1. 「においが きえた」は、なにを めやすに するの?
1. 「においが消えた」は、何を境目にするのか
1. 検知閾値と認知閾値:「何かにおう」と「何のにおいか分かる」のあいだ
おふろの そうじで つかう せんざいを、水で うすめて いく ところを 思いうかべて ください。さいしょは つんと しますが、うすめるほど においは よわく なります。やがて、かおを ちかづけても、なにも かんじない ところに きます。
この「なにかが ある」と かんじる いちばん うすい こさを、「検知いきち」と いいます。もう一つ、「これは ○○の においだ」と わかる いちばん うすい こさも あり、「にんちいきち」と よばれます。
においの つよさを 0から 5までの 目もりで あらわす やり方では、けんちいきちは 1、にんちいきちは 2に あたると されて います[1]。「なにか ある」の ほうが、「なんの においか」より うすい ところに あるのです。
お風呂掃除の洗剤を水で薄めていく場面を考えてみます。最初はつんとしますが、薄めるほどにおいは弱くなり、やがて顔を近づけても何も感じなくなります。この「何かにおう」と「何もにおわない」の境目を、嗅覚の閾値といいます。
環境省の用語集は、閾値を二つに分けています。何のにおいか分からなくても、何かにおいを感じられる最小の濃度が検知閾値です。何のにおいかまで分かる最小の濃度は認知閾値です[1]。6段階で強さを表す臭気強度では、検知閾値が1、認知閾値が2に当たるとされています[1]。
つまり、においには「あると気づく」段階と、「それが何か分かる」段階があり、前者のほうが薄い濃度で起きます。では、その境目を、どうやって数字にするのでしょうか。
2. おなじ つよさでも、こさは 1万ばい ちがうの?
2. 同じ強さに感じる濃さが、物質で1万倍以上ちがう
2. 濃度(ppm)では比べられない:基準値が物質ごとに1万倍以上開く
くさい においの もとに なる ものを、ざいりょうごとに、「このくらいの こさ いじょうに なると、くさく かんじる」という こさを、国が きめて います。すると、おどろく ことが わかります。
トルエンという ものは 10ppm、もう一つ、ちがう ざいりょうは 0.0009ppmです。ppmは、空気の 中に どれだけ ふくまれて いるかを あらわす 数です。おなじ くらいの つよさに かんじる ために、ひつような こさが 1万ばい いじょうも ちがいます[3]。
ですから、「ppmが 小さいから、においも よわい」とは かぎりません。においの 強さは、はなが どう かんじるかで 見る ひつようが あるのです。
悪臭防止法では、工場などの敷地の境で守る濃度が、物質ごとに決められています。神奈川県の資料によれば、この基準は臭気強度2.5に相当する濃度です[3]。同じ強さのはずなのに、値はこんなにちがいます。
アンモニアは1ppm、硫化水素は0.02ppm、メチルメルカプタンは0.002ppm、トルエンは10ppm、ノルマル吉草酸は0.0009ppmです[3]。トルエンを吉草酸の値で割ると、約1万1千倍です。ppmは、空気の中にその物質がどれだけ含まれるかを表す単位ですから、同じppmでも物質によって鼻への効き方がまったくちがうことになります。
だから、においの強さを物質ごとの濃度だけで比べたり、複数の物質が混ざった「ごみ置き場のにおい」を一つの数字にまとめたりすることは、むずかしくなります。そこで、人の鼻でにおいの強さを測る方法が使われます。
悪臭防止法の物質別規制は、敷地境界での濃度を臭気強度2.5に相当する値として定めている[3]。同じ強度を目標にしていながら、アンモニアは1ppm、硫化水素は0.02ppm、メチルメルカプタンは0.002ppm、トルエンは10ppm、ノルマル吉草酸は0.0009ppmである[3]。トルエンとノルマル吉草酸の比は10÷0.0009で約11,000倍になる。
なぜ、このような差が出るのか。ppmは混合気体の分子の数の割合であり、鼻の反応は分子の種類ごとに異なるため、同じ濃度が同じ強さに対応しないことは、この表から確かに読み取れる。さらに現実の悪臭は多数の物質の混合物であり、物質ごとの基準値を足しても全体の強さは決まらない。
そこで、物質を分析する代わりに、混合物のまま人の鼻に聞き、「どれだけ薄めれば消えるか」で強さを表す方法が使われる。次章でその数式を見る。
3. ほうりつは、どうやって においを すうじに するの?
3. 法律は「何倍うすめたら消えるか」で悪臭を測る
3. 臭気指数は希釈倍数の対数:10倍で消えれば指数10
にほんでは、1996ねん(へいせい8ねん)4がつから、「うすめて いって、なんばいで においが きえるか」で、においの つよさを あらわす きまりが はじまりました[2]。
たとえば、10ばいに うすめたとき はじめて においが わからなく なる においは、においの すうじが 10です[4]。100ばいなら 20、1000ばいなら 30に なります。ゼロが ひとつ ふえる たびに、すうじは 10ずつ ふえるのです。
こうすれば、いろんな ものが まざった においでも、おなじ ものさしで くらべられます。
1996年(平成8年)4月の改正悪臭防止法の施行で、嗅覚測定法を用いた臭気指数規制が導入されました[2]。物質を分析する代わりに、においのついた空気を無臭の空気で薄めていき、人が「もうにおわない」と感じる倍率を調べる方法です。
堺市の資料は、臭気指数を「10×log(希釈倍数)」と説明しています[4]。たとえば臭気指数10は、10倍に薄めたときににおわなくなる濃さです[4]。この式で計算すると、100倍で薄めて消えれば20、1000倍で消えれば30です。倍率が10倍になるたびに数字が10ずつふえるので、とても濃い悪臭も、かすかなにおいも、同じ物差しに載せられます。
臭気指数は、物質の濃度(ppm)とは別の、においの強さの尺度です[4]。では、「消えた」と判断するのは、いったい誰なのでしょうか。
臭気指数規制は、1996年4月の改正悪臭防止法の施行によって導入された[2]。この規制が測るのは物質の量ではなく、においのついた試料を無臭空気でどこまで薄めればにおわなくなるかである。その倍率を臭気濃度とよび、臭気指数は10×log(希釈倍数)で与えられる[4]。堺市の説明では、臭気指数10は試料を10倍に希釈したときににおわなくなる濃度である[4]。式に当てはめれば、100倍で消えれば20、1000倍で消えれば30となる。
ここで、用語集の定義が加わる。臭気指数は「パネルの平均個人閾値を10倍し、整数で表示したもの」である[1]。個人閾値とは、一人の鼻が「消えた」と答える倍率の対数のことで、複数人の平均を取って10倍し、小数点以下第1位を四捨五入して整数にする。先ほどの式は、この定義を、平均した倍率から述べたものといえる。
この方式の長所は、混合物の悪臭をそのまま一つの数字にできることである。一方で、数字の元になるのは人の判断だ。だから、判断のばらつきを抑える手順が欠かせない。次の章では、それを見る。
4. 3つの ふくろから、においの ふくろを あてる
4. 三つの袋から一つを当てる:人の鼻を測定器にする工夫
4. 三点比較式臭袋法:鼻を測定器にするための条件
おとなが 3つの ふくろを わたして くれます。その うち 1つにだけ、うすめた においが 入って います。のこりの 2つは、においの ない 空気です。どれが においの ふくろか、はなで あてるのです[2]。
あたったら、もっと うすい ふくろで もう一回。かんたんに あたらなく なる ところまで、すこしずつ うすく して いきます。
これを するのは、6人 いじょうの グループです[2]。「においを あてる」人は、まず 5しゅるいの においで 力だめを して、ちゃんと わかる 人だけが えらばれます[1]。
においの ない 空気は、かっせいたんの 入った そうちを とおして つくります。かっせいたんは 1ねんに 一回、とりかえられます[1]。
この測り方は、三点比較式臭袋法と呼ばれます。6人以上のパネルが、用意された三つの袋を順に嗅ぎ、においの入っている一つの袋を当てるものです[2]。残る二つは無臭の空気です。偶然でも三分の一は当たるので、一回当てただけでは確かな答えになりません。倍率を少しずつ上げて薄くしていき、当てられなくなったところを、その人の閾値とします。
パネルになれる人には条件があります。用語集によれば、5種類の基準臭(β-フェニルエチルアルコール、メチルシクロペンテノロン、イソ吉草酸、γ-ウンデカラクトン、スカトール)を判定する嗅覚検査を受けます[1]。検査の有効期限は、40歳未満が5年間、40歳以上が3年間です[1]。
道具にも決まりがあります。無臭の空気は活性炭槽に通して作り、槽の活性炭は6か月ごとに洗浄、1年ごとに交換します[1]。人の鼻という、一つ一つ事情の異なる測定器を、同じ物差しとして使うための工夫です。
ところで、なぜ年齢で有効期限がちがうのでしょうか。
三点比較式臭袋法は、6人以上のパネルが三つの袋のうちにおいの入った一つを当てる手順である[2]。三つから選ぶ形にしたのは、「においがした気がする」という主観を排し、当たったか外れたかという記録に変えるためと考えられる。確率は三分の一であり、薄い側へ段階を進めて、当たらなくなる倍率を個人閾値の根拠にする。
測る側の条件は厳密だ。パネルは基準臭5種(β-フェニルエチルアルコール、メチルシクロペンテノロン、イソ吉草酸、γ-ウンデカラクトン、スカトール)の嗅覚検査に合格する必要があり、有効期限は40歳未満で5年、40歳以上で3年とされる[1]。年齢で期間が分かれる理由は、この資料には書かれていない。次の章で見る年齢差の報告と並べて考えると、検査を定期的に更新する意味は読み取れるが、資料が直接そう述べているわけではない。
無臭空気も測定の一部である。活性炭槽に通して作り、活性炭は6か月ごとに洗浄、1年ごとに交換する[1]。袋に使う空気が無臭でなければ、「消えた」の基準そのものがずれるからだ。
こうして、個人の鼻のばらつきを、選抜・更新・複数人の平均で包んだものが、法律が使う臭気指数である。では、鼻そのものは、どれほど人によってちがうのか。
5. はなの なかでは、においを どう かんじて いるの?
5. 鼻の中では何が起きているのか、年齢でどう変わるのか
5. 鼻の受容体と、年齢による差
はなの おくの 小さい ばしょに、においを かんじる とくべつな 細ぼうが あります。この 細ぼうは、のうに ちょくせつ つながって います[5]。
においを かんじる 「受容体」には、いろいろな 形が あり、リンダ・バックという 研究者は、およそ 1000しゅるいの 受容体を つくる なかま(いでんしの グループ)を 見つけました[7]。人は およそ 1万しゅるいの においを おぼえられると いわれて います[7]。
とし を とると、においを かんじにくく なる ことも あります。70さい いじょうの 人の 3ぶんの 1 いじょうに、においの かんじ方が よわい ところが あると 考えられて います[6]。だから、においを あてる しごとの 人は、ていきてきに ちからを たしかめ なおすのです。
鼻の奥の高いところにある小さな組織に、嗅覚感覚ニューロンという特別な細胞があり、脳に直接つながっています[5]。においの分子は、この細胞の表面の受容体にくっついて働きます。リンダ・バックの研究は、鼻に約1000種類の受容体をコードする遺伝子の仲間があることを示しました[7]。人は約1万種類のにおいを見分け、記憶できるといわれています[7]。
この鼻の感度は、年齢とともに変わります。米国の国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)は、70歳以上の成人の3分の1以上に嗅覚の欠損があると推定しています[6]。同じ機関の別の資料は、60〜69歳の男性ではおよそ4分の1、同年代の女性では約11%に嗅覚の問題があるという調査結果を示しています[5]。北米全体では、人口の1〜2%が自分の嗅覚に問題があると答えています[5]。
これらは米国での報告で、日本の臭気指数の測定条件に直接つながる数字ではありません。ただ、鼻の感度に差があることを前提に、日本の嗅覚測定が「検査に通った6人以上の平均」という形をとっていることは、前の章で見たとおりです。では、この差を、自分の家で体験できるでしょうか。
嗅覚感覚ニューロンは鼻の奥の小さな組織にあり、脳に直接つながっている[5]。Linda Buck らの研究は、約1000種類の嗅覚受容体をコードする遺伝子ファミリーを明らかにし、人は約1万種類のにおいを認識・記憶できるとされる[7]。受容体の種類が多いことが、物質ごとに閾値が大きく異なる背景にあると推測できるが、今回の資料はこの対応を直接は述べていない。
感度の個人差と年齢差についても、資料にある数字は限られる。NIDCDによると、北米では人口の1〜2%が嗅覚の問題を報告している[5]。60〜69歳の男性ではほぼ4分の1、同年代の女性では約11%に嗅覚障害があった[5]。70歳以上の成人では3分の1以上に嗅覚の欠損があると推定されている[6]。ただし、これは欧米での調査の結果で、閾値の具体的な値の差を示すものではなく、日本の臭気指数に同じ数字を当てはめることはできない。
そのため、同じ物質でも検知できる最小濃度が人によってどの程度ちがうのかは、これらの資料から一概には言えない。分かるのは、嗅覚に個人差と年齢差があるという事実と、日本の測定法がそれを前提にパネルの選抜と更新、複数人の平均を組み合わせている、という二点である。
鼻の仕組みと測り方の流れを一度確かめたところで、身の回りのもので、薄めて消える境目を体験してみよう。
6. おすで、「きえる ところ」を さがして みよう
6. お酢を薄めて、三つのコップから一つを当てる
6. 家でできる希釈の体験と、原典の読み方
きょう できる こと
おとなと いっしょに やります。ぜったいに あじみは しません。はなを ちかづけすぎない ように します。
コップを 4つ ならべ、水を 小さじ 4はい ずつ 入れます。1つ目に、おすを 小さじ 1ぱい 入れて まぜます。1つ目の えきを 小さじ 1ぱい とって、2つ目に 入れます。2つ目から 3つ目、3つ目から 4つ目も おなじように します。
目を とじて、はなから 少し はなして、手で そっと あおぎます。1つ目から じゅんに においを かいで みましょう。どの コップから においが わからなく なりますか。おとなの 人は、ちがう ところで 「わからない」と なるかも しれません。
さらに、水だけの コップを まぜて 3つにして、おとなに ならびかえて もらい、どれが おすの コップか あてる あそびも できます。ふくろの しらべ方の まねっこです。
お酢で薄めていく
保護者と一緒に行います。味見はせず、鼻を近づけすぎないようにします。
コップを4つ並べ、水を小さじ4杯ずつ入れます。1つ目に小さじ1杯のお酢を加えてよく混ぜ、その液を小さじ1杯とって2つ目に入れます。2つ目から3つ目、3つ目から4つ目へも同じようにすれば、だんだん薄まっていきます。
目を閉じ、鼻から少し離して手で空気をあおぎ、1つ目から順に嗅ぎます。どのコップから「何もにおわない」と感じるでしょうか。何杯目で答えが変わるか、メモしておくと、検知閾値のイメージがつかめます。
三点比較をやってみる
お酢を入れたコップ1つと水だけのコップ2つを、別の人に並べかえてもらい、どれがお酢か当てます。薄いコップで当たるか外れるかを何回か試すと、「何となく」ではなく「当たったか外れたか」で判断する考え方を体験できます。
原典を読むなら
環境省の用語集[1]は日本語で、臭気指数や嗅覚検査の細かい決まりが載っています。環境省の臭気判定士制度の概要[2]も、三点比較式臭袋法の説明を日本語で読めます。
体験として
お酢を使った希釈の体験は、保護者と一緒に行い、味見や強く嗅ぐことはしない。水を入れた各コップに水を小さじ4杯ずつ入れて4つ並べ、1つ目に小さじ1杯のお酢を混ぜ、その液を小さじ1杯ずつ次のコップへ移すと、各段階は前のコップの5分の1の濃さに薄まる。どの段階でにおいが消えるかを記録し、同じ家族でも結果が分かれるかを見ると、閾値が人によって動くことが体験できる。ただし数人の結果で一般化はできず、この体験は測定法の雰囲気をつかむためのものである。
三点比較にすれば、「感じた」という主観が、当たりか外れかの記録に変わる。薄いコップで当たる割合が下がっていく様子を見ると、人によって、また同じ人でも答えが分かれることがあると分かる。
原典に当たる
臭気指数の定義と嗅覚検査の細則は、環境省の用語集[1]と臭気判定士制度の概要[2]が日本語で読める。物質ごとの基準値は都道府県の資料[3]に、臭気指数の式と例は市の資料[4]にある。嗅覚障害の統計と受容体の研究は、NIDCDの2つの資料[5][6]とFred Hutchの記事[7]が英語である。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- 環境省「嗅覚測定法に関する用語集」. https://www.env.go.jp/content/900397397.pdf (検知閾値・認知閾値、臭気指数、パネルの検査、無臭空気)
- 環境省「臭気判定士制度の概要」. https://www.env.go.jp/press/files/jp/1343.html (臭気指数規制の導入、三点比較式臭袋法)
- 神奈川県「悪臭物質 敷地境界線の基準」. https://www.pref.kanagawa.jp/docs/pf7/akusyu/gaiyou.html (物質ごとの基準値)
- 堺市「悪臭防止法による規制について」. https://www.city.sakai.lg.jp/kurashi/gomi/kankyo_hozen/jigyosha/taikiosen/akushu/shukishisu.html (臭気指数の式と例)
- NIDCD "Smell Disorders". https://www.nidcd.nih.gov/health/smell-disorders (嗅覚細胞、嗅覚の問題の割合)
- NIDCD "Taste and Smell Program". https://www.nidcd.nih.gov/research/extramural/taste-and-smell-program (高齢者の嗅覚の欠損)
- Fred Hutch "Nobel Prize Goes to Seattle Researcher Dr. Linda Buck" (2004). https://www.fredhutch.org/en/news/releases/2004/10/buck_nobel.html (嗅覚受容体と約1万種類のにおい)
なおした ところ
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