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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

むかしの バナナは、どうして いまの バナナに いれかわったの?

バナナの主役グロス・ミシェルは、なぜ今のキャベンディッシュに入れかわったのか

強い品種は1910年に見つかっていたのに、なぜバナナの入れ替えは1950年代末だったのか:グロス・ミシェル、TR4、台湾の農家の株

分野:生きもの

せかいへ 輸出ゆしゅつされる バナナの おおくは「キャベンディッシュ」と いう 品種ひんしゅです。でも、むかしの しゅやくは べつの バナナでした。その バナナは、病気びょうきで ほとんど すがたを けしました。

びょうきに つよい バナナは、じつは 1910ねんごろに みつかっていました。なのに、どうして いれかえに 50ねんも かかったのでしょう。この メモでは、そのわけと、いまの バナナも ねらう あたらしい びょうきと、台湾たいわんの 農家のうかが みつけた つぎの ひとかぶが わかります。

世界へ輸出されるバナナの大部分は、キャベンディッシュという品種ひんしゅです。ところが半世紀ほど前まで、主役は別の品種でした。しかも、病気に強い品種は1910年ごろには見つかっていたのに、入れ替えが進んだのは1950年代末です。なぜ、そんなに待ったのでしょうか。

いまの主役も新しい菌におそわれていて、台湾たいわんでは農家のうかの「近所から分けてもらった株だけ枯れなかった」という気づきから、次の品種づくりが進んでいます。この記事では、入れ替えが遅れた事情と、次の品種が生まれる道すじが分かります。

世界の輸出バナナの大部分を占めるキャベンディッシュは、輸出用バナナの「2代目」にあたる。初代のグロス・ミシェルを倒した萎凋病(パナマ病)に耐える品種は、すでに1910年には見つかっていた。それでも輸出業者が切り替えたのは、1950年代末になってからだという[1]。

では、なぜ50年近くも切り替えなかったのか。さらに、2代目を襲う新しい系統の菌TR4は、初代を倒した菌とどんな関係なのか。台湾の農家が見つけた「枯れない株」は、本当に答えになるのか。この記事では、入れ替えが遅れた事情、TR4の来歴、抵抗性の強さと限界が分かる。

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1. はじめの バナナは、どんな バナナ だったの?

1. 初代のバナナ「グロス・ミシェル」は、なぜ主役になれたのか

1. 初代グロス・ミシェルが輸出の主役になった条件と、萎凋病という弱点

むかし、せかいへ 輸出ゆしゅつされる バナナの しゅやくは「グロス・ミシェル」と いう 品種ひんしゅでした。ふさが おおきくて、かわが いたみにくく、畑から おみせまでの ながい たびに たえられたからだと、れきしの 研究けんきゅうでは いわれます[1]。

ところが 1890ねんだいに、パナマと コスタリカで、バナナの はっぱが しおれて かれる 病気びょうきが はじめて ほうこくされました。いまは「パナマ病」と よばれます。グロス・ミシェルは この 病気びょうきに よわい バナナでした。

はたけの 人は、病気びょうきの 苗なえを しらずに よそへ はこんで ひろげて しまいました。あたらしい とちへ うつれば しばらくは だいじょうぶ、と いう やり方で、産業さんぎょうの だめになる ときが のびたと いいます[1]。

すてられた はたけは 4まん ヘクタールいじょうだったと いう すいていも あります。ただし これは すいていの かずです[3]。いまも、ちいさな 農家のうかの にわさきでは、グロス・ミシェルが そだてられています[2]。

バナナの木が黄色く枯れる萎凋病は、1890年代にパナマとコスタリカで最初に報告されました。そのため「パナマ病」と呼ばれます。このころ輸出の主役だったグロス・ミシェルは、レース1と呼ばれる系統の菌に弱い品種でした[1]。

それでもグロス・ミシェルが選ばれていたのには、理由があります。歴史家ソルーリの指摘として、房が大きく、皮が傷みにくく、農場から市場までの長い輸送に耐えたことが紹介されています[1]。船で運ぶバナナにとって、傷みにくさは味に劣らない武器だったのです。

被害が広がった背景には、感染した苗を知らずに広げてしまったことがありました。農園主は病気の出た土地をあきらめて新しい土地へ移り、そのおかげで産業の崩壊は遅れたといいます[1]。放棄された農園は4万ヘクタール以上と推定されていますが、これは推定値です[3]。

グロス・ミシェルが完全に消えたわけではなく、いまも小農家の庭先などで育てられています[2]。

輸出用バナナの初代グロス・ミシェルが主役だった理由として、歴史家ソルーリは、房が大きいこと、皮が傷みにくいこと、農場から市場までの長旅に耐えることを挙げたと、ProMusaは紹介している[1]。味の優劣ではなく、輸送に耐える性質が決め手だったという点が重要である。

その同じ品種が、Fusarium oxysporum f. sp. cubense(フザリウム・オキシスポルム)という菌による萎凋病、いわゆるパナマ病に弱かった。この病気は1890年代にパナマとコスタリカで最初に報告され、グロス・ミシェルはそのうちのレース1に弱かった。感染した苗を知らずに広げたことが被害を大きくし、ところが農園主が新しい未耕作の土地へ移り続けたため、産業の崩壊は遅れた[1]。

被害の大きさは推定でしか語れない。放棄された農園は4万ヘクタール以上と推定されており、ホンジュラスのウルア谷だけで1940〜1960年に3万ヘクタールという記述もあるが、いずれも二次的な資料に基づく数字で、「〜とされる」の域を出ない[3]。

なお、グロス・ミシェルは絶滅したわけではない。1950年代に輸出の主力の座を置き換えられたあとも、小農家の庭先などで栽培が続いている[2]。

2. びょうきに つよい バナナは あったのに、どうして すぐ かえなかったの?

2. 強い品種は1910年に見つかっていたのに、入れ替えが50年近く遅れた事情

2. 耐病性の品種を知りながら、輸出業者が1950年代末まで切り替えなかった事情

びょうきに つよい 品種ひんしゅは、はやくも 1910ねんには みつかっていました。それが「キャベンディッシュ」です。けれど、バナナを ゆしゅつする 会社が きりかえたのは、1950ねんだいの おわりでした[1]。

きっかけは、エクアドルが つよい ライバルとして あらわれた ことだと、ProMusaと いう 研究の サイトは せつめいしています。じゅんびが できてから かわったのでは なく、まわりの うごきに おされて かわった ようです。

もう ひとつ おどろく ことが あります。きりかえた キャベンディッシュは、病気びょうきで よごれた 中米の とちに うえられたのです[1]。

MITの ろんぶんの ようしは「1950ねんだいに おきかわった」と かいています。きりかえの じきは、しりょうに よって すこし ちがいます[2]。

グロス・ミシェルが病気に苦しんでいたのに、病気に強い品種はすでに見つかっていました。早くも1910年には、耐病性の品種が確認されていたのです。ところが輸出業者が切り替えたのは、1950年代末です。エクアドルが強い競争相手として現れたときだったと、ProMusaは説明しています[1]。

エクアドルがきっかけだった、という説明はProMusaが紹介しています。さらに、病気が出るたびに新しい土地へ移れば何とかなる間は、品種を変える動きが鈍かった、という流れは読み取れます。

切り替えのときの話にも、続きがあります。キャベンディッシュ系は、すでに病気で汚れた中米の土地に植えられました[1]。つまり病気に強い品種を選んだことで、土の中に菌が残る畑でも、生産を続けられるようになったのです。

MITの修士論文の要旨も、グロス・ミシェルが1950年代に萎凋病のために置き換えられ、病気に耐えるキャベンディッシュが選ばれたと述べています[2]。ただし年代は資料によって1950年代から1960年代まで幅があり、「一気に入れ替わった」と考えるのは正確ではありません。

耐病性の品種は早くも1910年に見つかっていたが、輸出業者が切り替えたのは1950年代末、エクアドルが主要な競争相手として現れたときだった、とProMusaは述べる[1]。この「エクアドル産の台頭がきっかけ」という説明は、ProMusaが紹介する一つの見方である。

それでも筋道は想像できる。新しい土地へ移れば産業を保てるあいだは、味も流通網もできあがった品種を手放す動機が弱い。ところが競争相手が現れ、土地の余裕がなくなれば、病気に耐える品種が選択肢になる。ただしこれは資料から読み取れる流れの推測である。

切り替えには代償もあった。キャベンディッシュ系が植えられたのは、すでに病気で汚れた中米の土地だった。抵抗性が土の汚染を前提とした畑の利用を可能にしたわけで、その後の運命を考えると重い意味を持つ[1]。

置き換えの時期は、MITの修士論文の要旨が「1950年代」とし[2]、別の資料では1960年代とするものもあり、出典で幅がある。「1950年代末に始まり、その後に定着した」と幅を持たせて読むのが妥当だろう。

3. 2だいめの バナナは、どこが よわいの?

3. 2代目の弱点は、「みんな同じ」であること

3. キャベンディッシュの弱点:三倍体のクローンと、TR4が止まらない理由

キャベンディッシュは、そだつ 種たねが できません。三倍体さんばいたいと いう ふしぎな そだち方を する バナナで、株かぶもとから でる めを わけて ふやします[4]。

たねから そだてると、1つ1つ すこしずつ ちがう バナナに なります。でも めで ふやすと、ぜんぶ ほとんど おなじ バナナに なります。おなじ カギで あく ドアが ならんでいる ようなもので、1つ あけられる カギを もった 菌きんは、ほかの ドアも あけやすい のです。

これは たとえ話です。じっさいには、菌きんの ほうにも しゅるいが あって、あう バナナと あわない バナナが あります。

1967ねんに 台湾たいわんで、キャベンディッシュに 病気びょうきの しるしが はじめて みつかりました[5]。この あたらしい 菌きんは「TR4」と よばれます。苗なえや よごれた つち、みずで ひろがります。くすりでは おさえられず、つちを けむりで ころす ほうほうでも のぞけません[5]。

キャベンディッシュは三倍体で、実に育つ種ができません。そのため株元から出る芽(吸芽)を植えて増やします。同じ品種のバナナは、遺伝的にほぼ同一になります[4]。三倍体は交配による品種改良もむずかしいとされます。

全部が同じ性質だと、一つの株を襲える菌は、ほかの株にも広がりやすくなります。種からの苗なら、一本ずつ少しずつ性質が違い、たまたま強い株が残るかもしれません。キャベンディッシュではその「たまたま」が起きにくいのです。

キャベンディッシュに萎凋病の症状が出たのが初めて観察されたのは、1967年の台湾です[5]。その後に分離された菌は、1977年にレース4と名づけられました。いまTR4(熱帯レース4)と呼ばれ、感染した苗、汚れた土、水で広がります。殺菌剤では抑えられず、土のくん蒸でも取り除けません[5]。

2019年8月には、コロンビアの農牧院が、ラ・グアヒーラ県の175ヘクタールのバナナ畑でTR4を確認したと通知し、非常事態を宣言しました。中南米での初めての報告です[6]。

なお、感染したバナナを食べても人体に害はなく、TR4が人にうつることもないと伝えられています[6]。

キャベンディッシュの弱点は、品種そのものの増やし方にある。三倍体のため果実に育つ種ができず、吸芽(株元の芽)で増やすので、同じ品種は遺伝的にほぼ同一になる。三倍体は交配による品種改良も難しい[4]。

では、同一であることはなぜ不利なのか。ある株を侵す菌が、同じ畑の他の株も、他の畑の同じ品種も、同じ条件で侵せるからである。遺伝的な多様性があれば、一部の株が生き残る余地があるが、クローン栽培ではその余地が小さい。ただしこれは一般的な説明であり、個別の畑の被害を直接説明する資料ではない。

キャベンディッシュで萎凋病の症状が初めて観察されたのは1967年の台湾で、1977年の分離菌がレース4と名づけられた。この熱帯レース4(TR4)は、感染した苗、汚染された土、水で広がる。殺菌剤では抑えられず、土のくん蒸でも取り除けない[5]。なお、確認年は媒体により異なる(1989年、1994年などの記述もある)が、ここでは症状の初観察である1967年に統一する。

2019年8月、コロンビアの農牧院は、ラ・グアヒーラ県の175ヘクタールのバナナ畑でTR4を確認したと通知し、8月8日に非常事態を宣言した。中南米で初の報告である[6]。新パナマ病にかかったバナナを食べても人体に害はなく、TR4が人に感染することもない[6]。

4. 2だいめを たおす 菌きんは、1だいめを たおした 菌きんと、どんな かんけいなの?

4. 2代目を倒す菌と初代を倒した菌は、どんな関係なのか

4. TR4とレース1は別の進化の道すじをもつという2024年の報告

「1だいめを たおした 菌きんが、すがたを かえて もどって きた」と おもう 人も いるかもしれません。でも、2024ねんの けんきゅうは、ちがう こたえを だしました。

アメリカの マサチューセッツ州の 大学の けんきゅうチームが、雑誌ざっし「ネイチャー・マイクロバイオロジー」に のせた ほうこくです。キャベンディッシュを たおす TR4は、グロス・ミシェルを たおした 菌きんとは、ちがう 道すじで ふえた なかまだと いう のです[7]。

だから 1だいめの 菌きんを おさえれば 2だいめも だいじょうぶ、と いう はなしには なりません。2つの 菌きんは、べつべつの ところから きた かもしれないと、この けんきゅうは ほうこくしています。

「初代を倒した菌が、姿を変えて戻ってきた」と考えたくなりますが、2024年に出た研究はそう単純ではないと示しました。

アメリカのマサチューセッツ大学アマースト校のリー=ジュン・マらが、科学雑誌『Nature Microbiology』に発表した研究です。この研究は、キャベンディッシュを倒すTR4が、グロス・ミシェルを倒したレース1の菌とは別の進化の道すじをもち、付加ゲノムの配列も違うと報告しました[7]。

付加ゲノムとは、菌の中でも植物に病気を起こす力に関わるとされる、持っていたり持っていなかったりする部分です。この研究は、TR4とレース1の進化の起源が異なると報告しています。

この結論は、ASBMB Todayが紹介した一つの研究の報告です。「子孫ではない」と言い切るのではなく、「そう報告された」と読むのが安全です。

初代を倒したレース1と、2代目を倒したTR4は、同じ菌の「再来」なのか。2024年にNature Microbiologyに発表された、マサチューセッツ大学アマースト校のリー=ジュン・マらの研究は、TR4がレース1とは別の進化の道すじをもち、付加ゲノムの配列も異なると報告した[7]。

付加ゲノム(accessory genome)は、同じ種の中でも系統によって持つ・持たないが分かれる領域で、宿主植物への感染力と関わるとされる。この研究は、両者の進化起源が異なると報告している。

この点は、品種づくりに実際的な意味を持つ。初代の被害の経験から「この菌には強い」とされた性質が、2代目を襲う菌には通用しない可能性があるからである。この結論は、ASBMB Todayが紹介した一つの研究の報告である。

5. 「うちの かぶだけ かれない」を みつけた 農家

5. 「近所から分けてもらった株だけ枯れない」台湾の農家の気づき

5. 農家の観察から品種へ:GCTCV-218「フォルモサナ」と選抜の方法

台湾たいわんの ある 農家のうかの はなしです。ちかくの 人から わけて もらった バナナの 株かぶが、病気びょうきに なっても かれない ことに きづきました[8]。

この はなしは、台湾たいわんバナナ研究所けんきゅうじょに つたわりました。研究所けんきゅうじょが 畑で ためすと、やはり つよい ことが わかりました。「GCTCV-218」と いう なまえが つけられ、2002ねんに「フォルモサナ」として とうろくされました[8]。

この かぶは、もとは「ほくしょう」と いう バナナの から うまれた、へんい(ふつうと すこし ちがう かぶ)でした。

この 研究所けんきゅうじょでは、びょうきの おおい 畑に 苗なえを うえて、いきのこった ものを えらび、また ためす ことを くりかえします。1まん 株かぶの うち 2〜3 株かぶくらいの わりあいで、ふつうと ちがう 株かぶが みつかる そうです[9]。

台湾のある農家は、近所から分けてもらった株が、萎凋病にかかった畑でも枯れないことに気づきました。この観察を、台湾バナナ研究所(TBRI)が畑での試験で確かめ、GCTCV-218と名づけました。2002年には「フォルモサナ」として登録されています[8]。

元になったのは、北蕉(Pei Chiao)という台湾の品種の組織培養苗から出た、自然な変異株です[8]。

TBRIの探し方は、「病気の多い畑に苗を植え、生き残りを選び、くり返し試す」というものです。組織培養の苗1万株のうち2〜3株、つまり0.02〜0.03%ほどの割合で変異株が得られます。1984年以降に15のクローンを選び、うち4つが台湾で商業栽培用に登録されました[9]。

研究所は年に約300万本の苗を配り、病気の多い畑の農家に「強そうな株を見つけたら知らせてください」とお願いしています[9]。農家の目が、品種づくりの最初の一歩になっているのです。

GCTCV-218は、台湾の農家が、近所から分けてもらった株が萎凋病で枯れないことに気づいたことから始まった。台湾バナナ研究所(TBRI)が畑の試験で確かめ、2002年に「フォルモサナ」として登録した。元は北蕉(Pei Chiao、ほくしょう)の組織培養由来の変異株(somaclonal variation)である[8]。

これは偶然に頼った話ではない。TBRIは組織培養の苗を、病気の多い畑(disease nursery)で試し、生き残りを増やして試験をくり返す方法をとる。こうして1万株あたり2〜3株、すなわち0.02〜0.03%の割合で変異株が得られる。1984年以降に15のクローンを選び、4つが台湾で商業栽培に登録された[9]。

さらに、年約300万本の苗を配り、病気の多い畑の農家に強そうな株を見つけたら知らせてもらう仕組みがある[9]。農家の観察と研究所の試験を結ぶ回路ができているわけで、これが「たまたま」を品種に変える土台になっている。

ここで、確率の桁を確かめておく。2〜3株÷10000株は0.0002〜0.0003、つまり0.02〜0.03%である。めったにない変異を探すために、大量の苗を病気の畑に置く必要がある、ということがこの数字から分かる。

6. その かぶは ほんとうに、なんにでも つよいの?

6. 「枯れない株」は万能なのか:部分的な強さと、台湾の暮らし方

6. 抵抗性の限界:発病率の差と、オーストラリアの試験が示すもの

GCTCV-218は、台湾たいわんの しけんで、びょうきに なった わりあいが 4%ほどでした。もとの ほくしょうは 25〜30%ほどです。つまり 6ぶんの 1から 7ぶんの 1くらいに へっています[8]。

けれど、オーストラリアの きたの ほうの 3ねんの しけんでは、キャベンディッシュの なかまと おなじくらい びょうきに よわかった そうです[8]。だから「ぜったいに かからない」とは いえません。つよさは 一部だけで、ばしょに よって かわる かもしれません。

それでも 台湾たいわんでは、バナナ農場のうじょうの 80%いじょうが TR4に かかっているのに、つよい 株かぶを うえて、バナナを つくり つづけています[10]。びょうきを ゼロに するのでは なく、つきあう くふうです。

GCTCV-218の力を数字で見てみましょう。台湾の半商業試験で、発病率は2年連続で4.3%と4.1%でした。比べた北蕉は25.5%と29.6%です。計算すると、約6分の1から7分の1に下がっています[8]。

ところがオーストラリア北部準州の3年間の試験では、キャベンディッシュのウィリアムズと同じくらいTR4に弱かったと報告されています[8]。つまり抵抗性は「部分的」で、場所や条件によって変わる可能性があります。TR4に強い品種、と言い切るのは避けるべきです。収穫までは約13か月で、北蕉の12か月よりやや長くかかります。

それでも台湾は、80%以上のバナナ農場がTR4に感染している今も、抵抗性のあるクローンで生産を続けています。最初の抵抗性ジャイアント・キャベンディッシュ(台蕉1号)は1992年に商業栽培が始まり、2025年にはウィリアムズから70%の抵抗性をもつ新系統が作られたと報じられました[10]。ただし「70%」が何の割合かは、報道には説明がありません。

半商業試験の結果を整理する。GCTCV-218の発病率は2年連続で4.3%と4.1%、比較した北蕉は25.5%と29.6%だった。4.3÷25.5は約0.17、4.1÷29.6は約0.14で、おおよそ6〜7分の1に下がっている[8]。収穫までの期間は約13か月で、北蕉の12か月よりやや長い。

ところが、オーストラリア北部準州の3年間の試験では、GCTCV-218はキャベンディッシュのウィリアムズと同じくらいTR4に弱かった。試験結果には差がある。ProMusaはこの差から、抵抗性は部分的で、場所によって変わる可能性があると読む[8]。したがって「TR4に強い品種」と言い切れず、差の理由はまだ分かっていない。

それでも台湾は、80%以上のバナナ農場がTR4に感染している現在も、抵抗性のあるクローンで生産を続けている。最初の抵抗性ジャイアント・キャベンディッシュ(台蕉1号)は1992年に商業栽培され、2025年にはウィリアムズから「70%の抵抗性」をもつ新系統が作られたと報じられた[10]。この「70%」の定義は報道に書かれていないので、数字だけを紹介する。

感染した畑で生産を続ける発想は、病気を消す発想とは異なり、「病気とつきあう」品種づくりである。初代の入れ替えで中米が経験したのは、土が汚れた畑でも抵抗性の品種ならなんとか続けられる、ということだった。台湾の現在は、その延長にもある。

7. バナナを みる とき、さがせる ものは?

7. バナナ売り場から広がる三つの観察

7. 家のバナナで見られること:種の有無と産地表示

おうちの バナナを きって みましょう。種たねは ありますか。キャベンディッシュは そだつ 種たねが できない バナナなので、かたい つぶは ふつう みつかりません。ほうちょうを つかう ときは、おうちの 人と いっしょに やって ください。

つぎに、ふくろや シールで、そだった くにを さがして みましょう。くにに よって、どんな バナナが そだち、どんな びょうきが ある のかを しらべて みたく なるかもしれません。

1だいめの バナナは、びょうきで すがたを けしました。2だいめも あたらしい びょうきに ねらわれています。でも 台湾たいわんでは、ひとりの 農家の「あれ?」が つぎの バナナの はじまりに なりました。

家にバナナがあったら、切って中を見てみましょう。キャベンディッシュは育つ種ができない三倍体なので、かたい種は見当たらないはずです。刃物を使うときは、家の人といっしょにしてください。

次に、袋やシールで産地を見てみましょう。同じ「バナナ」でも、育つ国や畑の条件はさまざまです。

初代は輸送に強いから選ばれ、病気に弱いから置き換わりました。2代目も、完全な答えではありませんでした。そして台湾では、「近所から分けてもらった株だけ枯れなかった」という農家の気づきが、次の品種づくりの出発点になっています。

家にバナナがあれば、切って断面を見てみよう。キャベンディッシュは育つ種ができない三倍体なので、かたい種は見当たらないはずである。観察できるのは、かたい種が見当たらないことまでで、三倍体であることや増やし方は断面からは分からない。刃物は大人と一緒に使うこと。

袋やシールの産地表示も見てみよう。同じ「バナナ」でも、育つ国や畑の条件はさまざまである。

初代は輸送に強いから選ばれ、病気に弱いから置き換わった。2代目も完全な答えではなかった。台湾では、農家の「近所から分けてもらった株だけ枯れない」という観察が、研究所の試験と選抜を通じて品種になった。一つの観察が品種づくりにつながる例として読める。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文の事実は、次の資料にもとづいて書いています。ProMusaはバナナの研究者のネットワークのサイトです。

  1. ProMusa「Gros Michel」 https://promusa.org/Gros+Michel (グロス・ミシェルが選ばれた理由、パナマ病の初報告、切り替えの時期)
  2. Makowski (2019) "Mass appeal" MIT DSpace https://dspace.mit.edu/handle/1721.1/123786 (1950年代の置き換えの記述)
  3. "May bananas go extinct? The epidemic of Panama disease" Agronomy Science https://czasopisma.up.lublin.pl/as/article/view/4812 (被害面積の推定)
  4. Wikipedia「Panama disease」 https://en.wikipedia.org/wiki/Panama_disease (三倍体・クローン栽培の説明)
  5. ProMusa「Tropical race 4 (TR4)」 https://promusa.org/Tropical+race+4+-+TR4 (TR4の初観察と広がり方)
  6. Newsweek日本版「新パナマ病」2019年8月29日 https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/34669 (コロンビアでの確認、人体への影響)
  7. ASBMB Today (2024年11月) https://www.asbmb.org/asbmb-today/science/110924/bananapocalypse-genetics-of-devastating-fungus (TR4の進化の道すじの研究の紹介)
  8. ProMusa「GCTCV-218」 https://promusa.org/GCTCV-218 (農家の気づき、試験結果)
  9. ProMusa blog「Growing Cavendish in the presence of TR4」 https://promusa.org/blogpost214-Growing-Cavendish-in-the-presence-of-TR4 (台湾の選抜の方法)
  10. FreshPlaza「Taiwan advances TR4-resistant banana strains」 https://www.freshplaza.com/asia/article/9813241/taiwan-advances-tr4-resistant-banana-strains/ (台湾の現状)

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