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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ドッジボールは、いつから ボールを キャッチして いい あそびに なったの?

「よける」という名前のドッジボールは、いつキャッチしてよい遊びになったのか

ドッジボールは、よけるだけの遊びからどう変わり、全国統一ルールをめざす競技になったのか

分野:歴史・文化

ドッジボールは、むかしは ボールを キャッチしては いけない あそびでした。ボールが とんで きたら、よけるだけ。いまの ドッジボールとは ぜんぜん ちがいます。

どうして キャッチが できるように なったのでしょう。クラスごとに ちがって いた ルールは、どうやって ひとつに なったのでしょう。このメモを よむと、その ながれと、いまの こうしきルールの かんがえかたが わかります。

いまのドッジボールでは、当てられても、ボールをキャッチすればセーフになります。ところが、日本に入ってきたころの「デッドボール」では、防御側にキャッチが認められておらず、飛んでくるボールは身をかわすだけでした[1]。

名前の「ドッジ」は、「身をかわす」という意味です。よけるための名前なのに、キャッチしてよい遊びになったのはなぜでしょう。いつ、だれが、キャッチを認めたのでしょう。クラスや先生ごとに違っていたルールは、どうやって一つの競技にまとまったのでしょう。このメモを読むと、キャッチが認められるまでの流れと、いまの公式ルールが「5分間の攻撃時間の奪い合い」として組まれていることが分かります。

現在のドッジボールでは、当てられてもキャッチすればセーフになる。しかし、日本に紹介された当初の「デッドボール」は、防御側にキャッチが認められず、飛んでくるボールを身をかわして避けるだけの遊びだった[1]。

なぜ、いつ、キャッチが認められたのか。学校や先生ごとに違っていたルールは、どのようにして1991年の協会設立と、全国統一ルールをめざす動きにつながったのか。このメモでは、協会の資料や辞典の記述から、その変化と、公式ルールが「限られた時間の中で攻撃の機会を奪い合う」形に組まれている理由が分かる。

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1. むかしの ドッジボールは、どんな あそびだった?

1. むかしは「よけるだけ」の遊びだった

1. キャッチ禁止の「デッドボール」が日本に入ったとき

むかしの ドッジボールは、「デッドボール」と よばれて いました。まるい コートの なかで、ボールを なげる ひとたちと、よける ひとたちに わかれます。ボールに あたると、その ひとは アウトです。

よける ひとは、ボールを キャッチしては いけませんでした。できるのは、みを かわす ことだけ。いまの「キャッチして まもる」は、まだ なかったのです。

にほんに はじめて しょうかいされたのは、明治めいじ42ねん(1909ねん)。そのころは「円形デッドボール」と いう なまえでした。そのあと コートは まるから しかくに なりましたが、キャッチは まだ できないままでした。

では、キャッチして いい あそびに なったのは、いつ からでしょう。

ドッジボールの原型は、20世紀の前半ごろのもので、そのころは「デッドボール」と呼ばれていたそうです[1]。円形のコートで、攻撃組と防御組に分かれ、攻撃組が防御組に当てると「デッド」になります。防御組にはキャッチが認められず、飛んでくるボールから身をかわすだけでした。発祥は英国だという説もあります[1]。

日本へは、明治42年(1909年)に、可児徳と坪井玄道が「円形デッドボール」という名前で紹介しました[1][3]。大正2年(1913年)には「学校体操教授要項」の遊戯に挙げられ、数少ない遊戯のなかで、いちばん児童に親しまれたといいます[1]。

大正6年(1917年)には、東京女子高等師範学校の永井道明教授が、ドイツの室内競技「ヘッズベル」をアレンジして、四角いコートの「方形デッドボール」を紹介しました。コートは丸から四角になりましたが、内野のキャッチは、まだ認められていませんでした[1]。

では、キャッチを認めるという大きな転換は、いつ、だれが起こしたのでしょう。

ドッジボールの原型は、日本ドッジボール協会によれば1900〜40年頃のもので、当時は「デッドボール」と呼ばれた。円形のコートで攻撃組と防御組に分かれ、攻撃組が防御組に当てると「デッド」になる。防御組にはキャッチが認められず、飛んでくるボールを身をかわして避けるしかなかった。発祥を英国とする説もある[1]。

日本への紹介は明治42年(1909年)で、可児徳と坪井玄道が「円形デッドボール」の名で広めた。この年は、協会[1]とコトバンク[3]の記述が一致する。それから4年後の大正2年(1913年)には、「学校体操教授要項」の遊戯に挙がった。協会は、当時の数少ない遊戯のなかで、最も児童に親しまれたと説明している[1]。つまりドッジボールは、競技になるずっと前に、まず学校の遊びとして広がっていた。

大正6年(1917年)には、東京女子高等師範学校の永井道明教授が、ドイツの室内競技「ヘッズベル」をアレンジし、四角いコートの「方形デッドボール」を紹介した。コートは丸から四角に変わったが、この段階でも内野のキャッチは認められなかった[1]。少なくとも日本に入った1909年から1917年までは、「捕れない」ことが、この遊びの前提だったことになる。

では、その前提をひっくり返したのは、いつ、だれだったのか。

2. キャッチして いいように なったのは、いつ?

2. 「ドッジ」と名づけられて、キャッチできる遊びになった

2. 1926年の改名と、キャッチの解禁

キャッチが できるように なったのは、きょうかいの しりょうでは 大正15ねん(1926ねん)。おおたに たけいちと いう きょうじゅが、「ドッジボール」と なまえを かえた ときです[1]。

「ドッジ」は、「みを かわす」と いう いみです。なまえは「よける ボール」なのに、この とき うちがわの ひとが ボールを キャッチしても、アウトに ならない ほうほうが つかわれる ように なりました。

よける だけの あそびが、「とって まもる」 ことも できる あそびに かわりました。おもしろい ことに、キャッチを みとめた ときの なまえが「よける」の ことばだったのです。

ところで、ルールは いまも ぜんぶの がっこうで おなじでしょうか。

大正15年(1926年)、欧米への留学から帰った東京高等師範学校の大谷武一教授が、この遊びを「ドッジボール」と改名しました。「ドッジ(DODGE)」は、「身をかわす」という意味です[1]。

このとき、内野の選手がボールをキャッチしても、除外されない方法が採用されました[1]。それまでの「よけるだけ」から、「捕れる」遊びへの転換点です。おもしろいのは、キャッチを認めたときに付いた名前が、「よける」を意味するドッジだったことです。

年については、資料によって1年ずれます。協会とコトバンクは、改名を1926年としています[1][3]。笹川スポーツ財団の辞典は、日本への導入を1908年、改名を1925年と書いています[4]。このメモでは協会の年に合わせました。どちらの年でも、キャッチが認められたのは大正の終わりごろ、という流れは変わりません。

キャッチができるようになっても、遊び方が全国で同じになったわけではありませんでした。

大正15年(1926年)、欧米留学から帰った東京高等師範学校の大谷武一教授が、この遊びを「ドッジボール」と改名した。ドッジ(DODGE)は「身をかわす」の意味である。このとき、内野の選手がボールをキャッチしても除外されない方法が採用された[1]。ルールの上では、「よけるだけ」から「捕って守れる」遊びへの転換点だった。

注目したいのは、キャッチを認めたときに付いた名前が、よける意味の「ドッジ」だったことだ。守る側に「捕る」という選択ができたのに、名前は「かわす」動きを指している。

年には食いちがいがある。協会は1926年とし、コトバンクも「ドッジボール」への改名を1926年と記す[1][3]。一方、笹川スポーツ財団の辞典は、日本への導入を1908年、大谷による改名と内野のキャッチ許可を1925年と書いている[4]。このメモは、導入年でもコトバンクと一致する協会の年に合わせた。ただし、どちらの年を採っても、キャッチが認められたのは大正の終わりごろだという流れは変わらない。

キャッチが認められたあとも、遊びは学校の中で育っていった。そこでは、ルールは本当に全国で同じだったのか。

3. あそびが きょうぎに なったのは、どうして?

3. 先生ごとに違ったルールと、協会の設立

3. 学校ごとのルールから、1991年の協会設立へ

みんなの がっこうでは、ドッジボールの ルールが クラスで ちがって いませんか。コートが ある ところと ない ところ。そとがわの ひとが いる ところと いない ところ。がっこうや せんせいで ちがって いたと、きょうかいの ページにも かいて あります[2]。

1991ねんに、日本ドッジボール協会きょうかいが できました。ぜんこくで おなじ ルールを つかえる ように する ことや、ちいきの こうりゅうを ふやす ことも、ねらいの ひとつでした[1]。

こうして ドッジボールは、ただの あそびから、「きょうぎ」にも なりました。

では、こうしきルールは、なにを きそう ゲームに なって いるのでしょう。

小学校がちがう、クラスがちがう、先生がちがう。それだけでルールが変わった経験はないか、と日本ドッジボール協会の公式ページは問いかけます[2]。コートがあるか、外野があるか、ダブルアウトやトリプルアウトがあるか。そんなちがいのある遊びが、「遊びではなく競技になった」と協会は説明しています[2]。

きっかけの一つが、平成3年(1991年)の日本ドッジボール協会の設立です。設立の旨には、国民の体力向上や健全な身体と精神の育成、全国統一ルールの設定による地域交流、正式なスポーツとしての振興などが挙げられています[1]。協会は2009年に一般財団法人になり、2013年には日本スポーツ協会(当時は日本体育協会)に加盟しました[5]。

日本に入った1909年から協会の設立まで、82年かかった計算です。

では、協会が定めている公式ルールは、どんな考え方で組まれているのでしょう。

学校が違う、クラスが違う、先生が違う。それだけでルールが変わった経験はないか、と日本ドッジボール協会の公式ページは読者に問いかける[2]。コートの有無、外野の有無、ダブルアウトやトリプルアウトの有無。そうした違いのある遊びが「遊びではなく競技になった」というのが、協会自身の説明である[2]。

その転機が、平成3年(1991年)の日本ドッジボール協会の設立だった。設立の旨には、国民の体力向上や健全な身体と精神の育成、全国統一ルールの設定による地域交流、正式なスポーツとしての振興などが挙がっている[1]。コトバンクも、1991年に協会が設立されたと記す[3]。協会は2009年4月に一般財団法人となり、2013年には日本スポーツ協会(当時は日本体育協会)に加盟した[5]。

年数を計算すると、日本への紹介(1909年)から協会の設立まで82年かかった計算になる。ただし、協会の説明は協会自身の立場からのものだと、頭に置いて読みたい。

では、協会が定めている公式ルールは、どんな設計になっているのか。

4. こうしきルールは、なにを きそう ゲーム?

4. 公式ルールは「攻撃時間の奪い合い」でできている

4. パスは4回まで、5秒以内 ── 攻撃権を奪い合うルール設計

こうしきの ルールでは、1チームは 12人から 20人。しあいは 12人 たい 12人で します。小学生の コートは、うちがわが 10メートル×10メートル。そとがわの はばが 3メートルです[2]。

かぎに なるのは、5ふんかんの みじかい じかんで、じぶんの チームが ボールを もって せめる じかんを ふやす ことです。にげるより、そちらが だいじだと、きょうかいは せつめい して います[2]。

だから、ボールを とったら 5びょう いないに なげる「キープ・フォー・ファイブ」が あります。パスは 4かいまでで、5かいめには こうげき する「ファイブパス」も あります[2]。

ボールは、「じぶんの ばん」の ふだの ようです。ずっと もっては いられません。ただし ほんとうは、ふだと ちがって、ボールは はやく とんで、とられたり なげられたり します。

では、あたったのに アウトに ならない ときも あるのでしょうか。

ボールを持って逃げ回っていれば、ずっと攻められるのではないか。そう思うかもしれません。ところが公式ルールは、そうならないように組まれています。協会は、競技としてのドッジボールの鍵は「逃げる」ことより、5分間の限られた時間のなかで、自分たちの攻撃時間を増やすことだと説明します[2]。

それを成り立たせているのが、ファールです。ダブルパスは、内野同士、外野同士のパスの禁止。ファイブパスは、パスは4回までで、5回目には攻撃しなければならない決まりです。キープ・フォー・ファイブは、ボールを取ってから5秒以内に投げる決まりです。ほかにも、オーバーライン、ヘッドアタック、ホールディング、タッチ・ザ・ボディーなどがあり、これらは攻撃権を相手に渡すルールです[2]。

5分は300秒なので、5秒はその60分の1です。ボールを持ち続けることも、パスを回し続けることも、決まりで制限されています。

チームは12〜20名で、試合は12名対12名です。小学生のコートは、内野が10m×10m、外野は幅3mです[2]。

攻撃権を奪い合う遊びでは、当てられたあとの扱いも大事になります。

ボールを持って逃げ回れば、ずっと攻めていられるのではないか。そう考えると5分間の試合は退屈になりそうだが、公式ルールはそれを防ぐ形で組まれている。協会は、競技としてのドッジボールの鍵は「逃げる」ことよりも、限られた5分間で自チームの攻撃時間を増やすことだと説明する[2]。

これを支えるのが、ファールの設計である。ダブルパスは、内野同士・外野同士のパスの禁止。ファイブパスは、パスは4回までで、5回目には攻撃しなければならない決まり。キープ・フォー・ファイブは、ボールを取ってから5秒以内に投げなければならない決まりだ。ほかに、オーバーライン、ヘッドアタック、ホールディング、タッチ・ザ・ボディーなどがあり、これらは攻撃権を相手に渡すルールとされる[2]。

5秒の意味を、試合の長さと比べてみる。5分は300秒なので、5秒はその60分の1にあたる。ボールを持ち続けることも、パスを回し続けることもできない設計だと読める。

試合の形について、笹川スポーツ財団の辞典は、5分の3セット制だと記す。各セットはジャンプボールで始まり、相手を全員アウトにするか、時間終了時に内野の人数が多いほうが勝つ[4]。辞典の記述なので、細部は協会の競技規則で確かめたい。

人数とコートは、1チーム12〜20名、試合は12名対12名で、小学生のコートは内野10m×10m、外野の幅3mである[2]。ただしこれは小学生用で、中学生以上は別の大きさになる。地域の大会には、人数やコートを独自に決める例もあり、公式ルールと同じとはかぎらない。

攻撃権を奪い合う競技では、当てられたあとの判定がそのまま攻防に響く。その判定は、どう決められているのか。

5. あたっても、アウトに ならない ことが ある?

5. 当たってもセーフになる場面がある

5. 顔・味方に当たったときの判定 ── 公式ルールの細部

あたったのに、アウトに ならない ときが あります。

ひとつは、顔や 頭に あたった とき。これは セーフです。「ヘッドアタック」と いって、なげた ほうの ファールに なります[2]。

もうひとつは、みかたに あたった ボールを、べつの みかたが ノーバウンドで とった とき。あたった ひとは、セーフに なります[2]。

キャッチは、じぶんを まもる だけでなく、なかまを たすける ことにも なります。

ただし、これは きょうかいの こうしきルールの おはなしです。ちいきの たいかいや がっこうでは、ちがう きまりを つかう こともあります。

では、アウトに なった ひとは、そのあと どうなるのでしょう。

当てられたのに、アウトにならない。そんな場面が、公式ルールにはいくつかあります。

アウトになるのは、相手のノーバウンドの投球に当たるか、取れなかったときです。顔や頭に当たったときはセーフで、これはヘッドアタックというファールになります[2]。ノーバウンドのボールが2人以上に続けて当たったときは、最初の1人だけがアウトです。味方に当たったボールを、ノーバウンドで別の味方が取ったときは、当たった選手はセーフになります[2]。

ここで、キャッチの意味がもう一つ増えます。自分を守るだけでなく、すでに当たった味方をセーフにする手段にもなっています。

ただし、これは日本ドッジボール協会の公式ルールの話です。地域の大会や学校では、顔に当たったときの扱いや人数、コートの大きさを別に決めていることもあります。

アウトになった選手は、そのあと、どうなるのでしょう。

当てられたのに、アウトにならない。公式ルールには、そうした場面がいくつか定められている。

アウトになるのは、相手のノーバウンドの投球に当たるか、取れなかったときである。ノーバウンドのボールが2名以上に連続して当たった場合は、最初の1名のみアウトになる。顔や頭に当たったときはセーフで、これはヘッドアタックというファールだ。味方に当たったボールを、ノーバウンドで別の味方が取った場合は、当たった選手はセーフになる[2]。

最後の規則では、キャッチの役割が「自分を守る」から「当たった味方を救う」へ広がっている。キャッチを認めた1926年の転換[1]が、判定の細部にまで姿を残していると見ることもできる。ただし、これは筆者の読み方であり、協会の説明にある因果ではない。

顔に当たったときの扱いは、ルールによって大きく変わる点でもある。協会の公式ルールではセーフだが、地域の大会や学校では、別の扱いをする例がある。公式ルールを一つの基準として読み、自分たちのルールと比べる使い方が合っている。

では、アウトになった選手は、そのあとコートの外で何をするのか。

6. アウトに なった ひとは、どうなるの?

6. 外野に出ても、まだ試合に参加できる

6. 外野は「退場」ではない ── 内野に戻る道

アウトに なったら、それで おしまい、では ありません。うちがわの まわりに ある「外野」へ でて、そこから あいてを ねらいます。

じょうずに あてて、あいてを アウトに できれば、うちがわに もどれると、じてんには かいて あります[3]。だから、そとへ でた ひとも、ボールを おいかけます。

なげるのが にがてでも、だいじょうぶ。うちがわで ボールを キャッチして、チームの こうげきに つなげる ことが できます。

ところで、せかいの たいかいでも、おなじ ルールなのでしょうか。

アウトになった選手は、内野のまわりにある幅3mの帯、外野に出ます[2]。そして、そこから相手の内野を当てて、アウトにできれば、内野に戻れます[3]。

つまり外野は、試合から外れる場所ではなく、別の場所から参加し続ける場所です。当てられた選手にもまだ出番があるので、最後まで試合に気持ちを向けることができます。

内野に戻る条件は、大会や規則によって異なります。くわしく知りたいときは、協会の競技規則を見てください。

ところで、日本で育ったこのルールは、世界の大会でも同じなのでしょうか。

アウトになった選手は、内野のまわりにある幅3mの帯、外野に出る[2]。そこから相手の内野の選手を当てれば、内野に戻れる、とコトバンクは説明する[3]。

この仕組みのために、外野は「退場」ではなく、攻撃の持ち場になる。当てられた選手にもまだ役目があるので、試合の最後まで参加できる。キャッチの解禁と並べて見ると、「当てられても終わりではない」方向にルールが育ってきたことが分かる。

内野に戻る条件は、大会や規則によって異なる。参加する大会の規則を確認したい。

では、日本で育ったこのルールは、世界の大会でも同じなのか。

7. せかいの たいかいでも、おなじ ルールなの?

7. 世界の大会は、日本のルールとは別の形

7. マルチボールという別形式 ── 国際大会と国内ルールの関係

せかいの たいかいでは、にほんの ルールとは べつの やりかたが あります。ボールを たくさん つかう「マルチボール ドッジボール」です。

せかいせんしゅけんの れいでは、1チーム 6人が、6この ボールを つかうと、えいごの Wikipediaに かいて あります[6]。ただし、日本が くわわった そしきと、この ルールを きめる そしきが おなじとは かぎりません。

日本は 2018ねんどから この たいかいに せんしゅを おくって います。2024ねん1がつの アジアの たいかいでは、じょし 日本だいひょうが、はじめて アジアチャンピオンに なりました[1]。

ひとつの ボールを うばいあう 日本の ルールと、たくさんの ボールが とびかう せかいの ルール。おなじ「ドッジボール」でも、だいぶ ちがいます。

日本の学校で育ったドッジボールは、世界の大会では別の形で行われています。日本ドッジボール協会は、2018年度にワールドドッジボール(本部は英国)に加盟し、複数のボールを使う「マルチボールドッジボール」で日本代表を送るようになりました[1]。

2024年1月にリヤドで開かれたアジア選手権では、女子日本代表が初めてアジアチャンピオンになりました[1]。

国際大会の規則の例として、英語版Wikipediaは、WDBF(世界ドッジボール連盟)が世界選手権で1チーム6人、ボール6個を使うと定めていると記します[6]。日本の国内ルールが、1個のボールを奪い合う競技であるのと比べると、ずいぶん違う形です。日本では、複数のボールを使う形を「マルチボールドッジボール」と呼び、国内ルールと区別しています。なお、日本が加盟したワールドドッジボール(英国)とWDBFが同じ組織とはかぎらないので、規則は混ぜずに別々に読みます。

学校のルール、日本の公式ルール、世界のルール。同じドッジボールでも、どれを選ぶかで遊び方が変わります。

日本で育ったドッジボールは、世界の大会では別の形で行われる。日本ドッジボール協会は、2018年度にワールドドッジボール(本部は英国)に加盟し、複数のボールを使う「マルチボールドッジボール」で日本代表を派遣するようになった[1]。2024年1月にリヤドで開かれたアジア選手権では、女子日本代表が初めてアジアチャンピオンになった[1]。

国際大会の規則の例として、英語版Wikipediaは、WDBFが世界選手権で1チーム6人、ボール6個を使うと定めていると記す[6]。日本国内の公式ルールは、1個のボールを奪い合う競技である。ここまで構造が違うため、日本では複数のボールを使う形を「マルチボールドッジボール」と呼び、国内ルールと区別している[1]。

なお、日本が加盟したワールドドッジボール(英国)と、WDBF(世界ドッジボール連盟)が同じ組織とはかぎらない。両者の規則は混ぜずに、別々に読みたい。

学校のルール、日本の公式ルール、国際大会のルール。同じ名前の競技でも、1個のボールをめぐる攻防なのか、6個のボールがとびかう試合なのかで、考えるべきことが変わってくる。

自分たちの ルールを、こうしきと くらべよう

学校のルールと公式ルールを書き出して、比べる

原典にあたる ── 協会の規則と、資料の食いちがい

いつも やって いる ドッジボールの ルールを、ノートに かいて みよう。「コートは どう する?」「そとがわの ひとは いる?」「顔に あたったら?」「ボールは なんびょう もって いい?」。この 4つを くらべるだけで、こうしきルールとの ちがいが みえて きます。

もうひとつ。ボールを もって、「いち、に、さん、し、ご」と ゆっくり かぞえて みよう。5びょうは、おもったより みじかい? ながい? ひろい ところで、ひとに むけて なげない ように してね。

おうちの ひとと いっしょに、日本ドッジボール協会きょうかいの ページを ひらくと、くわしい ルールが のって います[2]。

いつも遊んでいる学校のルールを、書き出してみてください。コート、外野の有無、当たったときの扱い(顔に当たったときも含む)、ボールを持てる時間。この4つを、公式ルールの説明と見比べます。どこが同じで、どこが違うか。違うところには、その学校なりの工夫が隠れているかもしれません。

もう一つは、5秒を実感することです。ボールを持って、「いち、に、さん、し、ご」と数えてみます。広い場所で、人に向けて投げないようにしてください。数え終わったとき、5秒は長いか、短いか。公式ルールがなぜ5秒としたのかを、自分で考える材料になります。

協会の公式ページには、ルールの説明があります[2]。笹川スポーツ財団の辞典と読み比べると、年の食いちがいにも気づけます[4]。

原典にあたる道すじは、二つある。一つ目は、協会の「ドッジのルール」ページ[2]と、自分たちの学校のルールを比べることだ。コート、外野の有無、当たったときの扱い(顔に当たった場合も含む)、ボールを持てる時間の4点で、同じところと違うところを書き出してみる。

二つ目は、年の食いちがいを自分の目で確かめることだ。協会の「ドッジボールの歴史」[1]と、笹川スポーツ財団の辞典[4]を読み比べると、日本への導入(1909年と1908年)と改名(1926年と1925年)が、それぞれ1年ずれているのが見える。どちらが正しいのかを決める前に、年表の違いが出る理由を考えてみるのも面白い。

もう一つ、家でできる実験がある。ボールを持って、5秒をゆっくり数えてみる。5分の試合のなかで、5秒がどれだけ長く感じられるかを、自分の身体で測る。広い場所で、人に向けて投げないようにして行うこと。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

年と制度は日本ドッジボール協会の公式ページを主に使い、コトバンクと笹川スポーツ財団の辞典で突き合わせた。国際大会の例は英語版Wikipediaの記述。

  1. 日本ドッジボール協会「ドッジボールの歴史」 https://dodgeball.or.jp/history/ (原型・日本への導入・改名・協会設立・国際大会)
  2. 日本ドッジボール協会「ドッジのルール」 https://dodgeball.or.jp/about-dodgeball/ (公式ルール・ファール・コート)
  3. コトバンク「ドッジボール」 https://kotobank.jp/ (紹介年・改名・外野からの復帰)
  4. 笹川スポーツ財団 スポーツ辞典「ドッジボール」 https://ssf.or.jp/ssf_eyes/dictionary/dodgeball.html (年の食いちがい・試合の形)
  5. 日本ドッジボール協会「協会概要」 https://dodgeball.or.jp/about-us/ (法人化・加盟)
  6. Wikipedia (en)「Dodgeball」 https://en.wikipedia.org/wiki/Dodgeball (世界選手権の規則の例)

なおした ところ

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