1. 玉ねぎを きると、なにが とびだすの?
1. 玉ねぎを切ると、小さなしぶきが飛び出している
1. 切り口から飛ぶ液滴 ── 初速は秒速1〜40m
玉ねぎを きった とき、目が ちくちく するのは、においの ほかに、小さな しぶきが ある ためかも しれません。
2025年、アメリカの コーネル大学の 人たちが、玉ねぎを きる ようすを、とても はやい カメラで うつしました。すると、きり口から しぶきが ぱっと とびだして、たかく 上がって いました[1]。
しぶきの いきおいは、さいしょ、1びょうに 1〜40メートルと ほうこくされて います[2]。40メートルは、ほうちょうの はやさでは なく、しぶきが とびだす はやさです。
では、このしぶきは、きり方で かわるのでしょうか。
高速カメラがとらえた「破裂」
コーネル大学のWuとJungらは、玉ねぎを切る瞬間を高速カメラなどで撮り、飛び散る液滴の数や速さ、エネルギーを測りました[1]。玉ねぎの中の小さな部屋が切られ、中の液体が一気に飛び出すイメージです。
報告によると、液滴は最初の破裂で秒速1〜40メートルほどで飛びました[2]。秒速40メートルは時速に直すと144キロですが、これは液滴の初速で、包丁の速さではありません。
日本のニュースは、玉ねぎから噴き出すミストの速さが、咳の飛沫の2倍近くに達することがあると伝えています[6]。意外なほど勢いのある現象だと分かります。では、この勢いは、切り方で変えられるのでしょうか。
3. ひやした 玉ねぎは、しぶきが へったの?
3. 冷やした玉ねぎでは、液滴はむしろ多く見えた
3. 冷却と切る向きの結果 ── 速さに有意差なし、冷却では量が多く見えた
「玉ねぎは ひやして から きると いい」と、よく いわれます。この じっけんでも、ひやした 玉ねぎを しらべました。
すると、しぶきの はやさは、ひやして いない 玉ねぎと ほとんど かわりませんでした。しぶきの りょうは、むしろ おおく 見えました[2]。
玉ねぎの きる むきを かえても、しぶきの はやさに はっきりした ちがいは 出ませんでした[2]。
ただし、これは しぶきを しらべた けっかです。「ひやしても なみだは へらない」と いう ことでは ありません。
「定番」を測ってみたら
同じ実験で、冷やした玉ねぎと室温の玉ねぎを比べました。液滴の速さに、統計的に意味のある差は出ませんでした(p=0.4)。液滴の量は、冷やした玉ねぎのほうがむしろ多く見えました[2]。切る向きを、根元から先の方向と赤道の方向とで変えても、速さに有意な差はありませんでした(p=0.6)[2]。
王立化学会の解説は、冷やして切る案について、催涙成分を揮発しにくくするかもしれない、と控えめに書くにとどまります[3]。効果の大きさを示す数字は、その解説にはありません。
ここで気をつけたいのは、この実験が測ったのが飛ぶ液滴だったことです。液滴が多く見えても、涙が増えたとは限りません。何が測れて、何が測れていないのでしょうか。
冷却は効くのか。同じ研究で、冷やした玉ねぎと室温の玉ねぎを比べると、液滴の速さに有意差はなく(p=0.4)、液滴の量はむしろ多く見えた[2]。切る向き(根元から先の方向と赤道方向)でも、速さに有意な差は出なかった(p=0.6)[2]。
この結果は、定番の裏ワザが一つ外れたと読みたくなるが、そう断定はできない。測定したのは液滴の速さと量であり、冷却が催涙成分の揮発や反応にどう効くかは別の問いだからである。実際、王立化学会の解説は、冷却は成分を揮発しにくくするかもしれない、と推測の形で書く[3]。効果の数字は示されていない。
液滴の増減と涙の量は、どこまでつながっているのか。次の節で、測定の範囲を整理する。
4. しぶきを はかる ことと、なみだを はかる ことは おなじ?
4. 測ったのは液滴であって、涙の量ではない
4. 液滴の測定と涙の測定 ── 結論の及ぶ範囲を区別する
この じっけんが はかったのは、しぶきの 数や はやさです。なみだが 出た りょうを はかった わけでは ありません[1]。
なみだは、玉ねぎから 出る ガスのような 成分が、目の おもての 水と くっついて、目を ちくちく させる ことで 出ます[3]。しぶきに その 成分が どれだけ 入って いるかは、この 研究では たしかめて いません。
ですから、「しぶきが へると なみだも へるだろう」と 考えるのは じゅんとうですが、まだ「そう 分かった」とは いえません。
じっけんで はっきり したのは、はやく きるのも、にぶい 刃も、しぶきを ふやす ことでした。
測れたこと、測れていないこと
PNASの論文が測ったのは、飛ぶ液滴の数と速さとエネルギーです。涙の量や、催涙成分の量を直接測った研究ではありません[1]。論文も、液滴に催涙成分が入っているかどうかを調べた結果を出すのではなく、催涙成分が目に届いて涙を起こす、と述べるにとどまります。
涙が出る仕組みは、化学の解説が示しています。催涙成分が目の表面の水と反応して酸になり、その刺激が神経に伝わるのです[3]。
だから、「研いだ包丁で切ると液滴が減った」ことは実験の事実で、「だから涙も減る」は筋道の通った予想です。実験が裏づけた部分と、予想の部分は分けて読むのがよさそうです。
では、そもそも涙の出ない玉ねぎは、作れないのでしょうか。
この研究が測ったのは、飛ぶ液滴の数・速さ・エネルギーであり、涙の量や催涙成分の量は直接測っていない[1]。論文は、催涙成分が目に届いて涙を起こすと述べるにとどまり、液滴にどれだけ成分が入るかは示さない。そのため、「液滴が減れば涙も減る」は合理的な予想だが、この実験の結果ではない。
涙が起こる過程は、化学の側が説明している。催涙成分が目の表面の水と反応して酸になり、神経を刺激する[3]。液滴の測定と、この反応の測定とは、別の測定である。
結論の強さは、次の3段に分けて持つとよい。実験で出た事実(鈍い刃・速い切り方で液滴が増える)、筋道の通る予想(細胞の損傷が少ないほど反応も少ない)、まだ測られていないこと(涙の量そのもの、冷却の効果)。
では、切り方に頼らず、涙の元を絶つことはできるのか。
5. なみだが 出ない 玉ねぎは、どうやって 作られたの?
5. 切り方ではなく、玉ねぎそのものを変えた研究
5. 酵素の働きを弱めた玉ねぎ ── 重イオンビームによる突然変異と選抜
きり方では なく、玉ねぎ そのものを かえた 人たちも います。
ハウス食品の 研究では、なみだの もとを つくる 酵素の はたらきが とても よわい 玉ねぎが 作られました。ビームを あてて、ふつうと ちがう 玉ねぎを えらぶ やり方で、遺伝子くみかえでは ありません[5]。
2005年に 1500つぶほどの たねに ビームを あて、2012年に 2つの なかまが 見つかりました。2015年の はっぴょうでは、2つの なかま それぞれ 20こを、20人が たべて、みんなが 「なみだも からみも 感じない」と こたえました[5]。
ほかの 研究者の ろんぶんでも、なみだの もとの できかたが ふつうの やく7.5ぶんの 1に なった 玉ねぎが ほうこくされて います[7]。
みんなが 感じなかったのは、20こと 20人での けっかです。「なみだが ぜったいに 出ない」とは 言い切れません。
酵素の働きを弱めた玉ねぎ
切り方を工夫する以外に、玉ねぎそのものを変える研究もあります。ハウス食品は2015年、アリイナーゼという酵素の働きがとても弱い玉ねぎを、重イオンビームによる突然変異と選抜(遺伝子組み換えではない)で作ったと発表しました[5]。
2005年に約1500粒の種に照射し、2012年に2系統が得られました。発表では、2系統それぞれ20球を、20人が評価して、全員が催涙性も辛みも感じませんでした[5]。
同じ玉ねぎについて、査読された論文(PMC掲載)も別にあります。ネオンイオンを20グレイ照射した種から、催涙成分の生成が通常の約7.5分の1の玉ねぎが得られ、アリイナーゼのmRNAは通常の1%未満でした[7]。約7.5分の1は、通常の13%ほどです。
ただし、全員が感じなかったのは20球・20人の評価での結果です。「どんな状況でも涙が出ない」とまでは言えません。
切り方、冷やし方、玉ねぎの種類。いろいろな方向から調べられていると分かります。
切り方で涙を減らすのではなく、涙の元になる酵素を弱めた玉ねぎも作られている。催涙成分は、前駆物質PRENCSOがアリイナーゼで不安定なプロペニルスルフェン酸に変わり、LFSが催涙成分(プロパンチアールS-オキシド)にする2段階で生まれる[4]。ならば、最初の酵素を弱めれば、成分は減るはずだ。
ハウス食品は2015年、アリイナーゼの働きが著しく弱い玉ねぎを、重イオンビームによる突然変異と選抜(遺伝子組み換えではない)で作ったと発表した。2005年に約1500粒の種へ照射し、2012年に2系統を得た。2系統それぞれ20球を、20人が評価した官能評価では、全員が催涙性も辛みも感じなかった[5]。
この発表は企業のものだが、同じ玉ねぎは査読論文でも報告されている。ネオンイオンビーム20Gyの照射で、催涙成分の生成が通常の約7.5分の1の玉ねぎが得られ、アリイナーゼのmRNAは通常の1%未満だった[7]。7.5分の1は、通常の約13%にあたる。
ただし、官能評価で感じなかったのは20球・20人での結果であり、「絶対に涙が出ない」とは言えない。液滴の実験は切り方を調べ、育種は酵素の働きを調べた。どちらも、涙の元になる成分に注目している。
6. ためして みるなら、かえるのは ひとつだけ
6. 自分で切り比べるなら、変えるのは1つだけ
6. 切り比べの設計 ── 変える条件は1つ、感じ方は人と日で変わる
おうちで たしかめたく なったら、ぜったいに 大人と いっしょです。包丁を つかう のは 大人だけに してください。
くらべる ときの ルールは、ひとつ。かえる ものは 1つだけです。たとえば、同じ 玉ねぎを 半分に わって、同じ むきで、ゆっくり きる ときと はやく きる ときを くらべます。
なみだの 出かたは、人や 日で ちがいます。かった まけを きめず、「どちらが ちくちく したか」を メモする だけに しましょう。
この メモを 読んだ あとで、「ぎもんが できた」と おもったら、この ページの さいごの 本の 名前を、先生や 大人と いっしょに さがして みてください。
今日できること
家で切り比べるなら、包丁を使うのは大人です。子どもは、そばで見て、感じたことを記録する係になりましょう。
ルールは、変える条件を1つにすることです。同じ玉ねぎを半分に割って、同じ向きで、同じ包丁で、ゆっくり切る場合と速く切る場合を比べます。研いだ包丁と研いでいない包丁を比べたいなら、速さは同じにそろえます。
涙の感じ方は人によって、またその日の体調によっても違います。「どちらがつらかったか」を、ひとことずつ書くだけにとどめ、結論は急がないほうがよさそうです。
もっと知りたいとき
今回の実験は、PNAS 122巻42号(2025年)の論文です。arXivに公開された版の要旨は、出典の欄からたどれます。涙の元になる酵素の話は、ハウス食品の発表資料が分かりやすくまとめています。
この記事では、涙の量を測った研究は出てきませんでした。それを測る実験が将来出てきたとき、今日の予想がどう変わるのか。その続きを、ぜひ自分の目で見てください。
切り比べの設計
家庭で試すなら、まず安全のため、包丁を使うのは大人とする。条件は一度に1つだけ変える。同じ玉ねぎを半分に割り、向きと包丁を同じにして、切る速さだけを変える。または、速さを同じにして、刃の鋭さだけを変える。
ただし、涙の量は主観の感じ方に頼る。人や日によってばらつくため、1回の比較で結論を出さず、同じ人が複数回ずつ記録して見比べる。それでも、研究が測ったのは液滴であるから、涙の変化を測る手段としては粗いことに注意する。
原典へ
液滴の実験は、PNAS 122巻42号(2025年)の論文で、arXivに公開された版が出典欄から読める[1]。酵素の仕組みと育種は、ハウス食品の発表資料と、PMCの査読論文に載っている[4][5][7]。涙の量そのものを直接測る実験が出たとき、今回の予想(細胞の損傷が少ないほど反応も少ない)がどう評価されるのか。その結果は、まだ誰の手元にもない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
書いた順ではなく、本文で使った順に並べています。
- Wu, Jung ほか「Droplet Outbursts from Onion Cutting」(PNAS 122(42), 2025。arXiv版の要旨)。https://arxiv.org/abs/2505.06016 (刃の鈍さ・切る速さと液滴の数・エネルギーについて)
- 同論文のarXiv本文。https://arxiv.org/html/2505.06016v1 (実験の条件の範囲、液滴の速さ、冷やした玉ねぎと切る向きの結果について)
- 英国王立化学会(RSC Education)「Propanethial-S-oxide」。https://edu.rsc.org/magnificent-molecules/propanethial-s-oxide/3010038.article (催涙成分が涙を起こす過程と、鋭い包丁・冷却の見方について)
- ハウス食品ニュースリリース(2013年、イグ・ノーベル賞)。https://www.jsbba.or.jp/wp-content/uploads/file/news/news_20130913_ignovel.pdf (催涙成分が2段階の酵素反応でできることについて)
- ハウス食品ニュースリリース(2015年3月30日)。https://housefoods-group.com/newsrelease/pdf/namida.pdf (涙の出にくい玉ねぎの育種と官能評価について)
- ニューズウィーク日本版「玉ねぎのミスト」の記事。https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/19260?page=3 (ミストの速さが咳の飛沫の2倍近くになることがある、という報道について)
- 「Production and characterization of tearless and non-pungent onion」(PMC掲載の査読論文)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4822150/ (ネオンイオン照射で催涙成分の生成が約7.5分の1になった結果について)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
- 題名を見直した(読む前の子どもの疑問に近い形に。似た記事との違いが分かるように)。
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