1. 6月に まっしろに なる 花は、実に なるの?
1. 木が白くなるほど咲く花は、実になる花ではない
1. クリの白い穂は雄花の集まり ── 根元に雌花が1〜3個つく
6月に くりの 木を 見ると、えだの 先に、しっぽの ような 白い ふさが たくさん ついて います。木ぜんたいが 白く 見える ほどです。
この ふさは、おばなの あつまりです。花ふんと みつを だす 花で、むしや ハチが よって きます[2]。
では 実に なる 花は どこでしょう。めばなは、ふさの 根元に、目立たない ように ついて います。長さ 20cmくらいの ふさの、いちばん 下の ところに、1つから 3つです[1]。みつも だしません[2]。
白い ふさは、おみせの 大きな のぼりばたの ようです。のぼりは 目立つけれど、おみせは 根元の 小さな ところに あります。ただし これは たとえで、白い ふさは、花ふんと みつを だす ちゃんとした 花です。
目立つ 花と、かくれた 花。かくれた 花は、なにを して いるのでしょう。
3. くりの 木は、1本だけだと どうして こまるの?
3. クリは1本だけでは実りにくい ── 近くに別の品種が要る
3. 自家受粉性の低さと混植 ── 受粉樹は5〜10mに置く
くりの 木が 1本だけだと、実が できにくい ことが あります。いしかわ県の 本には、くりは 自分の 花ふんでは じゅふんしにくい ので、花の さく 時きが 合う べつの 品種を いっしょに うえると いい、と 書いて あります[3]。
はなれ すぎても いけません。べつの 木との きょりは、5mから 10mくらいが よい とも 書いて あります[3]。
ほかの 本にも、同じ 木に べつの 品種を つぎ木した なえを 使うと いい、と あります[4]。
ただし、ぜんぜん 実が ならない わけでは ありません。「実りにくい」と おぼえて おきましょう。
花ふんを もらう 相手が 近くに いる こと。それが くりの 実に とって 大切です。では、花が さいてから 実に なるまでは、どれくらいの 日が かかるのでしょう。
栽培の資料には、クリは1本だけでは実りにくいと、はっきり書かれています。石川県のくり栽培マニュアルは、クリは自家受粉性が低いので、開花期の合う品種を混ぜて植えること、受粉樹の距離は5〜10mで効果が安定することを挙げています[3]。
積水ハウスの樹木カードも、自家不和合性のため、異なる品種を混植するか、同じ木に異なる品種を接いだ苗を使うとよい、と書いています[4]。複数の資料で、他の品種の花粉が必要だという点は一致しています。
5〜10mを歩幅で測ると、歩幅を50cmとして10〜20歩です。思ったより近いのですが、花粉の相手は同じ品種でなく、花の咲く時期が合う別の品種です。
「全く実らない」と言い切る資料はなく、あくまで「実りにくい」です。資料が言っているのは、受粉の相手がいたほうが実りやすい、ということです。では、実はいつごろ、どのくらいの日数で育つのでしょうか。
栽培の資料は、クリを「1本では実りにくい木」として扱う。石川県のくり栽培マニュアルは、自家受粉性が低いため、開花期の合致した品種を混植し、受粉樹の距離は5〜10mで効果が安定するとする[3]。積水ハウスの樹木カードは、自家不和合性のため異なる品種の混植、または同一樹に異なる品種を接ぎ木した苗の利用を勧める[4]。
ここで注意したいのは、数字の意味である。5〜10mは「それ以上離れると花粉が届かない境界」ではなく、石川県の資料が「効果が安定する距離」として示した目安であり、栽培地や品種で変わりうる。また、自家受粉性が「低い」「自家不和合性」という言い方は、出典によって強さが異なる。全く実らないとまでは書かれておらず、「実りにくい」「他の品種の花粉が必要」と読むのが妥当である。
「同一樹に異なる品種を接ぐ」という方法は、花粉の相手を同じ木の上に作ってしまう発想であり、1本の木でも品種を混ぜれば受粉の条件が整うことを示している。歩幅50cmで5〜10mは10〜20歩の距離であり、そう遠くない。
受粉が成り立ったあと、実はどれくらいの時間をかけて育つのか。茨城県の観測値が、その日数を教えてくれる。
4. 花から 実まで、どれくらい かかるの?
4. 花が咲いてから3〜4か月、イガの中で実が育つ
4. 雌花の盛りから収穫の盛りまで ── 品種で約89日と約121日
6月に さいた 花は、夏の あいだに、イガの 中で 実に なって いきます。
いばらき県の しらべでは、「たんざわ」と いう 品種は、めばなが いちばん さく ころが 6月9日ごろ。実の とれる ころの まんなかは 9月6日ごろです。日かずに すると、89日。3か月ほどです[5]。
「いしづち」と いう 品種は、同じ 6月9日ごろに さいても、10月8日ごろが まんなかです。121日。4か月ほどです[5]。同じ ころに 花が さいても、実の できる はやさは 品種で ちがいます。
実が うれると、イガが ひとりでに おちます。イガが ひらいて 実だけ おちる 品種も、イガに 入った まま おちる 品種も あります[3]。
くりの 木は 日の よく 当たる ところが すきです。日かげでは えだが かれやすい と 書いて あります[3]。
ところで、人は いつから、くりの 木と つきあって いるのでしょうか。
受粉のあと、実は夏の間にイガの中で育ちます。茨城県園芸研究所の観測では、令和6年の雌花の盛りは「丹沢」「筑波」「石鎚」とも6月上旬(平年は丹沢と石鎚が6月9日ごろ、筑波が6月8日ごろ)でした。収穫は、丹沢が8月下旬〜9月中旬、筑波が9月下旬〜10月中旬、石鎚が10月上旬〜11月上旬と、品種によって早い遅いがあります[5]。
雌花の盛り(6月9日)から収穫の盛りまでを数えると、丹沢(9月6日)は89日、石鎚(10月8日)は121日です。同じ日に花が咲いても、実が熟すまでに1か月ほどの差が出ます。これは茨城県の観測値で、地域や年によって変わります。
収穫の目安は、イガが自然に落ちるころです。イガが裂けて実だけが落ちる品種(石鎚・銀寄など)、イガに入ったまま落ちる品種(筑波など)があります[3]。また、クリは日当たりを好む陽光樹で、花芽は日当たりのよい充実した枝の先にでき、日陰では枝が枯れ込みやすいとされています[3]。
こうして秋に落ちるクリの実を、人はいつごろから集めていたのでしょうか。
受粉したあとの時間を、茨城県園芸研究所の収穫始期予測情報で追うことができる。令和6年の観測で、品種「丹沢」「筑波」「石鎚」の雌花盛期は、平年(過去10年平均)で丹沢と石鎚が6月9日ごろ、筑波が6月8日ごろ。ところが収穫は、丹沢が8月下旬〜9月中旬、筑波が9月下旬〜10月中旬、石鎚が10月上旬〜11月上旬と、品種で大きくずれる[5]。
雌花盛期から収穫の盛期までを日数に直すと、丹沢(平年9月6日)は89日、石鎚(平年10月8日)は121日である。差は32日で、同じ花の盛りでも、実が熟すまでに約1か月の幅がある。この値は茨城県の園芸研究所の観測値であり、気候や年で変わる点に注意する。
収穫の合図は、毬(イガ)が自然に落ちるころ。ただし品種で落ち方が異なり、毬が裂開して果実が離れる品種(石鎚・銀寄など)、毬に入ったまま落ちる品種(筑波など)、両方の品種(丹沢など)がある[3]。
実の数は、日当たりにも左右される。クリは陽光樹であり、花芽は日当たりのよい充実した枝(結果母枝)の先に形成され、日陰では枝が枯れ込みやすい[3]。花粉の相手がいても、日の当たらない枝には花がつきにくい。
ここまでは、果樹としてのクリである。では、人とクリのつきあいは、いつから始まったのか。
5. むかしの 人も、くりの 林を そだてて いたの?
5. 縄文の人は、クリの林を手入れしていたのか
5. 三内丸山遺跡のクリ林 ── 花粉が示す林と、管理の可能性
いまから 5000年いじょう まえの 縄文の ころの 人も、くりを たべて いました。あおもり県の さんないまるやまいせきの まわりには、くりの 林が ひろがって いたと 考えられて います[6]。
くりの 花ふんは、遠くへ とびにくく、木の 近くの 地めんに たくさん おちる と いわれます。だから 土の 中の 花ふんを しらべると、そこに くりの 林が あったかが 分かります[6]。
おかやま県の ページには、自然科学の しらべから、くりの 林を 手入れして そだてて いた ことが 指てきされて いる、と あります[7]。ただし、これは 研究者の 考えです。
むかしの 林が どう 手入れ されて いたのかは、いまも 研究が つづいて います。
青森市の三内丸山遺跡は、およそ5500〜4000年前の縄文時代の集落です。吉川昌伸さんの2011年の研究は、遺跡のまわりにクリ林が広く分布し、人が維持・利用していたと考えられると述べています[6]。
手がかりになるのは、クリの花粉です。クリの花粉は空中を遠くへ運ばれにくく、木の下の地面(林床)に多く積もるといわれます。そのため、地層に含まれるクリ花粉の量から、そこにクリ林があったかどうかが分かります[6]。
岡山県古代吉備文化財センターのページは、自然科学の分析をもとに、人がクリ林を管理して育てたり、ヒョウタンのような役に立つ植物を育てたりしていた可能性も指摘されていると紹介しています[7]。ただし「管理していた」は研究者の解釈です。研究では、縄文時代にクリ林があったと考えられています。
今のクリは、近くに別の品種の木があるほうが実りやすい木です。縄文の林がどう手入れされていたのかは、研究がまだ続いている話です。
クリと人の長いつきあいは、縄文時代にさかのぼる。青森市の三内丸山遺跡(およそ5500〜4000年前)では、周辺に広くクリ林が分布し、人が維持・利用していたと考えられている[6]。この論文(吉川昌伸、2011年)は、縄文前〜中期に台地の斜面や縁に純林状のクリ林が広がっていたと論じる。
「林があった」と分かる根拠は、花粉である。クリ花粉は空中を遠くへ運ばれにくく、自然落下や降雨によって林床に多く堆積する[6]。花粉が風で遠くへ散らないからこそ、地層中のクリ花粉の量が、その場所にクリ林があったことの手がかりになる。
岡山県古代吉備文化財センターの紹介ページは、自然科学の分析をもとに、人がクリ林を管理して育てたり、ヒョウタンのような有用植物を栽培したりしていた可能性も「指摘されている」と述べる[7]。ただし「指摘されている」という強さであり、「管理していた」は研究者の解釈である。事実として言い切れるのは、「クリ林があり、人が利用していたと考えられている」というところまでだ。
現在の栽培が花粉の相手を近くに置くことと、縄文のクリ林が林として広がっていたことを、直接結ぶ資料は、ここでは使っていない。
近くの くりの 木と、となりの 木の きょりを はかって みよう
近くのクリの木を探して、となりの木との距離を数えてみる
資料の読み方 ── 5〜10mという数字を、自分の足で確かめる
くりの 木が ある 場所を、大人と いっしょに さがして みましょう。公園や 道ばたに、ある かも しれません。花や イガが 見られる じきは、大人と 先に 調べて から 出かけます。
見つけたら、その 木の 近くに、ほかの くりの 木が あるか 見て みます。あれば、木には さわらず、はなれた ところから あるいて 歩はばを 数えます。5mは、歩はば 50cmで 10歩くらいです。人の 土地に 入る ときは、大人に 聞いてからに します。
イガが おちて いたら、トゲが とがって いるので、手では さわらないで、気を つけましょう。
大人と いっしょに、そばの 木の 数を 数えて みても いいです。
家の近くや公園にクリの木があったら、その近くにもう1本クリの木があるかを見て、歩幅で距離を数えてみましょう。木や私有地に入るときは持ち主や大人に確かめ、木には触れず、離れたところから測ります。歩幅を50cmとすると、5mが10歩、10mが20歩です。石川県の資料が「効果が安定する」とした5〜10mが、実際にどのくらいの距離か、体で分かります。
クリの木は、実が落ちる秋のほうが見つけやすい木です。イガが落ちていたら、トゲが鋭いので手では触らず、靴で踏んで開くなど、安全に気をつけてください。
もっと知りたくなったら、茨城県園芸研究所や石川県のウェブサイトで、栽培の資料を探せます。品種によって花と収穫の時期が違うことが、数字の表で分かります。
近くに別のクリの木が見当たらなくても、実の付き方は日当たりや栄養にもよるので、これだけで実りにくい木と決めることはできません。
本記事の数値には、読み方の注意が要る。5〜10mは石川県の栽培マニュアルの目安、89日と121日は茨城県の平年値から計算したもの、5500〜4000年前は吉川(2011)の論文の記述に拠る。それぞれ、地域・年・研究者の解釈に左右される。
確かめる方法は二つある。一つは、近くのクリの木と隣の木の距離を、歩幅50cmで10〜20歩(5〜10m)と見積もること。もう一つは、茨城県園芸研究所の収穫始期予測の資料を読み、丹沢と石鎚の収穫期の差が、本文の32日と合うかを自分で計算すること。
調べを広げる入り口として、吉川昌伸氏の論文(J-STAGE)がある。花粉の量から縄文のクリ林を論じたもので、数字の根拠をたどれる。
クリの白い穂の根元に目立たず並ぶ雌花と、1本では実りにくいという事実は、「目立つこと」と「実を結ぶこと」が別だという例として、他の樹木を見るときにも使える。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:県や市の公的な資料、栽培マニュアル、研究論文を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 秋田県「雄と雌があるくだもの」。https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000051281_00/雄と雌があるくだもの.pdf (雄花の穂と雌花のつき方、風による受粉の説明について)
- 京都市中京区コラム No.23(ミツバチ)。https://www.city.kyoto.lg.jp/nakagyo/cmsfiles/contents/0000154/154042/column_No23.pdf (雄花と雌花の違い、ミツバチによる受粉、しいなについて)
- 石川県 くり栽培マニュアル。https://www.pref.ishikawa.lg.jp/nousan/eco/documents/kurimanyuaru.pdf (自家受粉性、受粉樹の距離、落果、イガの落ち方、日当たりについて)
- 積水ハウス「クリ」樹木カード。https://www.sekisuihouse.co.jp/planting/kuri_book.pdf (混植と接ぎ木苗について。企業の資料)
- 茨城県園芸研究所 クリ収穫始期予測情報(令和6年)。https://www.pref.ibaraki.jp/nourinsuisan/enken/topics/documents/r6kurisyuukakusikiyosoku01.pdf (雌花の盛りと収穫期について。日数は本記事で計算)
- 吉川昌伸「植生史研究」18(2)、2011年。https://www.jstage.jst.go.jp/article/hisbot/18/2/18_65/_article/-char/ja (三内丸山遺跡のクリ林とクリ花粉について。論文)
- 岡山県古代吉備文化財センター「三内丸山遺跡の紹介」。https://www.pref.okayama.jp/site/kodai/636561.html (クリ林の管理育成の指摘について)
なおした ところ
更新履歴
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