このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

十五夜じゅうごやの お月見は、まんげつの 日に やるんじゃ ないの?

十五夜のお月見は、満月の日にするものではないのか

十五夜のお月見は、なぜ満月の日ではなく旧暦の日付で決まるのか ── 中国から来た月見と、日本で足された十三夜

分野:歴史・文化

2026ねんの 十五夜じゅうごやは、9月25日でした。ところが、まんげつに なったのは、その 2日 あとの 27日です。「名月」と よばれる 夜の 月が、まんげつじゃ なかったのです。

どうして こんな ことが おきるのでしょう。この 記事を よむと、十五夜じゅうごやが 月の かたちでは なく 日づけの 名前だと いう ことと、中国から きた 月見に 日本で もう1回 足された ことが わかります。

2026年の十五夜は9月25日でした。ところが、満月になったのはその2日後の27日です[1]。「名月」と呼ばれる夜の月が、満月ではなかったことになります。

お月見は、満月の日にするものではないのでしょうか。この記事を読むと、十五夜が月の形ではなく暦の日付で決まること、中国から伝わった月見が日本で収穫のお祝いと結びつき、さらに日本独自の十三夜まで生まれたことが分かります。

2026年の十五夜は9月25日だった。ところが満月になったのは、2日後の27日である[1]。「中秋の名月」と呼ばれる夜の月が、満月ではなかったことになる。

お月見は満月の日にするもの、と思っていると、これは奇妙に聞こえる。十五夜はいったい何の日付なのか。この記事を読むと、十五夜が月の形ではなく旧暦の日付で決まること、中国の中秋節が平安時代の貴族の宴を経て収穫の行事と結びついたこと、そこへ日本独自の十三夜が加わり、十五夜と十三夜の片方だけを見るのを「片見月」と呼ぶ習わしも生まれたことが分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. 名月なのに、まんげつじゃ ない?

1. 名月の日と満月の日が、2日ずれた年

1. 2026年は名月と満月が2日ずれた ── 2017年以来、次は2043年

国立天文台こくりつてんもんだいが しらせて います。2026ねんは 9月25日が 中秋の 名月で、まんげつは 27日でした[1]。名月の 日と まんげつの 日が 2日 ずれたのは 2017ねん いらいで、つぎは 2043ねんだそうです[1]。

でも、ずれても 25日の 月は ちゃんと「名月」です。十五夜じゅうごやは、月の かたちで きまる 日では ないからです。では、なにで きまる 日なのでしょう。

国立天文台によると、2026年の中秋の名月は9月25日、満月は9月27日でした[1]。名月の日と満月の日が2日ずれるのは2017年以来で、次は2043年になるそうです[1]。

名月は満月の別名だと思っていると、不思議に聞こえます。それでも25日の月は、立派に「名月」とされています。十五夜という名前をそのまま読めば「15番目の夜」ですが、何の15番目なのでしょうか。そこに、ずれの理由があります。

国立天文台の解説によれば、2026年は9月25日が中秋の名月、満月は9月27日で、日付が2日ずれた[1]。2日ずれるのは2017年以来で、次は2043年とされる[1]。2017年から2026年までは9年、2026年から2043年までは17年あく計算で、毎年のことではない。ずれの大きさは年によって違い、1日のずれですむ年も、日付が重なる年もある。

名月と満月が別の日になりうるなら、「名月」は満月の別名ではない。では「十五夜」とは、いったい何を数えた名前なのか。

2. 十五夜じゅうごやは、なんの 日の ことなの?

2. 十五夜は「15番目の夜」── 旧暦の日付で決まる

2. 十五夜は満月の瞬間ではなく、旧暦8月15日という日付である

まんげつは、月が 地球から 見て 太陽の はんたいがわに くる ときの ことです[2]。十五夜じゅうごやは、旧暦きゅうれきの 8月15日と いう 日づけの ことです[2]。

旧暦きゅうれきでは、新月の 日を 1日と かぞえます[1]。だから 15日目の 月は、だいたい まるい 月です。でも、まんげつの 日と ぴったり おなじとは かぎりません[2]。

それに、旧暦きゅうれきの 8月15日は、いまの 暦こよみで いうと、毎年 ちがう 日です。2011ねんから 2050ねんの 表では、9月7日から 10月8日の あいだを うごいて います[3]。

それにしても、どうして 8月15日が えらばれたのでしょう。

満月は、月が地球から見て太陽の反対側にくる、ある瞬間のことです[2]。いっぽう十五夜は、陰暦(旧暦)の8月15日という日付を指します[2]。瞬間と日付ですから、そもそも別の種類の言葉です。

旧暦は月の満ち欠けにあわせた暦で、新月をふくむ日がその月の1日(朔日)になります[1]。15日目の月は満月に近いはずですが、新月や満月になる瞬間がいつ来るかによって、暦の15日目と満月の日が別の日になることがあります[1][2]。2026年は、そのずれが2日になった年でした。

もうひとつ、旧暦の8月15日を今の暦に直すと、毎年同じ日にはなりません。暦Wikiの2011年から2050年までの表では、中秋の名月はおよそ9月7日から10月8日のあいだを動いています[3]。これは表の期間の話で、ずっと決まった幅があるわけではありません。「十五夜は9月中旬」と覚えていると、年によっては外れます。

日付で決めるのなら、なぜ8月15日なのでしょうか。その答えは、月の形ではなく、季節と中国の習慣の側にあります。

満月とは、月が地球から見て太陽の反対側に来る瞬間を指す[2]。これに対して十五夜は、陰暦8月15日という日付の名前である[2]。瞬間の現象と、暦の上の日付とでは、指しているものの種類が違う。

陰暦の日付は、月の満ち欠けを基準にしている。太陰太陽暦では、新月を含む日がその月の朔日(ついたち)になる[1]。そのため、15日目の夜の月は満月に近いが、新月や満月になる瞬間がいつ来るかによって、暦の15日目と満月の日が別の日になることがある[1]。2026年の2日のずれは、そうした組み合わせの1例だ。

もうひとつ、旧暦8月15日は新暦(いまの暦)では毎年違う日になる。暦Wikiの2011〜2050年の表では、中秋の名月はおよそ9月7日から10月8日の範囲を動いている[3]。この幅は表の期間についての数字で、永久に固定されたものではない。「9月中旬の行事」と覚えていると、年によって外れることになる。

日付で決めるのなら、なぜ8月15日が選ばれたのか。その答えは、月の形ではなく、季節と中国の習慣の側にある。

3. 十五夜は、どこから きた おまつりなの?

3. 中国の月まつりが、平安時代の貴族の宴になった

3. 中国の中秋節が、平安貴族の月見の宴になるまで

旧暦きゅうれきの 8月15日は、秋の まんなかに あたるので「中秋」と いいます。中国では、この 日に 月を まつる ならわしが ありました[4]。月を ながめる ならわしは もっと ふるく からありますが、中秋に きまったのは「とう」と いう 王ちょうの じだい いごと いわれます[4]。

それが 日本に つたわったのは、平安時代へいあんじだいです。貴族きぞくが とりいれたと いわれます[5]。宮中でも 月見の 会が ひらかれたと いわれて います[5]。はじめは、月を 見ながら 詩や うたを つくり、がっきの 音を たのしむ 行事でした[5]。

このころの 月見には、だんごも 作物も まだ 出て きません。では、いつ 作物の おまつりに なったのでしょうか。

旧暦8月15日は、秋の真ん中にあたる日です。そのため「中秋」と呼ばれ、中国では月を祭る日とされてきました[4]。月を眺める習慣そのものは古くからありましたが、中秋の日に定まったのは唐の時代以後とされています[4]。日本の十五夜とほぼ同じ習俗は、朝鮮やベトナムにも影響を及ぼしています[4]。

日本では、平安時代に中国の中秋節が貴族に取り入れられたのが始まりとされます[5]。宮中でも月見の宴が開かれたといわれます[5]。はじめは、月を見ながら詩や歌を詠み、管弦の音を楽しむ行事でした[5]。

お団子もススキも、まだ出てきません。当時の月見は、収穫を祝う日というより、秋の夜に月を眺めて遊ぶ、風流な集まりだったようです。それがどうして、農作物のお祭りの顔も持つようになったのでしょうか。

陰暦8月15日は秋の半ばにあたり、これが「中秋」という名前のもとになっている。中国ではこの日が月を祭る日とされてきた[4]。月を愛でる習慣自体は古くからあったが、中秋の月見として固定されたのは唐代以後とされる[4]。中秋節は日本の旧暦八月十五夜の月見とほぼ同じ習俗で、朝鮮やベトナムにも影響が及んでいる[4]。十五夜は日本だけの行事ではなく、東アジアに広がった習慣の一部なのだ。

日本では、平安時代に中国の中秋節が貴族に取り入れられたのが始まりといわれる[5]。宮中でも月見の宴が催されたといわれる[5]。当時の月見は、月を見ながら詩歌を詠み、管弦を楽しむ行事だった[5]。

注意したいのは、この段階の月見に、団子も農作物への祈りも出てこないことだ。貴族が楽しんだのは月を見て歌を詠む風流な遊びであり、現在よく語られる「収穫のお祝い」とは性格が違う。その性格は、どのように変わっていったのか。

4. 月見は、どうして 作物の おまつりに なったの?

4. 詩や管弦の宴が、収穫への感謝に重なった

4. 風流な宴は、なぜ収穫の祈りの行事と結びついたのか

月見は、貴族きぞくの 行事から むらの 人たちにも ひろがりました。秋の みのりに かんしゃして、来年も たくさん とれるように いのる 行事に なったと いわれます[6]。

こめの こなで 作った まるい だんごを、月に 見たてて そなえました[6]。ススキも そなえます[6]。

十五夜は「芋名月いもめいげつ」とも よばれ、里芋さといもを そなえる ところが いまも あります[6]。いねが ひろまる まえの、芋いもの とりいれの おまつりが もとだと いう せつも あります[6]。ただし、これは せつで、はっきり きまった 話では ありません。

かんさいでは、里芋さといもに 見たてた しずくの かたちの だんごを 作る ところも あります[5]。ところで 日本には、中国には ない 月見が もう1つ あると いわれます。

月見は貴族の宴から民間にも広がり、秋の実りを前にして、豊作を願い、収穫に感謝する行事になったといわれます[6]。米の粉で作った丸い団子を月に見立てて供え、収穫に感謝して、来年の豊作を祈ったとされます[6]。ススキは魔よけとして供えられるようになったそうです[6]。

十五夜は「芋名月」とも呼ばれ、里芋などの芋を供える土地が、とくに関西で今も続いています[6]。この呼び名から、稲作が広まる前の芋の収穫祭が月見のルーツではないか、という説も語られます[6]。ただし、あくまで説で、確かな起源とはいえません。団子の形にも地域差があり、関西や愛知では里芋に見立てたしずく型、静岡の駿河地方では「へそもち」、沖縄では小豆をまぶした「フチャギ」を供える土地があります[5]。

こうして日本の十五夜は、中国生まれの月祭りに、貴族の風流と、実りへの感謝が重なった行事になっていったようです。ところが日本には、中国から来たのではない月見が、もうひとつあるといわれます。

月見は貴族の宴から民間に広まり、秋の実りを前にした豊作祈願と収穫感謝の行事になったといわれる[6]。米の粉で作った丸い団子を月に見立てて供え、農作物の収穫に感謝し、次の年の豊作を祈った。ススキは魔よけとして供えられるようになったとされる[6]。

十五夜が「芋名月」とも呼ばれることは、収穫との結びつきをよく表している。里芋などの芋を供える土地は今も残り、とくに関西で伝統が続いている[6]。ここから、稲作が広まる前の芋の収穫祭が月見の原型ではないか、という説も語られる[6]。ただしこれは説であり、確定した起源ではない。団子の形にも地域差があり、関西や愛知では里芋に見立てたしずく型、静岡の駿河地方では「へそもち」、沖縄では小豆をまぶした「フチャギ」を供える土地がある[5]。

つまり日本の十五夜は、中国由来の月の祭りという骨組みに、貴族の風流と、実りへの感謝という2つの層が重なってできた行事だと読める。ここまでが「なぜ十五夜に月見をするのか」への筋道である。だが日本の月見には、中国から来たのではない夜が、もう1つあるとされる。

5. 日本だけの 月見って あるの?

5. 十三夜は日本生まれの月見 ── 片方だけだと「片見月かたみづき」

5. 十五夜に足された日本独自の月見「十三夜」と、「片見月かたみづき」を避ける習わし

十五夜じゅうごやは 中国から きましたが、十三夜じゅうさんやの 月見は 日本だけの ならわしだと いわれます[8]。十三夜じゅうさんやは 旧暦きゅうれきの 9月13日で、「のちの 月」とも よばれます。十五夜じゅうごやの つぎに うつくしい 月と されて います[7]。

はじまりは、だいごてんのうが 919ねんに 宮中で ひらいた 月見の 会だと いう せつが あります。ほかにも うだほうおうに まつわる せつが あって、はっきりは きまって いません[7]。

この 月見には、おもしろい ならわしが ありました。十五夜じゅうごやと 十三夜じゅうさんやの どちらか 一方だけを 見るのは「片見月かたみづき」と よばれ、さける ならわしが つたえられて きました[7][8]。

十三夜じゅうさんやは、とれはじめた くりや まめを そなえるので、「くり名月」「まめ名月」とも よばれます[7]。十五夜じゅうごやが 芋いも、十三夜じゅうさんやが くりと まめ。むかしの 人は、月見を 2回 ならべて たのしんでいたようです。

旧暦9月13日の月を見る十三夜は、「後の月」とも呼ばれ、十五夜に次いで美しい月とされます[7]。十五夜の月見が中国から伝わった習慣なのに対して、十三夜の月見は日本独自の習慣だといわれます[8]。始まりは、醍醐天皇が延喜19年(919)に清涼殿で月見の宴を催したことという説がありますが、宇多法皇にまつわる説もあり、起源は定まっていません[7]。

十三夜が加わると、月見は年に2回になります。そして、どちらか片方だけを見ることは「片見月かたみづき」(片月見)と呼ばれ、避ける習わしが伝えられました[7][8]。8月15日から9月13日までは、旧暦ならおよそ4週間です。十五夜に月を見たなら、4週間ほどあとの十三夜も見よう、という考え方です。

十三夜は、収穫期に入る栗や豆を供えることから、「栗名月」「豆名月」とも呼ばれます[7]。十五夜は芋、十三夜は栗と豆です。2つの名月は、それぞれの季節の実りと結びついています。

中国の月まつりに、日本は自分たちの月見を足して、2つで1組の行事にしました。では、その2つの月を、実際の空ではどう見くらべればよいのでしょうか。

十三夜は旧暦9月13日の月見で、「後の月のちのつき」とも呼ばれ、十五夜に次いで美しい月とされる[7]。十五夜の月見が中国から伝わった習慣であるのに対し、十三夜の月見は日本独自の習慣とされる[8]。起源は、醍醐天皇が延喜19年(919)に清涼殿で月見の宴を催したことという説があるが、宇多法皇にかかわる説もあり、1つには決まらない[7]。

十三夜が加わると、月見は年に2回の約束になる。どちらか片方だけを見ることは「片見月かたみづき」(片月見)と呼ばれ、避ける習わしが伝えられた[7][8]。旧暦の8月15日から9月13日までは、およそ4週間である(8月は29日か30日なので、27〜28日後になる)。十五夜に月を見たなら、4週間ほどあとの十三夜も見よう、という考え方だ。2つを1組として受けとめていたことが読み取れる。

十三夜は、収穫期に入る栗や豆を供えるため、「栗名月くりめいげつ」「豆名月」とも呼ばれる[7]。十五夜が芋、十三夜が栗と豆と、2つの名月はそれぞれの季節の収穫物と結びついている。中国から来た月の祭りに、日本で別の夜が足され、2つで1組になった。

6. 月を 2日 つづけて 見くらべて みよう

6. 月を2日つづけて見て、暦の日付とくらべる

6. 月の形と旧暦の日付を、自分の目と暦で比べる

まんげつの ころ、はれた 夜に、おうちの 人と いっしょに 外に 出て、月を 見ます。つぎの 日も おなじ 時こくに おなじ ばしょから 見て、かたちを ノートに かいて くらべます。

おうちの カレンダーに 月の かたちや 旧暦きゅうれきが のって いたら、「きょうは 旧暦きゅうれきの なん日目かな」と 見て みましょう。十五夜じゅうごやは 日づけの 名前なので、見る 夜に よって、月の かたちは ちがいます。夜は くらいので、あかるくて あぶなくない ばしょで 見ます。

あなたの 町では、十五夜じゅうごやと 十三夜じゅうさんや、どちらの 月が うつくしく 見えるでしょうか。

十五夜が日付の名前だと分かると、空の月の見え方を暦と合わせて確かめたくなります。満月の前後の晴れた夜に、同じ時刻、同じ場所から月を見て、形をノートに描いてみましょう。1日ちがうだけで、欠け方がどう変わるかを比べられます。

家のカレンダーに月の満ち欠けや旧暦の日付がのっていれば、その日が旧暦の何日目かを読み、実際の形と照らし合わせます。「15日目なのに少し欠けて見える」「満月と書いてある日のほうが丸い」といった発見があるかもしれません。夜に外へ出るときは、必ず家の人と一緒に、明るくて安全な場所を選びます。

原典に近い話を読みたいなら、国立天文台の暦Wikiに、十五夜と中秋の名月の項目があります[2][3]。名月と満月がずれる年に、国立天文台がどう説明しているかは、2026年9月の「ほしぞら情報」で読めます[1]。十五夜と十三夜、どちらが美しく見えるかは、見た人が決めることです。

十五夜が日付の名前なら、空の月は暦の数字とずれて見える夜があるはずだ。満月の前後の晴れた夜に、同じ時刻、同じ場所から月を見て、形をノートに描いておく。1日ずれるだけでも、欠け方がどう違うかを比べられる。

家のカレンダーに月の満ち欠けや旧暦の日付が載っていれば、その日が旧暦の何日目かを読み、実際の形と照らし合わせる。旧暦15日と書かれた夜の月が、満月の印のある夜と同じ形かどうかを見るとよい。夜の観察は、必ず家の人と一緒に、明るく安全な場所で行う。

もっと調べたい人は、国立天文台の暦Wikiにある十五夜・中秋の名月の項目[2][3]と、2026年9月の「ほしぞら情報」[1]を読み比べるとよい。後者は2026年の実例をもとに、名月と満月のずれが生じる理由を説明している。十三夜の起源のように「といわれる」と書かれた話が、原典ではどんな言い方になっているかを見るのも面白い。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

Webで公開されている資料をもとにしています。「といわれる」と書いた箇所は、資料が伝承や説として述べている内容です。

  1. 国立天文台 ほしぞら情報 2026年9月「中秋の名月」。 https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2026/09-topics03.html (2026年の名月と満月の日付、2日ずれるのは2017年以来で次は2043年、旧暦では新月を含む日が朔日になり暦の日付と満月が別の日になりうることは同ページによる)
  2. 国立天文台 暦Wiki「十五夜」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/ (満月は瞬間、十五夜は陰暦8月15日という日付であり、陰暦15日は満月と一致するとは限らないことの出典)
  3. 国立天文台 暦Wiki「中秋の名月とは」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/ (2011〜2050年の中秋の名月がおよそ9月7日〜10月8日の範囲に入ることの出典)
  4. コトバンク「中秋節」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目)。 https://kotobank.jp/word/中秋節-97259 (陰暦8月15日が中秋にあたり月を祭る日とされたこと、唐代以後に固定されたこと、日本の十五夜とほぼ同じ習俗で朝鮮・ベトナムにも影響したことの出典)
  5. ウェザーニュース 十五夜・お月見の解説(2026年9月)。 https://weathernews.jp/news/202609/230121/ (平安時代の貴族による月見の宴、宮中の月見、地域ごとの団子のちがいの出典)
  6. HugKum「十五夜の由来」。 https://hugkum.sho.jp/162032 (収穫感謝・豊作祈願の行事になったこと、団子とススキ、芋名月と芋を供える土地の出典。芋の収穫祭がルーツという説は説として扱った)
  7. コトバンク「十三夜」。 https://kotobank.jp/word/十三夜-76998 (十三夜が旧暦9月13日で後の月と呼ばれること、醍醐天皇の延喜19年に始まるといわれること、片見月、栗名月・豆名月の出典)
  8. Into the Japan Waraku「十三夜」の解説。 https://intojapanwaraku.com/culture/176506/ (十五夜は中国から伝わり、十三夜は日本独自の習慣とされること、片月見をしないという伝えの出典)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。