1. 毛あなの 数は かわらないのに、どうして 毛が ないように 見えるの?
1. 毛穴の数が同じなのに、ヒトの体が「つるつる」に見えるのはなぜか
1. 毛包密度が同じなのに、ヒトの体毛が少なく見えるのはなぜか
うでを よく 見て ください。ちかくで 見ると、ほそい 毛が たくさん はえて います。
ある けんきゅうでは、ひとと チンパンジーの 毛あなの 数を くらべました。すると、大きな ちがいは ありませんでした[1]。
ちがうのは 毛の すがたです。チンパンジーの 毛は 太くて 色が こい 毛です。ひとの 体の 毛は、ほとんどが 細くて 色の うすい 「うぶげ」だと 考えられて います[1]。
けんきゅうした 人は 「ひとは、チンパンジーと おなじ みつどで 毛あなを もっている」と 話して います[3]。
毛あなが へったのではなく、毛が 細く なった。では、毛が へった ぶんは、体の どこで おぎなわれたのでしょう。
ヒトの体にも、チンパンジーと同じくらいの密度で毛穴があります。ある研究では、ヒト、チンパンジー、マカク(ニホンザルの仲間)の皮膚を比べました。ヒトとチンパンジーの毛穴の密度に有意な差はなく、マカクはヒトやチンパンジーより毛穴が高密度でした[1]。
変わったのは、毛の種類です。チンパンジーなどの毛皮をつくるのは、太くて色のついた「終毛」です。ヒトの体の毛は、顕微鏡で見るような細くて色のない「産毛」が中心です。体毛の少なさは、毛穴が減ったというより、終毛が産毛に変わったことで起きた、と提案されています[1]。
この研究に関わった研究者は、「私たちは、類人猿が毛皮の毛穴を持つのと同じ密度で毛穴を持っている」と説明しています[3]。
毛穴の数は変わらないのに、毛は細くなった。すると、毛皮が担っていた保温や放熱の役目を、ヒトの体はどう果たしているのでしょう。手がかりの一つが汗です。
見た目の印象に反して、ヒトの毛包(毛穴)の密度はチンパンジーと有意に違わない。ヒト、チンパンジー、マカクの皮膚を比較した2018年の研究では、マカクの毛包密度がヒトやチンパンジーより高いと報告され、ヒトだけが特別に毛穴が少ないわけではなかった[1]。
では、何が変わったのか。同研究は、毛皮に特徴的な、太く色のある終毛から、顕微鏡的に細く色のない産毛へと、毛の型が移ったためと提案している[1]。つまりヒトの「毛の少なさ」は、毛穴の数でなく、毛の太さと色の問題として説明される。ここで注意したいのは、これが一つの研究の提案であり、サルの種の選び方や測定部位によって数字が変わりうる点である。
研究者自身も「私たちは類人猿が毛皮の毛穴を持つのと同じ密度で毛穴を持つ」と述べている[3]。毛穴が残っているなら、毛が細くなったあとの体は、毛皮の「保温と放熱」の役目をどう果たしたのか。次の問いはそこにつながる。
2. 毛が 細くなった かわりに、ふえたものは 何?
2. 毛が細くなった体で、汗の腺はどんな役目をするのか
2. ヒトのエクリン汗腺は、なぜ密度が高いのか
ひとの 体には、あせを だす 小さな あなが たくさん あります。これを 「かんせん」と いいます。
ひとの かんせんの みつどは、チンパンジーや マカクの 平きんの 十ばいだと いう けんきゅうが あります[2]。チンパンジーと マカクは、おたがいに とても にて いました[2]。
この 十ばいは、「あなの 数が 十ばい」では ありません。 まとまった 広さに ならぶ 数の、へいきんの はなしです。
あせは 水っぽくて、かわく ときに 体の ねつを うばいます。毛が 細くなって、あせが 空気に ふれやすく なった。そう 考える 人たちが います[4]。
けんきゅうでは、先に 毛の みつどが さがり、そのあとで かんせんが ふえたと 考えて います[1]。
汗の腺にはいくつか種類がありますが、水っぽい汗を出して体温を下げるのは「エクリン汗腺」です。ヒトのエクリン汗腺の密度は、チンパンジーとマカクの平均の約10倍でした。この二種の汗腺密度は、互いにとても似ていたと報告されています[2]。
10倍というのは密度の平均で、汗腺の個数が10倍という意味ではありません。つまり、同じ広さの皮膚に汗の出口が平均して10倍ならんでいる、という比べ方の話です。
汗は、蒸発するときに体の熱を奪います。毛皮が濃い体では、汗が毛にからまって蒸発しにくくなります。毛が細くなると、汗が空気に触れやすくなり、熱が逃げやすくなる、という説明が見られます[4]。
順番についても、この研究は仮説を述べています。ヒトと類人猿の祖先で毛の密度が下がり、そのあとヒトで汗腺の密度が増えて、毛皮が減った。毛と汗腺は別々の道筋で進化した形跡がある、というのです[1]。
毛を薄くして、汗でひやす体になった。では、ヒトの祖先は、どんな場所で暮らしていたから、そうなったのでしょうか。
毛皮が担っていた放熱の一部は、汗腺が受け持つと考えられる。エクリン汗腺の密度は、ヒトがチンパンジーやマカクの平均で約10倍であり、チンパンジーとマカクの値は互いに非常に近い[2]。ただし「10倍」は密度の平均で、汗腺の数が10倍という意味ではない。全身の数は200万〜300万個とされることが多いが、資料により400万個という値もあり、桁以上は断定できない[5]。
エクリン腺は水分の多い汗を出し、その気化熱で皮膚の熱を奪って体温を下げる。毛皮が密なら汗は毛に保たれて蒸発しにくいが、毛が細く短ければ汗は直接空気に触れる。この関係は、サバンナ説(次章)の前提にもなっている[4]。
変化の順序について、同研究は「ヒトと類人猿の祖先で毛の密度が下がり、その後ヒトで汗腺密度が増えて毛皮が減った」と考える。毛と汗腺の変化は別々の道筋で進んだ形跡がある、という点も重要である[1]。毛が減るから汗腺が増えたと一本の線で結ばないほうがよい。
では、なぜ毛が薄くなる方向が有利だったのか。ここから先は、直接の証拠が少なく、仮説の領域に入る。
3. ひとの そせんは、なぜ 毛を うすく したのかな?
3. なぜ、毛が薄い体が生き残ったのか:サバンナ説と持久走仮説
3. 毛の薄い体が有利だった理由:サバンナ説と持久走仮説は何を支え、何を支えないか
むかし、ひとの そせんは、木の上で くらして いたと 考えられて います。やがて、木の すくない 草はらにも 出て あるくように なりました。
そこは ひかげが すくなく、あつくて かわいた ばしょです。うすい 毛で、あせが すぐ 空気に ふれる 体の ほうが、すずしく すごせたかもしれません[4]。
これは 「サバンナせつ」と よばれる 考えの 一つです。まだ、たしかな せつでは ありません[4]。
ほかにも、 はしって えものを おいかける ことが 体に あっていた、という 研究も あります。あせで 体を ひやせる ことが、はしる ちからを ささえたと いわれて います[6]。
ただし この 研究は、「毛が ないから はしれた」と 言って いる わけでは ありません。
毛が薄くなった理由として、よく挙げられるのが「サバンナ説」です。樹上の暮らしから草原へと生活の場を広げたヒトの祖先にとって、日よけの木が少なく、高温で乾燥した環境では、薄い産毛で汗腺が外気に出ている体のほうが有利だった、という考えです[4]。この説は有力ですが、完全に立証されたわけではありません[4]。頭の毛が残ったのは、強い日ざし(紫外線)から頭を守るためだと説明されています[4]。
もう一つは「持久走仮説」です。2004年、Bramble と Lieberman は、ヒトの属(ホモ属)が約200万年前以降、走って獲物を追う力に自然選択が働いて進化したと論じました。頭や皮膚からの汗の蒸発で熱を逃がす体も、走る力を支えたと考えられています[6]。
ここで気をつけたいのは、この論文の主題は体毛の消失そのものではない点です。「毛がないから走れた」と書いたわけではありません[6]。
どちらの説も、「汗で熱を逃がす体は、暑い草原で役に立った」という方向では重なります。しかし、毛は化石に残らないため、いつ毛を失ったのかを直接たしかめることはできません[3]。時期を知るには、別の手がかりが要ります。
毛皮を薄くする選択圧は何だったのか。有力な仮説の一つがサバンナ説で、樹上から草原へ進出したヒトの祖先にとって、日よけがなく高温乾燥の環境では、薄い産毛で汗腺が外気に露出した体のほうが有利だったと考える。頭髪が残ったのは紫外線防御のためという説明が添えられるが、完全に立証された説ではなく、「定説」と呼ぶのは適切でない[4]。
もう一つは持久走仮説である。Bramble と Lieberman(Nature, 2004)は、ホモ属が約200万年前以降、走って獲物を追う能力に自然選択が働くなかで進化したと論じ、頭部や皮膚からの汗の気化で放熱する体も走力を支えたとした[6]。ただしこの論文は、体毛の消失そのものを主題にしていない。「毛がないから走れた」という主張と読むのは、論文からの飛躍になる。
両説は、暑い環境で汗による放熱が有利という点で重なるが、いずれも状況証拠である。毛は化石に残らないので、毛を失った時期は化石から直接は分からない[3]。時期については、遺伝子とシラミという別の記録が使われてきた。
4. 毛が うすく なったのは、いつごろ?
4. 毛が薄くなったのはいつか:遺伝子の手がかりと、約120万年前という目安
4. 毛が薄くなった時期を遺伝子から絞る:MC1R解析と約120万年前という下限の目安
毛は 土の 中に のこりません。だから、いつ うすく なったかは、 ほねのように しらべられません[3]。
そこで 研究者は、はだの 色に かかわる いでんしを しらべました。アフリカの こい はだの 色に つながる かたちの いでんしは、 およそ 120万年前という てがかりを しめした 研究が あります[7]。
はだの 色が こく なる ひつようは、毛を うしなって 日光を あびた ことと むすびつけられて います[7]。
だから 毛が うすく なったのは、 それより 前かもしれない、という 目安に なります。 ただし ほんとうの 年は、わかって いません。
毛は化石に残りません。汗腺もまた同じです[3]。そこで、遺伝子から時期を探る研究が行われました。
2004年、Rogers らは MC1R という肌の色にかかわる遺伝子を調べました。アフリカの濃い肌色に結びつく変異型は、最大で約120万年前に生じたと推定されました。毛を失った時期の確定年代ではなく、「それより前」という下限の目安として使われています[7]。肌の色が濃くなる必要は、毛を失って日光を浴びたことと関係づけられているからです[7]。
ただし、約120万年前は幅のある推定の上端で「下限の目安」であり、確定した年ではありません。持久走仮説が言う約200万年前以降、MC1R の約120万年前以前、サバンナ説と、手がかりごとに幅があります。一つの年に決めないほうが、研究の現状に近いのです。
では、服はどうでしょう。毛が薄くなったあとに、服を着るようになったのでしょうか。
毛を失った時期を、どう絞るのか。Rogers、Iltis、Wooding(Current Anthropology, 2004)は MC1R 遺伝子を解析し、アフリカの濃い肌色に結びつく変異型が最大で約120万年前に生じたと推定した。体毛消失の確定年代ではなく、その時期の下限(それより前)の目安として使われる。毛を失えば皮膚が直接日光を浴びるため、濃い肌色が必要になる、という関係づけにもとづく[7]。
この推定には限界がある。約120万年前は推定幅の上端であり、確定年ではない。持久走仮説の約200万年前以降という枠組みや、サバンナ説と並べると、手がかりごとに幅があり、一つの年に収束しない。また、ここで使った要旨と解説は二次的な資料を含むため、原論文で細部を読めば数字が変わる可能性がある。
肌の色が濃くなる必要が毛の喪失と結びつくなら、毛が薄くなったのは、裸の肌を覆う習慣が広がるより前だったことになる。では、服はいつ現れたのか。ここでは、人の体につくシラミが手がかりになる。
5. ふくを きるように なったのは いつ? シラミが 教える
5. 服はいつから着られたのか:シラミのDNAが示す年代と、その幅
5. 衣服の使用開始を推定する:コロモジラミの分岐年代とその不確かさ
ふくに すむ シラミが います。 コロモジラミと いいます。 あたまに すむ シラミの なかまから わかれて、ふくに すむように なった と 考えられて います。
この わかれた ときを DNAで しらべた 研究では、およそ 8万3千年前から 17万年前の あいだと 考えられました[8]。
べつの 研究では、7万2千年前 くらいと 出た ことも あります[9]。 ふたつの 数字は ちがい、はばも とても 広いです。
どちらにしても、ふくの れきしは 毛が うすくなった あとの はなしだと 考えられます。ひとは 毛を へらした からだで、さむい ときに ふくを たす くらしを 始めたのかもしれません。
シラミは、服が生まれたことを知らせる手がかりになります。衣類につく「コロモジラミ」は、頭につくシラミの祖先から分かれて、服という新しい住みかに移ったと考えられているからです。
2011年の Toups らの解析では、コロモジラミが頭ジラミの祖先から分かれたのは、少なくとも約8万3千年前、早ければ約17万年前とされました。推定の幅は広く、95%の区間は約2万9千〜69万1千年前です。衣服の使用はホモ・サピエンスのアフリカ時代にさかのぼる可能性があります[8]。
それより前の2003年、Kittler らの解析は、約7万2千年前(±4万2千年)以内と推定し、服は意外に新しい発明かもしれないとしました[9]。二つの推定は異なります。
どの数字も、MC1R の約120万年前よりずっと新しい点は同じです。毛が薄くなったのは服より前だった可能性が高い、という見方につながります。ただし、毛と服を直接結んだ証拠はまだありません。
シラミが分かれた年は、服を着はじめた年そのものではありません。いくつかの仮定を重ねた推定として、幅を含めて見るのが安全です。
衣服の使用開始は、衣類は残りにくいため、衣類に寄生するコロモジラミの分子系統から推定されてきた。Toups ら(Mol Biol Evol, 2011)は、コロモジラミが頭ジラミの祖先から分岐したのは最頻値で約8万3千年前、中央値で約17万年前と推定した。95%区間は約2万9千〜69万1千年前と非常に広い。衣服の使用がアフリカ時代のホモ・サピエンスにさかのぼる可能性を示すが、一つの年号で断定はできない[8]。
一方、2003年の Kittler らは、コロモジラミの起源を約7万2千年前(±4万2千年)以内とし、服は意外に新しい発明かもしれないと論じた[9]。推定が割れる理由は、遺伝的変異の速度の見積もりなど、前提の置き方による。
MC1R の最大約120万年前(下限の目安)と、シラミの数万〜十数万年前を並べると、毛が薄くなった時期が服の使用より前だった可能性が見えてくる。ただし、MC1R の年代はあくまで「下限」、シラミの分岐は「服の使用開始」と同一ではなく、二つを直接つなぐ証拠は今回の資料にない。順序を示唆するにとどめ、因果として書かないのが妥当である。
ほかにも毛が薄くなった理由の説はあるが、本記事で扱った資料では十分に比べていない。一つの説で割り切らずに、手がかりごとの幅を見ておくことが大切である。
6. 自分の うでで たしかめて みよう
6. 腕の産毛と汗の出かたを、自分の体で確かめてみる
6. 自分の皮膚で確かめられること、原典で確かめたいこと
あかるい まどの そばで、うでを 見て みましょう。 太くて 色の こい 毛と、細くて 色の うすい 毛が、まざって いませんか。
うでの 外がわと 内がわを くらべると、毛の ようすが ちがうかも しれません。
はしった あとの あせも 見て みましょう。 どこから 出やすいか、 かおや せなかなど、 自分の 体を おもいだして みてください。
家の明るい窓のそばで、腕の外側と内側を見比べてみてください。太くて色の濃い毛と、細くて色の薄い産毛が混ざっているはずです。ルーペがあれば、腕の毛の太さや色のちがいを見比べてみましょう。
運動のあと、どの場所が汗でぬれやすいかも、思い出してみてください。この記事の「毛穴は減っていない」「汗腺は増えた」という話が、自分の体のどこで起きているのかを考える手がかりになります。
研究の元をたどるなら、毛穴と汗腺の比較は Kamberov らの2018年の論文、持久走仮説は Bramble と Lieberman の2004年の論文、シラミは Toups らの2011年の論文が出発点です。
自分の皮膚でも、毛の型のちがいは観察できる。明るい窓辺で腕の外側と内側を見比べ、太く色のある毛と、細く色の薄い産毛を探してみるとよい。ルーペがあれば、同じ毛穴から出る毛の太さの差がよく見える。
原典に当たるなら、順序は次の通りが分かりやすい。まず Kamberov ら(J Hum Evol, 2018)で毛穴と汗腺の比較、次に Bramble と Lieberman(Nature, 2004)で持久走仮説の前提、Rogers ら(Current Anthropology, 2004)で MC1R の解析、Toups ら(Mol Biol Evol, 2011)と Kittler ら(Curr Biol, 2003)でコロモジラミの推定を読む。
読むときの目の付けどころは二つある。推定年代の幅が、どの前提から出ているか。もう一つは、「毛を失った時期」と「服を着始めた時期」が、別々の手がかりから推定された別の数字だという点である。この二つを区別すると、各研究が何を主張し、何を主張していないかが見えてくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
研究の要旨・解説記事を、それぞれ用途に応じて参照しました。数字や年代は、研究ごとの推定で、幅があります。
- Kamberov et al. (2018) J Hum Evol(PMC掲載版). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6289065 (毛穴の密度、毛の種類、毛と汗腺の順序)
- Broad Institute 掲載の Kamberov et al. 要旨. https://www.broadinstitute.org/publications/broad1277581 (エクリン汗腺密度が約10倍)
- Science Friday「The Hairy Origins Of Our Sweat Glands」. https://www.sciencefriday.com/articles/sweat-glands-evolution/ (研究者の説明、毛は化石に残らない点)
- 現代ビジネス(講談社)解説記事. https://gendai.media/articles/-/116026 (サバンナ説の説明)
- Forbes JAPAN 記事. https://forbesjapan.com/article/detail/90183 (汗腺の数の目安)
- ScienceDaily「Utah大の発表」(2004). https://www.sciencedaily.com/releases/2004/11/041123163757.htm (持久走仮説)
- Discover 誌の解説「The Naked Years」. https://www.discovermagazine.com/the-naked-years-32924 (MC1R による時期の推定)
- Toups et al. (2011) Mol Biol Evol. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3002236/ (コロモジラミの分岐年代)
- Kittler, Kayser, Stoneking (2003) Curr Biol. https://utsouthwestern.elsevierpure.com/en/publications/molecular-evolution-of-pediculus-humanus-and-the-origin-of-clothi (コロモジラミの起源の別の推定)
なおした ところ
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