1. その ネズミの 皮膚は、きずの あと どう なる?
1. 皮膚がはがれやすいネズミは、傷の治り方がちがった
1. 約20分の1の力で裂ける皮膚:トゲネズミは傷の治り方がちがう
トゲネズミの 皮膚は、とても やぶれやすい ことで しられます。ふつうの ハツカネズミと くらべて、20ぶんの 1ほどの ちからで さけた、と いう けんきゅうが あります。
ふしぎなのは、そのあとです。けんきゅうで つけた きずの ところに、ふつうの 毛や、とげの ような 毛が、毛包ごと はえて きました。21〜28にち めの ことです。ふつうの きずあとは、毛が はえない ことが おおいので、これは めずらしい ことです。
なお、せなかの 皮膚の 6わりを なくした、というのは、べつの はなしです。いちぶの こで みられた いちばん おおきい ばあいで、じっけんの きずとは ちがいます。いつも そう なる わけでは ありません。
では、ひとの きずは、どのように ふさがるのでしょう。
アフリカトゲネズミ(Acomys)の皮膚は、同じ体の大きさのハツカネズミ(Mus)に比べて、約20分の1の力で裂けると報告されています。測定では、ハツカネズミが約2.3MPa、トゲネズミが約0.11MPaでした[5]。
ふしぎなのは、裂けたあとです。実験でつけた傷の部分に、普通の毛と大きなトゲ状の毛が、毛包ごと21〜28日目に新しく生えてきました。ハツカネズミでは、コラーゲンの線維が密に平行に並んだ傷あとになるのに対し、トゲネズミでは、すきまの多い編み目のような配列でした[5]。
なお、背中の皮膚の約60%を失うという観察は、実験でつけた傷とは別の話です。一部の個体で見られた最大値で、いつも6割を失うわけではありません。
では、人の傷は、そもそもどうやってふさがるのでしょうか。主役が、この記事の題名にもある線維芽細胞です。
アフリカトゲネズミ(Acomys)の皮膚は、同体格のハツカネズミ(Mus)より約20分の1の力で裂ける(約0.11MPa対約2.3MPa)。ところが実験でつけた傷では、21〜28日ごろに傷床で通常の毛とトゲ状の大きな毛が毛包ごと新生し、コラーゲン線維は密に平行に並ぶのでなく、多孔質の編み目を作っていた。4mmの耳の穴でも、筋肉を除く組織が高い精度で再生したと報告されている[5]。背中の約60%の喪失は、実験の傷とは別に一部の個体で観察された最大値である。
この差を理解するには、通常の傷の治り方を知る必要がある。傷の治癒は、止血、炎症、血管新生、増殖(成長)、再上皮化、リモデリングの段階が時間順に進み、互いに重なり合う[1]。止血は別の記事に譲り、止血のあと誰が傷の穴を埋めるのかに話を進める。
2. きずの あなを、だれが うめるの?
2. 血のかたまりの中に入りこむ線維芽細胞
2. 仮の足場を置きかえる線維芽細胞:肉芽組織はどうできるか
けがを すると、まず ちが とまり、きずの ところに ちの かたまりが できます。かたまりは、とりあえず あなを ふさぐ、かりの ふたの ような ものです。
でも、かりの ふたは、じょうぶでは ありません。そこで、きずの まわりに いた 線維芽細胞が ふえて、かたまりの なかに はいって きます。そして、かりの ふたを、もっと しっかりした ものに おきかえて いきます。
この しっかりした ものを、おいしゃさんは「にくげ」と よびます。ちぢむ ちからを もつ ところが ふしぎです。ちぢんで、どう なるのでしょう。
3. きずが ちいさく なるのは、どうして?
3. 傷口を引き寄せる筋線維芽細胞は、何がきっかけで生まれるのか
3. 筋線維芽細胞による創収縮と、その分化を促す張力とTGF-β
きずを ふさぐ なかまの なかには、筋肉の ような ちからを もつ ものが います。きんせんいがさいぼうという、線維芽細胞から かわった さいぼうです。
この さいぼうは、まわりの せんいを、きずの ふちの ほうへ ぎゅっと ひっぱります。そう すると、きずが ちぢんで、ちいさく なります。ふくろの くちを ひもで しぼる ような ものです。ただし、さいぼうが ひもを ひく わけでは なく、まわりの せんいを ひっぱります。
では、ふつうの さいぼうが、どうして この さいぼうに かわるのでしょう。ひとつは、きずに かかる ちからと、ある ぶっしつが ふえる ことが きっかけと いわれます。くわしい しくみは、まだ わからない ところが おおいです。
線維芽細胞の一部は、筋線維芽細胞に変わります。この細胞は、α平滑筋アクチンというたんぱく質が豊富で、強く縮む力をもちます。細胞の中のアクチンの骨組みを使って、まわりの線維を傷の縁と垂直の方向に引き、傷口を縮ませます(創収縮)[1][2]。巾着袋の口を絞るようなものです。ただし、袋と違って、傷は組織全体が引かれて小さくなります。
では、何がきっかけで、線維芽細胞が筋線維芽細胞に変わるのでしょうか。体内でも培養でも、TGF-βという物質が増えることと、組織にかかる力(張力)が、この変化を促すと報告されています[2]。ただし、細かい仕組みはまだ分かっていない部分が多く、単純に言い切れません。
引き寄せる役目の細胞は、仕事が終わるとどうなるのでしょう。
4. しごとを おえた さいぼうは、どう なるの?
4. 張力をやわらげると、筋線維芽細胞は退縮するのか
4. 過度な張力と異常な傷あと:被覆材で筋線維芽細胞の退縮を促す研究
やまがた大学の けんきゅうでは、きずに かかる つよすぎる ちからが、きずあとを めだつ かたちに する ことが ある、と かんがえられています。
そこで、きずの うえに カバーを かぶせて、ちからを やわらげて みました。マウスでの じっけんです。すると、きんせんいがさいぼうが ちょうど よく へって いく ことが すすみ、めだつ きずあとを ふせぐ のに やくだつ かのうせいが しめされました。
ただし、これは マウスでの けんきゅうで、「かのうせい」の だんかいです。ひとで たしかな ほうほうに なった わけでは ありません。
日本の研究も、この点に注目しています。山形大学を中心とする研究(科研費、2021〜2025年度)では、筋線維芽細胞は創収縮の時期に多く見られ、傷にかかる過度な張力が、筋線維芽細胞に影響して傷あとを異常にすると考えられています[3]。
そこで、マウスの傷に被覆材を使い、張力をやわらげました。すると、筋線維芽細胞の適切な退縮が進み、異常な傷あとの予防に有効な可能性が示されました[3]。
ただし、マウス実験で「可能性」が示された段階です。人で確立した予防法ではありません。それでも、引き寄せる役の細胞が、仕事を終えたあとに減っていくことが、傷あとの質に関わるかもしれない、という見方が出てきたことが、この研究のおもしろいところです。
日本の研究(山形大学、科研費21K10599、2021〜2025年度)は、この点に迫っている。筋線維芽細胞は創収縮の時期に多数みられ、傷にかかる過度な張力が筋線維芽細胞に影響して、傷あとを異常にすると考えられている。そこでマウスの創部に被覆材を使って張力を緩和したところ、筋線維芽細胞の適切な退縮が促進され、異常な瘢痕形成の予防に有効である可能性が示された[3]。
ただし、結果はマウス実験での「可能性」であり、人で確立した予防法とは言えない。筋線維芽細胞が仕事を終えたあとに適切に退縮するかどうかが、傷あとの質に関わる、という見方に立った研究である。
では、そもそも、傷あとはなぜ元の皮膚とちがうのか。
5. きずあとは、もとの 皮膚と、なにが ちがうの?
5. 傷あとは元の皮膚に戻らないが、どれくらい丈夫になるのか
5. 瘢痕組織の構造は元に戻らない:リモデリングと強度の上限
しばらく すると、きずの なかで コラーゲンと いう せんいが ふえ、くみ直されて いきます。この はたらきを、リモデリングと いいます。
きずあとの ところは、もとの 皮膚の つくりには、かんぜんには もどりません。でも、たいていは、ばいきんを ふせぐ はたらきと、ひっぱる ちからへの つよさは、ほとんど もとの ちかくまで もどります。
きずあとの つよさは、ふつうの 皮膚の さいだい 8わりほどまで、と かかれた ほんが あります。これは うえの めやすで、いつも 8わりに なる わけでは ありません。
いっぽう トゲネズミは、毛が はえ、せんいの ならびも ちがいました。人は、なぜ そう ならないのでしょう。
傷が治る終わりの段階を、リモデリングといいます。コラーゲン線維が組み直されて、組織の強さが戻っていく過程です。
それでも、傷あとの組織の構造は、傷のない皮膚には完全には戻りません。多くの場合、バリア機能と、正常に近い引っぱり強度は回復します[2]。ただし、強度が完全に元に戻るとは限りません。傷あとの強度は、正常な皮膚の最大で約80%までとする説明が、資料にあります[4]。「約80%」は上限の目安で、いつもそうなる数字ではなく、マウスで測った値とも限りません。
ここでトゲネズミを思い出すと、同じ傷でも、毛包ごと生え直す道もある、ということです。人の深い傷あとは、丈夫さはかなり戻るが、元の構造には戻らない、という終わり方になることがあります。
なぜちがうのか。次は、傷あとを残さない例を見ます。
瘢痕組織の細胞外マトリックスの完全性と構造は、傷のない皮膚の状態には完全には戻らない。一方、多くの場合、バリア機能と、正常に近い引っぱり強度は回復する[2]。リモデリングではⅠ型コラーゲンが増えて強度が戻るが、傷あとが戻る強度は、正常な皮膚の最大で約80%にとどまるとする説明がある(総説的な記述で、マウス実測値と断定はできない)[4]。ただしこの約80%は上限の目安で、固定値ではない。
対照的に、トゲネズミでは、傷床に毛包ごと毛が生え、コラーゲン線維の配列も傷あと型(密で平行)と異なっていた[5]。構造の復元という点で、人の傷あとは丈夫さを優先した修復に見えるが、これは見方の一つで、理由は研究中である。では、傷あとを残さずに治る例は、ほかにあるのか。
6. おなかの なかの あかちゃんの きずは、どう なおるの?
6. 胎児の皮膚は傷あとを残さず治るのか
6. 胎児の傷あとなし治癒と、線維芽細胞の系統のちがい
ヒツジの おなかの なかの あかちゃんは、うまれる ずっと まえ(にんしん 120にち めより まえ)に きずを しても、きずあとが のこらずに なおると いう けんきゅうが あります。人や どうぶつの たいじの 皮膚も、にんしんの はじめの ころは、きずあとを のこさずに なおる ことが ある、と いわれます。どうして なのかは、まだ わかって いません。
マウスの けんきゅうでは、線維芽細胞にも なかまの ちがいが あり、きずあとを つくる なかまが、おなかの なかの ころは すくなく、うまれたあと ふえる、という けんきゅうが あります。
人や動物の胎児の皮膚は、妊娠の初めのころなら、けがをしても傷あとを残さず、再生に近い形で治るといわれます。ヒツジの胎児では、妊娠120日より前の傷は、傷あとなく治りました[6]。仕組みは未解明で、人の妊娠週数にそのままあてはめることはできません。
マウスでは、傷あとをつくる線維芽細胞の系統がある、という研究があります。この系統は、胚の早い時期には皮膚の線維芽細胞の約1%ですが、生まれたあとは75%を超えると報告されています[6]。線維芽細胞の中身が、成長とともに変わっていくことが、傷あとが残るかどうかに関わる一因とされる段階です。
トゲネズミのような再生の例と、胎児の例。2つを手がかりに、傷あとを残さない道を探す研究が続いています。
7. じぶんでも しらべて みたく なったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
きょう できる こと
もし からだに むかしの きずあとが あれば、そっと みて みましょう。まわりの 皮膚と、いろや さわった かんじが ちがうか。毛は はえて いるか。しらべるだけで、きずを いじっては いけません。ない ひとは、しなくて だいじょうぶです。
しらべる とき
くわしく しりたい ときは、おうちの ひとと いっしょに、「線維芽細胞」や「きずの なおり方」を、ほんで しらべて みましょう。
今日できること
体に昔の傷あとがあれば、そっと観察してみます。まわりの皮膚と、色や手ざわり、毛の生え方がちがうでしょうか。見たり軽くさわったりするだけで、傷を引っかいたりしません。傷あとがない人は、しなくてかまいません。
資料を読むなら
山形大学の研究(科研費21K10599)の成果報告は、国立情報学研究所の KAKEN で日本語で読めます[3]。
紙に、皮膚の断面を描いてみるのもおすすめです。表面から、毛が生える毛包、傷の下で縮む力をもつ細胞、と描き足すと、傷あとで何が足りないかを考えやすくなります。
おもしろいのは、人の傷あとが「失敗」ではなく、丈夫さを優先した修復に見えることと、トゲネズミが別の道を取れることです。どこが分かれ道なのか、今も研究が続いています。
今日できること
体に古い傷あとがあれば、周囲の皮膚と色・質感・毛の有無を比べる。傷を刺激しないこと。傷あとがなければ、この観察はしなくてよい。
資料を読むなら
日本語で読める一次資料として、科研費21K10599の研究成果報告(KAKEN)[3]がある。トゲネズミの再生は Seifert らの Nature 論文(PMC3480082)[5]、傷の細胞の全体像は Rodrigues らの総説(Physiol Rev, 2019)[1]が出発点になる。これらは英語なので、まず日本語のKAKEN報告で全体像をつかみ、気になる点だけ原典の図表で確かめるとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Rodrigues et al. 2019, Wound Healing: A Cellular Perspective(Physiol Rev). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6442927/ (傷の治癒の段階、肉芽組織、筋線維芽細胞)
- Wound healing: cellular mechanisms and pathological outcomes. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7536089/ (線維芽細胞の置きかえ、TGF-βと張力、傷あとの構造)
- 科研費 21K10599 研究成果報告(山形大学). https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-21K10599/21K10599seika/ (張力と筋線維芽細胞の退縮)
- CD44-dependent inflammation, fibrogenesis, and collagenolysis(2018). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6286871/ (傷あとの強度の上限の目安)
- Seifert et al. 2012, Nature(アフリカトゲネズミの皮膚再生). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3480082 (皮膚の弱さと再生)
- Regenerative Scar-Free Skin Wound Healing(Tissue Eng Part B, 2019). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6686695/ (胎児の傷あとなし治癒、線維芽細胞の系統)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。