかも しれません。ただし 見つけた から、いない から 空気が どう、と 決める ことは できません。ちがいを 見つける ことが 大切です。

おうちの人と、公園や道ばたの木の幹を観察してみましょう。車の通る道のそばでは歩道の内側に立ちます。木には登らず、地衣類は手ではがさず、見るだけにします。

白っぽい、緑、黄色などの色と、丸い・葉のような・枝分かれしているなどの形を、スケッチにします。木の種類、道からの距離、日当たりを一緒に書いておくと、あとで比べやすくなります。

地衣類の有無だけで空気を評価することはできません。地衣類の種類が同じでも、木の種類や日当たりで生え方は変わります。観察は「なぜ違うのだろう」と考えるための出発点です。

国立科学博物館の企画展のページ[2]は、地衣類と大気環境を紹介する入口になります。

観察は単純にできる。大人と一緒に、近所の木の幹について、地衣類の色(白・緑・黄)、形(円形・葉状)、木の種類、日当たり、道路からの距離を記録する。木には登らず、地衣類は採らずに見る。車道のそばでは歩道の内側に立つ。

日本語で読める資料なら、杉山ほか(1976)[6]と静岡市の報告[7]が入口になる。国立科学博物館の企画展のページ[2]も、地衣類と大気環境を知る手がかりになる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:博物館・国立公園局・学術雑誌の要旨、百科事典の解説、Wikipedia を使った。何に使ったかは、それぞれの項目に書いている。

  1. 地衣類 - Wikipedia(日本語版)。https://ja.wikipedia.org/wiki/地衣類 (地衣類の定義、日本の種数、ウメノキゴケと排気ガス)
  2. 国立科学博物館 企画展「地衣類―藻類と共生した菌類たち―」。https://www.kahaku.go.jp/event/2017/12lichen/ (標本数と、大気環境をテーマにした展示)
  3. Lichens and environmental quality(Encyclopedia of the Environment)。https://www.encyclopedie-environnement.org/en/life/lichens-environmental-quality/ (体のつくり、パリの公園の消失の記録)
  4. U.S. National Park Service「Lichens and Air Quality」。https://www.nps.gov/articles/lichens-and-air-quality.htm (汚染物質を取り込むしくみと、敏感な種の変化)
  5. Seaward & Letrouit-Galinou (1991) Lichen Recolonization of Trees in the Jardin du Luxembourg, Paris. The Lichenologist 23(2)。https://www.cambridge.org/core/journals/lichenologist (1991年の再定着の調査。雑誌のトップから探せる)
  6. 杉山・黒川・岡田「地衣類の大気汚染指標性に関する研究 I」日本生態学会誌26(4), 1976。https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/26/4/26_KJ00001775784/_article/-char/ja/ (5都市の研究。要旨の範囲)
  7. 「静岡市清水区におけるウメノキゴケの長期モニタリングと大気汚染の変遷」大気環境学会誌43(1)。https://www.jstage.jst.go.jp/article/taiki1995/43/1/43_1_47/_article/-char/ja (墓地56か所の長期調査。要旨の範囲)
  8. Plants and lichens, sentinels of air quality(Encyclopedia of the Environment)。https://www.encyclopedie-environnement.org/en/air-en/plants-lichens-sentinels-air-quality-2/ (窒素汚染と種の入れかわり)
  9. Can citizen science produce good science? OPAL Air Survey(SEI)。https://www.sei.org/publications/can-citizen-science-produce-good-science-testing-the-opal-air-survey-methodology-using-lichens-as-indicators-of-nitrogenous-pollution/ (英国の市民調査とその検証。検索で見た要旨の範囲)

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