1. こどもの とうげい教室が、公民館で ひらかれる
1. 子どもの陶芸教室から囲碁・太鼓まで:公民館の一日
1. 船橋市の例:子どもの教室、高齢者学級、サークルが並ぶ公民館
千葉県の 船橋市の 公民館の ページを 見ると、こどもの とうげい教室、こどもクッキング教室、こどもまつり、工作教室が のっています[6]。
おとなの ための 教室も あります。パソコン教室や、ぶんかさい、コンサート、えいが会、たっきゅうや ダンスも あるそうです。
さらに、えや しょどう、囲碁、太鼓、さどうの サークルも あつまっています。これは 船橋市の れいで、ぜんぶの 公民館が おなじでは ありません。
では、こんなに いろいろな ことを する ばしょは、いつ、だれが かんがえたのでしょう。
船橋市の公民館のページを開くと
千葉県船橋市の公民館のページには、子ども向けの「陶芸教室」「クッキング教室」「子どもまつり」「工作教室」が並んでいます[6]。大人向けには、高齢者学級、パソコン教室、文化祭、コンサート、映画会、卓球やダンスなどがあります。
サークルの幅も広く、絵、書道、囲碁、太鼓、茶道などが挙げられています。これは船橋市の例で、全国の公民館が同じ内容というわけではありません。
ここで不思議になります。陶芸も卓球も太鼓も、「教育」という言葉からは少し離れて見えます。では、この場所は最初から、こんなに幅広い場所として考えられていたのでしょうか。
千葉県船橋市の公民館を紹介するページには、子ども向けの陶芸教室・クッキング教室・子どもまつり・工作教室、高齢者向けの学級、パソコン教室、文化祭・コンサート・映画会、卓球やダンスが並び、サークルも絵・書道・囲碁・太鼓・茶道と幅広い[6]。ただし、これは一つの市の例であり、全国の公民館が同じ内容を行っているとは言えない。
ここで一つ疑問が出る。陶芸や卓球は、「教育」という語から連想される勉強とは少し距離がある。公民館は、最初から講座・遊び・交流が同居する場所として設計されたのか、それとも後から広がったのか。この疑問が、次の章で確かめる出発点になる。
2. さいしょの かんがえには、「たのしむ」も 入っていた
2. 1946年の構想:学ぶ場所に「娯楽」も「産業」も入っていた
2. 1946年の文部次官通牒と寺中作雄の構想:なぜ娯楽・産業が含まれたか
1946ねん、せんそうが おわって まもない ころです。くにの 文部しょうという ところが、「公民館を つくりましょう」という おしらせを 出しました[1]。
この かんがえに かかわった 人の 一人が、てらなか さくおさんです。9月には、公民館に ついての ほんも 出したと いわれます。
その ほんには、公民館の はたらきとして、まなぶ ばしょだけでなく、たのしむ ばしょ、町の ことを 話し合う ばしょ、しごとを ささえる ばしょ、わかい 人を そだてる ばしょも あげられていたと されます[3]。
あそびや しごとまで 入って いるのが、ちょっと いがいですね。
1946年の「お知らせ」
1946年7月5日、文部次官通牒「公民館の設置運営について」が出されました。公民館の考え方は、この通牒で国の政策として示されたとされます[1]。文部省の公民教育課長だった寺中作雄が関わり、同じ年の9月には、公民館について書いた本を出したと、福生市の資料で紹介されています[1]。
通牒では、公民館に「民主的な社会教育機関」「民主主義訓練の実習所」など、いくつもの役割が示されたと、沖縄の新聞記事でも伝えられています[2]。
学ぶだけではなかった
自治体の資料によると、寺中の構想では、公民館の機能として、社会教育の機関、社会娯楽の機関、町村自治を進める機関、産業を盛んにする機関、青年を育てる機関などが挙げられていました[3]。
勉強の場所というより、町の人が集まって、学び、楽しみ、話し合い、仕事のことまで考える「町の拠点」に近い構想です。船橋市の例で見た陶芸や卓球が並ぶのも、この広い構想から見ると不思議ではなくなります。
では、この構想は、その後どんな決まりになったのでしょうか。
公民館の構想は、1946年7月5日の文部次官通牒「公民館の設置運営について」で、国の政策として示されたとされる[1]。文部省公民教育課長だった寺中作雄がこれに関わり、同年9月に公民館についての著書を出したと、福生市の資料は紹介している[1]。通牒は、公民館に「民主的な社会教育機関」「民主主義訓練の実習所」など7つの役割を示したと、沖縄の新聞記事が紹介している[2]。
注目したいのは、寺中の構想に含まれた機能の幅である。自治体資料の要約では、①社会教育機関、②社会娯楽機関、③町村自治振興の機関、④産業振興の機関、⑤青年養成の機関などが挙げられている[3]。構想は講座に限らず、娯楽や産業振興まで含み、住民が集まって学び、楽しみ、町の運営や仕事の相談までする拠点を想定していたと読める。
なお、なぜこの幅になったのかを戦後の町づくりの必要と結びつける解釈は、仮説にとどまる。確かなのは、構想の時点で、学ぶ場所という枠より広い役割が書かれていたことである。では、この構想は、法律ではどのような目的と事業に整理されたのか。
3. ほうりつでは、なにを する ところと 決めた?
3. 社会教育法は、公民館の目的と事業をどう決めたか
3. 社会教育法第20〜22条:目的・設置主体・事業の定め
のちに、公民館の ことは ほうりつで 決まりました。「しゃかいきょういくほう」という ほうりつです[4]。
そこには、町の 人の くらしに 合った 学びや 文化の ことを して、からだを 元気に したり、心を ゆたかに したり、くらしを よく する ことを めざす、と 書かれています。
やる ことの れいとして、きまった 時間に ひらく こうざ、話し合いの 会、こうえんかい、作品を 見せる 会、からだを うごかす 会なども のっています。
つくるのは、市や 町や 村です。ですから 近くの 公民館は、その 町の 人の ための ばしょです。
「実際生活に即する」教育
社会教育法(昭和24年法律第207号)の第20条は、公民館の目的を次のように定めています。その地域の住民のために、実際の生活に即した教育・学術・文化の事業を行い、教養を高め、健康を増し、心を豊かにすることを図り、生活文化の振興と社会福祉の増進に役立てることです[4]。
「学ぶ」だけでなく、健康や福祉まで目的に書かれている点は、1946年の広い構想とつながって見えます。
何をするのか、だれが作るのか
第22条には、公民館が行う事業が挙げられています。定期講座を開くこと、討論会・講習会・講演会・実習会・展示会などを開くこと、体育やレクリエーションの集会を開くこと、などです。第21条は、公民館は原則として市町村が設置すると定めています[4]。
陶芸教室もサークルの発表も、この「など」の広がりの中にあると考えられます。ただし、船橋市の個々の教室が、どの条文の事業にあたるかまでは、資料に書かれていません。では、この場所は、だれでも使えるのでしょうか。
社会教育法(昭和24年法律第207号)第20条は、公民館の目的を、一定区域内の住民のために、実際生活に即する教育・学術・文化の事業を行い、住民の教養の向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興と社会福祉の増進に寄与することと定める[4]。つまり目的の文言には、教育だけでなく、健康、福祉、文化が並ぶ。1946年の構想で娯楽や自治振興が含まれていたこととも、方向がそろっている。
では実際に何をするのか。第22条は、公民館の事業として、定期講座の開設、討論会・講習会・講演会・実習会・展示会などの開催、体育・レクリエーションの集会の開催などを挙げる[4]。ここでは条文の項目をすべて引かず、代表的なものだけを書いた。第21条は、公民館は原則として市町村が設置するとしており、例外として一般社団法人・一般財団法人が設置する場合がある。
船橋市の陶芸教室や子どもまつりは、「講習会」「実習会」「集会」などの広がりの中にあると読めるが、個別の教室がどの項目に当たるかは資料にない。目的が広いために、事業にも幅が出る。この関係は構造として自然である一方、住民の立場からは、「何でもできる場所」に見えかねない。そこで、法律は、できないことも決めている。
4. こんな ことは しない、という きまりも ある
4. 営利事業と政党の利害の事業は禁止:だれでも使える場にするための決まり
4. 第23条:営利事業と特定政党の利害に関する事業の禁止
おなじ ほうりつには、公民館が しては いけない ことも 書かれています[4]。
もうけだけを めざす じぎょうを する こと。とくていの せいじの なかまの ために なる こと。市や 町の 公民館が、とくていの しゅうきょうを おうえんする こと。この 3つです。
だれか 1人の ために ではなく、みんなの ために ある ばしょ だからだと 考えられます。
では、いま、公民館は どれくらい あるのでしょう。
公民館がしてはいけないこと
社会教育法の第23条は、公民館が営利を目的とする事業を行うこと、特定の政党の利害に関する事業を行うことを禁じています。市町村が設置する公民館は、特定の宗教を支持してもいけません[4]。
なぜこんな決まりがあるのか
この決まりは、立場の違う人どうしが気兼ねなく集まれる場にするためのもの、と説明できます。もうけを目的にした事業や、特定の政党の利害のための事業が中心になると、そうでない人は入りにくくなるからです。
ただし、条文が理由を書いているわけではありません。これは、禁止事項の内容から考えた読み方です。そのため、公民館は広い構想でありながら、だれにとっても近づきやすい場として、決まりで守られている、と考えられます。
では、そうして作られた公民館は、いま、どれくらいあるのでしょうか。
第23条は、公民館が営利事業を行うこと、特定の政党の利害に関する事業を行うことを禁じ、市町村設置の公民館には特定の宗教を支持しないことも求める[4]。住民が気兼ねなく使える場にする決まりと読めるが、条文は理由を述べていないため、これは禁止事項の内容から推した解釈である。
この禁止は、第22条の事業の幅広さとつり合う位置にある。目的と事業の幅が広い公民館について、法律は営利や特定政党の利害に関する事業を禁じている。幅広い事業ができる一方で法律上の制限がある、と考えると、全体の設計が理解しやすい。ここまでが決まりの話である。では、その決まりのもとで、いま公民館はどれくらいあるのか。
5. いま、公民館は どれくらい あるの?
5. いま全国に1万3,798館:数字の読み方に気をつける
5. 令和3年度社会教育調査の1万3,798館:「類似施設を含む」数の読み方
文部かがくしょうの ページには、2021ねんどの ちょうさで、ぜんこくの 公民館は 1万3,798か所と 書かれています[5]。
ただし、この かずには、公民館に にた しせつも 入っています。ですから、公民館だけの かずでは ありません。
この ちょうさは、3年に 1どぐらい おこなわれます。あたらしい ちょうさでは、かずが かわって いる ことが あります。
文部かがくしょうは、公民館を、いちばん 身近な まなびの ばしょで、人と 人が まじわる ばしょでもある、と せつめいしています。
1万3,798館は何の数か
文部科学省のページには、令和3年度の社会教育調査で、全国の公民館数(公民館類似施設を含む)は1万3,798館と書かれています[5]。ここで大切なのは、「類似施設を含む」という点です。公民館だけの数ではありません。
この調査はおおむね3年ごとに行われるため、新しい調査では数字が変わっている可能性があります。
身近な学びと交流の場
文部科学省は、公民館を、地域住民にとって最も身近な学習拠点であるだけでなく、交流の場としても重要な役割を果たすと位置づけています[5]。気軽に集まれる、地域のサービス拠点になることが期待されています。
1946年に「町の人が集まる場所」として構想された考え方が、いまの説明にも続いていると読めます。
文部科学省のページによると、令和3年度社会教育調査の全国の公民館数は、公民館類似施設を含めて1万3,798館である[5]。この数は類似施設を含むため、公民館だけの数ではない。社会教育調査はおおむね3年ごとに実施される[7]ので、より新しい調査では数が変わっている可能性があり、使うときは年度を添える必要がある。
同ページは、公民館を地域住民にとって最も身近な学習拠点であるだけでなく、交流の場として重要な役割を果たすものと位置づけ、気軽に集える地域コミュニティのサービス拠点になることを期待している[5]。1946年の構想の「町の拠点」という性格が、いまの行政の説明にも続いていると読めるが、両者が直接の継承関係にあるかは、今回の資料から断定できない。
6. じぶんの 町の 公民館を、のぞいて みよう
6. 自分の町の公民館の「今月の予定」を数えてみる
6. 自分の町の公民館を、条文と見比べて読む
おうちの 人と、ちかくの 公民館の おしらせを さがして みましょう。市の ホームページや、かいらんばんに のっている ことが あります。
どんな 教室や サークルが ありますか。こどもの ための ものは いくつ ありますか。ほんとうに 「まなぶ」だけでは ない ものが あるかも しれません。
予定表を、法律の言葉で分けてみる
自分の市町村の公民館の「講座・教室の一覧」を探してみましょう。市の広報誌や公式サイトに載っていることがあります。見つかったら、講座、討論や講演の会、展示会、体育やレクリエーションなどに分けて、いくつあるか数えてみます。
船橋市の例と比べると、自分の町の公民館が、どの広がりを大事にしているかが見えてきます。
原典にあたるなら
目的や禁止事項の言葉は、社会教育法の第20〜23条にあります。出典欄の「e-Gov法令検索」から読めます。
自分の市町村の公民館の事業案内と、社会教育法第22条の項目を見比べてみるとよい。講座、集会、展示会、体育の催しなど、どの項目に近いかを分けてみると、自分の町の公民館がどんな事業を行っているかを考えられる。ただし、分類は自分の解釈であり、公式の区分ではない。
原典は、社会教育法(e-Gov法令検索)と文部科学省の公民館のページである。1946年の通牒の全文と寺中の著書は、今回は検索要約や自治体資料を通じて参照したため、原文を確認したい場合は国立国会図書館などで探すとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・名称は、資料によって細部が異なることがあります。
- 福生市 資料PDF(1946年の文部次官通牒と寺中作雄の紹介) https://www.city.fussa.tokyo.jp/ (構想の始まり)
- 琉球新報 ハエ記事(通牒が示した役割の紹介) https://ryukyushimpo.jp/hae/entry-782457.html (役割の例)
- 島田市 資料PDF(寺中構想の機能) https://www.city.shimada.shizuoka.jp/ (娯楽・産業振興などの機能)
- 社会教育法(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/ (目的・設置・事業・禁止事項)
- 文部科学省 公民館に関するページ https://www.mext.go.jp/ (施設数と位置づけ)
- 船橋市 公民館のページ https://www.city.funabashi.lg.jp/ (教室・サークルの例)
- 文部科学省 社会教育調査 https://www.mext.go.jp/ (調査の周期)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。