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昔の 人は、くじらを さかなの なかまだと 思って いたの?

昔の日本人はクジラを魚と見ていた?古名「いさな」から考える

昔の日本人はクジラを魚の仲間とみていたのか:古名「いさな」・漢字「鯨」・江戸の記述から読む

分野:歴史・文化

むかしの 日本語では、くじらの ことを「いさな」と よびました。この 「な」は、さかなの 「な」だと いわれます。

くじらの 名前に、さかなの 文字が 入って いたのは、なぜでしょう。「いさな」は、くじらだけでなく 「大きな さかな」の なまえでも ありました。さて、むかしの 人は、くじらを どう 見て いたのでしょう。

クジラの古い呼び名は「いさな」といい、この「な」は魚を指すとされます。しかも「いさな」には、「大きな魚の総称」という意味もありました。

では、昔の日本人にとって、クジラは本当に魚の仲間だったのでしょうか。この記事を読むと、言葉・漢字・江戸時代の暮らしから見えてくる答えと、哺乳類だと初めて明らかにしたとされる人物のことが分かります。

クジラの古名「いさな」の「な」は魚を意味するとされ[1]、古語の「いさな」は、クジラのほかに大きな魚の総称も指した[2]。

では、言葉と漢字に残る魚の字は、昔の人がクジラを魚の仲間と見ていた証拠といえるのか。この記事を読むと、古名・漢字・江戸の食文化から見える見方と、1760年に哺乳類と述べたとされる人物の位置づけが分かる。

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1. 「いさな」の 「な」は、なんの 「な」?

1. クジラの古い名前「いさな」は、魚の名前だった

1. 古名「いさな」の「な」は魚を指す

いちばん 古い 歌の 本の ひとつに、万葉集まんようしゅうが あります。そこに、くじらを さす 「いさな」と いう 言葉が 出て きます[1]。

「いさな」の 「な」は、さかなの 「な」です。「いさ」と いう 大きな さかなだ、と いう 意味だと されます。

書きかたも いろいろ ありました。どれも 「魚」や 「な」の 意味を ふくんで います。

しかも 「いさな」は、くじらだけでは なく、「大きな さかな」ぜんぶを よぶ 言葉でも ありました[2]。むかしの 人の 目には、くじらは 大きな さかなの 代表に 見えて いたのかも しれません。

では、漢字の 「鯨くじら」には、なにが 書いて あるのでしょう。

万葉集に出てくる「いさな」

8世紀の歌集『万葉集』に、クジラを指す「いさな」という言葉が出てきます。表記には「鯨魚」「鯨名」「勇魚」「不知魚」「伊佐魚」など、いくつもの書き方があり、どれも魚の字や、魚を意味する「な」を含んでいます[1]。

捕鯨や鯨を取ることを表す言葉に「いさなとり」があり、枕詞としても歌に出てきます[2]。

「大きな魚」の総称でもあった

古語の「いさな」には、クジラのほかに「大きな魚の総称」という意味もありました。明治5年(1872年)のヘボン『和英語林集成』も、「クジラ、または大きな魚の名」と説明しています[2]。

つまり、クジラの名前は、大きな魚の呼び名と重なっていました。魚を表す語や表記が使われていたことから、この時代の人がクジラを魚の側に置いていた可能性がうかがえます。

では、漢字の「鯨」には、どんな意味の部分があるのでしょうか。

クジラの古名は「いさな」で、万葉集に「鯨魚取(いさなとり)」の形で見える。表記には鯨魚・鯨名・勇魚・不知魚・伊佐魚などがあり、いずれも魚の字か、魚を意味する「な」を含む[1]。語源には「勇ましい魚」とする説もあるが、確定してはいない。

さらに、古語の「いさな」は、クジラのほかに「大きな魚の総称」の意味も持った。1872年のヘボン『和英語林集成』は、これを「クジラ、または大きな魚の名」と訳している[2]。クジラの名前が、そのまま大きな魚一般の呼び名と重なっていたことになる。

このことから、8世紀の言葉の世界では、クジラを魚の側に置いていた可能性がうかがえる。根拠は語義と表記の2つで、「クジラは魚だ」と論じた文章が残っているわけではない。では、もう一つの根拠である漢字は、何を示すのか。

2. 漢字の 「鯨くじら」には、さかなが いる

2. 漢字の「鯨」は、魚へんに何を足した字か

2. 漢字「鯨」は形声文字:意味の部分は「魚」

鯨くじらと いう 漢字の 左がわは、「魚」の かたちを して います。

右がわの 「京」は、「大きい」と いう 意味では ありません。「きょう」と いう 読みの ひびきを あらわす 部分です[3]。

「京だから 大きい さかな」と せつめい する 人も いますが、これは ほんとうの 理由では ない、と されて います。

中国の 古い 字書にも、鯨くじらを 「海の 大きな さかな」と する せつめいが あるそうです[4]。

中国でも、くじらは 「魚」の 字を つかって 書かれて きました。では、くらしの 中では、どうだったのでしょう。

魚が意味、京が音

漢字の「鯨」は、意味を表す「魚」と、音を表す「京」を組み合わせた形声文字です[3]。「京は大きいという意味だから、大きな魚」という説明を見かけますが、これには根拠がなく、民間の俗説とされています。京は、読みの響きを表しているだけです。

中国でも「海の大魚」

辞書サイトに引用されている中国の字書『説文解字』には、鯨を「海大魚也(海の大きな魚)」とする説明があるとされます[4]。辞書サイト経由の引用なので補助的な材料ですが、漢字の本場でも、クジラは魚の字で表されてきたようです。

言葉も漢字も「魚」でした。では、実際に人がクジラを前にしたとき、どう扱っていたのでしょうか。

漢字「鯨」は形声文字で、意味を表す「魚」と、音を表す「京」からなる[3]。「京」が「大きい」を表すので「大きな魚」の意味になる、という説明もあるが、音符の「京」は音を表すだけで、この説明は根拠のない民間俗説とされる。

つまり、意味の部分に「魚」が選ばれていること自体が、この字を作った側の見方を映していると考えられる。中国の字書『説文解字』が鯨を「海大魚也」とする、という引用もある[4]。ただしこれは辞書サイト経由の引用で、原本は未確認のため、補助的な根拠にとどめる。

語義(いさな)と文字(鯨)はいずれも、クジラを魚の側に置く見方を映していると読める。しかし言葉や字は、人が実際にクジラとどう付き合ったかとは別の話である。暮らしの中での扱いは、どうだったか。

3. 江戸えどの 人は、くじらを 食べて 骨ほねまで つかった

3. 江戸時代の人は、クジラを食べ、骨や油まで使った

3. 江戸時代の鯨:食用にされ、骨・油まで利用された

江戸えどじだいの 人たちは、くじらを 食べて いました[5]。

しかも、食べるだけでは ありません。骨ほねや 油も、くらしの どうぐに しました。むだなく 使おうと していたのです。

くじらと のつきあいは、もっと 古くから ありました。縄文じょうもんじだいの いせきからは、いるかの 骨ほねが 見つかって います[6]。

海岸に ちかづく くじらを、もりで つく 漁りょうも、古くから おこなわれて いたそうです。

では、「くじらは さかなじゃ ない」と、はじめに 言った 人は、だれなのでしょう。

国立国会図書館の説明

国立国会図書館は、江戸時代の人は鯨を食べ、骨や油なども生活用具にして、余すところなく利用していたと説明しています[5]。

縄文のころからの付き合い

千葉県の資料によると、館山市の鉈切洞穴など縄文時代の遺跡から、イルカの骨が出ています。海岸に近づく「寄り鯨」や、迷い込む「迷い鯨」を銛で突く漁も、古くから行われていたとされます[6]。ただし、これは鯨だけを狙った漁だったという意味ではありません。

禁令の名前に鯨はない

675年(天武天皇4年)に肉食を禁じる命令が出ましたが、対象は牛・馬・犬・猿・鶏の五つで、鯨の名は挙がっていません[7]。

こうして、言葉と漢字の上では、クジラは魚の側にありました。では、その見方をひっくり返した人は、いつ現れたのでしょうか。

江戸時代の人々は鯨を食べ、骨や油も生活用具に使って、余すところなく利用した[5]。鯨は言葉や字の中だけでなく、日々の食と道具の中にもいた。

鯨との付き合い自体は、江戸よりずっと古い。千葉県の資料では、縄文期の館山市・鉈切洞穴などからイルカの骨が出ており、寄り鯨や迷い鯨を銛で突く漁が古くから行われていたとされる[6]。ただしこれは鯨に限った漁ではなく、イルカなども含む。

なお、675年(天武4年)の肉食禁止令が対象としたのは牛・馬・犬・猿・鶏の五種で、鯨の名は挙がっていない[7]。

言葉と文字の上では、クジラは魚の側にあった。この見方に対し、哺乳類だと述べた人物がいる。それは誰か。

4. 「くじらは さかなじゃ ない」と 言った 人

4. 1760年、クジラを哺乳類と明らかにしたとされる人物

4. 山瀬春政『鯨誌』(1760年):魚類から哺乳類へ

1760ねん、江戸えどじだいの 人、やませ はるまさが、「げいし」と いう 本を 書きました[8]。

この 本で、くじらが ほにゅうるいだと はじめて あきらかに した、と されて います。

ほにゅうるいは、人と おなじ なかまです。肺はいで いきを して、母乳ぼにゅうで 子どもを そだてます[9]。

大きな すがたと、みずの 中で くらす ようすから、くじらが さかなに 見えるのは、むりも ありません。いまでも、さかなと まちがえる 人が います。

『鯨誌』と山瀬春政

鯨は長く魚類とみられていましたが、哺乳類だと初めて明らかにしたのは、1760年(宝暦10年)に『鯨誌』を著した山瀬春政だとされます[8]。本の名前と年は、資料ではっきり確かめられます。

ただし、『鯨誌』に何がどう書かれていたのかは、集めた資料では分かりません。名前のよく似た『鯨志』という別の本もあるので、混同には注意が必要です。

今の分類では

現在の分類では、クジラの仲間は人と同じ哺乳類で、肺で呼吸し、母乳で子を育てます。見た目から魚、とくにサメの仲間と間違えられることもあります[9]。

では、クジラの名前そのものには、どんな意味があるのでしょうか。

鯨が魚類とみられてきたなかで、哺乳類だと初めて明らかにしたのは、1760年(宝暦10年)に『鯨誌』を著した山瀬春政とされる[8]。長く続いた魚という見方に対し、別の見方が書物として現れたことになる。

ただし『鯨誌』の内容(乳や胎生に触れたか、何を根拠に述べたか)は、取得できた資料では分からない。梶取屋次右衛門撰の『鯨志』という別書もあり、混同しやすい。書名と年、「初めて明らかにした」とされる点までが、資料から言える範囲である。

現代の分類では、鯨類は哺乳類で、肺で呼吸し母乳で仔を育てる。その姿から魚類、特にサメ類と間違われることもある[9]。

ところで、「くじら」という名は、どんな言葉から来たのか。実は、江戸の学者も考えていた。

5. 「くじら」って、どういう 意味?

5. 「くじら」という名前の由来は、一つに決まっていない

5. 「くじら」の語源説:黒と白、口広、記紀の表記

「くじら」と いう 名前の 意味は、はっきり きまって いません。いくつか 考えかたが あります[10]。

江戸えどじだいの 学者の 中には、「ク」は 「黒い」、「シラ」は 「白い」だと 考えた 人が います。くじらの 体の 色から きた 名前だ、と いう 考えかたです。

ほかにも、「口が ひろい」から 来た、と いう 考えかたも あります。

もっと 古い 本、古事記こじきと 日本書紀にほんしょきにも、くじらに にた 言葉が 出て きます。でも、それが いまの くじらと 同じものかは、いろいろな 考えが あります。

黒と白、口広

貝原益軒の『日本釈名』(1700年)や新井白石の『東雅』(1719年)は、「くじら」を「ク(黒)」と「シラ(白)」の合成とする語源説を示したと紹介されています。ほかに『大言海』は「クチビロ(口広)」からの変化とするなど、説がいくつかあり、語源は定まっていません[10]。

記紀の「クヂラ」

『古事記』は「区施羅」、『日本書紀』は「久治良」と、クヂラに当たる言葉を書いています。ただし、それが今のクジラを指すかどうかは諸説あります[10]。

江戸の学者たちも、この名前を考えていたのですね。名前の意味は決まっていなくても、私たちは文字や言葉をたどって、昔の人の見方に近づけます。

貝原益軒『日本釈名』(1700年)と新井白石『東雅』(1719年)は、「くじら」を「ク(黒)」と「シラ(白)」の合成としたと紹介されている。これに対し『大言海』は「クチビロ(口広)」からの変化とし、説は一つに定まらない[10]。

『古事記』は「区施羅」、『日本書紀』は「久治良」と、クヂラを表記する。ただし、これが現在のクジラを指すかどうかは諸説あり、断定しない[10]。

1700年と1719年は、山瀬春政の『鯨誌』(1760年)より前である。クジラの名の由来を考える学者がいる時代に、その生きものの分類を問い直す人も現れたことになる。語源も分類も、江戸時代にはすでに問われていた。

6. じしょで 「くじら」を ひいて みよう

6. 辞書と図書館で、クジラの名前を調べてみる

6. 原典と資料の探し方:古名・字書・江戸の記述

おうちの じしょで、「くじら」を ひいて みましょう。「鯨くじら」の ほかに、どんな 書きかたが のって いるでしょうか。

つぎに、「いさな」も ひいて みます。のって いたら、「大きな さかな」と いう 意味が あるか 見て みましょう。

学校や まちの 図書館に 行ったら、くじらの 本を 手に 取って みるのも いいですね。むかしの 人が くじらを どう 見て いたか、さがして みて ください。

家の辞書で確かめる

国語辞典で「くじら」と「いさな」を引いてみてください。「いさな」の項目に、クジラのほかに「大きな魚」の意味が載っているか、漢字の書き方がいくつあるかを見ます。辞書によって、載せている内容は少しずつ違います。

図書館で探すなら

国立国会図書館のウェブサイトには、江戸時代の鯨と人びとの付き合いを紹介するページがあります。出典欄の資料から探せます。『鯨誌』の中身は、原典や研究を探すと、何が書かれていたのか見えてくるかもしれません。

確かめるなら、国語辞典・古語辞典で「いさな」を引く。古名の語義(クジラ/大きな魚の総称)と、万葉集の用例の注記を見る。漢和辞典では「鯨」の部首と音を確認し、形声文字として説明されているかを見るとよい。

江戸の見方は、国立国会図書館のウェブ展示「描かれた動物・植物」の補章「鯨とのお付き合い」が入口になる[5]。1760年の『鯨誌』は、原典または研究論文にあたると、何を根拠に書かれたのかが見えてくるだろう。

出典の多くは二次資料の解説や辞書サイトである。語義や年号の細部は、原典や専門の辞典で確かめてほしい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・人名・表記は、資料によって細部が異なることがあります。

  1. コトバンク「鯨」(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉) https://kotobank.jp/word/%E9%AF%A8 (古名「いさな」、表記、万葉集)
  2. JLect「いさな」の項(ヘボン『和英語林集成』1872年を引用) https://www.jlect.com/entry/3924/isana/ (「大きな魚の総称」の意味)
  3. Wiktionary日本語版「鯨」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AF%A8 (漢字の成り立ち。二次資料)
  4. dong-chinese「鯨」(『説文解字』の引用) https://www.dong-chinese.com/wiki/鯨 (『説文解字』の説明。辞書サイト経由で原本は未確認)
  5. 国立国会図書館「描かれた動物・植物」補章 鯨とのお付き合い https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/30/column.html (江戸時代の鯨の扱い)
  6. 千葉県教育委員会「鯨」郷土資料 https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/sonohoka/kyoudo/kuroshio/kujira.html (縄文期の遺跡と古い鯨漁)
  7. nippon.com 特集記事(肉食禁止令の解説) https://www.nippon.com/ja/features/c03911/ (675年の肉食禁止令の対象)
  8. 歴史人「鯨」の解説 https://www.historist.jp/articles/entry/themes/culture/006506/ (山瀬春政『鯨誌』と1760年)
  9. 神奈川県立生命の星・地球博物館 解説PDF https://nh.kanagawa-museum.jp/uploads/tobira123_1nishimura.pdf (鯨類は哺乳類。肺呼吸・母乳)
  10. Wikipedia日本語版「クジラ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9 (語源説、記紀の表記。二次資料)

なおした ところ

更新履歴

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