1. スカートの なかには、なにが はいって いるの?
1. 大きなスカートの中には何が入っていたのか
1. クリノリンとは何か:布の名前から骨組みの名前へ
ドレスの スカートは、そのままでは あんなに ふくらみません。したに、かたい ぬのや ほねぐみを つけて、ささえて いました。
この したぎの なまえが、クリノリンです。はじめは、馬の 毛と あさの いとを おりこんだ、かたい ぬのの なまえでした。その ぬので つくった ペチコート(スカートの したに はく したぎ)を かさねて、ふくらませたのです。
あとから、スカートを ふくらませる ほねぐみの ことも、クリノリンと 言うように なりました[1]。
いまの ことばで 言えば、ドレスの 中の 「かくれた かご」です。
2. ペチコートを なんまいも かさねると、どうなるの?
2. ペチコートを重ねるだけでは、なぜ困ったのか
2. 1856年までに、重ねたペチコートが限界になった理由
ペチコートを ふやせば、スカートは ふくらみます。でも、その ぶん おもく なります。
ロンドンの びじゅつかんは、1856年までに、スカートが ひろがって、ペチコートの おもさが とても つらく なって きたと せつめいして います[3]。ペチコートは、さいだい 8まいほど 重ねる ことが ありました。
8まいの ペチコートを はいて、一日 すごすのは たいへんそうです。ふくらませる ほど おもく なる、という なやみが あったのです。
ペチコートを増やせばスカートは広がります。ただし、その分だけ重くなります。
ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の収蔵品の説明は、1856年までに、スカートがどんどん広がったため、ペチコートの重さがとても不快になったと述べています[3]。広いスカートを支えるために、最大8枚ほどのペチコートを重ねる場合もありました。数は資料によってちがい、メトロポリタン美術館の紹介では8〜10枚の糊づけしたペチコートとされます。
広いスカートがほしい。でも、重ねるほど重くなる。この板ばさみが、次の工夫を呼びました。
V&A の収蔵品の解説によれば、1856年までに、スカートの広がりが増すにつれてペチコートの重さが大きな負担になった[3]。広いスカートを支えるために重ねたペチコートは、最大8枚ほどとされる。ただし枚数は資料によって差があり、メトロポリタン美術館の紹介では8〜10枚の糊づけしたペチコートと述べられているため、固定した数字としては扱いにくい。
ここで押さえておきたいのは、布で支える方法には、広げるほど重くなるという構造上の制約があったことである。ふくらみを増やす手段が、同時に着る人の負担を増やしていた。この状況が、軽い骨組みへの需要を作ったと考えられる。
3. かるい はがねの わが、どうして ドレスの なかに はいったの?
3. 鋼の輪のかごは、どう作られ、何を変えたのか
3. ケージ・クリノリン:構造と、1856年の「発明」をめぐる食いちがい
そこで 出て きたのが、はがねで できた わです。はがねを うすく ほそく した「ばねこう」という ざいりょうで、わを いくつも つくります。
わは、下へ いくほど 大きく なります。それを テープで つなぐと、かごのような ほねぐみに なります[3]。これが 「ケージ(かご)・クリノリン」です。
ペチコートを なんまいも 重ねなくても、スカートを ふくらませられるように なりました。そのため、かるく なり、足も うごかしやすく なったと されて います[2]。
1856年ごろ、フランスと イギリスで ほぼ 同じころに 広まりました。だれが さいしょに 作ったかは、しりょうに よって ちがうので、ここでは 一人の 人の 名前は 言いません[4]。
そこに現れたのが、ばね鋼の輪を使うケージ(かご)型のクリノリンです。V&A の所蔵品の説明によると、下へいくほど直径が大きくなるばね鋼の輪を、テープでつないだ作りです[3]。鋼でできた、かごのような形です。
布のペチコートを何枚も重ねなくても、ふくらみを保てるようになりました。そのため、ペチコートの枚数と重さが減り、脚の動きの自由も増えたとされます[2]。
誰が発明したのかは、はっきりしません。1856年にパリで特許が出されたとする紹介があり、ミリエ、ペルソン、英国のトムソンなど、資料によって名前が分かれます。鋼の骨組みは、英仏の両方で同じ時期に発達したとも言われます[4]。この記事では、一人の発明者として断定しません。
鋼の輪を使うケージ型は、V&A の所蔵品の説明によれば、下方ほど直径が大きくなるばね鋼の輪をテープでつないだ構造である[3]。同館の別の所蔵品『皇后のお気に入り』(1860〜65年、トムソン社製とみられる)は、ばね鋼の枠に赤い毛織物と麻をかぶせたもので、輪郭は円形で後ろがやや張り出す[5]。
この構造は、ペチコートの枚数と重さを減らし、脚の動きの自由も増やしたとされる[2]。ただし、これは枚数と重さの比較であり、具体的なグラム数を示す資料は見当たらないため、軽くなった程度は数字では言えない。
発明者は一人に絞れない。1856年にパリで特許が出されたとされ(R. C. ミリエ、4月とする紹介がある)、オーギュスト・ペルソンや、英国の W. S. トムソンの名も挙がる。年は1856年でほぼ一致するが、人物は資料で割れ、鋼の骨組みは英仏両側で同時期に発達したとも言われる[2][4]。
4. スカートの まわりは、どれくらい ながかったの?
4. 周囲5メートルは、直径にするとどれくらいか
4. 周囲5〜5.5mを直径に直す:大きさと大量生産
いちばん 大きい ときは、スカートの まわりの 長さが 5メートル ぐらいに なった と されて います[2]。
円の まわりが 5メートルだと、はしから はしまでの 長さは 1.6メートルほどです。おとなが りょう手を 広げた 長さと、ほぼ 同じ くらいです。この 大きな スカートの なかに、かごが 入って いました。
はがねの わは、工場で たくさん 作られました。ロンドンの ある 工場では、1日に 4000こほど 作った と いう 話も あります[4]。
クリノリンの周囲は、最大で約6ヤード(約5.5メートル)に達したとされます。研究者のガーンシャイムは、現実的な最大周囲を5.5〜6ヤード(5.0〜5.5メートル)と見積もっています[2]。
これは周囲の長さで、直径ではありません。円周を3.14で割ると、5.0メートルなら約1.6メートル、5.5メートルなら約1.75メートルになります。一人で歩く人の体の周りに、直径1.6〜1.8メートルの輪が広がっていたことになります。大人が両手を広げた長さと、ほぼ同じくらいです。
鋼の輪のクリノリンは、工場で大量に作られました。トムソンのロンドン工場では、1日に最大4,000個ほどが作られたとされ、別の紹介でも1日に3〜4千個という数字が挙がっています[4]。軽くて作りやすいことが、広い層に広まる土台になったと考えられます。
大きさを示す数字は、周囲と直径を取りちがえやすい。クリノリンの周囲は最大で約6ヤード(約5.5 m)に達したとされ、研究者ガーンシャイムは、現実的な最大周囲を5.5〜6ヤード(5.0〜5.5 m)と結論した[2]。これは円周であり、直径ではない。円周を円周率3.14で割ると、5.0 m なら約1.59 m、5.5 m なら約1.75 m になる。つまり、直径はおよそ1.6〜1.8 m である。
この大きさのものが、多くの人に行きわたった背景には、量産があった。トムソンのロンドン工場では1日に最大4,000個ほど、別の紹介では1日3〜4千個が作られたとされる[4]。鋼の輪をテープでつなぐ構造は、手間のかかる布のペチコートに比べて、規格化して作りやすかったためと考えられる。ただし、この点を直接述べた資料は今回のものにはなく、構造からの推測である。
5. もっと むかしの かごは、なにで できて いたの?
5. 鋼の前にも「かご」はあった:パニエとファージンゲール
5. 鋼以前の骨組み:ファージンゲール、パニエ、鯨のひげ
かごの ような ほねぐみは、はがねの わが できる ずっと 前にも ありました。
18世紀の 「パニエ」は、くじらの ひげ(ひげばん)で ぶぶんを かたく した あさの ペチコートです[6]。ひげばんは、くじらの 口に ある ひげで、ほねでは ありません。
「パニエ」という なまえは、フランス語で 「かご」の いみです。形が かごに にて いた ことから 来ています[7]。
もっと 前の 16〜17世紀には、ファージンゲールという わの ほねぐみも ありました。
スカートを骨組みで広げる工夫は、19世紀に始まったわけではありません。
18世紀のパニエは、鯨のひげ(バリーン)で補強した麻のペチコートでした。V&A にある1780年代のものは、麻・絹・鯨のひげでできていて、スカートのボリュームを支えました[6]。鯨のひげは、鯨の口にある板状のもので、骨ではありません。形は世紀の間に、丸から、四角で平らなもの、そして扇形へと変わりました。
名前のパニエは、フランス語のpanier(かご)で、形がかごに似ていることに由来します[7]。さらにさかのぼる16〜17世紀には、スペイン発祥とされるファージンゲール(輪を使った骨組み)がありました。パニエはいったん廃れ、18世紀に復活したという紹介もあります[8]。
鋼のクリノリンの前にも、骨組みで広げる系譜があった。16〜17世紀にはファージンゲール(スペイン語の verdugado)と呼ばれる輪の骨組みがあり、起源をスペインとする説明があるが、国や年は資料で差があるため、断定はできない。パニエは18世紀に復活したとする紹介がある[8]。
18世紀のパニエは、鯨のひげ(baleen)で補強した麻のペチコートで、V&A 所蔵の1780年代のものは、麻・絹・鯨のひげ製である[6]。whalebone と呼ばれるが、実際には骨ではなく、鯨の口のひげ板である。形は世紀の間に、丸から、四角で平らなもの、扇形へと変わった。名前はフランス語 panier(かご)で、形が似ることによる[7]。
この流れから見ると、19世紀の鋼の輪は、骨組みで広げる発想そのものを変えたのではない。重さを抑えるという課題に、素材を替えて答えたものとして位置づけられる。
6. 大きな スカートで、くらしは どうだったの?
6. 大きなスカートは、暮らしの中でどう使われ、どう変わったか
6. 働く場での扱いと、バッスルへの移行
クリノリンは、おひめさまだけの ものでは ありませんでした。はたらく 女の人も つけて いて、工場の 女の人が つけた しゃしんが のこって います。
でも、はたらく ときは じゃまにも なりました。1860年に、ある 会社は、はたらく 女の人たちに、クリノリンを 家に おいてくるように 言いました[2]。
そのうち、スカートの ふくらみは、うしろに あつまるように なります。1870年ごろには、小さな クリノレットや バッスルという ほねぐみが、かわりに つかわれました[2]。
7. ひもで、スカートの まわりの ながさを たしかめて みよう
7. 床にひもで輪を作って、直径1.6メートルを確かめる
7. 数字を自分の目で見る:円周5mの輪と、V&A の収蔵品
家に ながい ひもが あれば、やって みましょう。ひもを 5メートル はかって、先と 先を むすび、ゆかで できるだけ まるい 形に おきます。
はしから はしまで あるいて みると、1.6メートルほどです。この 中に、かごが 入って、そのまわりに スカートが ひろがって いたのです。
人が 入ったり、ドアを とおったり するところを 思いうかべて みてください。
ひろい ばしょで、おうちの 人と いっしょに やって みましょう。
家にある5メートルほどのひもで、大きさを体感できます。先と先を結んで床に円にし、真ん中に立ってみてください。端から端までは、1.6メートルほどです。
その中に自分が立ち、まわりにスカートが広がる様子を想像すると、ドアを通る、椅子に座る、人とすれ違う、といった場面がどれほど大変だったかが見えてきます。
もう一つ、考えてみてください。ペチコート8枚の重さと、鋼の輪のかご。あなたなら、どちらで一日を過ごしたいでしょうか。
数字は、自分で再現すると実感が変わる。5 m のひもで輪を作り、直径を定規やメジャーで測ると、約1.6 m になるはずである。円周÷3.14という計算が、実際の長さと一致することも確かめられる。
V&A のオンライン収蔵品(O58913 など)の画像では、輪が下へいくほど大きくなる並びを確認できる。ただし、これらのページは英語である。日本語で読める資料としては、ファッション用語辞典のクリノリンとパニエの項が出発点になる。
未解決の問いも残っている。輪の本数や総重量の典型値は、今回の資料では示せなかった。実物の収蔵品の寸法や重さを調べれば、ペチコート8枚の重さとの比較ができるかもしれない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- FASHIONSNAP 用語辞典「クリノリン(インナーウェア)」. https://www.fashionsnap.com/dictionary/crinoline-innerwear/ (名前の由来と意味の変化)
- Wikipedia「Crinoline」. https://en.wikipedia.org/wiki/Crinoline (軽さ・大きさ・暮らし・バッスルへの移行)
- V&A Collections: Crinoline (O58913). https://collections.vam.ac.uk/item/O58913 (ペチコートの重さ・鋼の輪の構造)
- Napoleon.org「Steel frame crinoline」. https://www.napoleon.org/en/magazine/napoleonic-pleasures/steel-frame-crinoline (1856年と発明者の食いちがい・生産量)
- V&A Collections: A Favorite of the Empress (O58867). https://collections.vam.ac.uk/item/O58867/a-favorite-of-the-empress-cage-crinoline-thomson--co (収蔵品の例)
- V&A Collections: Side hoop (O13863). https://collections.vam.ac.uk/item/O13863 (18世紀のパニエ)
- FASHIONSNAP 用語辞典「パニエ」. https://www.fashionsnap.com/dictionary/panier/ (名前の由来)
- Wikipedia「Hoop skirt」. https://en.wikipedia.org/wiki/Hoop_skirt (ファージンゲールとパニエの復活)
なおした ところ
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