1. おびれの うらの、なにを みくらべるの?
1. 尾びれの裏の「白黒」と「ふち」を見くらべる
1. 見分ける手がかり ── 腹側の色模様・後縁の形・傷
2まいの 写真を、つくえに ならべて みましょう。どちらも ザトウクジラの おびれの うらがわです。おなじ クジラか、ちがう クジラか。みる ところは 3つ あります[1]。
ひとつめは、白と 黒の もようです。ほとんど 白い クジラも いれば、ほとんど 黒い クジラも います。いちばん おおいのは、そのあいだの クジラです。
ふたつめは、うしろの ふちの かたちです。つるっと なめらかな ものも、山と 谷が ある ものも あります。みっつめは、きずの あとです。
おとなに なれば、もようは ほとんど かわりません。ただ、ごく 一部の クジラは、うまれて 3ねんの あいだに、いろが かわる ことが あります[1]。
では、この もようを 写真で くらべる やりかたは、だれが はじめたのでしょう。
机に2枚の写真を並べたら
ザトウクジラの尾びれの裏側(腹側)を写した写真が2枚あります。同じ個体か、別の個体か。見るところは大きく3つです[1]。
1つめは白と黒の模様です。ほとんど白い個体から、ほとんど黒い個体まであり、大半はその中間だといいます。2つめは尾びれのうしろのふち(後縁)の形で、なめらかなものから、山と谷が並ぶものまであります。3つめは傷などの目印です。
この3つで見分けられるのは、模様が大人になればほとんど変わらないからです。ごく一部の個体では色が大きく変わって照合が難しくなりますが、そうした変化は生後3年以内に起きることが多いとされています[1]。傷やフジツボのような目印は、古い写真では見えても、時間がたつと薄れることがあります[2]。
一頭ずつにちがう顔があるなら、それを写真に残して見くらべれば、名前のないクジラも追えるはずです。この考えは、いつから研究に使われてきたのでしょうか。
写真による個体識別は、尾びれ腹側の色素模様が個体ごとに特徴的で大部分は安定していること、そして後縁の形も個体ごとに異なることを前提にしている[2]。実際に使われる手がかりは、①白と黒の模様、②傷などの目印、③後縁の形の3点である[1]。
模様の濃さには幅があり、ほぼ全体が白に近い個体からほぼ全体が黒に近い個体まである。大半はその中間にあたる。後縁もなめらかなものから山と谷が連なるものまで変異がある[1]。
ただし「一生まったく変わらない」わけではない。ごく一部の個体では色素に大きな変化が起こり、再照合が難しくなる。こうした変化は生後3年以内に起こることが多い[1]。傷やフジツボなどの目印も、古い写真では見えても時間とともに薄れることがある[2]。そのため、模様と後縁の形を組み合わせて判断する。
では、この性質に最初に目をつけ、方法として整えたのは誰か。
2. しゃしんなら、なぜ なんじゅうねんも おいかけられるの?
2. 写真なら、体にふれずに何十年も追いかけられる
2. 1981年の論文と、体にふれない追跡 ── 写真が追跡の中心になった理由
1981ねんに、カトナさんと ホワイトヘッドさんが、おびれの もように ついて 書いた ろんぶんを 出しました[3]。いま 世界で つかわれる 見わけかたの もとに なって います。
ただし、このとき はじめて 気づいた 人が いた わけでは ありません。それより まえにも、おびれの ちがいを かいた 人は います。
写真には いい ところが あります。クジラの 体に さわらなくて いいのです。うごきを しらべる きかいを つける やりかたは、すうじつで はずれて しまう ことも あります。写真を 何年も とりつづけると、おなじ クジラを なん十ねんも おえます[2]。
では、日本の 海では、どれくらいの 写真が あつまって いるのでしょう。
1981年の論文が、方法の土台になった
1981年、KatonaとWhiteheadが、尾びれ腹側の自然な模様でザトウクジラを見分ける方法を学術誌に発表しました[3]。いまでも、写真を人の目で見比べる作業は、基本的にこの論文の方法に沿って行われていると、のちの研究者は書いています[2]。
ただし、この論文が「最初」というわけではありません。尾びれの個体差を述べた報告は、それ以前にもあります。ここでは、方法の土台になった論文として紹介します。
写真の強み
写真なら、クジラの体に触れず、撮れた写真を重ねて何十年も同じ個体を追えます。衛星タグは数日で外れることがあるのに対して、写真は撮れた分だけ記録が積み重なります。論文は、尾びれ写真のおかげで、体をとらえて調べる方法に頼らずに個体を追えるようになったと述べています[2]。
この「積み重なる」性質が、日本の海ではどう働いたのでしょうか。
この方法の土台とされるのは、1981年に発表されたKatonaとWhiteheadの論文「Identifying humpback whales using their natural markings」(Polar Record 20巻128号)である[3]。のちの研究でも、手作業による照合は、この論文が確立した方法に大きく沿って今も主流であるとされている[2]。ただし、尾びれの個体差を述べた報告はそれ以前にもあり、この論文を「最初」と位置づけることはできない。
この方法が広がった理由の一つは、非侵襲性にある。衛星タグは数日で外れる場合があるのに対し、写真は何十年にわたる追跡を可能にした。論文は、写真識別が、個体を殺して調べる方法に頼らずにすむ、堅牢で費用のかからない代替手段になったと述べている[2]。
写真は撮れば撮るほど積み重なる。その積み重ねが、日本の海でどんな成果になったのか。
3. おきなわの 30ねんぶんの 写真から、なにが わかったの?
3. 沖縄の30年分の写真が、日本4海域をつないだ
3. 沖縄30年・日本4海域の照合 ── 一致個体が示した海域のつながり
沖縄では、1991ねんから およそ 30ねん、ザトウクジラの 研究が つづけられて きました。おびれの 写真で、一頭ずつ みわけて きたのです[4]。
ある 研究では、およそ 1万まいの 写真から、1850とうが みわけられて いました[6]。
つぎに、日本の 4つの 海の 写真を、あわせて みくらべました。沖縄、おがさわら、あまみ、北海道です。3532とうぶんの 写真です[4]。
すると、沖縄と おがさわらの りょうほうで 見つかった クジラが 225とう、沖縄と あまみでは 222とう いました。海を またいで、おなじ クジラが いたのです。この 数は、2か所ずつの 数で、たし算した 数では ありません。
とても 多くの 写真を くらべるのは、たいへんな しごとです。
約30年、約1万枚の写真
沖縄美ら島財団は、1991年から約30年、沖縄周辺でザトウクジラの来遊を調べ、尾びれの写真で個体を見分けてきました[4]。ある照合研究では、約1万枚・1850頭分の写真が使われています[6]。
4つの海の写真を突き合わせると
次に、1989年から2020年に沖縄・小笠原・奄美・北海道で撮られた3,532頭分の写真を、自動照合システムで突き合わせました。結果は、沖縄と小笠原で225頭、沖縄と奄美で222頭、小笠原と奄美で36頭、沖縄と北海道で3頭の一致です[4]。数は海域の組ごとのもので、足し合わせた個体数ではありません。
この結果から、4つの海域は共通の1つの集団が使っていると考えられました[4]。さらに、小笠原〜マリアナ寄りと、奄美・沖縄・フィリピン寄りの「2つの小グループ」がある可能性も示されましたが、これはあくまで示唆です[5]。日本周辺の集団は、絶滅が心配されている集団とされています[5]。
写真がどんどん増えたら、人の目だけで全部を見くらべられるのでしょうか。
沖縄美ら島財団は、1991年から約30年にわたって沖縄周辺の来遊状況を調べ、尾びれ写真による個体識別を続けてきた[4]。ある照合研究では、約30年・約1万枚(1850頭分)の写真が使われた[6]。
そこで、1989〜2020年に沖縄・小笠原・奄美・北海道で撮られた3,532頭分の写真を、自動照合システムで突き合わせた。その結果、一致個体は沖縄–小笠原で225頭、沖縄–奄美で222頭、小笠原–奄美で36頭、沖縄–北海道で3頭見つかった(海域の組ごとの数であり、合計の個体数ではない)。この結果から、4海域は共通の1つの集団が利用していると結論づけられた(PLOS ONE、2022年)[4]。
報道では、小笠原〜マリアナ寄りと奄美・沖縄・フィリピン寄りの「2つの小グループ」の可能性にも触れられているが、示唆にとどまる[5]。この集団は絶滅危惧集団とされている[5]。
では、写真が増え続けたとき、人の目による照合はどこまで通用するのか。
4. 写真が ふえると、人の 目だけでは たいへん?
4. 写真が増えるほど、人の目だけでは追いつかなくなる
4. 手作業の限界とAI照合 ── 組み合わせの爆発と、公開コンテストの精度
写真が 1まい ふえると、これまでの 写真 ぜんぶと くらべる ひつようが 出て きます。
ある 大きな 研究には、18469まいの 写真が ありました。ぜんぶ くみあわせて くらべると、1おく7000まんかいより 多く なります[2]。ゆびで くらべて いたら、いつまでも おわりません。
そこで、コンピューターの 出番です。「ハッピーホエール」という サイトでは、AIが 前の 写真と くらべて くれます。手で やるより、しごとの じかんが 少なくとも 98パーセント へったと ほうこくされて います[2]。
2018ねんには、33321まいの 写真を つかった コンテストも ひらかれ、2129ちーむが さんかしました[2]。
AIの しごとを たすけたのは、だれ なのでしょう。
1億7000万通りの組み合わせ
写真が増えると、見くらべの数は、足し算ではなく掛け算のように増えます。北太平洋のSPLASHという大きな研究には18,469枚の画像がありました。これを全部突き合わせると、組み合わせは1億7000万を超えます[2]。人が全部見たという意味ではなく、全部確かめようとしたときの数です。
AIが写真を見くらべる
Happywhaleは、一般の人も尾びれ写真を投稿できるサイトです。AI(畳み込みニューラルネットワーク)が過去の写真と照合し、手作業にくらべて作業時間を98%以上減らし、見逃し率を約6〜9%から1〜3%に下げたと報告されています[2]。
2018年11月から2019年3月には、Kaggleという場で、33,321枚の識別済み尾びれ画像を使った公開コンテストも開かれ、2,129チームが参加しました。上位5つのアルゴリズムの精度スコアは0.9678〜0.9731でした[2]。
ところで、AIが育つには、たくさんの写真と、写真を整える人手が要ります。それを出したのは、研究者だけではありませんでした。
手作業の照合は、写真が増えると急に重くなる。SPLASH研究の18,469枚の画像をすべて照合しようとすると、組み合わせは1億7000万通りを超える(18,469×18,468÷2で約1億7050万)[2]。これは全組み合わせの数であって、人が実際にすべてを見たという意味ではない。
この負担を減らしたのがHappywhaleである。尾びれ写真を一般の人も投稿でき、畳み込みニューラルネットワークによるAI照合が過去の写真と突き合わせる。論文は、画像管理の時間を少なくとも98%減らし、候補の見逃し率を約6〜9%から1〜3%に下げたと報告している[2]。
2018年11月から2019年3月に開かれたKaggleの公開コンテストでは、33,321枚の識別済み尾びれ画像が使われ、2,129チームが参加した。上位5つのアルゴリズムの精度スコアは0.9678〜0.9731だった[2]。
AIは、大量の写真と、それを整える人手があって動く。その人手を担ったのは、研究者以外の人々でもあった。
5. だれの 写真が、クジラを おいかけるのに やくだつの?
5. 市民が撮った写真が、北太平洋を一周したクジラを追った
5. 市民科学の広がり ── 132,000件の出会いと、北太平洋を一周した1頭
ボランティアの 人たちは、「ズーニバース」という サイトで、見わけられそうな おびれの 写真を えらんだり、きりぬいたり しました[2]。
ハッピーホエールには、12まんの 出会いの きろくが あつまりました。クジラの 数では、5まん6000とうを こえます[2]。「出会い」と 「クジラの 数」は ちがう 数です。
アラスカの 人が、アラスカから ハワイ、日本、そして アラスカへ もどる 1とうを おった、という 話も あります[7]。
この クジラを おいかける 力は、じぶんでも、ちょっと ためせそうです。
ボランティアと投稿者
論文時点のHappywhaleのデータは、識別された132,000件を超える出会いと、56,000頭を超える個体にのぼります[2]。「出会いの件数」と「頭数」は別の数で、同じ個体に何度も出会うことがあります。ボランティアはZooniverseというサイトで、識別できそうな尾びれ写真を選び、切り抜いて回転させる作業を手伝いました[2]。
北太平洋を一周した1頭
2022年5月の報道では、Happywhaleに投稿された尾びれ写真から、北太平洋のザトウクジラが次々に識別されていると紹介されました[7]。
この報道では、アラスカの人が「アラスカからハワイ、日本、そしてアラスカ」と北太平洋を一周した1頭を追った例も紹介されています[7]。写真が積み重なると、ひとりの目では届かない旅が見えてきます。
では、この見分け方を、私たちも少し試すことはできるでしょうか。
論文時点のHappywhaleの識別データは、132,000件を超える個体の出会い(encounter)と56,000頭を超える個体からなる。件数と頭数は別の量で、同じ個体の複数の出会いが含まれる[2]。ボランティアはZooniverseで、識別に使えそうな尾びれ写真の選別と、切り抜き・回転を手伝った[2]。
2022年5月の報道では、Happywhaleに投稿された尾びれ写真から北太平洋のザトウクジラが次々に識別されていると紹介された[7]。
同じ報道は、アラスカの人が「アラスカ→ハワイ→日本→アラスカ」と北太平洋を一周した1頭を追った例を挙げている[7]。前の章で見た日本4海域の一致個体は、こうした海をまたぐ移動の一部を、研究者の側から示したものと読める。
では、この方法の考え方を、手元でどう確かめられるか。
6. 自分でも 見くらべて みよう
6. 自分でも、尾びれの「ふち」を見くらべてみよう
6. 出口 ── 後縁を見くらべる体験と、原典の読みどころ
図かんや 水ぞくかんの かんばんで、クジラの おびれの 写真を さがして みましょう。うらがわの 写真が あれば、ねらい目です。
3まい えらんで、うしろの ふちが つるっと して いるか、山と 谷が あるかを みくらべます。つぎに、白い ところと 黒い ところが どんな ぐあいかを みて、「これは ○○がた」と なまえを つけて みましょう。
マッコウクジラの おびれには、もようが ありません。うしろの ふちの 小さな きれこみが、みわける てがかりです[8]。クジラの しゅるいに よって、みる ところが ちがいます。
もっと 知りたく なったら、沖縄の 水ぞくかんを うんえいする ざいだんの ほうこく(2022ねん12がつ9か)を、おとなと 読んで みましょう[4]。
図鑑や水族館の掲示で、クジラの尾びれの写真を探してみましょう。裏側(腹側)の写真があれば、ねらい目です。
3枚選んで、後縁がなめらかか、山と谷があるか、白と黒がどんな割合かを見くらべます。ふちの形だけで、どこまで見分けられるか。次に、白黒の分かれ方を足すと、どう変わるか。ふたつの手がかりを使い分ける体験になります。
ザトウクジラ以外では、見るところが違います。マッコウクジラの尾びれには模様がなく、後縁の小さな切れこみが手がかりになります[8]。
もっと知りたくなったら、沖縄美ら島財団の2022年12月9日付の報道発表[4]を読んでみてください。日本4海域の照合の結果が、図つきで載っています。
手元の確認としては、図鑑や写真資料で尾びれ腹側の写真を3枚探し、後縁の形(なめらか/山と谷)と白黒の分布を見くらべるとよい。ふちの形だけの比較と、白黒の分布も加えた比較とで、見分けやすさがどう変わるかを自分で確かめられる。
ザトウクジラ以外では見る場所が異なる。マッコウクジラは尾びれに模様がなく、後縁の小さな切れこみ(ノッチ)が手がかりになる[8]。
原典としては、Cheeseman et al.(2022)が、手作業照合とAI照合の比較、Kaggleの結果、Happywhaleのデータ規模をまとめている[2]。日本の海については、沖縄美ら島財団の報道発表(2022年12月9日)が、4海域の一致個体数を示している[4]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料をもとにしました。論文は、読める範囲で原典に当たってください。
- Center for Coastal Studies「Research Techniques」。https://coastalstudies.org/?p=173 (尾びれの3つの手がかりと、模様の変化について)
- Cheeseman et al.「Mammalian Biology」102巻915頁(2022年)。https://cascadiaresearch.org/files/s42991-021-00180-9.pdf (写真識別の仕組み、手作業とAI照合、Kaggle、Happywhaleのデータ規模について)
- Katona and Whitehead「Identifying humpback whales using their natural markings」Polar Record 20巻128号 439–444頁(1981年)。Cambridge Core (尾びれ模様による個体識別の方法の土台について)
- 沖縄美ら島財団 報道発表(2022年12月9日)。https://churashima.okinawa/userfiles/files/topics/pressrelease/nr_221209.pdf (沖縄の約30年の調査と、日本4海域の一致個体について)
- 琉球新報「ザトウクジラ 2つの小グループ」報道。https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1630033.html (2つの小グループの可能性と、絶滅危惧集団とされる点について。二次資料)
- SCITEPRESS(2022年)の論文。https://www.scitepress.org/Papers/2022/108669/ (沖縄周辺の約1万枚・1850頭分の写真について)
- Alaska Public Media「Citizen science program uses artificial intelligence to track thousands of humpback whales」(2022年5月26日)。https://alaskapublic.org/2022/05/26/citizen-science-program-uses-artificial-intelligence-to-track-thousands-of-humpback-whales/ (北太平洋を一周した1頭の例について。二次資料)
- Whales of Iceland「A beginner's guide to photo ID」。https://www.whalesoficeland.is/post/a-beginners-guide-to-photo-id (マッコウクジラの見分け方について。二次資料)
なおした ところ
更新履歴
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