1. どろっと して いるのに、なぜ ぬれるの?
1. どろっとした缶の中身は、なぜ刷毛の下でさらさらになるのか
1. 缶の中ではゲル、刷毛の下ではゾル ── チクソトロピーという性質
ヨーグルトを スプーンで ぐるぐる まぜると、すこし ゆるく なります。そして しばらく おくと、また かたまって きます。
かがくの じてんでは、ヨーグルトの ように、まぜると ゆるみ、おくと もどる せいしつを 「チクソトロピー」と よびます。ペンキなどが この せいしつを もつ、と かかれて います[1]。
たれどめざいを いれた ペンキは、ブラシで うごかして いる あいだは ゆるく なり、ぬった あとは じかんが たつと もどる、と メーカーは せつめい して います[2]。
でも、ゆるむ だけでは かべで たれて しまいます。ひみつは、もどる 「はやさ」に ありそうです。
ヨーグルトをスプーンでかき混ぜると、少しゆるくなります。しばらく置くと、また固まってきます。化学辞典ではこうした性質を「チクソトロピー」(揺変性)と呼び、ペンキ塗料も示す例に挙げています[1]。
塗料メーカーArkemaの資料は、この性質を3つの場面に分けて説明しています。缶の中で静かにしているときは粘度が高く、顔料が底に沈むのを防ぎます。刷毛、ローラー、スプレーで強い力がかかると粘度が下がり、塗りやすくなります。塗ったあとは、時間とともに粘度が戻っていきます[2]。
これは一社の製品についての説明で、すべてのペンキに共通の仕様ではありません。それでも、1つの添加剤が「缶の中」「刷毛の下」「壁の上」の3つの仕事を受け持つという設計は、タレ止め剤を考えるときの目安になります。では、その粘度を戻す力は、どんな粉から生まれるのでしょうか。
ヨーグルトをかき混ぜると流れやすくなり、放置すると元の状態に戻る。化学辞典はこの性質をチクソトロピー(揺変性)と呼び、ゲルが攪拌でゾルに変わり、静置で再びゲルに戻る現象として、ペンキ塗料を例に挙げている[1]。
塗料用レオロジー調整剤の一例であるArkema社のCRAYVALLACの資料は、これを使用の流れに沿って整理している。低せん断(静止時)では高粘度で顔料の沈降を抑え、高せん断(刷毛・ローラー・スプレー)では粘度が下がって塗りやすく、塗布後は時間とともに粘度が回復する[2]。粘度が「下がる」だけでは壁で垂れてしまうため、「戻る」ことが同じ重さで必要になる。
ただしこれはメーカー1社の製品の説明であり、すべての塗料の共通仕様ではない。塗料には、せん断速度が大きいほど粘度が下がる非ニュートン流体として扱われるものもある[7]。では、その粘度の動きを生む物質は何か。次章でその素材を見る。
2. たれどめざいは、なにで できて いるの?
2. 粘土・シリカ・油から作る粉 ── タレ止め剤になる素材の例
2. 有機変性粘土、ヒュームドシリカ、脂肪酸アマイド ── 資料に出てくる3系統
じつは、たれどめざいの なかまには、みぢかな ものから できた こなが あります。
ひとつめは、ねんどの なかまです。ベントナイトなどの ねんどに てを くわえた ものを、たれどめに つかう せいひんが あります[4]。
ふたつめは、「シリカ」の こなです。シリカは、すなや ガラスにも ふくまれる ぶっしつです。かべに ぬった ペンキが ながれおちるのを ふせぐ はたらきが あります[6]。
みっつめは、あぶらの なかまの こなです。ある メーカーの せいひんは、「こうきゅうしぼうさんアマイド」が しゅせいぶんです[3]。べつの メーカーでは、ひまし油から つくった ものも つかいます[2]。
どれも こな です。こなが ペンキの なかで、どう はたらくのでしょう。
タレ止め剤というと、特別な薬品のように聞こえます。ところがメーカーの資料を読むと、粘土やシリカ、油のなかまが顔を出します。
1つ目は粘土の仲間です。BYK社の製品は、ベントナイトなどの天然のケイ酸塩を有機物で処理したもので、タレ止め性や顔料の沈降防止、貯蔵中の安定性を高めると説明されています。粘土そのままではなく、手を加えたものです[4]。
2つ目はシリカです。シリカは砂やガラスにも含まれる物質で、その粉のヒュームドシリカは、垂直な面に塗った塗料が流れ落ちるのを防ぐ添加剤として、塗料メーカー向けに紹介されています。添加量の目安として0.5〜5.0%という数字がありますが、これは一社の製品の目安で、一般的な値ではありません[6]。
3つ目は、油から作る粉です。共栄社化学の製品は、主成分が高級脂肪酸アマイドで、液だれ防止や顔料の沈降防止に使われます[3]。Arkemaの製品は、ひまし油の誘導体やポリアミドなどを含みます[2]。
家庭で売られている個々のペンキが、どれを使っているかは、成分が公開されていないので分かりません。それでも、少量の粉で液の性質が変わるなら、粉は液の中で何かをしているはずです。
タレ止め剤の素材は、資料に出てくる範囲で大きく3系統に分けられる。
第1は有機変性した天然のフィロケイ酸塩、つまりベントナイトなどの粘土である。BYKのCLAYTONE-SFは、チクソトロピー流動によってタレ止め性・沈降防止性・貯蔵安定性を高める製品として紹介されている[4]。粘土そのままではなく、有機物で処理した「有機変性」である点が要である。
第2はシリカ粒子である。ヒュームドシリカは、塗料でチクソ剤・沈降防止剤として働き、垂直面に塗った塗料の流れ落ちを防ぐとされ、メーカー記載の添加量の目安は0.5〜5.0%である[6]。この数値は一社の製品の目安にとどまる。特許公報(Evonik)の背景説明でも、シリカが低せん断粘度を上げて垂れを減らす添加剤と位置づけられている[5]。
第3は、油脂由来の粉である。共栄社化学のフローノンは、主成分が高級脂肪酸アマイドで、増粘性とチクソトロピー性を与え、液だれ防止、フィラー・顔料の沈降防止、ハードケーキ(沈んだ顔料が底で固まること)防止に使われる[3]。Arkemaは、ひまし油(トウゴマの種から採る油)の誘導体やポリアミド、尿素変性物を成分とする製品を、1960年代から塗料向けに作っている[2]。
市販の個々のペンキがどの系統を使うかは、成分表示が公開されておらず、ここでは言えない。むしろ問うべきは、なぜ少量の粉が粘度を動かせるのかである。
3. こなは、ペンキの なかで なにを して いるの?
3. 粉が作る「網」で、塗料の粘度が変わる
3. 水素結合と繊維状ネットワーク ── 高せん断で壊れ、せん断が除かれると戻る
シリカなどの こなは、ペンキの なかで ちいさな あみの ように つながると いわれます。あみが あると、ペンキは じっと して います。かんの なかで、いろの こなが しずむのも ふせげます。
シリカなどの こなを つかった ペンキでは、ブラシで つよく うごかすと、あみが ちぎれて、ペンキは ゆるく なります。かべに つけて ブラシを はなすと、あみは すこしずつ もどって きます[5]。
ここで ポイントなのが、「すこしずつ」です。それは なぜ だいじなのか、つぎで みて いきましょう。
シリカなど一部の粉が粘度を動かせるのは、液の中で粒どうしが弱い力でつながり、網のような構造を作るからだと説明されています。
シリカについて、Evonik社の特許公報は次のように述べています。シリカの粒どうし、または他の成分との間に水素結合などの弱い結合ができて、静止しているときの粘度を上げます。この結合は強い力がかかると壊れ、力がなくなると戻り、垂れが減ります[5]。結合の細かい点は塗料の種類によって違います。
ひまし油の誘導体やポリアミドを使うArkemaの粉は、熱と強い攪拌で活性化させると、繊維状のネットワークを作ると書かれています[2]。粉は、ただ入れるだけでなく、活性化させる手順が書かれています。
刷毛の力で網がちぎれ、壁で静かになると網が戻る。ところが戻るのが速すぎると、別の困りごとが起きます。
資料にある例では、少量の粉が粘度を動かせるのは、粒子が液中で弱い結合によるネットワークを作るためと説明される。
Evonikの特許公報の背景説明では、シリカ粒子の効果は、粒子どうし、および他の成分との水素結合などの非共有結合によるとされる。この結合は高せん断で壊れ、せん断が除かれると戻る。そのため、低せん断粘度が上がり、垂れが減る[5]。結合の細部は系によって異なる。
Arkemaの粉体は、熱と高せん断で活性化することで、繊維状のネットワークを作る。この製品では、熱と高せん断で活性化する手順が示されている[2]。
結合が「壊れる」と「戻る」の両方が起きるから、チクソトロピーが成り立つ。ところが、戻る時間が短ければよいとは限らない。次章でこの点を見る。
4. たれを とめすぎると、どうなるの?
4. 垂れを止めすぎると、刷毛目が消えない
4. 垂れとレベリングの両立 ── 粘度が戻る時間という設計課題
ペンキを ぬると、ブラシの あとが すじのように のこります。しばらく すると、すこし ながれて たいらに なる ことが あります。これを 「レベリング」と いいます。
ペンキが すぐに かたまって しまうと、すじが なおる まえに とまって しまいます。かといって おそすぎると、かべで たれます。
メーカーは、「ながれて たいらに なる あいだ」は ゆっくり もどり、そのあとで しっかり ふせぐ ように したい、と かいて います[2]。
たれないことと、きれいに ならされること。ふたつを ちょうどよく あわせるのが、むずかしい ところです。
塗ったあとの塗料には、2つの動きがあります。重さで下へ流れる「垂れ」と、刷毛目やローラーの跡がならされて平らになる「レベリング」です。垂れは抑えたい、でも刷毛目を消すには、流れる時間も必要です[7]。
Arkemaの資料は、この点を次のように説明しています。粘度が時間とともに戻る性質は、流れてならされるための十分な時間を与え、そのあとで垂れを防ぐのに十分な粘度に上がります[2]。
つまり、タレ止め剤は、刷毛目をならす時間を残し、そのあとで垂れにくくなるよう設計されます。刷毛目をならす余裕を残しながら、垂れ始める前に動きを止める。この塩梅が、設計の中心にあるようです。
戻る速さが適切だと、仕上がりがきれいになり、垂れも出にくくなる。その背景には、少量の粉と、時間の設計があったわけです。
塗布後の液膜は、垂れとレベリング(刷毛目などがならされて平らになること)の両方の挙動を示す[7]。垂れを止めたい一方で、刷毛目やローラー跡をならすには、液が流れる時間が必要になる。両者は同じ方向に動かせない。
Arkemaの資料は、粘度の時間的な回復を、この矛盾を解く道具として位置づけている。回復の時間が、フローとレベリングに十分な余裕を与え、その後に垂れを防ぐのに十分な粘度増加をもたらす[2]。粘度が戻るのが遅すぎれば垂れ、速すぎれば刷毛目が残る、という両側の失敗の間に、狙うべき時間の窓がある。
ここで注意したいのは、この記述が一社の製品についてのものであり、窓の広さや位置は、塗料の種類や塗る条件によって変わる点である。資料に具体的な秒数はなく、ここでは数値を言わない。
では、これを自分の目で確かめるには、何ができるか。次の節で、家でできることと、読める資料を示す。
5. ヨーグルトで ためして みよう
5. ヨーグルトのスプーンで「ゆるむ・戻る」を見る
5. 日常の「揺変性」を観察する ── ヨーグルトと、読める資料
ヨーグルトを スプーンで すくって、ようすを みて みましょう。
- ヨーグルトを うつわに いれて、そのまま みる。
- スプーンで 10かい ぐるぐる まぜる。
- すぐ あとと、すこし たった あとの かたさを くらべる。
まぜた すぐ あとは ゆるく、すこしたつと かたく なる ことが あります。ヨーグルトは、かがくの じてんで チクソトロピーの れいに なって います[1]。ただし、どれも おなじ ように なるとは かぎりません。
家にあるヨーグルトで、揺変性の入口を観察できます。
- ヨーグルトを器に入れ、スプーンですくって、そのまま形を見る。
- スプーンで10回ほど、ゆっくりかき混ぜる。
- 混ぜた直後と、しばらく置いたあとで、スプーンですくったときの様子を比べる。
混ぜた直後はゆるくなり、しばらくすると固まってくる様子が見られるかもしれません。商品によって違うので、「そうならないヨーグルトがある」ことも1つの観察です。ペンキの話に戻ると、ここで「戻るまでの時間」に注目して見ると、刷毛目と垂れの間の時間設計が想像しやすくなります。
もっと読みたい人には、Arkemaの日本語ブローシャが役立ちます。粘度回復の時間を扱っています。メーカーの資料なので、「一例」として読むのがよいでしょう[2]。
観察としては、ヨーグルトのかき混ぜが手軽である。混ぜる前、混ぜた直後、しばらく置いたあとで、スプーンですくった様子を比べる。ヨーグルトを混ぜるとゆるみ、置くと戻る現象は、化学辞典でチクソトロピーの例に挙げられている[1]。すべてのヨーグルトが同じ挙動を示すとは限らない。
読むなら、Arkemaの日本語ブローシャは、静止時・高せん断時・塗布後の3段階を同じ紙面で説明していて、第1章の整理に当たる[2]。塗料のたれとレベリングを扱った化学工学会誌の特集は、第4章の背景に当たる[7]。いずれもメーカー資料または解説記事で、個々の市販ペンキの成分を保証するものではない。
今回の資料の範囲では、水性塗料でよく使われるウレタン系・アクリル系の会合型増粘剤は扱えていない。ペンキの種類ごとに仕組みが違う可能性があり、そこが次に調べたい問いである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
メーカー資料・特許・辞典・学会誌から、タレ止め剤の素材例と時間設計を調べました。メーカー資料は一社の製品の説明として扱っています。
- コトバンク「チキソトロピー」(デジタル大辞泉・化学辞典)。 https://kotobank.jp/word/%E3%81%A1%E3%81%8D%E3%81%9D%E3%81%A8%E3%82%8D%E3%81%B4%E3%83%BC-3183089 (チクソトロピーの定義)
- Arkema「CRAYVALLAC ブローシャ(日本語)」。 https://www.arkema.com/files/live/sites/shared_arkema/files/downloads/countries/Japan/20220621-Crayvallac-Brochure-JA.pdf (粘度回復の時間、ひまし油誘導体、繊維状ネットワーク)
- 共栄社化学「フローノンRCM-230AF」製品情報(イプロス)。 https://pr.mono.ipros.com/kyoeisha/product/detail/2000741679/ (高級脂肪酸アマイドの用途)
- BYK「CLAYTONE-SF」製品ページ(日本語)。 https://byk.com/ja/products/additive-guide/claytone-sf (有機変性粘土の例)
- EP4484464A1(Evonik Operations GmbH、特許公報)。 https://data.epo.org/publication-server/rest/v1.2/patents/EP4484464NWA1/document.html (シリカの水素結合と垂れの低減。背景説明)
- XYSIL fumed silica 塗料用途ページ。 https://fumed-silica.net/applications/paints-and-coatings/ (ヒュームドシリカの用途と添加量の目安)
- 化学工学会誌 塗料のレオロジー解説記事。 https://www.scej.org/docs/publication/journal/backnumber/8801-open-article.pdf (たれとレベリングの両立。節見出しと概要を参照)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。