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手話は、世界じゅう おなじじゃ ないの?

手話は世界共通ではないのか ── 300以上ある手話のちがいと、国をこえて通じ合う工夫

手話はなぜ国や地域で違うのか ── 地域差の生まれ方と国際手話

分野:歴史・文化

世界の 耳の きこえない 人たちの 大会で、みんなの ために つくった 手話を つかったら、あつまった 人に つうじなかった、と つたえられて います。

どうして 世界に ひとつの 手話は ないのでしょう。この メモでは、手話が 世界で 300いじょう ある ことや、日本の 中の ちがい、ちがう 人どうしが わかりあう ほうほうが わかります。

世界のろう者が集まる国際大会で、みんなのために作られた共通の手話が使われたところ、参加者には理解できなかった、と伝えられています[9]。1976年のことです。

手話はもともと、世界にひとつではありません。では、300以上もある手話は、どうやって違いを作り、違う手話を使う人どうしは、どうやって通じ合うのでしょうか。この記事では、日本の中の地域差、漁村で聞こえる人も使う手話、国際大会で使われる「国際手話」のしくみが分かります。

1973年に世界ろう連盟の委員会が、各国の手話を集めた共通語彙集「ジェスチュノ」(約1,500語とされる)を作ったが、1976年のブルガリアでの大会で初めて使われたとき、参加したろう者には理解できなかったと説明されている[9]。共通語を設計しても通じなかった。では、そもそも手話はなぜ世界で300以上に分かれ、日本の中でも差があるのか。

この記事では、地域差の理由(ろう学校・村・国どうしの影響)と、設計された共通語に代わって育った国際手話(IS)の成り立ちが分かる。

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1. 手話は 世界じゅう おなじ ことばなの?

1. 手話は世界共通のことばなのか

1. 手話は世界共通ではない:300以上の言語と、自然言語としての手話

手話は、手や 顔の 動きで つたえる ことばです。耳の きこえない 人たちが つかって います。

では、世界の どこでも おなじ 手話なのでしょうか。じつは、ちがいます。こくれんは、世界に 300いじょうの ちがう 手話が あると しょうかいして います[1]。

日本語と えいごが ちがう ように、手話も 国や ところに よって ちがうのです。

また、手話は 音の ことばを 手に うつした ものでは ありません。ふつうの ことばと おなじ、ちゃんとした ことばだと、こくれんは せつめいして います[1]。

それなら、日本の 中では みんな おなじ 手話を つかって いるのでしょうか。

国連のページは、世界ろう連盟(WFD)の数字として、世界には7,000万人以上の聴覚に障害のある人がいて、300以上の異なる手話が使われていると紹介しています[1]。「以上」とあるとおり、ぴったり300という数ではありません。

手話は、話し言葉を手の動きに置きかえたものではありません。国連は、手話を、話し言葉とは構造が違う、れっきとした自然言語だと説明しています[1]。日本語と英語が別の言語であるのと同じように、手話にも国や地域ごとの違いがあります。国連は9月23日を国際手話言語デーと定めていて、2017年に決まり、最初の記念日は2018年でした[1]。

では、同じ国の中なら、みんな同じ手話なのでしょうか。日本の中を見てみましょう。

国連のページは、世界ろう連盟(WFD)の数字として、聴覚に障害のある人が世界で7,000万人以上おり、300以上の異なる手話が使われていると紹介している[1]。「以上」の数なので、300は下限の目安で、正確な総数ではない。

手話は、構造が話し言葉と異なる自然言語である[1]。このため、日本語を手の形に置きかえたものではなく、国ごと、地域ごとに独立して育つ。国連は、世界ろう連盟が1951年の9月23日に設立されたことにちなんで、この日を国際手話言語デーと定めた(2017年採択、最初の記念日は2018年)[1]。

では、国という単位より小さい、日本国内ではどうか。国内にも差があるのなら、その差は何が作るのか。

2. 日本の 中でも、手話は ちがうの?

2. 日本の中でも、手話の単語は地域でちがうのか

2. 日本手話の地域差:文法はほぼ共通で、語彙が地域によって変わる

手話は、日本の 中でも、すんで いる ところに よって、ちがう ことが あります。日本語の ほうげんの ような ものです[2]。

とくに よく しられて いるのは、東と 西の ちがいです。ことばの 文の つくりは だいたい おなじで、ちがいが 大きいのは たんごだと せつめいされる ことが あります[4]。

東京と 京都の 手話を しらべた 研究でも、世代や ところに よって、たんごの つかい方に かなりの ちがいが ある ことが わかりました[3]。

さらに、としうえの 人ほど、つかう たんごの しゅるいが おおい という けっかも でて います[3]。

では、その ちがいは どうやって できるのでしょうか。

関西学院大学の手話言語研究センターに関わる研究者は、手話は話し言葉と同じで世界共通ではなく、方言のようなものもあり、住んでいる地域によって表現が異なる、と話しています[2]。

日本手話は、文法はほぼ共通で、違いが大きいのは単語だと説明されることがあります。関東と関西の違いがよく知られていますが、細かな分類についての系統的な研究は、まだ少ないとされています[4]。

厚生労働科学研究の成果として公開されている調査では、東京と京都の2地域で、世代間・地域間で単語の使い方にかなりの変化があると確かめられました。さらに、高齢のろう者ほど使う単語の種類が多かったそうです[3]。

地域でも世代でも違いがあるのは、日本語などの話し言葉と同じです。では、その違いはどうやって生まれるのでしょうか。

日本手話の地域差について、研究者は、手話も話し言葉と同様に世界共通ではなく、方言のようなものがあり、住む地域によって表現が異なると説明している[2]。ただし、その特徴は一様ではない。文法はほぼ共通で、大きく違うのは語彙だと説明されることがあり、関東と関西の差がよく知られる[4]。

実際に、東京と京都の2地域を調べた日本の手話言語データベース事業では、世代間・地域間で単語の使用法にかなりの変化があることが確認されている。また、高齢のろう者ほど使う単語の種類が多かった[3]。この傾向の理由は、紹介されている要旨からは分からない。

東西の差の細かな分類は、系統的な研究がまだ少ないとされる[4]。個別の単語を例に東西差を断定することは避け、ここでは「語彙に差があり、世代でも変化する」という点にとどめる。では、差を作るきっかけは何か。

3. 手話の ちがいは、学校から うまれるの?

3. 手話の地域差は、学校からどう生まれるのか

3. 地域差の理由:ろう学校の教員の移動と、東京・京都の2校

ちがいの りゆうの ひとつは、ろう学校だと いわれて います。ろう学校は、耳の きこえない こどもが まなぶ 学校です[2]。

手話の できる 先生が、ほかの けんの 学校に うつったと します。その けんの こどもたちは、先生の 手話を おぼえます。先生や 先ぱいの 手話を まねして、じぶんの ものに して いくからです[2]。

むかし、めいじ時代の ころ、東京と 京都に、べつべつに ろう学校が できました。それが 東と 西の ちがいに かかわる、という せつめいが あります[4]。

ただし、学校だけが りゆうでは ありません。ぶんかの ちがいも あげられて います[5]。

聞こえない子どもの家族には、手話を使わない人もいます。そのため、ろう学校が手話を受けつぐ場の一つになります。国立民族学博物館の解説は、教育の場に他の地域から講師が来ると、その講師の手話が地域の手話に大きな影響を与えることがあると述べています[5]。

前川さんも、手話のできる教員が他県に赴任すると、その県の子どもたちがその手話を覚え、先生や先輩の影響を受けて身につけていくので、環境によって手話が変わる、と話しています[2]。

日本では、明治期に東京と京都にそれぞれろう学校ができました。この別々の出発が、関東と関西の方言差の形成に関係する可能性が指摘されています[4]。ただし、学校だけが理由ではありません。文化の違いも挙げられています[5]。

学校が違いを作るなら、学校のない小さな村では、どうなるのでしょうか。

聞こえない子どもの家族には、手話を使わない人もいる。そのため、ろう学校は、手話が世代を越えて伝わる場の一つになる。教育現場に他地域から講師が来ると、その手話が地域の手話に影響を与えることがあると、国立民族学博物館の解説は述べる[5]。研究者も、手話の使える教員が他県に赴任し、その県の子どもが先生や先輩の影響で手話を身につけるため、環境により手話が変わると話している[2]。

日本では、明治期に東京と京都にそれぞれろう学校が設立された。この別々の出発が、関東・関西の方言差の形成に関連する可能性が指摘されている[4]。ただし、これは要旨レベルの説明で、因果の大きさを示す定量的な資料ではない。学校は唯一の理由でもなく、文化の違いも挙げられている[5]。

では、学校がなく、住民のほぼ全員が顔見知りの小さな集落では、手話はどう育つのか。

4. 海の むらでは、きこえる 人も 手話を つかうの?

4. 漁村では、聞こえる人も手話を使うことがあるのか

4. 村の手話:宮窪(愛媛県今治市)と、砂漠の村の手話

えひめけんの いまばりしに、みやくぼと いう ところが あります。海の ちかくの まちで、さかなを とる 人が おおい ところです[6]。

ここには、生まれつき 耳の きこえない 人が おおく、となりの 人や さかなを とる 人たちが、きこえる 人も きこえない 人も わけへだてなく 手話を つかう ならわしが ひろまって いました[6]。

2016年の ときは、まちの 人口 2,736人の うち、耳の きこえない 人は 20人、手話が わかる 人は 50人ほどと すいそくされて います[6]。いまの 人数では ありません。

みやくぼでは、きこえる 人も きこえない 人も 手話を つかって、まちの ことばに して きました。

愛媛県今治市の宮窪地区は、生まれつき耳の聞こえない人が多い地区です。近所の人や漁業の人たちの間で、聞こえる人も聞こえない人も区別なく手話を使う習慣が広がっていた、と説明されています[6]。船の上や港で、「あれを取って」を手の動きで伝える場面を思い浮かべると、聞こえる人も聞こえない人も、手話でやりとりする暮らしが広がった様子が想像できます。

2016年現在、人口2,736人のうち、聞こえない人は20人、手話を理解する人は約50人と推測されています[6]。聞こえない人は人口の1%に届きませんが、手話を理解する人はそれより多く、聞こえる人にも手話を使う人がいたことが分かります。現在の人数ではないことに注意が必要です。

海外にも似た例があるといわれます。イスラエルのネゲブ砂漠にあるアルサイイド・ベドウィンの村では、遺伝性の聞こえにくさが多く、村の独自の手話が生まれたと紹介されています。聞こえる人も使い、1世代のうちに規則的な語順が現れたそうです[7]。ただし、数字は百科事典の紹介にとどまるため、ここでは「といわれる」としておきます。

村の手話は、小さな場所で育ちました。では、国と国の間では、手話は似たり、混ざったりするのでしょうか。

愛媛県今治市の宮窪地区は、先天性のろう者が多く、近隣住民や漁業者が、聴者・ろう者を問わず手話を使う習慣が広まっていた[6]。2016年現在、人口2,736人のうち、ろう者は20人(約0.7%)、手話を理解する人は約50人(約1.8%)と推測される。聞こえない人より手話を理解する人のほうが多く、聞こえる人にも手話を使う人がいたことが分かる。ただし、これは2016年時点の推定であり、現在の人数ではない[6]。

手話は、聞こえない人の言語であるだけでなく、地域の暮らしの中で、聞こえる人も含めた共通のことばとなり得る。この点は、宮窪の事例が示す。

似た現象が、遠い砂漠の村でも報告されている。イスラエル・ネゲブ砂漠のアルサイイド・ベドウィンの村では、遺伝性の聴覚障害が多く、約70年ほどの間に村独自の手話が生まれた。聞こえる人も使い、1世代のうちに規則的な語順が現れたとされる[7]。ろう者の割合は資料によって推定に幅があり、ここでは数字を示さない。ただし、これは百科事典の記述と論文要旨の検索結果であり、原論文の本文までは確認していないため、数字は目安として扱う。

こうした村の手話は、閉じた共同体の中で育った。では、別々に育った手話どうしは、国境を越えるとき、似たり混ざったりするのか。

5. ちがう 国の 手話と にて いる ことは あるの?

5. 別の国の手話と似たり、混ざったりすることはあるのか

5. 国境を越える語彙:台湾手話・韓国手話と、フランス手話から育ったアメリカ手話

国が ちがっても、手話が にて いる ことが あります。日本の 手話は、たいわんや かんこくの 手話と、ことばの 6わりほどを わけあって いると いう ほうこくが あります[4]。れきしの かかわりが あると いわれて います。

ただし、たいわんの 手話は、ほかの 手話からも えいきょうを うけて、じぶんの ことばとして そだって います[4]。

アメリカの 手話は、1817年に フランス人の ろうの 先生と アメリカ人が ひらいた 学校が きっかけで、フランスの 手話と アメリカの 手話が まざって できたと いわれます[8]。日本の 手話と アメリカの 手話の 間でも、ことばを かりる ことが あります[5]。

ことばは、人が うごけば、いっしょに はこばれて いきます。

台湾手話・韓国手話・日本手話は、語彙の約60%を共有しているという報告があり、日本との歴史的な関わりが指摘されています。これらをまとめて「日本手話語族」と分類する見方もあります[4]。ただし、60%は諸報告による数字です。台湾手話は日本手話から大きな影響を受けつつ、ほかの手話の影響も受けて独自に発展したとされています[4]。

アメリカ手話は、1817年にコネチカット州ハートフォードで、トーマス・ギャローデットとフランスのろう者の教師ローラン・クレールが開いた学校がきっかけで、フランス手話と、米国内の手話や家庭で使われていた身ぶりが混ざって育った、と紹介されています[8]。成立の年代には幅があり、1817年は学校ができた年です。日本手話とアメリカ手話の間でも、お互いの単語を借りることがあります[5]。

手話は、人や学校が動くたびに、似たり混ざったりしてきました。それなら、手話の違いを乗りこえるために、最初から世界共通の手話をつくればよいのではないでしょうか。

手話は、語彙の一部を国どうしで共有することがある。台湾手話・韓国手話・日本手話は、語彙の約60%を共有するとの報告があり、日本との歴史的な関わりが指摘され、「日本手話語族」とする分類もある[4]。ただし、約60%は諸報告による数字で、台湾手話は日本手話の影響を強く受けつつ、他の手話の影響も受けて独自に発展している[4]。

アメリカ手話は、1817年にコネチカット州ハートフォードで、トーマス・ギャローデットとフランスのろう教師ローラン・クレールが開いた学校をきっかけに、フランス手話と米国内の手話・家庭の身ぶりが混ざって育った[8]。成立年代には幅があり、1817年は学校設立の年である。日本手話とアメリカ手話の間でも借用が起きる[5]。ただし、フランス手話との関係は検索結果の要約にもとづくため、ここでは大づかみな流れとして扱う。

国境を越えて似る例も混ざる例もあるが、通じる保証にはならない。では、通じることを目的に設計された共通の手話は、機能したのか。

6. 世界みんなの 手話を つくったら、つうじたの?

6. 世界共通の手話をつくったら、通じたのか

6. ジェスチュノの試みと、自然に育った国際手話(IS)

1973年に、世界の きこえない 人たちの 会の 委員会が、「ジェスチュノ」と いう ことばの あつまりを つくったと つたえられて います。いろいろな 国の 手話から、しぜんで かんたんな ものを あつめた ものです。1,500ごほどとも つたえられます[9]。

けれど、1976年に ブルガリアでの 大会で はじめて つかわれた とき、あつまった 人たちには わからなかったと つたえられて います[9]。

いま、国と 国の 会ぎで つかわれて いる「国さい手話」は、つくられた ことばでは ありません。ちがう 手話の 人たちが、みんなが しって いる ことや、えのように わかる 手話や 身ぶり、ほかの ことばから かりた ものなどで、よりあって つうじさせる ほうほうです[9]。ジェスチュノに かわって、さんかした 人たちが みんなが しって いる ことや 身ぶりなどで つうじあう 国さい手話が つかわれるように なりました。

つくった ことばより、人が よりあう ほうが、つうじやすかったのです。

1973年、世界ろう連盟(WFD)の委員会は、各国のろう者が使う自然で簡単な手話を集めた共通の語彙集「ジェスチュノ」を作ったと伝えられています。約1,500語とも伝えられます[9]。世界の手話の違いを乗りこえる、大きな試みでした。

ところが、1976年にブルガリアで開かれた世界ろう連盟の大会で初めて使われたとき、参加したろう者には理解できなかった、と伝えられています[9]。語彙を集めても、実際の会話は、語彙だけでは成り立たなかったようです。

今の「国際手話(IS)」は、設計された言語ではありません。国際会議などで、各国の手話を使う人が、共通の知識や、絵のように意味が分かる手話、身ぶり、ほかの言語から借りた手話を使って歩み寄る、自然に生まれた方法です[9]。ジェスチュノに代わって、参加者が共通の知識や身ぶりなどを使って通じ合うISが使われるようになりました。

もっとも、これは百科事典の記述にもとづく説明です。原典にあたれば、ジェスチュノの語数や当時の様子を、もっと詳しく確かめられるかもしれません。

ここまでの話は、遠い国際大会のことのようです。でも、「歩み寄り」は、家の中でも体験できます。

1973年、世界ろう連盟(WFD)の委員会が、各国のろう者が使う自然で簡単な手話を集め、約1,500語の共通語彙集「ジェスチュノ」を作ったと伝えられる。しかし、1976年のブルガリアでのWFD大会で初めて使われたとき、参加したろう者には理解できなかったと伝えられる[9]。語彙を集めただけでは、各国の手話が持つ文法や使い方の違いを埋められなかったためと考えられるが、この理由は資料に明記されていない。

その後、ジェスチュノに代わって、参加者が共通の知識や身ぶりなどを使って通じ合うISが使われるようになった[9]。ISは設計された言語ではなく、国際会議などで各国の手話の使い手が、共通の知識・絵のように意味が分かる手話・身ぶり・他言語からの借用で歩み寄る、自然発生的な方法である[9]。

以上の資料は、百科事典の記述と検索結果による。ジェスチュノの語数(約1,500語)や1973年の年号は、一次資料である世界ろう連盟の文書や出版物で確かめる必要がある。では、通じ合うための「歩み寄り」を、身近な場面で確かめることはできるか。

7. 声を 出さずに つたえて みよう

7. 身ぶりだけで、きのうのことを伝えてみる

7. 身ぶりで歩み寄る体験と、資料の読み方

家の 人に、てつだって もらいます。声は 出さないで、きのうの できごとを、身ぶりだけで つたえて みましょう。

たとえば、おやつを たべた ことなら、手に もって たべる ふりを したり、あまい かおを したり して みます。どの 身ぶりで つたわったか、どこで まちがえたかを、いっしょに 見て みましょう。

これは 手話では ありません。でも、国さい手話が、えのように わかる 身ぶりを たよりに するのと、すこし にて います。

火や ほうちょうは つかわず、あぶなくない ところで やって ください。

家の人に協力してもらい、声を出さずに、前日にあったことを身ぶりだけで伝えてみてください。何を最初に表現するか、どの動きで通じたか、どこで行きちがったかを話し合ってみると、「歩み寄り」の感覚が分かります。

これは手話ではなく、手話の練習でもありません。国際手話が、共通の知識や、絵のように分かる動きを手がかりにするしくみに、少しだけ似た体験です。手話を学ぶには、実際に手話を使う人から学ぶのがいちばんです。

身ぶりで伝えるときは、周りに物がない広い場所で行い、無理な動きはしないようにしましょう。

声を出さずに、家族の協力を得て、前日の出来事を身ぶりだけで伝える。何が通じやすく、何が通じにくいかを話し合うと、身ぶりが通じ合う手がかりになることを体験できる。ただし、これは手話そのものではなく、国際手話の仕組みの再現でもない。手話は、独自の文法を持つ自然言語である[1]。周囲に物のない場所で、無理のない動きで行うこと。

資料を読むなら、国連の国際手話言語デーのページ[1](手話が自然言語であること、300以上の手話があること)、厚生労働科学研究の成果データベース[3](日本の手話言語データベースの調査)、国立民族学博物館「ことばの変化」の連載[5](手話の地域差と継承)が出発点になる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

数字や年号は、下の資料に書かれていることをまとめたものです。百科事典(Wikipedia)の記述は、確かめやすい補助として使いました。

  1. 国連 国際手話言語デー https://www.un.org/en/observances/sign-languages-day (手話の数、自然言語であること、記念日)
  2. 週刊女性PRIME 前川和美氏(関西学院大学手話言語研究センター)談話 https://www.jprime.jp/articles/-/26259 (地域による違い、ろう学校の影響)
  3. 厚生労働科学研究成果データベース「日本の手話言語データベース」 https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/14117 (東京・京都の世代間、地域間の違い)
  4. Wikipedia「日本手話の方言」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%89%8B%E8%A9%B1%E3%81%AE%E6%96%B9%E8%A8%80 (関東・関西の違い、台湾・韓国手話との関係)
  5. 国立民族学博物館 ことばの変化(4) https://loquens.minpaku.ac.jp/?p=406 (学校による手話の継承、借用)
  6. Wikipedia「宮窪手話」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E7%AA%AA%E6%89%8B%E8%A9%B1 (宮窪地区の人数と習慣)
  7. Wikipedia, Al-Sayyid Bedouin Sign Language https://en.wikipedia.org/wiki/Al-Sayyid_Bedouin_Sign_Language (砂漠の村で生まれた手話)
  8. Lifeprint, ASL history https://lifeprint.com/asl101/pages-layout/history1.htm (アメリカ手話の成り立ち)
  9. Wikipedia, International Sign https://en.wikipedia.org/wiki/International_Sign (ジェスチュノと国際手話)

なおした ところ

更新履歴

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