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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

とこやさんは、かみを きる だけじゃ ないの?

理容師は髪を切るだけでなく、なぜ顔そりまでするのか

理容師の仕事に「顔そり」が含まれるのはなぜか ── 法律の定義・国家資格・看板の由来から読む

分野:歴史・文化

とこやさんでは、かみを きった あとに、かおに かみそりを あてて もらう ことが あります。じつは これは、ほうりつで きめられた 「りようし」の しごとの ひとつです[1]。

どうして かおそりまで するのでしょう。えどじだいの とこやさん(かみゆいどこ)は、ちょんまげを ゆう まえに、あたまの まんなかと かおを かみそりで そって いました[10]。かみと かおを いっしょに ていれする しごとが、いまの りようしに つながって いると かんがえられます。びようしの ほうりつと ならべて みたり、りようしに なる みちや、あかしろあおの かんばんの ひみつまで わかります。

床屋さんで髪を切ったあと、顔にシェービングクリームを塗られて、カミソリを当てられた経験はありませんか。理容師法は、理容を「頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整えること」と定めていて、顔そりは仕事の定義そのものに入っています[1]。

では、なぜ顔そりが理容師の仕事に入っているのでしょうか。手がかりは江戸時代の床屋、髪結床にあります。そこでは髷を結う前に、弟子が月代さかやき(頭の上の、髪をそった部分)と顔をカミソリでそっていました[10]。明治に髷が消えても、カミソリで顔を整える仕事は理髪店に残り、それが法律の定義に書き込まれた、と考えられます。美容師法の定義と並べて確かめながら、理容師になるまでの道のり、赤・白・青の看板の由来、そして理容師が減りつつあるいまの姿が分かります。

理容師法は、理容を「頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整えること」と定義し、顔そりを条文の中に書き込んでいる[1]。美容師法の「容姿を美しくすること」という書き方と並べると、二つの仕事の輪郭が見えてくる[2]。

なぜ髪を切る仕事に顔そりが入ったのか。さかのぼると、江戸時代の髪結床では、弟子が客の月代さかやきや顔をそり、親方が髷を結うという流れで仕事をしていた[10]。そる仕事と髪を整える仕事は、もともと同じ店の一続きの作業だったのである。明治の散髪で道具は和剃刀から西洋剃刀・バリカン・鋏に変わったが[10]、刃物で顔を整える仕事はその後も理髪店に残り、法律の定義に取り込まれたと考えられる(4章)。国家資格として何を学ぶのか、サインポールは何を表すといわれるのか、断髪令以後の歴史、令和6年の人数まで、公的機関と歴史資料にもとづいて読むと分かる。

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1. りようしと びようしは、なにが ちがうの?

1. 「整える」と「美しくする」── 法律の言葉で比べる

1. 理容と美容の定義の差 ── 「整える」と「美しくする」

とこやさんで、かみを きって もらった あと、かおに あたたかい タオルを のせて、かみそりで そって もらう。そんな ことが ありませんか。

りようしの ほうりつには、りようとは 「かみを かりこんだり、かおを そったり して、すがたを ととのえる こと」と かいて あります[1]。かおそりは、しごとの なかみに はいって いるのです。

では、びようしは どうでしょう。びようの ほうは、パーマや かみを ゆう こと、けしょうなどで、すがたを 「うつくしく する」こと、と かいて あります[2]。「ととのえる」と「うつくしく する」。ことばが ちがうのです。

りようしの しごとの いちばんの とくちょうは、かみそりを つかった かおそりだと いわれます[3]。では、この しごとを するには、だれでも いいのでしょうか。

理容と美容の違いを、法律の言葉で比べてみます。理容師法は、理容を「頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整えること」と定めています[1]。一方、美容師法は、美容を「パーマネントウエーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくすること」と書いています[2]。

注目したいのは、同じ「容姿」を扱いながら、書かれている方法がちがう点です。理容の定義には顔そりがはっきり入り、美容の定義にはパーマネントウエーブ、結髪、化粧が挙がっています。動詞も「整える」と「美しくする」で書き分けられています。理容師の仕事の特徴として、顔そりがよく挙げられるのもこのためでしょう[3]。

ただし、条文の書き分けがそのまま、今日の店での役割分担を表しているとは限りません。両方の免許を持つ人も多く、美容の側が顔そりを一切できないと決めつけるのは、資料からは言えません。ここでは、法律の言葉に二つの仕事の輪郭が現れている、というところまでにとどめます。

では、顔にカミソリを当てるような仕事を、誰でも名乗って始めてよいのでしょうか。

理容師法第1条の2は、理容を「頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整えること」と定義する[1]。これに対し美容師法は、美容を「パーマネントウエーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくすること」と書く[2]。両者は同じ「容姿」を対象にしながら、例示される方法が違う。

理容の定義には顔そりが明示され、美容の例示はパーマネントウエーブ・結髪・化粧で、顔そりはない。動詞も「整える」と「美しくする」で書き分けられているが、語感の差より、この方法の差のほうが条文上ははっきりしている。この差が、理容師の仕事を特徴づけるものとして顔そり、つまりカミソリによるシェービングがよく挙げられる理由の一つと考えられる[3]。

ただし、これは条文の言葉の差であり、現在の現場の役割分担を直接示すものではない。両方の免許を持つ人も多く、美容側が顔そりを禁じられていると一般化できる根拠は、今回の資料にはない。理容師法と美容師法はもともと一つの法律から分かれたものでもあり、その経緯は4章で述べる。

さて、刃物を人の顔に当てる仕事である以上、誰でも自由に始めてよいはずがない。次に確かめたいのは、その資格の側である。

2. りようしに なるには、なにを べんきょう するの?

2. 免許がないと営業できない ── 国家試験までの2年以上

2. 国家資格としての理容師 ── 免許・養成施設・衛生義務

かおに かみそりを あてる しごとです。だれでも すぐに できる わけでは ありません。

りようしの めんきょを もって いない 人は、りようを しごとに しては いけない、と ほうりつで きまって います[1]。めんきょを もらう ためには、まず りようしの がっこうに かよいます。ふつうは 2年いじょうです。そのあと こっかしけんを うけて、ごうかくすると、くにから めんきょが もらえます[4]。

がっこうでは、かみの きりかただけでは ありません。えいせいの こと、ほうりつの こと、かみや ひふの こと、りようの れきしなども まなぶと いわれます[5]。

ほうりつには、おきゃくさんごとに ぬのを とりかえ、どうぐを しょうどくする、という きまりも あります[1]。ひとの かおに ふれる しごとだから、きれいに する ことが たいせつなのです。

では、この しごとの しるしの、あかしろあおの かんばんは、どうして できたのでしょう。

理容師法には、理容師の免許を受けた者でなければ、理容を業としてはならない、という決まりがあります[1]。理容は、原則として理容所で行うことにもなっています。

免許を得るには、都道府県知事が指定した理容師養成施設を卒業し、国家試験に合格して、厚生労働大臣の免許を受けます。養成施設の通常の課程は、昼間・夜間の課程で2年以上、通信課程では3年以上です[4]。試験は公益財団法人の理容師美容師試験研修センターが実施しています。

養成施設では、関係法規、衛生管理、理容保健、理容の物理・化学、理容文化論、技術理論、実習などを学びます[5]。授業の時間数は合わせて2000時間ほどになるともいわれます。ハサミやカミソリの技術だけでなく、衛生と法律も試験科目の土台になっているわけです。

衛生は法律にも出てきます。理容師は客に使う布を1人ごとに替え、器具は消毒したものを使うことが決められていて、理容所も開く前に知事の検査確認を受けます[1]。人の顔や首に触れる仕事だからこそ、決まりが細かいのだと読めます。

この国家資格の仕事のしるしが、店の前で回る赤・白・青の看板です。この模様は、どこから来たのでしょうか。

理容師法は、理容師の免許を受けた者でなければ理容を業としてはならないと定める[1]。免許取得の道は、都道府県知事が指定する養成施設を卒業し、国家試験に合格して、厚生労働大臣の免許を受けるというものだ。通常課程は昼間・夜間で2年以上、通信で3年以上とされ、試験は(公財)理容師美容師試験研修センターが実施する[4]。

養成施設で学ぶのは、関係法規、衛生管理、理容保健、理容物理・化学、理容文化論、理容技術理論、運営管理、実習などで、合計2000時間前後とする説明がある。ただしこの時間数は二次資料に基づき、必修と選択必修の内訳は資料ごとに数字が合わない。正確な基準は厚生労働省の指定規則で読むのがよい[5]。

注目したいのは、学ぶ内容に法規と衛生管理が最初から並ぶ点だ。理由は法律の側から説明できる。理容師は客に使う布片を1人ごとに取り替え、消毒した器具を使う義務を負い、理容所は開設前に都道府県知事の検査確認を受ける[1]。ただしこれらの条文は趣旨を引いたもので、細かな文言は原文で読み直す必要がある。皮膚に刃物を当てる仕事で、衛生が技術と同じ重みで資格に組み込まれていると読める。

では、この資格の仕事を示す店先のサインポールは、何を表しているのか。

3. あかしろあおの かんばんは、なんの しるし?

3. 赤・白・青のサインポールは、ヨーロッパの理髪外科医の名残という説

3. サインポールの色は、理髪外科医の名残という説

とこやさんの まえで、あかと しろと あおの ぼうが くるくる まわって いるのを みた ことは ありませんか。

むかしの ヨーロッパでは、かみを きる 人が、からだの わるい ところを なおす しごとも して いたと いわれます。あかは ち、しろは ちを とめる ほうたい、ぼうは びょうきの 人が にぎった ぼうを あらわす、という はなしが あります[6]。あおの いみは、はっきり しません。

いまの とこやさんは、びょうきを なおす しごとは しません。でも かんばんだけが、むかしの なごりと して のこって いるのかも しれません。

では、にほんでは、かみを きる しごとは、いつから はじまったのでしょう。

理髪店の前で回る赤・白・青の看板を、サインポールやバーバーポールといいます。その赤と白は、中世ヨーロッパで理髪師が、髪を切るだけでなく、瀉血(血を抜く治療)も行っていた名残だといわれます。赤は血、白は血を止める包帯、ポールは患者が握った棒を表す、という説明です[6]。

背景には、1163年にローマ教皇アレクサンデル3世が修道士に血を流すことを禁じ、理髪師が瀉血や抜歯を担うようになった、という流れがあるとされます。こうした人は理髪外科医と呼ばれました。理髪師と外科医は、フランスでは1743年に区別され、イギリスでは1745年に完全に分かれたといいます[7]。

青の意味には静脈説や愛国心説があり、定説はありません。日本のサインポールがいつ、どう始まったのかも、ここでは断定できません。分かるのは、髪を切る仕事が、昔は身体の手当てとも近い場所にあった、と伝えられていることです。

では、日本では、髪を切る仕事は、どのように始まったのでしょうか。

赤・白・青のサインポールは、中世ヨーロッパで理髪師が瀉血も担っていた名残といわれる。赤は血、白は止血の包帯、ポールは患者が握った棒を表す、という説明が広く紹介されている[6]。ただし「といわれる」の域を出ない。青には静脈説と愛国心説があり、定説はない。

理髪師が外科的な処置まで担った背景として、1163年にローマ教皇アレクサンデル3世が修道士に血を流すことを禁じ、その役が理髪師に回ったことが挙げられる。理髪外科医である。その後、理髪師と外科医はフランスで1743年に区別され、イギリスではその2年後の1745年に完全に分かれたとされる[7]。つまり、看板の模様は、理髪業が医療と分かれる前の姿の記憶と解釈できる。

注意したいのは、これがヨーロッパの話だという点である。日本のサインポールの由来や、赤・白・青の意味を直接示す資料は、今回の調べでは見当たらない。日本の理髪業は、まったく別の事情から動き出している。それは何だったのか。

4. ちょんまげを やめたら、とこやさんが ふえたの?

4. ちょんまげをやめてよい、と許された日から始まった理髪店

4. 断髪令(1871年)と日本の理髪業 ── 髷をやめる自由が仕事を生んだ

むかしの にほんの おとこの 人は、ちょんまげを むすんで いました。1871ねん、「かみを きって、かたなを おびなくても いい」という おふれが でました。ちょんまげを やめても よい、と ゆるされたのです[8]。

それまでの とこやさんは 「かみゆいどこ」と よばれました。でしが かみそりで あたまの まんなかと かおを そり、おやかたが ちょんまげを ゆいました[10]。ちょんまげが なくなると、どうぐは はさみや バリカン、せいようの かみそりに かわりました[10]。でも、かみそりで かおを そる しごとは のこりました。だから いまの りようしも かおそりを する、と かんがえられます。

みじかい ざんぎりあたまが ふえて、「ざんぎりあたまを たたいて みれば、ぶんめいかいかの おとがする」と いわれる ほど でした[8]。

よこはまの がいこくじんが すんで いた ところでは、1864ねんに にほんで はじめての せいようふうの りはつてんが ひらかれた、という はなしが あります。いちばん はじめの みせの としは、しりょうに よって ちがいます[8]。

りようの ほうりつは 1947ねんに できました。はじめは りようと びようが ひとつの ほうりつに はいって いて、1957ねんに びようしほうが できて、わかれました[1]。むかしから ある しごとが、ほうりつで ちゃんと きめられる ように なって いったのです。

では、いまは なん人ぐらいの りようしが はたらいて いるのでしょう。

江戸時代の男性は髷を結っていました。1871年(明治4年)の散髪脱刀令(断髪令)によって、髷をやめてもよい、と許されます。強制ではなく「許可」という点が大事で、短い髪のざんぎり頭は、やがて文明開化の象徴になりました[8]。「ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」という言葉も残っています。

それまでの床屋は髪結床と呼ばれ、弟子が客の月代さかやきや顔をカミソリでそり、そのあと親方が髷を結っていました[10]。つまり、そる仕事と髪を整える仕事は、江戸時代から同じ店の一続きの作業でした。断髪令のあと、店は髷を結わない「散髪」の店に変わり、道具も和剃刀から西洋剃刀やバリカン、ハサミになります[10]。月代そりは消えましたが、カミソリで顔を整える仕事は残りました。理容師が今も顔そりをするのは、この流れを引き継いでいるからだと考えられます。

髪型が変わるなら、それを切る仕事が必要になります。ある資料では、日本で最初の西洋式の理髪店は1864年(元治元年)に横浜の外国人居留地で外国人が開いたとされます。ただし最初の店の年は資料によって説明が分かれ、はっきりとは決められません[8]。

その後、1947年(昭和22年)に理容師法が公布されます。当初は理容と美容を一つの法律に含み、1951年に理容師美容師法へ名前が変わりましたが、1957年(昭和32年)に美容師法ができて、法律の上で理容と美容が分かれました[1]。1章で見た「整える」と「美しくする」の書き分けは、この時代を経て整った、と読めます。

では、いまの理容師は、全国にどのくらいいるのでしょうか。

日本の理髪業が動き出す大きなきっかけは、1871年(明治4年)8月9日(西暦9月23日)の散髪脱刀令(断髪令)とされる[8]。髷をやめてもよいと許されたのであり、強制ではない。この許可によってざんぎり頭が広まり、「文明開化の音」の象徴になった。法令の文言そのものは、今回の資料では照合していない。

それ以前の床屋、つまり髪結床では、弟子が客の月代さかやきや顔をそり、親方が油をつけて髷を結った[10]。剃る作業と結う作業は、一つの店の一続きの工程だったわけだ。断髪令のあと、店は散髪の店へ移り、用具も和剃刀から西洋剃刀・バリカン・鋏に変わったとされる[10]。月代そりは髷とともに消えたが、刃物で顔を整える作業は店に残った。理容師法が定義に「顔そり」を書き込んだのは、この髪結床以来の仕事の組み合わせを引き継いだためと考えられる。

髪型の変化が仕事を生んだという因果は、理髪店の登場時期とも整合する。ただし最初の店の年は資料で割れている。横浜の外国人居留地で外国人が1864年(元治元年)に開いたとする説がある。ただし最初の店の年は資料によって説明が分かれ、どれが最初かは断定できない[8]。

その後の制度は、法律の整備として進んだ。1947年(昭和22年)に、理容と美容を含む理容師法が公布された。1951年に理容師美容師法へ名前が変わり、1957年(昭和32年)の美容師法の制定で、法律の上で両者が分かれたとされる[1]。1章で見た「整える」と「美しくする」の書き分けは、この分離の結果と考えると筋が通る。

では、こうして制度が整った理容業は、いま、どのような規模なのか。

5. いま、りようしは なん人 いるの?

5. 約20万人の理容師 ── 美容師の3分の1、減りつつある数

5. 令和6年3月末の理容師数 ── 約19万9千人と、減少の背景

こうせいろうどうしょうの しらべでは、2024ねんの 3月の すえに はたらいて いた りようしは、199,467人でした。みせは 110,297けんです[9]。

びようしは 579,768人です。りようしの かずは、びようしの 3ぶんの 1ぐらいです。まえの ねんよりも、りようしは 5,416人 へって います。

むかしから ある しごとですが、はたらく 人は へって きて いるのです。この しりょうでは、ちいきの 人に ひろく しられる みせに したり、ほっと できる みせに したり する くふうを あげて います。じぶんの まちの とこやさんは どうか、みて みたく なりませんか。

厚生労働省の衛生行政報告例(令和5年度)によると、令和6年3月末現在の従業理容師は199,467人で、前年より5,416人減りました。理容所は110,297施設で、前年度比1.9%の減少です[9]。

同じ衛生行政報告例では、美容師は579,768人、美容所は274,070施設です。579,768を199,467で割ると約2.9倍になるので、理容師の数は美容師の約3分の1、と考えられます。

この資料は、理容所について、新規参入が比較的しやすい一方、他の店とサービスで差がつきにくく、人の手によるサービスなので生産性を上げにくい業だとしています。そのうえで、地域に密着した店づくりや、癒しを打ち出す店づくりなどの工夫を挙げています[9]。

数は減っていても、顔そりのように、免許を持つ人にしかできない仕事があることは変わりません。自分の町の床屋さんを、少し違う目で見てみませんか。

厚生労働省の衛生行政報告例によれば、令和6年3月末現在の従業理容師は199,467人で、前年より5,416人少ない。理容所は110,297施設で、前年度比1.9%の減少である[9]。同じ資料の美容師は579,768人、美容所は274,070施設で、美容師の人数を理容師で割ると約2.9倍、つまり理容師は美容師の約3分の1になる。

なお、ここに挙げた数値は令和6年3月末現在(令和5年度の報告)のものである。同じページには古い年度の記述が混在しているので、年度を確かめて読む必要がある。

減少の背景として、同資料は、理容所は新規参入が比較的容易で、他店とのサービスの差別化が図りにくく、人手によるサービス業なので生産性の向上もしにくい業だと整理している。そのうえで、地域密着型や癒し型といった経営の工夫を例に挙げる[9]。これは原因の断定ではなく、業界の特徴をまとめた記述である。

顔そりまで法律で認められた国家資格という位置づけと、人数の減少の傾向。この二つを並べたとき、理容という仕事がこれからどのような形で残るのか、という問いが残る。

6. まちの とこやさんで、さがして みよう

6. 店先で見つかるもの、条文で読めるもの

6. 看板と条文を、自分の目で確かめる

おうちの 人と いっしょに、ちかくの とこやさんの まえを とおる ときに、かんばんを みて みましょう。あかと しろ、そして あおの もようが ありますか。どちらへ まわって いますか。みせの 中には はいらず、そとから みるだけで だいじょうぶです。

もし ぼうが 3しょくでは ない みせが あっても、まちがいでは ありません。いろいろな かたちが あるのだと、きづくだけで おもしろいのです。

りようしの ほうりつは、この メモの 「しらべた もとの じょうほう」の いちばん うえに、りようしほうが あります。ひらいて、1じょうの 2に ある 「かおそり」の ことばを、おうちの 人と いっしょに さがして みましょう。

近所の理髪店の前を通るときに、看板を見てみてください。赤・白・青のサインポールがあるでしょうか。ない店もあるでしょうか。看板の形や色は、店によって違うはずです。店内には入らず、外から見るだけで十分です。

次に、理容師法の第1条の2と、美容師法の「美容」の定義を読み比べてみましょう。理容師法は法令データ提供システム(e-Gov法令検索)などで読めます。「整える」と「美しくする」の言葉の差が、実際の文章でどう見えるかを自分の目で確かめられます。

厚生労働省の理容師・美容師になるにはのページも、養成施設や国家試験の仕組みを知る入口になります[4]。

もうひとつ、この記事の数字だけでできる計算があります。理容師199,467人と美容師579,768人を割り算して、理容師が美容師の何分の1か、自分で確かめてみましょう。

確かめる道すじは3つある。まず、近所の理髪店の看板を外から観察する。サインポールの色や形、回転する向きを記録し、本章の説明とどこが同じか、違うかを考える。店内に立ち入らず、外から見るだけでよい。

次に、理容師法第1条の2と、美容師法の「美容」の定義を原文で読み比べる。本章で引いた条文は、法令データ提供システム(e-Gov法令検索)の原文で確かめるのが確実である。第9条の衛生義務の細かい文言も、あわせて読める。

最後に、本文の数字で計算し直す。理容師は199,467人で前年より5,416人減ったので、前年は204,883人。5,416を204,883で割ると約2.6%の減少になる。理容所の1.9%減と比べると、人数のほうが少し大きく減ったと分かる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文の事実の出どころです。法令の文言は、使う前にe-Gov法令検索などの原文で読み直すのが確実です。

  1. 理容師法(昭和22年法律第234号) https://hourei.net/law/322AC0000000234 (理容の定義・免許・衛生義務・法律の沿革)
  2. 沖縄県 理容師・美容師 https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/seikatsueisei/seiei_suido/seiei_riyo.html (理容・美容の定義の比較)
  3. 進学ネット 理容師の仕事内容 https://shingakunet.com/bunnya/w0029/x0383/sigotonaiyo/ (顔そりが仕事の特徴という説明)
  4. 厚生労働省 理容師・美容師になるには https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/riyoushi/ (免許取得の道すじ・養成施設の年数)
  5. 東進 学部・職業ナビ 理容師 https://www.toshin.com/mirai/joblab/job/406/ (養成施設で学ぶ科目と時間数)
  6. HISTORY, Why Are Barber Poles Red, White and Blue? https://www.history.com/articles/why-are-barber-poles-red-white-and-blue (サインポールの色の由来の説)
  7. Hektoen International, The Barber-Surgeons https://hekint.org/2020/01/28/the-barber-surgeons-their-history-over-the-centuries/ (理髪外科医と外科医の分離)
  8. tabi-mag 神奈川の理容の歴史 https://tabi-mag.jp/kn0463/ (断髪令と日本の理髪店の始まり)
  9. 厚生労働省 生活衛生関係営業 理容業 https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei03/05.html (理容師数・理容所数と業界の特徴)
  10. コトバンク「床屋」(改訂新版 世界大百科事典・百科事典マイペディアほか) https://kotobank.jp/word/%E5%BA%8A%E5%B1%8B-583208 (江戸の髪結床で月代と顔をそった作業の流れ、明治の散髪床での用具の変化)

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