1. たくさんの おきゃくさんに、いっぺんに あつあつを 出すには?
1. 最大500人の客に、同じ時に温かい料理を出すには
1. 大人数の客に、同時に、適温で出すという難題
おきゃくさんが 五百人、みんなが 同じころに 注文します。ひとりの りょうり人が はじめの おさらも、さかなも、にくも、ソースも 作ったら、どうなるでしょう。さいごの おきゃくさんの 前には、さめた 皿が ならびそうです。
エスコフィエは、りょうり人を 「さかな」「ソース」「にく」など、とくいな ことごとに グループへ わけました。これを ぶんぎょうと いいます。
ねらいは、りょうりを むだなく、同じ時に、ちょうど いい あつさで 出す ことだったと 本に 書かれて います。
この しくみで、いちどに 五百人まで むかえられたと いわれます。ただし、この 数は エスコフィエ研究所の ホームページに のっている もので、いつも 五百人だった という ことでは ありません。
お客が五百人、ほぼ同じ時刻に注文を出したと想像してください。一人の料理人が前菜から魚、肉、ソースまで受け持つと、最後の客の皿が出るころには、最初に作った料理は冷めてしまいそうです。
エスコフィエは、厨房の料理人を、魚、ソース、肉などの専門家のグループに分けました[1]。厨房の仕事を専門分野ごとに分けたこの形が「ブリガッド」(厨房隊)と呼ばれる仕組みで、考案者としてエスコフィエを挙げる解説があります[2]。
ねらいは、料理を効率よく、同時に、ちょうどよい温度で出すことでした[1]。この仕組みのおかげで、エスコフィエの厨房は、一度に最大500人の客を迎えられるほどだったと、同じ解説は伝えます。ただしこの500人は一つの解説にある数字です。毎日500人が来た、という意味ではありません。迎えられる上限として読むのが無理のない読み方です。
答えの骨組みはここまでです。では、分けられた「担当」は、実際にどんな顔ぶれだったのでしょうか。
客が数百人規模で、ほぼ同時に注文するとする。一人の料理人が前菜、魚、肉、ソースをすべて受け持てば、最後の客に届くころには最初の料理が冷める。つまり、人数が増えるほど、「作る速さ」より「同じ瞬間に適温で揃える」ことが難しくなる。
この難題への答えが、料理人を魚、ソース、肉などの専門家グループに分ける分業だった[1]。厨房の作業を専門分野ごとに分けた仕組みはブリガッド(厨房隊)と呼ばれ、その考案者としてエスコフィエの名を挙げる解説がある[2]。目的は、料理を効率よく、同時に、正確な温度で出すことだった[1]。
同じ解説は、エスコフィエの厨房が非常に効率的で、一度に最大500人を迎えられたとする。ただしこれは二次的な解説の数字であり、日々の来客数を示すものではない。受け入れ能力の上限として読むのが妥当である。では、専門ごとに分けるとは、具体的にどういう単位だったのか。
2. 「さかな係」の となりには、だれが いたの?
2. 魚係・ソース係・肉係など、二十五以上の役割があった厨房
2. 担当の分け方と、冷たい料理を受け持つガルデ・マンジェ
だいどころには、さかなを あつかう 人、ソースを つくる 人、にくを やく 人が いました。ほかにも ケーキや おかしの 人など、いろいろな やくめが あって、ぜんぶで 二十五しゅるいより おおくの 仕事が あったと 書かれて います。
めずらしい やくめも あります。「ガルデ・マンジェ」は、つめたい りょうりの 係です。サラダや、つめたい スープ、ひんやりした おさらなどを つくります。あつい りょうりが はげしく とびかう だいどころで、ひんやりした 皿を まもる 係と 言えそうです。
みんなが 自分の しごとだけに しゅうちゅうできるので、ひとつの 皿が 速く、おなじ しつで できあがります。
厨房を覗いてみましょう。魚を扱う人、ソースを作る人、肉を焼く人がいます。ほかにも、シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)、スーシェフ(副料理長)、パティシエ(菓子係)など、ブリガッドの下で働ける料理人の役割は、25種類以上あったと紹介されています[2]。
面白いのは、冷たい料理を受け持つガルデ・マンジェです。冷たいスープ、果物、サラダ、パテ、キャビア、一部の冷たいデザートなどを扱う係とされます[3]。熱い料理が次々に仕上がる中で、冷たい皿を冷たいまま保つ仕事は、温度を守るという分業の目的とよく合っています。
こうして担当を細かく分けると、一人ひとりは自分の分野に集中でき、手際も上がります。ただ、分けただけで、五百人分が本当に回るのでしょうか。
ブリガッドの下で働く料理人の役割は、シェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)、スーシェフ(副料理長)、パティシエ(菓子係)、ガルデ・マンジェ(冷製料理係)など、25種類以上あったと紹介される[2]。
なかでもガルデ・マンジェは、冷たいスープ、果物、サラダ、パテ、キャビア、一部の冷たいデザートなど、冷製の料理を担う[3]。熱い料理が一斉に仕上がる中で、冷たい料理を冷たいまま用意する担当を独立して置くことは、「適温で出す」という分業の目的に沿った分け方といえる。担当を温度の違いで切り分ける発想は、この例からうかがえる。
専門ごとに分ければ、各人は自分の分野に集中でき、手際も磨かれる。だが、分けることは、別々に動く人を増やすことでもある。タイミングをそろえる仕組みがなければ、専門の腕があっても、皿は同時にそろわない。その仕組みは何だったのか。
3. べつべつに はたらく 人たちが、どうして いっしょに できあがるの?
3. 別々に働く料理人の手を、同時にそろえる準備と声かけ
3. 事前準備(ミーズ・アン・プラス)と、注文を読み上げる係
ひとつは、はじまる前の 準備です。エスコフィエは、しごとばを 先に ととのえて おく 「ミーズ・アン・プラス」と いう やりかたを、だいどころで ひろめたと 書かれて います。ざいりょうや どうぐを あらかじめ 使いやすく ならべて おくので、注文が 来たら すぐ 作りはじめられます。
もうひとつは、まとめ役です。「アブワイユール」と いう 係が、注文を よみあげ、お店の 人と だいどころを つなぐと 書いて ある 本が あります。りょうりが 正しく、はやく 出るように する やくめです。
エスコフィエは、大きな ホテルの だいどころで、六十人の りょうり人に ささえられながら、しごとの ならべ方を ととのえて いったと いわれます。
一つ目は、始まる前の準備です。エスコフィエは、作業場をあらかじめ整えておく「ミーズ・アン・プラス」という仕組みを作ったと紹介されています[2]。材料や道具が使いやすい場所に並んでいれば、注文が入ったとき、すぐに調理を始められます。
二つ目は、まとめ役です。注文を読み上げる「アブワイユール」という係が、ホールと厨房をつなぎ、料理が正しく、すばやく出るようにする役目を担うと説明する資料があります[4]。一つの資料の説明なので、すべての厨房で同じだったとは言い切れません。
エスコフィエ自身は、大きなホテルの厨房で、60人の料理人に支えられながら、料理の質と組織の完成度を高めていったと、エスコフィエ博物館は紹介しています[5]。担当を分け、準備と連絡の流れまで整えて、はじめて大人数に応えられた。これらの資料からは、そんな姿が読み取れます。
ところで、こうした分業は、本当にエスコフィエが初めて考えたのでしょうか。
一つ目の工夫は、始まる前の準備である。エスコフィエは、作業場を事前に整える「ミーズ・アン・プラス」の組織を確立したと紹介される[2]。材料や道具が定位置に揃っていれば、注文が入った瞬間に動き出せる。つまり、準備は「同時に出す」ための前提になる。
二つ目は、連絡の要である。アブワイユール(注文を読み上げる係)は、ホールと厨房をつなぎ、料理が正確に、すばやく出るようにする役目を持つと説明されている[4]。ただしこの説明は一つの解説サイトによるもので、役割の細部は厨房ごと、時代ごとに違った可能性がある。
エスコフィエは、60人の料理人に支えられた大きなホテルの厨房で、料理の質と組織の完成度を高めようとした、とエスコフィエ博物館は述べる[5]。専門ごとに担当を分け、準備と連絡の流れを整えることで、大人数への同時提供を支えていたと整理できる。では、この三つの組み合わせは、彼がゼロから考えたものだったのか。
4. ぶんぎょうは、エスコフィエが はじめて 思いついたの?
4. 分業は「発明」なのか、「整理して広めた」のか
4. 発明か整理か:資料の書き方が分かれる問い
エスコフィエを 「ぶんぎょうを 作った 人」と 書く 文章が あります。いっぽう、べつの 本には、もっと むかしから つづく だいどころの しくみを まなんで そだった、と あります。その しくみは、ずっと むかしから あった という 見方です。
この 見方では、エスコフィエは ゼロから 作ったと いうより、昔からの やりかたを ととのえて、ひろめた 人です。
どちらが 正しいか、はっきり 決められる 本は、今のところ そろって いません。だから、「作った」と 言い切らずに、「整えて 広めた 面が 大きいと いう 見方も ある」と 読むのが よさそうです。
エスコフィエの名前の横に「ブリガッドを考案した」と書く解説があります[2]。ところが、別の解説は、彼が昔から続く厨房の組織の中で育ったと述べ、その起源をさらに古い時代に求めています[4]。この見方に立てば、分業はゼロからの発明ではなく、既にあった形を整理して広めた面が大きい、ということになります。
この説明では、整える前の厨房は、役割がはっきりせず、無駄や混乱が多かったとされています[4]。その混乱が具体的にどんな場面だったのかは、本文で紹介した資料からは分かりません。分業の目的も、仕事の重複をなくして担当者どうしの連絡をしやすくすること、と説明されています[4]。
「発明」か「整理」かについて、資料の書き方は割れています。一人の名前で歴史を語ると分かりやすくなる一方で、実際の変化は、いくつもの厨房と人の積み重ねだったのかもしれません。
エスコフィエの項に「ブリガッドを考案した」と書く解説がある[2]。一方で、別の解説は、彼が数世紀続く厨房の組織の中で育ったと述べ、起源をさらに古い時代に求める[4]。後者に立てば、分業は、既存の形の整理と普及の面が大きいことになる。
整理される前の厨房について、同じ解説は、役割が曖昧で、無駄や混乱が多かったと説明し、分業の目的を、重複の排除と担当者間の連絡の容易さに置く[4]。その混乱が具体的にどのような場面だったのかは、本文で紹介した資料からは分からない。
この二つの記述は、必ずしも矛盾しない。「型を初めて考えた」ことと、「ばらばらの慣習を一つの体系にまとめた」ことは、別の貢献だからである。ここで目を向けたいのは、名前の付き方である。一人の名で語れば筋は通りやすいが、実際の変化は、複数の厨房と人の積み重ねだった可能性を残す。では、整理して広める、とは具体的に何をすることだったのか。
5. みんなが 同じやりかたを するには、なにが ひつよう?
5. 規則と一冊の本が、分業を広げた
5. 職場の決まりと『ガイド・キュリネール』が果たした役割
エスコフィエは、だいどころで はたらく 人の きまりも ととのえました。たとえば、だいどころで たばこを すう ことと、おさけを のむ ことを きんじたと いわれます。
もうひとつ、大きな しごとが あります。ソース、スープ、にく、さかななどの りょうりの 作り方を、本に まとめた ことです。一九〇三ねんに 出した 『ガイド・キュリネール』は、今でも りょうり人の おてほんの 本と よばれて いると、フランスの くにの ページに 書かれて います。
作り方が そろっていれば、どこの だいどころの だれが 作っても、同じ あじに 近づけます。ぶんぎょうが 広まるには、そんな 土台も 大切だったと 考えられます。
エスコフィエは、厨房スタッフの喫煙と飲酒を禁じたと伝えられています[1]。分業の整備は、人の動き方に加えて、働く場の決まりごとにまで及んだようです。
もう一つの大きな仕事が、料理そのものを整理することでした。フランスの国立図書館の資料は、エスコフィエが大きなホテルの洗練された料理を、体系化し、現代風にし、職業として成り立たせたと述べます[6]。ソース、スープ、肉、魚などの基本の作り方がまとめられ、現代の料理の土台になった、という説明です。
1903年に出した『ガイド・キュリネール』は、今も「料理人の聖書」と見なされていると、フランス文化省の資料は紹介しています[7]。作り方が共通なら、担当が代わっても、別の厨房に移っても、同じ品質に近づけやすくなります。これは資料に書かれた理由ではなく、ここまでの流れから考えた見方です。分業と共通のレシピは、相性がよい組み合わせに思えます。
エスコフィエは、厨房スタッフの喫煙と飲酒を禁じたと伝えられる[1]。分業は、役割の分け方に加えて、職場の規律の整備ともつながっていたことがうかがえる。
もう一つの仕事が、料理の体系化である。フランス国立図書館の資料は、エスコフィエが大ホテルの洗練された料理を、成文化し、近代化し、専門職として確立したと述べる[6]。ソース、スープ、肉、魚などの基本の作り方が整理され、現代の料理の基礎になったという説明である。
その集大成が、1903年の『ガイド・キュリネール』で、今も「料理人の聖書」と見なされているとフランス文化省は紹介する[7]。作り方が共通なら、担当が交代しても、別の厨房に移っても、品質を揃えやすい。資料に書かれた理由ではなく、ここまでの流れから導いた推論である。だが、分業が一つの厨房を超えて「型」として広まるには、共通の言語としてのレシピが役立ったと考えるのは、筋が通っている。
ここで、冒頭の問いに戻る。料理人が魚係やソース係に分かれていたのは、大人数に同時に、適温で、効率よく出すためだった。その仕組みは、準備と連絡と決まりに支えられ、昔からの組織を整理した面も大きい。では、この考え方は、今の私たちの身のまわりにもあるのか。
6. おうちの だいどころで ためして みよう
6. 分業の効果を、台所と資料で確かめる
6. 分業を体験し、原典と資料に当たる
きょう できる こと
おうちの 人と、サンドイッチを 作って みましょう。パンに バターを ぬる 人、ハムを のせる 人、はさんで ならべる 人と、やくわりを わけます。さいしょは ひとりで ぜんぶ 作って、時間を はかります。つぎに みんなで わけて 作って、くらべて みましょう。ほうちょうや ひを つかう ことは、しないで ください。
しらべる とき
学校の きゅうしょくの しつで、はたらく 人たちが どんな 仕事を わけて いるか、先生に 聞いて みても いいでしょう。
台所で分業を試す
家族や友だちと、サンドイッチを作ってみましょう。バターを塗る人、具を載せる人、重ねて並べる人と分担します。まず一人で全部作った時間を測り、次に分担した時間と比べます。分担のほうが速いのか、待ち時間が生まれて遅くなるのか、結果は人数や手順で変わります。刃物と火は使わず、ハムやチーズ、ちぎったレタスなど、そのまま使える材料にしてください。
資料を読むなら
エスコフィエの人物像と厨房の様子は、エスコフィエ博物館の紹介[5]で読めます。ブリガッドの役割一覧は[2]、ガルデ・マンジェは[3]にあります。いずれも英語やフランス語の資料ですが、役割名の一覧と見出しだけでも、分担の発想はつかめます。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Institut Escoffier, Un véritable industrie visionnaire. https://www.institutescoffier.com/un-veritable-industrie-visionnaire/ (分業の目的、500人、喫煙・飲酒の禁止)
- Escoffier School, Kitchen Hierarchy Explained: Different Jobs in the Brigade de Cuisine. https://www.escoffier.edu/blog/culinary-pastry-careers/different-types-of-chef-jobs-in-the-brigade-de-cuisine/ (ブリガッドの役割とミーズ・アン・プラス)
- Escoffier School, Starting a Career as a Garde-Manger. https://www.escoffier.edu/blog/culinary-pastry-careers/the-garde-manger/ (冷製料理係の仕事)
- CulinaryLore, Food History: Kitchen Brigade System. https://culinarylore.com/food-history:kitchen-brigade-system/ (昔からの組織、アブワイユール、分業の目的)
- Musée Escoffier, Auguste Escoffier. https://en.musee-escoffier.com/auguste-escoffier (60人の料理人と組織づくり)
- Bibliothèque nationale de France (CCFr), Auguste Escoffier et Brigades de cuisine. https://ccfr.bnf.fr/portailccfr/ark:/16871/004b80364125 (料理の体系化)
- Ministère de la Culture, Musée Escoffier de l'art culinaire (Villeneuve-Loubet). https://www.culture.gouv.fr/regions/drac-provence-alpes-cote-d-azur/politique-et-actions-culturelles/le-label-maison-des-illustres-en-provence-alpes-cote-d-azur/musee-escoffier-de-l-art-culinaire-maison-natale-d-auguste-escoffier-a-villeneuve-loubet-06 (『ガイド・キュリネール』の位置づけ)
なおした ところ
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