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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ナビの とおりに すすむと、のうの 「みちを おぼえる ところ」は どう なるの?

ナビに従って進むとき、脳の「道を覚える部分」はどう働くのか ── 脳スキャンと歩行実験から

ナビに従う移動と海馬の活動 ── 脳スキャン実験・歩行実験・タクシー訓練の追跡から読む

分野:からだ

ナビの とおりに あるいた みちを、つぎの ひに ひとりで あるけるでしょうか。じっけんでは、ナビに したがって すすむ ときは、みちを おぼえる ぶぶんの 「かいば」が、じぶんで みちを えらぶ ときほど はたらかなかった と ほうこく されました。

どうして そんな ちがいが でるのでしょう。ちずを つかう ときは どうでしょう。この 記事で、わかって いる ことと、まだ いえない ことが わかります。

ナビの指示どおりに歩いた道を、翌日ひとりで歩けるでしょうか。ロンドンの町をシミュレーションした実験では、ナビに従って進むとき、自分で道を選ぶときに上がる海馬の活動が見られなかった、と報告されています。

なぜ、そんな差が出るのでしょうか。紙の地図や、実際に町を歩く場合はどうなのでしょうか。海馬の活動を調べた実験から、分かっていることと、まだ言えないことが分かります。

ロンドンの一地区を再現した仮想空間で、自分で道を選ぶと海馬と前頭前野の活動が上がったのに対し、ナビの指示に従うときはその上乗せが検出されなかった、と2017年に報告された[1][2]。

では、この差は何を意味し、実際の街でも同じことが言えるのか。ナビの長期使用で海馬が縮むとまでは、この実験は示していない。脳スキャン、歩行実験、タクシー免許の訓練を追った研究を読み比べ、分かっていることと言えないことの境目が分かるようにする。

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1. ナビに したがうと、かいばは どう はたらくの?

1. ナビの指示に従うと、海馬の「上乗せの活動」が見られなかった

1. 分かれ道で上がる海馬の活動 ── 自分で選ぶ場合とナビに従う場合の脳スキャン比較

24人の ひとが、ロンドンの ソーホーと いう まちを、がめんの 中で あるきました。のうの はたらきを しらべる きかいに はいりながら です[1]。

じぶんで みちを えらぶ とき、あたらしい とおりに はいる ばめんで、かいばと、のうの まえの ほうの 活動が あがりました。えらべる みちが おおいほど、おおきく あがりました。ところが ナビの しじに したがう ときは、その あがりが みられませんでした[1]。

かいばは、みちや ばしょを おぼえる ことに かかわる ぶぶんです。ねずみの かいばには、ある ばしょに いる ときだけ はたらく さいぼうが ある ことが、1971年に わかりました[3]。

たとえば、わかれみちごとに、あたまの 中の ちずに せんを かきたして いく ような ものです。ただし、ほんとうに ちずが あたまの 中に ある わけでは なく、わかりやすくした たとえです。

この じっけんは、がめんの 中の まちで、人数も 24人です。ナビを ながく つかうと のうが ちいさく なる、とは しめして いません。

では、ほんものの まちを あるく ときは、どうでしょう。

実験に参加したのは24人です。ロンドンのソーホー地区を再現したシミュレーションの中を、脳の活動を調べる装置に入って進みました[1]。

自分で道を選んだとき、新しい通りに入る場面で、海馬と前頭前野(脳の前のほうの部分)の活動が上がりました。選べる道が多いほど、上がり方は大きくなりました。ところがナビの指示に従って進むときは、この上乗せの活動が見られませんでした[1]。

論文は、右の海馬の後ろの部分が、新しい通りに入るたびに「その先につながる道の数」の変化を追っていた、と報告しています。強制的な迂回で道を計画し直す場面では、前頭前野の活動が増えました[2]。

海馬は、場所や道を覚えることに深くかかわる部分です。ラットが特定の場所にいるときだけ働く細胞が海馬で見つかったのは1971年で、その仕事は2014年のノーベル賞の対象になりました[3]。自分で道を選ぶことは、頭の中の地図に線を書き足していく作業に似ている、と考えるとイメージしやすいでしょう。ただし本当に地図が入っているわけではなく、たとえ話です。

この実験はシミュレーションで、参加者は24人です。ナビを長く使うと脳が縮む、とまでは示していません。では、実際の街を歩くとどうなるのでしょうか。

この実験は、ロンドンのソーホー地区を再現した仮想空間で、24人の参加者が脳活動の計測を受けながら進む形で行われた[1]。自分で経路を選ぶ条件では、新しい通りに入る場面で海馬と前頭前野の活動が上昇し、選択肢の多い交差点ほど大きかった。一方、ナビの指示に従う条件では、この上乗せが検出されなかった[1]。

では、海馬は何を追っていたのか。論文の要旨によれば、右の海馬後部の活動は、新しい通りに入るたびに生じる「先へつながる道の数」の変化に対応していた。さらに、強制的な迂回によって計画を立て直す場面では、前頭前野の外側下部の活動が増えた[2]。だから、自分で選ぶ移動では、海馬が道のつながりを、前頭前野が計画の立て直しを受け持つような分担が見えた、と読める。ただし、これは要旨と報道から読んだ範囲での整理である。

背景として、海馬には場所に応じて活動する細胞があり、1971年にオキーフがラットで発見した。2005年にモーザー夫妻が、大脳皮質の一部(内側嗅内皮質)でも空間にかかわる細胞を見つけ、2014年のノーベル生理学・医学賞は脳内の測位システムを構成する細胞の発見に贈られた[3]。

限界も明確にしておく。条件は仮想空間で、24人の短い課題だった。ナビの長期使用が海馬の大きさや記憶を変えるかは、この実験の範囲外である。では、実際の街を歩く場合は、覚え方にどんな差が出るのか。

2. ほんとうに まちを あるくと、おぼえかたは ちがうの?

2. 実際に街を歩いて探すと、GPSの人と地図の人はどう違ったか

2. 歩行実験での比較 ── GPS・紙の地図・案内つき歩行の3条件

こんどは、ほんものの まちで しらべた じっけんです。66人が、まちの 中の 6か所を、あるいて さがしました[4]。

GPSつきの けいたいを もった 人が 22人、紙の ちず(A4の おおきさ)を もった 人が 23人。のこりの 人は、先に けんきゅうしゃと いっしょに 一どだけ あるいて みちを おしえて もらいました[4]。

GPSの 人は、ちずの 人より じかんが かかり、ながく あるきました。あとで みちを 絵に かいて もらうと、おぼえて いる ことが すくなかった と ほうこく されて います[4]。いっしょに あるいて おぼえた 人は、はやく ついて、たちどまる 回数も すくなめでした[4]。

これは、GPSが わるい、という はなしでは ありません。ちずを じぶんで よむ 人と くらべた けっか です。

では、ちずと ナビの ちがいは、どこから くるのでしょう。

石川徹らは2008年、66人に市街地を歩いて6か所を探してもらいました。GPS付きの携帯を持った人が22人、A4の紙の地図を持った人が23人。残りの人は、先に研究者と一度いっしょに歩いて道を教わりました[4]。

GPSの人は、地図の人より時間がかかり、歩く距離も長くなりました。あとで通った道を描いてもらうと、GPSの人は道の知識が少なかったと報告されています。いっしょに歩いて覚えた人は、早く着き、立ち止まる回数も少なめでした[4]。

前の章の脳スキャンの結果と並べると、ナビに従って歩く間は、分かれ道ごとに自分で道を選ぶ場面が減り、そのぶん道が頭に残りにくいのではないか、と想像できます。ただしこの実験は脳の活動を測っていないので、この説明は想像の段階です。

では、地図とナビの差は、道具そのものから来るのでしょうか。それとも使い方なのでしょうか。

石川らの2008年の研究(Journal of Environmental Psychology)では、66人が市街地で6か所の目的地を徒歩で探した。条件は、GPS付き携帯(22人)、A4の紙の地図(23人)、そして研究者に一度連れて歩いてもらう直接経験群である[4]。

以下は、BPS Research Digestの紹介記事による。結果は、GPS群が地図群より所要時間が長く、歩行距離も長かった。のちに通った道を描かせると、GPS群の知識量は少なかった[4]。直接経験群は早く到着し、停止回数も少なかったという。注意したいのは、この比較が、ナビの方向や経路の表示に頼る歩き方と、地図を読んで自分で決める歩き方の差を映しているにすぎない点だ。ナビそのものが脳に害を与える、という主張はこの結果からは出てこない。

直接経験群の人数は紹介記事から引き算で出せるが、原論文の内訳を見ていないため、本文では数字を挙げていない。要約記事に基づく整理であり、原論文にあたる価値がある。では、地図とナビの差は、道具の種類から生じたのか、それとも注意の向け方から生じたのか。

3. ちずと ナビの ちがいは、なんなの?

3. 差を分けたのは「地図かナビか」より「画面を見る時間」かもしれない

3. 景色の再認と画面注視 ── 表示ツールの種類と画面の大きさを変えた比較

つづきの じっけんでは、大学生24人が、3つの ばあいを ぜんぶ けいけんして、どうぐを くらべました。みちを せんで しめす ナビ、むきを しめす ナビ、紙の ちずです[5]。

紙の ちずの ときは、むきを しめす どうぐより まわりの けしきを よく おぼえて いて、どうぐを みて いる じかんも みじかく なりました。せんで しめす どうぐの 人は、けしきを おぼえて おらず、しめされた みちを そのまま すすむ ことが おおかったのです[5]。

さらに、べつの 大学生24人に、ちずを けいたいの ちいさな がめんで みせました。すると、紙の ちずの よさは ちいさくなり、けしきの きおくは ナビと おなじ くらいに さがり、がめんを みる じかんも ふえました[5]。

つまり、「ちずか ナビか」よりも、「がめんばかり みて、まわりを みて いないか」が だいじかも しれません。ただし、大学生24人の じっけんなので、「ちずが いちばん」とまでは いえません。

石川徹と高橋一憲の後続研究では、大学生24人が、ルートを線で示すツール、方向だけを示すツール、紙の地図の3つを、すべて体験して比べました[5]。

紙の地図のときは、方向を示すツールより周りの景色をよく覚えていて、ツールを見る時間も短くなりました。経路を示すツールの人は、景色の記憶が低く、表示された経路にそって進む傾向がありました[5]。

実験2では、別の大学生24人に、同じ地図を端末の小さな画面で見せました。すると紙の地図の利点は小さくなり、景色の記憶はナビ系ツールと同じ水準まで下がり、画面を見る時間は増えました[5]。

この結果から、「地図かナビか」より「画面ばかり見て、周りを見ていないか」が、景色の記憶に関係している可能性が考えられます。ただし参加者は大学生24人ずつなので、「だから地図が良い」とは言えません。

それでも、顔を上げて景色を見る時間が長いほど、道が頭に残りやすい、という見方は、ほかの研究とも噛み合います。では、道を覚えることを積み重ねた人の海馬は、どうなるのでしょうか。

石川と高橋の研究では、まず大学生24人が、ルート表示ツール、方向表示ツール、紙の地図の3条件をすべて経験した。紙の地図では、方向表示ツールより周囲の景色の再認が良く、ツールを注視する時間も短かった。ルート表示ツール群は景色の再認が低く、表示された経路にそって進む傾向を示した[5]。

ここで、紙の地図の優位が、媒体そのものの性質によるのか、注意の配分の違いによるのかを考える必要がある。そこで実験2では、別の大学生24人に地図を端末の小さな画面で見せた。その結果、紙の地図の利点は小さくなり、景色の再認はナビ系ツールと同じ水準に下がり、画面を見る時間が増えた[5]。

したがって、差を生んでいたのは「地図かナビか」という種類の違いより、画面ばかり見て周囲を見ない状態であった可能性がある。ただし各実験は24人で、短い課題である。これを一般の運転や歩行に広げて、紙の地図が常に勝つと言うことはできない。次に、道を覚える経験を何年も積んだ人の海馬は、どう変わるのかを見る。

4. かいばは、まなぶと かわるの?

4. ロンドンのタクシー運転手を目指した人たちの海馬は変わったのか

4. 訓練前後の海馬の変化 ── タクシー免許の訓練を追った研究と、残る解釈の幅

ロンドンの タクシーの うんてんしゅに なるには、「ザ・ナレッジ」と いう むずかしい しけんに うからないと いけません。まちじゅうの みちを おぼえる くんれんです。

この くんれんを うけた 人たちを、ながく おいかけた けんきゅうが あります。くんれんを うけた 79人と、うけない 31人を くらべました[6]。

はじめは、りょうほうの かいばに ちがいは ありませんでした。3〜4ねん たって しけんに うかった 39人だけ、かいばの うしろの ほうが ふえて いました。おちた 人と、うけて いない 人には、かわりは ありませんでした[6]。

おぼえる ことで、かいばが かわる かもしれない、という ことです。ただし、もともと むいて いた 人が うかった かのうせいも のこって います。

うかった 人は、ほかの テスト、たとえば むずかしい 図けいを おぼえる もんだいでは、うけて いない 人より せいせきが ひくい ことも ありました[6]。ロンドンの みちを たくさん おぼえた かわりに、ほかの きおくで ちがいが でる かもしれません。

では、ナビを つかいつづけると、その はんたいの ことが おきるのでしょうか。

ロンドンのタクシー運転手になるには、市内の通りを覚える難関の訓練「ザ・ナレッジ」を通る必要があります。この訓練を追跡した研究(Woollett & Maguire、2011年)では、訓練生79人と、受けていない対照の31人が調べられました[6]。

訓練の前は、両者の海馬に差はありませんでした。3〜4年後、合格した39人だけが、海馬の後ろの部分の灰白質が増えていました。不合格だった人と対照の人には、変化がありませんでした[6]。

2000年の研究でも、免許を持つタクシー運転手16人は、運転手でない50人より、海馬の後ろの部分が大きいと報告されていました。運転した年数が長いほど大きい傾向もありました[7]。ただし、この2000年の研究は、運転手になった後の状態を比べたものです。

2011年の追跡研究が示したのは、同じ人たちの前と後を比べても、合格者の海馬が変わった、ということです。それでも、合格しやすい人が元から有利だった可能性は、完全には消えません。合格者は、複雑な図形の記憶など、ほかの課題で対照より成績が低い場合もありました[6]。

では、道を覚える機会を減らしたときは、どうなるのでしょうか。

ここまでの実験は短期の課題だったが、海馬が学習によって実際に変化するかは、長期の追跡でないと判断しにくい。そこで、ロンドンのタクシー免許の訓練「ザ・ナレッジ」を追った研究(Woollett & Maguire、Current Biology、2011年)が手がかりになる。訓練生79人と対照の31人が追跡された[6]。

訓練前、両者の海馬後部に差はなかった。3〜4年後に合格した39人では、海馬後部の灰白質が訓練前より増え、不合格者と対照には変化がなかった[6]。この「前後で比較できた」点が、2000年の研究との違いである。2000年のPNASの研究では、免許を持つ運転手16人(平均44歳)と、運転手でない50人のMRIが比べられ、運転手は海馬後部が大きく、運転歴が長いほど大きかった(相関r=0.6)[7]。しかしこれは運転手になった後の人を比べたもので、元から大きかった人が運転手になった可能性を排除できない。

2011年の追跡は、その疑いに対する一つの答えになった。ただし、合格者だけが変化したため、訓練への向き不向きが合否と関係した可能性はなお残る。さらに合格者は、複雑な図形の記憶など別の課題で、対照より成績が低かった[6]。道の知識に特化した記憶と引きかえに、別の記憶で差が出る可能性があるが、因果を断定できる資料はない。

要するに、海馬は学ぶ経験とともに変わりうるが、その変化は万能の強化ではなく、得意の偏りを伴う可能性がある。では逆に、道を覚える経験が減ると、何が起きるのか。

5. ナビを つかいつづけると、みちを おぼえる ちからは おちるの?

5. ナビを使い続けると、道を覚える力は落ちるのか

5. 使用量と空間記憶の関係 ── 相関から言えることと言えないこと

カナダの モントリオールで、うんてんを する 19〜35さいの 50人を しらべた けんきゅうが あります。これまでの じんせいで GPSを たくさん つかった 人ほど、ナビなしで じぶんで すすむ ときの 空間の きおくが わるい、という けっかが でました[8]。

3ねんご、もう 一ど しらべられた 13人では、GPSを よく つかった 人ほど、かいばに たよる 空間の きおくが おおきく さがって いました[8]。

「ほうこうおんちだから、GPSを つかうのでは?」と おもうかも しれません。けれども、じぶんの ほうこうかんかくの ひょうかとは かんけいが なく、けんきゅうの 人たちも「ほうこうおんち だから たよる」では せつめいしにくい、と のべて います[8]。

ただし、これは「いっしょに みられる」と いう はなしで、GPSが げんいんだと ほんとうに わかった わけでは ありません。ついせきした 人も 13人です。

だから、「ナビを つかっては ダメ」では なく、どう つかうかが だいじ かもしれません。

モントリオールで運転する19〜35歳の50人を調べた研究(Dahmani & Bohbot、2020年)では、生涯でGPSをたくさん使ってきた人ほど、ナビなしで自分で進むときの空間記憶が悪い、という結果が出ました[8]。

3年後に再検査できた13人では、GPSをより使った人ほど、海馬に頼る空間記憶の低下が大きくなりました。方向感覚の自己評価とは関係がなく、著者は「方向音痴だからGPSに頼る」という説明は成り立ちにくい、と述べています[8]。

ここで大切なのは、これが相関の研究だということです。GPSを使うことが原因だと証明したわけではなく、追跡できたのは13人です[8]。

これまでの章を合わせると、見えてくることがあります。ナビに従うと分かれ道での海馬の活動は上がりにくく(1章)、画面を見る時間が長いほど景色は残りにくい(3章)。一方で、道を覚える経験を積めば海馬は変わりうる(4章)。だから、ナビを使うこと自体より、道を自分で考える場面や周りを見る時間を、全部ナビに預けてしまうことが効いてくるのかもしれません。

では、ナビとつきあいながら、道を覚える方法はあるのでしょうか。

使用量と空間記憶の関係を調べた研究がある。Dahmani と Bohbot(Scientific Reports、2020年)は、モントリオールで運転する19〜35歳の50人を調べ、生涯のGPS使用が多い人ほど、自分で進むときの空間記憶が悪い、と報告した。3年後に再検査できた13人でも、GPS使用が多い人ほど、海馬に頼る空間記憶の低下が大きかった[8]。

注目すべきは、方向感覚の自己評価とは関係がなかった点だ。著者らは、「方向音痴だからGPSに頼る」だけでは説明しにくいと述べる[8]。ただし、追跡は13人で、相関にすぎない。GPSが原因で低下したのか、元から空間記憶の特徴が異なる人がGPSを多く使ったのかを、この研究だけでは切り分けられない。

では、ここまでの研究を合わせて何が言えるのか。第一に、ナビに従う条件では海馬の上乗せ活動が見られなかった(仮想空間、24人)。第二に、歩行実験では、GPS群が道の知識が少なかった。第三に、差の背景には、画面を見る時間の長さが関係する可能性がある(大学生24人ずつ)。第四に、長期の学習が海馬を変えることはタクシー訓練で示された。ただし、これらをつなげて「ナビを使い続けると海馬が縮む」と言える資料はない。つなぐ線は、仮説である。

だとすれば、実践的な問いは「ナビを使うか」より「ナビを使う間、何に注意を向けるか」になる。それを、自分の散歩で確かめることができる。

6. あるきながら、めじるしを みつけて みよう

6. 次の散歩で、顔を上げて目印を探す

6. 自分で確かめる ── 散歩の観察と、原論文の読み方

おうちの 人と、ちかくの まちを さんぽする ときに、ためして みましょう。あるきながら、めじるしに なる ものを 3つ、さがします。ポストや、ふるい 木、かわった かんばんなどです。

おうちに かえったら、かみに、いえから めじるしまでの ようすを かんたんな 絵に かいて みます。きょうの みちは どのくらい おぼえて いたでしょう。

あるいて いる 間は、ほかの 人や くるまに ちゅうい して、おうちの 人と いっしょに あるきます。ちずや スマホは、たちどまって から みます。

近所の散歩で試せることがあります。道を歩きながら、目印になるものを3つ決めてみましょう。ポスト、古い木、変わった看板など、何でもかまいません。

家に帰ったら、紙に簡単な地図を描きます。目印が出てくる順番や、曲がった場所が思い出せるか、確かめられます。

地図やスマホは、立ち止まって安全な場所で見ます。歩きながら画面を見ず、周りに気をつけます。今回の研究にあった「周りの景色を見る時間」は、こうした観察の積み重ねで増やせるかもしれません。

この記事の研究は、論文の要旨や研究機関の発表に基づく部分があります。気になった実験は、出典欄から原文にあたって、人数や条件を確かめてみてください。

観察の視点として、次の二つが挙げられる。第一に、散歩の途中で目印を3つ決め、家に帰ってから経路と目印を紙に描く。目印の順番や曲がった場所がどこまで再現できるか、自分で確かめられる。第二に、同じ道を、一度は地図アプリを見ながら、一度は顔を上げて歩いたとき、描ける量がどう違うかを比べる。ただし、これは個人的な観察であり、石川らの実験のような条件統制はない。

安全のため、歩行中の画面注視は避け、立ち止まって確認する。人の少ない道でも、車や自転車に注意する。

ここまでの散歩の観察は日本語だけで試せる。さらに原典を読みたい人向けの、英語の論文の案内もある。原典にあたるなら、Javadi らの Nature Communications 2017(DOI: 10.1038/ncomms14652)、石川と高橋の Cartographic Perspectives、Woollett と Maguire の2011年の追跡研究が、この記事の中心になっている。各研究の参加者数、対象年齢、課題の条件を読み比べると、「ナビは脳に悪い」という単純な話に収まらないことが、手元で確かめられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

脳スキャン実験、歩行実験、タクシー訓練、使用量と空間記憶の関係は、研究機関の発表・論文の要旨・紹介記事による。

  1. PsyPost「Study: GPS navigation switches off parts of the brain otherwise used」(UCL発表の報道) https://www.psypost.org/study-gps-navigation-switches-off-parts-brain-otherwise-used (ソーホー仮想空間の脳スキャン実験)
  2. Javadi et al., Nature Communications (2017), PMC https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5364395 (海馬後部と道のつながり、前頭前野の迂回計画)
  3. JSTサイエンスポータル「2014年ノーベル生理学・医学賞」 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20141006_04/ (場所細胞・グリッド細胞の発見)
  4. BPS Research Digest「Don't ditch your paper maps just yet」(石川らの2008年研究の紹介) https://www.bps.org.uk/research-digest/dont-ditch-your-paper-maps-just-yet (GPS・紙の地図・直接経験の歩行実験)
  5. Ishikawa & Takahashi, Cartographic Perspectives https://cartographicperspectives.org/index.php/journal/article/download/cp75-ishikawa-takahashi/html?inline=1 (ルート表示・方向表示・紙の地図と画面の大きさ)
  6. ScienceDaily「London taxi drivers' brains」(UCL発表) https://www.sciencedaily.com/releases/2011/12/111208125720.htm (タクシー訓練の追跡研究)
  7. Maguire et al., PNAS (2000), PMC https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC18253/ (タクシー運転手と海馬後部の体積)
  8. Dahmani & Bohbot, Scientific Reports (2020), PMC https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7156656/ (GPS使用と空間記憶の相関)

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