このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

まちの ひょうしきは、だれが なんの ために たてて いるの?

町の道路標識は、だれが何のために立てているのか ── 「止まれ」と「東京まで」のちがい

道路標識の役割と設置者 ── 規制・指示・警戒・案内の4種類と、一里塚から「SLOW」併記へ、標識の変化

分野:歴史・文化

「とまれ」の ひょうしきと、「とうきょうまで なんキロ」の あおい いた。どちらも みちばたの ひょうしきですが、たてて いる 人は ちがう ことが おおいのです。

まちの ひょうしきは、なんの ために あるのでしょう。しゅるいごとに たてる 人が わかれて いる ことや、むかしの いちりづかから いまの すがたに なるまで、そして えいごが そえられた わけが わかります。

道ばたの標識は、法律の言葉では「道路の交通に関し、規制または指示を表示する標示板」とされています[1]。ところが国土交通省の資料は、道案内の板や「この先に危険あり」を知らせる板も加えて、4種類に分けて説明しています。

町の標識は、だれが、何のために立てているのでしょうか。規制・指示の板は主に公安委員会(警察)、警戒・案内の板は主に道路管理者が立てます(例外もあります)。江戸時代の一里塚から今の形に育った道すじと、2017年に「徐行」へ英語を添えられるようになった理由も分かります。

道路交通法は、道路標識を「規制又は指示を表示する標示板」と定義する[1]。ところが国土交通省の資料は、これに案内標識と警戒標識を加えた4種類で道路標識を説明している[3]。法律の定義の言葉と、現場で目にする板の範囲には幅がある。

では、種類ごとの役割と設置者はどう分かれているのか。この分け方は、江戸の一里塚から明治・大正の統一を経て、1960年の標識令で今の骨組みが整い始めた。さらに2017年には「SLOW」の併記へ進んだ。その流れと理由が分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. ひょうしきは、なんしゅるいに わけられるの?

1. 道ばたの標識は、「約束」と「道案内」がまざっている

1. 法律の定義と4種類 ── 規制・指示と、警戒・案内

まちを あるいて いると、「とまれ」「とおりぬけ できません」など、いろいろな いたを みかけます。ほうりつでは、ひょうしきを 「みちの つうこうに ついて、きまりや しじを しめす いた」と して います[1]。

こくどこうつうしょうの しりょうは、ひょうしきを 4しゅるいに わけて せつめい して います[3]。

ひとつめは「きせい」。「これは しては いけない」「こう とおって ください」と きめる ものです。ふたつめは「しじ」。「ここを とおれますよ」と できる ことや、きまった ばしょを しらせます。

みっつめは「けいかい」。この さきに あぶない ところが あると、まえもって しらせます。よっつめは「あんない」。いきさきの ほうこうや きょり、どうろの ばんごうを おしえます[4]。

つまり ひょうしきには、「まもる やくそく」と「みちあんない」が まざって います。

法律の言葉と、国土交通省の分け方

道路交通法は、道路標識を「道路の交通に関し、規制又は指示を表示する標示板」と定めています[1]。言葉だけを読むと、標識は「してはいけないこと」と「してよいこと・決まった場所」を伝える板です。

一方、国土交通省の資料は、道路標識を大きく4種類に分けて説明しています。案内標識、警戒標識、規制標識、指示標識です[3]。法律の定義の言葉より、道ばたで見かける板の範囲のほうが広いことになります。

4種類のはたらき

自治体の説明では、規制標識は特定の交通方法を禁止したり、特定の方法に従うよう指定したりする板です。指示標識は、特定の交通方法ができることや、決まった場所を示します。警戒標識は、道路上の危険や注意すべき状況を前もって知らせ、案内標識は目的地の方向や距離、道路番号などを示します[4]。

つまり、運転する人に「守る約束」を伝える板と、「迷わない・危なくない」ための手がかりを渡す板が、同じ「標識」と呼ばれているのです。では、この4種類は、だれが立てているのでしょうか。

道路交通法第2条は、道路標識を「道路の交通に関し、規制又は指示を表示する標示板」と定義する[1]。条文の言葉だけを読めば、標識は、禁止や指定といった規制と、できること・決まった場所の指示を表示する板、ということになる。

ところが、国土交通省の資料は、道路標識を案内・警戒・規制・指示の4種類に大別している[3]。自治体の説明によれば、規制標識は特定の交通方法を禁止し、または特定の方法に従うよう指定するもの、指示標識は特定の交通方法ができることや法で定めた場所を示すものである。警戒標識は道路上の危険や注意すべき状況を事前に知らせ、案内標識は目的地の方向・距離・道路番号を示す[4]。

同じ道ばたの板が、運転者を拘束する「約束」と、判断を助ける「情報」の両方を担っている。この二面性は、設置者の分かれ方と直接つながる。

2. 「とまれ」と あんないの いたは、だれが たてるの?

2. 立てる人も、警察と道路の管理者に分かれている

2. 設置者の分担 ── 公安委員会と道路管理者

ひょうしきは、しゅるいで たてる 人が ちがいます。「きせい」と「しじ」は、けいさつの しごとを する こうあんいいんかいが かんり して います[4]。

ほうりつでも、こうあんいいんかいは、みちの きけんを ふせいで、あんぜんで とおりやすい ように するために、しんごうきや ひょうしきを おいて きまりを つくれる と されて います[2]。

いっぽう、「けいかい」と「あんない」は、どうろを かんりして いる 人が たてます。くにや けん、まちが かんり する どうろ なら、その くにや けん、まちです[4]。

ただし、おもさや たかさの せいげんの ひょうしきなど、「きせい」でも どうろの かんりしゃが たてる ものが あります[4]。ぜんぶが けいさつ、という わけでは ありません。

「止まれ」を立てるのは、警察の側

広島市の説明では、規制標識と指示標識は公安委員会(警察)が管理し、警戒標識と案内標識は道路管理者(国・県・市)が管理しています[4]。

道路交通法も、都道府県の公安委員会は、道路での危険を防ぎ、交通の安全と円滑を図るために必要と認めるとき、信号機や道路標識を設置・管理して、交通整理や通行の禁止などの規制ができると定めています[2]。標識は、約束を決める人が、約束を示す板を立てる仕組みです。

道案内は、道路を持つ人の仕事

目的地の方向を示す青い板などの案内標識や、危険を知らせる警戒標識は、道路を管理している国・県・市が立てます[4]。道路をつくり、手入れしている側が、その道を使う人の迷いや危険を減らすための板だと読めます。

ただし、例外もあります。規制標識のうち、重量や高さの制限などは道路管理者が設置するものもあります[4]。「規制はすべて警察」とは言えません。

ここまでで、「何のために」と「だれが」は見えてきました。では、日本の標識は、いつからこの形だったのでしょうか。

設置者は、おおむね種類で分かれる。広島市の説明によると、規制標識・指示標識は公安委員会(警察)の管理、警戒標識・案内標識は道路管理者(国・県・市)の管理である[4]。

この分担は、役割に対応している。道路交通法第4条は、都道府県公安委員会が、道路における危険の防止、交通の安全と円滑のために必要と認めるとき、政令に従って信号機や道路標識を設置・管理し、交通整理や通行の禁止などの規制をできると定める[2]。つまり、通行のルールを決める権限をもつ機関が、そのルールを表示する規制標識・指示標識を立てる。

これに対し、警戒標識と案内標識は、道路を整備・維持する側が、利用者に危険や行き先を伝えるために立てる。ただし、規制標識のうち重量・高さの制限などは、道路管理者が設置するものもある[4]。そのため、設置者は種類で「おおむね」分かれる、という言い方になる。

では、この分け方と役割分担は、いつ、どのように固まったのか。江戸の道ばたから順に見る。

3. むかしの たびびとは、みちばたの なにを たよりに したの?

3. 江戸の一里塚から、全国で形がそろうまで

3. 一里塚から全国統一へ ── 江戸の道しるべ、1899年の制札、1922年の省令

えどの じだいの かいどうには、わかれみちに みちしるべが ありました。きまった きょりごとに、いちりづかも つくられて いました[5]。

たびびとは、どこまで あるいたかを たしかめたり、どちらへ すすめば よいかを しったり できました。こくどこうつうしょうの しりょうは、これらを いまの どうろひょうしきに あたる ものと して います[5]。

めいじの じだいに なると、けいしちょうが 1899ねん、とうきょうふの 「せいさつ」の かたちを そろえる とりきめを だしました。とおれない ことを しらせる いたを、8しゅるいに きめました[5]。

そして 1922ねん、はじめて ひょうしきの かたちが ぜんこくで そろいました[5]。

旅人の目印だった一里塚

国土交通省の年表によると、江戸時代には、街道の分かれ道に道しるべが、一定の距離ごとに一里塚が置かれ、旅人に安心と便利を与えていました。これらは現在の道路標識に相当するものとされています[5]。

方向と距離を教えてくれる点は、今の案内標識にそっくりです。

明治の制札、大正の全国統一

明治32年(1899年)6月、警視庁は「制札制文例」を通達し、東京府内の制札の様式をそろえました。国土交通省は、これを標識令の原典としています。通行止めにかかわる8種が決められました[5]。

全国で道路標識の形がそろったのは、大正11年(1922年)11月です。内務省令「道路警戒標及び道路方向標に関する件」で、わが国で初めての全国統一が行われました。道路方向標は1種類で、道路名・方面・方向・距離を表示するものでした[5]。

ここでは、危険を知らせる「警戒」と、行き先を示す「方向(案内)」が柱でした。「禁止」を中心にした今の4種類は、まだ先の話です。

標識の起源は、江戸時代の街道にさかのぼれる。国土交通省の年表は、分岐点の道しるべと、一定距離ごとの一里塚が、旅人に安堵と利便を与え、現在の道路標識に相当するものだったと述べる[5]。方向と距離を教える点は、今の案内標識に通じる。

近代になると、道ばたの板が「教える」だけでなく「取り締まる」役目ももつようになる。1899年(明治32年)6月、警視庁は「制札制文例」を通達し、東京府下の制札の様式を統一した。通行止めにかかわる8種を定めたこの通達を、国土交通省は標識令の原典と位置づけている[5]。ここで標識の形を決める主体が、地方の警察になっている点は、のちの公安委員会との分担を考えるうえで見逃せない。

全国の統一は、さらに23年あとになる。1922年(大正11年)11月の内務省令「道路警戒標及び道路方向標に関する件」が、わが国で初めて道路標識を全国統一した。道路方向標は1種類で、道路名・方面・方向・距離を表示した[5]。

この時点で全国の板の柱は、「警戒」と「方向」である。「規制」と「指示」を中心にした今の分け方は、まだ現れていない。では、それはいつ、何がきっかけで入れ替わったのか。

4. いまの 4しゅるいは、いつ できたの?

4. 「規制」と「指示」を柱にした、1960年の標識令

4. 標識令の改正 ── 1942年の記号式から、1960年の標識の再編、1963年の国連標識の採用へ

1960ねんに、あたらしい めいれい「ひょうしきれい」が できました。それまでの 「きんし」「しどう」「しじ」を、「きせい」と「しじ」に まとめなおしました。あんないと けいかいの ひょうしきは、まえの きまりを ほとんど うけついで います[5]。

この とき、はじめて どうろの 「せん」や 「しるし」も ぜんこくで そろいました[5]。

1963ねんには、せかいの 国ぐにの きまりを まとめた 「こくれんひょうしき」を たくさん とりいれました。こうそくどうろの ひょうしきも あたらしく できて、したじの いろが みどりに なりました[5]。

ヨーロッパ式の記号から、規制・指示へ

昭和17年(1942年)5月の内務省令「道路標識令」は、道路標識を案内・警戒・禁止・制限・指導の5種類とし、様式はヨーロッパ方式をもとにした記号式にしました[5]。文字で書くより、絵や記号で伝える方向です。

昭和35年(1960年)12月には、総理府・建設省令として標識令が定められました。それまでの禁止・指導・指示は、規制と指示に再編されました。案内標識と警戒標識は、旧令をほぼ引き継ぎました。区画線と道路標示も、このとき初めて全国統一されました[5]。

今の「案内・警戒・規制・指示」の4種類は、この1960年の整理を土台にしています。

国連標識を取り入れた1963年

昭和38年(1963年)3月の改正では、公安委員会が管轄する標識が大きく改良され、国連標識が大幅に取り入れられました。同年7月には高速道路の標識が新設され、地色は緑になりました。1960年の制定時には、国連標識の採用は検討されたものの見送られていました[5]。

世界の運転者にも分かりやすい形を目指す動きが、ここから強まります。

今の4種類は、最初からこの形ではない。内務省令「道路標識令」(1942年5月)は、道路標識を案内・警戒・禁止・制限・指導の5種類に分け、様式はヨーロッパ方式をもとにした記号式にした[5]。言葉に頼らず記号で示す方向は、ここで確立した。

転機は、総理府・建設省令「道路標識区画線及び道路標示に関する命令」が制定された1960年12月である。同じ令で、従来の禁止・指導・指示は規制と指示に編成替えされた。案内標識・警戒標識は旧令をほぼ踏襲した。区画線と道路標示が初めて全国統一されたのも、この令である[5]。つまり、「何を禁じるか」を中心にした5種類の分け方が、「規制する・指示する」を一つの軸にした4種類に整理されたのである。

国連標識の扱いは、段階を踏んでいる。制定の時点では採用が検討されながら見送られたが、第2回改正(1963年3月)で、公安委員会所管の標識が大幅に改良され、国連標識が取り入れられた。高速道路標識も同じ年の7月に新設され、地色が緑色になった[5]。

国際的な様式に近づける一方で、日本語の文字をどう扱うかは、そのあとも揺れ続ける。次の章がその続きである。

5. ひょうしきに えいごが そえられたのは、なぜ?

5. 2017年、「徐行」に英語が添えられた理由

5. 文字表記の揺れと、2017年の「SLOW」併記

ひょうしきの もじを どうするかは、なんども かわりました。1971ねんには、いっぱんどうろの ほうめんを しめす ひょうしきで、したじを あおに して、ローマじの あわせ がきを やめました。1986ねんには、ローマじを いっしょに かく ほうこうに なりました[5]。

2017ねん 4がつ、こくどこうつうしょうは、「じょこう」の ひょうしきに、にほんごの したに 「SLOW」と いう えいごを そえた かたちを くわえる、と はっぴょう しました[6]。

わけは、にほんに くる がいこくの 人が ふえて いる ことと、2020ねんの とうきょう たいかいを むかえる ことです。にほんの 人にも がいこくの 人にも、わかりやすい ひょうしきに する ためです[6]。

「とまれ」にも 「STOP」を そえた ものが、じゅんばんに ふえて いくと ほうどう されました[7]。

ローマ字は、入ったり外れたりしてきた

文字の扱いは、時代によって動いています。昭和46年(1971年)11月の改正では、一般道路の方面案内標識の地色を青とし、ローマ字の併記をやめました。この「やめた」は、一般道路の方面案内標識の話で、すべての標識のことではありません。その後、昭和61年(1986年)10月の改正で、ローマ字併用の表示が基本になりました[5]。

2017年の「徐行」

国土交通省は、平成29年(2017年)4月13日に、規制標識の「徐行」に、日本語の下へ英字「SLOW」を添えた様式を加える標識令の改正を発表しました。訪日外国人の増加と、東京2020大会の開催を受けて、国民と訪日外国人の双方に分かりやすい標識にするためです[6]。

報道によると、2017年7月1日以降、日本語の下に英語を添えた「徐行」標識を設置できるようになり、「止まれ」にも「STOP」を併記したものが順次導入される見通しと伝えられました[7]。

標識は、守る約束を伝える板です。読み手が日本語を読めない人にも広がれば、伝わる約束の範囲も広がります。

記号表示を原則とした1950年の標識令改正は、これに日本文・英文を入れるとしていた。ところが、一般道路の方面案内標識は、1971年11月に地色を青とし、ローマ字併記をやめた。それが1986年10月には、ローマ字併用表示が基本に戻った[5]。ここで注意したいのは、1971年の「廃止」が、一般道路の方面案内標識に限った話だという点である。

つまり、文字表記は一直線に進んだのではなく、案内標識を中心に、入れる・やめる・戻すを繰り返してきた。標識の「伝える相手」を、国内の運転者に絞るか、外国から来る人まで含めるか、その時代の考え方で位置づけが変わってきたと読める。

では、2017年の「SLOW」は何がきっかけだったのか。国土交通省は4月13日、規制標識の「徐行」に、日本語の下へ英字「SLOW」を添えた様式を追加する標識令の改正を発表した。理由は、訪日外国人の増加と、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催である。国民と訪日外国人の双方にとって分かりやすい標識を整備する、というのが発表の説明だった[6]。

運用についての報道は、7月1日以降に英語「SLOW」を添えた「徐行」標識を設置できるようになり、「止まれ」にも「STOP」を併記したものが順次導入される見通し、と伝える[7]。ただし、これは報道上の見通しであり、どこにどれだけ設置されたかまでは、この資料からは分からない。

6. まちの ひょうしきを さがして みよう

6. 町の標識を、規制・指示・警戒・案内に分けて眺める

6. 標識を分類して歩く、資料を読む

きょう できること

おうちの 人と いっしょに、まちを あるいて みましょう。かならず ほどうの うえで、くるまに きを つけて ください。

たちどまって、まわりの あんぜんを たしかめて から、ひょうしきを みます。

ひょうしきを みつけたら、「きせい・しじ・けいかい・あんない」の どれかを かんがえます。「とまれ」や 「とおりぬけ できません」は 「きせい」。「ここは とおれます」と しらせる いたは 「しじ」。「この さき あぶない」と しらせる いたは 「けいかい」。「どこまで なんキロ」と かいて ある いたは 「あんない」です。

しらべて みたい 人へ

こくどこうつうしょうの 「どうろひょうしきの れきし」の ページには、ひょうしきの ねんぴょうが のって います。おうちの 人と いっしょに、ひらいて みましょう。

今日できること

大人と一緒に、近所を歩いて標識を5つ探してみましょう。歩道を歩き、車や自転車に気をつけてください。歩くときは立ち止まって安全を確かめてから、標識を見ます。見つけたら、「規制・指示・警戒・案内のどれか」と、自分なりに分けてみます。

分けたあとで、「どんな情報があれば、だれが立てたかまで分かるだろう」と考えてみてください。見た目だけでは、設置者を決められないことがあります。

くわしく知りたくなったら

国土交通省の「道路標識の歴史」の年表には、この記事で触れた年号以外にも、標識の移り変わりがまとめられています。気になる年を一つ選び、前後の改正と並べると、標識が何を伝えようとしてきたかが見えてきます。

町を歩いて確かめる

大人と一緒に歩道を歩き、標識を数枚見つけて、規制・指示・警戒・案内のどれに当たるかを自分で分けてみる。判断の根拠は、板の言葉が「禁止・指定」か「できること・場所」か「危険の予告」か「行き先の情報」か、である。設置者までは見た目で断定できない。種類ごとに分けたあと、どんな情報(たとえば、その道路を管理しているのがだれか)があれば設置者まで分かるかを考えてみるとよい。

資料を読むなら

国土交通省の「道路標識の歴史」の年表が、年号と改正内容をまとめている。標識令の条文は、e-Gov法令検索で読める。種類ごとの意味や図柄の細かな決まりは、標識令の別表で確かめられる。発表日と令の改正日は別なので、年号を読むときは、どちらの日付かを区別するとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文の参照番号は、下のリストの番号に対応します。年号・改正内容は国土交通省の年表によります。報道の見通しは当時のものです。

  1. 道路交通法 第2条(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=335AC0000000105;article=2 (道路標識の定義)
  2. 道路交通法 第4条(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=335AC0000000105;article=4 (公安委員会による設置・管理)
  3. 国土交通省 道路案内標識の現状把握(検討会資料) https://www.mlit.go.jp/road/sign/kentoukai/kentoukai2.htm (標識の4種類)
  4. 広島市 道路標識 よくある質問と回答 https://www.city.hiroshima.lg.jp/faq/doro/1001646/1002521.html (種類ごとの意味・管理者)
  5. 国土交通省 道路標識の歴史(年表) https://www.mlit.go.jp/road/sign/sign/douro/hist01.htm (一里塚から標識令の改正まで)
  6. 国土交通省 報道発表(平成29年4月13日) https://www.mlit.go.jp/report/press/road01_hh_000829.html (「SLOW」併記の改正)
  7. 乗りものニュース「徐行」の道路標識に英語「SLOW」併記 https://trafficnews.jp/post/68295 (設置開始と「STOP」併記の見通し)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。