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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

味噌みそと しょうゆは、おなじ ざいりょうなのに なにが ちがうの?

味噌の桶の底にたまった液が、しょうゆの始まり? 同じ大豆と麹こうじから味噌としょうゆの作り方が分かれるまで

味噌の桶にたまる液は、しょうゆの原形か別物か:大豆・麹こうじ・塩から「固いまま熟す道」と「液にして搾る道」が分かれるまで

分野:歴史・文化

味噌みそを つくる とき、おけの そこに おいしい しるが たまる。その しるが、しょうゆの はじまりだ、という はなしが あります。でも、べつの ものだと いう ひとも います。みそと しょうゆは、どちらも 大豆と 麹こうじと しおで つくる ものです。なのに、どうして かたちも あじも ちがうのでしょう。

この メモでは、つくり方の ちがいと、むかしの はなしから、ふたつが わかれた わけが わかります。

味噌をつくる桶の底に、おいしい液がたまる。その液が、しょうゆの始まりになったという説があります。ところが、醸造学者の中には「それは別物だ」と考える人もいます。味噌としょうゆは、どちらも大豆と麹こうじと塩からできる兄弟のような調味料です。なぜ、片方はどろっと固く、片方はさらさらの液になったのでしょうか。

この記事では、つくり方のちがい、共通のルーツ、桶の液をめぐる二つの見方をたどって、二つの調味料の作り方と、桶の液をめぐる起源の説が分かります。

味噌の桶の底にたまった液が、しょうゆの始まりになった。そう伝える資料がある一方で、醸造学者の館博は、味噌の溜りと溜しょうゆは「別物だと考えている」と書く[4]。同じ大豆・麹こうじ・塩から生まれるのに、味噌は固く、しょうゆは液体になる。分かれ目はどこにあり、いつ、どう分かれたのか。

この記事では、水の量という分かれ目、共通の祖先「醤ひしお」、桶の液をめぐる二つの説を順に取り上げ、二つの調味料の分岐が、製法の差と歴史の両面から分かる。

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1. おなじ ざいりょうで、みずの りょうが ちがう?

1. 同じ大豆と麹なのに、味噌が固くてしょうゆが液体なのはなぜか

1. 分かれ目は水の量:味噌は固体のまま、しょうゆは塩水で液体にして仕込む

おうちの れいぞうこに、みそが ありませんか。だいどころには、しょうゆも あるでしょう。

どちらも、むした 大豆に 麹こうじと しおを くわえて、じっくり ねかせて つくります。ざいりょうは、とても にて います。

おおきな ちがいの ひとつは、みずの りょうです。みそは、みずを すくなく して、かたい まま ねかせます。しょうゆは、しおみずを たっぷり いれて、どろどろの しるに して ねかせます。

ある けんきゅうじょの ためしづくりでは、みそは 大豆と こめを あわせて 9キロに、みずが 1リットルでした。しょうゆは、大豆と 小麦こむぎで 1.85キロに、しおみずが 3.3リットル。ざいりょうより、しおみずの ほうが おおい のです。

冷蔵庫の味噌と、台所のしょうゆ。見た目はまるでちがいますが、つくり方の骨組みはよく似ています。

味噌は、蒸した大豆に麹こうじと食塩を混ぜ、発酵・熟成させてつくります。麹こうじの原料が米か麦か大豆かで、米味噌・麦味噌・豆味噌に分かれます[1]。しょうゆは、蒸した大豆と、炒って砕いた小麦に麹菌をつけて麹こうじをつくり、そこに食塩水を混ぜて仕込みます[2]。

骨組みは同じでも、水の量も大きくちがいます。岩手県工業技術センターの試験醸造の一例では、味噌は大豆5kgと米4kgに食塩2kgと種水1ℓを加えました。できた味噌の水分は約46%です。いっぽうしょうゆは、大豆1kgと炒り小麦850gに、20%の食塩水を3.3ℓ加えています[5]。材料は合わせて1.85kg。体積を質量に近似して1ℓを約1kgとみなすと、材料の約1.8倍の塩水という概算になります。味噌のほうは、材料9kgに対して種水が1ℓ、つまり約9分の1にすぎません。

この数字は一つの試験の例で、市販品の標準値ではありません。それでも、水が少なければ固まりのまま、水が多ければ搾れる液になる、という分かれ目はよく見えます。では、水の量がちがうだけで、味まで変わるのでしょうか。

家庭の冷蔵庫の味噌と、食卓のしょうゆは、原料の顔ぶれがほとんど重なる。味噌は、蒸煮した大豆に麹こうじと食塩を混ぜ、発酵・熟成させてつくる。麹こうじの原料が米・麦・大豆のどれかで、米味噌・麦味噌・豆味噌に区別される[1]。しょうゆは、蒸した大豆と炒って砕いた小麦に麹菌をつけて麹こうじをつくり、そこへ食塩水を混ぜて仕込む[2]。つまり主役の穀物(味噌は米・麦・大豆、しょうゆは小麦)と、塩を水に溶かして加える点がちがう。

ただし、この「原料のちがい」は、見た目を決めている最大の理由ではない。大きなちがいの一つが水の量だ。岩手県工業技術センターが大豆「シュウリュウ」で行った試験醸造の一例では、味噌は大豆5kg・米4kg・食塩2kg・種水1ℓで仕込み、できた味噌の水分は約46%、食塩分は約10.7%だった。一方、しょうゆは大豆1kg・割砕小麦850g・20%食塩水3.3ℓで、搾る前のもろみは液体状。完成したしょうゆの食塩分は約14.6%で、もろみから搾れた液の収率は約27%という報告がある[5]。

数字を並べ替えてみると、差がはっきりする。味噌の仕込みは材料9kgに種水1ℓで、水は材料の約9分の1。しょうゆの仕込みは材料1.85kgに塩水3.3ℓで、1ℓ=約1kgとみなせば塩水は材料の約1.8倍になる。単位の取り方がおおざっぱなので倍率は目安だが、「水が材料より少ない仕込み」と「材料より多い仕込み」という向きは変わらない。この配合は一つの試験での例で、条件により値は変わり、市販品の標準値ではない点には注意が要る。

では、水の量が変わると、中で何が起きるのか。次の章で、同じ麹こうじが固体の中と液体の中で別の仕事をする、という話に進む。

2. おなじ 麹こうじなのに、あじが ちがうのは どうして?

2. 同じ麹の酵素でも、固体と液体では分解の進み方がちがう

2. 固体の発酵は「分解が不完全」:その中途半端さが味噌の持ち味になる

麹こうじは、麹菌こうじきんという きんが、酵素こうそという はさみのような はたらきを する ものを だします。大豆の たんぱくしつを、おいしい あじの もとに きざむのです。

しょうゆは、しおみずの なかで 6か月から 8か月ほど ねかせる ものが あります。大豆は うまみの もとに、小麦こむぎは あまみの もとに かわります。

みそは、みずが すくない かたい ところで ねるので、きざむ しごとが ぜんぶは すすみません。そのぶん、きざみかけの ものが たくさん のこります。それが、みその ふかい あじに なります。

それに、みそは しぼる しごとが いらないので、むかしから おうちでも つくられて きました。

麹菌は、たんぱく質を分けるプロテアーゼや、でんぷんを分けるアミラーゼなど、いろいろな酵素を出します。醸造での原料の分解は、この酵素が担っています[4]。

しょうゆでは、大豆のたんぱく質が分解されてうま味のアミノ酸になり、小麦のでんぷんが糖に変わって甘味とコクを生みます。本醸造の方式では、約6〜8か月ねかせます[3]。

味噌では、同じ酵素がはたらいても、仕込みの様子が変わります。水分の少ない固体の状態で発酵するため、分解は不完全に終わり、しょうゆよりも分解の途中のもの(アミノ酸になる手前のペプチドなど)が多く含まれる、と説明されています[4]。「不完全」というのは欠点ではありません。むしろ味噌らしさをつくる要素です。

もう一つ、味噌には搾る工程がありません。発酵の管理も比べると容易で、自家醸造されることが多い調味料でした[4]。実際、味噌には長く国の規格がなく、日本農林規格(JAS)ができたのは2022年3月のことです。

では、これほど作り方がちがう二つは、そもそもどこで分かれたのでしょうか。

水の量が変わると、麹の酵素が働く環境が変わる。麹菌(Aspergillus oryzae)は、たんぱく質を分解するプロテアーゼやでんぷんを分解するアミラーゼなどを出し、醸造での原料の分解を担う[4]。しょうゆでは、この酵素の働きで大豆のたんぱく質がうま味のアミノ酸に、小麦のでんぷんがブドウ糖に変わり、うま味と甘味・コクをつくる。本醸造方式では約6〜8か月ねかせるが、この期間は本醸造の目安で、すべてのしょうゆに共通ではない[3]。

ところが味噌は、水分の少ない固体の状態で発酵する。水分の少ない固体状態で発酵するため、酵素による分解は不完全になり、しょうゆに比べて分解の途中の生成物(アミノ酸になる手前のペプチドなど)を多く含む、と館博は述べる[4]。「不完全」は欠点を指す語ではなく、味噌の持ち味の説明として使われている点に注意したい。

もう一つの差が圧搾の有無だ。しょうゆは熟成したもろみを搾り、火入れして仕上げる[2]。味噌にはこの工程がなく、発酵の管理も比較的容易なので、自家醸造されることが多かったという[4]。制度の面でも対照的で、しょうゆには規格がそろっていた一方、味噌に日本農林規格(JAS)が制定されたのは2022年3月で、米味噌・麦味噌・豆味噌・調合味噌に分類される[4]。作り方がちがうだけでなく、家庭でつくる味噌と工場で搾るしょうゆという、暮らしの中での居場所もちがっていたのかもしれない。

こうして製法の差は見えてきた。残る疑問は、その二つが歴史のどこで分かれたのかである。

3. むかしの ひとは、どんな ものを たべて いたの?

3. 味噌もしょうゆも、もとは「醤」という保存食だった

3. 共通の祖先は「醤」:飛鳥・奈良の記録から、味噌が食卓の調味料になるまで

みそも しょうゆも、もとは「醤ひしお」という たべものから うまれた、という せつが あります。しおを まぜて ながく とっておく、保存食ほぞんしょくでした。

つくり方は、仏教ぶっきょうが つたわった ころ、中国から きたと かんがえられて います。

みその はじめは、テーブルの うえに おいて、すこしずつ なめる ものでした。のちに みそしるに つかわれて、いろいろな りょうりに ひろがりました。

味噌としょうゆのルーツは、食塩を混ぜた保存食の「醤ひしお」といわれます。仏教の伝来とともに製法が中国から伝わり、醤から未醤(みしょう)が生まれ、さらに味噌ができたと考えられています[4]。

日本での古い記録は、大宝律令(701年)にさかのぼります。大豆を原料とする醤がつくられていたことがわかります。味噌は天智天皇5年(666年)に高句麗から伝わったという説もありますが、あくまで説です[1]。

味噌は、初めは食卓で少しずつなめる調味料だったようです。のちに味噌汁に使われるようになり、用途が広がりました[4]。

ここまでは、二つがまだ「兄弟」になる前の話です。では、液体のしょうゆは、いつ、どこで生まれたのでしょうか。

二つの調味料に共通の祖先といわれるのが、食塩を混ぜた保存食「醤ひしお」である。仏教の伝来とともに製法が中国から伝わり、醤から未醤が生まれ、さらに味噌ができたと考えられている[4]。日本での記録は、『大宝律令』(701年)にさかのぼり、大豆を原料とする醤がつくられていたことがうかがえる。味噌については、天智天皇5年(666年)に高句麗から伝わったという説があるが、これは説であって定説ではない[1]。

注目したいのは、味噌がもともと卓上の調味料として使われ、のちに味噌汁に使われて用途が広がった、という流れだ[4]。つまり、現在の「汁の味つけ」という役割は、最初からあったのではなく、後から育ったことになる。同じ醤の仲間でも、味噌は固いまま食べ、しょうゆは液体として使うという、使い方の分かれ方がどこかで生まれたはずである。

この「液体の側」がいつ生まれたかについて、資料の見方は一つにそろっていない。次の章では、味噌の桶にたまった液をめぐる二つの見方を並べる。

4. みその おけの そこの しるは、しょうゆの もと?

4. 桶の底の液は、しょうゆの始まりか、別物か

4. 径山寺味噌の溜りは「しょうゆの原形」か「別物」か:資料が分かれる点を読む

鎌倉時代かまくらじだいに、覚心かくしんという おぼうさんが、そうという 中国の くにから、径山寺味噌きんざんじみその つくり方を もちかえった と つたえられます。

この みそを つくる とき、おけの そこに しるが たまりました。なめて みると、とても おいしかった。それが しょうゆの はじまりだ、という はなしが あります。

けれども、みその おけの しると しょうゆは「べつの もの だ」と かんがえる ひとも います。ふたつの かんがえが あるので、どちらか ひとつに きめて かくのは むずかしいのです。

鎌倉時代、禅僧ぜんそうの覚心かくしんが宋(今の中国)から径山寺味噌きんざんじみそのつくり方を持ち帰り、紀州の湯浅ゆあさに伝えた。その桶の底にたまった液がおいしく、調味料として使われ始めた。これが、今のしょうゆの始まりだ、という説があります[6]。農林水産省の資料も、覚心が径山寺味噌を伝え、それが溜たまりしょうゆの原形になった、と紹介しています[1]。

ところが、醸造学者の館博は、この説を知ったうえで「径山寺味噌の溜りと溜しょうゆは別物だと考えている」と書きます。館博は、味噌の桶にたまった溜りが室町時代に独立し、液体調味料の溜しょうゆになったとされる、とも述べています[4]。

つまり、資料によって見方が分かれています。どちらかを事実だと言い切る材料は、ここにはそろっていません。それでも、「味噌の桶にたまる液」と「しょうゆ」が近い関係にある、という見立てが、昔から語られてきたことは確かです。

では、液体のしょうゆは、いつ頃から今の姿に近づいたのでしょうか。

しょうゆの起源として有名な話がある。鎌倉時代、禅僧の覚心かくしんが宋から径山寺味噌きんざんじみそ(金山寺味噌)の製法を伝え、紀州の湯浅ゆあさで、味噌の桶の底にたまった液にうま味が多く、調味料として使われた。現在のしょうゆは径山寺味噌をルーツに生まれた、とする説だ[6]。農林水産省は、覚心が径山寺味噌をもたらし、それが溜たまりしょうゆの原形になったと紹介し[1]。

これに対して、館博は、覚心が径山寺味噌を湯浅に伝え、桶にたまった溜りがしょうゆの始まりになったとする説を紹介したうえで、「径山寺味噌の溜りと溜しょうゆは別物だと考えている」と述べる。館博の整理では、味噌の桶にたまった溜りが室町時代に独立した液体調味料(溜しょうゆ)になった、とされる[4]。

この二つは、主張が別々だ。農林水産省は、覚心が伝えた径山寺味噌が溜しょうゆの原形になったと紹介する。館博は、径山寺味噌の溜りは別物と考えたうえで、味噌桶の溜りが室町時代に独立して溜しょうゆになったという見方を紹介する。食いちがうのは、「径山寺味噌の溜り」という具体的な出来事が起点だったかどうかだ。そのため、この記事では、覚心の話を「そうした説がある」という扱いにとどめ、起源を一つに決めない。

確かなことは、現代につながる「しょうゆ」の名が『易林本節用集』(1597年)に初めて登場し、現代のしょうゆは室町時代末期にできたと伝えられている点だ[1]。次の章では、液体のしょうゆが、その後どのように種類を増やしたのかを見る。

5. しょうゆは、どうやって いろいろな しゅるいに なったの?

5. 江戸時代の関東で、濃口しょうゆが全国に広がった

5. 濃口が全体の約85%になるまで:江戸の関東から各地の個性まで

しょうゆの なまえが、ほんに はじめて のったのは、1597ねんの じしょ だと いわれます。そのあと、江戸時代えどじだいの かんとうで、あじと かおりの よい 濃口こいくちしょうゆが うまれ、ぜんこくに ひろがりました。

ほかの ところでも、つぎつぎ ちがう しょうゆが うまれました。ひょうごけんの たつのでは 淡口うすくち。やまぐちけんの やないでは 再仕込みさいしこみ。あいちけんの へきなんでは 白醤油しろしょうゆです。

いま、日本で つくられる しょうゆの うち、濃口こいくちは 100こ あったら 85こ ほどです。

液体のしょうゆは、その後、江戸時代の関東で濃口こいくちが生まれ、その香りと味のよさから全国に広がりました[1]。ほかの土地でも個性のあるしょうゆが育ちました。兵庫県の龍野では淡口うすくち、山口県の柳井では再仕込みさいしこみ、愛知県の碧南では白醤油しろしょうゆが生まれたと伝えられています[1]。

2022年の種類別の生産比率は、濃口が84.9%、淡口が11.4%、溜が2.1%、再仕込みが0.9%、白が0.7%でした[4]。一般に「しょうゆ」といえば濃口を指すのも、うなずけます。溜しょうゆは約50本に1本の割合で、主に中部地方でつくられる色の濃いしょうゆです。とろみがあり、うま味が濃く、独特の香りがあります[7]。

味噌桶の液の話が気になった人は、溜しょうゆの名前にある「溜」という文字を、覚えておいてください。

しょうゆの名称が、現代につながる形で文献に初めて現れるのは、『易林本節用集』(1597年)とされる[1]。やがて江戸時代に関東で濃口しょうゆが生まれ、香りと味のよさで全国に広まった[4]。その一方で、各地に個性が育つ。兵庫県の龍野は淡口、山口県の柳井は再仕込み、愛知県の碧南は白醤油の産地として知られる[1]。

今のしょうゆの種類別の生産比率(2022年)は、濃口84.9%、淡口11.4%、溜2.1%、再仕込み0.9%、白0.7%で、合計は100%になる[4]。一般に「しょうゆ」といえば濃口を指すのは、このためだ。溜は約48本に1本にあたり、主に中部地方でつくられる色の濃いしょうゆで、とろみと濃厚なうま味、独特の香りが特徴とされる[7]。ここで注意したいのは、割合が生産量ベースで、2022年の値だという点だ。

消費の側にも変化がある。館博の資料に掲載された出荷量では、しょうゆが1973年の約129万kℓを最高に、2022年は約69.7万kℓで、およそ54%になった。味噌も、1980年の57.9万tが最高で、2023年は36.9万tと約64%まで下がっている[4]。どちらも減っているが、種類は残り続けている。

桶の底にたまった液から液体調味料が分かれた、という話には、まだ確定しない部分が残る。桶の底にたまった液と、液体調味料のしょうゆ。二つの関係を、資料を読み比べながら考えてみよう。

6. うちの みそと しょうゆを ならべて みよう

6. 台所の味噌としょうゆを並べて、ラベルを読みくらべる

6. ラベルから論文へ:自分で確かめる三つの道

きょう できる こと

おうちの みそと しょうゆの、うしろの ラベルを みて みましょう。「げんざいりょうめい」に、どんな ものが かいて ありますか。みそには「こめ」「むぎ」「大豆」の どれかが あるでしょう。しょうゆには、「こいくち」などの しゅるいが かいて あるかも しれません。

しらべる とき

のうりんすいさんしょうの「にっぽん でんとうしょく ずかん」に、みそと しょうゆの はなしが のって います。おうちの ひとと いっしょに みて みましょう。

今日できること

台所の味噌としょうゆのラベルを並べて、「原材料名」を読みくらべます。味噌には米・麦・大豆のどの麹を使ったかが分かる名前(米味噌など)が書かれていることがあります。しょうゆには、濃口・淡口といった種類が書かれていることがあります。「食塩相当量」の欄があれば、同じ量あたりの数字を比べると、二つのちがいが数字で見えてきます。

資料を読むなら

農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」[1]は、味噌としょうゆの基本が短くまとまっています。醸造学者の館博による「発酵のチカラ」[4]は、桶の液をめぐる二つの見方を、自分の言葉で書いています。読み比べると、どこまでが「説」なのかが見えてきます。

ラベルで確かめる

味噌のラベルには、米味噌・麦味噌・豆味噌・調合味噌のどれに当たるかが書かれていることがある。しょうゆの種類は、日本農林規格で濃口・淡口・再仕込み・溜・白に分けられている[4]。家にある数本を並べ、種類と食塩相当量の表示を、同じ量あたりでそろえて比べると、数字で二つのちがいを実感できる。

資料の読み比べ

農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」[1]は、覚心の話を起源として紹介する。館博の「発酵のチカラ」[4]は、それを別物と考える。同じ話を二つの資料で読み、どこが同じでどこがちがうかを書き出すと、「説」とは何かが体感できる。

数字の原典に当たる

水分46%・塩水3.3ℓという配合の数字は、岩手県工業技術センターの研究報告[5]に載る一例だ。原典の表を見れば、仕込みの条件のどこを変えると結果がどう変わるのかを、自分の目で追える。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. 農林水産省「にっぽん伝統食図鑑 醤油、味噌、その他調味料」 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/shouyu-miso.html (味噌・しょうゆの基本、古い記録、覚心の説、種類の起こり)
  2. 農林水産省 aff 2021年2月号 特集 https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2102/spe1_03.html (しょうゆのつくり方)
  3. 日本醤油協会(しょうゆ情報センター)「原料・製法」 https://www.soysauce.or.jp/knowledge/material (原料の役割、熟成期間の目安)
  4. 館博「発酵のチカラ」キッコーマン国際食文化研究センター『FOOD CULTURE』34号 https://www.kikkoman.com/jp/kiifc/publication/foodculture/pdf/no34_j_008-011.pdf (固体発酵のちがい、ルーツ、溜の別物説、生産比率・規格)
  5. 岩手県工業技術センター 研究報告 大豆「シュウリュウ」の味噌・醤油の醸造試験(2017) https://www2.pref.iwate.jp/~kiri/study/report/2016/pdf/H28_12.pdf (試験醸造の配合と水分・塩分の一例)
  6. 和歌山県「なごみ」記事(金山寺味噌とのしょうゆの起源の話) https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/nagomi/w58/06_07/index.html (桶底の液がしょうゆの始まりとする説)
  7. 日本醤油協会(しょうゆ情報センター)「種類・製法」 https://www.soysauce.or.jp/knowledge/kinds (溜しょうゆの特徴)

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