1. アインシュタインは どうして おこったの?
1. 世界的な物理学者は、なぜ査読に怒って論文を取り下げたのか
1. 1936年、アインシュタインはなぜ査読に怒って論文を取り下げたのか
1936年の なつ、アインシュタインは、アメリカの 雑誌に 論文を おくりました。重力波は ないと いう はなしでした[7]。
雑誌の いちばん えらい 人は、この 論文を、名前を かくした 人にも 読んでもらいました。そして その 人の 意見を そえて、アインシュタインに 返事を もとめました。
アインシュタインは おこりました。意見に 答える 気は ない、べつの 雑誌に のせる、と 言って、論文を とりさげたのです[7]。
どうして そんなに おこったのでしょう。じつは、そのころの アインシュタインは、こういう やり方に なれていなかった らしいのです。
では、その 名前の わからない 人は、いったい なにを 言ったのでしょうか。
1936年の夏、アインシュタインは若い共同研究者ローゼンとともに、「重力波は存在しない」という内容の論文をアメリカの『フィジカル・レビュー』誌に送りました[7]。編集長のテイトは、この論文を匿名の専門家にも読んでもらい、その批判を添えて、アインシュタインに返事を求めました。
アインシュタインの返事は、匿名の専門家のコメントに答える理由はない、論文は別の雑誌に出す、というものでした[7]。この出来事は、別の研究でも「査読が当たり前ではなかった時代の例」として紹介されています[4]。
怒りの背景には、不慣れもあったようです。直前の有名な論文は、査読者の欄が空白のまま、受付の翌日には掲載の手続きに回されていました。今回が、米国の雑誌が行っていた匿名の査読との最初の出会いだった可能性が高いと、研究者は述べています[7]。
それでは、この匿名の読み手は、いったい何を指摘したのでしょうか。
1936年夏、アインシュタインはローゼンとの共著論文を、「重力波は存在しない」という主張で『フィジカル・レビュー』に投稿した[7]。編集長ジョン・テイトは、匿名の査読者の批判を添えて返事を求めたが、アインシュタインは、その専門家の(彼にとっては誤りである)コメントに答える理由はなく、論文は他誌に出すと返して取り下げた[7]。『ネイチャー』の査読史を研究したボールドウィンも、この件を、編集長が論文を外部の査読者に回したことにアインシュタインが強く気分を害した例として挙げ、当時は査読が当たり前でなかった証拠とみている[4]。
怒りの一因として、論文審査の習慣のちがいが考えられる。直前に出した有名なEPR論文は、査読者の欄が空白のまま、受付の翌日に掲載へ回されていた。そのため、重力波の論文が、当時米国の雑誌で行われていた匿名の査読にアインシュタインが初めて出会った事例だった可能性が高いとされる[7]。ただし、これは記録から見た推測で、本人が内心で何に怒ったかまでは分からない。
では、その匿名の査読者は何を指摘し、アインシュタインの論文はどうなったのか。
2. なまえの わからない 人は、なにを 言ったの?
2. 匿名の査読者は何を指摘し、論文はどうなったのか
2. 査読者ロバートソンの指摘と、1937年に結論が変わった論文
その 人は、物理学者の ロバートソンでした。アインシュタインの 計算に、あやしい ところが あると 言ったのです[7]。
地図で いえば、たて・よこの 線の ひき方によって、地図の 一部が ゆがんで 見える ことが あります。そのように、ふしぎな 点に 見えた ものは、線の ひき方の せいかも しれない、という ことです。
たとえ話なので、ほんとうの 計算は もっと むずかしいです。
アインシュタインは おこって 雑誌を かえました。でも、論文は そのままでは 出ませんでした。つぎの 年の はじめに、ちがう 雑誌に のった ときには、いいたい ことが 大きく かわっていたのです。重力波は ない、では なく、円の つつの かたちを した 重力波を 考える はなしに なりました[7]。
査読した 人の 意見を うけて、論文の 内容が かわる ことが あります。
では、査読とは、くわしく いうと なにを する しくみなのでしょう。
匿名の査読者は、物理学者のハワード・ロバートソンでした。彼の指摘は、論文で「特異点」に見えたものは、座標の取り方によるみかけの問題で、座標を変換すれば消える、というものでした[7]。
地図にたとえると、緯度と経度の線の引き方によって、地図の一部がゆがんで見えることがあるのに似ています。ただし、これは分かりやすくした話で、実際の計算はもっと難しいものです。
アインシュタインは怒って論文を取り下げましたが、論文はそのまま消えたわけではありません。1937年の初めに、フランクリン研究所の雑誌に、結論を大きく変えた形で載りました。内容は、円筒形の重力波を扱うものになっていました[7]。
ここで大切なのは、「アインシュタインが負けた」という話ではないことです。査読者の指摘と、その後アインシュタイン自身が気づいた誤りを経て、論文は校正段階で結論を大きく変えました。査読が論文の改稿に関わった例として語られる理由もそこにあります。
では、査読とは、もう少し正確にいうと、何をする仕組みなのでしょうか。
査読者はハワード・ロバートソンで、論文に出てくる特異点は、座標の取り方によるみかけの特異性であり、座標変換で消えると指摘した[7]。地図の緯度経度の線の引き方によって、地図の一部がゆがんで見えることがあるのに近い(この比喩は説明のための簡略化で、現象が消えるという意味ではなく、実際の計算も異なる)。
論文は、フランクリン研究所の雑誌に1937年初めに、結論を大きく変えて掲載された。重力波は存在しないという主張から、円筒形の重力波を扱う内容になった[7]。このため、これを「アインシュタインが査読に負けた」と単純にまとめるのは正確でない。査読者の指摘と、その後アインシュタイン自身が気づいた誤りを経て、論文は校正段階で結論を大きく変えた。ただし、アインシュタインが書面で批判を認めたかどうかは、この記録からは分からない。
では、そもそも査読とは何を保証し、何をしてくれる仕組みなのか。
3. 査読は、なんの ために あるの?
3. 査読は何のためにあるのか:論文の「門番」であり「相談相手」でもある
3. 査読の二つの役割:ゲートキーパーと、論文の改善
査読は、研究者が 書いた 論文を、同じ 分野の 人が 雑誌に のる 前に 読んで、たしかめる しくみです[1]。
雑誌の 人が 読んで くれる 人を さがし、書いた 人には、だれが 読んだか を 知らせないのが ふつうだと いわれます[1]。
にほんがくじゅつかいぎという ところは、はたらきを 二つ あげています[2]。一つは、まちがいの おおい 論文が そのまま 出ないよう、もんばんの ように 見ること。もう 一つは、読んだ 人の コメントで、論文が よく なることです。
ブロックを つんだ とき、友だちに 「ここが ぐらぐら するよ」と 言って もらうと、つみ直せます。査読も すこし にています。
ただし、本当の 査読は、とても くわしい ことを 知って いる ひつようが ある、むずかしい しごとです。
では、こんな 大切な しくみは、いつから あるのでしょうか。
査読とは、学術雑誌に送られた論文を、その分野を専門とする研究者が読み、内容が妥当かどうかなどを調べて、掲載するかどうかの判断材料にする仕組みです。通常は、編集部が査読者を手配し、著者には誰が査読したのかを知らせないのが通例だと、辞書は説明しています[1]。ロバートソンが匿名だったのも、この通例にそったものでしょう。
日本学術会議が2023年にまとめた回答は、査読の役割を二つあげています。一つは、公開される研究成果の質を保つ「ゲートキーパー」、つまり門番の役目。もう一つは、査読者のコメントが論文の内容をより良くする場合もあることです[2]。
アインシュタインの例は、この二つの役割がどちらも見える場面でした。結論の誤りを指摘する門番であり、論文が変わっていく経緯にも関わっていたからです。では、この仕組みは、いつ頃から科学の世界にあったのでしょうか。
査読は、学術雑誌に投稿された論文を、その分野の研究者が読んで内容の妥当性などを調べ、掲載の可否を判断する材料にする仕組みである。辞書の説明では、通例、編集部が査読者を手配し、著者には査読者を知らせず、査読者への接触も禁じるとされる[1]。ロバートソンが匿名だったのは、この通例に沿ったものと考えられる。
日本学術会議の回答(2023年9月25日)は、査読が、公開される研究成果の質を担保するゲートキーパーの役割を担うほか、査読者のコメントが論文の改善に貢献する場合もあると位置づけている[2]。ロバートソンのケースは、前者を示すだけでなく、論文の内容が変わる経緯に査読が関わったという後者の面も持っていた。
ただし、査読は「誤りを全部止める保証」ではない。それは後半で数字を見る。まずは、査読という仕組みがいつ生まれ、なぜアインシュタインにとって見慣れないものだったのかを確かめる。
4. 世界で はじめての 科学の 雑誌では、どう していたの?
4. 最初の科学雑誌は、論文をどう選んでいたのか
4. 1665年の創刊から1832年の報告書義務まで:査読の前史
いまも つづいて いる 科学の 雑誌の なかで、いちばん ふるいと される ものは、1665年に はじまった「フィロソフィカル・トランザクションズ」です[3]。
そのころは、雑誌を つくる オルデンバーグさんが、おおきな 力を もって いました。論文を のせるか どうかの しらべ方は、きまった やり方では なく、ゆるやかでした[3]。
ですから、いまの 査読が はじまった と 言うのは、ちがいます。
この 雑誌が、はっきりした しらべる しくみを つくったのは、1752年です。論文を 見る 委員会を つくりました。1832年からは、会員の 一人 いじょうが「この 論文は ふさわしいか」を 書いた 報告書を つくる ことに なりました[4]。
でも、ここまでは ひとつの 雑誌の はなしです。ほかの 雑誌は どうだったのでしょう。
いまも続く科学雑誌の中で最も古いとされる『フィロソフィカル・トランザクションズ』は、1665年に始まりました[3]。同じ年の少し前には、フランスで『ジュルナル・デ・サヴァン』も創刊されています。初めのころは、編集者オルデンバーグの裁量が大きく、審査は非公式だったとされます。「1665年に現代の査読が始まった」と言うのは、正確ではありません。
この雑誌が、正式な審査の仕組みとして「論文委員会」を作ったのは1752年です。さらに1832年には、会員1人以上による「適性の報告書」を、論文を採用する前に作ることになりました[4]。委員会の設置と、書面の報告書の義務化は、別の出来事です。
ここまでが、ある一つの雑誌の歩みです。では、アインシュタインの1936年には、世の中の雑誌の多くが、全部の論文を外部の専門家に回していたのでしょうか。
現在まで続く科学雑誌として最も古いとされる『フィロソフィカル・トランザクションズ』は1665年3月に創刊された(同年1月にはフランスで、科学以外の話題も扱う『ジュルナル・デ・サヴァン』が出ている)。ただし、初期は編集者オルデンバーグの裁量が大きく、審査は非公式だった[3]。1665年に現代の査読が始まったとはいえない。
この雑誌に正式な審査の仕組みができたのは、論文委員会が作られた1752年である。1832年には、会員1人以上による「適性の報告書」を、採用前に作ることになった[4]。委員会の設置(1752年)と報告書の義務化(1832年)は別の出来事で、混ぜて書かないよう注意が要る。
ただ、ここまでは一つの雑誌の話であり、同時代のすべての雑誌が同じやり方をしていたわけではない。1936年のアインシュタインは、それを示す例である。では、全論文を外部の査読者に回すやり方は、いつ標準になったのか。
5. みんなが 査読を するように なったのは いつ?
5. 全論文を外部査読に回す仕組みは、いつ標準になったのか
5. 『ネイチャー』の1973年と、「ピア・レビュー」という言葉の初出1967年
びっくりする ことに、いまの ように 全部の 論文を 外の くわしい 人に 読んでもらう ことが ふつうに なったのは、1970年代ごろだと 言われます[4]。
「ネイチャー」という 有名な 雑誌が、のせる 全部の 論文を 外の 査読者に まわす ように なったのは、1973年でした。それまでは、しんらいされる 科学者の 論文は、外の 人に 読んでもらわない ことも 多かったのです[4]。
ほかの 商売の 雑誌でも、1970年代から 1980年代に なるまで、全部の 論文を 外の 人に 読んでもらうとは かぎりませんでした[5]。
査読は えいごで「ピア・レビュー」(peer review)と 書きます。この ことばも あたらしく、はじめて 使われた のは 1967年と されます。広く 使われたのは 1970年代です[6]。
ですから、1936年の アインシュタインが びっくりしたのは、むりも ないのかも しれません。
では、そんなに がんばって 査読を しても、まちがいは ぜんぶ 見つかるのでしょうか。
全部の論文を外部の査読者に回すやり方が、広く標準になったのは、1970年代ごろです。『ネイチャー』誌がすべての論文を外部の査読者に回すようになったのは、1973年、編集長デイヴィッド・デイヴィスの時代でした。それまでは、信頼される科学者の投稿が、外部の審査を受けずに載ることも多かったのです[4]。
商業雑誌の多くも、1970年代から1980年代になるまで、載せる全論文について査読者に意見を求めてはいませんでした。英語圏の学会誌ほど早く、英語圏の外や商業誌は編集者の判断に頼る傾向があったとされます[5]。
査読は英語で peer review(ピア・レビュー)と書きます。この言葉自体も新しく、オックスフォード英語辞典の初出は1967年(米国)で、広く使われたのは1970年代です。冷戦期に公的な研究費が増え、科学者が信頼を示す必要が出てきたことが、背景の一つとされています[6]。
つまり1936年のアインシュタインが戸惑ったのは、無理もないことでした。それなら、査読さえあれば、論文の誤りは全部見つかるのでしょうか。
『ネイチャー』がすべての論文を外部の査読者に回すようになったのは1973年、編集長デイヴィッド・デイヴィスのときである。それ以前は、信頼する科学者の投稿が外部審査を経ないことも多かった[4]。つまり、世界を代表する科学雑誌でさえ、全論文の外部査読は、1936年のアインシュタインの37年後に始まったことになる。
この傾向は『ネイチャー』だけではない。ボールドウィンへのインタビューによれば、商業雑誌の多くは1970年代から1980年代に入るまで、載せる全論文について査読者に意見を求めていなかった。英語圏の学会誌ほど早く、英語圏外や商業誌は編集者の判断に頼る傾向があった[5]。
言葉も新しい。査読は英語で peer review(ピア・レビュー)と書くが、その初出は、オックスフォード英語辞典で1967年(米国)、広く使われたのは1970年代で、冷戦期に公的な研究費が増え、科学者が信頼を示す必要が出たことが背景とされる[6]。「冷戦が原因」と断定できるわけではなく、背景の一つと見るのが妥当だろう。
こうして見ると、1936年のアインシュタインは、査読が標準になる前の世界から来た科学者だった。では、標準になった今の査読は、誤りをどこまで見つけられるのか。
6. 査読を すれば、まちがいは ぜんぶ 見つかるの?
6. 査読は万能ではない:わざと誤りを入れた実験から
6. BMJの実験と年間6850万時間:査読が見つけられる誤りと、かかる手間
イギリスの 医学の 雑誌「ビー・エム・ジェイ」で、おもしろい ためしが ありました。査読者607人に、わざと まちがいを 入れた 論文を 送ったのです[8]。
大きな まちがいは 9こ。見つけられたのは、へいきんで 3こ ほどでした。9この うちの 3この ようすは、おおよそ 3分の 1です[8]。
これは、この 雑誌の 一つの ためしです。査読が やくに たたない という 意味では ありません。「ぜんぶは 見つからない」と 分かります。
それでも 世界の 研究者は、1年に およそ 6850万 時間も、査読に つかうと いう 調べが あります[9]。1年は 8760時間なので、1人で 7800年 つづける ぶんです。みんなで 分けて、手間を かけて いるのです。
にほんがくじゅつかいぎは、査読を 公平に まじめに おこなう ことは、かかわる 人 みんなの しごとだと 書いています[2]。
イギリスの医学雑誌BMJは、2004年に、査読者607人にわざと誤りを入れた論文を送る実験を行いました。論文には、重大な誤りが9個ずつ入っていました。結果は、見つかった重大な誤りが平均で2.6〜3.0個ほどでした。9個のうち、およそ3分の1です[8]。短い研修を受けても、その効果は小さいものでした。
これは、BMJ誌という一つの雑誌での実験です。分野や雑誌がちがえば結果も変わります。ですから「査読は役に立たない」ではなく、「全部は見つけられない」と読むのが適切でしょう。
それでも査読は続いています。2018年の調査では、世界の研究者は査読に年間およそ6850万時間を使っているとされます[9]。1年は8760時間ですから、6850万時間は1人で約7800年かかる量です。
日本学術会議の回答は、論文数や被引用数が重視される中で、過度な論文発表競争が不適切な行為の誘因になっていると述べ、査読を公正に行うことは、査読者をはじめすべての関係者の責務だとしています[2]。
BMJ誌は、査読者607人に同じ3本のテスト論文を送る実験を2004年に行った。各論文には、方法論の重大な誤りが9個、軽微な誤りが5個、意図的に入れてあった[8]。結果として、重大な誤りが見つかったのは、平均で2.6〜3.0個にとどまった。9個に対して見つけられたのは、およそ29〜33%、つまり3割前後である。短い研修の効果は小さかった。
ただし、これは一つの雑誌での一例であり、分野や雑誌によって結果は変わる。「査読は役に立たない」ではなく、「全部は見つけられない」と読むべきである。
査読の手間も大きい。2018年のPublonsの調査では、世界の研究者が査読に使う時間は年に約6850万時間とされる[9]。1年は24×365=8760時間なので、6850万÷8760は約7800で、1人が7800年休まず続ける量にあたる。同じ調査には、1本の査読に平均19.1日という数字もあるが、これが作業時間なのか、依頼から返答までの所要日数なのかは要約だけでは確定できず、この記事では扱わない。
日本学術会議の回答は、論文数や被引用数が重視される中、過度な論文発表競争が不適切な行為の誘因になっていると指摘し、査読の公正で厳正な実施は、査読者を始めとするすべての関係者の責務だとしている[2]。
7. 友だちに 読んでもらうと、なにが 見つかる?
7. 自分の文章を、誰かに先に読んでもらうと何が見つかるか
7. 査読の一次資料と、自分の文章でできる小さな査読
あなたも、ちいさな 査読を して みませんか。じゆうけんきゅうや さくぶんを、書いた あとで、家の 人や 友だちに 読んでもらいます。
「ここが、分かりにくい」と 思った ところに、しるしを つけて もらいます。3つくらい あれば じゅうぶんです。
読んだ 人の しるしや コメントと、直した 文章を 見くらべて みましょう。自分では 気づかなかった ところが、見つかる ことが あります。
ロバートソンも、アインシュタインの 論文の 「みえない ところ」を 見つけて くれた 読み手でした。
査読の考え方は、身近な文章でも試せます。自由研究や作文を書き終えたら、家の人や友だちに読んでもらい、分かりにくい、あるいは根拠が足りないと感じた箇所に印をつけてもらいます。印は3つほどで十分です。
読んだ人の印やコメントと、直した文章を見比べると、自分だけでは気づけなかった点が見えてくることがあります。アインシュタインの論文も、匿名の読み手の指摘のあと、結論が大きく変わりました。
原典に興味が出た人は、日本学術会議の回答「論文の査読に関する審議について」を探してみてください。査読の役割と責務が、日本語の公的な文書でまとめられています[2]。ネイチャーが1973年に全論文を外部査読に回した経緯は、ボールドウィンの論文にくわしく書かれています[4]。
査読が万能ではないことを知ったうえで、それでも論文の最初の読者を大事にする仕組みが、なぜ科学で長く続いているのか。そこに、次の問いがありそうです。
この話をさらに調べるなら、次の資料が手がかりになる。日本学術会議「論文の査読に関する審議について」(回答、2023年)は、査読の役割と責務を日本語でまとめた公的文書である[2]。ボールドウィンの「Credibility, peer review, and Nature, 1945–1990」(2015年)は、『ネイチャー』が外部査読を標準にしていく過程を扱う[4]。ケネフィックの『フィジックス・トゥデイ』の記事は、アインシュタインの1936年の出来事を原典から追っている[7](英語の資料)。まずは日本語の学術会議の回答から読める。
身近な練習もできる。自分の文章を家族や友人に読んでもらい、根拠が足りない箇所や分かりにくい箇所に印をつけてもらう。読んだ人の印やコメントと、直した文章を見比べる。第三者に先に読んでもらう査読の型を、小さく体験できる。
査読が標準になるのは1970年代で、実験が示すように万能ではない。それでも続いている理由は何か。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の[数字]は、下の出典の番号です。
- Weblio辞書「査読」 https://www.weblio.jp/content/%E6%9F%BB%E8%AA%AD (査読の定義と、査読者を著者に知らせない通例)
- 日本学術会議「論文の査読に関する審議について」回答(2023年9月25日) https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-k353.pdf (査読の役割と、公正な実施の責務)
- Royal Society blog "Philosophical Transactions: the early years" (2015) https://royalsociety.org/blog/2015/03/philosophical-transactions-the-early-years (1665年創刊と初期の審査)
- Baldwin M. "Credibility, peer review, and Nature, 1945–1990" (2015) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4528400 (1752年・1832年の制度、1973年のネイチャー、アインシュタインの例)
- The Scholarly Kitchen "The Rise of Peer Review: Melinda Baldwin on the History of Refereeing" (2018) https://scholarlykitchen.sspnet.org/2018/09/26/the-rise-of-peer-review-melinda-baldwin-on-the-history-of-refereeing-at-scientific-journals-and-funding-bodies/ (商業雑誌への広がり)
- Times Higher Education "Peer review not as old as you might think" https://www.timeshighereducation.com/peer-review-not-as-old-as-you-might-think (言葉の初出と背景)
- Kennefick D. "Einstein versus the Physical Review" Physics Today https://physicstoday.aip.org/features/einstein-versus-the-physical-review (1936年の出来事と1937年の論文)
- Schroter S. et al. 査読者の誤り検出に関するBMJの実験(2008年の要旨) https://researchonline.lshtm.ac.uk/id/eprint/6900 (誤りの発見数と研修の効果)
- Publons "Global State of Peer Review" (2018) https://www.uksg.org/?p=2625 (年間の査読時間)
なおした ところ
更新履歴
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