1. 35ねんかん、じぶんの つめを はかりつづけた 医者
1. 35年間、自分の爪をはかりつづけた医師
1. ビーン医師は35年間、自分の爪を記録しつづけた
この 人の 名まえは、ウィリアム・ビーン。アメリカの お医者さんです。1941ねん、つめが どれくらいの 早さで のびるのか、しらべた 本が どこにも 見あたらない ことに 気づき、それなら じぶんで しらべようと 思いたちました[1]。
まいつき、きずが どれだけ さきに うごいたかを、ノートに 書きとめて いきました[1]。
この きろくは、なんと 35ねんも つづきました。32さいから、67さいに なるまでです。とちゅうで、大学が かわったり、びょうきに なったり しても、きろくは やめませんでした。
2025ねん、この つみかさねが「イグノーベルしょう」の ぶんがくしょうに えらばれました。ビーンさんは もう なくなって いたので、むすこさんが かわりに しょうを うけとりました[2]。では、この 35ねんの きろくは、いったい 何を おしえて くれたのでしょう。
この人の名前は、ウィリアム・ビーン。アメリカの医師です。1941年、爪がどれくらいの速さで伸びるのか、調べた本がどこにも見当たらないことに気づき、それなら自分で調べようと思い立ちました[1]。
毎月、傷がどれだけ先に動いたかを、ノートに書きとめていきました[1]。
この記録は、なんと35年もつづきました。32歳から、67歳になるまでです。途中で大学が変わったり、病気になったりしても、記録はやめませんでした。
2025年、この積み重ねが「イグノーベル賞」の文学賞に選ばれました。ビーンはすでに亡くなっていたので、息子が代わりに賞を受け取りました[2]。では、この35年の記録は、いったい何を教えてくれたのでしょうか。
この人物の名は、ウィリアム・B・ビーン(William B. Bean)。アイオワ大学の内科医である。1941年、爪の成長速度について記録した文献がほとんど存在しないことに気づき、自ら測定することを思い立った[1]。
以後、傷が先端方向へ移動した距離を毎月ノートに記録する自己実験がはじまった[1]。
記録は32歳から67歳になるまでの35年間続き、大学の異動や病気を経ても中断されなかった。1980年、この観察は医学誌に論文としてまとめられた[1]。
2025年、この長期にわたる自己観察は、イグノーベル文学賞を受賞した。ビーンはすでに1989年に他界していたため、息子のベネット・ビーンが代理で受け取った[2]。では、この35年間の記録は、何を明らかにしたのだろうか。
2. つめは どこから 生まれて くるのか
2. 爪はどこから生まれてくるのか
2. 爪母から生まれ、爪床の上を押し出される
ビーンさんの きろくに よると、32さいの ときは 1にちに やく0.123ミリ、67さいの ときは やく0.095ミリしか のびませんでした[1]。としを とると、つめの のびは おそく なるのです。
では、そもそも つめは どこから 生まれて くるのでしょう。つめの つけねの、かわの 中に かくれた ぶぶんに「つめの もと」が あります。ここで あたらしい つめが つくられ、いまの つめを おすように して、まえに おし出されて いきます[3]。
つめの つけねに 見える、白っぽい 半月の かたちの ところ。あれが「つめの もと」の、見えて いる ぶぶんです。
つめは、かみの けと おなじ「ケラチン」という たんぱくしつで できて います。かわの いちばん 上の ぶぶんが、かたく なった ものです[3]。だから、つめを 切っても いたく ないのです。つめじたいには、しんけいが とどいて いません。
しんけいも とどいて いない、うすい かわの ような ものなのに、なぜ つめだけ こんなに かたいのでしょう。
ビーンの記録によると、32歳のときは1日に約0.123ミリ、67歳のときは約0.095ミリしか伸びませんでした[1]。年をとると、爪の伸びは遅くなるのです。
では、そもそも爪はどこから生まれてくるのでしょうか。爪の付け根の、皮膚の中に隠れた部分に「爪母」と呼ばれる組織があります。ここで新しい爪がつくられ、今ある爪を押すようにして、前方に押し出されていきます[3]。
爪の付け根に見える、白っぽい半月の形をしたところ。あれが爪母の、見えている部分です。
爪は、髪の毛と同じ「ケラチン」というタンパク質でできています。皮膚のいちばん上の部分が、硬くなったものです[3]。だから、爪を切っても痛くないのです。爪そのものには、神経が届いていません。
神経も届いていない、薄い皮膚のようなものなのに、なぜ爪だけこんなに硬いのでしょうか。
ビーンの記録によれば、左親指の爪の平均成長速度は32歳の時点で1日あたり0.123mm、67歳の時点で0.095mmまで低下していた[1]。加齢とともに爪の成長は遅くなる。
爪は、爪の根もとの皮膚に埋もれた部分にある「爪母」と呼ばれる組織で作られる。爪母で生まれた爪甲は、爪床(爪と皮膚が接する面)の上を滑るようにして前方へ押し出されていく[3]。
爪の付け根に見える白っぽい半月状の部分は「爪半月」と呼ばれ、爪母のうち皮膚から露出している部分にあたる[4]。
爪は、髪と同じくケラチンというタンパク質からなり、表皮の角質層が変化して硬くなったものである[3]。爪甲そのものには神経が分布していないため、切除しても痛みを感じない。
神経も分布していない、薄い角質の一種であるはずの爪が、なぜこれほど硬くなるのだろうか。
3. おなじ ざいりょうなのに、なぜ かみより かたいのか
3. 同じ材料なのに、なぜ髪より硬いのか
3. 硫黄結合の数が多いから、髪より硬い
かみの けも つめも、おなじ「ケラチン」から できて います。でも、つめの ほうが ずっと かたくて、まがりにくいですね。なぜでしょう。
ケラチンの 中には、いおうを ふくんだ ぶひんが あって、これが となりの ケラチンどうしを むすびつける「むすびめ」の やくわりを します[5]。
かみの けは、この むすびめが すくなくて、しなやかです。いっぽう つめは、むすびめが おおくて、がっちり かたまって います[5]。
かみの けを、むすびめの すくない 1ぽんの ひもだと おもって みて ください。すると つめは、あちこちを かたく むすびあわせた ひもです。じっさいには ひもでは なく、めに 見えない くらい ちいさな タンパクしつの さですが、むすびめの かずで かたさが かわるのは おなじです。
では、この かたい つめは、1ねんじゅう ずっと おなじ 早さで のびつづけて いるのでしょうか。
髪の毛も爪も、同じ「ケラチン」からできています。でも、爪のほうがずっと硬くて、曲がりにくいですね。なぜでしょうか。
ケラチンの中には、硫黄をふくんだ部分があって、これが隣のケラチンどうしを結びつける「結び目」の役割をします[5]。
髪の毛は、この結び目が少なくて、しなやかです。一方、爪は結び目が多くて、がっちり固まっています[5]。
髪の毛を、結び目の少ない1本のひもだと思ってみてください。すると爪は、あちこちを硬く結び合わせたひもです。実際にはひもではなく、目に見えないくらい小さなタンパク質の鎖ですが、結び目の数で硬さが変わるのは同じです。
では、この硬い爪は、1年中ずっと同じ速さで伸びつづけているのでしょうか。
髪も爪も同じケラチンというタンパク質からなるが、爪のほうが著しく硬い。この違いを生むのが、硫黄を含むアミノ酸「シスチン」の量である。
ケラチンは、シスチンが「二硫化結合」という強い結びつきを作ることで、鎖状のタンパク質を互いに架橋させる。この二硫化結合が多いほど、硬く伸縮しにくい構造になる[5]。
髪の毛は約14%がシスチンで、比較的しなやかな「軟ケラチン」に近い性質を持つ。一方、爪や動物のひづめ・つめを作るケラチンは、髪よりも鎖間の二硫化結合が多い「硬ケラチン」に分類される[5]。
結び目の少ないひもと、あちこちで硬く結ばれたひもの違いにたとえられるが、実際には分子スケールのタンパク質の架橋構造である。
では、この硬い爪は、一年を通じて常に同じ速度で成長しつづけているのだろうか。
4. ゆびや きせつで、はやさが かわる
4. 指や季節によって、速さが変わる
4. 使う指や季節によって、伸びる速さが変わる
ビーンさんは、じぶんの ぜんぶの ゆびの つめを くらべて、おもしろい ことに 気づきました。ゆびに よって、のびる はやさが ちがったのです[1]。
にんげんの つめは、ひとさしゆび・中ゆび・くすりゆびが 早く のびる けいこうが あります。よく うごかす ほうの 手の つめも、早く のびやすいのです[6]。
あしの つめは、手の つめより ずっと おそく のびます。あしの さきは、心ぞうから とおく、血の めぐりが とどきにくいことが、りゆうの ひとつと 考えられて います[6]。
きせつも かんけいします。ふゆより なつの ほうが、たいおんが 上がって、しんちんたいしゃが さかんに なるので、つめは 早く のびやすいのです[6]。
こんなに いろいろな ことで はやさが かわる つめですが、いつも おなじ ちょうしで のびつづけて いるとは かぎりません。
ビーンは、自分の全部の指の爪を比べて、面白いことに気づきました。指によって、伸びる速さが違ったのです[1]。
人間の爪は、人差し指・中指・薬指が早く伸びる傾向があります。よく動かすほうの手の爪も、早く伸びやすいのです[6]。
足の爪は、手の爪よりずっと遅く伸びます。足の先は、心臓から遠く、血のめぐりが届きにくいことが、理由の一つと考えられています[6]。
季節も関係します。冬より夏のほうが、体温が上がって新陳代謝が盛んになるので、爪は早く伸びやすいのです[6]。
こんなにいろいろな条件で速さが変わる爪ですが、いつも同じ調子で伸びつづけているとは限りません。
ビーンは自身の10本の指の爪を比較観察し、指ごとに固有の成長速度があることを見出した。親指や小指より、中指の爪が速く成長した[1]。
人差し指・中指・薬指は成長が速く、利き手の爪は非利き手より速く伸びる傾向がある。これは、よく使う指ほど爪母への物理的刺激と血流が増すためと考えられている[6]。
足の爪は手の爪より成長が遅い。足先は心臓から最も遠い部位のひとつであり、血流が届きにくく、爪母への栄養供給が相対的に少ないことが一因とされる[6]。
爪の成長は11〜30歳ごろにピークを迎え、以後は加齢とともに緩やかに低下する。夏季は体温上昇にともなう代謝の活発化により、冬季より速く伸びる[6]。
これほど多くの条件で速度が変化する爪だが、常に一定の調子で成長しつづけているとは限らない。
5. つめに のこる、からだの きろく
5. 爪に残る、体からの記録
5. 体調不良で成長が止まると、爪にボー線が残る
つめの のびる はやさが かわるだけでなく、つめの のびが いちじてきに 止まる ことも あります。つよい びょうきや、大きな ストレスが あった ときです。
つめの もとの ところで、あたらしい つめを つくる はたらきが、いちじてきに よわく なるのです。すると、つめの おもてに 「みぞ」が できます[7]。
この みぞは、つめが のびるのと いっしょに、ゆびさきの ほうに うごいて いきます。みぞが どこに あるかを 見れば、いつごろ からだに 何かが おきたのかが、あとから わかるのです[7]。
つめは、ただ のびるだけでは ありません。ゆっくり うごく、からだの きろくでも あるのです。では、その つめの もとじたいが、大きく こわれて しまったら、どう なるのでしょう。
爪の伸びる速さが変わるだけでなく、爪の伸びが一時的に止まることもあります。強い病気や、大きなストレスがあったときです。
爪の付け根のところで、新しい爪をつくる働きが、一時的に弱くなるのです。すると、爪の表面に「溝」ができます[7]。
この溝は、爪が伸びるのと一緒に、指先のほうに動いていきます。溝がどこにあるかを見れば、いつごろ体に何かが起きたのかが、あとから分かるのです[7]。
爪は、ただ伸びるだけではありません。ゆっくり動く、体の記録でもあるのです。では、その爪のもと自体が、大きく壊れてしまったら、どうなるのでしょうか。
爪の成長速度が変化するだけでなく、成長そのものが一時的に停止することもある。発熱をともなう感染症や、強いストレス、栄養状態の悪化などが引き金になる[7]。
これは、爪母における細胞分裂が一時的に低下・停止することで起こる。爪甲の表面には、横方向の溝(ボー線)が刻まれる[7]。
溝は爪の成長にともなって指先方向へ移動していくため、溝の位置から、原因となった出来事がおよそいつ起きたかを推定できる。爪は1日あたり約0.1mm成長するため、この移動速度から時期を逆算できる[7]。
爪は単に伸びるだけの組織ではなく、体調の変化を刻みながら移動する、緩やかな記録媒体でもある。では、その爪母自体が大きく損傷した場合、どうなるのだろうか。
6. こわれた つめの もとを、つくりなおす けんきゅう
6. こわれた爪のもとを、作りなおす研究
6. iPS細胞から、爪をつくる幹細胞がつくられた
つめの もと(つめの 生まれる ところ)が、大きな けがなどで こわれて しまうと、その ゆびに つめが 生えて こなく なる ことが あります。
2024ねん、かんさい いか大学の けんきゅうチームが、iPSさいぼうという、いろいろな さいぼうに なれる とくべつな さいぼうから、「つめを つくる もとに なる さいぼう」を つくる ことに せいこうしました[8]。
この さいぼうを つかって、こわれた つめの もとを つくりなおし、また つめを 生やせるように する けんきゅうが 進んで います[8]。
ビーンさんが 35ねんかけて しらべた「つめの ふしぎ」は、いまも あたらしい けんきゅうへと つながって いるのです。
じぶんでも やって みる
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
つめの つけねに、マニキュアで ちいさな てんを つけて、1かげつ 後に、じょうぎで どれだけ うごいたか はかって みて ください。手の つめと あしの つめの りょうほうに つけて くらべると、どちらが 早く うごくでしょうか。ビーンさんが 35ねんかけた きろくの、ほんの 1かげつぶんを、じぶんの 手で たしかめられます。
つめに きずを つけたり、するどい ものを つかったり しないで ください。水では おちない マニキュアを、ちいさく 1てんだけ つければ じゅうぶんです。おうちの 人と いっしょに やりましょう。
爪の付け根に、マニキュアで小さな点をつけて、1か月後に、定規でどれだけ先に動いたか測ってみてください。手の爪と足の爪の両方につけて比べると、どちらが早く動くでしょうか。ビーンが35年かけた記録の、ほんの1か月分を、自分の手で確かめられます。
爪に傷をつけたり、鋭いものを使ったりしないでください。水では落ちないマニキュアを、爪の表面に小さく1点つけるだけで十分です。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
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出典について:William B. Beanの学術論文、イグノーベル賞に関する報道、医療機関・製薬会社の公開情報、Wikipediaを使いました。「指によって速さが違う」「季節・年齢による変化」の項目は、医師監修の一般向け記事を出典としており、査読付き学術論文ほどの厳密さではない可能性があります。このメモは、これらの機関・企業のものではなく、個人のまとめです。
- Bean, W. B.「Nail growth. Thirty-five years of observation」(Archives of Internal Medicine, 140巻1号, 1980年, 73-76ページ)。 https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/599478 (左親指の1日あたりの成長速度が32歳で0.123mm、67歳で0.095mmまで低下。指ごとに固有の成長速度があること)
- Science Friday「Fingernails And Indigestion At The 2025 Ig Nobel Prizes」(2025年公開)。 https://www.sciencefriday.com/segments/ig-nobel-prize-2025/ (2025年イグノーベル文学賞をBean博士が受賞し、息子のBennett Beanが代理で受け取ったこと)
- 第一三共ヘルスケア「爪の構造と働き」(はだカレッジ)。 https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/site_hada-college/hcp/learn/dermatology/nail/ (爪母・爪床のしくみ、ケラチンの成分、健康な成人の爪の成長速度が1日約0.1mm)
- Medical News Today「Nail anatomy: Parts, structures, functions, and more」。 https://www.medicalnewstoday.com/articles/nail-anatomy (爪半月=爪母のうち見えている部分、というしくみの説明)
- New World Encyclopedia「Keratin」。 https://www.newworldencyclopedia.org/entry/Keratin (髪の毛は爪などの硬ケラチンより鎖間の二硫化結合が少ないこと。人間の髪は約14%がシスチンであること)
- 専門医と学ぶ 巻き爪・陥入爪治療の相談室「爪が伸びる速さは?1ヶ月でどのくらい伸びる?」(埼玉医科大学形成外科・簗由一郎医師監修)。 https://medical-media.jp/column/nail-growth-speed/ (指による違い、利き手、季節・年齢による成長速度の変化。医師監修の一般向け記事)
- Wikipedia「Beau's lines」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Beau%27s_lines (爪母における細胞分裂の一時的停止によって生じる横溝。爪の成長速度から発生時期を推定できること)
- QLifePro医療ニュース「爪幹細胞含む『指先オルガノイド』をヒトiPS細胞から作製-関西医科大」(2024年5月28日。関西医科大学の発表自体は2024年5月22日)。 https://www.qlifepro.com/news/20240528/lgr6-nail-stem.html (関西医科大学・服部文幸研究教授らによる、iPS細胞からの爪幹細胞・指先オルガノイド作製)
- Inomata, Y., Kawatani, N., Yamashita, H., Hattori, F.「Lgr6-expressing functional nail stem-like cells differentiated from human-induced pluripotent stem cells」(PLOS ONE, 19巻5号, e0303260, 2024年)。 https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371%2Fjournal.pone.0303260 (原論文。ヒトiPS細胞からの機能的な爪幹細胞様細胞の分化に、世界で初めて成功したことを報告)
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