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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

学校の チャイムは、ほんとうは 学校の ために 作られた 曲じゃ ないの?

学校のチャイムは学校のための曲ではなかった ── 230年前の教会の時計から日本の校舎まで

学校チャイムの旋律の来歴 ── ケンブリッジの教会時計(1793)、ウェストミンスター、日本の導入者をめぐる諸説

分野:歴史・文化

「キーンコーンカーンコーン」は、学校の ために 作られた 曲では ありません。230年より 前の イギリスで、大学の 教会の 時計の ために 作られた 曲が、もとだと いわれます。

それが どうして 日本の 学校に とどいたのでしょう。だれが 入れたのかも、じつは 一人に 決まって いません。その わけが 分かります。

毎日聞いている学校のチャイムは、学校のために作られた曲ではありません。元になった旋律は、1793年にイギリスのケンブリッジにある教会の時計のために作られたもので、200年以上前のものです[1]。

では、その旋律はなぜロンドンの名前で呼ばれ、どうやって日本の校舎に届いたのでしょうか。そして「日本で最初に入れたのは誰か」という問いに、資料が一つの答えを出せない理由も分かります。

日本の学校で鳴るチャイムの旋律は、学校用に書かれたものではない。1793年にケンブリッジの大学教会(グレート・セント・メアリー教会)の新しい時計のために作られた旋律が原型とされ、のちにロンドンの国会議事堂の時計で広く知られた[1][2]。

ではなぜ日本の校舎で鳴るようになったのか。導入者について資料の記述が食い違う点も含めて、確かなことと分かっていないことを分けて書く。読み終えると、「最初の一人」を決められない理由が分かる。

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1. あの 音は、どこから 来たの?

1. あの音は、学校より先にどこで鳴っていたのか

1. 校舎の音が「学校用ではない」という事実

「キーンコーンカーンコーン」と 聞くと、教室の 空気が 目に うかびます。日本では、この 音は 学校の チャイムとして 知られて います[3]。

ところが、この メロディーは、はじめから 学校の ために 作られたのでは ありません。もとは、イギリスの 大学の まちに ある 教会の 時計の 音でした。

その 教会は、どんな ところなのでしょう。つぎに 見に いきます。

「キーンコーンカーンコーン」と聞けば、多くの日本人は、授業の始まりや終わりの教室を思い出します。日本ではこの旋律が、正式な名前よりも「学校のチャイム」として知られていると説明されています[3]。

ところが、この旋律はもともと学校のために作られたのではありません。時計が15分ごとに鳴らす、時刻を知らせる音として生まれました。学校が使うずっと前の話です。

生まれた場所は、イギリスの大学の町にある教会でした。そこを訪ねてみます。

日本では、この旋律は正式名ではなく「学校のチャイム」として認識されている[3]。

だが原型は、学校とは無関係の時計の時報だった。校舎のスピーカーから流れる音が、別の場所と時代の産物であるという点が、この記事の出発点になる。まず、その原産地を確かめる。

2. 大学の 教会で、どんな 曲が 生まれたの?

2. 1793年、ケンブリッジの教会が新しい時計を迎えた

2. ケンブリッジ・クォーターズ ── 作曲者は確定していない

1793年、イギリスの ケンブリッジという 大学の まちで、教会に 新しい 時計が つきました。この 時計の ために 作られた 曲が、もとの メロディーです[1]。

だれが 作ったのかは、はっきり しません。ジョウェットという 大学の 先生が まかされましたが、音楽の 先生や その 教え子が てつだった らしいと いわれて います[2]。

昔から、有名な 音楽家の ヘンデルの 曲が もとだ、という 話も あります。でも、しょうこは ありません[2]。

1793年、ケンブリッジ大学のそばにあるグレート・セント・メアリー教会に、新しい時計が備えられました。その時計が15分ごとに鳴らす旋律として作られたのが、のちの学校チャイムの元になった曲です。教会では今も、この曲を「ケンブリッジ・クォーターズ」の原点として紹介しています[1]。

誰が作曲したのかは、実ははっきりしていません。法学の教授だったジョウェットが仕事を任されたものの、音楽の教授か、その教え子の助けがあっただろうという説明があります[2]。

ヘンデルの『メサイア』のアリアの一節を変奏したものだ、という話も昔から語られてきました。しかし、裏づけは見つかっていないと書かれています[2]。人気のある作曲家の名前は、話をおもしろくしますが、根拠がなければそのまま信じないほうがよさそうです。

こうして教会の時計で鳴っていた曲は、どこで「ウェストミンスター」の名前を得たのでしょうか。

1793年、ケンブリッジの大学教会の新しい時計のために作られた旋律が、原型とされる。教会側の説明では、これが「ケンブリッジ・クォーターズ」であり、しばしば「ウェストミンスター・チャイム」と誤って呼ばれるという[1]。

作曲者は確定していない。法学教授ジョウェット(Joseph Jowett)が任されたが、音楽教授ランドール(John Randall)か、その教え子クロッチ(William Crotch)の補助があったと推測されている[2]。

ヘンデル『メサイア』のアリア “I know that my Redeemer liveth” の変奏だとする説は伝統的に語られてきたが、裏づけはない[2]。有名人の名前が付くと信じられやすくなるが、根拠の有無は別に確かめる必要がある。では、なぜ「ウェストミンスター」と呼ばれるのか。

3. どうして「ウェストミンスター」って いうの?

3. ロンドンの大時計が、この旋律を世界に知らせた

3. 国会議事堂の時計塔への採用と、名称の由来

19せいきの なかごろ、ロンドンの こっかいぎじどうに、新しい 大きな 時計が 作られる ことに なりました。その 時計の かねの 音に、この メロディーが 使われました[2]。

ここで 使うと 決めたのは、エドモンド・ベケット・デニソンと いう 人と つたえられて います。こっかいぎじどうは、ウェストミンスターきゅうでんと いう 名前の たてものです。だから 「ウェストミンスターの かね」と よばれるように なりました[2]。

この 大時計の いちばん 大きな かねが、「ビッグ・ベン」です。とうの 名前ではなく、かねの 名前と いわれます。

時代が進んで19世紀の半ば、ロンドンの国会議事堂、つまりウェストミンスター宮殿の新しい時計のために、鐘の旋律が必要になりました。1851年に、エドモンド・ベケット・デニソンが、ケンブリッジの旋律を採用したと書かれています[2]。

ここからこの旋律の名前が広まりました。「ウェストミンスターの鐘」という名前は、この宮殿の時計に由来します[2]。教会の側は、この呼び名を「ケンブリッジ・クォーターズ」と区別して、誤ったものとして紹介しています[1]。

ちなみに「ビッグ・ベン」は、塔の名前ではなく、大時計にある大きな鐘の名前として知られています。鐘の音は4つの音の組み合わせでできていて、15分ごとに、その一部が変わりながら鳴るとされます[3]。

ロンドンで有名になった旋律は、やがて海を渡ります。日本の学校では、その前にどんな音が鳴っていたのでしょう。

この旋律の知名度を決定づけたのは、ロンドンのウェストミンスター宮殿(国会議事堂)の新しい時計への採用である。資料では、1851年にエドモンド・ベケット・デニソンが採用し、そこから名声が広まったと説明されている[2]。採用の年と時計が実際に鳴り始めた年は別で、後者は資料によって扱いが異なるため、本稿では年を確定させない。

「ウェストミンスター」の呼称は、この宮殿の時計に由来する。ところが教会側は、原型はケンブリッジのものであり、この呼び名は誤称だとする立場を示している[1]。名前が広まった経緯と、原型の出どころは別の話だということが分かる。

なお「ビッグ・ベン」は塔ではなく、時計の大鐘の名前として知られる。鐘の音は4音の組み合わせで、15分ごとに一部が変わって鳴る[3]。

では、この旋律が海を越えたのは、日本の学校の音に何か不足があったからなのか。

4. 日本の 学校では、まえは どんな 音が 鳴って いたの?

4. 校舎の音は、鐘やベルからやわらかな音へ

4. 導入前の時報と、「穏やかな時報」への要望

むかしの 日本の 学校では、先生や 学校で はたらく 人が、かねや ベルを 手で 鳴らして、時間を 知らせて いました[4]。

あとで、かねや ベルの 音が きらいだと いう 人も いて、もっと やさしい 音の じほうが ほしいと 思われるように なった、と いう せつめいも あります[4]。

そこへ、ロンドンの 時計と 同じ メロディーが 使われる ことに なったのです。

日本の学校では、以前は職員が鐘やベルを鳴らしながら校内を回って、授業の時刻を知らせていました[4]。人が歩いて音を鳴らす仕事だったわけです。

のちに、鐘やベルの鋭い音をいやがる声があり、もっと穏やかな時報が求められるようになった、と説明する資料があります[4]。この背景は資料ごとに書き方が違うので、「そう説明されている」という範囲にとどめます。

そのあとに、ロンドンの時計の旋律が校舎の音として使われるようになった、という流れです。では、日本の学校で最初に使ったのは誰だったのでしょうか。

導入前の日本の学校では、職員が鐘やベルを鳴らしながら校内を回り、時刻を知らせていた[4]。人の手で鳴らす方式だった、ということだ。

また、鐘やベルの音を好まない声があり、より穏やかな時報が求められたとされる[4]。ただし、この点も、ひとつの資料の説明に依拠している。当時の学校側の記録や利用者の声で裏づけられるかどうかは、今後の確認が必要だ。

そのあとにこの旋律が学校で使われるようになるが、その最初の一人は誰か。資料を読むと、答えは一つにまとまらない。

5. 日本で さいしょに 使ったのは、だれ?

5. 「最初の一人」を、資料は一人に決められない

5. 誰が、いつ学校チャイムを導入したのか

ある しりょうでは、東京の 大田区の 大森第四中学校が、1956年に はじめて 使ったと 書かれて います。いのうえ先生と いう 人が 入れたと つたえられて います[4]。

でも、ほかの しりょうでは、ちがう 人の 名前が 出て きます。1954年ごろに 作った、と 書く ものも あります[5]。

さらに、1933年の 本に、もう ウェストミンスター寺院の チャイムの ことが 出て いる、と 書く 人も います。だから「この 人が さいしょ」とは 言いきれません[5]。

ある資料は、日本の学校で最初にこのチャイムを採用したのは、東京都大田区の大森第四中学校で、1956年のことだと書いています。教員の井上尚美が導入したと伝えられています[4]。

ところが、別の説明もあります。あるブログは、石本邦雄という人が作った「ミュージックチャイム」の製造開始を1963年ごろとしています[5]。また2007年の朝日新聞は、井上尚美と真島福子・宏が1954年に考案したと報じたとされます[5]。

さらにある筆者は、特定の一人には決められないと指摘します。1933年の本『家庭用実用品の作り方』にすでにウェストミンスター寺院のチャイムの項目があり、原型と呼べるものが見られるからです[5]。

年も人も違います。どれが正しいか、この記事では決められません。

大田区立大森第四中学校が1956年に国内で最初に採用したとする資料があり、教員の井上尚美が導入したと伝えられている[4]。一方、aqbarは、石本邦雄の「ミュージックチャイム」の製造開始を1963年ごろとする[5]。さらに朝日新聞(2007年)は、井上と真島福子・宏が1954年に考案したと報じたとされる[5]。

しかも、別の筆者は導入者を一人に還元できないと述べる。1933年の書籍『家庭用実用品の作り方』に「ウェストミンスター寺院のチャイム」の項目があり、すでに原型が見られるからだ[5]。

これらは互いに矛盾するというより、「考案」「製品化」「学校での採用」のどこを「最初」と呼ぶかで答えが変わる可能性がある。ただし、この整理は本稿の推測で、資料が明言しているわけではない。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること:今日の チャイムを 聞いて、音が 何こ あるか 数えて みましょう。4つの 音の くみあわせだと いわれます。べつの 日の 音と くらべても おもしろいです。

出かけてできること:図書館で「チャイム」や「時計」の 本を さがして みましょう。

公式の じょうほう:教会の 公式ページに、この 曲の せつめいが のって います。

今日できること:今日聞こえたチャイムの音を思い出して、数日後に聞く音と比べてみましょう。旋律が同じか、どこが違うかを書きとめてみましょう。

出かけてできること:図書館で「チャイム」「学校の歴史」の本を探すと、昔の時報の様子が書かれているかもしれません。導入の年や人が本によって違うか、見比べるのもおすすめです。

公式情報:グレート・セント・メアリー教会の公式サイトに、この旋律の説明があります(英語)。

今日できること:自分の学校のチャイムを別の日に聞き比べ、旋律の異同を記録する。

出かけてできること:図書館や地域の学校史で、時報の方式が鐘・ベルからチャイムに変わった時期を探す。導入者の説が資料ごとに異なる点を、自分の目で照らし合わせる。

公式情報:グレート・セント・メアリー教会の公式サイト(英語)で、原型の説明を確認できる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料の一覧です。Wikipediaや個人ブログは二次的な資料なので、内容は「そう説明されている」範囲で使っています。

  1. Great St Mary's, The University Church(教会公式サイト)「bells」 https://www.greatstmarys.org/bells (1793年の原型と呼び名について)
  2. Wikipedia英語版「Westminster Quarters」 https://en.wikipedia.org/wiki/Westminster_Quarters (作曲者の諸説・ヘンデル説・採用の経緯)
  3. Wikipedia日本語版「ウェストミンスターの鐘」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェストミンスターの鐘 (日本での認識・4音の構造)
  4. Gaccom「学校の歴史巡り①」 https://www.gaccom.jp/wp/article/school_history-1.html (戦前の時報・大森第四中学校の採用)
  5. aqbarブログ「学校のチャイムの由来」 https://aqbar.hatenablog.com/entry/2020/07/08/211857 (導入者をめぐる諸説・1933年の書籍)

なおした ところ

更新履歴

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