1. きょうりゅうの 時代の イチョウは、いまと おなじ 木?
1. 恐竜の時代に、イチョウの仲間はいたのか
1. 約1億9000万年前の化石と、「今の木」との距離
こたえから 言うと、イチョウの なかまは、恐竜の 時代に 生えて いました。イチョウの 木の ごせんぞの 化石は、およそ 1おく9000まん年 まえの ジュラ紀の 地層から 出て います[1]。
ただし、「いまの 木と ぜんぶ おなじ」とは 言えません。化石に なって いる のは、イチョウと おなじ グループの、べつの しゅるいだと されて います[2]。
いまの 木の、うんと 古い しんせきの ような もの。そう 思うと、わかりやすいかも しれません。
先に答えの要点を言うと、イチョウの仲間は、恐竜の時代に確かに生えていました。ただし、化石になっているのは街路樹と同じ種類ではなく、同じ仲間の別の種類です。
仲間はペルム紀から、イチョウ属はジュラ紀から
カリフォルニア大学バークレー校の古生物学博物館(UCMP)の解説によると、イチョウの仲間(イチョウ目)とされる最も古い化石は、ペルム紀のものです。そのうち、今のイチョウと同じイチョウ属(Ginkgo)の系統は、ジュラ紀の前のほう、約1億9000万年前までさかのぼれるとされています[1]。
ここで「仲間」と「属」を分けておくと、あとの話が読みやすくなります。ペルム紀の化石は仲間の話で、イチョウ属の古さではありません。街路樹のイチョウは、イチョウ属の中の、今も生きている1種です。
街路樹のイチョウと同じ木を、恐竜は見上げていたのか。結論を先に言えば、イチョウの仲間は恐竜の時代に確かに生えていた。ただし、化石として確かめられているのは現生のイチョウと同じ属の別種で、現生種そのものではない。
この区別が要るのは、「イチョウ」という言葉が3つの範囲で使われるからだ。いちばん広いのがイチョウ目(イチョウの仲間)、その一部がイチョウ属(Ginkgo)、その中で今も生きている1種が街路樹のイチョウである。UCMPの解説では、イチョウ目とされる最古の化石はペルム紀のもので、イチョウ属の系統は下部ジュラ紀、約1億9000万年前にさかのぼるとされる[1]。ペルム紀の化石は目の話であり、属の古さとして数えない。
では、属が同じなら「同じ木」と呼んでよいのか。次の章で、化石の葉を現生種と並べてみる。
2. 化石の 葉は、いまの 葉と どこが ちがうの?
2. 河南省の化石の葉は、今の葉と何が違うのか
2. Ginkgo yimaensis ── 中期ジュラ紀の葉と種子の違い
中国の 河南省という ところの、ジュラ紀の まん中ごろの 地層から、イチョウに よく にた 化石が 見つかって います。
いまの イチョウと、ほんの 少ししか ちがわないと 紹介されて います[2]。ちがいは、おもに ふたつ。葉の きれこみが、もっと 深い こと。そして、たねが 短い くきの さきに ひとつずつ ついて いた ことです。いまの 木は、その くきが ほとんど ありません。
ただし、いまの イチョウでも、わかい 木の 葉は 深く きれこむ ことが あります。葉の 形だけでは、ちがう 木だと きめられません。
葉の 形は にて いても、ちがう ところが ある。だから 「そっくりだけど、おなじ 木では ない」と なります。
「少ししか違わない」の中身
中国の河南省にある、ジュラ紀中ごろの地層(義馬層)からは、Ginkgo yimaensis という化石種が見つかっています。今のイチョウとは「少ししか違わない」と紹介されています[2]。
違いとして挙げられているのは、おもに2つです。葉が今のイチョウより深く切れこんでいること。そして、種子が短い柄に1つずつついていたことです。今のイチョウの種子には、柄がほとんどありません[2]。
ただし、深い切れこみは今のイチョウにもあります。若い木や、勢いよくのびた枝の葉は深く割れることがあるため、葉の形だけで種は決められません。種子のつき方も、区別の手がかりになります。
似ていることと、同じであること
形が近くても、研究では別の種として区別されています。ですから、恐竜が見上げた木を「今の木とそっくり」と言うより、「葉も種子も近いが、別の種類」と言うほうが正確です。
なお、この化石の紹介は百科事典のまとめにもとづくため、細かな違いは原論文で確かめる価値があります。
別種とは、どれほど違うのか。中国河南省の中期ジュラ紀の地層(義馬層)から産する Ginkgo yimaensis は、現生の G. biloba と「少ししか違わない」と紹介される[2]。区別点として挙がるのは、葉がより深く分かれること、種子が個別の短い柄につくこと(現生種はほぼ柄がない)の2つだ[2]。ただし、深い切れこみは現生種の若木や勢いのよい枝の葉にも現れる。葉の形だけで種を判定することはできず、種子のつき方などとあわせて区別される。
形が近いにもかかわらず別種とされるのだから、「今のイチョウにそっくりな化石がある」という言い方は、似ている点だけを拾った表現になる。正確には、葉と種子の形は近いが、現生種とは別の絶滅種、ということだ。
この紹介は百科事典の項目であり、原論文(項目内で Zheng & Zhou 2004 などを参照)そのものではない。また、化石の種どうしは見分けにくいという見方もある[6]。細部の差を何種と数えるかは研究者の判断に左右されるので、種の数の話は次章で慎重に扱う。
3. イチョウの なかまは、どこまで ふえたの?
3. 化石の産地が増え、白亜紀に種類が最も多くなった
3. 産地の増加と種数の山 ── 中期ジュラ紀から白亜紀へ
ジュラ紀の まん中ごろに なると、北の ほうの 大きな 大陸で、イチョウの 化石が 見つかる 場所が、ぐんと ふえました[1]。
そのあとの 白亜紀には、北の 半球で 5〜6しゅるいが 知られて います。イチョウの なかまが、いちばん にぎやかだった ころです[1]。
日本の 化石も あります。岡山県の 成羽では、もっと 古い 時代の 地層から、シダや イチョウの なかまが しげる 森が あったと 紹介されて います[7]。
ただし、化石の しゅるいは 見わけにくいので、「5〜6」は ちょっと ぐらつく 数です。
産地が増え、種類も増えた
UCMPの解説によると、ジュラ紀の中ごろには、ローラシア大陸(今の北半球の陸地のもとになった大陸)の北のほうで、イチョウの化石が見つかる場所が大きく増えました。白亜紀には、北半球で5〜6種が知られ、種類が最も多くなったとされます[1]。
この「5〜6種」は目安です。化石の種は見分けにくいという見方もあり、研究によって数え方が変わります[6]。
2000万年ほど、葉の形が変わらなかった地層
2025年には、中国の柴達木(ツァイダム)盆地のジュラ紀前〜中期の地層から、イチョウ類の化石128点(3属10種)が報告されました。約2000万年の気候変動のあいだ、葉の形と内部の構造は比較的安定していたといいます[3]。2000万年はこの盆地の地層の幅で、イチョウ属全体の年代ではありません。
日本でも、岡山県の成羽地域から中生代の植物化石が多く出ています。展示では、シダやイチョウが茂る森だったと紹介されています[7]。これは展示案内の言い方なので、イチョウ属とは限らず、イチョウの仲間と読むのが安全です。
では、イチョウ類はどれだけ広がったのか。UCMPによれば、中期ジュラ紀にはローラシア大陸の北部でイチョウの化石産地が大きく増え、白亜紀に北半球で5〜6種が知られて種数が最大になった[1]。ただし、化石種の識別は難しいという見方もあり、種数は研究によって揺れる[6]。ここは山の位置(白亜紀)を押さえ、数字は目安と読むのがよい。
形の変化についても、近年の報告がある。中国の柴達木盆地の下〜中部ジュラ系から、イチョウ類の化石128点(3属10種)が報告され、約2000万年の気候変動のあいだ、葉の形態と内部構造は比較的安定していたとされる[3]。この2000万年は1つの盆地の地層が覆う幅であり、イチョウ属全体が2000万年続いたという意味ではない。
日本にも手がかりがある。岡山県の成羽地域は三畳紀の中生代植物化石の代表的な産地で、114種の植物化石のうち38種が新種として発表された。展示では、シダやイチョウの茂る森だったと紹介される[7]。ただし展示案内の表現なので、イチョウ「属」とは限らず、イチョウ類を指す可能性が高いと読む。
4. 化石の イチョウは、どこで 見られなく なったの?
4. 世界各地から消え、中国の一部に残った
4. 衰退の時期は地域で異なる ── 北米・鮮新世末・「約100万年前」説
「イチョウは、恐竜と いっしょに 消えた木」と 言われる ことが あります。でも、化石の 記録を 見ると、イチョウの なかまは、そのあとも ずいぶん 長く のこって いました。
北アメリカでは、およそ 700まん年 まえ ごろに 化石が 見つからなく なります[6]。そして、鮮新世という 時代の おわりには、中国の まん中あたりの せまい ところを のぞいて、ほかの 場所の 記録から 消えて しまいます[6]。
いま、世界に 生きて いる イチョウの なかまは、1しゅるいだけです。もとは 中国の 安徽省と 浙江省に あった 木で、日本には 室町時代に 来たと されて います[4]。
どうして へったのかは、この 記事で 使った 資料では 分かりません。
恐竜といっしょに消えたわけではない
イチョウは「恐竜時代の生きた化石」と紹介されることがあります。ただ、化石の記録を見ると、イチョウの仲間は恐竜の時代が終わったあとも、ずいぶん長く世界各地にいたようです。
北米の化石記録からは、約700万年前に姿を消します。鮮新世の終わりには、中国中部の小さな地域をのぞく、ほかの地域の化石記録から消えます[6]。日本語の解説には、約100万年前からしだいに衰え、絶滅寸前まで追いこまれたという書き方もあります[5]。時期が資料で違うのは、地域差や、化石の見分けにくさが関わっているためだと考えられます。
今は1科1属1種
文化庁の国指定文化財の解説は、イチョウを「中生代に栄えた植物の末裔といわれ、世界各地から多くの化石が発見されているが、現生のものは1科1属1種のみ」と述べています[4]。原産地は中国の安徽省と浙江省で、日本には室町時代に渡来したとされます[4]。
つまり、街で見るイチョウは、日本に自生していた木ではなく、はるか昔に中国から来た木です。なぜここまで減ったのかは、今回の資料では説明されていません。
種数がピークだったイチョウ類は、なぜ現在1種しか残っていないのか。まず、「恐竜とともに滅んだ」という紹介は、化石記録と合わない。北米の化石記録からは約700万年前に消え、鮮新世の終わりには中国中部の小地域をのぞく各地の記録から消えるとされるからだ[6]。恐竜の時代の終わりから見ると、ずっとあとのことである。
一方、日本語の解説(nippon.com)は、中生代から新生代第三紀にかけて世界中で勢力を広げたが、約100万年前から徐々に衰え、絶滅寸前まで追いこまれたと見られる、と述べる[5]。北米の「約700万年前」と、この「約100万年前」を同じ尺度で並べると食い違って見える。ただし前者は地域の化石記録の話、後者は世界全体の勢力の見方であり、一つの説明に決められない。衰退の原因は、使った資料では説明されていない。
現生種については、文化庁の文化遺産オンラインが「中生代に栄えた植物の末裔といわれ、世界各地から多くの化石が発見されているが、現生のものは1科1属1種のみ」と記す[4]。原産は中国の安徽省・浙江省、日本へは室町時代に渡来したとされる[4]。つまり街路樹のイチョウは、日本にもとからあった木ではなく、中国原産の木である。
こうして化石で古さが分かる木だが、生きている木の側にも、古さを示す証拠があった。それを見つけたのは、日本の研究者だ。
5. 日本の 人が 見つけた、動く 精子の ひみつ
5. 平瀬作五郎は、花粉の中に何を見つけたのか
5. 1896年の精子発見 ── 平瀬作五郎と池野成一郎の仕事
平瀬作五郎さんは、福井県の 出身の 研究者です。1896年、イチョウの 花粉の 中に、じぶんで 動く 精子を 見つけました[8]。
おなじ年に、池野成一郎さんも、ソテツという 木で おなじ ような ものを 見つけました。ふたりは 1912年に、国の 大きな しょうを もらって います[8]。
花粉の 中の 精子が 動く のは、シダの ような 古い しょくぶつの とくちょうです。たねを つくる 木と、シダは、思ったより 近い なかまだと 分かる 手がかりに なりました[8]。
1896年、花粉の中で動くもの
平瀬作五郎は福井県出身の植物学者です。1896年、イチョウの花粉の中に、自分で動く精子があることを見つけました。同じ年に、池野成一郎がソテツで同じ種類の精子を見つけています。2人は1912年に、帝国学士院の恩賜賞を受けました[8]。
なぜ、それが大発見だったのか
動く精子は、シダのような古い植物がもつ特徴です。種子をつくる植物の花粉の中にも、同じ種類の精子があった。このことが、種子植物とシダ植物が近い仲間だと分かる手がかりになりました[8]。
化石は、形から古さを教えてくれます。平瀬たちの発見は、生きている木の体のしくみから、古い植物との近さを教えてくれた、というところが面白い点です。
生きている木の側からも、古さの手がかりは得られている。平瀬作五郎(福井県出身)は1896年、イチョウの花粉の中に可動性の精子を見つけた。同年、池野成一郎がソテツで精子を発見し、2人は1912年に帝国学士院恩賜賞を受けた[8]。
この発見の価値は、種子植物の中に、シダ植物のような「動く精子」をもつものがあると示した点にある。これによって、種子植物とシダ植物が近い仲間と分かる手がかりになった[8]。つまり、イチョウは化石の形だけでなく、繁殖のしくみの面でも古い植物の特徴を残していたことになる。
ここまでの話を並べると、見えてくる像がある。恐竜時代には近い仲間が確かに生え、形は現生種に近いが同じ種ではなく、仲間は世界各地に広がって、のちに中国の一部にだけ残り、その1種が人の手で各地へ運ばれた。「恐竜時代の木」という一言は、この全体の入り口にすぎない。
6. 近くの イチョウの 葉を 見くらべて みよう
6. 近所のイチョウで、葉の切れこみを探してみる
6. 葉を見比べる観察と、資料の読みどころ
イチョウの 葉の ある 季節に、近くの 木を 見て みましょう。ひとつの 木でも、葉の 形は ぜんぶ おなじでは ありません。まん中が 大きく われた 葉も あれば、あまり われて いない 葉も あります。
葉を 3まい ひろって、われかたを 見くらべて みます。化石の 葉は、いまの 葉より 深く きれこんで いると 言われて います。化石の 葉の 説明と、きれこみの 深さを 見くらべて みましょう。
やくそく。道を あるく ときは 車に 気を つけて、おうちの 人と いっしょに 行きます。地面に おちた ぎんなんの 実には、さわらないで ください。
近所にイチョウの木があれば、葉の切れこみを見比べてみましょう。1本の木の中でも、葉の形は一枚ごとに同じではありません。真ん中が大きく割れた葉もあれば、ほとんど割れていない葉もあります。
地面に落ちた葉を3枚ほど拾い、割れ方を並べます。河南省の化石種は、今の葉より深く切れこむとされていました[2]。化石種の葉の説明と、拾った葉の切れこみの深さを見比べてみましょう。若い木の葉は深く割れることもあるので、葉だけで種は決められません。
安全のため、道を歩くときは車に気をつけ、大人と一緒に出かけてください。落ちた銀杏の実は、素手でさわらないほうが安心です。
もっと読みたい人は、文化庁の文化遺産オンライン[4]の「北金ヶ沢のイチョウ」の解説から入れます。日本語で、化石の話と、現生のイチョウが1科1属1種であることが読めます。
観察としては、近所のイチョウの葉の切れこみを見比べるとよい。同じ木でも葉の形は一様でなく、割れ方の深いものと浅いものが見つかる。拾った葉の割れ方を並べ、「深く切れこむ」と紹介される Ginkgo yimaensis の葉の説明[2]と、拾った葉の切れこみの深さを見比べてみよう。若木の葉や勢いのよい枝の葉は深く割れることがあり、葉の形だけでは種が決まらないことが実感できる。安全のため、車道に注意し、落ちた銀杏の実には素手で触れない。
資料の読みどころは3つある。化石の年代と種数はUCMP[1](英語)、中国の盆地での最新の報告は中国科学院南京地質古生物研究所のニュース[3](英語)、現生種の位置づけと日本への渡来は文化庁の文化遺産オンライン[4](日本語)である。種数を何と数えるか、衰退の時期をどう読むかは、資料ごとに違いがあり、読み比べる価値がある。
まだ答えの出ていない問いも残る。現生種と同じ種とされる化石が、いつごろから現れるのか。この記事の資料からは、そこは言えない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:大学・研究機関の解説、文化庁の解説、百科事典、日本語の解説記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- UCMP(カリフォルニア大学バークレー校 古生物学博物館)「Ginkgoales: Fossil Record」。https://ucmp.berkeley.edu/seedplants/ginkgoales/ginkgofr.html (イチョウの仲間とイチョウ属の古さ、産地の増加と種数のピークについて)
- Wikipedia「Ginkgo yimaensis」(参考文献に Crane 2019、Zheng & Zhou 2004)。https://en.wikipedia.org/wiki/Ginkgo_yimaensis (ジュラ紀中期の化石種と今のイチョウとの違いについて。百科事典の項目で二次資料)
- 中国科学院南京地質古生物研究所(NIGPAS)ニュース「柴達木盆地のイチョウ類化石」(Papers in Palaeontology 2025 の報告)。https://english.nigpas.cas.cn/new/hs/rp/202601/t20260106_1145275.html (盆地の地層から見つかった化石と、葉の形の安定について)
- 文化庁 文化遺産オンライン「北金ヶ沢のイチョウ」解説。https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/164571 (現生のイチョウが1科1属1種であること、原産地と日本への渡来について)
- nippon.com「イチョウ」。https://www.nippon.com/ja/views/b05306/ (約100万年前からの衰退という日本語の解説について)
- Wikipedia「Ginkgo」(Fossil history の節)。https://en.wikipedia.org/wiki/Ginkgo (北米での消失と、化石種の見分けにくさについて。二次資料)
- 文化庁 国立アートリサーチセンター「成羽」展示紹介。https://www.nact.jp/english/artcommons/user/detail/43178 (岡山県成羽地域の中生代植物化石について。展示案内)
- コトバンク「平瀬作五郎」「池野成一郎」(日本大百科全書)。https://kotobank.jp/word/平瀬作五郎-1103981 (1896年の精子の発見と、その意味について。二次資料)
- Crane, P. R. (2019) "An evolutionary and cultural biography of ginkgo", Plants, People, Planet 1(1). https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ppp3.7 (イチョウの進化と文化についての総説。化石種と現生種の違いを確かめるときの参考文献。上のWikipedia項目が挙げる文献の1つ)
なおした ところ
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