1. まっすぐ むかえば いい…と おもうけれど
1. 「まっすぐ向かう」ではうまくいかない
1. 獲物へ「まっすぐ向かう」ことの難しさ
逃げる 鳥を おいかけるなら、ずっと 相手の ほうへ 顔を むければ いい、と 思うかも しれません。でも ハヤブサの 体には、むずかしい ところが あります。
鳥の 目は、顔の 横に ついて います。ハヤブサの 目には、とくに よく 見える ところが あり、それが 横むきに ついて いる ことも 知られて います[1]。
この きじの こたえを、さきに 書きます。ハヤブサは、まっすぐでは なく、曲がりながら 近づいて いる ようです。理由の せつめいは、研究ごとに すこし ちがいます。
逃げる鳥を追うなら、いつも相手の方向へ顔を向ければよさそうです。ところが、ハヤブサの目の作りが、その単純な方法を難しくします。
鳥の目は顔の横に付いています。ハヤブサの網膜には、特によく見える部分(中心窩)が2種類あります。そのうち「深い中心窩」は、視線が顔の横へ向いていると考えられています[1]。
この記事の答えを先に書きます。ハヤブサは、獲物へまっすぐ向かうのではなく、曲がりながら近づいていると考えられています。曲がる理由の説明は、研究によって少し違います。以下、その違いを見ていきます。
飛んでいる獲物を追うとき、常に獲物の方向へ頭を向けて進めばよいように思える。しかし、ハヤブサの視覚には制約がある。
鳥類の網膜にはヒトと同じく、像を細かく見分ける中心窩がある。ハヤブサは、視線が側方を向く「深い中心窩」と、前方寄りの「浅い中心窩」をもつ。Tucker ら(2000)は、深い中心窩で獲物を最も鮮明に見るには頭を約40°横に向ける必要がある、と述べた[1]。
結論を先に書く。3つの研究はいずれも、ハヤブサが獲物へ一直線ではなく曲線で近づくことを示す。ただし、なぜ曲がるのか(視覚の都合か、追跡の方式か)の説明は研究ごとに異なり、完全には一本化されていない。
2. 顔を 横に むけると、おそく なる
2. 頭を横に向けると遅くなる ── 螺旋で近づく説
2. 視覚と空気抵抗の板ばさみ ── Tucker らの螺旋仮説(2000年)
アメリカの ヴァンス・タッカーさんたちは、ハヤブサの 目に、こまる ところが ある、と 考えました。ずっと 先に いる 相手を はっきり 見る には、顔を 横に 40度ほど むける ひつようが あります。でも そうすると、空気に ぶつかりやすく なって、速さが おちて しまいます[1]。
そこで タッカーさんたちは、こう 考えました。顔は まっすぐ むけたまま、ぐるっと 曲がる みちを とれば、横に ついた 目で、ずっと 相手を 見られます。うずまきの ような みちです[1]。
この 考えを たしかめる ために、ふだんの 野生の ハヤブサを、双眼鏡や 望遠鏡などで 見て しらべました。コマドリくらいの 大きさか、それより 小さい 鳥に、1500メートルも はなれた ところから、曲がった みちで 近づく ようすが 見られました[1]。
アメリカのヴァンス・タッカーらは、ハヤブサの視覚に「視覚と空気力学の板ばさみ」があると考えました。遠くの獲物を、深い中心窩ではっきり見るには、頭を約40°横に向ける必要があります。ところが、頭を横に向けると空気抵抗が増え、速度が落ちます[1]。
そこで彼らは、頭をまっすぐにしたまま「対数螺旋」を描いて飛べば、深い中心窩の視線が常に獲物へ向く、という案を出しました。螺旋の進路なら、頭を回さずに獲物を最も鮮明に見られるのです[1]。
野生のハヤブサを、双眼鏡・望遠鏡・追跡装置で観察した結果、コマドリほどの大きさかそれより小さい獲物に、最大1500 mの距離から、この螺旋に似た曲線で近づく例が見られました[1]。
Tucker ら(2000)は、ハヤブサが遠方の獲物へ急降下するときに「視覚と空気力学の葛藤」が生じると論じた。深い中心窩で片目の最良の視力を使うには、頭を約40°横へ向ける必要があるが、その姿勢は抗力を増やして速度を下げる[1]。同じ号の理論論文では、頭を横に向けると抗力が2倍以上になりうると見積もられている[2]。
彼らの仮説は、頭を正面に向けたまま対数螺旋を描いて飛べば、深い中心窩の視線が側方から獲物を捉え続ける、というものだ。理論モデル(「理想的なハヤブサ」)では、螺旋は距離が長くなるが、頭をまっすぐにできる分の速度の利益が上回り、獲物へ先に着くという[2]。
野外では、双眼鏡・望遠鏡・追跡装置で野生のハヤブサを観察し、コマドリ大以下の獲物に、最大1500 mの距離から螺旋に似た曲線で近づく例が記録された[1]。ただし、観察できた例の数と、螺旋が唯一の説明かどうかは、要約からは判断できない。
3. カメラを つけた ハヤブサの、目から 見ると
3. カメラを背負ったハヤブサの視点 ── 相手が動かないように見える飛び方
3. 動物搭載カメラの映像 ── 動きの手がかりと「運動カモフラージュ」(2014年)
2014年に、スーザン・ケインさんたちは、ハヤブサの せなかや 頭に ちいさな ビデオカメラを つけて、飛んで いる 鳥を おう ところを うつしました。カメラ本体は 14グラムで、とりつける ぐを ふくめても、いちばん ちいさな ハヤブサの 体重の 3パーセントより かるい ものでした[3]。
うつった えいぞうを しらべると、ハヤブサは、相手が 画面の 中で あまり うごかない ように 見える とびかたを して いました。ケインさんたちは、この ように 相手が 目の 中で ほとんど うごかない とびかたを「うごきの かくれんぼ」に にた やりかた(運動カモフラージュ)と よびました[3]。
また、遠くの 相手は、目の 「あさい ほうの よく 見える ところ」に うつる ことが 多く、顔を 大きく 横に むける 場面は ほとんど ありませんでした[3]。
2014年、スーザン・ケインとマルジョン・ザマニは、ハヤブサの背中や頭に小型ビデオカメラを付け、飛んでいる鳥を追う様子を撮影しました。対象はハヤブサ6羽と、シロハヤブサとセーカーハヤブサの交雑種2羽です。カメラの重さは14 gで、取り付け全体でも最も小さいハヤブサの体重の3%未満でした[3]。
映像のうち、頭に付けたカメラの78%、背中に付けたカメラの54%で、獲物の像が視野の中でほとんど動かない「光学的固定」が見られました。研究者はこれを、獲物の側から見て動きの手がかりが現れにくい「運動カモフラージュ」の一種と解釈しました[3]。
もう一つの結果が、頭を大きく回さない理由に関わります。遠くの獲物は、頭の正面から8°ほど横(浅い中心窩の最適な角度に近い位置)に映り、深い中心窩が使われるのは、まれでした[3]。頭を横に向けなくても、曲がりながら獲物の見える向きを保てることになります。
Kane & Zamani(2014)は、ハヤブサ6羽と、シロハヤブサ×セーカーハヤブサの交雑種2羽の背中または頭に小型ビデオカメラ(14 g、取付け全体で20 g、最小個体の体重の3%未満)を付け、飛翔中の獲物の追跡を撮影した[3]。
獲物が自分の視野のどこに映るかを3つの追跡方式のシミュレーションと比べると、頭付きカメラの映像の78%、背中付きの54%で、獲物像が視野上でほぼ静止する光学的固定が見られた。これは、獲物との方位角が一定になる「絶対方向一定(CATD)」の追跡で予測される結果で、獲物の側から見ると動きの手がかりが現れない。著者らはこれを運動カモフラージュの一種と呼んだ[3]。
遠距離の追跡では、獲物像の水平角の平均は−8.8±0.2°(交雑種)と−7.6±0.3°(シロハヤブサ)で、他の猛禽で報告される浅い中心窩の最適角(約9〜16°)に近く、深い中心窩(30〜45°)とは合わなかった[3]。この点は、Tucker らの「深い中心窩で横から見る」という説明とは別の見方を与える。
標本は小さい(頭付きカメラに慣れたのは交雑種1羽で、捕獲が映像に残ったのは1例のみ)。カメラの取り付け角の誤差も約±2°ある。著者らは、実際の戦略がCATDと浅い中心窩の最適角の組み合わせかもしれないと述べるにとどめている[3]。
4. ミサイルと おなじ 考え方?
4. ミサイルと同じ考え方 ── 比例航法(2017年)
4. GPSで追う ── 比例航法による記述(2017年)
2017年に、オックスフォード大学の ブライトンさんたちは、ハヤブサに ちいさな GPSの そうちと カメラを つけて、どう 曲がるのかを くわしく 調べました。相手は、とまった まとや、うごく まと、本物の 鳥でした[4]。
すると、ハヤブサの 曲がり方は、「相手の 見える むきが かわる はやさに あわせて、曲がる」と いう きまりで、いちばん よく せつめいできました。これは、多くの ミサイルが つかう 考え方と おなじ です[4]。
この きまりの いい ところは、相手までの きょりや 速さを 知らなくても、見える むきの かわり方だけで 使える ことです[4]。相手が いつも おなじ むきに 見える ままなら、そのまま ぶつかる コースです。これは 2014年の 「相手が うごかない」と いう ことと、つながって います。
2017年、オックスフォード大学のキャロライン・ブライトンらは、ハヤブサにGPS記録計とカメラを付け、止まった標的、動く標的、本物の獲物を攻撃する様子を調べました[4]。標的の一部は、遠隔操作の機体や鷹匠が使うおとりでした[5]。
結果は、「獲物の視線方向が回る速さに比例して曲がる」という「比例航法」が、最もよく当てはまるというものでした。多くの誘導ミサイルが使う方式です。単純な幾何学的規則(相手の方向へ常に向く、など)では説明できませんでした[4]。
比例航法は、相手の距離や速さを知らなくても、視線の回転だけで使えます[4]。視線の向きが変わらなければ、そのまま衝突コースです。この点は、2014年の「獲物が視野で動かない」という結果と、よく合っています。ただしミサイルの係数が3〜5なのに、ハヤブサは中央値で3未満でした。著者らは、飛ぶ速さの遅さや、生き物の目や体の反応の遅れや誤差が関係するのだろうと考えています[4]。
Brighton ら(2017, PNAS)は、ハヤブサにGPS記録計と小型カメラを付け、静止標的、機動する標的、実際の獲物への終末攻撃の軌跡を記録した[4]。標的の一部は、鷹匠が投げるか、ドローンで曳くおとりだった[5]。
軌跡は、「旋回率が視線角速度に比例する」比例航法(PN)で最もよく記述できた。多くの誘導ミサイルが使う誘導則だ。論文は、軌跡が単純な幾何学的規則で記述できるとした先行の主張を退けている[4]。PNは、標的の速度や距離を知らなくても、視線の回転だけで成り立つ。視線角が一定なら衝突コースとなり、Kane & Zamani の光学的固定とも整合する。
航法定数 N はミサイルで3〜5が一般的だが、ハヤブサの当てはめでは中央値が3未満だった。著者らは、飛行速度が遅いことや、生物の感覚の誤差・遅れが大きいことの反映と解釈している[4]。この結果から、論文は、侵入ドローンを排除する小型機の誘導への応用を提案した[4]。
5. まだ、すっきり していない ところ
5. 3つの説明は、どこまで重なるのか
5. 3つの説明の関係と、未解決の点
3つの 研究は、「曲がりながら 近づく」と いう ところは そろって います。でも、曲がる わけの せつめいは ちがいます。
タッカーさんたちは「よく 見える 目の むきの ため」、ケインさんたちは「相手が 見える むきを かえない ため」、ブライトンさんたちは「ミサイルと おなじ きまり」と 考えました。ぜんぶ ほんとうで、ちがう 面を 見て いるのかも しれません。ただ、そうなのかは まだ 分かって いません。
たとえば、タッカーさんたちは「よこ 40度の よく 見える ところ」を 使う と 考えましたが、ケインさんたちの えいぞうでは、そこは あまり 使われて いませんでした[3]。
3つの研究は、曲がりながら近づくという点で一致します。一方、曲がる理由の説明は、それぞれ違います。
タッカーらは「見る向きと空気抵抗の兼ね合い」、ケインらは「獲物の見える向きを変えない追い方」、ブライトンらは「視線の回転に比例して曲がる規則」を示しました。見ている場面や調べ方が違うため、同じ現象を別の面から述べている可能性もあります。ただし、一つの説明にまとめられたわけではありません。
とくに、深い中心窩をどのくらい使うかは食い違っています。タッカーらは深い中心窩の視線が横向きであることを出発点にしましたが、ケインらの映像で遠くの獲物が映ったのは浅い中心窩に近い位置で、深い中心窩はまれでした[3]。調べた鳥の種類や場面、サンプルの数も違うため、どちらかが間違いとは言えません。
3つの研究は「獲物へ曲線で近づく」点で一致するが、説明の軸は異なる。Tucker らは視覚と抗力のトレードオフ、Kane & Zamani は視野上の獲物像を動かさない追跡(CATD)、Brighton らは視線角速度に比例して旋回するPNである。
CATDとPNは、視線角が一定のとき衝突コースになるという点で近縁で、同じ現象の別の記述とも読める。ただし、Kane & Zamani は3次元の方位角が一定かどうかを直接検証できておらず[3]、2つが同じ意味かは、本記事の出典の範囲では断定できない。
深い中心窩の使用についても食い違いが残る。Tucker らは深い中心窩が側方を向くことを前提に螺旋を考えたが、Kane & Zamani の遠距離追跡では獲物像が浅い中心窩の最適角に近く、深い中心窩はまれだった[3]。個体・種・獲物・場面が異なる(背中付きの映像も多い)ので、単純な反証とは言えない。
6. じぶんでも しらべて みたく なったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
外で ハトや ツバメが、まっすぐ では なく 曲がりながら おいかけっこを して いる ところを さがして みましょう。空の 上では ハヤブサに あえる ことは めったに ありませんが、鳥が 鳥を おう ところは、みつかる かもしれません。
もう ひとつ、おともだちと 2人で、広い ところで やって みましょう。1人が ゆっくり あるき、もう 1人が その 人の すがたが 「いつも おなじ むきに 見える」ように、うごいて みます。ぶつからない ように、ゆっくり、あんぜんな ばしょで やって ください。
公園で、鳥どうしの追いかけっこを探してみましょう。ハヤブサは見られなくても、ツバメやカラスが他の鳥を追う場面は見つかるかもしれません。まっすぐ追うのか、曲がるのか、相手の見える向きがどう変わるのかを、観察してみてください。
もう一つ、友達と二人で広い場所を使って試せます。1人が歩き、もう1人が、相手の見える向きが変わらないように動いてみます。必ず安全な場所で、ゆっくり行ってください。相手の距離が近づくのに向きだけ変わらない感じが、体験できます。
出典[3](Kane & Zamani, 2014)は PMC で全文が読める。CATD と、ほかの2つの追跡方式のシミュレーションが、図でどう比べられているかを見ると、「視野で動かない」とは何かがつかみやすい。PNの式は出典[4]と、そのデータ(Dryad)で確認できる。
自分で試すなら、安全な広場で、1人が一定速度で歩き、もう1人が、その人の見える向きが変わらないように歩く実験ができる。相手が近づいてきたら、ぶつかる前に止まる。相手との距離だけが縮まる感じを、安全な広場で確かめられる。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:[1][2]は論文の書誌情報(要約)、[3]は論文の全文、[4]は論文の書誌とデータ公開ページ、[5]は大学のニュース記事です。[1][2]は、論文本文ではなく要約と書誌情報をもとにしています。ハヤブサの急降下の速さには触れていません。鳥の目の力そのものは、別の記事「鳥は人間より目がいいのか」で扱っています。
- Tucker, V. A., Tucker, A. E., Akers, K., Enderson, J. H. (2000) "Curved flight paths and sideways vision in peregrine falcons (Falco peregrinus)." Journal of Experimental Biology 203(24): 3755–3763。 https://scholars.duke.edu/publication/919666 (要約:頭を約40°横に向けると抗力が増えて遅くなること、螺旋で近づく仮説、野生のハヤブサが最大1500 mから曲線で近づく観察)
- Tucker, V. A. (2000) "The deep fovea, sideways vision and spiral flight paths in raptors." Journal of Experimental Biology 203(24): 3745–3754。 https://doi.org/10.1242/jeb.203.24.3745 (理論モデル。螺旋は距離が長いが、頭をまっすぐにできる速度の利益が上回る。頭を横に向けると抗力が2倍以上になりうる)
- Kane, S. A., Zamani, M. (2014) "Falcons pursue prey using visual motion cues: new perspectives from animal-borne cameras." Journal of Experimental Biology 217(2): 225–234。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3898623 (ハヤブサ6羽と交雑種2羽、カメラ14 g、光学的固定が頭付き78%・背中付き54%、浅い中心窩に近い角度、サンプルと誤差の限界)
- Brighton, C. H., Thomas, A. L. R., Taylor, G. K. (2017) "Terminal attack trajectories of peregrine falcons are described by the proportional navigation guidance law of missiles." PNAS(2017)。データ:Dryad。 https://datadryad.org/dataset/doi:10.5061/dryad.md268 (GPS記録計とカメラ、比例航法が最もよく当てはまること、航法定数がミサイル3〜5に対しハヤブサは中央値3未満、ドローンへの応用の提案)
- TechXplore「Replicating peregrine falcon attack strategies could help down rogue drones」(オックスフォード大学の発表の転載、2017年12月)。 https://techxplore.com/news/2017-12-replicating-peregrine-falcon-strategies-rogue.html (標的は鷹匠が投げるか、ドローンで曳くおとり。単純な幾何学的規則という従来の見方が覆ったこと)
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