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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

フィリピンの ほしの ランタンと、メキシコの きりがみは、どんな かみで できてるの?

フィリピンの星形ランタンとメキシコの切り紙飾りは、どんな紙から生まれたのか

パロルとパペル・ピカド:「日本の紙」「中国の紙」と呼ばれた紙は、太平洋の両側の祭りの飾りをどう形づくったのか

分野:歴史・文化

フィリピンには、たかさ 6メートルほどの 大きな ほしの ランタンが あります。ひとつに、でんきゅうが さいだい 12,000こほども ついた ものも ある、と ほうどうされました。むかしは、たけと かみで つくる、ちいさな ランタンでした。

地球の はんたいがわの メキシコにも、かみの かざりが あります。この 2つの かざりの かみには、「日本の かみ」「中国の かみ」という なまえが ついて います。どうして でしょう。この ページでは、かざりの かみの みちのりと、かたちの かわり方が わかります。

フィリピンのクリスマスには、高さ約6mの星形ランタンが並びます。報道では、1基に約12,000個の電球が使われるといいます。ところが、もとは竹ひごに薄い紙を貼って、ろうそくをともす小さな飾りでした。

一方、地球の反対側のメキシコには、薄い紙を何十枚も重ねて切り抜く飾りがあります。どちらの紙の名前にも、「日本」「中国」の国名が出てきます。この記事では、2つの飾りの紙と作り方、変わってきた部分、まだ分かっていない部分が分かります。

フィリピンの巨大ランタン祭りでは、高さ約6mの星形ランタンに、1基あたり約12,000個の50ワット電球が使われると2025年に報じられた。この星は、もとは竹ひごに「日本の紙」を貼り、ろうそくをともす飾りだったとされる。一方、メキシコの切り紙飾りパペル・ピカドは、「中国の紙」と呼ばれる薄い紙と結びつけて説明される。

なぜ、太平洋の両側の飾りに、別の国の名がつく紙が出てくるのか。この記事では、2つの飾りの素材と作り方、変わった点、資料が食いちがう点が分かる。

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1. 6メートルの ほしには、でんきゅうが いくつ つかわれるの?

1. 約6mの星形ランタンには、何個の電球が使われるのか

1. 約6mの星形ランタンには、何個の電球が使われるのか

フィリピンの パンパンガという ところで、12がつの なかごろに、大きな ランタンの まつりが ひらかれます。ほしの かたちの ランタンは、たかさ 6メートルほど。おもさは、さいだい 1トンほどに なる ものも ある、と つたえられて います。

ひとつの ランタンに、50ワットの でんきゅうが やく 12,000こ、でんせんが やく 15キロメートル つかわれた、という ほうどうが あります。大きな まるい 金ぞくの つつを、ひとが てで まわすと、ひかりの もようが かわって、まんげきょうの ようです。

つくるのは、20にんの チームで、3か月ほど かかるそうです。

けいさんして みましょう。50ワットが 12,000こ ぜんぶ ついたら、600,000ワット。1,000ワットの でんきの ストーブに すると、600こぶんです。ぜんぶが いっぺんに つくわけでは ないので、これは いちばん 大きく みつもった かずです。

パロルと呼ばれるこの星形ランタンは、フィリピン北部のパンパンガ州サンフェルナンドで、毎年12月中旬の巨大ランタン祭りに並びます。高さは約6m(20フィート)、重さは最大で約1トンになるものもあるそうです[1]。ただし資料によっては約15フィートという記述もあり、大きさには幅があります。

2025年のAFP報道によると、1基には約12,000個の50ワット電球と約15kmの電線が使われ、人が手で金属の樽(ローター)を回すと、光の模様が万華鏡のように変わります。20人ほどのチームが約3か月かけて作る、という説明です[1]。

この電球の数を、電力に直してみます。50ワット×12,000個で600,000ワット、つまり600キロワットです。1,000ワットの電気ストーブなら600台ぶんにあたります。全部が同時に光るわけではないので、これは上限の目安にすぎません。電球の数は年やランタンごとに変わり、ほかの資料には3,500〜5,000個という記述もあります[4]。

では、この巨大な星の原型は、どんな飾りだったのでしょうか。

パロル(paról)は、フィリピンのクリスマスの星形ランタンである。パンパンガ州サンフェルナンドの巨大ランタン祭り(Ligligan Parul)では、高さ約6m(20フィート)、重さは最大約1トンの手作りランタンが並ぶ[1]。この数字は報道によるもので、Wikipediaには約15フィートという記述もあり、年や基によって幅があると見るのが妥当である。

2025年のAFP報道では、1基に約12,000個の50ワット電球と約15kmの電線が使われ、作り手が金属の樽(ローター)を手で回して光の模様を変える。つまり電気を「入れる・切る」順序を、人の手の回転が決めている。制作には20人ほどのチームが約3か月をかけるとされる[1]。

この電球数を電力に換算すると、50W×12,000個=600,000W、すなわち600kWである。ただし全球が同時に点灯するわけではないため、上限値の計算にすぎない。電球数自体も年によって異なり、Wikipediaは年により3,500〜5,000個、2017年には上限10,000個とも記す[4]。12,000個は2025年報道の1基の数字として読むべきである。

では、この電気仕掛けの巨大な星は、もとはどんな素材の飾りだったのか。

2. むかしの パロルは、竹たけと かみで できていた

2. 昔のパロルは、竹と「日本の紙」にろうそくの灯りだった

2. 竹と「日本の紙」、そして中の灯り:パロルの原型は何でできていたか

「パロル」は、スペインごの 「ファロル」(ランタンの こと)から きた ことばと いわれます。

むかしの パロルは、竹たけを ほそく けずった ほねぐみに、「日本の かみ」と よばれた うすい かみを はり、なかで ろうそくなどを ともしました。すこし ずつ、プラスチックや かなもの、まどに つかう かいがらなどに かわり、いまは でんきゅうや LEDも つかわれます。

かたちも はじめは 長い まるや しかくでした。ほしの かたちが ふつうに なったのは、アメリカが フィリピンを おさめて いた じだいと いわれ、ほしは、クリスマスの ほしを あらわします。

さいしょの ほしの パロルは、1908ねんに、パンパンガの しょくにんが つくったと つたえられて います。ただし、もっと むかしからと いう はなしも あります。

「パロル」は、スペイン語で「ランタン」を意味するfarolから来た言葉だといわれます[3]。伝統的なパロルは、竹ひごの骨組みに、日本の紙(papel de japón/papel de hapon)を貼り、中から灯りをともしたものでした[2]。

この「日本の紙」が、日本のどんな紙で、どう伝わったのかは、手元の資料からは分かりません。資料は「Japanese paper」と書くだけなので、和紙だとは決めつけないでおきます。

初期のパロルは、長方形や細長い形の白い紙のものでした。五角の星形が標準になったのは、アメリカの統治の時期とされ、星はベツレヘムの星を表すといいます[3]。最初の星形は、パンパンガ州の職人フランシスコ・エスタニスラオが1908年に作ったと文献に書かれています[2]。ただし口承では、もっと昔からあるともいわれます。

素材は、のちにプラスチックや金属、窓に使われる半透明の貝(カピス貝)へ、そして電球やLEDへと広がりました[2]。では、素材が変わると、飾りはどう変わったのでしょうか。

語源のfarolはスペイン語でランタンを指す[3]。伝統的なパロルは、竹ひごの骨組みに日本の紙(papel de japón/papel de hapon)を貼り、内部から光らせる構造だった。素材は後にプラスチック、金属、カピス貝(窓ガラスに使われた半透明の貝)、電灯やLEDへ移った[2]。

注意したいのは、「日本の紙」の中身である。資料はJapanese paperとだけ記し、日本のどんな紙が、どの経路でフィリピンに入ったのかは示していない。和紙と決めつけず、「日本の紙と呼ばれた紙」と読むにとどめる。

形の変遷も、一本の線ではない。初期のパロルは長方形や細長い形の白い紙のもので、五角の星形が標準化したのはアメリカ統治期とされ、星はベツレヘムの星を表す[3]。最初の星形については、文献上、パンパンガ州の職人フランシスコ・エスタニスラオが1908年に作ったという説が知られる[2]。一方で、口承では初期キリスト教の時代にさかのぼるともいい、起源は一つに決まっていない。

では、素材が紙から変わるとき、巨大ランタンはどう変わったのか。

3. かみから でんきへ、パロルは どう かわって きたの?

3. 紙から電球とLEDへ、巨大ランタンの素材と光り方はどう変わったのか

3. 紙から電球とLEDへ:素材と光り方の変化、そして職人の心配

パンパンガの まつりでは、むかしは、てで スイッチを きりかえて、ひかりを かえて いました。のちに、まわす つつ(ローター)が つかわれるように なります。

ざいりょうも かわりました。2010ねんごろまでに、むかしながらの かみに かわって、いろつきの プラスチックが つかわれるように なりました。そのあと、ファイバーグラスや、てすきの かみも あらわれ、2024ねんには、ぜんぶ LEDの ローターつき ランタンも でました。

まつりの はじまりは、1904ねん、1908ねん、1931ねんなど、しりょうに よって ちがいます。ほうどうでは、1908ねんと されます。

ほうどうでは、わかい しょくにんが へることを しんぱいする 声が しょうかいされて います。

巨大ランタン祭りの電気仕掛けにも、変遷があります。ローターは、もとは手動の電灯スイッチに替わって導入されたものです。素材も、2010年ごろまでに、伝統のpapel de haponに代わって色つきのプラスチックが使われるようになりました。その後ファイバーグラスや手すき紙のランタンが現れ、2024年にはLED化が進んで、初の全LED・ローター式のランタンが出たと紹介されています[4]。

祭りの始まりの年は、資料で食いちがいます。サンフェルナンドでは1904年に始まったという説、1908年とする説、1931年とする説があり、報道は初回を1908年とします[4]。一つの年に決められないことは、書いておく必要があります。

もう一つ気がかりなのが、担い手です。報道には、若い職人が減っていくことを心配する声が出てきます[1]。紙から電球へという変化は、光り方を派手にした一方で、作る人の世代交代という課題も連れてきたようです。

ここまでが太平洋の西側、フィリピンの話です。海の向こう、メキシコにも紙の飾りがあります。

巨大ランタン祭りの変化は、光源と素材の両方で起きた。ローターは、手動の電灯スイッチに替わって導入されたとされる。素材は、2010年ごろまでに伝統のpapel de haponに代わって色つきのプラスチックが使われるようになり、その後ファイバーグラスや手すき紙のランタンが現れ、2024年には初の全LED・ローター式ランタンが出た[4]。

祭りの起源年は資料で割れている。サンフェルナンドで1904年に始まったという説、1908年とする説、1931年とする説があり、報道は初回を1908年とする[4]。パロルの最初の星形を1908年とする説(前章)と年が重なるが、両者が同じ出来事を指すと資料は述べていないため、結びつけずに別々の記述として扱う。

変化には、担い手の問題が伴う。報道には、若い職人が減ることを心配する声が出てくる[1]。ただし資料は声を紹介するだけで、減少の程度を数字で示していない。したがって、「紙から電球へ」が担い手の減少の原因だとまでは言えない。

では、太平洋をはさんだ反対側、メキシコにも、薄い紙から生まれた飾りがあるのはなぜか。

4. メキシコの きりがみは、どんな かみ?

4. メキシコの切り紙飾りには、なぜ「中国の紙」が出てくるのか

4. パペル・ピカドと「中国の紙」:飾りの素材の由来をどこまで言えるか

メキシコの かざりは、「パペル・ピカド」と いいます。スペインごで、あなを あけた かみ、という いみです。ひもに つるして、まつりの まちを かざります。

この かざりに つかう うすい かみは、「パペル・デ・チナ」、つまり「中国の かみ」と よばれました。ホーニマンはくぶつかんは、16せいきに、マニラから アカプルコまで ふねで はこばれた かみが、さいしょは つつみがみに つかわれ、あとで しょくにんが かざりに した、と せつめいします。

この 紙が 船で はこばれたという せつめいは、ホーニマンはくぶつかんの しりょうに あります。

パペル・ピカド(papel picado)は、スペイン語で「穴をあけた紙」という意味の、メキシコの切り紙飾りです。ひもに吊るして、通りや広場を飾ります。

この飾りに使う薄い紙は、「papel de China」、つまり「中国の紙」と呼ばれました。ロンドンのホーニマン博物館は、16世紀にマニラとアカプルコを結ぶガレオン貿易でメキシコに届いたこの紙が、はじめは包み紙として使われ、のちに職人が飾りの切り紙にしたと説明しています[6]。

ただし、紙が船で運ばれたという点は、この博物館の説明だけに出てきます。ほかの資料では、輸入された絹の紙とだけ述べるものや、船の品目に紙を挙げないものがあります。そのため、「運ばれたとされる」とやわらかく書くのがふさわしいでしょう[6][8]。

また、もともとメキシコには、紙を切る習慣がありました。スペインによる征服より前から、オトミ人やアステカの人びとはアマテという樹皮の紙を作り、切った形を儀式に使っていました。輸入された薄い紙を切るようになった流れが、パペル・ピカドにつながったとされます[8]。

パペル・ピカド(papel picado)は、スペイン語で「穴をあけた紙」を意味するメキシコの飾りで、ダラス美術館は「pecked paper」と訳す[5]。ひもに吊るして使う。

素材の由来について、ホーニマン博物館は、16世紀にマニラ〜アカプルコのガレオン貿易でメキシコに届いたpapel de China(薄い中国の紙)が、はじめ包み紙に使われ、のちに職人が飾りの切り紙に用いたと説明する[6]。しかしこの「紙が船で運ばれた」という点は、この説明にしか出てこない。ミズーリ州立大学の学生ブログは「輸入された絹紙」とだけ述べ、Wikipediaのマニラ・ガレオンの項は積み荷に紙を挙げていない。したがって、「とされる」程度にとどめるのが妥当である[8]。

もう一つ、前史がある。征服以前から、オトミ人やアステカの人びとは樹皮の紙(アマテ)を作り、切った形を儀式に使っていた。輸入された薄い紙を切るようになった流れがパペル・ピカドにつながったとされるが、アマテから直接発展したかどうかは意見が分かれる[8]。

では、薄い紙を切り抜く手仕事は、実際にはどう行われるのか。

5. 50まいの かみを、いっぺんに きる

5. 薄い紙を50枚重ねて、のみで切り抜く

5. 40〜50枚の薄紙を重ね、のみで一度に切る:パペル・ピカドの手法

パペル・ピカドは、はさみで 1まいずつ きるのでは ありません。うすい かみを 40〜50まいほど かさねて、かたがみの とおりに、小さな かなづちと、かたちの ちがう のみで、いっぺんに くりぬきます。

ダラスびじゅつかんは、しょくにんが 1にんで さいだい 50まいを いちどに きれる、と せつめいします。1まいずつ きると 50かい かかる ところが、1かいで すむわけです。

おうちでは、かみを おりたたんで はさみで きる ほうほうが ふつうで、ゆきの けっしょうと おなじ やり方です。

職人のやり方は、はさみではありません。薄いティッシュペーパーを40〜50枚ほど重ね、型紙にそって、小さな木づち(金づち)と、形のちがうのみ(チゼル)で、何枚もいっぺんに切り抜きます。切り終えると、同じ図柄の紙が何十枚もできあがります[7]。

ダラス美術館のブログも、職人はナイフやはさみではなくのみを使い、1人で最大50枚を一度に切れると説明しています[5]。1枚ずつ切ると50回の作業が、1回で済む計算です。薄い紙だからこそできる手仕事だと分かります。

一方、家庭では、紙を折って切る方法が一般的です。雪の結晶を切るときと同じやり方です[5]。

では、こうして切った紙は、どんな場面で、どこで使われているのでしょうか。

ウィキペディアによれば、職人は薄いティッシュペーパーを40〜50枚重ねてとめ、型紙にそって小さな木づちと形の異なるのみ(チゼル)で全体を切り抜く。1枚ごとに同じ図柄のパペル・ピカドができる[7]。

ダラス美術館のブログも、職人はナイフやはさみではなくのみを使い、1人で最大50枚を同時に切り抜けると述べる[5]。重ね枚数の上限が両資料で40〜50枚と50枚にそろっている点は、数字の裏づけになる。1枚ずつ切るなら50回の作業が、1回で済む計算である。

これは薄い紙を何枚も重ねる方法である。厚い紙の場合に同じ方法が使えるかは、資料からは分からない。一方、家庭では紙を折って切る方法が一般的で、雪の結晶と同じ方法とされる[5]。

では、切り紙はどこで生まれ、どんな場面で飾られるのか。

6. パペル・ピカドは、どこで うまれ、いつ かざるの?

6. パペル・ピカドは、どこで生まれ、どんな行事で飾られるのか

6. パペル・ピカドの故郷と、行事ごとに変わる色と図柄

ふるさとと されるのは、メキシコの プエブラしゅうの サン・サルバドル・ウイシュコロトラという まちです。1930ねんごろに プエブラしゅうなどへ、1960ねんだいに メキシコシティへ、ひろがった、と いいます。

かざる ときは、「しんだ ひとを おもう ひ」だけでは ありません。クリスマスには あかや みどり、けっこんしきには しろに はとや ハート、どくりつきねんびなどにも かざります。ぎょうじに あわせて、いろも ずがらも かわります。

パロルは ひかりで、パペル・ピカドは かさなりで つくる かざり。ちがいますが、どちらも 「うすい かみ」から うまれました。

パペル・ピカドのふるさとは、メキシコのプエブラ州にあるサン・サルバドル・ウイシュコロトラだとされます。この技は1930年ごろにプエブラ州やトラスカラ州へ、1960年代にはメキシコシティへ広がったといいます[7]。

飾られる場面は「死者の日」だけではありません。クリスマスには赤や緑、結婚式には白に鳩やハートの図柄、独立記念日や聖人の祝日、洗礼などにも使われ、行事に合わせて色や図柄が変わります[6][7]。

ここまでの2つの飾りを並べると、共通点が見えてきます。パロルは、竹の骨組みに薄い紙を貼り、中の光を通して見せる飾りでした。パペル・ピカドは、薄い紙を重ねて切り抜き、風や光で揺らして見せる飾りです。どちらも、薄い紙という素材の性質を生かしています。

船が結んだ場所も、共通しています。マニラ・ガレオンは、16世紀後半から約250年(1815年まで)、マニラとアカプルコの間を太平洋をはさんで往復しました。往路のマニラ発は約6か月かかり、6月末ごろに出て12月ごろ着いたといいます[9]。ただし、パロルの「日本の紙」がこの船で運ばれたと述べる資料は、今回はありません。

パペル・ピカドの故郷とされるのは、プエブラ州のサン・サルバドル・ウイシュコロトラである。この技は1930年ごろにプエブラ州やトラスカラ州へ、1960年代にメキシコシティへ広がったという[7]。

用途は死者の日に限らない。クリスマス(赤や緑)、結婚式(白に鳩やハート)、独立記念日、聖人の祝日、洗礼など、行事ごとに色と図柄が変わる[6][7]。

2つの飾りを比べると、素材の性質を生かす方向が異なる。パロルは、紙を光源の外側に貼って光を透過させる。パペル・ピカドは、重ねて切り抜き、揺れと透け感で見せる。薄い紙が前提という点だけが共通する。

2つを結ぶ線として、マニラ・ガレオンがある。16世紀後半から1815年まで約250年間、マニラとアカプルコ(当時のスペイン領ヌエバ・エスパーニャ)を往復し、絹や磁器などを運んだ。マニラ発の往路は約6か月、6月末に出て12月ごろ着いた。帰路の航路は、1565年にアンドレス・デ・ウルダネタが見つけた[9]。開始年は資料で1565年から1570年代まで差がある。

ただし、この船がパロルの「日本の紙」を運んだと述べる資料は、今回の範囲にはない。船が結んだのは「中国の紙」の説明であり、2つの飾りを一つの流れとしてつなぐ根拠は、現時点ではない。

7. かみを かさねて、ひかりに すかして みよう

7. 紙を重ねて切り、光に透かして確かめる

7. 自分の手で、重ね枚数と透け方を確かめる

きょう できる こと

うすい かみ(ティッシュや おりがみ)を、4つに おりたたんで、おうちの ひとと いっしょに はさみで きって みましょう。ひらくと、おなじ もようが ならびます。まどの ひかりに すかして みると、かさなった ところは くらく、あなの ところは あかるく みえます。はさみは、さきを ひとに むけないで つかいます。

しらべる とき

図書館で、メキシコや フィリピンの おまつりの ほんを さがして、かざりの かみが なにで できて いるか、みて みましょう。

今日できること

ティッシュペーパーや折り紙を、2回折って4枚重ねにし、はさみで形を切り抜きます。開くと同じ模様が並びます。窓の光に透かすと、紙が重なったところは暗く、穴のところは明るく見えます。重ねる枚数を変えて、透け方がどう変わるかも比べられます。はさみの扱いには、大人と一緒に気をつけてください。

資料を読むなら

図書館で、世界の祭りの飾りを扱った本を探し、飾りの素材が紙か、布か、竹かを見比べてみると、パロルやパペル・ピカドとの共通点や違いが見えてきます。

今日できること

薄い紙を折らずに1枚、2枚、4枚と重ね、窓の光に透かして、枚数ごとの透け方を比べる。重ねる枚数で見え方がどう変わるかを、自分の目で確かめられる。

資料を読むなら

職人の方法を知りたくなったら、ダラス美術館のブログ[5]を読んでみるとよい。のみで切る方法が紹介されている。ホーニマン博物館[6]は、papel de Chinaの由来を説明する。ただし、papel de haponが日本のどんな紙かは、今回の資料では分からない。この点を日本語で書かれた紙の歴史の資料と比べるのも、次の調べものになる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. Philstar(AFP), Giant lanterns light Christmas in Pampanga(2025年12月21日). https://www.philstar.com/headlines/2025/12/21/2495877/giant-lanterns-light-christmas-pampanga (巨大ランタンの大きさ・電球数・作り手)
  2. RV Asia, Giant lanterns light Philippine Christmas. https://www.rvasia.org/news/giant-lanterns-light-philippine-christmas (パロルの素材と最初の星形)
  3. Wikipedia: Parol. https://en.wikipedia.org/wiki/Parol (語源とパロルの形の変化)
  4. Wikipedia: Giant Lantern Festival. https://en.wikipedia.org/wiki/Giant_Lantern_Festival (素材の変化と祭りの起源年)
  5. Dallas Museum of Art blog. https://blog.dma.org/?p=34169 (パペル・ピカドの切り方)
  6. Horniman Museum. https://www.horniman.ac.uk/?p=13028 (papel de Chinaの説明と行事での使い方)
  7. Wikipedia: Papel picado. https://en.wikipedia.org/wiki/Papel_picado (作り方・ふるさと・広まり方)
  8. Missouri State University, art history blog(papel picado banners). https://blogs.missouristate.edu/arthistory/papel-picado-banners-researched-by-nichapat-kongpaisarnnatee-michelle-eveker-and-celeste-hanford (征服前の紙の切り形)
  9. Mexico News Daily, The Manila galleon. https://mexiconewsdaily.com/culture/manila-galleon-acapulco-and-the-first-global-trade-network/ (ガレオン船の航海)

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