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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

うらしまたろうを りゅうぐうへ つれて いったのは、むかしから「たすけた かめ」だったの?

浦島太郎を竜宮へ連れていったのは、昔から「助けた亀」だったのでしょうか

浦島太郎の亀はいつ「助けられる亀」になったか:日本書紀から明治の唱歌まで

分野:歴史・文化

うらしまたろうの はなしで、かめは「たすけられた おんがえしに、りゅうぐうへ つれて いく」やくです。ところが、ふるい きろくの かめは、つり上げられて、女の人に すがたを かえる かめでした。

たすける はなしは、いつ くわわったのでしょう。こどもが かめを いじめる ばめんは、どこから きたのでしょう。この ページでは、そのことが わかります。

「助けた亀に連れられて竜宮へ行く」という浦島太郎の話は、古い記録にはありません。『日本書紀』などの亀は、釣り上げられたあと、女の人に姿を変える存在でした。

では、亀を助ける場面は、いつ加わったのでしょうか。子どもが亀をいじめる場面は、どこから来たのでしょうか。この記事を読むと、亀の役が時代ごとにどう変わったのかが分かります。

「助けた亀に連れられて竜宮へ」という筋は、古い記録には見当たらない。『日本書紀』や『丹後国風土記』逸文の亀は、釣り上げられたのち、女性に姿を変えて浦島を連れていく側にいる[1][2]。

では、亀はいつ「助けられる亀」になり、いじめる子どもはいつ場面に加わったのか。この記事を読むと、室町時代の『御伽草子』と明治の唱歌・教科書を境に、役がどう組み替えられたかが分かる。

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1. ふるい きろくでは、かめは つられて 女の人に なった

1. 古い記録では、亀は釣られて女の人に変わった

1. 古い記録では、亀は釣られ、女性に変わる

「にほんしょき」という ふるい 本に、うらしまの はなしが 出て きます。478年の ところです[1]。

うらしまこは、つりで 大きな かめを つり上げました。すると かめは、女の人に なって、うらしまこの おくさんに なりました。かめを たすける ばめんは ありません。

「たんごの くにの ふどき」でも、おなじです。うらしまこは 三日も つれず、やっと 五いろの かめを つり上げます。ねている あいだに、かめは びじんに かわりました[2]。

かめは、たすけられる がわでは ありません。つられた あとで、うらしまこを とこよの くにへ つれて いく 女の人に なる のです。

「まんようしゅう」には、かめが 出て きません。うみの かみさまの むすめと けっこんする はなしに なって います[1]。かめは、はなしに かならず いる やくでは なかったのです。

『日本書紀』と『丹後国風土記』の亀

『日本書紀』の雄略天皇22年(478年)の記事では、浦嶋子が釣りで大きな亀を得ます。すると亀は女性に姿を変え、浦嶋子の妻になります。亀を助けたり逃がしたりする場面は出てきません[1]。

『丹後国風土記』では、浦嶼子(浦嶋子)が三日間なにも釣れず、やっと五色の亀を釣り上げます。眠っているあいだに亀は美しい女性に変わり、蓬山(常世の国)へ連れていきます[2]。この風土記そのものは残っておらず、『釈日本紀』などに引用された形(逸文)で伝わります[3]。

亀が出てこない『万葉集』

『万葉集』巻九の高橋虫麻呂の歌には、亀が出てきません。釣りをしていた浦島子が海神(わたつみ)の娘に出会い、常世で3年ほど暮らす筋です[1]。

つまり古い記録では、亀は「助けられる側」ではなく、女性に姿を変える側でした。亀が話に欠かせない役ですらなかった記録もあります。では、「助ける」場面はどこから現れたのでしょうか。

『日本書紀』雄略天皇22年(478年)の記事では、浦嶋子が釣りで大亀を得ると、亀が女性に化けて妻になる。亀を助ける、逃がすといった場面はなく、亀は釣られる側であり、同時に異郷への案内役を兼ねている[1]。

『丹後国風土記』逸文では、浦嶼子が三日間釣れず、五色の亀を釣り上げる。眠っているあいだに亀は美女に変わり、蓬山(常世)へ向かう[2]。この風土記は現存せず、『釈日本紀』などの引用として残る[3]。舞台となる丹後の浦嶋神社には、室町時代前半の縁起絵(国の重要文化財)が伝わり、五色の亀が美女に変わる場面が描かれているという[2]。

さらに『万葉集』巻九の高橋虫麻呂の歌では、亀は登場せず、海神の娘との結婚が語られる[1]。したがって、これらの古い記録では、亀は「異郷の女性が姿を変えたもの」として現れるか、そもそも登場せず、「助けた恩返しの案内役」という役は見当たらない。

では、助ける場面はどの段階で話に入ったのか。

2. たすけて おんがえしされる はなしは、むろまちの 「おとぎぞうし」に ある

2. 亀を逃がして恩返しされる話は、室町時代の『御伽草子』に見られる

2. 『御伽草子』で、亀は逃がされ、恩を返す側になる

たすける はなしが 出て くるのは、むろまちじだいの 「おとぎぞうし」です[3]。

うらしまたろうは、つり上げた かめを 見て、「かめは まん年も 生きる。ころすのは かわいそうだ」と 思い、うみへ にがして やります。

のちに、女の人が こぶねで ながれ着きます。じつは、にがして もらった かめでした。この 女の人が、うらしまたろうを つれて いきます[3]。

「りゅうぐう」という よびかたや、「おとひめ」も、この 「おとぎぞうし」の けいとうの はなしから 出て きます[1]。

ふるい きろくでは、いきさきは 「ほうざん」や「とこよ」でした。ただ、この 「おとぎぞうし」でも、かめは かめの すがたで 人を のせたりは しません。のせる えは、あとから 出て きます。

逃がす場面と「竜宮」「乙姫」

室町時代の『御伽草子』では、浦島太郎が釣り上げた亀を、「亀は万年も生きるのに、殺すのはかわいそうだ」と海に逃がします。後日、小舟で流れ着いた女性が、実は逃がした亀だったと明かし、浦島を連れていきます[3]。亀を助ける話は、室町期以降に加わったとされます。

この系統の『御伽草子』では、異郷が「竜宮」と呼ばれ、竜王の娘の「乙姫」が登場します[1]。古い記録では、異郷は「蓬山」「常世」、女性は「亀比売」や「海神の娘」でした。

「恩返し」でつながった三者

ここで、亀は助けられたあとに現れる女性になりました。ブリタニカの解説は、近世に「恩義」の考えで乙姫・亀・浦島がむすびつけられ、古代にあった「異郷の女性と人間の男性の結婚」という筋が薄れたと説明します[4]。

とはいえ、『御伽草子』の亀もまだ背中に人を乗せていません。子どもたちが亀をいじめる場面も、ここには出てきません。その場面は、どこから来たのでしょうか。

室町時代の『御伽草子』(御伽文庫)では、浦島太郎が亀を釣り上げ、「亀は万年生きるのに、殺すのはかわいそうだ」と海へ逃がす。後日、小舟で流れ着いた女性が、実は逃がした亀だったと明かす[3]。亀による恩返しの話は、室町期以降に加わったとされる[3]。異本には亀を買い取る場面を持つ系統もあるとされるが、この筋でも、亀に乗って竜宮へ行く場面はない[6]。

この系統の『御伽草子』では、異郷は「竜宮」となり、竜王の娘「乙姫」が現れる。古代の記録では異郷は「蓬山」「常世」、女性は「亀比売」や「海神の娘」だった[1]。名前が変わったことは、異郷の性格が変わったことでもある。

ブリタニカの解説は、近世に「恩義」の観念で乙姫・亀・浦島の三者が結びつけられたことで、異郷の女性と人間の男性の神婚というモチーフが消えたと整理する[4]。亀は、恩に報いる者として、人を異郷へ迎え入れる役になった。

ただし、ここまでの亀は、まだ子どもにいじめられてはいない。いじめる場面は、いつ、何を通して広まったのか。

3. こどもが かめを いじめる ばめんは、めいじに ひろまった

3. 子どもが亀をいじめる場面は、明治の本と唱歌で広まったとされる

3. 「いじめられる亀」を助ける導入は、明治の読み物と唱歌で定着した

こどもたちが かめを いじめて、うらしまたろうが たすける。この はじまりは、ふるい きろくには 見あたりません。

めいじじだいに、いわや さざなみ という 人が 「日本むかしばなし」を 書きました。1894年から 1896年に、24さつ 出た シリーズです。「うらしまたろう」は 1896年の ほんです[5]。

「おとぎぞうし」は 長い はなしです。さざなみは、こどもが 読みやすいように、みじかく まとめました。この ほんが、いまの かたちの もとに なったと いわれます[6]。

1900年の しょうかは、こどもが かめで あそぶ ばめんから はじまります。1911年の しょうかは、たすけた かめに つれられて りゅうぐうへ いく うたです[1]。

巌谷小波の『日本昔噺』

明治27〜29年(1894〜1896年)、巌谷小波は『日本昔噺』を全24冊で出しました。御伽草子や口承の昔話をもとに、冗長な展開を避けて子どもむけに作ったシリーズです。『浦島太郎』は1896年の版で、現在広まっている形の源流とされます[5][6]。

この本をもとにした話は教科書にも採られ、広く知られるようになったといわれます。教科書の版では、結婚の場面は避けられ、玉手箱を開けて老人になる結末など、約束を守る教えにつながる形に直されていたとされます[2]。

唱歌にあらわれる「助けた亀」

子どもが亀をいじめる場面は、古い記録には見当たらず、明治の本や教科書の版で定着した形とされます[6]。Wikipediaの整理では、1900年の『幼年唱歌』の「うらしまたろう」は、子どもたちが亀で遊ぶ場面から始まります。1911年の『尋常小学唱歌』の「浦島太郎」は、助けた亀に連れられて竜宮へ行く内容だとされます[1]。

私たちが「昔話」と思っている形は、意外と新しいのです。では、いつから亀の背中に乗る絵になったのでしょうか。

巌谷小波は、明治27〜29年(1894〜1896年)に全24冊の『日本昔噺』を出した。古くから伝わる御伽草子に見られる冗長な展開を避け、子どもを意識して作り直したシリーズで[5]、『浦島太郎』は1896年の版にあたる。国立国会図書館の紹介は浦島の個別の内容までは述べないが、他の資料は、この版が現在広まっている形の源流だと説明する[6]。

子どもが亀をいじめ、浦島が助けるという導入は、古典の記録には見られず、巌谷小波の版と教科書を通して広まったとされる[6]。ただし初出は唱歌とみる整理もある。Wikipediaによれば、1900年(明治33)の『幼年唱歌』の「うらしまたろう」は、子どもが亀で遊ぶ場面から始まり、1911年(明治44)の『尋常小学唱歌』の「浦島太郎」は、助けた亀に連れられて竜宮へ行く内容とされる[1]。したがって、初出は一つに決めず、「明治の読み物・唱歌・教科書を通して定着した」と読むのが安全である。

教科書に採られた版は、結婚の場面を避け、玉手箱を開けて老人になる結末など、約束を守る教えにつながる形に直されていたとされる[2]。教えのために作られたと言い切る資料ではなく、そう読める形に整えられた、という程度にとどめたい。

では、現在よく見る「亀に乗る浦島」の絵は、どの時期に生まれたのか。

4. かめに のる えは、いつから?

4. 亀の背中に乗る絵は、近世のうちに描かれはじめたとされる

4. 亀に乗る図像の時期は、研究者で分かれる

かめの せなかに のって うみを いく えは、さらに あとの じだいに 出て きます。

えどじだいの うちに、えが かかれ はじめた と いわれます。ただ、いつからかは、けんきゅうする 人に よって ちがいます[1]。

だから、いま 知られて いる すがたは、いろいろな じだいの ばめんを つなぎあわせて できた もの、と いえそうです。

絵になった「亀に乗る浦島」

亀に乗って竜宮へ行く図像は、近世になって現れます。時期は、17世紀末の元禄のころとも、18世紀半ば以降ともいわれ、研究者によって分かれます[1]。ここでは、近世のうちに、とだけ書いておきます。

つなぎあわせの物語

ここまでを並べると、古い記録の「釣られて女性になる亀」、室町の「逃がされて恩返しする亀」、明治の「いじめられていて助けられる亀」、そして近世の「人を乗せて海を行く亀」と、場面が時代ごとに足されています。今の浦島太郎は、一つの時代に作られた話ではないようです。

そこで、結末はどうなっているのでしょうか。

亀に乗って竜宮へ行く図像化は、近世になって始まる。時期は17世紀末(元禄ごろ)とも18世紀半ば以降ともされ、研究者によって異なる[1]。このため、年号は断定せず「近世のうちに」と記すのがよい。

ここまでの変化をまとめると、亀の役は次のように重なっている。古い記録では、釣られて女性に変わる案内役。『御伽草子』では、逃がされて恩を返す女性。明治の唱歌・教科書では、子どもにいじめられているところを助けられる動物。近世の絵では、人を背に乗せて海を渡る乗り物である。

同じ「亀」でも、役は時代ごとに足されたものであって、一つの時代の一人の作者が組み立てた形ではない。この重なりが、記録ごとに筋や用語がずれる原因にもなっている。結末や年数は、実際にどのくらいずれているのか。

5. おなじ はなしでも、おわりかたが ちがう

5. 結末も年数も、資料によって食いちがう

5. 玉手箱のあとの亀と、「300年」「700年」のずれ

うらしまたろうは、たまてばこを あけると、おじいさんに なります。「おとぎぞうし」では、そのあと つるに かわります[3]。

おとひめも、かめの すがたに なって、ふたりは ふうふの かみさまに なる、と 書かれて います[3]。

りゅうぐうの あいだに、そとでは どれだけ たったのでしょう。300年と いう しりょうも、700年と いう しりょうも あり、しりょうに よって ちがいます[3]。

どれが ただしい、とは きめられません。むかしの 人たちは、すこしずつ ちがう はなしを、かたって きた のです。

鶴と亀の夫婦の神

『御伽草子』の結末では、浦島は箱を開けて老人になったあと、鶴に変わります。乙姫は亀の姿になり、二人は夫婦の明神として祀られます[3]。

竜宮の3年と、外の300年・700年

竜宮で過ごした年と、帰ってきたあとの経過年数も、資料で食いちがいます。風土記逸文は3年と300年、御伽文庫は3年と700年とされる、という整理があります。辞典の解説でも、300年とするものと700年とするものがあり、資料によって年数に違いがあります[3]。

どれが「正しい」とは決められません。語り継がれるうちに、年数も結末も変わっていった、と考えるほうが自然です。

『御伽草子』の結末では、浦島は玉手箱を開けて老翁となったのち鶴に変わり、乙姫が化した亀とともに夫婦の明神(浦島明神)になる[3]。亀は、物語のはじめでは釣られる動物、中では恩を返す女性であり、終わりでは神として並ぶ。同じ亀が、役を替えながら物語の最初から最後までに関わる構造になっている。

年数の記述は、さらに資料間でずれる。風土記逸文は竜宮で3年、帰郷後300年とされ、御伽文庫は3年・700年とされる、という整理がある。辞典の解説でも300年とするものと700年とするものがあり、資料によって年数に違いがある[3]。

これは、どれかが誤りというより、語られた時代や版ごとに数字が足されたり入れ替わったりしたことの表れと読める。「300年」と「700年」のどちらかを一つに決めて書くことはできない。複数の版を並べると、浦島伝説が時代ごとに形を変えてきた様子が見えてくる。

6. えほんで、かめの でかたを くらべよう

6. 絵本で、亀の出方を読み比べる

6. 手もとの絵本で、亀の役を4つの型に分けて読む

うちや としょかんに、うらしまたろうの えほんが あれば、よんで みましょう。

かめは、どこで 出て きますか。ひとつずつ 見て、えんぴつで しるしを つけて みましょう。

・かめを つって いる ばめん
・こどもが いじめて いる ばめん
・うらしまたろうが かめを たすける ばめん
・かめの せなかに のって うみを いく ばめん

ほんに よって、ない ばめんが あるかも しれません。それも、ふるい はなしが つくりかえられて きた しるし です。

絵本の亀を4つの場面で見る

家や図書館に浦島太郎の絵本があれば、亀がどこで登場するかを、次の4つの場面で確かめてみてください。

  • 釣り上げられる場面
  • 子どもにいじめられている場面
  • 浦島が助ける、または逃がす場面
  • 亀の背中に乗って竜宮へ行く場面

本によって、ある場面とない場面が分かれるはずです。それは、今の形が、いくつもの時代の場面を足し合わせてできたことの手がかりになります。

旅先の手がかり

京都府伊根町の浦嶋神社は、『丹後国風土記』の浦嶋子伝説を伝える神社です。室町時代前半の縁起絵『紙本著色浦嶋明神縁起』は、国の重要文化財で、釣り上げた五色の亀が美女に変わる場面が描かれています[2]。

手もとの絵本や昔話集があれば、亀の登場の仕方を、①釣られる、②いじめられる、③助けられる・逃がされる、④人を乗せて海を渡る、の4つで確かめてみるとよい。①〜④のどれがあるか、②が冒頭にあるかは、本によって違う。見つけた場面を比べると、話が本ごとにどう違うかが分かる。

確かめるときは、同じ題材の絵本を2冊以上並べる。1冊だけでは、違いが版の違いなのか個人の語りなのか区別できない。

原典に近い資料としては、『日本書紀』雄略天皇22年の記事、『丹後国風土記』逸文(『釈日本紀』所載)、『万葉集』巻九の歌、御伽草子の浦島太郎がある。出典欄の多くは辞典や解説なので、その中にある書名を手がかりに探す。原典そのものは図書館の本などで読める。年や名称の細部は、原典と専門書で確かめてほしい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・名称・場面の細部は、資料や版によって異なることがあります。

  1. Wikipedia「浦島太郎」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E5%B3%B6%E5%A4%AA%E9%83%8E (日本書紀・万葉集・御伽草子・唱歌・亀に乗る図像の変遷。解説なので二次資料)
  2. 旅MAG「浦島伝説」 https://tabi-mag.jp/uranoshimako/ (丹後国風土記の筋、浦嶋神社の縁起絵、教科書の改変)
  3. コトバンク「浦島太郎」 https://kotobank.jp/word/%E6%B5%A6%E5%B3%B6%E5%A4%AA%E9%83%8E (風土記逸文の伝わり方、御伽草子の筋と結末、年数の食いちがい)
  4. コトバンク「浦島伝説」(ブリタニカ・旺文社の項) https://kotobank.jp/word/%E6%B5%A6%E5%B3%B6%E4%BC%9D%E8%AA%AC (恩義の観念で亀・乙姫・浦島が結びついたという解説)
  5. 国立国会図書館「NDLイメージバンク/子ども図書館 万華鏡」第一章 https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/36/1.html (巌谷小波『日本昔噺』全24冊、1894〜1896年)
  6. ほんコンシェルジュ「浦島太郎」 https://honcierge.jp/articles/shelf_story/6916 (日本昔噺と国定教科書での広まり。解説なので二次資料)

なおした ところ

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