1. どうして 能面は「どちらでも ない」かおなの?
1. 能面は、喜怒哀楽のどれでもない顔に作られている
1. 「中間表情」── 喜怒哀楽のどれとも言いにくい造形
能面の かおは、わらって いる ようにも、おこって いる ようにも 見えません。かなしい とも、うれしい とも、はっきり 言えない 表情です。これを 中間表情と よぶ ことが あります。
のうの ぶたいには、いろいろな 人が でて きます。わかい 女の 人や、おじいさん、おにが でて きます。人に よって、能面も ちがう かたちに つくられて います。
その 中で、わかい 女の 人の 面を 小面と いいます。この 記事では、おもに 小面の 話を します。
2. すこし 上を むくと、すこし 下を むくと?
2. 「テラス」と「クモラス」── わずかな傾きで顔つきが変わる
2. 照ル・曇ル ── 傾きによる見え方の変化
能面の 見え方を かえる ワザが あります。かおを すこしだけ 上に むける ことを「テラス」と いいます。すると、わらって いる ように 見えると されます。
反対に、すこし 下を むける ことを「クモラス」と いいます。すると、ないて いる ようにも 見えます。
ほんの すこし むきを かえるだけです。それでも、見て いる 人の 心の 中では、ちがう 顔に なります。
能では、面をつけた顔をやや上に向けることを「テラス(照らす)」といい、笑っているように見えるとされます。逆に、やや伏せることを「クモラス(曇らす)」といい、泣いているようにも見えます[1]。
別の解説でも、やや仰向けにすると気持ちが高まった様子が、少しうつむくと陰りのある様子が表現される、と説明されています[2]。CNNの記事も、見る角度や光の当て方をほんの少し変えるだけで、さまざまな感情が引き出せると伝えています[3]。
面そのものは、まったく動いていません。動かしているのは、面をつけた人の首の向きと、そこにあたる光です。
顔をやや上に向けることを「テラス(照ラス)」といい、笑っているようにも見える。やや伏せることを「クモラス(曇ラス)」といい、泣いているようにも見える[1]。中川政七商店の解説も、能ではやや仰向けにすると高揚した様子(照ル)、少しうつむくと陰りのある様子(曇ル)が表現されると述べる[2]。
CNN.co.jpの記事は、視点や光の当て方をほんの少し変えるだけで、さまざまな感情が引き出せると伝え、上に傾けると微笑み、下に傾けると悲しんで見えるとする[3]。異なる3つの媒体の説明が、傾きの向きと感情の対応で一致している。
ただし、これらは能の慣習としての説明であり、面の向きが観客の目にどう見えるかを測ったものではない。次章の実験研究は、その点を扱っている。
3. まゆと 目と 口は、べつべつの 気もち?
3. 眉・目・口が、それぞれ別の感情を持つ顔
3. 情動キメラ ── 部位ごとに異なる感情の特徴
小面の しゃしんを 使った 研究が あります。日本の 大学の 先生たちが、小面の しゃしんを 大人の 人たちに 見せて、どんな 気もちに 見えるか たずねました。
そこで わかった のは、能面の まゆと 目と 口が、それぞれ ちがう 気もちの とくちょうを もって いる らしい こと でした。まゆは かなしそうなのに、目は うれしそう、という ぐあいです。
いろいろな 気もちが 1つの 顔に まざって いる ので、見る 人は 自分の 心で、その 中の どれかを ひろって しまうのかも しれません。
この 実験では、むきに よって 見える 気もちが かわりました。気もちを 見わける とき、口の かたちが 大きな てがかりに なりました。
名古屋大学の川合伸幸さんたちと東京大学の岡ノ谷一夫さんたちは、小面の画像を大人の参加者に見せ、どんな感情に見えるかを答えてもらう研究を行いました。2012年に科学誌『PLoS ONE』で報告された研究です[4]。
この研究では、能面の眉・目・口がそれぞれ異なる感情の特徴を持つ「情動キメラ」だと示されました[4]。キメラとは、別々の生き物の部分をあわせ持つ想像上の生き物のことです。ここでは、別々の感情の特徴が1つの顔に同居している、という意味です。
面を上向きにした画像では、眉と口が悲しみの特徴を、目が喜びの特徴を共有し、下向きではおおむね逆の傾向が出たと報告されています。感情の判断では、口の形がもっとも重視されたそうです[5]。
この結果は、能の「テラス=明るい」と向きが逆に見えます。2013年の論文も、実験結果が能の慣習とは逆になることに触れています。そのため、ここでは向きと感情の対応は、決めつけないでおきます。
名古屋大学の川合伸幸らと東京大学の岡ノ谷一夫らは、小面の画像を成人の参加者に見せる実験を行い、能面の眉・目・口がそれぞれ異なる感情の特徴を持つ「情動キメラ」だと示した(PLoS ONE、2012)[4]。実験の人数や傾きの角度は、要約経由の情報にとどまるため、ここには書かない。
報道解説によると、上向きの面では眉と口が悲しみの特徴を、目が喜びの特徴を共有し、下向きではおおむね逆の傾向だった。判断では口の形がもっとも重視された[5]。
この結果は、能の「照ル=明るい」と向きが逆に見える。2013年の論文も、実験結果が能の慣習とは逆になることに触れている。この記事では、向きと感情の対応を断定しない[6]。
4. かげと うごきが、かおを かえる
4. 影と動きが加わると、感情はさらに強くなる
4. 陰影と動的変化 ── 静止画との比較
つぎに、ある 研究者たちは、面の しゃしんに かげだけを かさねて みました。すると、かげを かえるだけで、見える 気もちが かわりました。
ぶたいでは、面が 少しずつ うごき、あたる 光や かげも かわって いきます。その かわり方が、のうの ふしぎな みりょくを つくって いると 考えられて います。
さらに、日本の 研究では、面の かたむきと かげを うごかしながら 見せると、しゃしんを 1まい 見せるより、気もちが 強く 感じられる ことが 多かった そうです。
2013年の『PLoS ONE』の研究では、面の画像に影だけを重ねる実験が行われました。影を変えるだけで、能面の感情の見え方が変わったと報告されています[6]。この論文は、実際の能で影が細かく変わることが、幽玄と呼ばれる魅力を作る鍵になっているのではないかとも述べています。
日本人間工学会の学会誌に載った研究では、小面の傾きと陰影を時間とともに変えて見せると、止まった画像より、感情の強さが大きく感じられる傾向がありました。この研究に参加したのは43名です[7]。
止まった1枚では中間表情に見える顔が、動くと感情を帯びる。舞台の能面は、動く光と影の中で見られる面だ、ということになります。
影だけを画像に重ねる実験では、影を変えるだけで能面の感情の見え方が変わった(PLoS ONE、2013)。論文は、実際の能で影が微妙に変わることが、幽玄と呼ばれる芸術的魅力を生む鍵だと指摘している[6]。ただし人数などの数値は、ここでは要約から確認できていない。
山下・森山・箕下による研究(日本人間工学会誌)は、小面を用い、傾きと陰影を動的に変えて見せた。静止画像より、知覚される感情の強さが大きくなる傾向があった。参加者は43名である[7]。英文要旨では、傾きと陰影の動的な変化が表情の知覚に強い影響を持つはずだと述べている。
ここまでを整理すると、中間表情の面は、傾き、影、そして時間の変化が重なったとき、観客の中で感情を持つ顔になる、と読める。
5. 1ミリで かおが かわる、面を つくる 人
5. 1ミリで顔つきが変わる ── 能面師の仕事
5. 写しの彫りと彩色 ── 能面師の言葉から
この 面を つくる 人を、能面師と いいます。今の 能面の ほとんどは、むかしの 人が つくった 面を 手本に した「写し」です。
能面師の宇髙景子さんは「たった 1ミリ、ずれても、足しても、ちがって 見える」と 話して います。
もとに する 木は、200年 よりも 長く 育った ひのきです。20〜30年 かけて かわかします。そのあと ほって、うすく 色を 何回も ぬり かさねます。
べつの 能面師さんは「面は ぶたいで 使われないと 意味が ありません」と 話します。前の 章の ように、面は ぶたいで うごく 人と 光が あって、はじめて 表情が 見えて くるのです。
面を作る人は能面師と呼ばれます。能面師の宇髙景子さんによると、現代の能面のほとんどは、室町時代の「本面」を手本にした「写し」です。本面は無駄がなく、「たった1ミリ、ズレても足しても違って見える」と語っています[8]。
材料は、樹齢200年以上の檜を20〜30年乾燥させたものです[8]。彫り上げた面には、胡粉という白い顔料に朱と黄土を混ぜた肌色を、薄く何度も重ねて塗ります。目の輪郭には墨を入れ、唇には紅を入れます[9]。
もう1人、能面師の髙津紘一さんは、古い面の修復を通して、重ね塗りされた色を読み取る目を養ったと紹介されています。そして「能面は舞台で使われないと意味がありません。能の道具であることが前提ですから」と述べています[10]。
ミリ単位で彫られた顔と、それを傾け、光と影の中で見せる能楽師。2つがそろって、動かない顔が舞台で表情を持ちます。
能面師の宇髙景子は、現代の能面のほとんどは室町時代の「本面」を手本にした「写し」だと述べ、本面は「たった1ミリ、ズレても足しても違って見える」と語る。材料は樹齢200年以上の檜を20〜30年乾燥させたものだ[8]。
彩色は、胡粉(ごふん)に朱と黄土を混ぜた肌色を、薄く何度も重ねる。目の輪郭に墨を入れ、唇に紅を入れる[9]。
能面師の髙津紘一は、「能面は舞台で使われないと意味がありません。能の道具であることが前提」と述べ、古い面の修復を通して重ね塗りの色を読み取る目を養ったという[10]。面の造形は、舞台での見え方を前提にしている。
前章までの知見と合わせれば、中間表情の面は造形の側と演技の側、双方の精度に支えられて、観客の中で表情を得る、と整理できる。
6. じぶんでも、たしかめて みよう
6. 自分でも試してみたくなったら
6. 出口 ── 手元で確かめる/原典を読む
かみの おさらなどに、まゆ・目・口を 1本ずつの せんで かいた かおを つくって みましょう。どれも まっすぐな せんに します。
へやを すこし くらくして、てもとの ライトで よこから あてます。かおを 上に むけたり 下に むけたり、ライトの ばしょを かえたり して 見くらべます。ライトを 見つめない こと、火は 使わない ことに 気を つけて ください。
同じ 顔なのに、見え方が かわるか、家の 人にも 聞いて みましょう。
紙皿などに、眉・目・口を1本ずつの線で描いた、無表情に近い顔を作ってみてください。部屋を少し暗くして、手元のライトで横から照らします。皿を上向き、下向きにゆっくり傾けたり、ライトの位置を変えたりして、見え方がどう変わるか観察します。ライトを直接見つめない、火は使わない、を守ってください。
同じ顔でも、傾き、光の向き、動く速さで見え方が変わるでしょうか。家の人にも見てもらい、どう見えたか聞くと、人によって答えが違うかもしれません。
紙皿の顔を動かしながら、「笑っている」と「泣いている」の境目はどこにあるのか、探してみてください。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:能楽協会系の入門サイト、中川政七商店とCNN.co.jpの解説、PLoS ONEの論文2本、日本語の解説記事、日本人間工学会誌の論文、能面師へのインタビューと制作解説を使った。
- the能ドットコム「入門・能の世界:能面」。 https://www.the-noh.com/jp/sekai/mask.html (中間表情、テラス・クモラス、面の種類数)
- 中川政七商店の読みもの「能面の意味と種類」。 https://story.nakagawa-masashichi.jp/29148 (照ル・曇ルの説明)
- CNN.co.jp「『隠れた感情』を味わう、能面に見る伝統芸能の神髄」。 https://www.cnn.co.jp/style/arts/35119022.html (傾きや光で感情が引き出せるという説明)
- The Mysterious Noh Mask: Contribution of Multiple Facial Parts to the Recognition of Emotional Expressions, PLoS ONE, 2012. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3503996/ (情動キメラの研究。英語)
- Shadows Alter Facial Expressions of Noh Masks, PLoS ONE, 2013. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3737093/ (影の実験。英語)
- 山下・森山・箕下「能面の動的変化が表情認知に及ぼす影響」、人間工学 46巻3号。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jje/46/3/46_3_243/_pdf (動的変化と静止画の比較)
- きものと「能面師という仕事(後編)」宇髙景子さん。 https://www.kimonoichiba.com/media/column/1096/ (写し、1ミリの違い、材料)
- 能面師 倉林朗 能面展示室「小面を打つ-彩色」。 https://www.nohmask.net/jp/howto/koomote1/koomote7/ (彩色の手順)
- 能を支える人びと:能面師・髙津紘一(the能ドットコム)。 https://www.the-noh.com/jp/people/sasaeru/012_takatsu.html (能面師の言葉)
なおした ところ
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