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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

もうふは、むかしから おうちで つかわれて いたの?

毛布はいつから家の寝具になったのか ── 兵士がまとう防寒具だった時代から

毛布が家庭の寝具になるまで ── 兵士の防寒具から戦後の普及へ

分野:歴史・文化

いま おうちに ある もうふは、日本に きた ころには、ねる ための ものでは ありませんでした。さいしょは へいたいが、さむさを しのぐ ために からだに まとって いたと いわれます[1]。

では、もうふが おうちの ねる ところに ある ように なったのは、いつ ごろ でしょう。こたえは、せんそうが おわった あとの ことです。そこまでの みちのりを、見て みましょう。

毛布は日本に入ってきたとき、寝るための道具ではありませんでした。幕末のころ、各藩の兵士が寒さをしのぐために身にまとったのが始まりだったとされています[1]。

では、毛布が当たり前に家の寝具になったのはいつごろなのでしょうか。百科事典などの資料から、「戦後に急速に広まった」という答えと、その前の長い助走が分かります。

毛布は幕末に日本へもたらされた当初、各藩の兵士が防寒のためにまとうものだったとされる[1]。家庭で寝具として日常的に使われるようになるのは、百科事典の記述では第二次世界大戦後である[1]。

ではなぜ、伝来から家庭への定着まで、およそ80年もかかったのか。国産化、1908年の高価な売り出し、大正から昭和にかけての緩やかな広まりを比べると、その理由と時期の幅が分かる。

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1. もうふは、はじめ なにに つかわれたの?

1. 毛布は、寝るためではなく「まとう」ものとして来た

1. 伝来時の毛布 ── 寝具ではなく、兵士の防寒具

さむい 日に、もうふを かたに かけた ことは ありませんか。じつは 日本に きた ばかりの もうふも、そんな ふうに つかわれて いました。

百科じてんには、幕末ばくまつに 日本に もたらされ、はじめは あちこちの はんの へいたいが、さむさを ふせぐ ために まとって いたと あります[1]。1868ねんの 9月には、せいふが 東北へ むかう へいたいに、もうふを 1まいずつ くばったとも いわれます[1]。

ねる ための ものでは なかった のです。では、そのころ ふつうの おうちでは、どうやって ねて いたのでしょう。

冬の夜、毛布を肩にかけて机に向かった経験は、多くの人にあるでしょう。日本に来たばかりの毛布も、まずはそんな使われ方をしていました。

世界大百科事典によると、毛布は幕末に日本へもたらされ、当初は各藩の兵士が防寒のためにまとっていたといいます[1]。1868年(明治元年)9月には、政府が東北へ向かう兵士に毛布を1枚ずつ支給したとも説明されています[1]。福沢諭吉の『西洋衣食住』(1866年)は、西洋の寝具として「ブランケット」を紹介していて、名前は少し前から知られていました[1]。

伝わった時期は、資料によって「幕末」と「明治初年」の差があります。ここでは「幕末から明治の初め」くらいの幅で考えます。

毛布は、寝るためではなく「まとうもの」として来たのです。では、毛布が来る前の家では、人はどうやって寝ていたのでしょうか。

毛布の日本への伝来は、世界大百科事典では幕末とされ、当初は各藩の兵士が防寒のためにまとっていたという[1]。ただし日本大百科全書は「明治初年に輸入」とするなど、伝来時期は資料によって差がある。そのため「幕末から明治初め」と幅をもたせて読むのが安全である。

この時期の毛布が、寝具ではなく防寒具だった点が出発点になる。1868年(明治元年)9月に政府が東北征討の兵士へ毛布を1枚ずつ支給したとの記述があり、福沢諭吉の『西洋衣食住』(1866年)は西洋の寝具として「ブランケット」を紹介している[1]。名前は知られていても、日本では寝具としてではなく、まず衣類に近い使われ方をしたことになる。

では、毛布が来る前の日本の家では、人は何を掛けて寝ていたのか。次章では、毛布が入りこむ前の寝具の事情を確かめる。

2. もうふが くる まえ、おうちでは なにを かけて ねたの?

2. 毛布が来る前、庶民は何を掛けて寝ていたのか

2. 毛布以前の寝具 ── 木綿の蒲団が広まったのは大正末から昭和

むかしの ふつうの 人たちの なかには、ひるまに きて いる うわぎを、そのまま かけて ねる 人も いたと いわれます[2]。

やがて 木綿もめんの ぬのが ひろまると、ねる ときの ものも かわって いきました。元禄げんろくの ころ、1688ねんから 1704ねんごろには、うわの ぬのも、なかみも 木綿もめんの ふとんが ひろまりはじめたと いいます[2]。

でも、もめんの わたを いれた ふとんが ほんとうに ひろまるのは、1926ねんごろ から あとの ことだと いわれます[2]。

ふとんでさえ、そんなに ながい じかんが かかったのです。もうふは、どんな ふうに ねだんが ついて いたのでしょう。

毛布が入る前の日本では、庶民の中に、昼間着ている上着を掛けて寝る人もいた、と世界大百科事典の「寝具」の項は説明しています[2]。

室町時代に木綿が登場すると、寝具のつくり方も変わります。元禄(1688〜1704年)のころから、外側も中身も木綿でできた寝具が広まりはじめました[2]。それでも、木綿綿を入れた蒲団が本当に普及するのは大正末から昭和に入ってからだとされています[2]。

家庭の寝具は、そうとうゆっくり変わってきたのです。毛布のように外国から来たものが、すぐに家に入りこめたとは考えにくい。そこで気になるのは、毛布そのものが日本でどう作られ、どう売られたかです。

毛布以前の日本の寝具は、庶民の中には昼の上着を掛けて寝る人もいたと日本大百科全書などは説明する[2]。室町時代に木綿が出回ると寝具が変わり、元禄(1688〜1704年)ごろから側も中身も木綿の寝具が広まりはじめた[2]。

ところが、木綿綿を入れた蒲団が本当に普及するのは、大正末から昭和に入ってからだという[2]。木綿の寝具が広まりはじめてから蒲団が本当に普及するまで、長い時間がかかったことになる。このため、外来の毛布が一気に家庭へ入りこんだとは考えにくい。

この記事では、蒲団そのものの歴史には深入りせず、毛布の側に話を絞る。次の問いは、毛布が日本で作られるようになったのはいつか、である。

3. もうふは、日本で つくられる ように なったの?

3. 輸入から国産へ ── 官営の工場と泉大津

3. 国産化の二つの流れ ── 官営の千住製絨所と、泉大津の民間生産

さいしょの もうふは、がいこくから きた ものでした。やがて、日本でも つくる ことが はじまります。

1893ねんに、くにが はこんで いた 工場(せんじゅせいじゅうしょ)で、日本の もうふ づくりが はじまりました[1][3]。へいたいの ために ひつような ものが ふえて きたからです。

ふつうの 人たちの あいだでは、おおさかの いずみおおつと いう ところを まんなかに、もうふ づくりが ひろまったと いわれます[1]。

つくれる ように なっても、ふつうの 人の おうちには、まだ とどきません。それは なぜでしょう。

輸入に頼っていた毛布は、やがて日本でも作られるようになります。軍の需要が増えたため、1893年(明治26年)に官営の千住製絨所で国産毛布の生産が始まりました[1][3]。千住製絨所は1879年に操業を始めた官営の毛織物工場で、軍服などの国産化が役割でした[3]。

民間では、大阪の泉大津を中心に毛布づくりが広まりました[1]。日本毛布工業組合は、日本で毛布が初めて生産されたのを1887年(明治20年)として、2017年にそれにちなんで11月20日を「毛布の日」に定めています[4]。官営工場の1893年と、この1887年は別の話です。

国内で作れるようになれば、家庭にも届きそうに思えます。ところが、百貨店が毛布を売り出したとき、値段はとても高いものでした。

国産化は二つの流れで進んだ。一つは軍需である。軍需用の羅紗や毛布の需要が増えたため、1893年(明治26年)には官営の千住製絨所で国産毛布の生産が始まった[1][3]。千住製絨所は1879年に操業した官営の毛織物工場で、軍服などの国産化を担っていた[3]。

もう一つは民間で、大阪の泉大津を中心に毛布づくりが広まった[1]。日本毛布工業組合は、日本で毛布が初めて生産されたのを1887年(明治20年)とし、生産開始130周年にあたる2017年に11月20日を「毛布の日」と定めた[4]。

1887年(民間)と1893年(官営工場)は別の話で、年を混ぜて読まないよう注意したい。これらの資料は、2つの動きの関係までは整理していない。

作れるようになったことと、家庭に届くことは別である。次の章では、都市の百貨店が毛布を売り出した場面から、その値段を見る。

4. 三越みつこしで うられた もうふは、いくらだったの?

4. 1908年、三越の毛布は1枚4〜15円だった

4. 三越の「西洋式寝具」 ── 4〜15円という価格が語ること

1908ねん、三越みつこしで、西洋ふうの ねぐ として、もうふが はじめて うられました[1]。

ねだんは 1まい 4円から 15円。とても たかい ものでした[1]。いまの おかねに すると いくらかは、しりょうに ありません。

また、ベッドで ねる ための ものとして、さいしょに つかいはじめたのは、お金もちの 人たちだったと いわれます[2]。

では、ふつうの 人たちの あいだでは、もうふは どう よばれて いたのでしょう。

1908年、三越が西洋式の寝具として毛布を初めて売り出しました。値段は1枚4〜15円で、高価なものでした[1]。当時の円を今のお金にいくらと言えるかは、ここで使った資料には書かれていません。

寝具としての毛布は、ベッドを使う上層階級から使われはじめたとされます[2]。そして大正から昭和にかけて、一部の人から、しだいに一般の人々にも敷布や毛布を使う人が増えていきました[2]。ただし、日常の寝具として当たり前になったのは戦後と説明されています。

つまり、家で寝るための毛布は、最初は「あこがれの西洋式寝具」でした。いつ何割の家に届いたかの統計は見つかっていないため、「しだいに」としか言えません。では、毛布が家に届く前、人々はどうやって毛布と付き合っていたのでしょうか。

1908年、三越が西洋式寝具として毛布を初めて売り出したが、1枚4〜15円という高価なものだった[1]。当時の円を現在の価値に換算する根拠は、使った資料にはない。

寝具としての毛布は、ベッドを使う上層階級から使われはじめ、大正から昭和にかけて、一部の人から、しだいに一般の人々にも敷布や毛布を使う人が増えた[2]。日常の寝具として当たり前になったのは戦後と説明される。つまり、家庭用の寝具としての毛布は、まず「高価な西洋式寝具」の位置づけから出発したことになる。

戦前に毛布が各家庭の何割に行き渡っていたかを示す統計は、今回の資料では得られていない。そのため、「大正から昭和にしだいに」という幅の範囲でしか、広まった時期は言えない。

一方で、毛布は寝具より前に、民間の衣服として広まっていた形跡がある。次の章で、その呼び名を見る。

5. ふつうの 人は、もうふを どう よんで いたの?

5. 「ケット」と呼ばれ、まとって出かけた

5. 衣類としての毛布 ── 「ケット」と「赤ゲット」

もうふを からだに まとう くらしは、へいたい だけの ものでは なく、ふつうの 人たちの あいだにも ひろがりました。そして「ケット」と よばれる ように なりました[1]。

あかい もうふを まとって、とかいに でてくる 人は、「あかゲット」と よばれた こともあったそうです[1]。この よびかたは、いま 人に つかうと、きずつける ことが あります。

さむい 日の 外出着として つかわれて いた ことが わかります。家で ねる ための ものに なるのは、もっと あとの ことでした。

毛布で寒さをしのぐ習慣は、兵士の外にも広がりました。民間では毛布は「ケット」と呼ばれ、赤い毛布をまとって上京する人は「赤ゲット」と呼ばれたという説明があります[1]。

この呼び名は、使い方によっては人を傷つけることばになります。ここでは、赤い毛布をまとって都会に出てくる人がいた、という事実だけを受け取っておきます。

こうして見ると、毛布は「まとう」ものとして民間にも広がっていたことが分かります。寝具としての毛布が日常になるには、もう一つの大きな変化が必要でした。

毛布で寒さをしのぐ習慣は民間にも広がり、「ケット」と呼ばれたという。赤い毛布をまとって上京する人は「赤ゲット」と呼ばれた[1]。毛布が、寝具になる前に外套の代わりとして定着していたことを示す呼び名である。

この呼び名は、使い方によっては人を傷つける言葉になりうる。ここでは「赤い毛布をまとう人がいた」という事実の範囲にとどめる。

では、こうした「まとう毛布」が、「寝るための毛布」に変わったのはいつか。この問いは、章を改めて確かめる。

6. おうちの ふとんの そばに もうふが ある ように なったのは、いつ?

6. 家の寝具として当たり前になったのは戦後

6. 戦後の急速な普及 ── 生活の洋式化と、放出された物資

ここまでの ことを まとめると、もうふは、さいしょは へいたいの からだを まもる もの、そのあと 三越みつこしで うられる たかい ものでした。

ふつうの おうちで ねる ときに もうふが つかわれる ように なったのは、せんそうが おわってからだと いわれます[1]。くらしが 西洋ふうに かわって きた ことと、ぐんの ものが 町に でまわった ことが、ひろがる もとに なったと いわれます[1]。

ふとんの そばに もうふが ある、いま ふつうに 見える すがたは、そう ながい れきしが あるわけでは ないのです。

毛布が急速に広まったのは、第二次世界大戦後のことです。背景として、軍需品が放出されたことと、生活が洋式に変わっていったことが挙げられています[1]。軍の物資が世の中に出回って毛布が手に入りやすくなり、洋式の暮らしの中で西洋式の寝具も受け入れられやすくなった、という流れだと考えられます。寝具として一般に日常生活で使われるようになったのも、戦後だと説明されています[1]。

ここまでの道すじを短くまとめます。幕末に兵士の防寒具として入り、明治に国産化が進み、1908年に三越が高価な寝具として売り出しました。大正から昭和にしだいに一般の人も使いはじめ、戦後に急速に広まった、という順です。

いま当たり前に見える毛布は、日本の家では100年も前からあったわけではありません。そして、この「ブランケット」という名前にも、元になった言葉があります。

毛布が急速に普及したのは第二次世界大戦後で、背景として軍需品の放出と生活の洋式化が挙げられている[1]。放出された軍の物資が出回って毛布が入手しやすくなり、洋式の暮らしの中で西洋式の寝具が受け入れられやすくなった、という流れが考えられる。寝具として一般に日常生活で使われるようになったのも戦後とされる[1]。

ここまでを整理する。伝来した毛布は、まず防寒具だった。国産化が進んでも、1908年の売り出しの時点では高価な西洋式寝具だった。資料は、大正から昭和にかけて一部からしだいに一般へ使う人が増え、日常の寝具として広まったのは戦後と説明している。

ただし、何割の家にいつ届いたかの統計は得られていないため、「しだいに」「急速に」はあくまで百科事典の記述に基づく言い方である。幅をもたせたまま受け取るのが適切だろう。

7. 「ブランケット」って、どんな いみの ことば?

7. 「blanket」という言葉は、もともと「白」だった

7. blanketの語源 ── 古フランス語の「白」から

えいごで もうふは「ブランケット」と いいます。もとは、ふるい フランスの ことばで「しろ」を あらわす ことばから きた、と いわれます[5]。

むかしは、そめて いない、しろっぽい けおりものの ことを、そう よんで いたそうです。ただし 人の なまえから きた、と いう はなしも あるようですが、たしかでは ないと されて います[5]。

英語のblanketは、古フランス語で「白」を意味するblancに、小さいものを表す語尾がついた形に由来するといわれます。もとは起毛した、染めていない毛織物の名前でした。[5]

14世紀のブリストルの織工トマス・ブランケットが名前の由来だという説もありますが、確かではないとされています[5]。

英語のblanketは、古フランス語で「白」を意味するblancの指小語(小さいものを表す形)に由来し、もとは起毛した未染色の毛織物(blanke)の名であるといわれる[5]。

14世紀のブリストルの織工トマス・ブランケットに由来するという説もあるが、確かではないとされる[5]。名前の由来は、毛布が染めていない白っぽい毛織物だったことと結びついている。

8. おうちの もうふの はなしを きいて みよう

8. わが家の毛布は、何代目だろう

8. 家庭の記憶という史料 ── 毛布をめぐる聞き取り

おうちの 人に、きいて みましょう。「おじいさん、おばあさんが こどもの ころ、なにを かけて ねて いたの?」

もうふの ふくろや タグを みると、どんな ざいりょうで できて いるか かいて あります。むかしの もうふと くらべると、どう ちがうのでしょう。

こたえが 人に よって ちがっても、それが おもしろい ところです。

家の人に、子どものころ何を掛けて寝ていたかを聞いてみてください。祖父母の世代と、父母の世代では、答えが違うかもしれません。

毛布のタグには、素材や洗い方が書かれています。それを読むと、毛織物の毛布なのか、ほかの素材なのかが分かります。ここで見た「戦後に広まった」という歴史が、家の中のどこに残っているのかを探すこともできます。

さらに調べたいときは、「世界大百科事典」の「毛布」「寝具」の項が入口になります。

統計がない領域では、家庭の記憶が貴重な史料になる。祖父母や父母の世代に、子どものころ何を掛けて寝ていたかを聞き取れば、その家ではいつごろ毛布を使い始めたかを知る手がかりになる。

あわせて、家にある毛布のタグで素材と製造の表示を確かめるとよい。自分で確かめれば、歴史が現在の暮らしにどうつながっているか実感できる。

出典の世界大百科事典「毛布」「寝具」の項に当たれば、本記事で幅を持たせた伝来時期や、戦前の普及について、原典の書きぶりを自分の目で比べられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文の事実は、百科事典の項目と業界団体の解説にもとづく。

  1. コトバンク「毛布」(世界大百科事典ほか) https://kotobank.jp/word/%E6%AF%9B%E5%B8%83-143279 (伝来・国産化・三越・戦後の普及)
  2. コトバンク「寝具」(日本大百科全書・世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/%E5%AF%9D%E5%85%B7-81512 (毛布以前の寝具・大正から昭和の広まり)
  3. コトバンク「千住製絨所」 https://kotobank.jp/word/%E5%8D%83%E4%BD%8F%E8%A3%BD%E7%B5%A8%E6%89%80-847375 (官営工場の役割)
  4. 雑学ネタ帳「毛布の日」 https://zatsuneta.com/archives/11120a6.html (1887年と毛布の日)
  5. Wikipedia "Blanket" https://en.wikipedia.org/wiki/Blanket (語源)

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