1. ゆいごんには 「人」と 書いて あるのに?
1. 遺言には「人」とあるのに、団体が受賞している
1. 遺言の「人(person)」と、1904年の最初の団体受賞
ノーベルさんは、ゆいごん(しんだ あとの ねがいを 書いた 手紙)で、平和賞を 「人」に おくると 書いたと いわれます[2]。「国どうしが なかよく なる ために、いちばん はたらいた 人」という ことです。
ところが 1904ねんに、人では なく 団体が はじめて 賞を もらいました。国どうしの きまりを しらべる 学者たちの あつまりです。ベルギーの まちで 1873ねんに できて、メンバーは 国の 代表では なく、学者 ひとりひとりでした[4]。
ゆいごんの 「人」から 団体に ひろがった わけは、はっきり わかっていません。でも いまは、団体も 候補に なれると、ちゃんと きまっています。それなら、だれが えらぶのでしょうか。
ノーベルの遺言は、国どうしの友好や、平和会議の開催などのために、最大またはもっともすぐれた働きをした「人(person)」に平和賞を贈る、と定めているとされます[2]。引用されている文のなかで、贈り先は人です。
ところが、最初の団体受賞は1904年でした。受賞したのは国際法学会という団体です。1873年にベルギーのゲントで、国際法の学者たちが作った集まりで、会員は国の代表ではなく、学者一人ひとりでした[4]。国の役所ではなく、学者が個人として集まった団体に、平和賞が贈られたのです。
遺言の「人」から団体へ広がった理由を説明した公式の言葉は、今回の資料では見つかっていません。ただ、いまの委員会は、団体を候補にできると明記しています。その委員会はどんな人たちで、団体はどのくらい候補に挙がっているのでしょうか。
ノーベルの遺言は、国どうしの友好、常備軍の廃止または削減、平和会議の開催と促進のために、最大または最善の働きをした「人(person)」に平和賞を贈ると定めている、と引用される[2]。引用された範囲では、贈り先を示す語は person であり、団体を指す語は見あたらない。
それでも、最初の団体受賞は早かった。1904年に受賞した国際法学会(Institut de Droit International)は、1873年にベルギーのゲントで国際法学者らが設立した団体で、会員は国家の代表ではなく個人の法学者から成る[4]。国が送りこんだ代表団ではなく、学者が一人ひとりの立場で集まった民間の団体に、平和賞が贈られたことになる。
遺言の「人」から団体へ受賞者が広がった経緯を、委員会自身が説明した言葉は、今回あたった資料には見あたらない。したがって、理由は推測にとどめるしかない。言えるのは、現在の委員会が団体を候補として扱っているという事実のほうである。選ぶのはどんな委員会で、候補のうち団体はどれほどを占めるのか。
2. だれが えらぶの? 候補の 4つに 1つは 団体
2. 選ぶのはノルウェー国会が選んだ5人。候補の約28%が団体
2. 選考は国会が選ぶ5人の委員会。2025年の候補の約28%が団体
平和賞を えらぶのは、ノルウェーという 国の 委員会です。メンバーは 5人で、ノルウェーの 国会が 選びます[1]。ほかの ノーベル賞は スウェーデンの きかんが えらぶので、平和賞だけ べつです。
この 委員会の ホームページには、「いきている 人と、はたらいている 団体は、候補に なれる」と 書いて あります[1]。2025ねんの 候補は 338けんで、人が 244、団体が 94でした。94を 338で わると、およそ 0.28。4つに 1つ ぐらいが 団体です。
平和賞を選ぶのは、ノルウェー・ノーベル委員会です。委員は5人で、ノルウェー国会(ストーティング)が選びます。遺言にも「国会が選ぶ5人」と書かれていて、ほかの賞をスウェーデンの機関が選ぶのとは、別の仕組みになっています[1]。
この委員会の公式サイトには、存命の人と、活動している団体・機関は、どれも平和賞の候補になれると明記されています[1]。2025年の候補は338件で、個人が244、団体が94でした。94を338で割ると約0.28になるので、候補のおよそ28%、4件に1件強が団体です。
候補になれることと、受賞することは別の話です。団体が受賞したとき、賞はどう分けられるのでしょうか。
平和賞の選考は、ほかのノーベル賞と選ぶ場所がちがう。ほかの賞をスウェーデンの機関が選ぶのに対し、平和賞はノルウェー・ノーベル委員会が選び、委員は5人で、ノルウェー国会(ストーティング)が選出する。遺言にも「国会が選ぶ5人」という趣旨の定めがある[1]。
この委員会の公式サイトは、存命の人と、活動中の団体・機関は、どれも平和賞の候補になれると明記している[1]。団体が候補になるのは例外的なことではない。2025年の候補338件の内訳は、個人244、団体94で、94÷338=約0.28、つまり約28%が団体だった。
ただし、候補に挙がることと受賞することは別である。候補の統計は1年分の件数であり、あとで見る受賞者の統計は長い年月の累計なので、2つの割合をそのまま比べても意味がない。まず確かめるべきは、受賞したあとの扱いである。団体が受賞するとき、賞は何人で分けるのか。
3. 「3人まで」の きまりが、団体には ない
3. 「3人まで」の決まりに、団体は入らない
3. 1つの賞は最大3人まで。平和賞だけが、その外に団体を置ける
ノーベル賞は、1つの 賞を わけられるのが 3人までと きまっています。でも 平和賞は、3人より 多い 団体にも おくれます[3]。
リレーで、はしった 4人の 名前を ぜんぶ ならべず、「5年1組」と チーム名で 発表するのに にています。ただし 本当は、団体が 賞を もらえるのは 平和賞だけと いわれていて、ほかの 賞は ちがいます。
ノーベル賞には、1つの賞を分けあえるのは最大3人までという決まりがあります。ところが平和賞は、3人をこえる団体にも贈ることができます[3]。団体が受賞できるのは平和賞だけだといわれるのは、この例外があるからです。
運動会のリレーで、走った4人の名前をすべて並べず、「5年1組」とチーム名で発表するのに似ています。大きな団体なら、「その中の3人は誰か」を選ぶ必要がなく、団体の名前そのもので発表できます。ただし本当は、チームと団体では中身がちがいます。このリレーのチームは大会のために集まりますが、団体には会員が入れかわっても活動を続けるものがあります。
人数の壁が外れた平和賞には、どんな団体が最初に姿を見せたのでしょうか。1910年の受賞には、ある人物の物語がつながっています。
ノーベル賞には、1つの賞を分けあえるのは最大3人までという決まりがある。しかし平和賞は、3人をこえる団体にも贈れる[3]。団体を受賞者にできる賞は、ノーベル賞のなかで平和賞だけだとされる。
これは運動会のリレーで、走った4人の名前をすべて並べず、「5年1組」とチーム名で発表するのに似た仕組みである。ただし、たとえとして不十分な点もある。このリレーのチームは大会のために集まるが、団体には会員が入れかわっても活動を続けるものがある。1904年の国際法学会は、設立の1873年から30年あまりたってからの受賞だった。
この「3人まで」の規程は、条文の番号や正確な言いまわしにまでは踏みこまず、資料が共通して述べる内容、つまり3人をこえる団体にも平和賞は贈れる、という点だけを使っている。
人数の壁が外れた平和賞に、団体はどんな形で姿を現したのか。1910年の受賞には、ある人物の物語がつながっている。
4. ズットナーさんが かかわった、平和の 団体を つなぐ 組織
4. ズットナーが関わった、各国の平和団体をつなぐ組織
4. ベルタ・フォン・ズットナーと、1910年に受賞した常設国際平和事務局
ベルタ・フォン・ズットナーさんは、ノーベルさんの 友だちでした。1905ねんに、女の人として はじめて 平和賞を もらいました[5]。
この 人が、1891ねんに 国ごとの 平和の 団体を つなぐ 組織を つくるのに かかわったと いわれます。ベルンという まちに ありました。この 組織は 1910ねんに、じぶんで 平和賞を もらいました[5]。
ズットナーさんが もらってから 5年あと、つくるのに かかわった 組織が もらったのです。
ベルタ・フォン・ズットナーは、ノーベルの友人でした。1905年に、女性として初めて平和賞を受けています[5]。
ズットナーは、1891年に作られた常設国際平和事務局(ベルン)の創設に関わった人物だといわれます。この事務局は、各国にあった平和団体をつなぐ組織で、1910年には事務局そのものが平和賞を受けました[5]。
ズットナーの受賞から5年後に、創設に関わった組織が受賞したことになります。個人の受賞のあとに、その人が育てた組織の受賞が続いた例です。ノーベルとの友情が、ズットナーの平和賞や彼女の活動の背景にあるとする話もありますが、推測を含みます。
では、いまの団体はどんな顔ぶれなのでしょうか。
1910年の受賞者である常設国際平和事務局は、1891年に設立された、各国の平和団体をつなぐ組織で、ベルンに置かれた[5]。創設に関わったのは、ベルタ・フォン・ズットナー(Bertha von Suttner)である。
ズットナーはノーベルの友人であり、1905年に女性として初めて平和賞を受けた[5]。つまり、個人としての受賞が先にあり、その5年後に、本人が創設に関わった組織が受賞した。個人の受賞と団体の受賞が、1人の人物を通して結びついている例である。
ノーベルとの友情が、平和賞が作られた動機の一つだったとする説明を見かけるが、これは推測を含み、確かな根拠とまでは言えない。一方、ズットナーが創設に関わった組織が受賞した事実は、IPB(International Peace Bureau)自身の資料に書かれている。確かなことと推測を分けておくと、団体受賞の歴史は、人と人のつながりの物語としても読める。
個人の物語から始まった団体の受賞は、その後どんな分野に広がったのか。
5. どんな 団体が もらったの?
5. 子ども、医療、お金、気候、食料。受賞した団体の仕事はいろいろ
5. 受賞団体の形は、学者の集まりから国連の機関、銀行までさまざま
ユニセフは 1965ねんに もらいました。子どもの ための しごとを する 団体です。国境なき 医師団は 1999ねん、グラミン銀行は 2006ねんです[6]。
2020ねんには、世界の食糧計画が もらいました。食べ物を とどける しごとを する 団体です。名前の ことばから、なにを する 団体か 見えて きますね。
1965年にはユニセフ(国連児童基金)、1977年にはアムネスティ・インターナショナル、1999年には国境なき医師団が受賞しました[6]。
2006年には、グラミン銀行が、ユヌスという人と共同で受賞しています。2007年は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、2020年は世界食糧計画(WFP)です[6]。
名前に出てくることばを並べると、児童、医師、銀行、気候変動、食糧と、分野はばらばらです。形も、1904年の学者の集まり、国連の児童基金、銀行とさまざまです。名前から想像するかぎり、一人の力では届きにくそうな仕事が目立ちますが、団体が選ばれる理由を委員会が一般論として述べた資料は、今回は見つかっていません。
受賞団体の顔ぶれを年ごとに見ると、団体の形がそろっていないことに気づく。ユニセフ(国連児童基金)は1965年、アムネスティ・インターナショナルは1977年、国境なき医師団(Médecins Sans Frontières)は1999年に受賞した[6]。
2006年のグラミン銀行は、ユヌスという人と共同の受賞で、団体と個人が同じ年に並んだ例である。2007年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、2020年の世界食糧計画(WFP)も受賞団体に入っている[6]。
名前のことばだけを拾っても、児童、医師、銀行、気候変動、食糧と、分野は広い。形も、1904年の学者の集まり、国連の名がつく児童基金、民間の銀行と、組織の成り立ちが大きく異なる。名前から推測するかぎり、一人の力では届きにくそうな仕事が多く見えるが、委員会が団体を選ぶ理由を一般論として述べた資料は、今回あたった範囲にはない。個々の授賞理由は、年ごとに委員会が発表する言葉を読んで確かめる必要がある。
こうした団体は、受賞者全体のなかでどれほどの割合を占めるのか。
6. 受賞した 人の 5人に 1人くらいが 団体
6. 受賞者のおよそ5分の1が団体。日本からも2024年に
6. 受賞者の約2割が団体。くり返し選ばれる団体と、日本の例
2025ねんまでに、平和賞を もらった 人は 114人、団体は およそ 28でした[2]。合わせると 142。28を 142で わると 0.2に ちかいので、5つに 1つ くらいが 団体です。
赤十字の 国際赤十字委員会は 3回も もらって、いちばん 多い 団体です。日本の 団体も 2024ねんに もらいました。「かくへいきの ない 世界を めざして きたこと」などが りゆうです[7]。
では、受賞者全体のなかで、団体はどれくらいなのでしょうか。2025年の時点で、平和賞を受けたのは個人が114、団体が28です[2]。合わせて142なので、団体は約5分の1にあたります。資料によって団体は27または28と数えられるため、ここではおよそ28とします。
同じ団体が何度も選ばれることもあります。国際赤十字委員会は3回で最多、国連難民高等弁務官事務所は2回です。年でいえば、前者が1917年、1944年、1963年、後者が1954年と1981年でした[2]。
日本からは、2024年に日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が受賞しています。1956年に結成された団体で、受賞の理由は、核兵器のない世界を目指す努力と、証言を通じて、二度と使われてはならないと示したことでした[7]。
前の章の候補の約28%は2025年1年分の件数で、ここで見た約5分の1は累計の記録です。単位がちがうため、同じ数字にならなくても不思議ではありません。
では、受賞者全体のなかで団体はどれくらいなのか。2025年の時点の記録は、個人114、団体28である[2]。合計142のうち団体は約0.197、つまり約2割にあたる。資料によって団体は27または28と数えられるため、ここではおよそ28とする。
前の章で見た候補の約28%は2025年1年分の件数、ここで見た約2割は受賞の累計であり、母数が異なる。2つの数字が一致しないことは、矛盾ではない。
同じ団体がくり返し選ばれることもある。国際赤十字委員会は3回で最多、国連難民高等弁務官事務所は2回であり、年にすると前者は1917年、1944年、1963年、後者は1954年と1981年にあたる[2]。
日本の団体では、2024年に日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が受賞した。1956年8月10日に結成され、授賞理由は、核兵器のない世界を目指す努力と、証言を通じて、二度と使われてはならないと示したことだった[7]。なお、日本の団体として何例目の受賞かは、報道によって並べ方に差があり、ここでは数えない。
1904年の最初の受賞から、団体は受賞者として積み重なってきた。では、その名前を手がかりに、自分でどこまで調べられるのか。
7. 団体の 名前から、しごとを 当てて みよう
7. 団体の名前を手がかりに、仕事を予想してみる
7. 名前の手がかりで予想し、数字を検算し、公式の発表で確かめる
ユニセフ、国境なき医師団、グラミン銀行、世界の食糧計画。この 中から 1つ えらんで、名前の ことばを ヒントに、どんな しごとを して いるか 当てて みよう。
当てた ことを 紙に 書いて おいて、家の 人と いっしょに、本や ニュースで 答え合わせを します。まちがえた ところが、いちばん おもしろい ところです。
この記事に出てきた団体から気になる名前を1つ選び、名前の中のことば(児童、医師団、銀行、食糧など)を手がかりに、どんな仕事をしているか予想してみましょう。予想を紙に書いておき、あとで学校の本や、家の人といっしょに見るニュースで答え合わせをします。予想とずれたところが、いちばんおもしろい部分です。
計算もできます。候補338件のうち団体は94件、受賞者142のうち団体は28。電卓や筆算で割り算をして、約28%と約2割になるかどうか、自分の手で出してみましょう。
毎年の授賞理由を読むと、委員会が団体のどこを評価したのかが見えてくるかもしれません。
この記事に出てきた団体から1つ選び、名前に含まれることば(児童、医師団、銀行、食糧、気候変動など)を手がかりに、何をする団体かを予想してから、その団体の公式発表や図書館の資料で答え合わせをする。予想と事実のずれが、その団体の特徴を示していることが多い。
計算の検算もできる。94÷338、244÷338、28÷142、114÷142を、電卓や筆算で出してみる。2025年の候補で団体は約28%、個人は約72%、受賞者全体では団体が約2割、個人が約8割になる。割合の数字がどの母数から出ているかを意識すると、「団体は多いのか少ないのか」という問いが、意味のある問いに変わる。
資料を直接読むなら、ノルウェー・ノーベル委員会の公式サイト(nobelpeaceprize.org)の候補に関するページ(英語)に、候補の資格と、年ごとの候補件数の内訳が出ている。団体受賞の一覧は、Wikipediaの受賞団体のリストが入口になる。ただし二次資料なので、気になった年は、委員会が発表した授賞理由の文章まであたるとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は次の資料にもとづく。団体名・年号は複数の資料で突き合わせている。
- ノルウェー・ノーベル委員会「Nomination」「The Norwegian Nobel Committee and Institute」。委員会の構成、候補の資格、2025年の候補数。 https://www.nobelpeaceprize.org/nobel-peace-prize/nomination/ https://www.nobelpeacecenter.org/en/nobel-peace-prize/the-norwegian-nobel-committee-and-institute (委員会・候補の資格)
- Wikipedia「Nobel Peace Prize」。遺言の文言の引用、受賞者数、赤十字などの受賞回数。 https://en.wikipedia.org/wiki/Nobel_Peace_Prize (遺言・受賞の記録)
- Wikipedia「Nobel Prize」。1つの賞を分けられる人数と、平和賞の扱い。 https://en.wikipedia.org/wiki/Nobel_Prize (人数の決まり)
- Wikipedia「Institut de Droit International」。設立年、会員の性格。 https://en.wikipedia.org/wiki/Institut_de_Droit_International (最初の団体受賞)
- International Peace Bureau「Nobel Peace Prize Laureates」。常設国際平和事務局とズットナー。 https://ipb.org/nobel-peace-prize-laureates/ (1910年の受賞)
- Wikipedia「List of organizations nominated for the Nobel Peace Prize」。受賞団体と受賞年。 https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_organizations_nominated_for_the_Nobel_Peace_Prize (受賞団体の例)
- Wikipedia「2024 Nobel Peace Prize」。日本被団協の授賞理由。 https://en.wikipedia.org/wiki/2024_Nobel_Peace_Prize (2024年の受賞)
- Nobel Prize Outreach「Alfred Nobel's will」「Nobel Peace Prize 1904」「Nobel Peace Prize 2024」。遺言の文言と、1904年国際法学会・2024年日本被団協の受賞の公式記録。 https://www.nobelprize.org/alfred-nobel/alfred-nobels-will/ https://www.nobelprize.org/prizes/peace/1904/institute-of-international-law/facts/ https://www.nobelprize.org/prizes/peace/2024/nihon-hidankyo/facts/ (公式の記録。受賞者数は公式の受賞者一覧とあわせて読むとよい)
なおした ところ
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