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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

大きな ガラスの レンズは、もう つくれないって ほんとう?

大きなガラスのレンズを作る技術は、本当に途絶えたのか

大型ガラスレンズの製造技術は本当に途絶えたのか:ヤーキスの102cmから2019年の1.57mまで

分野:技術

1900ねんの パリには、1メートル25センチも ある 大きな レンズが ありました。ところが、ほしを 見る 望遠鏡ぼうえんきょうの レンズは、その あと 1メートルの あたりで 止まった と いわれます。

それなのに 2019ねんには、1メートル57センチの レンズが できました。大きな レンズは、もう つくれないのでしょうか。この ページを 読むと、とまった わけと、いま つくられて いる ものが わかります。

1900年のパリ万博には、口径1.25mという巨大なレンズの望遠鏡が展示されました。ところが、星を観測する屈折望遠鏡のレンズは、1mあたりで行き止まりになったと京都大学の資料は述べています。[4]

それなのに2019年には、直径1.57mのレンズが完成しています。大きなガラスのレンズを作る技術は、本当に途絶えたのでしょうか。この記事を読むと、望遠鏡のレンズが大きくならなかった理由と、今も作られている大きなレンズ、「途絶」と発表された灯台のレンズの話が分かります。

1900年のパリ万博には口径1.25mの対物レンズが展示された[7]。一方、科学用の屈折望遠鏡は口径1mで行き止まりになったと京都大学の資料は述べ、原因を材料と支持方法に求める[4]。ところが2019年9月、直径1.57mのレンズが完成し、ギネス世界記録は「世界最大の高性能光学レンズ」と認定した[8]。では、大型ガラスレンズの製造技術は途絶えたのか。

この記事を読むと、レンズが自重でゆがむ限界、光学ガラスの円盤づくりの難しさ、現代のレンズ、そして海上保安庁が「途絶」と発表した灯台用レンズが、それぞれ別の話であることが分かる。

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1. 1メートル57センチの レンズは、ほんとうに あるの?

1. 2019年に完成した1.57mのレンズは、何のためのものか

1. 2019年の1.57mは、望遠鏡のレンズの記録とは別の記録である

あります。アメリカの ルービン天文台で つかう カメラの いちばん 大きな レンズで、直径ちょっけいは 1メートル57センチ。2019ねんの 9がつに できあがりました。ギネスの きろくでは、これを 「カメラなどに つかう、とても よく 見える レンズの なかで、せかいで いちばん 大きい」と しょうかいして います。

ガラスの もとに なる かたまりは、アメリカの コーニング社が つくった とうめいな ガラスだと いわれます。大きな レンズは、いまも つくれるのです。

ただし、くらべる ときは ちゅうい です。この レンズは カメラの なかに 入る レンズで、ほしを じかに のぞく 望遠鏡ぼうえんきょうの レンズとは つかい方が ちがいます。

では、どうして レンズを つかう 望遠鏡ぼうえんきょうでは 1メートルの あたりで 止まったのでしょう。

2019年9月に完成した直径1.57mのレンズは、アメリカのルービン天文台の巨大カメラの先頭に置かれるレンズです。ギネス世界記録は、これを「世界最大の高性能光学レンズ」と認めています[8]。製作はボール・エアロスペース社と、その下請けのアリゾナ・オプティカル・システムズ社です。

もとのガラスの塊は、アメリカのコーニング社が作った、純度の高い溶融石英だとされています。コーニング・ガラス博物館には、2015年の日付がついた未完成品が収蔵されています[9]。つまり、大きなガラスのレンズを作る力は今もあります。

ただし、この記録には条件がついています。「高性能光学レンズ」の最大であって、望遠鏡の対物レンズの最大ではありません。一つのレンズとして最大の望遠鏡用は、1897年に観測が始まったヤーキス天文台の口径約102cmです[1]。1.57mは、その約1.5倍です(157÷102は約1.54)。単純に大小を比べてはいけません。

では、なぜ望遠鏡のレンズは102cmあたりで止まったのでしょうか。

直径1.57mのレンズ「L1」は、ルービン天文台のLSSTカメラの光学系に使われる。製作はボール・エアロスペース社で、仕上げなどはアリゾナ・オプティカル・システムズ社が担った[8]。素材のブランクはコーニング社の溶融石英(7980 HPFS)とされ、2015年の日付がある未完成品がコーニング・ガラス博物館に収蔵されている[9]。ただし素材の情報は博物館サイトの要約に基づくため、断定は避ける。

ここで比べ方に注意が要る。ギネスの認定は「高性能光学レンズ」という条件つきで、望遠鏡の対物レンズの記録ではない。ヤーキス天文台の屈折望遠鏡は口径40インチ(約102cm)で、国立国会図書館は、これを製作費50万ドルの、当時世界最大の望遠鏡として紹介する[1]。1.57mはその約1.5倍だが、定義が違うので、大小の序列ではない。

つまり「大きなガラスレンズを作る能力」は残っている。にもかかわらず、望遠鏡の対物レンズが1m前後で止まったのはなぜか。原因は、レンズの形そのものにある。

2. 大きな レンズは、どうして 自分の おもさで ゆがむの?

2. レンズは「縁」でしか支えられないという弱点

2. 自重によるたわみ:レンズの支持が縁に限られる理由

うすい したじきを、りょうほうの はしだけで もって みると、まんなかが たれます。つくえの 上に ぺたっと おけば、まっすぐです。

レンズも おなじです。レンズは ひかりを とおす ために、うしろから ささえる ことが できません。ささえられるのは、まわりの ふち だけです。大きく すれば するほど おもく なって、まんなかが 自分の おもさで ゆがみます。

ゆがむのを ふせぐために あつくすると、こんどは ひかりが とおりにくく なります。

かがみなら、うらがわ ぜんたいを ささえられます。だから 大きな 望遠鏡ぼうえんきょうは、レンズから 鏡かがみに かわって いきました。

薄い下敷きを両端だけで持つと、真ん中がたれます。机の上に置けば、まっすぐなままです。これが、大きなレンズの悩みです。

望遠鏡のレンズは、光を通さなければならないので、裏側から全面で支えることができません。支えられるのは縁だけです。口径を大きくすると、レンズは自分の重さでゆがみます。ゆがみを防ごうとして厚くすると、今度は光がガラスを通り抜けにくくなります[3]。

鏡は違います。反射する面の裏全体を支えられるので、たわみが問題になりにくいのです。ヤーキスの40インチあたりが、屈折望遠鏡の技術的な限界とされるのは、このためです[3]。京都大学の資料も、屈折望遠鏡の大口径は1mで行き止まりになり、原因は材料と支持方法だと述べています[4]。

ここで言う「限界」は、ちょうど102cmで壊れるという意味ではありません。大きくするほど難しさが増し、やがて割に合わなくなる、という目安です。

形の弱点だけでなく、そもそもレンズの元になるガラスの円盤を作ること自体が大仕事でした。

レンズは光を透過させるため、裏面全体を支える構造をとれない。支持できるのは縁に限られるので、口径が大きくなると自重でたわむ。厚みを増して剛性を稼げば、今度はガラスを通り抜ける光が減る。この二つの弱点が重なるため、屈折望遠鏡を大口径にするのは難しい[3]。

反射鏡は、反射面の裏全体を支えられる。裏側から支えられるため、鏡は大きくしてもたわみを抑えやすい。そのため、屈折望遠鏡はヤーキスの40インチ付近が技術的限界とされる[3]。京都大学の資料も、屈折の大口径は1mで行き止まりであり、原因は材料および支持方法だと整理する[4]。2つの資料は、どちらも材料と支持の難しさを理由に挙げている。

ただし、これは「ちょうど102cmで作れなくなる」という意味ではない。大きくするほど難しさが増し、鏡のほうが有利になる、という一般的な説明である。では、レンズの材料であるガラスの円盤は、どのように作られたのか。

3. ガラスの まるい かたまりは、どうやって つくるの?

3. 泡も筋もないガラスの円盤を、割れずに作る苦労

3. 均質な円盤を鋳造する難しさ:リック天文台の36インチの場合

レンズの もとは、まるい ガラスの かたまり(円盤えんばん)です。この なかに 泡あわが あったり、すじが あったり、われたり すると、ほしの ひかりが きれいに あつまりません。

アメリカの リック天文台の レンズ(はば 91センチほど)の ために、フランスの かいしゃが ガラスを つくった とき、はこんでいる とちゅうで 一まい われて しまいました。つくり直しは 十数回に なったと いわれます。二まい目が とどいたのは 1885ねんで、レンズが できあがったのは 1886ねんです。

大きな まるい かたまりを ひとつ 作るのは、それだけ たいへんな しごとでした。

レンズの元になるガラスの円盤は、中に泡があったり、筋のようなむらがあったり、割れていたりすると使えません。均質で澄んだ一枚を得るには、ほとんど数えきれない困難があったと、1885年のハーバード・クリムゾン紙の見学記は書いています[5]。

リック天文台の36インチ(約91cm)のレンズを作るとき、円盤はパリの会社が担当しました。輸送中に1枚が割れ、そのあとにも十数回の鋳造のやり直しがあったと伝えられています。2枚目が届いたのは1885年、レンズが仕上がったのは1886年です[6]。失敗の回数は資料によって揺れるので、ここでは「十数回」にとどめます。

この見学記は、国内(アメリカ)ではガラスがうまく鋳造できず、クラーク社がパリに頼んだとも書いています。大きな円盤を作る力は、どの国にもあったわけではありませんでした。

こうして苦労して作られた円盤が、ヤーキスのレンズになります。

光学ガラスの円盤(ブランク)は、気泡や脈理(筋状のむら)がなく、割れない、均質な一枚でなければならない。1885年のハーバード・クリムゾン紙の見学記は、リック天文台36インチ用のガラスをアメリカ国内でうまく鋳造できず、クラーク社がパリに依頼したこと、均質で澄んだ一枚を得るのに数えきれない困難があったことを伝える[5]。ただしこの記事は新聞の見学記で、検索結果の抜粋に基づく。

リンダ・ホール図書館の記事によれば、パリの会社は輸送中に1枚が割れたあと、さらに十数回の鋳造をやり直し、2枚目が1885年に届き、レンズは1886年に仕上がった[6]。回数は資料により「18回」「19回」と揺れるため、ここでは弱めに述べる。

円盤を均質にする技術は、ガラスを溶かしてかき混ぜる工夫と結びついている。大きな円盤ほど、泡・むら・割れのどれか一つで全体が使えなくなる。これが「作れるが、少ししか作れない」状況を生んだ。

こうして得られた円盤が、ヤーキスのレンズになる。

4. ヤーキスと パリの 大きな レンズは、どう ちがうの?

4. ヤーキスの102cmと、パリ万博の1.25mはどう違ったか

4. ヤーキスの40インチと、1900年パリ万博の1.25m:失敗作だったのか

アメリカの ヤーキス天文台の レンズは、直径ちょっけい およそ 1メートル。おもさは 225キロです。パリで 円盤えんばんを つくり、アメリカの クラーク社が みがいて しあげました。1897ねんの なつに 星の かんそくが はじまりました。

1900ねんの パリの はくらんかいの レンズは、もっと 大きい 1メートル25センチ。でも はくらんかいで 見せる ために 作られた 望遠鏡ぼうえんきょうで、星に むけにくく、星を しらべる ことには むいて いませんでした。1909ねんには 買う 人が おらず、望遠鏡ぼうえんきょうの 台は こわされました。

レンズが わるかった わけでは ありません。レンズ じたいは のこって いると いわれます。

大きく つくる ことは、できたのです。それでも 星を しらべる 望遠鏡ぼうえんきょうに ならなかった、ここが おもしろい ところです。

ヤーキス天文台のレンズは、色のにじみを消す二枚組で、重さは225kgです。円盤はパリのマントワが作り、アメリカ・マサチューセッツのクラーク社が磨いて仕上げました。観測が始まったのは1897年の夏で、天文台の献呈は10月21日です[2]。完成年は資料によって1896年とも1897年とも書かれるため、「1897年に観測が始まった」と言うのが安全です。

それより大きいのが、1900年のパリ万博に出た口径1.25mの望遠鏡です。「史上最大の屈折望遠鏡」とも呼ばれました。円盤はマントワが鋳造し、研磨はゴーティエ社でした[7]。

ところが、この望遠鏡は万博向けに作られていて、天体に向けにくく、科学の観測には向かないとされました。1909年の競売では買い手がつかず、鏡筒は解体されます。資料は、レンズの光学性能が悪かったことが原因ではないとも述べます[7]。レンズの行方は、廃棄とも、パリ天文台の保管とも書かれ、資料で食い違っています。

大きなレンズは作れたのに、研究の道具として定着しなかった。ここに、「作る力」と「使われ続ける力」の違いがあります。

ヤーキスの対物レンズは色消し二枚組で、重さは225kg。円盤はパリのマントワ、研磨はマサチューセッツのクラーク社が担った。観測開始は1897年夏、天文台の献呈は同年10月21日である[2]。完成年は1896年と1897年で資料が揺れるため、「観測開始」の表現を使う。

より大きいのが、1900年のパリ万博の大望遠鏡である。口径1.25mのレンズは、円盤がマントワ、研磨がゴーティエ社で、「史上最大の屈折望遠鏡」とされる[7]。ところが万博向けの構造で天体へ向けにくく、科学用に向かないとされ、1909年の競売では買い手がつかず、鏡筒は解体された。資料は、光学性能の悪さが理由ではないと述べる[7]。

ここから分かるのは、1.25mという大きさが「作れた」ことと、望遠鏡として使われ続けたことは別、という点である。レンズの行方(廃棄か保管か)は資料間で食い違うので、ここでは触れない。

では、なぜ「途絶した」と公的機関が発表した例があるのか。次は灯台のレンズである。

5. とうだいの 大きな レンズは、なぜ 「とだえた」と いわれるの?

5. 灯台の大きなレンズだけが「途絶」と発表された話

5. 灯台用ガラス製大型レンズの製造技術と、海上保安庁の発表

ここまでの はなしは、星を 見る レンズでした。灯台とうだいの ひかりを あつめる レンズは、また べつの ものです。

ほっかいどうの かむいみさきの とうだいには、フランスの 会社が つくった レンズが ありました。1876ねんごろに はこばれて きた ものです。高さは 3メートル、まわりは 2メートルほどの つりがねの かたちで、ガラスが 18まい。1まいが 80キロです。日本で ただ 一つ のこって いる フランスの 大きな レンズだと いわれます。

かいじょうほあんちょうは、べつの とうだいの ガラスの 大きな レンズについて、せかいじゅうで つくる ぎじゅつが とだえて いて、もう 二どと つくれない と はっぴょう しました。

ただし、これは 灯台とうだいの レンズの はなしです。星を 見る レンズや カメラの レンズまで とだえた、という いみでは ありません。

北海道の神威岬灯台の旧レンズは、フランスのソーター・ハーレー社製で、1876年(明治9年)ごろに輸入されました。高さ約3m、直径約2mの釣り鐘の形で、ガラスは18枚。80kgというのは1枚の重さで、全体の重さではありません。国内に唯一現存するフランス製大型レンズとされ、2022年夏から神威岬で展示されました[10]。

一方、海上保安庁は2025年(令和7年)の報道発表で、魹ヶ埼灯台のガラス製大型レンズ(フレネルレンズ)について、製造技術は世界中で途絶えており、二度と製造できないと述べました[11]。

ここで注意したいのは、「大型ガラスレンズ全般」の話ではないことです。官庁が「途絶」と言ったのは、灯台用のガラス製の大型レンズです。望遠鏡の話や、1.57mのレンズの話と混ぜてはいけません。途絶えた理由についても、手にした資料に書かれていないので、ここでは推測しません。

題名の問いに戻ると、「途絶えた」と言える範囲は、思ったより狭いのです。

神威岬灯台の旧レンズは、フランスのソーター・ハーレー社製で、1876年(明治9年)ごろに輸入された。高さ約3m、直径約2mの釣り鐘形で、ガラス18枚(1枚約80kg)からなる。国内に唯一現存するフランス製大型レンズとされ、2022年夏から神威岬で展示された[10]。重さは1枚の値であり、全体ではない。

一方、海上保安庁釜石海上保安部の報道発表(2025年2月)は、魹ヶ埼灯台のガラス製大型レンズ(フレネルレンズ)について、製造技術は世界中で途絶しており二度と製造できないと述べる[11]。これは官庁の発表の言い方である。

この「途絶」は、灯台用のガラス製大型レンズという範囲に限られる。望遠鏡の対物レンズや、2019年の1.57mとは対象が異なる。途絶の具体的な理由は、取得できた資料に書かれておらず、需要や職人など因果を書くことはできない。

冒頭の問いに答えると、大型ガラスレンズの製造技術が全体として途絶えたとは言えない。望遠鏡では、レンズの形の弱点と円盤づくりの難しさから鏡へ移り、別の用途では今も大きなレンズが作られ、灯台用には公的な「途絶」の発表がある。「大きなレンズ」と一括りにすると、この3つの事情が見えなくなる。

6. したじきと 灯台とうだいで、たしかめて みよう

6. 下敷きと灯台のレンズで、確かめてみよう

6. 手で確かめ、原典に当たる

きょう できる こと

うすい したじきを 二つ、つくえの はしに おきます。一つは りょうはしだけを もって、もう 一つは つくえに おいたまま おして みます。りょうはしを もったほうが、まんなかが たれます。ささえ方で、ゆがみ方が かわります。

でかけて できる こと

きんじょの 天文台や 灯台とうだいの しりょうかんに、むかしの レンズが ある ことが あります。おとなの ひとと いっしょに、まわりの わくや、ささえて いる ぶぶんを 見て みましょう。

下敷きで試す

薄い下敷きを1枚用意します。両端だけを持って、真ん中を軽く押してみます。次に、同じ下敷きを机の上に置いて、同じように押してみます。両端だけで持ったときは、真ん中が大きくたわみます。縁でしか支えられないレンズの弱点が、手で感じられます。

見に行くなら

地域の天文台や灯台の資料館には、昔のレンズを展示しているところがあります。展示物の周りの枠や、支えている部分を見てみましょう。レンズがどこで支えられているかが分かります。

資料を読むなら

国立国会図書館の展示ページ[1]と、京都大学の資料[4]は日本語で読めます。海上保安庁の発表[11]も、灯台のレンズの話を知る手がかりです。

手で確かめる

薄い下敷きを、両端だけで持つ場合と、机に置いたまま押す場合とで比べる。縁のみで支えられた板が自重でたわむ様子から、第2章のレンズの弱点が体感できる。ただし、実際のレンズはガラスの厚みも形も違うため、たわみの大きさそのものは比べられない。

資料を読むなら

国立国会図書館のヤーキス天文台の展示[1]、京都大学の望遠鏡400年の資料[4]は日本語で読める。灯台用のレンズは、海上保安庁の発表[11]で読める。日本語の3つの資料を読み比べて、望遠鏡の話と灯台の話がどこで分かれるかを自分で確かめてみるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. 国立国会図書館 展示「ヤーキス天文台の望遠鏡」. https://www.ndl.go.jp/exposition/data/R/646r.html (口径102cm・製作費)
  2. Wikipedia: Yerkes Observatory. https://en.wikipedia.org/wiki/Yerkes_Observatory (レンズの重さ・円盤と研磨・観測開始)
  3. Wikipedia: Lens sag. https://en.wikipedia.org/wiki/Lens_sag (縁での支持とたわみ)
  4. 京都大学 花山天文台 望遠鏡400年の資料. https://oister.kwasan.kyoto-u.ac.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/06/ssato_400_years_of_telescopes_1.pdf (屈折望遠鏡は口径1mで行き止まり)
  5. The Harvard Crimson, "A Big Glass" (1885). https://api.thecrimson.com/article/1885/12/19/a-big-glass-a-recent-visit (円盤の鋳造の困難)
  6. Linda Hall Library, The James Lick Refractor. https://www.lindahall.org/about/news/scientist-of-the-day/the-james-lick-refractor/ (リックの円盤の鋳造やり直し)
  7. Wikipedia: Great Paris Exhibition Telescope of 1900. https://en.wikipedia.org/wiki/Great_Paris_Exhibition_Telescope_of_1900 (パリ万博の1.25mレンズ)
  8. Guinness World Records: Largest lens. http://www.guinnessworldrecords.com/world-records/largest-lens (直径1.57mのレンズ)
  9. Corning Museum of Glass: Rubin Lens. https://glasscollection.cmog.org/objects/72677/rubin-lens (素材のブランク)
  10. 北海道新聞 神威岬灯台の仏製レンズ. https://www.hokkaido-np.co.jp/article/759026/ (旧レンズの大きさと展示)
  11. 海上保安庁 釜石海上保安部 報道発表(令和7年2月14日). https://www.kaiho.mlit.go.jp/02kanku/kamaishi/new_kamaishi/pdf/20250214sayonaratodorenzu.pdf (灯台用大型レンズの「途絶」)

なおした ところ

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