1. ナシの はなは、なぜ 人が かふんを つけるの?
1. 花粉を自分で受けとれないから、人が花粉をつけてまわる
1. 受粉:自分の花粉では実がつかない果樹と、上向きのつぼみ採り
ナシの はたけを、そうぞうして みて ください。ナシの 木は、たなの ように ひろがって、はなは あたまの うえに さきます。
ナシは、じぶんの かふんでは みが つかない 木です[1]。だから ほかの 木の かふんを、人が はなに つけて あげます。
この かふんを あつめるのが たいへんです。かふんを とるには、たくさんの つぼみを つまなければ なりません。それも、うえを むいたまま です[1]。
そこで、かふんを とる しごとを らくに する くふうが うまれました。つぼみを とる きかいを つかうと、ナシでは さぎょうの じかんが 8わりほど みじかく なった、という けっかが あります[1]。
頭の上に咲く花に、花粉をつける
ナシは一般に、枝を棚のように広げる「棚仕立て」で育てられます。花は作業する人の頭の上に咲くので、花粉を取るためのつぼみ摘みも、上を向いたままの重労働になります[1]。
それでも花粉が要るのは、ナシが自分の花粉では実がつかない果樹だからです。受粉に必要な量の花粉を集めるには、たくさんのつぼみを採らなければなりません。人手不足のため、輸入した花粉を使う例も増えているそうです[1]。
つぼみ採りと受粉を楽にする工夫
農研機構の資料には、作業を軽くする工夫がいくつか出ています。低い木の高さで枝を横にならべる「低樹高ジョイント仕立て」では、つぼみ採りの時間が通常の棚仕立てより約4〜6割短くなりました。手に持つ花蕾採取機では、ナシで約8割短くなっています。
花粉を静電気でめしべにつきやすくする受粉機の試験では、ナシの花粉の使用量を約80%減らせました。減ったのは花粉の量で、実の数ではありません[1]。
花粉を集めて、つけるだけでも、これだけの手間がかかります。では、その花粉は、咲く日の天気にも左右されるのでしょうか。
ナシは自分の花粉では実がつかない果樹であり、人工受粉が欠かせない。そのうえ、受粉に必要な量の花粉を得るには多数のつぼみを採取しなければならず、人手不足から輸入花粉を使う例も増えている[1]。
この採取がとくに重労働になるのは、ナシが一般に棚仕立てで栽培され、つぼみが作業者の頭上にあるからである。上向きの作業を強いられるため、省力化の研究も、まず採取の時間に向けられてきた。低樹高ジョイント仕立てでは作業時間が通常の棚仕立てより約4〜6割短縮され、手持ち式の花蕾採取機ではナシで約8割短縮された。短縮された割合であって、作業時間が4〜6割になったわけではない[1]。
受粉の側でも減らす工夫がある。静電気を帯びさせて花粉をめしべに付きやすくする静電風圧式受粉機の試験では、ナシの花粉の使用量が約80%減った。ただし減ったのは使用量であり、結実した果実の数ではない[1]。
つまり、人工受粉は「花粉を集める」と「少ない花粉を無駄なく付ける」の2段階で改良されている。では、集めた花粉そのものは、咲く時期の気温でどう変わるのか。
2. かふんは、さむい あさに よわいの?
2. 花粉は寒さに弱く、品種でも差がある
2. 低温と花粉:10℃以下で発芽率が落ちる品種、落ちにくい品種
かふんを あつめて つけても、さむい 日には、うまく いかない ことが あります。
多くの ナシの かふんは、気おんが 10度 いかに なると、めを だす わりあいが 1わり いかに おちます。でも、3つの ひんしゅの かふんは、おなじ さむさでも 3わり いじょう めを だしました[1]。
この けっかは、とっとり大学の しらべで、130の ナシの なかまを しらべて わかった ことです。
ちかごろは、はなが はやく さく 年も あると いわれます。さむい うちに さくと、かふんを つけても、みが うまく そだたない ことが あります[1]。
10℃を境に、花粉の発芽が落ちる
花粉は、めしべについたあと、芽を出して管をのばさないと、受粉は進みません。この「発芽率」を調べた鳥取大学の調査(ナシ130品種、寒天の上で測定)では、多くの品種の花粉が10℃以下で発芽率が1割以下に落ちました[1]。
ところが、「奈良吉野古木」「土佐梨」「今村夏」の3品種は、同じ低温でも3割以上の発芽率を示しました。寒さに強い花粉をもつ品種があるわけです。
早く咲く花と、冷える朝
近年は、開花が早まる傾向があるといいます。花が早く咲くと、低温の日にぶつかりやすくなり、受粉しても結実や肥大が悪くなることがあります[1]。
ここまでは、咲いた花の話でした。ところで、この花はいつ用意されたのでしょうか。じつは、咲く前の年の夏に、もう準備がはじまっているといわれます。
人工受粉を行っても、花粉が発芽しなければ受粉は成立しない。鳥取大学がナシ130品種の花粉を寒天培地上で調べた結果では、多くの品種の花粉は10℃以下で発芽率が1割以下に落ちた。一方「奈良吉野古木」「土佐梨」「今村夏」の花粉は、同じ温度条件でも3割以上の発芽率を示した[1]。
これは培地上の測定であり、果樹園の結実率をそのまま示すものではない。ただ、近年は開花が早まる傾向があり、低温の時期に咲くと、受粉しても結実や果実の肥大が悪くなることがあるとされる[1]。だから、品種ごとの低温への強さの差は、受粉の失敗を減らす手がかりとして調べられている。
では、その花そのものは、いつ、どのようにして用意されるのか。実は、受粉より約10か月も前に、準備が始まっている。
3. はなの もとは、いつ できるの?
3. 咲く前の年の夏に、もう花の元ができている
3. 花芽分化:前年の6月下旬に始まる準備と、新梢の誘引
はるに さく はなは、まえの なつに、もう できはじめて います。ちば県の けんきゅうでは、「あきづき」という ニホンナシで、6月の おわりごろに、はなの もとが つくられ はじめる、と いわれます[2]。
この はなの もとを「はなめ」と よびます。はなめは ふゆを こして、はるに はなに なります。
だから、なつの うちに、人は 木の おせわを します。ナシの 木の わかい えだは、まっすぐ のびます。そこで、えだを 45どくらい ななめに ひっぱって ひくく します。こうすると、はなめが つきやすく なります[3]。
花の準備は、前の年の夏から
千葉県の研究報告で調べられたニホンナシ「あきづき」では、花芽は6月下旬ごろから分化しはじめるといわれます。春に咲く花の元が、前の年の夏のうちに作られるのです[2]。同じ報告には、6月下旬〜7月上旬に枝を誘引する処理で、花芽の分化率が高まる例も示されています。
枝を斜めに引いて、花芽をつきやすく
石川県の栽培ごよみ(根域制限栽培の事例)には、新梢を6月中旬から7月下旬に、棚の面から45度ほどに引き下げる「誘引」が書かれています。目的は、花芽がつきやすくなることです[3]。
花芽ができる時期と、誘引の時期が重なっています。人の手が入るのは、花粉をつける春だけではありません。この栽培事例では、夏の誘引が翌春の花芽のつき方に関係していました。
花は用意できました。次は、咲いた花から実を育てる番です。実は、全部の花に実をつけさせるわけではありません。
千葉県の研究報告が扱ったニホンナシ「あきづき」では、花芽の分化は6月下旬ごろに始まるといわれ、翌春に咲く花の元が前年の夏のうちに形成される。同じ報告には、6月下旬〜7月上旬の誘引処理で花芽分化率が高まる例が示されている[2]。ほかの品種も同じ時期かどうかは、この資料だけでは言えない。
石川県の栽培ごよみ(根域制限栽培の事例)にも同じ方向の記述がある。新梢を6月中旬〜7月下旬に、棚面から45度程度に誘引して、花芽の着生を向上させる[3]。枝を寝かせる時期が花芽分化の時期と重なっているので、誘引は、翌春の花の数を左右する作業と位置づけられる。
受粉は春、花の準備は前年の夏と、人の手は一年に分かれて入っている。では、せっかくできた花や実を、あとから減らすのはなぜか。
4. せっかく なった みを、へらすのは どうして?
4. 花も実も数を絞って、一つを大きく育てる
4. 摘果:受粉する花を絞る理由と、仕上げ摘果の時期
ナシの 木は、たくさんの はなを つけます。でも、ぜんぶ そだてると、ひとつひとつが ちいさく なります。
そこで、かふんを つける はなも、1つの ふさに 2つ ほどに しぼる ことが あります。これは いしかわ県の しりょうに ある、そだてかたの 一れいです[3]。
なった みも、あとから へらします。これを「てきか」と いいます。ちば県は、「幸水」で、みが おおきく ふくらむ ころが 7月20日ごろまで つづくと みて、それが おわるのを たしかめてから、しあげの てきかを するように すすめています[4]。
咲く花を、最初から絞る
石川県の栽培ごよみ(根域制限栽培の事例)では、人工受粉は、花のかたまり(果そう)1つあたり2花ほどに、梵天などで行います。受粉する花を絞ると、あとで実を減らす摘果の手間が省けるためです[3]。
実の数も段階的に調整されます。この事例では、予備摘果は満開後20日までに1果そう1果、仕上げ摘果は満開後60日までに側枝1mあたり5果です。この数字は一つの栽培法の例で、すべてのナシ園の決まりではありません。
実が大きくなる時期を見てから、仕上げる
千葉県のナシ生育情報(令和元年7月号)では、「幸水」の果実は7月20日ごろ、「豊水」は7月30日ごろまで、大きくなる勢いの強い状態が続くと見込まれていました。県は、そのピークが過ぎるのを確かめてから、仕上げ摘果をするよう呼びかけています[4]。
満開から80日たった果径をもとに、収穫できる実の重さも予測されています。その年の「幸水」は305gで、平年の96%にあたる、小さめの予想でした。逆算すると平年はおよそ318gです。この数字はその年、その場所の予測で、ナシの一般値ではありません[4]。
実の数を決め、大きさを見守る。そのうえで、守らなければならないものがあります。それが、病気から実を守る袋です。
ナシは多くの花をつけるが、すべてを結実させると一つひとつの果実が小さくなる。そこで、受粉の段階から数を絞る。石川県の栽培ごよみ(根域制限栽培の事例)では、人工受粉は1果そうあたり2花程度に、梵天などで行う。受粉する花を絞ること自体が、摘果の省力化になるとされる[3]。
摘果は段階的に行われ、同ごよみでは予備摘果を満開後20日までに1果そう1果、仕上げ摘果を満開後60日までに側枝1mあたり5果としている。ただしこれは根域制限栽培という一つの方式の数字で、一般の栽培の固定値ではない[3]。
仕上げの時期の考え方は、栽培法や県でも異なる。千葉県のナシ生育情報(令和元年7月号)は、「幸水」の日肥大量が7月20日ごろ、「豊水」は7月30日ごろまで大きい状態が続くと見込み、ピークが過ぎるのを確認してから仕上げ摘果をするよう指導している。摘果が早すぎても遅すぎても、果実の大きさの見込みが狂うためだと読める[4]。
同じ資料は、満開後80日の果径から収穫果重を予測する。令和元年の「幸水」は305gで、平年の96%だった。305÷0.96から、平年はおよそ318gと計算できる。この予測値はその年・その地点のもので、ナシの一般値ではない[4]。
果実の数と大きさが決まっても、育てる側の仕事は終わらない。実をおおう袋が、次の章の主役になる。
5. なぜ ナシに ふくろを かけるの?
5. 袋かけは、実を病気から守る手作業
5. 袋かけ:黒斑病との戦いと、二十世紀梨の導入
ナシの みには、5月に ちいさな ふくろを かけます。6月には、その うえから おおきな ふくろを かぶせます[5]。
ふくろは、みを きれいに たもつ ほかに、びょうきから まもる やくめも あります。とっとり県の「にじっせいき ナシ」では、くろい はんてんが でる「くろはんびょう」が、いちばんの てきでした[5]。
にじっせいき ナシは、1904年に、きたわき えいじさんが 10ぽんの なえぎを とっとり県に はこんで はじまった、と つたえられます。
とっとり県では、えだを きる しごとから、かふんつけ、てきか、ふくろかけ、しゅうかくまで、ぜんぶ 人の てで おこなわれて います[5]。
5月に小袋、6月に大袋
鳥取県の説明では、摘果で残した幼い果実に、5月に小袋をかけます。6月にはその上から、さらに大袋をかけます。剪定、摘蕾、受粉、摘果、袋かけ、収穫は、すべて手作業です[5]。
袋の目的は、実の見た目を保つことと、黒斑病を防ぐことです。黒斑病は二十世紀梨の天敵とされています[5]。
黒斑病に苦しんだ時代
二十世紀梨は、1904年に北脇永治が10本の苗木を鳥取県に導入したものです[5]。ところが、黒斑病が大発生して、収穫がまったくない園も出たといわれます。当時は、薬剤のボルドー液しか対策がなく、袋も新聞紙でつくられていて十分に防げなかったと、地元の町の資料にあります[6]。
やめる人も出ましたが、先人たちの努力が、鳥取の代表的な果実を育てたと伝えられます。袋かけは、病気と向き合う中で積み重ねられた手作業です。
ところで、病気と戦うもう一つの道もありました。病気に強いナシを、見つけることです。
摘果が終わると、残した幼果に袋をかける。鳥取県の二十世紀梨では、摘果後の5月に小袋、6月にはその上から大袋をかける。剪定・摘蕾・受粉・摘果・袋かけ・収穫はいずれも手作業である[5]。
袋かけの目的は、外観の保持のほか、黒斑病の防除にある。黒斑病は二十世紀梨の天敵とされる[5]。二十世紀梨は、1904(明治37)年に北脇永治が10本の苗木を鳥取県に導入したことに始まる。
病害の被害は大きかったらしい。地元の町の資料によれば、黒斑病が大発生して収穫皆無の園も出た。当時はボルドー液しか対策がなく、袋も新聞紙で作られ、病気を十分に防げなかった[6]。薬剤と袋だけで病気を抑えるのが難しかったことが分かる。
やめる人も出たが、先人の克服の努力が、鳥取を代表する果実につながったとされる。では、薬と袋に頼る以外の対策はなかったのか。
6. びょうきに つよい えだは、どうやって みつかったの?
6. 薬剤散布をやめた畑で、病気の症状が出ない枝が1本見つかった
6. 放射線育種:薬剤散布をやめた畑で見つかった病害抵抗性の枝
ナシの 病気に つよい なかまは、思いがけない ところから うまれました。
ほうしゃせんを あてて ナシを そだてる はたけが ありました。「ゴールド にじっせいき」は、そこで そだてた にじっせいき ナシから うまれた、と いわれます[7]。
くすりを まくのを やめた はたけで、びょうきの しるしが でない えだが 1ぽん みつかった、と いわれます。つぎ木で ふやして たしかめると、びょうきに つよい ことが わかり、あたらしい ナシの なかまに なりました[7]。
放射線を当てて育てる畑
黒斑病に強い「ゴールド二十世紀」は、農林水産省の放射線育種場のガンマーフィールドで育てた二十世紀梨から生まれました。ガンマーフィールドは、放射線を当てて植物を育て、性質の変わった枝や株を探す畑です[7]。
1本の枝が見つかるまで
薬剤の散布をやめた畑で、病気の症状が出ない枝が1本見つかった、といわれます。接ぎ木をして病気への強さを確かめ、新しい品種として登録されました[7]。
何十年も続いた病気との戦いは、袋と薬だけでなく、病気に強い枝を探す方向にも広がりました。人の手は、受粉、枝の誘引、摘果、袋かけに加えて、品種そのものにも入っています。
黒斑病に強い「ゴールド二十世紀」は、農林水産省の放射線育種場のガンマーフィールドで育てた二十世紀梨から生まれた。ガンマーフィールドは放射線を照射して植物を育て、性質の変わった個体を探すための圃場である。ATOMICAには、放射線を当てて黒斑病耐病性品種のナシがつくられた例として、「ゴールド二十世紀」「寿新水」「おさゴールド」が挙がっている[7]。
経緯は、薬剤散布をやめた畑で、病気の症状が出ない枝が1本見つかったことに始まるといわれる。接ぎ木をして抵抗性を確かめたのち、新しい品種として登録された[7]。放射線で改良された品種であることは、鳥取県の資料にも記されている[5]。
注目したいのは、薬剤散布をやめた中で「病気の症状が出ない枝」が見つかった、という順序である。袋と薬で病気に向き合ってきた現場から、品種そのものを変える道が開けた。
受粉、誘引、摘果、袋かけ、そして品種の育成と、ナシの実は一年の手作業と長い年月の工夫に支えられている。この積み重ねを、手元の一個の実からどう確かめられるか。次の章で道すじを示す。
7. つぎに ナシを たべる ときに
7. 次にナシを手にしたとき、見てみたいところ
7. 実を手がかりに、育ちの道すじを確かめる
ナシを たべる とき、シャリシャリする かんじを、おぼえて いますか。やまがた大学の じゅぎょうでは、せいようナシの シャリシャリは「せきさいぼう」という かたい さいぼうの ためと せつめいされ、けんびきょうで みて いました[8]。
ナシを いちど ゆっくり かんでみて、シャリシャリの つぶを さがして みて ください。たべる ときは、のどに つまらないように、よく かんで ください。
ナシの そだちを しりたい 人は、おうちの 人と、ちば県などの のうぎょうの サイトで「ナシ せいいく じょうほう」を さがして みても いいかも しれません。
家でできること
ナシのシャリシャリした食感は、石細胞という硬い細胞が作ると説明されます。山形大学の授業の報告書には、顕微鏡でその細胞を観察した例があります[8]。報告書は西洋ナシの授業ですから、ニホンナシも同じとは、この資料だけでは言い切れません。それでも、食べるときに舌に当たる細かな粒に、意識を向けてみる材料にはなります。
調べてみたいこと
千葉県のナシ生育情報のように、県が出す資料には、実の大きさや摘果の時期が年ごとに載っています。305gという数字は令和元年の予測でした。ほかの年や産地と比べると、どう変わるのでしょうか。
この記事で出てきた数字は、ほとんどが一つの栽培法や一つの年の例でした。そのぶん、自分で比べる余地が残っています。
ナシのシャリシャリした食感は、ペントースやリグニンからなる硬い石細胞によるとされ、顕微鏡で観察できる。山形大学の授業を報告した資料に観察例があるが、対象は西洋ナシで、ニホンナシも同じかは別の資料に頼る部分がある[8]。
農研機構の資料[1]、石川県の栽培ごよみ[3]、千葉県の生育情報[4]、鳥取県の資料[5]は、それぞれ別の栽培法・年・品種の例である。数字を並べるときは、どの栽培法・どの年の値かを必ず確かめたい。たとえば本稿で計算した「平年およそ318g」も、千葉県の令和元年の予測値305gと「平年の96%」から逆算した値であり、一般値ではない。
読者が確かめられる道すじとして、産地の県が出すナシの生育情報や栽培ごよみを開き、満開後の日数や摘果の時期が、本稿と合うかを読み比べることができる。県や年で時期の基準が違うなら、その理由を考えるところから、自分の問いが始まる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料の一覧です。県や研究機関の資料は、栽培法・年・品種ごとの例として読んでください。
- 農研機構「こぼれ話43 国産花粉の供給強化」 https://www.naro.go.jp/brain/contents/ep_043.pdf (人工受粉、つぼみ採取の省力化、花粉の低温での発芽、受粉機)
- 千葉県農林総合研究センター 研究報告(2019年) https://www.pref.chiba.lg.jp/lab-nourin/nourin/kenkyuuhoukoku/documents/2019_p01-p13.pdf (花芽分化の時期と誘引処理)
- 石川県 ナシ根域制限・養液土耕栽培 栽培ごよみ https://www.pref.ishikawa.lg.jp/noken/noushi/nashi/documents/m4.pdf (誘引、人工受粉、摘果の時期の一例)
- 千葉県 ナシ生育情報 第3報(令和元年7月号) https://www.pref.chiba.lg.jp/seisan/seiiku/documents/nashi1-7.pdf (果実の肥大、仕上げ摘果の時期、収穫果重の予測)
- 鳥取県「二十世紀梨」 https://www.pref.tottori.lg.jp/178199.htm (二十世紀梨の導入、袋かけ、手作業)
- 湯梨浜町の資料 https://www.yurihama.jp/uploaded/attachment/4747.doc (黒斑病の大発生と当時の対策。原文の全体は未照合のため目安として使用)
- ATOMICA(原子力百科事典)放射線育種 https://atomica.jaea.go.jp/data/pdf/ATOMICA_08-03-01-09.pdf.zip (放射線育種で生まれた病気に強いナシ)
- 日本学術振興会「ひらめき☆ときめきサイエンス」実施報告(山形大学) https://www.jsps.go.jp/hirameki/20ht0000_jisshi/20ht0021jisshi.pdf (石細胞の観察)
なおした ところ
更新履歴
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