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ポストは さいしょから 赤かったの?

郵便ポストは最初から赤かったのか ── 白木の箱が赤い鉄の丸型になるまで

郵便ポストの形と色の変遷 ── 白木の書状集箱から鋳鉄製赤色円筒形(1908年)まで

分野:歴史・文化

町で 見る ポストは 赤い 色を して います。でも、いちばん はじめの ポストは、赤くありませんでした。

では、いつ、どうして 赤に なったのでしょう。じつは、赤に した りゆうを 書いた 公の 文は、とても みじかい ものしか のこって いません。ポストの 形と 色が かわって いった ようすが 分かります。

日本のポストが最初から赤かったわけではありません。はじまりは、色をぬっていない白木の箱だったといわれます。

では、赤はいつ、どんな理由で選ばれたのでしょうか。その公式な説明は、「誰でもすぐ分かるように」という程度の短いものしか伝わっていません。白木の箱から赤い鉄の丸型ポストまでの変化と、そこに残る謎が分かります。

現在の赤い円筒形のポストは、1908年(明治41年)に鋳鉄製・円筒形・赤色と正式に定められた形が源流にある[4]。ところが、赤を選んだ理由について、同年の逓信省年報にある説明は「誰でもすぐ認識できるように」という程度にとどまるとされる[5]。

なぜ公式の記録がこれほど薄いのか。このメモでは、創業時の白木の箱から日本橋の試作、赤の規格化、現存する古いポストまでの変化が分かる。赤の理由については、確かな部分と研究者の推察とを分けて示す。

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1. 手紙を 入れる 箱が、町に できた

1. 町かどの箱に手紙を入れる、という新しい習慣

1. 1871年の郵便創業と、書状集箱の役割

いまから 150ねんより むかし、日本に 新しい ゆうびんの しくみが できました。1871ねん(めいじ4ねん)の ことです。東京と 京都と おおさかの あいだで、東海道ぞいに ゆうびんが はじまりました[1]。

この とき、町の 大事な 場所に 手紙を 入れる 箱が おかれました。これが ポストの はじまりです。いつでも 手紙を 入れられる ことが、新しい しくみの ねらいの 1つでした[2]。

まだ、ポストの 使い方を 知らない 人が たくさん いました。ですから、使い方を 書いた 紙も いっしょに 出されました[2]。

いまは、書留かきとめのように 人に わたす 手紙を のぞけば、ポストから 夜でも 手紙を 出せます。ポストが 全国に あるからです[2]。

1871年4月20日(明治4年3月1日)、東京、京都、大阪を結ぶ東海道筋で、近代的な郵便が始まりました[1]。この新しい仕組みには、時刻を決めて毎日出発する、切手を使う、町の要所に置いた書状集メ箱(ポスト)でいつでも差し出せる、といった特徴がありました[2]。

ポストの近くには切手を売る場所も置かれました。はじめて見る箱ですから、創業の布告と一緒に、書状を出す人の心得も出され、使い方まで細かく知らせる必要があったのです[2]。

その考え方は、いまも続いています。ポストがあるおかげで、書留のように対面が必要な取り扱いを除けば、全国どこでも24時間、郵便物を差し出せます[2]。

日本の近代郵便は、1871年4月20日(明治4年3月1日)に東京・京都・大阪間の東海道筋で始まった[1]。創業の特徴は、時刻を定めた毎日の出発、切手の使用、そして町の要所に置く書状集メ箱(ポスト)への随時の差し出しである。ポストの近くに切手売捌所を置く構想も含まれていた[2]。

新しい制度は使い方を知らなければ動かない。そのため創業の布告とあわせて「書状ヲ出ス人ノ心得」が出された[2]。制度の設計者として知られる前島密は、1870年に駅逓権正となり、20日間で創業の建議書をまとめて提出したが、直後に英国へ出張したため、創業準備は杉浦譲が進めた[1]。

この「いつでも差し出せる」という性格は現在も維持され、特殊取扱を除けば全国どこでも24時間投函できる環境が提供されている[2]。では、その最初の箱はどんな姿だったのか。

2. いちばん はじめの 箱は、ふつうの 木の 箱

2. 最初のポストは白木の箱 ── 目安箱がヒントといわれるが

2. 書状集箱の形と集荷方法 ── 目安箱起源説の限界

じてんなどの 説明せつめいでは、さいしょの ポストは、色を ぬらない 白い 木の 箱だった と いわれます[8]。そのころ すでに あった 目安箱に にている、という 話も あります。でも、目安箱を ヒントに したという 話を はっきり 示しめす きろくは ありません[2]。

いまの ポストと、大きな ちがいが あります。手紙を 集める とき、はいたつの 人は 箱ごと ゆうびんきょくへ 持ち帰りました。中の 手紙を 出して、また 同じ 場所に 箱を もどしたのです[1]。

ふたを あけて 取り出すのではなく、箱ごと はこぶ。ちょっと 大へんそうですね。

事典類の説明では、創業時のポスト「書状集箱」は白木造りの箱だったとされています[8]。形は目安箱からヒントを得て考えられたといわれますが、それを明らかにする史料はないと、総務省の資料が引く『郵便創業120年の歴史』は述べています[2]。

手紙の集め方も、いまとは違いました。配達員が箱を郵便局へ持ち帰って中身を取り出し、その後で箱を元の場所へ戻したのです[1]。布告や料金表、書状を出す人の心得は、箱と一緒に掲示されました[1]。

創業時の書状集箱(集信箱とも)は白木造りで、東京・京都・大阪と東海道筋の宿駅に置かれたと説明されている。ただしこの記述は事典類(二次資料)によるため、「白木で始まったといわれる」という強さで受け取っておく[8]。

形は目安箱を参考に考案されたとする説明があるが、それを明らかにする史料はない[2]。集荷の方法も現在とは異なり、配達員が箱ごと郵便局に持ち帰って郵便物を取り出し、箱を元の場所に再設置する方式だった。布告・各地時間賃銭表・心得も箱とともに掲示された[1]。

この方式は、箱が据え置きでなく持ち運び可能だったことを前提にする。では、次に登場する黒い柱箱から、「ポスト」という呼び名が広まったのはなぜだろう。

3. 「ポスト」という 名は、黒い 箱から

3. 黒い柱の箱に書かれた「POST」が、名前になった

3. 明治5年の黒塗柱箱と「郵便ポスト」の呼称

つぎの 年、1872ねんには、東京の 町の中でも ゆうびんが はじまりました。このとき、黒い 柱の 形の 箱が おかれました[3]。

その 箱の 手紙を 入れる 口には、「POST」と 書かれて いました。ここから、「ゆうびんポスト」と よぶ ように なったと つたえられて います[3]。

この 黒い 角の 柱の 箱は、そのあと 長く 主な 形でした[8]。

1872年(明治5年)に東京府内の郵便が始まったとき、黒塗りの柱箱が置かれました。その差入口には「POST」の表示があり、そこから「郵便ポスト」と呼ばれるようになった、と郵政博物館の研究紀要は説明しています[3]。

のちに、黒い木製の角柱形が明治時代の主流だったといわれます[8]。

1872年(明治5年)の東京府内郵便の開始時に設置された黒塗柱箱は、差入口に「POST」の表示があったことから「郵便ポスト」と呼ばれるようになった、と郵政博物館の研究紀要は説明する[3]。

事典類では、明治5年に木製・黒色の角柱形がつくられ、以後の明治期を通じて主流だったとされる[8]。

こうして、白木の箱から黒い柱箱へと、名前と姿が定まっていった。次に色が大きく変わるのは、東京・日本橋での試作からである。

4. 日本ばしに、ふしぎな ポストが 2つ

4. 日本橋の南北に置かれた、赤い鉄の試作ポスト

4. 1901年の日本橋の試作 ── 俵谷式と中村式

1901ねん、東京の 日本ばしの 北がわと 南がわに、ちがう 形の ポストが ためしに おかれました[4]。

北がわは たわらや たかしちさんが 考えた もの。南がわは なかむら こうじさんが 考えた ものです[4]。

これが、赤くて 丸い、てつの ポストの はじまりと されます[4]。手紙を 入れる 口は、くるっと まわる しくみで、「回てんしきポスト」と よばれました[4]。

1901年(明治34年)、東京の日本橋の北側に、俵谷高七が考えた「俵谷式ポスト」が、南側には中村幸治が考えた「中村式ポスト」が、試験的に置かれました。これが、赤・丸形・鉄製ポストの始まりとされています[4]。

差入口が回転する仕組みから「回転式ポスト」と呼ばれ、このデザインは、のちの昭和24年(1949年)に登場する丸型ポスト(郵便差出箱1号)の原形になりました[4][6]。

1901年(明治34年)、東京・日本橋の北側に俵谷高七考案の「俵谷式ポスト」、南側に中村幸治考案の「中村式ポスト」が試験設置された。これが赤・丸形・鉄製ポストの始まりである[4]。

差入口が回転式だったため「回転式ポスト」と呼ばれ、そのデザインは1949年登場の「丸型ポスト」(郵便差出箱1号)の原形になった[4][6]。つまり、1901年の試作と、現在の記憶に近い丸型とのあいだには約半世紀の距離がある。

では、この試作から赤が正式に決まるまでに、何があったのか。

5. 赤に きめた りゆうは、みじかい 一言

5. 赤に決めた理由は、一言しか伝わっていない

5. 1908年の規格化 ── 赤の選定理由と、研究者の推察

1908ねん、ポストは 鉄で できた まるい 形で、色は 赤と、正式に 決まりました[4]。

しらべた 人の 本に よると、赤に した りゆうは、「だれでも すぐ わかるように」と いう、みじかい 一言だけ、と いわれます[5]。ほかの りゆうは、はっきり しません。

この ころ、ポストを 作った 人が、ざっしに 話した ことが あります。「役所の ある 人から、これからは ポストが 赤くなると 聞いて、作った」と いう 話です[5]。その人は だれか。しらべて いる 人たちも、考えを のべる ところまでです。

1908年(明治41年)の公達で、ポストは鋳鉄製・円筒形・赤色と正式に定められました[4]。ところが、赤にした理由について、研究者の紹介によると、同じ年の逓信省年報にあるのは「誰でもすぐに認識できるように朱塗りにした」という程度の説明だとされます[5]。

手がかりは、俵谷高七の話にあります。俵谷は雑誌で、逓信省のある人から「これからポストが赤くなる」と聞いて作った、と語ったそうです。研究者は、その人物を郵便用品開発の責任者ではないかと推察していますが、これは推察で、決まった説ではありません[5]。

また、1908年を境に、全国のポストが一度に赤くなったわけでもありません。黒い木製のポストも、しばらく残りました[5]。

1908年(明治41年)の公達で、ポストの雛形は鋳鉄製・円筒形・赤色と定められた[4]。しかし、その色の理由を直接示す公式説明は薄い。二次資料(retropost.net)によれば、同年の逓信省年報は、誰でもすぐに認識できるよう朱塗りにした、という程度にとどまる[5]。

手がかりの1つは、俵谷高七が雑誌『交通』で「逓信省のさる方から今後ポストが赤くなると聞いて作った」と語った点で、研究者はその人物を、郵便用品開発の責任者だった樋畑雪湖ではないかと推察している[5]。ただしこれは推察にとどまる。

赤の背景を「英国にならった」「黒は夜に見えにくい」と説明する記述もあるが、いずれも二次資料の範囲にとどまる。また、1908年に全国が一斉に赤くなったわけではなく、黒い木製も当面残った[5]。

6. 丸い ポストは、いま どれくらい?

6. 古い丸型ポストは、いまも使われている

6. 現存する古いポストと、いまの本数

赤くて 丸い ポストは、むかしの ままの 形で、いまも 少し のこって います。2022ねんの ニュースでは、ぜんぶで 4千ぽんより 少し 多い、と つたえられました[7]。

この 丸い ポストは、1970ねんが さいごの せいぞうと いわれます[7]。ですから、50ねんより 長く 使われて きた ポストも あります。

あいちけんの とよかわいなりには、1912ねんの 形の ポストが、いまも 使われて いると つたえられます[6]。雨よけの ひさしと、手紙を ぬすまれない ための しかけが ついて います。

ポスト ぜんたいは、2021ねんの おわりで 17万6千ぽんほど、日本中に あります[2]。

丸型ポストは、1970年ごろに角型へ切り替わるまでつくられました[6]。2022年7月の報道では、日本郵便によると丸型は全体の約2.4%、約4千本あまりが使われているということです[7]。全国のポスト約17万6千本(2021年度末)のうち、約2.4%は約4,200本にあたります[2]。

現在も使われていると紹介されるなかで最も古いとされるのは、愛知県豊川市の豊川稲荷にある明治45年(1912年)型のポストです。戦前の金属製ポストの多くは回収されましたが、私設のポストだったため、使い続けられました。雨よけの庇や盗難防止の弁がついていて、いまの丸形ポストの原型とされます[6]。ただし、この「現役最古」は、ひとつのメディアの記述にもとづくものです。

ポストの本数は、郵政公社が発足した2002年度末の約18.6万本から、2021年度末の約17.6万本へ減りました。省令で、公社発足時の本数を維持し、各市町村や特別区にまんべんなく置くこととされています[2]。

丸型ポスト(郵便差出箱1号)は1949年に登場し、1970年に角型へ切り替わったとされる[6]。2022年7月の報道によれば、日本郵便の説明で丸型は全体の約2.4%、約4千本超が使われている[7]。2021年度末の全国のポスト数176,683本[2]の2.4%は約4,240本で、報道の数字と整合する。ただし報道時点の概数で、最新の本数は日本郵便の公表を確認する必要がある。

現在も使われていると紹介されるなかで最古とされるのは、愛知県豊川市の豊川稲荷にある明治45年(1912年)型のポストで、戦前の金属製ポストの多くが回収されるなか、私設のため使い続けられた。雨よけの庇と内部の盗難防止弁を備え、現在の丸形ポストの原型とされる[6]。一媒体の記述にもとづく「とされる」の範囲の情報である。

全国のポスト数は、郵政公社発足時(2002年度末)の約18.6万本から、2021年度末に約17.6万本となった。郵便法の省令は、公社発足時の本数を維持し、各市町村・特別区にまんべんなく設置し、公道上など目につきやすい場所に置くことを求めている[2]。

7. 近くの ポストを 見に 行って みよう

7. 身近なポストの形と色を見てみる

7. 出口 ── 近所のポストの形を見分け、資料に当たる

おうちの 人と いっしょに、近くの ポストを 見に 行って みましょう。道を わたる ときは、車に 気を つけて ください。

まるい 形ですか。しかくい 形ですか。てっぺんに 雨よけの ひさしは ありますか。手紙を 入れる 口は、どんな 形ですか。

丸い ポストを 見つけたら、1970ねんごろまでに 作られた ポストかも しれません[7]。

家族と一緒に、近所のポストを見に行ってみましょう。道路のそばにあるので、車に気をつけてください。

形は円筒形か角型か。上に雨よけの庇があるか。投函口の形はどうか。見比べると、いまの角型と古い丸型の違いが分かります。丸型は1970年が最後の製造とされるので[7]、見つけたら、1970年ごろまでにつくられたポストかもしれません。

赤の理由は、今回の資料では一言しか伝わっていません。同じ疑問を持つ研究者の文章[5]も、読んでみてください。

近所のポストを観察し、形(円筒形か角型か)、庇の有無、投函口の形を見分ける。道路脇なので交通に注意すること。丸型を見つければ、1970年が最後の製造とされる[7]ため、1970年ごろまでに製造されたものかもしれない。

資料を読むなら、創業期の背景は郵政博物館の研究紀要[1][3]、制度と本数は総務省の資料[2]、1908年の規格化は日本郵便の特集[4]、赤の理由をめぐる議論は retropost.net[5]が読める。赤の決定的な根拠はまだ見つかっておらず、問いとして残っている。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:郵政博物館の研究紀要、総務省の資料、日本郵便の特集、事典類、報道を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 郵政博物館 研究紀要 第13号(2022)。https://www.postalmuseum.jp/publication/research/research_13_11.pdf (1871年の郵便創業、書状集箱の集荷方法、前島密と杉浦譲について)
  2. 総務省 郵政行政部 資料32-1(令和5年5月18日)。https://www.soumu.go.jp/main_content/000881091.pdf (創業時の郵便の特徴、書状集箱の形、ポストの本数と設置基準、24時間投函について)
  3. 郵政博物館 研究紀要 第5号(2014)表紙解説。https://www.postalmuseum.jp/publication/research/docs/research_05_00.pdf (黒塗柱箱と「郵便ポスト」の呼び名について)
  4. 日本郵便 切手・はがき 特集(2001年)。http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2001/0420/ (1901年の日本橋の試作、1908年の規格化、丸型ポストの原形について)
  5. retropost.net「赤いポスト」(小林正義『みんなの郵便文化史』2002を参照)。https://retropost.net/redpost/ (赤の理由の公式説明と研究者の推察について。二次資料)
  6. All About「現役最古は“100歳”超え?」。https://news.allabout.co.jp/articles/o/41229/ (丸型ポストの登場・切り替わり、現役最古のポストについて。報道)
  7. 神戸新聞(2022年7月)。https://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/202207/0015493529.shtml (丸型ポストの残り本数と製造終了の年について。報道)
  8. コトバンク「郵便ポスト」。https://kotobank.jp/word/郵便ポスト (白木の箱、黒い角柱形について。事典類で二次資料)

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