このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ふるぎが 「ビンテージ」に なると、なぜ 高く なる?

古着はいつから「ビンテージ」になったのか ── 江戸の古着商売から赤タブの1字まで

古着・ビンテージ市場の成り立ち ── 江戸の古着商売から1980年代の「発見」、年代判別の体系化まで

分野:歴史・くらし

おうちの たんすに、ずっと 前の ふくが ありませんか。じつは、ふるくて 何万円も する ふくが、せかいには あります。

ふるい ことだけが ねだんを 決める なら、たんすの ふくも 高いはずです。ちがいは どこに あるのでしょう。むかしの 人の ふるぎから、たどって みます。

家のクローゼットの奥に、10年以上前の服が入っていないでしょうか。一方で、数十年前の古い服が、数万円、ときには何十万円もの値段で売られることがあります。

古いだけなら、どの服も同じはずです。値段を分けているのは何なのか。江戸時代の古着から、リーバイスのジーンズの赤いタグの1文字まで、その道すじをたどります。

古着は、江戸時代には庶民の日常着だった。現代では、古いこと自体が価値になる「ビンテージ」という分類がある。この価値の向きの逆転は、どこで、どう起きたのか。

日本の古着屋の先駆けは1970年代初め、ビンテージの概念は1980年代中盤に生まれたとされる。年代の見分け方の体系化が価値を支えたという見方と、リーバイス501の赤タブの表記変更を手がかりに、二次資料と企業の公式資料を突き合わせて整理する。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. むかしの 人は ふるぎを きて いた?

1. 江戸の庶民は、ふつうに古着を着ていた

1. 江戸の古着商売 ── 庶民の日常着と3000〜4000人規模の産業

いまは 新しい ふくを お店で 買う ことが 多いですね。江戸えどじだいは ちがいました。ふつうの 人が 毎日 きる ものは、ふるぎだった と せつめいされて います[1]。

ふるぎを ほどいて ぬの に もどし、あらって、また ぬい なおす。そんな しごとを する 人たちも いました。江戸えどと 大坂を あわせて、3000人から 4000人ちかい 人が ふるぎの しょうばいに かかわって いたと いわれます[1]。

ふるぎは「はずかしい もの」では なく、あたりまえの ものでした。

江戸時代、庶民が日常に着るのは古着でした。新しい着物を買える機会は限られていたと説明されています[1]。

古着の商売は、大きな産業でもありました。江戸中期には、江戸と大坂を合わせて、古着の商売に関わる人が3000〜4000人近くいたといわれます。古着をほどく、洗う、仕立て直すといった手間も含めた数です。古着問屋も、江戸周辺の古着を集める店と、京都・大坂から古着を仕入れる店に分かれていました[1]。

この時代の古着は、恥ずかしいものではなく、ふつうの服の手に入れ方の1つでした。

江戸時代、庶民が日常的に着るのは古着だった。新品の着物を買える機会は限られていた[1]。

江戸中期には、江戸・大坂の双方で古着商に関わる者が3000〜4000人近くいたとされる。この数は江戸と大坂の合計の目安であり、江戸だけの人数ではない。古着をほどく、洗う、仕立て直すといった作業も含む産業だった。問屋は、江戸周辺の古着を扱う「地古着問屋」と、京阪から仕入れる「下り古着問屋」に分かれた[1]。

この節の要点は、古着が「安いから仕方なく着る二番手」ではなく、衣料流通の主要な経路だったという点にある。現代の感覚と比べると、価値の向きは今と逆だった。

2. ふるぎの 市は どこに あった?

2. 日本橋の古着の町と、ヨーロッパの古着商売

2. 富沢町の古着市(1701〜1881)と、17世紀ロンドンの古着取引

東京の 日本橋に、富沢町とみざわちょうという 町が ありました。ふるぎ屋が ずらりと ならび、大きな 市も 開かれる 町だった そうです[2]。

この 市は、1881年に べつの 場所へ うつるまで、ながく つづきました[2]。

ふるぎの しょうばいは、日本だけの ことでは ありません。ヨーロッパでも、むかしから ふるぎを ほどいて ぬのとして 使って いました。ロンドンでは、ふるぎの 取り引きが たくさん おこなわれ、もうけも 大きかった と いいます[3]。

東京の日本橋にあった富沢町は、古着屋が軒を連ね、大きな市が立つ町でした。元禄14年(1701)に町の名主が幕府から古着惣代(古着商をまとめる役)の認可を受け、1881(明治14)年に古着市が岩本町へ移るまで続いたとされます[2]。町名の由来には、いくつかの伝承があります。

ヨーロッパでも、中世から近世にかけて、古着をほどいて布として再利用していました。17世紀のロンドンでは、古着の取引が大量に行われ、利益も大きかったと、サミュエル・ピープスの日記(1660〜69年)などから説明されています。古着は、裕福な人には流行の服を、貧しい人には基本の衣服を供給していました[3]。

日本橋の富沢町は、古着屋が軒を連ね、大きな市が立つ町だった。元禄14年(1701)に町名主が幕府から古着惣代(古着商をまとめる役)の認可を受け、1881(明治14)年に古着市が岩本町へ移るまで続いたとされる[2]。町名の由来には、いくつかの伝承がある。

ヨーロッパでも、中世から近世にかけて古着は布として再利用され、17世紀ロンドンでは古着取引が大規模で利益も大きかった。根拠として、サミュエル・ピープスの日記(1660〜69年)が引かれている。古着は、富裕層に流行の服を、貧困層に基本の衣服を供給する役割を担った[3]。

ここまでの二次資料の範囲では、江戸でもヨーロッパでも、古着は「古いから価値がある」ものではなく、服を回す仕組みの一部だった。

3. 「ふるいから いい」と 思う 人は いつ でて きた?

3. 1970年代 ── 個性を出すための古着屋が生まれる

3. 戦後の古着流通から1970年代の古着屋、自己表現としての古着へ

むかし、日本で ものが たりなかった 時期には、アメリカなどから たくさんの ふるぎが 入り、東京の 上野の あたりで 売られたと いいます[4]。まだ、ふつうの ふくを 手に入れる ための ふるぎでした。

ようすが かわったのは、1970年代です。東京に、はじめの ころの ふるぎ屋が できました。そのころ、アメリカの ふるぎは まだ めずらしい ものでした[5]。

「ほかの 人と ちがう、じぶんらしい ふくを きたい」。ふるぎに、そんな 気もちを たくす 人が ふえて いったと、けんきゅうしゃは のべて います[3]。

戦後の物資が足りない時期には、アメリカなどから大量に輸入された古着が、上野・浅草あたりで売られました[4]。この段階の古着は、まだ足りない服を補うためのものでした。

変わったのは1970年代です。日本の古着屋の先駆けの1つとされる店が、1972年に東京の千駄ヶ谷にでき、翌1973年には原宿にも古着店が開きました。当時、アメリカの古着はまだ珍しいものでした[5]。

研究者は、1970年代以降、古着が個性や自分らしいスタイルを表す手段と見なされるようになった、と述べています[3]。「安いから着る」から「これが着たいから着る」へ、理由が変わっていきました。

戦後の物資不足期には、米国などから輸入された大量の古着が、軍の払い下げ品とともに上野・浅草界隈で売られた[4]。この時期の古着は、生活必需品としての性格が強い。

転機は1970年代にある。日本の古着屋の先駆けは、1972年に東京・千駄ヶ谷で開店した店とされ、1973年には原宿にも古着店ができた。当時、アメリカ古着はまだ珍しかった。「日本初」と断定せず、先駆けの1つとされる、という言い方にとどめる[5]。

百科事典系の資料は、1970年代以降、古着が個性や自律的なスタイルを表現する手段と見なされるようになったと述べる。着る理由が「必要」から「選択」へ移ったことが、次の段階の前提になる[3]。

4. 「ビンテージ」は どうやって 見つかった?

4. 1980年代中盤、色落ちのちがいが「発見」された

4. 1980年代中盤の「発見」 ── 501とデッドストックの色落ち

日本で 「ビンテージ」という 考え方が 生まれたのは、1980年代の なかごろと いわれます[5]。

さいしょに 目を ひいたのは、リーバイスの ジーンズ「501」でした。むかしの 501の うち、売れ のこって 一度も はかれて いない ものが、いくつか 見つかりました。「デッドストック」と よびます。

はいて みると、そのころ 売って いた 新しい 501とは、色の おち かたが ちがいました。この ちがいが、「むかしの ものは とくべつだ」という 気づきに つながった と いわれます[5]。

日本で「ヴィンテージ」という考え方が生まれたのは、1980年代中盤だといわれます。年は目安で、はっきり決められるものではありません[5]。

最初に注目されたのは、リーバイスの501でした。古い501のなかに、デッドストック、つまり売れ残ったまま一度も着られていない品が見つかりました。それを当時の新しい501と比べると、色落ちのしかたがちがっていたため、日本で「発見」されたと説明されています[5]。

古い服は、ただ古いだけでなく、「今の服と作りがちがう」と分かったことも、特別な服として見られる手がかりの1つになりました。

日本で「ヴィンテージ」という概念が生まれたのは、1980年代中盤と言われる。年は目安である。最初に注目されたのはリーバイス501で、501XXやビッグEなどの古いデッドストック(売れ残りの未使用品)が、当時の現行品と色落ちが違うことから、日本で「発見」されたという[5]。

ここで価値の根拠が広がった。江戸の古着や1970年代の古着は「安さ」や「個性」で選ばれたが、この段階では「今のものとは作りが違う」という具体的な差も、価値を支える手がかりの1つになった。

5. 赤い タグの 1もじが なぜ 大事?

5. 「E」が大文字か小文字か ── 赤タブと年代の見分け方

5. 赤タブの表記変更(1971)と、耳・リベットなど複数の手がかり

リーバイスの ジーンズの ポケットの わきには、赤い 小さな タグが ついて います。「赤タブ」と よびます。1936年の 9月1日に、はじめて つけられました[6]。

この タグの 字は、はじめ ぜんぶ 大文字の「LEVI'S」でした。それが 1971年に、さいしょの 1もじだけ 大文字の 「Levi's」に かわります[6]。まえを 「ビッグE」、あとを 「スモールe」と よびます。

かわった わけは、ロゴを つくりなおした とき、会社を つくった 人の 名前は、大文字と 小文字を まぜて 書くのが よいと された ためと 会社は せつめいして います[6]。デザインの 大きな ねらいでは なく、書き方を そろえた だけでした。

ちょうど、ノートの 表紙の 名前の 書き方が 年ごとに かわれば、名前を 見るだけで、いつ 買った ノートか 見当が つくのと 同じです。ただし ほんとうは、ジーンズは あらう うちに タグが とれて しまう ことも あるので、ほかの 手がかりも いっしょに 見ます[8]。

リーバイスのジーンズのポケットの近くには、赤いタグが付いています。赤タブと呼ばれ、最初に付いたのは1936年9月1日です[6]。

赤タブの文字は、はじめ全部大文字の「LEVI'S」でしたが、1971年に「Levi's」と、最初の1文字だけ大文字の書き方に変わりました。前を「ビッグE」、後を「スモールe」と呼びます。会社の説明では、1967年に新しくつくられたロゴの中で、創業者の名前は大文字と小文字をまぜて書くべきだとされたためです[6]。つまり、大きなデザイン変更ではなく、書体をそろえる調整でした。

赤タブのほかにも手がかりがあります。1927年に、素材メーカーが501専用の赤い耳(織物の端)つきデニムを作りました。1984年ごろに幅の広い織機へ切り替わり、標準品からは耳がなくなりました。のちに高級品や復刻品では復活しました[7]。

着古した服は洗濯でタグが取れたり、読めなくなったりします。そのため収集家は、タグだけでなく、耳の種類、縫い方、リベットの位置、糸の色など、いくつもの特徴を合わせて年代を判断します[8]。

赤タブが最初に付いたのは1936年9月1日である[6]。文字は当初すべて大文字の「LEVI'S」だったが、1971年に「Levi's」へ変わった。それ以前を「ビッグE」、以後を「スモールe」と呼ぶ。会社の説明では、1967年にウォルター・ランドー社が作った「バットウィング」(こうもりの羽の形)ロゴの中で、創業者の名前だから大小文字混じりにすべきとされたためである[6]。日本の解説サイトには1973〜74年とするものもあるが、ここでは会社発表の1971年を採る。2018年には、上位ラインを示すものとして「ビッグE」の赤タブが復活した。

耳(セルビッジ、織物の端)も年代の手がかりになる。1927年にコーン・ミルズ社が501専用の赤耳デニムを開発し、1984年ごろ広幅織機への切り替えで標準品からは耳がなくなった(のち高級品・復刻で復活)[7]。

着古したビンテージは洗濯でパッチが取れたり判読できなくなったりするため、収集家はパッチだけでなく、耳の種類・縫い方・リベットの位置・糸の色など複数の特徴で年代を判別する[8]。1つの目印に頼らず、複数を突き合わせる点が、判別を実用的なものにしている。

6. 見分け方が ひろまると どうなった?

6. 雑誌が見分け方を広め、値段が上がり、下がった

6. 1990年代の体系化と人気、2000年代の相場下落と多様化

1990年代には、男の人むけの 雑誌ざっしが、ふるい ジーンズの みわけかたを くわしく 書きました。タグ、ボタン、ぬい目の 糸の 色など、小さな ちがいを 見る やりかたです[9]。

みわけかたが ひろまると、ジーンズを あつめる 人が ふえ、人気も たかまりました。小さな ちがいが、「この ジーンズだけの お話」として 読まれる ように なったと 見る 人もいます。ただ、これは 書き手の かんがえ方です[9]。

じっさいに、ものすごく 高い ねだんが ついた ことも あります。とても ふるい デニムに 200万円が ついた という 話も あります。ただ、これは とくべつな ひとつの はなしで、ふつうの ねだんでは ありません[4]。

2000年代には、はやりや お店の かわりかたで、ねだんが 下がった 時期も ありました。ずっと 上がり つづける わけでは ありません[5]。

1990年代には、メンズ雑誌などが、ビンテージデニムの年代の見分け方を細かく解説しました。タグ、ボタン、ステッチの色や運針数など、小さな作りのちがいを読み解く方法です。愛好家のあいだに広まり、人気は最高潮に達したとされます[9]。

資料には、小さな作りのちがいを「個体ごとの物語」として読み解くことで価値が付いていった、という見方も書かれています。これは書き手の解釈で、事実そのものではありません[9]。

この時期には、非常に古いデニムに200万円がついた例が報告されています。ただし極端な1例で、相場ではありません[4]。

2000年代には、モード系の流行やファストファッションの参入で、ビンテージの相場は下がりました。それでも古着文化そのものは、いろいろな方向へ広がりました[5]。値段は上がり続けるものではない、ということも分かります。

1990年代、メンズ誌『ブーン』などがビンテージデニムの年代の見分け方(タグ・ボタン・ステッチの色や運針数など)を細かく解説し、愛好家に広まって人気が最高潮になった[9]。小さな作りの違いを「個体ごとの物語」として読み解くことで価値が付いていった、という見方もある。これは書き手の解釈であり、事実とは分けて読む必要がある。

この過程で、極端な例として、非常に古いデニムが200万円という価格になったと日本古着小売業協同組合の資料は述べる。ただし1例であり相場ではない。原文の「150年前」という表現は年代に疑問があるため、ここでは採らない[4]。

2000年代には、モード系の流行やファストファッションの参入でヴィンテージの相場は下落したが、古着文化は多様化した[5]。相場は上がり続けるものではないことが、この時期の動きから読み取れる。

7. 「ビンテージ」って、なん年 まえの もの?

7. 「ビンテージ」の目安と、今の古着の市場

7. 「ビンテージ」の定義の目安と、リユース市場の規模(2024年)

「ビンテージ」に、きまった 決まりは ありません。よく 言われる 目安は、作られてから 20年 いじょう たった ふくです[10]。

ふるぎは ぜんぶ 中古ですが、中古が ぜんぶ ビンテージ という わけでは ありません[10]。

いまの 日本では、中古の しょうひんを 売り買いする 市場が 15年 つづけて 大きく なって います。2024年には、ようふくや ブランド品を あわせた 分野が、はじめて 1ちょう円を こえたと 数えられて います[11]。

一般に「ビンテージ」は、作られて20年以上たった服をさすことが多いようです。これは業界の目安で、法律などの公的な定義ではありません。すべてのビンテージは中古ですが、中古がすべてビンテージなわけではありません[10]。

いまの市場も見てみます。リユース経済新聞の推計では、2024年の国内リユース市場は前年比4.5%増の3兆2628億円で、2009年以降15年続けて広がっています。衣料・服飾品は6392億円、ブランド品は4230億円で、この2つを合わせたファッション分野は、はじめて1兆円を超えました[11]。

日本古着小売業協同組合によると、全国の古着屋は現在約3000軒だそうです[4]。ただし1兆円は衣料と服飾品にブランド品を足した額で、古着だけの数字ではありません。

一般に、ビンテージは製造後およそ20年以上たった服をさすことが多い。これは業界の目安であり、公的な定義ではない。ビンテージはすべて中古だが、中古がすべてビンテージではない[10]。

リユース経済新聞の推計では、2024年の国内リユース市場は前年比4.5%増の3兆2628億円で、2009年以降15年連続の拡大となった。衣料・服飾品は6392億円、ブランド品は4230億円で、合計10622億円と、ファッション分野は初めて1兆円を超えた[11]。古着だけで1兆円というわけではない点に注意する。

日本古着小売業協同組合によれば、全国の古着屋は現在約3000軒である[4]。

8. じぶんでも たしかめて みたく なったら

8. 自分でも調べてみたくなったら

8. 自分でも調べてみたくなったら

やってみよう。おうちの ふくの うちがわに ついて いる、ちいさな タグを 見て みましょう。「どこで 作られたか」「なにで できて いるか」が 書いて あります。ふくを 2まい えらんで、書いて ある ことが ちがうか、くらべて みます。

ふるい ふくと 新しい ふくが あれば、タグの デザインが ちがうか 見て みましょう。ふくが 1まいしか なければ、タグを 1つ 見るだけでも だいじょうぶです。

次のようなことを、調べたり試したりできそうです。

  • 家にある服の内側のタグで、素材の表示、洗濯の表示、作られた国の表示を見つけて書き写してみましょう。新しい服と古い服で、書き方がちがうかもしれません。
  • 家にある服を2着選び、タグのデザインや書き方を見比べてみましょう。1着しかなければ、そのタグを1つじっくり見るだけで十分です。ここまでは家の服だけでできます。
  • 図書館に行けるなら、服の歴史の本から江戸の古着の商売について書かれたものを探してみましょう[1]。

資料を読み比べると、年代の見分け方や市場の数字について、別の見方ができる。

  1. Levi Strauss & Co. の赤タブと耳の解説[6][7]を読み、1971年や1984年ごろという年が何を根拠にしているかを確認する。日本の解説サイトが1973〜74年とする点との違いも見比べる。
  2. リユース経済新聞の推計[11]と、日本古着小売業協同組合の記述[4]を読み比べ、古着の市場規模を1つの数字で語れるかどうかを検討する。
  3. 家にある服のタグ(素材・洗濯表示・原産国)を読み、年代によって書かれ方が変わっているか確かめる。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

出典について:業界団体、企業の公式ページ、新聞・雑誌の解説、百科事典の項目を突き合わせて使った。一部は検索で得た要約に基づく。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 東海教育会「かもめの本棚 第2回 江戸の一大古着ビジネス」。 https://www.tokaiedu.co.jp/kamome/contents.php?i=1535 (江戸の古着商売の規模と仕組みについて)
  2. imidas「富沢町」(時代劇用語指南)。 https://imidas.jp/jidaigeki/detail/L-57-118-08-04-G252.html (富沢町の古着市について)
  3. Encyclopedia.com「Secondhand Clothes, History of」。 https://www.encyclopedia.com/fashion/encyclopedias-almanacs-transcripts-and-maps/secondhand-clothes-history (ヨーロッパの古着商売、古着が自己表現と見なされた経緯について)
  4. 日本古着小売業協同組合(JURA)「古着屋の歴史」。 https://www.jura.or.jp/history (戦後の古着、古着屋の数、高額の例について)
  5. FASHIONSNAP「日本古着カルチャー史から紐解く、ヴィンテージ市場のこれから」。 https://www.fashionsnap.com/article/vintage-next-trend/ (1970年代の古着屋、1980年代中盤の「発見」、2000年代の相場について)
  6. Levi Strauss & Co.「Celebrating 85 Years of the Levi's Red Tab」(英語)。 https://www.levistrauss.com/2021/09/01/85-years-of-the-levis-red-tab/ (赤タブの始まりと表記変更について)
  7. Levi Strauss & Co.「501 Fab Facts: The Story of Selvedge」(英語)。 https://www.levistrauss.com/2023/02/21/501-fab-facts-the-story-of-selvedge/ (赤い耳つきデニムについて)
  8. Heddels「Vintage Levi's 501 Jeans - The Ultimate Collector's Guide」(英語)。 https://www.heddels.com/2016/11/vintage-levis-501-jeans-the-ultimate-collectors-guide/ (年代を複数の特徴で見分けることについて)
  9. GOOD TOOL LAB note「第7回 ヴィンテージブームの到来」。 https://note.com/collect_note/n/n2f266f967aee (1990年代の雑誌と年代判別の広まりについて)
  10. COSH「Second-hand versus vintage」(英語)。 https://cosh.eco/en/articles/second-hand-versus-vintage (ビンテージの目安について)
  11. リユース経済新聞「リユース業界の市場規模推計2025(2024年版)」。 https://www.recycle-tsushin.com/news/detail_11719.php (2024年の国内リユース市場の規模について)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。