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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

年賀状ねんがじょうに くじを つけたのは、ひとりの したてやさんだった

年賀状の歴史 ── 仕立て屋の思いつきから、プリントゴッコ、枚数の変化まで

年賀状の歴史 ── 平安時代の文例集、1949年のお年玉くじ、プリントゴッコ、ピーク後の減少

分野:歴史・文化

年賀状ねんがじょうに ある「おとしだま」の くじは、郵便局ゆうびんきょくの 人が 考えた ものでは ありません。ひとりの したてやさんの 思いつきでした[5]。

その 人は「2、3年で 終わるだろう」と 思って いたそうです。それが、70年 いじょう つづいて います。年賀状ねんがじょうは、いつから お正月に 送るように なったのでしょう。むかしの 手紙から 今まで、どう かわって きたのかが 分かります。

年賀はがきに「お年玉くじ」を付けたのは、郵便局の人ではなく、大阪で仕立て屋を営む一人の男性でした[5]。本人は「物のない2、3年のことだろう」と考えていたそうですが、それから70年以上たった今も、くじ付きの年賀はがきは売られています。

年賀状は、いつ、どう変わってきたのか。平安時代の手紙、明治の郵便、プリントゴッコやパソコンの時代、そして枚数が約6分の1になった今まで、その流れが分かります。

お年玉くじ付き年賀はがきの発案者は、郵便の職員ではなく、京都に住み大阪・心斎橋で仕立て屋を営む林正治(当時42歳)だった[5]。林は後年、「物のない2、3年のことと考えていた」と語ったと記録される[5]。制度は1949年に始まり、いまも続く。

年賀の手紙はいつ始まり、明治の郵便で何が変わり、印刷の道具はどう移り、なぜ2004年用をピークに減ったのか。平安時代から2026年用までの流れが分かる。

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1. お正月の あいさつの 手紙は、いつから あるの?

1. 年賀の手紙は、平安時代の文例集にすでに載っている

1. 年賀の手紙は、いつ始まったのか ── 『雲州消息』の例文と、「明確な起源は不明」という説明

お正月に 手紙で あいさつする ことは、平安時代へいあんじだいの 本にも 出て きます。手紙の 書き方を まとめた 本に、年の はじめの あいさつ文が のって いるのです[1]。

そのころは、会って あいさつするのが ふつうでした。手紙で 送る ことも あった、と 書かれて います[2]。

ただし、いつ、だれが はじめたのかは、はっきり していません[1]。

お正月の挨拶を手紙で交わす習慣は、平安時代の後期にできた手紙の文例集『雲州消息(明衡往来)』に、年賀の例文が載っています。編んだのは藤原明衡です[1]。

当時の年始の挨拶は、顔を合わせて行うのが中心でした。それでも、手紙で交わす場合があったことが、文例集の記録から分かるそうです[2]。

ただし、いつ、どこで始まったのかは、はっきりしません。奈良時代にすでに書状で祝いの言葉を交わしていたのではないか、という説明もあり[1]、平安時代に始まったと言い切ることはできません。

年賀の手紙は、平安時代に始まったのだろうか。手がかりの一つは、平安時代後期の手紙文例集『雲州消息(明衡往来)』(藤原明衡撰)で、年賀の書状の例文が取り上げられている[1]。当時の年始の挨拶は対面が主で、手紙による交換もあったという記録が文例集に残る[2]。

ただし、文例集に例文があることと、習慣がそこで始まったことは別の話だ。郵政博物館の展覧会案内は、明確な起源は不明とし、奈良時代にすでに書状での賀詞交換があったとする説明にも触れている[1]。平安時代を起点とは断定できない。

当初は貴族など一部の人の習慣で、江戸時代に飛脚制度が発達すると広がったという[2]。

2. はがきが できて、だれでも 出せるように なった

2. 明治に郵便とはがきが整い、年賀状が身近になった

2. 年賀状は、どう身近になったのか(1871〜1900年)── はがきの登場、年賀郵便の特別取扱

1871年、明治めいじ4年に、今の 形の 郵便ゆうびんが はじまりました。1873年には、はがきが 出て きます。1900年には、ふつうの お店などで 作った はがきも 使えるように なりました[2]。

その 少し まえの 1881年の 記ろくに、「はがきで お正月の あいさつを する ことが、年ねん ふえて いる」と あります[3]。

1899年の 12月には、年の 終わりに 出した 年賀状ねんがじょうを、元日に まとめて とどける しくみも できました。はじめは 決まった 郵便局ゆうびんきょくだけでした[4]。

1871年(明治4)に近代郵便が始まり、郵便はがきは1873年(明治6)に登場しました。1900年(明治33)には、民間で作る私製はがきも認められました。こうした制度の変化を経て、年賀状を出す習慣は身近なものになったとされます[2]。

1881年の記録には、はがきで年始の祝いの言葉を交換する風習が年々盛んになっている、とあるそうです[3]。

1899年(明治32)12月16日には、年賀郵便の特別取扱が始まりました。年末の決まった期間に受け付けた年賀状を、元日にまとめて配達する仕組みです。当初は指定された郵便局だけでの取り扱いでした[4]。

年賀状は、いつから身近な習慣になったのか。近代郵便は1871年(明治4)に始まり、郵便はがきが登場し(1873年)、私製はがきも認められた(1900年)。日本郵便は、こうした制度の変遷を経て、年賀状を出す習慣がより身近になったと説明する[2]。

その途中の1881年には、はがきで年始の祝詞を交換する風習が年々盛んになっているという記録がある[3]。

では、年末に出した年賀状を元日に届ける仕組みはいつできたのか。年賀郵便の特別取扱は1899年(明治32)12月16日の創設で、年末に期間を定めて引き受けた年賀状を元日にまとめて配達する制度だ。ただし当初は指定局のみの取り扱いだった[4]。

3. 「おとしだま」の くじは、どうして できたの?

3. 1949年、仕立て屋の思いつきで、くじ付きの年賀はがきが生まれた

3. お年玉くじ付き年賀はがき(1949年)── 発案者・林正治と、想定外の長寿

くじつきの 年賀ねんがはがきが 出たのは、1949年の 12月です。世界で はじめての くじつきの 郵便ゆうびんだと されて います[5]。

思いついたのは、京都に 住み、おおさかで したてやを して いた 林さんです。せんそうの あとで、はなれた 人の ようすが 分からなく なって いました。年賀状ねんがじょうが もどれば、おたがいの ようすが 分かる。くじと きふきんも つければ、ゆめも あって、人の やくにも 立つ。林さんは そう 考えたと つたえられて います[5]。

さいしょの 年は、あまり 売れなかった そうです。林さんは「2、3年の ことだと 思って いた」と、あとで 話して います[5]。

さいしょの しょうひんは、ミシンや ようふくの ぬのだったと いわれます[3]。2014年用では、はじめて げんきんの 1万円が 出ました[3]。

お年玉くじ付き年賀はがきは、1949年(昭和24)12月1日に、昭和25年用として発売されました。2円の通常はがき3000万枚と、寄付金1円が付いたもの1億5000万枚です。世界で初めてのくじ付きの郵便物とされます[5]。

発案者は、京都に住み、大阪・心斎橋で仕立て屋を営んでいた林正治さんです。戦後、人々の連絡が途絶えていた時期に、年賀状が復活すれば互いの消息が分かる。くじのお年玉と寄付金を加えれば、夢もあり、社会福祉にもなる。研究紀要によれば、これが林さんの考えで、思いついたのは発売の半年前の6月だったと伝えられます[5]。

郵政審議会には「面白い案だが、今は食べるものにも困る時代だ」と時期尚早を心配する声もありました。一方で、赤字だった郵便事業には、通信の量を増やしたい事情もあったようです。初年度の売れ行きは小さく、林さんが売れ残りを買い取ったという話も残っています[5]。ただし、これは伝聞です。

のちに林さんは「物のない2、3年のことと考えていた」と語りました[5]。最初の賞品は、特等がミシン、1等が洋服地などだったとされます。2014年用で、初めて現金1万円の賞品が登場しました[3]。

くじ付き年賀はがきは、誰が、何を考えて思いついたのか。発案者は京都在住で、大阪・心斎橋の仕立て屋を営む林正治(当時42歳)である。発行の半年前の6月に、通信が途絶えた戦後の状況から、年賀状が復活すれば互いの消息が分かり、くじと寄付金を加えれば夢もあり社会福祉にもなる、と考えた、と研究紀要は記す[5]。日本郵便もこれを「一人のお客さま」の発想と説明している[2]。

そのはがきは、1949年(昭和24)12月1日に昭和25年用として発行された。内訳は2円の通常はがき3000万枚と、寄付金1円付きのもの1億5000万枚で、世界初のくじ付き郵便物とされる[5]。

ところが、すんなり歓迎されたわけではない。郵政審議会には時期尚早とする意見もあったが、創設された。背景には、赤字だった郵便事業が通信量を増やしたいという事情もあったとされる。初年度の売れ行きは小さく、林が売れ残りを買い取ったという話も残るが、伝聞の域を出ない[5]。林の後年の言は「物のない2、3年のこと」と考えていた、という趣旨である。

では、当初の賞品は何だったのか。特等がミシン、1等が洋服地などとされ、2014年用で初めて現金1万円の賞品が登場した[3]。初回賞品の原文は未確認で、伝聞の域にとどまる。

4. プリントゴッコは、どうやって 年賀状ねんがじょうを 作ったの?

4. 1977年、家庭で刷れるプリントゴッコが登場した

4. プリントゴッコは、どうやって刷ったのか(1977年〜)── フラッシュの熱で原板に穴をあける簡易印刷

むかしは、年賀状ねんがじょうを 手で 1まいずつ 書く 人が たくさん いました。そこへ、1977年に「プリントゴッコ」という 家で 使える 印刷いんさつの どうぐが 出ます。作ったのは、理想科学工業という 会社です[8]。

手で 書いたり 絵を かいたり した 紙に、ぴかっと 光る フラッシュを 当てます。すると、字や 絵の ところだけ、小さな あなが あく、と せつめいされて います[9]。その あなを とおった インクが、はがきに うつります。

全部で 1000万台 いじょう 売れたと、新聞に 書かれて います[8]。

ハンコを おすのに にた 手ざわりで、同じ 絵を なんまいも 作れました。ただし 本当は、ハンコとは しくみが ちがいます。

プリントゴッコは、理想科学工業が1977年に発売した家庭用の印刷機です。累計で1000万台以上が売れたと、新聞は伝えています[8]。

仕組みは、百科事典の説明によれば次のとおりです。文字や絵を手書きした原稿にフラッシュの光を当てると、黒い部分が熱を吸います。その熱で、原板の薄い樹脂の膜に細かい穴があきます。その穴を通したインクを、スタンプのように押しつけてはがきに写します[9]。

家庭で同じ絵を何枚も刷れるようになりましたが、それが年賀状の枚数にどう響いたかは、この記事の資料からは分かりません。

家庭で刷る道具は、どんな仕組みだったのか。プリントゴッコは理想科学工業が1977年に発売した。累計1000万台以上が売れたという。これは新聞1紙の記述である[8]。

原版づくりは、原稿の黒い部分(炭素)がフラッシュの熱を吸い、原板の熱可塑性の樹脂膜に微細な穴があく、というものだ。その穴を通したインクを押しつけて葉書に写す(ローラーではなくスタンプ式)。仕組みの詳細は百科事典(Wikipedia英語版)の記述による[9]。

これが年賀状の枚数を押し上げたかどうかは、今回の資料からは分からない。

5. パソコンが 年賀状ねんがじょうを かえた

5. パソコンとインクジェット紙の時代

5. パソコンは、年賀状づくりの何を楽にしたのか(1990年代〜2005年用)

1990年代の おわりごろには、パソコンで 年賀状ねんがじょうを 作る「ソフト」が、記事で しょうかい されて いました[11]。あて名や 文を かんたんに 作れる ためです。

そのころ、家の プリンターは やすく なって いました。2008年に、本体の はんばいが おわり、2012年には かんれんの 商品も 売り終わりました[10]。

2005年用の 年賀ねんがはがきでは、パソコン用の「インクジェット紙」が、いちばん 多い 22おく 7千万まいほどでした。ぜんぶの 年賀ねんがはがきの、およそ 半分です[6]。

1998年11月のPC Watchは、宛名や文面の作業を楽にする「年賀状作成ソフト」を特集しました。それまでは、印字位置がずれるなどの苦労があったそうです[11]。

1990年代にはインクジェットプリンターが安く出回りました。本体のメーカー販売は2008年6月30日に終わり、関連商品を含む全販売は2012年に終わっています[10]。

2005年用のインクジェット紙は、過去最高の約22億6,609万枚でした。総枚数約43億5千万枚の、およそ半分です。計算すると約52%になります[6]。

パソコンは、年賀状づくりの何を楽にしたのか。1998年11月のPC Watchは、印字位置がずれるなど苦労のあった宛名・文面作成を楽にする年賀状作成ソフトを特集して紹介する[11]。

それを刷る側の道具も、家庭に広がっていた。1990年代にはインクジェットプリンターが低価格で出回った。

一方、家庭用の印刷機プリントゴッコについては、メーカー販売の終了が2008年6月30日、関連商品を含む全販売の終了が2012年で、この2つの日付は混ぜない[10]。

では、パソコン用の紙はどれほど使われたのか。2005年用のインクジェット紙は、過去最高の約22億6,609万枚(前年比116%)だった。総枚数約43億5千万枚に対して226.6÷435≒0.52で、約半分にあたる[6]。

6. 年賀ねんがはがきは、2026年用で どのくらい?

6. ピークから約6分の1へ ── 枚数の変化

6. 枚数は、どこでピークになったのか ── 2004年用のピークと、2026年用の785,047,000枚

年賀ねんがはがきが いちばん 多かったのは、2004年用で、およそ44おく6千万まいです。2005年用は およそ43おく5千万まいで、少し へりました[6]。

2026年用は、およそ7おく8千5百万まいです[7]。いちばん 多い ときの、およそ 6分の 1です。

手紙の かわりに、メールや メッセージで あいさつする 人も ふえたのでしょう。ただし 理由は、この 記事の しりょうには くわしく 書かれて いません。

年賀はがきの発行枚数がもっとも多かったのは、2004年用の約44億6千万枚です。2005年用は約43億5千万枚で、前年より減りました[6]。「2003年がピーク」と書く資料もありますが、それは発売した年(2003年秋)で数えた場合で、用いる年で数えれば2004年用です。

2026年用の総発行枚数は、785,047,000枚(約7億8500万枚)です[7]。ピークと総枚数どうしを比べると、445.9÷78.5でおよそ5.7、つまり約6分の1になります。

年賀はがきの枚数は、いつが一番多かったのか。ピークは2004年用の約44億6千万枚で、2005年用は約43億5千万枚と、前年より減った[6]。「2003年のピーク」とする資料もあるが、それは発売年(2003年秋)を基準にしたもので、用いる年で数えると2004年用になる。

では、いまはどのくらいか。2026(令和8)年用の総発行枚数は785,047,000枚である[7]。ピークの約44億6千万枚(445.9)と総枚数どうしで比べると、445.9÷78.5≒5.7で、約6分の1にあたる。

減少の理由は、今回の資料には書かれていない。

7. 家の 人に、聞いて みよう

7. 身近な人に聞いて、公式の数字を見に行く

7. 出口 ── 聞き取りと、原典の読み方

家の 人に、こう 聞いて みましょう。「子どもの ころ、年賀状ねんがじょうは なんまい くらい 出した? どうやって 作った?」

手で 書いた 人、はんこを おした 人、プリントゴッコを 使った 人、パソコンで 作った 人など、答えは いろいろかも しれません。その 話が、この 記事の 数字と 重なるか、見くらべて みます。

もっと 知りたく なったら、郵便局ゆうびんきょくの ホームページや、東京の ゆうせいはくぶつかんの ホームページ(日本語)を 見て みましょう。

身近な大人に、「昔、年賀状を何枚くらい出していたか」「どうやって作っていたか」を聞いてみてください。手書き、スタンプ、プリントゴッコ、パソコンなど、時代ごとの違いが、話に出てくるかもしれません。

その答えを、この記事の年表と並べます。合う部分と合わない部分があれば、そこが次に調べるところです。今回の資料には、個人が出す枚数の歴史的な統計はありませんでした。

公式の数字は、日本郵便の年賀はがき発行のお知らせ(各年)や、郵政博物館の紀要で確かめられます。どちらも日本語です。

身近な人に「昔は年賀状を何枚くらい出したか、どう作ったか」と聞くと、その答えは、枚数や作り方の変遷を、資料の数字と突き合わせる材料になる。個人が出す枚数の歴史的な統計は、今回の資料では確認できなかった。

原典は、郵政博物館の研究紀要第8号(お年玉くじ付き年賀はがきの創設)[5]、日本郵便の年賀はがき発行のお知らせ(2005年用[6]、2026年用[7])。プリントゴッコの仕組みは、メーカーの公式資料を読むと確かめられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:郵政博物館、日本郵便の公式資料を主に使った。プリントゴッコの累計台数は新聞1紙、仕組みは百科事典、初回賞品などの一部は二次資料に基づく。

  1. 郵政博物館「年賀状展のお知らせ」(2015)。https://www.postalmuseum.jp/news/docs/nenga_press.pdf (平安時代の文例集と起源について)
  2. 日本郵便「未来に残す年賀状文化」。https://www.post.japanpost.jp/notification/pressrelease/2023/00_honsha/0831_02_04.pdf (平安時代・江戸時代・明治の制度と広がりについて)
  3. nippon.com「年賀はがきの発行枚数と歴史」。https://www.nippon.com/ja/features/h00331/ (1881年の記録と賞品の変遷について。原文は未照合)
  4. コトバンク「年賀郵便」。https://kotobank.jp/word/年賀郵便 (年賀郵便の特別取扱について)
  5. 郵政博物館 研究紀要第8号。https://www.postalmuseum.jp/publication/research/research_08_09.pdf (お年玉くじ付き年賀はがきの創設と発案者について)
  6. 日本郵便「平成17年用年賀はがき発行」。https://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/hagaki/nenga_hakko/2005/ (2004・2005年用の発行枚数とインクジェット紙について)
  7. 日本郵便「2026年用年賀はがき発行」。https://www.post.japanpost.jp/newsrelease/pressrelease/797900895.html (2026年用の総発行枚数について)
  8. 神戸新聞(2022)プリントゴッコの記事。https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/202209/0015672713.shtml (プリントゴッコの発売と累計台数について)
  9. Wikipedia「Print Gocco」(英語)。https://en.wikipedia.org/wiki/Print_Gocco (原版づくりの仕組みについて。百科事典)
  10. GIGAZINE「プリントゴッコ本体の販売終了」(2008)。https://gigazine.net/news/20080530_riso_print (販売終了の時期について)
  11. PC Watch「年賀状ソフト特集」(1998年11月)。https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/981126/nenga.htm (年賀状作成ソフトについて)

なおした ところ

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