1. 月は まいにち どこに とまるの?
1. 月は毎晩どこに泊まるのか:空を28に区切った「宿」
1. 月の通り道を28の区画に分ける:恒星月27.32日と二十八宿
月は、星の あいだを すこしずつ 動いて います。きのう 星の そばに あった 月は、きょうは すこし はなれて います。
むかしの 中国の 人は、月の 通り道を 28こに 分けて、1つずつを 「宿」と よびました。月が 夜ごとに とまる、やどや のような ものです。
月が 星ぞらを ひとまわりするのは、やく27.3日です。そこで、1日に ほぼ 1つの やどを 通ると 考えました。ただし 本当は、まいにち ぴったり 1つずつでは ありません。1つ ずつの 広さも、おなじでは ないのです。
夜空で月のそばに明るい星があったとします。次の夜に見ると、月はその星から少し離れています。月は星々の間を動き続けていて、約27.32日で星空を一周して元の位置にもどります。この周期を恒星月といいます[1]。
昔の中国の人々は、この月の通り道に沿って天を28の区画に分け、それぞれを「宿」と呼びました。月が1日にほぼ1つの区画を通ると見なしたので、毎晩の月の居場所は「今夜はどの宿に泊まっているか」で言い表せます[1]。宿は星宿とも呼ばれ、「ほしのやどり」という別名もあります[3]。
ただし、28と27.32は同じ数ではないので、月がきっちり1日に1つずつ進むわけではありません。各宿の基準になる星(距星)から次の距星までを1つの宿とするため、区画の広さもまちまちです[4]。
夜空で月と明るい星を並べて見る日が続くと、月は星々の間を少しずつずれていくことが分かる。月が星空を一周して元の位置にもどる周期が恒星月で、約27.32日である。古代の中国では、この月の通り道に沿って天を28の区画に分け、それぞれを「宿」とした。月が1日にほぼ1つの区画を通ると見なせるので、月の位置を「どの宿にいるか」で記録できたわけである[1]。
宿は星宿・舎とも呼ばれ、天体が「宿る」区画という意味をもつ[3]。ただし、28と27.32は一致しないため、月が毎日きっちり1宿ずつ進むとは限らない。しかも宿は、各宿の基準となる星(距星)から次の距星までを区切りとするので、天球を28の不等な区画に分けることになる[4]。
では、この28の宿は、いつごろ、どのようにして名前がそろったのだろうか。
2. 28の やどの 名前は、いつ ごろ そろったの?
2. 28の宿の名前が書かれた、墓から出た漆箱のふた
2. 紀元前5世紀の漆箱に、二十八宿の名が書かれていた
28の やどの 名前が ぜんぶ 書かれた ものとして 知られるのは、中国の はかから 見つかった 箱の ふたです。うるしを ぬった 箱で、赤い 字で 28の やどの 名前が 書かれて います。
ふたには、青い りゅうと 白い とらの 絵も あります。作られたのは、2400年 いじょう 前の きげんぜん5せいきです。
28の やどは、東西南北の 4つの 方角に 7つずつ 分けられました。それぞれの 方角には、青龍・玄武・白虎・朱雀という 生きものが います。
ところで、空に 見える 星の かたまりに、やど だけでなく、もっと ふしぎな 名前が ついて いました。
28の宿の名前がすべて書かれた出土品として知られるのが、中国の湖北省にある曽侯乙の墓から見つかった漆の箱のふたです。赤い字で二十八宿の名前が書かれ、青龍と白虎の絵も添えられています。年代は紀元前5世紀で、箱の日付から推定された紀元前433年ごろです。これは箱を作った年ではなく、書かれた日付から割り出した年です[7]。
二十八宿の原型は、紀元前8〜6世紀ごろに成立していたとされます。ただし起源は中国かインドかで見解が分かれていて、中国で生まれたとされる、という程度に考えるのが安全です[2]。
28の宿は、東西南北の4つの方角に7つずつ割り当てられ、それぞれに青龍・玄武・白虎・朱雀という四神が対応しています[2][5]。月の通り道を、方角ごとに7宿ずつの4つの区間に分けた形です。
ところで、月の通り道の外には、宿とはちがう名前のつけ方の星の集まりがたくさんありました。
28の宿の名がすべて書かれた出土品として知られるのが、湖北省の曽侯乙墓から出た漆箱のふたである。ふたには赤い字で二十八宿の名が書かれ、青龍と白虎の絵が添えられている。年代は紀元前5世紀とされ、紀元前433年ごろという数字は、箱に書かれた日付(甲寅三日)を逆算して得られた推定値で、箱の製作年そのものではない[7]。
では、二十八宿はいつ生まれたのか。国立天文台の暦Wikiは、原型が紀元前8〜6世紀に成立していたとされるとまとめている。ただし起源は中国説とインド説で見解が分かれるため、本記事では「中国で生まれたとされる」にとどめる[2]。
二十八宿は、東西南北の4つの方角に7宿ずつ割り当てられ、青龍・玄武・白虎・朱雀の四神と結びつけられた[2][5]。月が約27.32日で通る一本の道を、方角ごとに7宿ずつの区間に分けた形である。ただし各宿の幅は不等なので、宿の数が等しいのは数のうえでの話にとどまる。
二十八宿の外側の空には、宿とは別の方法で名づけられた星の集まりが、無数にあった。
3. 星の 名前が 「やくにん」だって、本当?
3. 北極星のまわりに皇帝と皇太子がいる:星座の名前は宮廷の役職
3. 蘇州天文図で約283の星官:空に宮廷を映した中国の星座
中国では、星の かたまりを 「星官」と よびました。「かん」は、やくにんの ことです。
北極星の まわりには、皇帝、皇太子、きさき、玉座などの 名前の 星が ならんで いました。まるで、空に 宮廷が うつって いるようです。
ほかにも、天気や 動物、やくにんの しごと、どうぐ、おしろの へやの 名前が 星に つけられました。
西洋では、空を 88の 星座に 分けます。中国の 星官は、むかしの ある 星ぞらの ちずでは、やく283 あります。西洋の およそ 3倍です。ただし 数は 時代や しりょうで ちがいます。
中国の星座は「星官」と呼ばれます。官は役人の意味で、星のまとまりを役人や役所にたとえて名前をつけた、と説明されています。北極星のまわりには皇帝のほか、皇太子や后、玉座の名前をもつ星官が並んでいて、宮廷の姿を空に映したようになっています[6]。
星官の名前は宮廷の中だけから取られたわけではなく、天気、動物、役人の仕事、道具、宮殿の部屋などにも由来します。空の上に、宮廷とそこで働く人々の世界が広がっているような見立てです[6]。
空は、北の「三垣」と、赤道付近をめぐる二十八宿に分けられます[6]。西洋が空を88の星座に分けるのに対して、中国の星官はおよそ283あり、図柄もかなりちがいます。約3倍というのは、次の段落の宋代の星図の数で比べた場合の目安です。
この「約283」の根拠は、宋の時代の蘇州天文図です。元の図は1193年に黄裳が作り、1247年に王致遠が石に刻んだもので、283の星官と1565の星が示されています。ただし資料によっては、280の星官と1434の星と数えるものもあり、数は一つに決まりません[8]。
星官の「官」は役人の意味で、中国の星座は、役人や宮殿の部屋になぞらえた星官から成り、宋代の蘇州天文図では約283の星官が数えられる。北極星の周辺には皇帝・皇太子・后・玉座などの星官が並び、宮廷の秩序が空に映されている[6]。星官の名は宮廷だけでなく、天気・動物・役人の仕事・道具・宮殿の部屋などから取られた。星の並びを地上の暮らしに結びつけて覚える、という命名の発想がうかがえる。
中国の空は、北の三つの区画である三垣と、赤道付近の二十八宿に分けられる[6]。西洋の88星座と比べると、星官はおよそ283あり、約3倍である。ただしこの数は固定ではなく、時代で変わる。283は、宋代の蘇州天文図(黄裳が1193年に作った図を、王致遠が1247年に石に刻んだもの)に基づく数字で、同じ図を280の星官・1434の星とする資料もある。数字を引用するときは、どの資料か、どの時代の星図かを添える必要がある[8]。
では、このような空の地図は、海をこえた日本にも届いていたのか。
4. 古墳の 天井に、星ぞらの ちずが ある
4. キトラ古墳の天井に、中国式の星図が描かれた
4. キトラ古墳の天文図:朱線で結んだ星と4つの円
奈良県の キトラ古墳は、7せいきの おわりから 8せいきの はじめに できた、と いわれます。石で できた へやの 天井に、星ぞらの ちずが かかれて います。
ちずには、やく350この 星が あります。星どうしを、あかい 線で つないで、星の かたまりを あらわして います。月と 日、まるい 円も 4つ あります。
のこって いる 東アジアの 天井の 星ぞらの ちずの 中では、いちばん 古いと いわれて います。二十八宿は、飛鳥時代に 日本へ つたわったと 考えられて います。
奈良県のキトラ古墳は、7世紀末から8世紀初めの古墳です。石室の天井に天文図があり、約350個の星を朱の線で結んだ中国式の星座が74以上、日と月、内規・外規・黄道・赤道の4つの円が描かれています。現存する東アジア最古の天井星図とされます[9]。
星の数は資料によって約350個とも277個とも数えられます。ここでは約350個と紹介しています。
二十八宿は、高松塚古墳やキトラ古墳の石室天井の星図に描かれていて、飛鳥時代に日本へ伝わったと考えられています[2]。皇帝や役人にたとえた中国の星空が、海をこえて日本の墓の天井にも描かれたことになります。
キトラ古墳(奈良県、7世紀末〜8世紀初め)の石室天井には天文図が描かれている。約350個の星を朱線で結んだ中国式の星座が74以上、日月、そして内規・外規・黄道・赤道の4つの円が示され、現存する東アジア最古の天井星図とされる[9]。星の数は資料によって約350とも277ともあり、本記事では「約」を付けた値を使う。
二十八宿は、高松塚古墳・キトラ古墳の石室天井の星図に描かれており、飛鳥時代に日本へ伝わったと考えられる[2]。月の通り道を28に区切る考え方と、星を役人にたとえる命名が、同じ天井の上で見られることになる。
日本に届いた二十八宿は、墓の天井だけで終わらず、くらしの中にも入りこんでいった。
5. 日本の くらしに のこった 二十八宿
5. 「昴」の字と暦の注記:日本のくらしに残った二十八宿
5. 昴の字と暦注:二十八宿が日本語に残した痕跡
星の 「昴」の 字は、二十八宿の 「昴宿」から 使われるように なったと いわれます。むかしの 日本の 言葉では、「すまる」と よばれて いました。
また、日本では 二十八宿が、暦の 日づけの そばに 書く 注意書きにも 使われました。
6. じぶんでも しらべて みたく なったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
きょう できる こと
月が 見える 夜に、まどから 月を 見て、そばに ある 明るい 星を さがします。月と 星の ならびを、えに かいて、日づけを 書きます。つぎの 夜も、おなじ じかんに もういちど 見ましょう。月が 星から はなれて いく ようすが わかります。
よるは、おうちの 人と いっしょに 見て、そとに 出る ときは あんぜんに 気を つけましょう。
しらべる とき
国立天文台の 「こよみの ページ」に、二十八宿が のって います。おうちの 人と いっしょに 読んで みましょう。
今日できること
月が見える夜に、窓から月とそばの明るい星を見つけ、位置関係をスケッチして日づけを書いておきます。次の夜も同じ時刻に見ると、月が星から離れていく様子が、自分の目で確かめられます。曇りの日は無理せず、見られる夜にやってみてください。
資料を読むなら
国立天文台の暦Wikiに、二十八宿の説明があります[2]。さいたま市の江戸の天文のページでは、恒星月と二十八宿を読めます[1]。どちらも日本語で読めます。
今日できること
月とそばの明るい星の位置関係を、日づけと時刻つきでスケッチし、数日続けて記録するとよい。月が星に対して動く速さが、スケッチどうしの比較で実感できる。月が見えない夜や曇りの日は、無理に続けなくてよい。
資料を読むなら
日本語で読める資料として、国立天文台の暦Wiki[2]や、さいたま市の江戸の天文のページ[1]がある。蘇州天文図の星の数は資料によって異なるので[8]、数字を使うときは出典を確かめるとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- さいたま市「近世の天文」二十八宿のページ. https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/004/005/008/014/001/saitamatokinseinotemmon/p118359.html (二十八宿と恒星月)
- 国立天文台 暦Wiki「二十八宿」. https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C6F3BDBDC8ACBDC9.html (起源・四神・日本への伝来・昴・暦注)
- コトバンク「星宿」. https://kotobank.jp/word/星宿-545352 (宿の意味)
- 二十八宿(Wikipedia日本語版). https://ja.wikipedia.org/wiki/二十八宿 (距星と区画の幅)
- Twenty-eight mansions(Wikipedia英語版). https://en.wikipedia.org/wiki/Twenty-eight_mansions (四神と7宿ずつの割り当て)
- British Library, International Dunhuang Project「The Chinese Sky」. https://idp.bl.uk/discover/learning/chinese-astronomy/articles/the-chinese-sky/the-constellations (星官・三垣・命名)
- Tomb of Marquis Yi of Zeng(Wikipedia英語版). https://en.wikipedia.org/wiki/Tomb_of_Marquis_Yi_of_Zeng (漆箱のふた)
- Suzhou star chart sky map(UNLV). https://www.physics.unlv.edu/~jeffery/astro/constellation/suzhou_sky_map.html (蘇州天文図の数)
- 熊本日日新聞「キトラ古墳天文図の公開」(2026年5月). https://kumanichi.com/articles/1996613 (キトラ古墳の天文図)
なおした ところ
更新履歴
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