1. 「人一倍」の 一倍は、なぜ 1倍じゃ ないの?
1. 「人一倍」の「一倍」は、なぜ1倍ではないのか
1. 「人一倍」は「人の1倍」ではない
「人一倍 走る」と いえば、ほかの 人より たくさん 走る ことです。でも 算数では、1倍は もとと 同じ 大きさです。ふつうの 人と 同じだけ 走るのでは、「人一倍」には なりませんね。
ヒントは、むかしの 「一倍」に あります。「一倍」は、「2倍」の 古い 言い方で、もとの 数に 同じ 数を たした ものを さしたと いわれます[1]。とても 古い 時代の 本にも 出て きます。
ただし 今の 「人一倍」を、国語じてんは 「人の 2倍」と 書くものと、「人より 多く」と 書くものに、2つに 分かれて います[2]。さて、むかしの 「一倍」は、ほんとうに いつも 2倍だったのでしょうか。
「人一倍がんばる」は、ほかの人より多くがんばるという意味です。でも「倍」を算数のとおりに読むと、1倍は元と同じ大きさです。ふつうの人と同じだけがんばるのでは、ほめ言葉になりません。
この食いちがいには、理由がありそうです。「一倍」はもともと「二倍の古い言い方」で、ある数量にそれと同じだけを加えたものを指したと、ジャパンナレッジの解説にあります[1]。いちばん古い用例は奈良時代のものだそうです[1]。
ただ、「人一倍」が今「人の2倍」を表すのか、「人より多く」を表すのかは、国語辞典によって説明が2つに分かれています[2]。昔の「一倍」は、本当にいつも2倍だったのでしょうか。
「人一倍」を現代の算数の意味で読むと、「人の1倍」は「人と同じ」になり、「人より多く」という意味とは合わない。この食いちがいは、「一倍」という語が、今の「1倍」とは別の数え方に基づいていたことで説明できる。
日本国語大辞典(『日国』)は、「一倍」を「二倍の古い言い方」とし、ある数量にそれと同じだけのものを加えることとする。最古の用例は奈良時代まで遡るという[1]。つまり「一倍」は、元の1つ分に、もう1つ分を足した量(今でいう2倍)を表していた。
ところが「人一倍」は、この古い意味が残った語といわれる一方で、現代では「人よりも多く、一層」の意味でも使われる。国語辞典も、「他の人の2倍」とする説と「他の人よりも多く」とする説に分かれている[2]。では、古い「一倍」は、実際にどのように使われていたのだろうか。
2. 2倍にして かえす お金、「一倍銀」
2. 借りたお金を2倍にして返す「一倍銀」
2. 「一倍銀」と「一年二倍の算用」に見る古い倍
江戸時代には、「一倍銀」と いう お金の かし かりが あったようです。かりた お金を 2倍に して かえす、とても 高い りしの ものだったと いいます[1]。
むかしの 本には、こんな 計算も 出て きます。1かんの ぜにが、毎年 2倍に なって いくと、13年で 8192かんです。2を 13回 かけると 8192に なるので、ちゃんと 数が あいます[2]。
むかしの 人は、「ふやす」ことを 「倍」で 表して いたのですね。でも、ぜんぶの 「一倍」が 2倍だったわけでは ありません。
江戸時代には、「一倍銀」という貸し借りがあったらしい、とジャパンナレッジの解説は紹介しています。借りた額の2倍を返す、高利の貸し付けだったようです[1]。ただし、一つの紹介例なので、全国で決まった制度だったとまでは言えません。
もう1つ、数が合う例があります。井原西鶴の『日本永代蔵』には、1貫の銭が「一年二倍の算用」でふえ続け、8192貫になる場面が出てきます。2を13回かけると8192になるので、計算がきちんと合います。論文は、これを「倍」が「×2」として使われた分かりやすい例としています[2]。
昔の人は、ものが元の2倍になることを、倍という言葉で自然に計算していました。でも、「一倍」がいつも2倍だったわけではありません。
江戸時代には、「一倍銀」という貸し借りがあったらしい。借りた額の2倍を返す、高利の貸し付けだったようだ、とジャパンナレッジの解説は紹介する。ただし紹介されているのは一例にとどまるので、全国で一律に決まった制度だったと読むのは避けたい[1]。
倍が「×2」として働いていた別の例が、井原西鶴の『日本永代蔵』にある。元手1貫の銭が「一年二倍の算用」で増え続けるという場面で、本文は「八千百九拾弐貫にかさみ」と書く。1年に2倍、これを13年続ければ2の13乗で8192になるから、計算が合う。論文の筆者は、この例を、倍が正に「×2」として使われた証拠の一つとしている[2]。
注意したいのは、ここで確認できるのは「二倍」が×2で使われた例だという点である。「一倍」という語そのものがいつも2倍だったとまでは、この例だけでは言えない。では、「一倍」と書かれた例は、どう読まれていたのだろうか。
3. むかしの 「一倍」は、いつも 2倍だった?
3. 昔の「倍」は、数え方そのものが今とちがった
3. 「一倍」は2倍とも3倍とも注される
東洋の 数学に ついて、ある 本では、「倍」を 「もとの 数に、同じ 数を たして いく」と 考える 見かたが ありました。この 見かたでは、「1倍」が 今の 2倍、「半倍」が 1.5倍です[3]。西洋の 数学では 「もとの 数 × 回数」で、学校の 算数も こちらです。
ただし むかしの 使い方は、ぜんぶが 同じでは ありませんでした。古い 本の 「一倍」を、「もとの 3倍」と 書いてある 本も あります[2]。
お金の 計算の 言葉が、人に よって 2倍にも 3倍にも 読めたら、どうなるでしょう。
東洋数学についての一つの説明では、「倍」を「元の数×(回数+1)」と考える見かたがあり、その場合「1倍」は今の2倍、「半倍」は1.5倍にあたったと、百科事典サイトは説明しています[3]。西洋の数学は「元の数×回数」で、今の学校の算数もこちらです。
ただし、古い使い方がきれいにそろっていたわけではありません。論文が挙げる『日本霊異記』の「銭一倍にして」には、日本古典文学大系(岩波)の頭注に「利息がついて、もとの三倍で。一倍は、三倍の意」とあります[2]。ほかにも、『今昔物語集』では2つの意味が併用されたという見方や、律令の利息規定の「一倍」は今と同じ100%を指すという指摘があります[3]。
同じ「一倍」が、2倍とも3倍とも読まれていたことになります。お金の計算に使う言葉が人によって2倍にも3倍にも読めたら、どうなるでしょうか。
東洋数学についての一つの説明では、倍を「元の数m×(回数n+1)」と考える流儀があり、そこでは「1倍」(n=1)が今の2倍、「半倍」(n=0.5)が1.5倍にあたった。西洋の数学の「m×n」とは、数え方の出発点が違う。この説明は百科事典サイトによるもので、東洋数学全体がそうだったとは言えない[3]。
実際、古い用例の読みは一定でない。論文が挙げる『日本霊異記』の「銭一倍にして」は、日本古典文学大系(岩波)の頭注で「利息がついて、もとの三倍で。一倍は、三倍の意」と注されている。つまり同じ「一倍」に、2倍と読む例と3倍と読む例が並んでいる[2]。さらに、律令の出挙(利息つきの貸し付け)の利息規定にある「一倍」は現在と同じ100%を指すという異説や、『今昔物語集』では2つの意味が併用されたという見方もある[3]。
こうなると、「昔は一倍がすべて2倍で統一されていた」と書くのは正確でない。文脈ごとに意味が揺れる語だった。お金の貸し借りのように、数がそのまま損得になる場面で、人によって2倍にも3倍にも読める言葉が使われていたとしたら、どうなるだろうか。
4. 明治8年、せいふが 「一倍」を やめた
4. 明治8年、政府が公文書の「一倍」を「二倍」に改めた
4. 明治8年の太政官布告第183号が決めたこと
1875年(明治8年)、せいふは 布告を 出しました。「これからは、公の 文書で 『一倍』と いう 言い方を やめる。これまでの きまりに ある 『一倍』は、『二倍』に 直す」と いう ものです[2]。
つけたしの 文には、「1円の 2倍は 2円、10倍は 10円と 計算する」と、れいが ありました[2]。
郵便の きまりも 同じです。明治6〜7年の ものには 「一倍」が たくさん 出て きますが、9年用では 「二倍」に なって います[2]。
でも 直したのは 公の 文書の 書き方で、ふだんの 話し言葉まで かえたのでは ありません。「人一倍」は、今も 使われて います。では、今の 言葉は、まちがいなく 読めるように なったのでしょうか。
このずれに、政府はどう手を打ったのでしょうか。答えは、1875年12月2日に出された太政官布告第183号です。その内容は、これから公文書では計算の上で「一倍」という呼び方をやめ、これまでの規則にある「一倍」は「二倍」に改める、というものです。但し書きには、元の金額が1円なら、2倍は2円、10倍は10円と計算する、という例がありました[2]。この文言は、論文が『法令全書』から引いているものによります。
郵便の規則にも変化が見えます。明治6〜7年の規則には「一倍」が多く使われ、論文はそのすべてを、今の2倍の意味と読んでよいとしています。それが、明治9年用の規則では「二倍」に変わっています[2]。
ただし、改めたのは公文書や規則の書き方で、ふだんの話し言葉まで変えたものではありません。「人一倍」のような言い回しは、古い意味が残った語といわれ、今も使われています[2]。では、今の「倍」は、まぎれなく読めるようになったのでしょうか。
1875年(明治8年)12月2日の太政官布告第183号は、公文書の計算上「一倍」の称呼をやめ、従前の諸規則にある「一倍」を「二倍」と改めると定めた。但し書きには「原金高一円ノ二倍ハ二円十倍ハ十円ト計算候」とあり、元金が1円なら2倍は2円、10倍は10円という例が添えられている。つまり「一倍」を「1円の1倍=1円」とは読まないよう、公の文書の側で書き方をそろえたことになる。ここで引いた布告の文言は、天沼寧の論文が『法令全書』から引用した文によっている[2]。
郵便の規則にも、この前後の変化が見える。明治6〜7年の規則には「一倍」が多数使われ、論文はそのすべてを今の2倍の意味と読んでよいとしている。そして明治9年用の規則では「二倍」に変わっている[2]。
ただし限界もある。改められたのは公文書・諸規則の表記であり、日常の言い方までが直されたわけではない。「人一倍」が古い意味の残った語といわれながら、現代では「人より多く」の意味でも使われているのは、その一例にあたる。では、現代の表現では、この種の揺れはなくなったのか。
5. 今も 2とおりに 読める 「3倍ぞう」
5. 今も2通りに読める「3倍増」と「200%増」
5. 「3倍増」「200%増」は何倍か ── 読みの揺れを計算する
ニュースで 「売り上げが 3倍ぞう」と 聞いたら、いくらに なったのでしょう。もとが 100なら、300でしょうか。400でしょうか。
3倍に なったと 読んで 300と 考える 人が 多いのですが、「3倍 分 ふえた」と 読んで、もとに たして 400と 考える 人も います[4]。ある 新聞の 記事は、「3倍の 300円」の ように 書けば まちがえに くい、と 書いて います[4]。
「パーセント ふえた」も 同じ 考え方です。もとが 100の とき、「100パーセント ふえた」は 100に 100を たして 200で、2倍です。「200パーセント ふえた」は 100に 200を たして 300で、3倍に なります[5]。
むかしの 「一倍」は 「もとに 同じ 数を たす」見かたでした。今の 算数は 「もとを 1と 見る」見かたです。ふえたと 書くか どうかでも、答えが かわります。
ニュースで「売り上げが3倍増」と見たら、元の100は、いくつになったでしょうか。3倍になったと読んで300とする人が多い一方で、「3倍分増えた」と読めば、元に3倍分を足して400にもなります[4]。では、どちらで読むのが正しいのでしょうか。じつは、決まった答えはないようです。国語辞典には「倍増(2倍に増えること)」はあっても「△倍増」の項目や用例はないとされます。そこで日本経済新聞の記事は、「3倍の○○円」と書けば誤解がないとしています[4]。
パーセントも同じ考え方です。「○%増」は、元の量に増えた分を足します。元が100なら、「100%増」は100+100で200、つまり2倍。「200%増」は100+200で300、つまり3倍です[5]。「200%」だけなら2倍ですから、「増」が付くかどうかで答えが変わります。
学校の算数でも、倍の考え方は広がります。小数倍の場面では、倍の意味を「いくつ分」から「基準にする量を1とみたとき、いくつにあたるか」へ捉え直すと、学習指導要領(平成29年告示)の解説を紹介した論考にあります[6]。この見方では、1倍は基準と同じ量です。
昔の「一倍」が2倍だった背景には、「元に同じ数を足す」数え方がありました。今の算数は「元を1とみる」見方です。同じ「倍」でも、何を1と数えるかが違えば、答えがずれます。
現代にも、倍の読みが割れる表現が残っている。日本経済新聞の校閲記事は、「3倍増」は「3倍になった」(100→300)と読む人が多い一方、倍に「増」が重なるので「3倍分増えて4倍」(100→400)とも読める、と指摘する。国語辞典に「倍増」(2倍に増えること)はあっても、「△倍増」の項目や用例はないとされ、「3倍の○○円」と書けば誤解がない、というのが記事の結論である[4]。
条件を置いて計算してみよう。元を100とする。「n倍増」を「n倍になる」と読めば100×n、「n倍分増える」と読めば100×(1+n)である。n=3なら300と400で、100の差が出る。しかもn=2を後者で読めば300となり、「倍増」(2倍)と「2倍増」が同じとは限らなくなる。ここは本記事の計算であり、辞書や出典が示した読み方ではない。
パーセントの表し方も確かめておく。「○%増」は元に増加分を足す約束で、元が100なら「100%増」は100+100=200(2倍)、「200%増」は100+200=300(3倍)となる。「200%」だけなら2倍だから、「増」の有無で意味が変わる[5]。ただし出典は個人運営の解説サイトで、ここも計算で確かめた。
算数教育の側でも、倍の意味は広げられている。学習指導要領(平成29年告示)の解説は、小数倍の場面で、倍の意味を「幾つ分」から「基準量を1とみたときに幾つに当たるか」へ捉え直すとされる(布川和彦の論考による)[6]。この「基準量を1」の見方では、1倍は基準と同じ量になる。一方、古い「一倍」は「元にそれと同じだけを加えた量」で、数え方の出発点が違っていた。「倍」の意味のずれは、何を1と数えるかのずれでもあった。
6. 100を 使って、自分で 計算して みよう
6. 元の数を100にして、自分で確かめる
6. 計算で確かめ、原典の文に当たる
ニュースや チラシで 「〜倍」「〜パーセント ふえた」を 見つけたら、紙に 「もとの 数は 100」と 書いて、計算して みましょう。「2倍」は 200、「100パーセント ふえた」も 200、「200パーセント ふえた」は 300に なります。
もう 1つ。おうちの 国語じてんで 「人一倍」を ひいて みましょう。「人の 2倍」と 書いて あるか、「人より 多く」と 書いて あるか。じてんに よって ちがうと いいます。
ニュースや広告で「○倍」「○%増」「○倍増」を見つけたら、紙に「元の数は100」と書いて、結果が何になるか計算してみましょう。「2倍」は200、「100%増」も200、「200%増」は300です。「3倍増」は、300と読む人と400と読む人がいそうだ、と見比べるだけでも、書き方の工夫が見えてきます。
もう1つ、家の国語辞典で「人一倍」を引き、「人の2倍」と「人より多く」のどちらで説明されているかを見てみましょう。辞典によって説明が分かれているそうなので、2冊以上あれば、並べると違いが分かります。論文[2]に引かれている布告の文言を、自分の目で読む楽しみもあります。
記事に出てきた数字は、自分で計算し直せる。身近な広告やニュースで「n倍」「n%増」「n倍増」を見つけたら、元を100として計算し、100×n(n倍になる)、100×(1+n/100)(n%増える)、100×(1+n)(n倍分増える)のどれで読むと筋が通るかを比べる。書き手が読み方を明示しているかどうかも、確かめてみよう。
原典に当たるなら、まず大妻女子大学リポジトリの論文[2]が、太政官布告の文言や『日本霊異記』の頭注を引いている。古い用例の読みが揺れる様子は、そこから自分でたどれる。国語辞典で「人一倍」の語釈を、何冊か見比べるのもよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
布告の文言・頭注は論文が引く『法令全書』などによる。
- ジャパンナレッジ「日本語、どうでしょう?」 https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=6 (「一倍」が二倍の古い言い方であること、一倍銀の紹介)
- 天沼寧「一倍=二倍」(大妻女子大学リポジトリ、1985年) https://otsuma.repo.nii.ac.jp/record/1592/files/OK16(001).pdf (太政官布告の文言、郵便規則の例、『日本永代蔵』の計算、『日本霊異記』の頭注、「人一倍」の辞書の分かれ方)
- サードペディア百科事典「倍」 https://pedia.3rd-in.co.jp/wiki/倍 (東洋数学と西洋数学の倍の考え方、異説の紹介)
- 日本経済新聞「3倍増は3倍それとも4倍?」 https://www.nikkei.com/article/DGXZZO06312190V20C10A4000000/ (「△倍増」の読みの揺れ)
- 校正視点「%増と倍の混乱」 https://kousei.club/percent-increase-vs-times-confusion/ (「○%増」と「倍」の関係。計算で確かめて使用)
- 布川和彦「倍とかけ算の意味の拡張」 https://www.juen.ac.jp/g_katei/nunokawa/IAQs/extension_of_meaning.pdf (学習指導要領解説が示す倍の意味の捉え直し)
なおした ところ
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