1. でんきが なくても、水は ふき上がるの?
1. 池の高さの差で、水が吹き上がる噴水
1. 兼六園の噴水 ── 高低差だけで噴き上がる、現存最古とされる装置
兼六園の 噴水は、高い ところに ある 霞ヶ池との 高さの ちがいを つかって、水が ふき上がる そうちです[3]。
たとえば、水そうの 下の ほうに あなを あけると、水が いきおいよく とび出しますね。高い ところの 水は、下へ おりようと して、出口で いきおいが つくのです。
ところで 噴水とは、水を ふき出させて、きれいに 見せる ための そうちの ことです[1]。まず 「きれいに 見せる」ことが、噴水の だいじな 役目でした。
では、きれいに 見せる ためだけなのでしょうか。
噴水とは、庭園や公共の広場で、水の噴き出し方をととのえながら、華やかに美しく見せるための装置のことです[1]。見て楽しむことが、まず第一の役目でした。
金沢市観光協会の案内によると、兼六園の霞ヶ池は園内の高い場所にあり、その池との高低差で吹き上がる噴水は、江戸時代後期に造られた日本最古のものです[3]。この噴水は1861年(文久元年)、前田斉泰の時代に造られたとされます。
水は高いところから低いところへ向かおうとします。水槽の下のほうに穴をあけると水が勢いよく飛び出すのは、その身近な例です。兼六園の水路のつくりは、案内には書かれていません。「約3.5メートル」「ポンプを使わない」という紹介もありますが、公式の案内ページに書かれているのは、高低差で吹き上がるという点までです。
見て楽しむための装置であることは、はっきりしています。では、噴水は昔から、見て楽しむだけの道具だったのでしょうか。世界に目を向けると、ちがう顔が見えてきます。
兼六園の噴水は、園内の高い位置にある霞ヶ池との高低差で吹き上がる。金沢市観光協会の案内は、これを江戸時代後期に造られた日本最古の噴水としている[3]。造られたのは1861年(文久元年)で、前田斉泰の時代にあたるとされる。吹き上がる高さは、観光案内の紹介では約3.5mとされることもあるが、確認できた公式ページには高低差で吹き上がるという記述までしかない。そのため、この記事では高さの数字を事実としては扱わない。
高低差を利用して噴き上がる、という点までが資料から言える範囲で、水路の配置や管の太さといった細部は分からない。水槽の下に穴をあけると水が勢いよく出るのは、高い所の水が下へ向かう力の身近な例である。
そもそも噴水とは何か。事典の定義では、庭園や公共広場で水の噴出を制御し、見た目を華やかに美しく演出する装置である[1]。美観が第一の役目なのは確かだ。それなら、ほかの役目はなかったのか。この疑問が、以下の章を貫く。
2. 水道の たんじょうを おいわいした 噴水
2. 世界では、水道の完成を噴水で祝った町がある
2. 噴水の起源と水道 ── メソポタミア・ローマ・中世イタリア
じてんには、噴水の はじまりは 5000年いじょう まえの メソポタミアの いせきと あります[1]。
ずっと あとの 古代ローマでは、みんなの ための 噴水の ほかに、おふろや お金もちの 中庭にも 噴水が ありました[1]。
おどろくのは、中世の イタリアです。水道の 工事が おわると、おいわいに、町の まん中の 広場を 噴水で かざった ことが あったそうです[1]。
町に 水が とどくように なった ことを、広場の 噴水で みんなに しらせ、おいわい したのですね。
では、日本では、いつごろから 噴水が ふえたのでしょう。
事典によると、噴水の起源は紀元前3000年ごろのメソポタミアの遺跡にさかのぼるとされます。古代ローマには、市民が使う公共の噴水のほか、浴場や貴族の中庭に設けられたものもありました[1]。
注目したいのは中世のイタリアです。都市では、水道工事の完成記念に、中央広場を華やかな噴水で飾ったと紹介されています[1]。町に水が届いたことを、広場の噴水で人々に知らせ、祝ったことになります。
水を見せることが、そのまま「水が届いた」しるしになる場合があったわけです。ただし、これは事典に載っている中世イタリアの一例です。日本の公園の噴水に同じ意味があったかどうかは、別の話になります。
では、日本ではどうだったのでしょう。次は、日本に噴水が増えた時代を見ます。
噴水の起源は、事典では紀元前3000年ごろのメソポタミアの遺跡に求められている。古代ローマでは、公共の噴水に加え、浴場や貴族の中庭にも設けられた[1]。ここまでは、噴水がすでに「公共の水」と「個人の贅沢」の両方に使われていたことを示す。
注目すべきは中世イタリアの都市で、水道工事の完成記念に中央広場を噴水で飾った例が挙げられている[1]。水を引くという土木工事の完成を、噴水という形で市民に知らせたことになる。だから、噴水は単なる飾りではなく、水供給の達成を示す役目も担いえた、と読める。
ただし、この記述は事典の概説にとどまり、都市ごとの事例の年代や規模は載っていない。したがって、水道と噴水の関係を一般化しすぎることはできない。日本の公園の噴水がこの流れを引いているかどうかも、この資料からは言えない。では、日本ではいつ、どのように噴水が根づいたのか。
3. 日本で 噴水が ふえた のは めいじの はくらんかい
3. 日本で噴水が増えたのは、明治の博覧会と公園から
3. 近代日本の噴水 ── 江戸の希少例から、内国勧業博覧会と公園へ
江戸時代までは、日本に 人が つくった 噴水は ほとんど ありませんでした[2]。兼六園の ほかには、水戸の 偕楽園に あった ぐらいと されます[2]。
めいじ時代に なって、西洋の ぶんかが 入って くると、博覧会の かいじょうなどに 噴水が 作られました[2]。
1877年、東京の 上野公園で、第1回の 内国勧業博覧会が ひらかれました。入った 人は 454,168人。会期の 日数で わると、1日に 4000人 あまりです[4]。
会場の まん中の 池には、日本で はじめての 西洋式の 噴水が つくられたと いわれます[5]。ただし、「日本で はじめて」は、しりょうに よって いい方が わかれます。
公園の 中に はじめて できた 噴水は、長崎の 諏訪神社だと いう 話も あるのです[2]。
日本造園学会系の研究論文によると、江戸時代までの人工の噴水は、水戸の偕楽園(1811年ごろ)と金沢の兼六園(1861年)くらいで、数が少なかったとされます。噴水が日本の庭づくりの歴史に多く現れるのは、明治に西洋文化の影響で導入され、博覧会などの会場に発達してからです[2]。
1877年(明治10)8月21日から11月30日まで、東京の上野公園で第1回内国勧業博覧会が開かれ、入場者は454,168人でした[4]。会期は約100日なので、単純に割ると1日に4000人あまりです。休みの日は考えていない、おおまかな計算です。
会場中央の人工池には、日本初の西洋式の噴水が造られたとされています[5]。ただし、この「日本初」は一般向けの情報サイトによる記述で、別の資料では言い方が異なります。同じ論文は、長崎の諏訪神社(1877年)が、境内が公園となり、和風の池に噴水が設置された例で、公園内に初めて造られた噴水といわれている、と述べています[2]。
「最初」の呼び方は、何を「初」と数えるかで変わります。博覧会の会場なのか、公園の中なのか、西洋式なのか、で結論がずれるからです。いずれにせよ、明治の公園と博覧会が、噴水が広がるきっかけだったことは、複数の資料で共通しています。では、公園の噴水には、どんな姿があったのでしょう。
江戸時代までの人工噴水の例は少なく、造園史に出てくるのは水戸偕楽園(1811年ごろ)と金沢兼六園(1861年)などにとどまる。噴水が多く登場するのは、明治に西洋文化の影響で導入され、共進会・博覧会の会場で発達してからだ[2]。
その代表的な場が、1877年(明治10)8月21日から11月30日まで東京の上野公園で開かれた第1回内国勧業博覧会である。国立国会図書館の記録では入場者は454,168人[4]。会期は8月21日から11月30日までで約102日あるので、単純平均では1日あたり約4,450人になる(休場日を考えない概算)。これは1日の人出の目安であり、噴水を見た人数ではない。
会場中央の人工池に「日本初の西洋式の噴水」が造られたとする記述はあるが、一般向けの記念日情報サイトによるもので、一次資料での裏づけはない[5]。一方、造園学会系の論文は、長崎の諏訪神社(1877年)が境内が公園になって和風の池に噴水を置いた例で、公園内に初めてつくられた噴水といわれているとする[2]。つまり「日本初」は、博覧会会場・公園内・西洋式という条件の置き方で変わる。この記事では、上野を「日本初の西洋式噴水とされる」にとどめ、断定しない。
では、公園の噴水は、市民にとってどんな場所だったのか。その答えを、日比谷公園に探す。
4. ひびや こうえんの 鶴と、大きな 噴水
4. 日比谷公園の鶴の噴水は、涼しい場所でもあった
4. 日比谷公園の噴水 ── 鶴の噴水と大噴水、大正の新聞に見る「涼味」
東京の 日比谷公園は、1903年に ひらいた、日本で はじめての 西洋ふうの 公園と いわれます[6]。
池の 中には、鶴の 形の 噴水が あります。1905年の えはがきに すがたが のこり、ひらいた ときから 公園の シンボルです[6][2]。
もう ひとつ、大きな 噴水も あります。池の はばは 30メートル。いちばん 高い 水は 12メートルです。いちにちに 13時間ほど うごき、28分で 24の 形を 見せると、公園の 案内に あります[6]。
1913年の 新聞は、鶴の 噴水を 「池の ほとりに 立つ 人に、かぎりない すずしさを あたえる」と 紹介して います[2]。
むかしから、噴水は すずむ ための 場所でも あったのですね。では、ほんとうに すずしく なるのでしょうか。
日比谷公園は、1903年(明治36)に開園した、日本で最初の西洋風の公園とされています。池の水を使った鶴の噴水は、1905年(明治38)の絵葉書に姿が残り、開園以来、公園のシンボルです[6][2]。
公園の大噴水は、東京都公園協会の案内では、毎日午前8時から午後9時まで動き、28分の周期で24の景色を見せるとされています。池は三段の構造で、直径30メートル、主噴水の高さは12メートル、夜は照明もつきます[6]。見せるために、細かい演出まで考えられた噴水です。
ところが、新聞の記事を見ると、見る以外の使われ方も出てきます。大正2年(1913)の読売新聞は、日比谷公園の鶴の噴水を、あずまやで憩い、池のほとりに立つ人に、限りない涼味を与える、と紹介しています。別の記事も「その飛沫の涼しさ」と書いています[2]。
100年以上前から、噴水は涼を取る場所として受けとめられていました。ただしこれは当時の記者の感想で、気温が何度下がったかを測った数字ではありません。では、実際に測るとどうなるのでしょうか。
日比谷公園は1903年(明治36)に開園した日本初の西洋風公園とされ、雲形池の鶴の噴水は、1905年(明治38)の絵葉書に記録がある。東京都公園協会によると、開園以来、公園のシンボルである[6][2]。
大噴水は演出の面でも手が込んでいる。公園協会の紹介では、毎日午前8時から午後9時まで稼動し、28分周期で24景を見せる。池は三段構造で直径30m、主噴水の高さは12m、夜間照明つきとされる[6]。13時間÷28分で、1日にざっと28回ほど、この24景が繰り返される計算になる(稼動中の連続運転を仮定した概算)。なお、現在の稼動状況は工事で変わる可能性があるため、公園協会の最新の案内で確認する必要がある。
ところが、同じ日比谷の鶴の噴水を、大正2年(1913)の読売新聞は、あずまやで憩い池畔に立つ人に「無限の涼味を与える」と紹介した。別の記事も「その飛沫の涼しさ」に触れている[2]。噴水は、早くから「涼む場所」としても見られていた。ただし、これは新聞記者の感想であって、気温を測った記録ではない。涼しさが数字で言えるのか、次の章で確かめる。
5. 噴水の そばは、ほんとうに すずしいの?
5. 涼しさを測った数字は、バス停のミストにある
5. 涼しさの実測 ── バス停のミスト測定の一例で、8月23日は2.1℃、風の強い前日は0.2℃
こうえんの 噴水で、気温が なん度 さがるかを しめす 公の しりょうは、今回は 見つかりませんでした。かわりに、すこし にた はなしを 見て みましょう。
東京都は、バスの のりばに ついた「ミスト」を しらべました。ミストとは、とても こまかい きりの ことです。ある 日、ミストの ある ところは、ない ところより 気温が 2.1度 ひくく なりました[9]。
でも、風が つよい 日は、ちがいが 0.2度しか ありませんでした[9]。きりが 風で ながされて しまうと、きき目が うすく なるのです。
これは 噴水では なく、バスの のりばの ミストの はなしです。噴水の そばの すずしさが ぜんぶ 同じとは、いえません。
公園の噴水そのものが、気温を何度下げるのかを示す公的な資料は、今回の調べでは見つかりませんでした。そこで、似た例として、東京都環境局のバス停ミストの測定を見ます。
ミストとは、微細な霧のことです。測定では、8月23日にミストを設置した地点が、ミストのない基準の地点よりも気温が2.1℃低くなりました(34.1℃から32.0℃)。暑さ指数(WBGT)は、29.5から28.7へ0.8下がりました[9]。
前日の22日は一日じゅう風が強く、ミストの効果が表れにくい気象条件だったと報告されています。その日の気温差は0.2℃と小さく、23日の差の約10分の1です[9]。霧が風で流されると、効き目が弱まるのです。
ただし、これは噴水ではなくバス停のミストの測定です。公園の噴水に、同じ数字があてはまるとは言えません。確かなのは、水を細かく飛ばす装置の涼しさが、風や天気で大きく変わりうる、という点です。
涼むことに加えて、噴水には、水そのもののための働きもあるのでしょうか。
公園の噴水が実際に気温を下げる幅について、公的機関の測定は、今回の調査では取得できなかった。そこで参考として、東京都環境局のバス停ミスト測定を読む。これは噴水ではなく、微細な霧を噴霧する装置の実測である[9]。
8月23日、ミスト設置地点と基準点の気温差は−2.1℃だった(34.1℃→32.0℃)。34.1−32.0=2.1で、報告の数字と合う。湿球黒球温度(WBGT)は29.5から28.7へ下がり、差は−0.8℃である。気温の差のほうがWBGTの差より大きい点は、WBGTが気温だけでなく湿度や日射も含む指標であることと関係していると思われるが、この資料からは読み取れない。
前日の22日は終日風が強く、ミストの効果が表れにくい条件だったとされる。気温差は0.2℃で、23日の2.1℃の約10分の1にあたる[9]。つまり、ミストの涼しさは、風という外側の条件で大きく変わる。それでも、「2.1℃」はこの測定例で条件がそろった日の値であり、いつでもこれだけ下がるわけではない。
この測定をもとに、公園の噴水の効果を数字で言うことはできない。言えるのは、大正の新聞が涼しさを感じていたことと、水を霧状に飛ばす装置では風次第で差が出ること、までだ。次に、水の手入れという別の使われ方を見る。
6. 噴水は、池の 水を きれいに する ことも ある
6. 水を動かして、植物プランクトンを増えにくくする使い方
6. ダム貯水池の噴水 ── 水面を叩き、貯水を鉛直に循環させる表層浄化設備
噴水は、水を うごかす そうちでも あります。ダムの 池では、水を ふき上げて、水を きれいに たもつ ために つかわれて います。
水の 中には、植物プランクトンと いう、とても 小さな 生きものが います。水を うごかして、プランクトンが ふえにくい 池に する つかい方です。噴水の 水の いきおいで、プランクトンの さいぼうが こわれたり きずついたり する ことが あると、しりょうに あります[7][8]。
水を 上から 下まで かきまぜる はたらきも あります[7]。
この ダムの しりょうは、「ひとが したしめる けしきも つくる」とも かいて います[7]。
ただし、これは ダムの 池の はなしです。こうえんの 池が ぜんぶ 同じだとは、いえません。
国土交通省の地方整備局が公開しているダムの資料には、貯水池の噴水の使い方が書かれています。噴水は、水を動かして植物プランクトンが増えにくい環境を作る使い方があります。ポンプの圧力や、吹き上げた水が水面を叩く力で細胞を壊したり傷つけたりし、さらに貯水を上下に循環させるとされています[7][8]。
近畿地方整備局の高山ダムの資料でも、噴水は表層浄化設備として、同じ目的で整理されています。どちらの資料も、噴水は「人々に親しまれる景観」や「新しい景観」を作る役目も持つ、と述べています[7][8]。
つまり、ダムの噴水は、水の手入れと景色づくりを一緒に担う装置です。ただし、この資料の対象はダム貯水池で、公園の池すべてに当てはまるとは書かれていません。公園の池で同じ働きがどこまであるかは、この記事の資料では分かりません。
こうして見ると、噴水の役目は、見る楽しみ、涼しさ、水を動かすこと、の3つが重なっていました。
水質の側から見た噴水の使い方は、ダム貯水池の資料に詳しい。国土交通省九州地方整備局の耶馬渓ダムの資料は、噴水がポンプの圧力を加えて植物プランクトンの細胞を破壊・損傷させ、さらに吹き上げた水で水面を叩いて増殖環境を変える、と整理している[7]。近畿地方整備局の高山ダムの資料も、噴水ポンプの圧力と飛散水の水叩き効果で植物プランクトンを破壊するほか、貯水を鉛直方向に循環させて増加しにくい環境を作り出すと述べる[8]。
二つの資料は、ダムの噴水が水の手入れに使われていると同じように説明している。しかも、どちらも景観への効果に触れている[7][8]。装置の目的が、水質と景色の両方にあるということだ。
ただし、これはダム貯水池の例である。都市公園の池でも同じ効果があるかは、使った資料では示されていない。したがって、「公園の噴水は水をきれいにする」とは書けない。ここまでで言えるのは次のとおり。
見るために作られ(定義・兼六園・上野・日比谷)、涼む場所として受けとめられ(大正の新聞)、水を動かす装置としても使われる(ダムの資料)。三つの役目は、資料の種類も確かさも違う。
7. 噴水の そばで、見て みたい こと
7. 噴水のそばで、見てみたいこと
7. 噴水の使い道を、自分の目で確かめる
今日できること
こうえんに 噴水が あったら、水が 出て いる ときと、とまって いる ときの 水面を くらべて みましょう。水の ゆれ方は どう ちがいますか。池の ふちに 近づきすぎないように します。
出かけて できること
兼六園や 日比谷公園の 噴水の すがたを、見に 行く のも いいですね。うごいて いる 時間は、公園の 公式の 案内で たしかめて から 出かけましょう。
公式の 情報
東京都公園協会と 金沢市観光協会の ページに、あんないが あります。
水面と霧を観察する
近所の公園に噴水があれば、水が出ているときと止まっているときで、池の水面を見比べてみます。風の向きによって、水しぶきがどちらへ流れるかも観察できます。ミストの測定で、風が強い日は差が小さかったことと、つなげて考えられます。池のふちには近づきすぎないでください。
噴水を見に出かける
兼六園の噴水と日比谷公園の大噴水は、それぞれの公式の案内で、稼動の時間や工事の状況を確認してから出かけましょう。
さらに読むなら
噴水の起源や水道との関係、日本の近代の噴水の例は、日本造園学会系の論文に詳しく書かれています。ダムの噴水は、国土交通省の水質保全の資料にあります。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料にもとづいています。
- コトバンク「噴水」 https://kotobank.jp/word/%E5%99%B4%E6%B0%B4 (噴水の定義、起源、ローマ・中世イタリアの例)
- 日本造園学会系の研究論文(近代日本の庭園噴水) https://www.jila-zouen.org/wpdata/wp-content/uploads/2015/04/467.pdf (江戸〜明治の噴水の数、諏訪神社の例、鶴の噴水、大正の新聞記事)
- 金沢市観光協会「金沢旅物語」兼六園 https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/article/detail_79.html (兼六園の噴水が高低差で吹き上がること)
- 国立国会図書館「内国勧業博覧会」 https://www.ndl.go.jp/exposition/s1/naikoku1.html (第1回内国勧業博覧会の会期と入場者数)
- 雑学ネタ帳「噴水の日」 https://zatsuneta.com/archives/108212.html (上野の博覧会場の噴水の記述。二次資料のため「とされる」で扱った)
- 東京都公園協会「日比谷公園」 https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index037.html (開園、鶴の噴水、大噴水の仕様)
- 国土交通省九州地方整備局 耶馬渓ダム 環境の資料 https://www.qsr.mlit.go.jp/yamakuni/office/dam/environmental.html (ダム貯水池での噴水の使い方)
- 国土交通省近畿地方整備局 高山ダム 水質保全資料 https://www-1.kkr.mlit.go.jp/river/follwup/jouhou/siryo/pdf/100318/takayamasui2-s.pdf (表層浄化設備としての噴水)
- 東京都環境局「バス停ミスト測定結果」 https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kankyo/past_measures-toeibbus-files-29busmist_sokutei (ミスト設置地点の気温差。噴水ではなくバス停のミスト)
なおした ところ
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