1. おとといの 「おと」って、なに?
1. 「おと」には「遠い」がかくれている
1. 「をとつひ」の構成 ── 「をと」「つ」「ひ」
おとといは、きのうの まえの ひ です。きょうから かぞえると、2日 まえ です[2]。
この ことばは、むかしは 「をとつひ」と いう かたち でした。「をと」は、「とおい」を あらわす ふるい ことば と されます。「つ」は 「の」と おなじ はたらきの ことば、「ひ」は 「日」 です[1]。ぜんぶ くっつけると、「とおくの ひ」と いう いみ に なります。
きのうが 家の すぐ前の みち だと すれば、おとといは、かどを ひとつ まがった さきの ところ、と いう かんじ かも しれません。ただし、むかしの 人が ほんとうに そう かんがえて つけた なまえ か どうかは、はっきり しません。
では、その 「をとつひ」は、いつごろの ことばなの でしょう。
おとといは、昨日の前の日、つまり今日から2日前の日を指します。辞書には「おとつい」「いっさくじつ」という読みも載っています[2]。
国語辞典の説明では、「おとつい」は「をとつひ」が変化したものです。「をと」は「遠い」を表す古い言葉、「つ」は「の」にあたる助詞、「ひ」は日のことで、全体で「遠くの日」の意味になります[1]。語源由来辞典も同じように、遠方を表す古語から来て、「遠く過ぎ去った日」の意味を含むと説明しています[3]。
昨日が「すぐ前」だとすれば、その一つ向こうの日を「遠くの日」と呼んだ、という語源の説明があります。ただし、これは辞書に書かれた説明で、名づけた人がどう考えたかまでは分かりません。
では、この「をとつひ」は、実際にいつごろの文章に出てくるのでしょうか。
デジタル大辞泉・日本国語大辞典は、「おとつい」を「をとつひ」の変化形とし、「をと」は遠を表す古語、「つ」は連体格の助詞「の」にあたるもの、「ひ」は日と解している。つまり語構成は「遠・の・日」で、直訳すれば「遠くの日」になる[1]。語源由来辞典も、「おと」を遠方を表す古語に求め、「遠く過ぎ去った日」の意味を含むと述べる[3]。
ここで注意したいのは、2つの辞典が同じ解釈をしているとはいえ、どちらも辞書としての説明であり、命名者の意図を示す資料ではない点だ。そのため、「昔の人が昨日を近く、一昨日を遠いと感じて名づけた」という読みは、あくまで語構成からの推定にとどまる。
では、この語形は、いつの文献まで確かめられるのか。
2. うたに もう でて きて いた
2. 万葉集の歌に、おとついと昨日と今日が並んでいる
2. 万葉集の「乎登都日」── 3つの日が並ぶ用例
この ことばは、とても ふるい 本、「万葉集」に でて きます。雪の ふる 日を うたった うたの 中で、「をとつひ」「きのう」「きょう」が、じゅんばんに ならんで います[1]。
うたの いみを かんたんに いうと、「おとといも きのうも きょうも、ずっと 雪が ふって いる ので」と いう ところ です。さむい 日が つづいて、山の ようすも よく 見えない、と いう きもち が つたわって きます。
おとといも、きのうも、きょうも、と ならべた ことばの 中で、「おとつい」の もとの ことばは ずっと むかしから つかわれて いた ことが わかります。
ところが、この ことばの かたちは、そのあと だんだん かわって いきます。
辞書は、この言葉の古い例として万葉集を挙げます。巻17の3924番の歌に「乎登都日(ヲトツヒ)も昨日も今日も雪の降れれば」という一節があります[1]。
意味は、「おとといも昨日も今日も、雪が降り続いているので」といったところです。歌の前半には、山あいのどこがどこだか見えない、という内容も続きます。雪の日が三日続いたようすが、3つの日の名前を順に並べるだけで伝わってきます。
ここで面白いのは、「昨日」と「今日」の間に挟まるように、「をとつひ」が自然に入っていることです。この言葉は、とても古い時代から、日常の時間を数える言葉として使われていたことが分かります。なお、この歌を詠んだ人や、詠まれた場面については、ここでは触れません。
では、その後、この言葉はどう変わっていったのでしょうか。
日本国語大辞典が万葉集の用例として挙げるのは、巻17・3924番の「山の峡そことも見えず乎登都日も昨日も今日も雪の降れれば」である[1]。ここでは「乎登都日」が「昨日」「今日」と並列され、雪が降り続いた3日間を表している。つまり、当時すでに「おととい」にあたる語が、日付の数え方の一部として自然に使われていたことが分かる。
ただし、この記述は日国の引用である。ここから言えるのは、「ヲトツヒ」という語形が古い時代の歌に現れる、という点までだ。
では、この「をとつひ」は、どのような経路で現代の「おととい」になったのか。
3. 「おとつい」と 「おととい」、どっちが ふつう?
3. 「おとつい」か「おととい」か ── 言い方が入れかわった歴史
3. 「おとつい」から「おととい」へ、そして江戸期に再び現れた「おとつい」
「をとつひ」は、のちに 「おとつい」や 「おととい」に かわって いきます。いまの 日本では、ほとんどの 人が 「おととい」と いいます。でも、「おとつい」と いう 地方も あります[3]。
辞書に よると、へいあんじだい いこうは 「おととい」が つかわれる ように なりました。そのあと、江戸時代に なって、「おとつい」が また 本に でて きます[1]。ふたつの かたちが、ならんで つかわれる ように なったのです。
むかし、京都や おおさかの あたりでは「おとつい」、江戸や 東の ほうでは 「おととい」が よく つかわれました。明治じだい いこうは、「おととい」が みんなが つかう ふつうの ことば になりました[1]。
「おとつい」は まちがいでは ありません。ふるい かたちが、いまも のこって いる のです。
では、おとといの さらに 前の ひは、なんと いうの でしょう。
日国の「語誌」の欄を見ると、平安時代以降は、「おとつい」に代わって「おととい」が使われるようになったとあります。ところが江戸時代になると、「おとつい」が再び文献に現れ、2つの形が並んで使われました[1]。
地域の差もありました。17世紀ごろまでは、上方(京都や大阪のあたり)でも「おととい」のほうが正しい形と考えられていました。それが19世紀ごろには逆になり、上方では「おとつい」、江戸を含む東日本では「おととい」が広く使われるようになります。明治以降は「おととい」が標準語として定着しました[1]。
いま「おとつい」と言う人がいても、まちがいではありません。語源由来辞典も、現代でも「おとつい」と言う地方があると書いています[3]。古い形が、そのまま残っていると考えるほうが、事実に近いでしょう。
昨日、おとといまで来ました。では、その先はどう言うのでしょうか。
日国の語誌によれば、平安時代以降は「おとつい」に代わって「おととい」が使われた。ところが江戸時代に「おとつい」が再び文献に現れ、両形が併存する。17世紀ごろまでは上方でも「おととい」が規範的とされていたが、19世紀ごろには評価が逆転し、上方で「おとつい」、江戸を含む東日本で「おととい」が広く用いられた。明治以降は「おととい」が標準語として定着する[1]。
ここから読み取れるのは、「おとつい」が誤りではなく、古い語形が地域に残ったものだという点である。語源由来辞典も、現代でも「おとつい」と言う地方があると述べる[3]。標準語がどちらを選んだかは、ことばの正しさというより、どの地域の言い方が全国に広まったかという経緯に近い。
なお、各地の方言の細部(九州などの形)は、この記事の資料では扱っていない。そのため、地域名は、辞書が挙げる「上方」と「江戸を含む東日本」にとどめる。
では、呼び名は「おととい」で終わりなのか。さらに前の日は、どう呼ぶのか。
4. おとといの 前の ひは なんて いうの?
4. 3日前には名前があり、4日前は辞書に見あたらない
4. 「さきおととい」と、未来側の「しあさって」との非対称
おとといの 前の ひ、つまり 3日 まえは、「さきおととい」と いいます。むずかしい かんじでも かく ことが でき、「いっさくさくじつ」とも よびます[4]。
では、4日 まえは なんと いうの でしょう。国語じてんなどを みた かぎりでは、4日 まえの ひを あらわす ことばは、見つかりません。
みらいの ほうは、どうでしょう。あさっての 次の ひには、「しあさって」と いう ことばが あります。ちほうに よって、3日 あとの ことも、4日 あとの ことも あり、じゅんばんが ぎゃくに なる ところも ある と いわれます[5]。
どちらの がわも、とおく なるほど、はっきりした なまえが へって いきます。わたしたちは、すこし はなれた ひを、「3日 まえ」「4日 あと」と かず で いう ほうが、らく なのかも しれません。
おとといの前の日、つまり3日前は「さきおととい」と言います。漢字では「一昨昨日」と書き、「いっさくさくじつ」とも読みます。広辞苑は「一昨日の前日」と説明しているそうです[4]。
では、4日前にあたる言葉はあるのでしょうか。国語辞典の範囲で調べると、4日前を表す専用の言葉は見あたりません。
未来の側は、もう少し細かく分かれています。「あさって」の次は「しあさって」ですが、地域によって、3日後を指すところも、4日後を指すところもあり、「やのあさって」との順序が入れかわる地域もあるといわれます[5]。
このように、今日からどちらの方向にも、近い日には名前があり、遠くなるにつれて呼び名があいまいになります。ここでは「過去の側」の全国的な呼び名までは調べきれていないので、断言はしません。
では、日本語のこの「近い日にだけ名前がある」感じは、ほかの言葉ではどうなのでしょうか。
日国の記述を紹介する資料によれば、3日前は「さきおととい(一昨昨日)」で、「いっさくさくじつ」の読みもあり、広辞苑は「一昨日の前日」と説明している[4]。一方、4日前を表す専用語は、国語辞典の範囲では見あたらない。「過去側は全国で同じ呼び名」とする主張は、単一のブログに基づくため、そのままは受け取らない。
未来側では、「あさって」の次が「しあさって」「やのあさって」だが、地域により3日後とも4日後とも言われ、順序が入れかわる例もある[5]。未来側の呼び名は、過去側とそっくり対になっているわけではない。
この「近い日にだけ固有の名前がつく」という特徴は、日本語に特有のものなのか。他言語を見てみる。
5. ほかの くにの ことばでは どう いうの?
5. ドイツ語・スペイン語・中国語は、おとといを一語で言う
5. 他言語の語構成 ── vorgestern・anteayer・前天、そして英語の句
おとといを あらわす ことばを、ほかの くにでも さがして みます。ドイツ語では 「フォアゲスターン(vorgestern)」と いいます。「前」を あらわす ことばと、「きのう」を あらわす ことばを くっつけた かたち です[6]。
スペイン語の 「アンテアジェール(anteayer)」も、「前」と 「きのう」の くみあわせ です[7]。中国語では 「前天(チエンティエン)」と いい、「前」と「日」を くっつけます。あさっては「後天」と、さかさまの かたちに なって います[8]。
英語は、ふつう 「the day before yesterday」と、いくつもの ことばを つなげて いいます[6]。ふるい ことばで 「ereyesterday」と いう ものが 辞書には のって います。
どの ことばでも、「きのうの 前」と いう かんがえかたが 見えます。日本語の 「とおい ひ」は、ちょっと めずらしい 見かた なのかも しれません。
ドイツ語では、おとといを vorgestern と言います。vor-(前)と gestern(昨日)をつないだ、一語の言葉です[6]。スペイン語の anteayer も、ante-(前)と ayer(昨日)の組み合わせで、中南米では antier とも言います[7]。
中国語では 前天(qiántiān)と言います。「前」は「まえ」、「天」は「日」の意味の字です。反対の「あさって」は 後天です[8]。
3つの言語は、どれも「昨日の前」「前の日」という見方で作られています。日本語の「遠つ日」が、日にちの隔たりを「遠さ」として見ているのと比べると、見方のちがいが面白いところです。
英語はふつう、the day before yesterday と句で言います。ドイツ語の vorgestern に当たる古い語として ereyesterday が、Wiktionaryの訳語として挙がっています[6]。ただ、調べたのは辞書サイトだけなので、「一語で言う言語が多い」とまでは言えません。
こうして見ると、「おとといの言い方」には、その言葉を使う人が時間をどう見ているかが、少しだけ顔を出しています。
ドイツ語 vorgestern は vor-(前)+ gestern(昨日)、スペイン語 anteayer は ante-(前)+ ayer(昨日)で、いずれも「昨日の前」を一語にしたものである。スペイン語は中南米で antier の形もある[6][7]。中国語の 前天(qiántiān)は、「前」(まえ)と「天」(日)の字で書き、対の語が 後天(あさって)である[8]。
これらは、「昨日より前」という位置の関係で語を作っている。それに対して「をとつひ」は、同じ位置の日に「遠い」という距離の感覚を重ねた語構成になる。ただし、「遠つ日」がそう名づけられた理由を直接示す資料はなく、距離の感覚を重ねたという言い方も、あくまで語構成からの読みである。
英語は現代ではふつう the day before yesterday と句で言い、vorgestern の訳に当たる ereyesterday はWiktionaryの訳語に挙がっている。ただし、参照したのは辞書サイトの記述だけで、「一語で言う言語が多い」とまでは言えない[6]。
以上から、日本語の「おととい」は、位置で作る他言語の語と同じ「昨日の前」を指しながら、成り立ちでは遠さの感覚を残していると言える。ただし、辞書の語源説明の範囲であることに変わりはない。
6. おうちの 人の 「おととい」を きいて みよう
6. 家の人の「おととい」を聞いてみる
6. 身近な言い方で確かめられること
「おととい」と、「おとつい」。おうちの 人は、どちらを つかって いますか。おじいさんや おばあさんは、どうでしょう。ことばを 一つ きくだけで、住んで いた ところの ことばが、少し 見えて くるかも しれません。
もう一つ、「さきおととい」を 知って いる 人が いるか、きいて みるのも おもしろい です。3日 まえの ひを、なんと よぶ 人が いる でしょう。こたえが 人に よって ちがう ときは、「どうして そう いうの?」と、そのわけも きいて みましょう。
見つけた ことばは、ノートに 一つずつ かいて おくと、あとで ならべて 見られます。ただ、ことばを 人と くらべて 「まちがい」と きめつけ ないように しましょう。
おとといと言うか、おとついと言うか。まずは家の人に、聞いてみましょう。祖父母やほかの地域に住んでいた人がいれば、その人たちの言い方もちがうかもしれません。ことばの形から、その人が育った土地が見えてくることもあるかもしれません。
もう一つ試せるのが、「さきおととい」と、3日前の言い方です。知っている人、知らない人、別の言い方をする人がいるでしょう。答えが分かれたら、「どうしてそう言うのか」を聞いて、理由も書いておくと、あとで見比べられます。
ただし、人の言い方を、ここで見た辞書の説明に合わせて「正しい/まちがい」に分けることは、この記事ではしません。「おとつい」は古い形が残ったものでした。ことばの差は、まず言い方のちがいとして並べてみましょう。
また、古い歌集にも当たってみたくなったら、万葉集の巻17を扱う注釈書や、国語辞典の「おととい」の項目を、図書館でのぞいてみる方法があります。
この記事の説明は、国語辞典と語源辞典の語構成と語誌に頼っている。地域の細部や他言語の広がりを知りたい人には、次の3つの方向がある。
1つ目は、一次資料としての万葉集の原文に当たることだ。巻17・3924番の歌の作者や詠まれた状況、原文の表記は、この記事では扱っていない。注釈書で、歌全体とあわせて読めば、「乎登都日」の使われ方を前後の文脈で確かめられる。
2つ目は、日本国語大辞典の語誌欄(コトバンク経由で参照できる)を、他の辞典と読み比べることである。「をと」を遠とする説以外の語源説があるかどうかは、この記事の資料の範囲では分からない。
3つ目は、身近な聞き取りである。家族や友人に、「おととい」「おとつい」のどちらを使うか、「さきおととい」を知っているか、4日前に当たる言い方があるかを聞く。回答が分かれても、数人だけでは地域差・世代差・個人差を分けられない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
語構成・語誌・他言語の語は、国語辞典と辞書サイトの記述にもとづく。いずれも最終アクセスは2026年10月16日。
- デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典「一昨日」(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E4%B8%80%E6%98%A8%E6%97%A5-434136 (語構成、万葉集の用例、語形の移りかわり)
- Weblio辞書「一昨日」 https://www.weblio.jp/content/%E4%B8%80%E6%98%A8%E6%97%A5 (意味と読み)
- 語源由来辞典「一昨日」 https://gogen-yurai.jp/ototoi/ (語源の第二の説明、現代の「おとつい」)
- Shirashiru「さきおととい」の記事(広辞苑の記述の紹介) https://shirashiru.hatenablog.com/entry/2024/06/05/162329 (3日前の言い方)
- DIME「しあさって」の地域差の記事 https://dime.jp/genre/1160184/ (未来側の呼び名と地域差)
- Wiktionary「vorgestern」 https://en.wiktionary.org/wiki/vorgestern (ドイツ語と英語の訳語)
- Wiktionary「anteayer」 https://en.wiktionary.org/wiki/anteayer (スペイン語)
- Wiktionary「前天」 https://en.wiktionary.org/wiki/%E5%89%8D%E5%A4%A9 (中国語)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。