1. 口を うごかして いる とき、牛は なにを して いるの?
1. 牛の口が止まらない理由は、「噛み直し」にある
1. 食べていない時間の咀嚼 ── 反芻とは何か
牧場の さくの そとから、牛の 口を じっと 見て みましょう。草が ないのに、口は ひだりみぎに ゆっくり うごいて います。
これは、いちど のみこんだ 草を 胃から 口に もどして、もういちど かんで いるのです。この おこないを「はんすう」と よびます[1]。
時間は、1日に 6〜10時間ほど。24時間の 4分の1から 3分の1ほどが、この しごとに なります[2]。牛や えさに よって、すこし ちがいます。
では、どうして さいしょから ぜんぶ かんで のまないのでしょう。
牧場の柵の外から、牛の顔を見てみましょう。草がないのに、あごが左右にゆっくり動いています。
牛は、いったん飲みこんだ草を口に戻し、もう一度噛んで、唾液と混ぜて飲みこみ直しています。この行動を反芻といい、牛がいつも口を動かしているのはこのためです[1]。
反芻にかける時間は、1日に6〜10時間ほどという目安があります[2]。京都大学の講義資料も、1日の約3分の1を費やすと述べ、繊維の多い粗飼料が多いほど時間が増えるとしています[3]。個体や飼料で変わる目安なので、正確に何時間と決まっているわけではありません。
では、食べたときにしっかり噛まず、あとで噛み直すのはなぜでしょう。
反芻とは、いったん胃に入れた食べ物を口に戻して再び咀嚼し、唾液と混ぜて飲みこみ直す行動である[1]。牛が絶えず口を動かして見えるのは、採食そのものではなく、この噛み直しが大きな割合を占めるためだ。
時間の目安は1日6〜10時間[2]。24時間に対して25〜42%にあたる計算で、京都大学の講義資料が述べる「約3分の1」とも矛盾しない。同資料は、粗飼料が多いと時間が増えるとも記す[3]。ただし時間は個体や飼料で変わる目安で、一つの値にはできない。
ここで疑問が出る。最初に十分噛まず、あとから噛み直すのはなぜか。進化の理由は、まだ分かっていない。分かっているのは、噛み直した結果が何をもたらすかのほうだ。
2. かみ なおすと、なにが いいの?
2. 何度も噛むと、草はどう変わるのか
2. 噛み直しの効果 ── 微粒化と消化効率
草は かたい せんいが おおくて、いちど かんだ だけでは、あらい つぶの まま です。
もういちど 口に もどして、おくばで すりつぶすと、草は もっと ちいさな かけらに なります。ちいさい ほど、胃の 中で とけやすく、からだに とりこみやすく なると かんがえられて います[4]。
牛の ほかにも、シカや キリン、ラクダなど、草や 葉を たべる どうぶつが、はんすうで 消化を たすけて いるそうです[4]。
じつは、かみなおしの とき、口の 中では もう ひとつ、大きな ことが おきて います。
草は繊維が多く、一度噛んだだけでは粗い粒のままです。戻して奥歯ですりつぶすと、食べ物はより小さな断片になり、効率のよい消化につながります[4]。
京都大学の研究グループは、牛、シカ、キリン、ラクダなどは、葉を食べることに特化した胃をもつ動物の仲間で、反芻によって消化効率を高め、活動への制約を軽くしていると考えられている、と説明しています[4]。同じ研究では、テングザルの反芻に似た行動も報告されています。テングザルは日中の70%以上を休息に使い、消化のために活動が制限されていると述べられています。ただし頻度は牛よりずっと低く、牛と同じ反芻とは言い切れません。
噛み直しのあいだ、口の中ではもう一つ大きな変化が起きています。唾液です。
反芻の第一の効果は、食べ物の微粒化だ。京都大学のプレスリリースは、胃に入れた食べ物を口へ戻してさらに細かく噛み砕くことで、食べ物がより小さな断片になり、効率のよい消化が実現されると説明する[4]。繊維の多い草は表面積が小さく、細かく砕くほど後段の消化に有利になると考えられる。ただし、この表面積の部分は筆者の推論で、資料が明記する内容ではない。
同プレスリリースは、牛、シカ、キリン、ラクダなどを葉食に特化した胃をもつ動物群の例にあげ、これらが反芻によって消化効率を高め、活動への制約を軽くしていると考えられる、と述べる[4]。同じ資料の主題はテングザルで、日中の70%以上を休息に費やしている点を、消化による活動の制限と解釈している。しかし反芻様行動の頻度は牛よりずっと低く、牛と同じ反芻とは言い切れない。
では、口の中で噛み直しと同時に起きているもう一つのことは何か。唾液の分泌である。
3. 口から出る みずは、のむ 水より おおい
3. 噛むほど出る唾液は、飲む水より多い
3. 唾液の量と、反芻に伴う分泌
牛は、かむと 唾液が たくさん 出ます。1日に 100〜200リットル ほどと いう しりょうが あります[3][5]。
牛乳パック 1本は 1リットルです。100〜200本ぶんの 唾液を、毎日 出して いる ことに なります。
いっぽう、牛が 1日に のむ 水は 60〜80リットル ほど[1]。のむ 水より、口から 出る 唾液の ほうが おおい ことに なります。
この 唾液の おおくは、はんすうで かむ ときに 出ると いわれます[5]。ただし 数字は しりょうに よって はばが あり、ひとつには 決まりません。
4. 唾液は、胃の 中の ちいさな 生きものを まもる
4. 唾液は、胃の中の微生物を酸から守る
4. 唾液の緩衝作用と、第一胃の微生物
牛の 胃の 中には、微生物という とても ちいさな 生きものが、すうひゃく しゅるいも いて、食べた 草を はっこうさせます[1]。牛は 草の せんいを 自分では 分けられず、この 生きものに たよって います[1]。
ちいさな 生きものが 草を こまかく かえると、胃の 中に すっぱい 酸が できます。酸が ふえすぎると、微生物は はたらきにくく なり、あるところを こえると しんで しまいます[5]。
そこで やくに たつのが 唾液です。唾液は アルカリ性で、酸を 中和します[5]。口を うごかす ことは、胃の 中の 生きものの すみかを まもる しごとでも あるのです。
唾液は、酸が つよく なりすぎないように する はたらきが あります。
牛の第一胃(ルーメン)には数百種類の微生物がいて、食べたものを発酵させます。牛自身は植物の繊維(セルロース)を分解できず、この微生物に頼っています[1]。第一・第二胃を合わせた反芻胃は、成牛で100〜150リットルほどある大きな袋で、全部の胃の約8割を占めるとされます[6]。
発酵が進むと、胃の中には酸ができます。酸が強くなるほど微生物の活動は落ち、ある点を超えると死滅しはじめます[5]。穀物ばかりで繊維が足りない食事は、この状態(アシドーシス)を起こしやすくします。
ここで唾液の出番です。牛の唾液はアルカリ性で、発酵でできた酸を中和するはたらきがあります。唾液は、胃が酸性に傾きすぎるのを防ぐ助けになります[5]。
口を動かすことは、噛み直しであると同時に、微生物の住む環境を整える作業でもあるわけです。では、噛む回数や時間は何で変わるのでしょうか。
第一胃には数百種類の微生物が棲み、飼料を発酵させる。牛自身は植物のセルロースを分解できず、微生物に依存する[1]。反芻胃(第一・第二胃)は成牛で100〜150リットルの大嚢で、全胃容積の約80%を占め、多数の細菌・原生動物が共生する[6]。なお100〜150リットルは第一・第二胃の合計で、第一胃単独の値ではない。
発酵で酸が生じ、酸性が強くなるほど微生物の活動は低下し、ある時点を超えると死滅しはじめる[5]。唾液はアルカリ性で、発酵でできた酸を中和し、第一胃が酸性に傾きすぎるのを防ぐ助けになる[5]。ミルクや穀物ばかりで繊維が足りないと、この状態(アシドーシス)になりやすい。
つまり、咀嚼→唾液の分泌→酸の中和→微生物の活動維持、という連鎖が成り立つ。口の動きは、噛み直しであると同時に、胃内環境の維持装置でもある。
では、この連鎖の最初にある咀嚼の回数や時間は、何で決まるのか。
5. かたい 草ほど、よく かむ
5. 長くて硬い草ほど、口はよく動く
5. 粗飼料の長さと反芻の刺激
はんすうの 時間は、えさで かわります。かたい 草や、ある 長さの ある 草を 食べると、牛は はんすうを しやすく なります[5][7]。
せんいの たりない えさだと、はんすうは へります[7]。唾液も へれば、胃の 中の 酸を ちゅうわしにくく なります。
牛が 1日に 食べるのは、青草で 50〜60キロ、ほし草で 15キロほど[1]。水を たくさん ふくむ 青草と、かわいた ほし草では、食べる おもさが ずいぶん ちがいます。
硬い草や、ある程度の長さがある粗飼料は、第一胃への刺激となり、反芻を促します[5]。米国の獣医の解説でも、長い繊維が足りないと反芻は減る、とされています[7]。
反芻が減れば唾液も減り、酸を中和する力が落ちます。つまり、繊維の少ない食事は、胃が酸性に傾きやすくなるだけでなく、それを防ぐ仕組みも弱めてしまうと考えられます。この二重の関係は、資料の記述を組み合わせた筆者の読み取りです。
牛は1日に青草なら50〜60キロ、干し草なら約15キロを食べます[1]。水分の多い青草は、干し草より重さが3〜4倍になります。何を、どれだけ、どんな硬さで食べるかが、口の動きの時間を左右していると考えられます。
硬い草や一定の長さのある粗飼料は第一胃への刺激となり、反芻を促す[5]。米国の獣医による解説も、長い繊維が足りなければ反芻(cud chewing)は減少すると述べる[7]。京都大学の講義資料も、粗飼料が多いと反芻時間が増えると記す[3]。
これらを組み合わせると、繊維不足の飼料は、①発酵で酸が増えやすい、②反芻が減り唾液が減る、の二重の効果で第一胃を酸性に傾けやすいと読める。ただしこの二重性は資料の記述を組み合わせた推論であり、個々の資料が因果としてまとめているわけではない。
明治の食育資料では、牛が1日に食べる量の目安を、青草で50〜60キログラム、干し草で約15キログラム、飲み水で60〜80リットルとしている[1]。青草は水分が多いため、この重さだけでは、牛がとる栄養分の量を比べられない。同じ「1日の食事」でも、飼料の硬さや繊維の長さが反芻の時間を左右し、その結果、唾液量や胃内環境も変わる。
このつながりを逆から見ると、口の動きを見るだけで、牛の中の様子が分かることになる。
6. 口の うごきは、牛の げんきの サイン
6. 口の動きが減ったとき、牛に何が起きているのか
6. 反芻時間を体調の指標にする試み
はんすうが へると、胃の 中の ようすが かわります。牧場の 人たちは、牛の 口の うごきを、からだの ようすを 見る ヒントの ひとつに して います。
岩手県の 研究では、子牛を うんだ あとに 病気に なる 牛は、子牛を うむ 前から、はんすうの 時間が みじかい けいこうが あると ほうこくされて います[8]。
ただし、口の うごきだけで、病気かどうかを 決める ことは できません。ほかの ようすと あわせて 見る、ひとつの めやすです。
反芻の時間は、牛の体調を見る手がかりとして研究されています。岩手県の畜産研究は、出産後に病気になる牛は、出産前の3週間以降、病気にならない牛より反芻時間が短く推移すると報告しています[8]。この調査では、発症した牛と発症しなかった牛のあいだに差が報告されています。
ただし、反芻だけで一頭ずつの牛の病気を判断することはできません。ほかの様子とあわせて見る目安の一つです。
ここまでの話をつなげると、見えてきます。繊維の多い草を噛むと唾液が出やすくなり、酸が中和されて、微生物が働きやすい環境を保つ助けになります。この流れの最初の動作が、口の動きです。口の動きが減ると、この流れにも変化が起きている可能性があります。
岩手県の畜産研究は、出産後に疾病を発症する牛は、分娩前3週間以降のすべての期間で、未発症牛より反芻時間が少なく推移すると報告する[8]。反芻時間を、体調の早期のサインとして使えないかという関心がある。
一方、この調査は発症牛14頭と未発症牛28頭を比べ、発症牛の反芻時間が短かったと報告している[8]。ただし群の傾向であり、反芻だけで個々の牛の病気は判断できない。したがって「反芻の減少=病気」と短絡せず、複数の指標の一つとして扱うのが妥当だ。
前章までの連鎖(咀嚼→唾液→中和→微生物の維持)を踏まえると、反芻の減少が胃内環境の悪化と並行して起きうることは筋が通る。ただし、反芻の減少が病気の原因なのか結果なのかは、今回の資料からは分からない。
7. 牛の 口の うごきを かぞえて みよう
7. 牛の口の動きを、数えてみる
7. 口の動きの数え方と、さらに調べる方向
牧場や どうぶつえんに 行く ことが あれば、きまりを まもって、さくの そとから 見て みましょう。ちかづきすぎず、さわらず、おおきな こえを 出さないで ください。
ゆっくり うごく 口を 見つけたら、60びょう はかって、あごが 何回 うごくか かぞえて みます。牛に よって、かずが ちがうか くらべて みましょう。
草を たべて いる 牛と、休みながら 口を うごかして いる 牛では、うごきが ちがうかも しれません。おうちの 人と、見つけた ちがいを はなして みましょう。
牧場や動物園に行く機会があれば、柵の外から、決まりを守って観察してみましょう。近づきすぎず、触らず、大きな声を出さないでください。
休んでいるように見える牛の口に注目し、時計で60秒をはかって、あごが何回動くかを数えます。牛によって回数がちがうかも比べられます。草を食べている最中と、休んでいるときで、動きの速さや大きさがどう違うかも見比べられます。
ラクダの仲間は、牛などの反芻動物とは別に反芻を獲得したという説明が、百科事典系の資料にあります[9]。ただし、この説明は二次的な資料にもとづくもので、強くは断定できません。この説明のとおりなら、ラクダ類と牛類は別々に反芻を獲得したことになります。
観察するなら、柵の外から、決まりを守って行う。近づかず、触らず、大きな声を出さない。休んでいる牛の口を、時計で60秒はかり、あごの動きを数える。個体差や牛の状態で回数は変わるはずだ。採食中と休息中の動きの比較も、自分で確かめられる。
調べる方向は二つある。一つは、反芻と体調の関係で、岩手県の資料[8]のように、条件や統計の取り方を読むこと。もう一つは、ほかの動物の反芻で、京都大学のテングザルの報告[4]が出発点になる。ラクダ類と牛類で反芻が別々に獲得されたとする説明(平行進化)がある[9]が、百科事典系の資料なので、一次の論文で確認する必要がある。
最初に十分噛まず、あとから噛み直すことの進化的な理由は、まだ答えが出ていない問いとして残る。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:酪農・食育の資料、京都大学の資料、各県の畜産研究、農業メディアを使った。何に使ったかは項目ごとに書いている。
- 明治 牛のひみつ(食育)。https://www.meiji.co.jp/meiji-shokuiku/know/lovable-milk/milk/cow/ (反芻の定義、微生物、食べる量と飲む水の量について)
- 雪印メグミルクKids 牛の胃袋は4つもあるよ。https://www.meg-snow.com/kids/topic/1752/ (反芻の時間の目安について)
- 京都大学OCW 反芻動物とルーメン(久米新一)。https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/04/2012_doubutsuseitaikikougaku_13.pdf (反芻時間と飼料、唾液量について)
- 京都大学 テングザルの反芻様行動(プレスリリース)。https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/archive/prev/news_data/h/h1/news6/2011/110413_1 (噛み直しと消化効率、ほかの動物について)
- コトバンク 反芻胃(世界大百科事典ほか)。https://kotobank.jp/word/反芻胃 (反芻胃の大きさと共生する微生物について。二次資料)
- DTN Progressive Farmer, Inside the story of cow's cud。https://www.dtnpf.com/agriculture/web/ag/livestock/article/2018/01/08/inside-story-cows-cud (長い繊維と反芻の関係について。英語の資料)
- 岩手県 畜産研究の報告書(反芻時間と分娩後の疾病)。https://www.pref.iwate.jp/agri/_res/projects/project_agri/_page_/002/004/414/repo_872.pdf (反芻時間と体調の関係について)
- Weblio 反芻動物。https://www.weblio.jp/content/反芻動物 (ラクダ類の反芻について。二次資料)
なおした ところ
更新履歴
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