1. ふねの 上で、じしゃくが たよれない
1. 鉄の船で、磁石の針が頼れなくなった
1. 鉄鋼船と磁気コンパスの誤差 ── ジャイロコンパスの動機
むかしの ふねは 木で できて いました。やがて、てつの ふねが ふえました。すると、じしゃくの はりが くるう ことが わかりました[3]。
ふねの 中には てつが たくさん あります。電気で うごく きかいも あります。じしゃくの はりは、まわりの てつや 電気に ひっぱられて しまうのです[4]。
そこで、ドイツの アンシュッツ・ケンプフェという 人が、じしゃくを つかわない ほういじしんを 発明しました[3]。
では、じしゃくなしで、どうやって きたを みつけるのでしょう。
船が木から鉄や鋼に変わっていくと、磁気コンパスに誤差が出るようになりました[3]。船体の鉄が磁石に影響し、電気で動く機械もそろっています。金属の船体で囲まれた部屋では、磁気コンパスは役に立たない、という説明もあります[4]。
この困りごとに答えたのが、ドイツのヘルマン・アンシュッツ=ケンプフェ(1846〜1931)です。もともとは薬学の人だったと紹介されています。航海用の実用的なジャイロコンパスを、1908年に発明したとされます[3]。
年には幅があります。1906年に戦艦で試験され、1908年の試験が成功したあとにドイツ帝国海軍で広く使われた、という説明もあります[4]。20世紀の初めの発明、と覚えておくのが安全です。
磁石に頼らず、どうやって北を見つけるのか。そのヒントは、半世紀ほど前のフランスの実験室にありました。
船体が木から鉄・鋼へ移ると、磁気コンパスに誤差が生じるようになった[3]。金属製の船体の中で電気機械が動いていれば、磁針は周囲の鉄や電流の影響を受け、実用にならない[4]。磁気に頼る限り、この誤差は船の構造そのものから生まれる。そこで、磁気を使わない方位の基準が求められた。
これに応えたのが、ドイツの薬学者ヘルマン・アンシュッツ=ケンプフェ(1846〜1931)である。航海用の実用機の発明は1908年と紹介される[3]。ただし資料により年は1906〜1908の幅があり、1906年に戦艦で試験され、1908年の試験成功後にドイツ帝国海軍で広く使われた、という経過も伝わる[4]。本記事では「20世紀初め」と呼ぶ。
では、磁気なしで何を基準にするのか。答えは、約半世紀前にフランスの物理学者が気づいていた。
2. こまの じくは、ほしに たいして うごかない
2. 回るコマの軸は、星に対して動かない
2. フーコーのジャイロスコープ ── 軸は空間に固定され、地上からは1日で回って見える
1852ねんに、フランスの フーコーという 人が、まわる こまの 道具を つくりました。「ジャイロスコープ」と なづけたのも、この 人です[2]。
はやく まわる こまの じくは、いつも 同じ ほうこうを むこうと します。よぞらの ほしに たいして、うごきません[2]。
でも、わたしたちの 足もとの 地球は、1日で 1かい まわって います。だから 地球の 上から みると、こまの じくは 1日かけて ゆっくり まわって みえます[2]。
これが、地球が まわって いる しょうこに なりました。ただし じっさいに うごいて いるのは、こまでは なく 地球の ほうです。
フランスの物理学者レオン・フーコーは、1852年にジャイロスコープをつくりました。振り子の実験に続いて、地球の自転をもう一度見せるための実験だったとされます[2]。「ジャイロ」は回転、「スコープ」は観察を意味し、名前も彼自身がつけました。起きる現象が、すべて地球の動きによるからだと説明されています[2]。
速く回るコマの軸は、星に対して一定の向きを保ちます。ところが地球は1日に1回転しているので、地上から見ると、軸は1日かけて回るように見えます[2]。動いているのは、実際には軸ではなく、足もとの地面のほうです。
この「軸は動かず、地面が動く」という見え方が、ジャイロコンパスの出発点です。では、ただ回すだけのコマが、北を向くのはなぜでしょう。必要なのは、もうひとつ小さな細工でした。
フーコーは1852年、振り子の実験の続きとして、地球の自転をさらに示すためにジャイロスコープを製作した。「gyro(回転)」と「scope(観察)」を組み合わせた名称は、現象がすべて地球の運動に依存することから本人が名づけたとされる[2]。
高速で回転する転輪の軸は、恒星に対して一定の向きを保つ。地球は1日に1回転するから、地上の観測者には、軸が1日に1周するように見える[2]。動いているのは軸ではなく地面側であり、この見かけの運動が自転の証拠になる。
ここから重要な推論が出てくる。軸が空間に固定されるなら、地面に対する軸の傾きは、地球の自転によって刻々と変わる。この傾きを「北を知る手がかり」に変えられるか。そのために必要なのが、軸の片側につけるおもりである。
3. じくが ひがしを むくと、なにが おこるか
3. 軸が東を向くと、おもりが北へ首を振らせる
3. 軸が東向きのとき ── 傾き・重力のトルク・プレセッション
ジャイロコンパスの こまには、じくに おもりが ついて います。おもりが あると、じくは 水平に なろうと します[6]。
はじめに、じくが ひがしを むいて いたと しましょう。地球が まわると、じくは 地めんに たいして かたむきます。きた がわの はしが、少しずつ もちあがるのです[1]。
すると おもりが おもさで ひっぱられ、じくを もどそうと します。まわる こまは、ひっぱられた むきでは なく、よこへ くびを ふります。これを 「プレセッション」と いいます。
この くびふりで、じくの きた がわの はしは、きたへ むいて いきます[1]。じしゃくの ちからでは なく、地球の 自転と おもりの おもさだけで、きたへ むくのです。
地面だけが傾く
おもりのついたジャイロを、軸が東を向くようにして置いた場面を考えます。軸は空間の向きを保っても、地面のほうが自転で動いていきます。そのため、その場所の水平面に対して、軸には傾きが生まれます[1]。
おもりの重さが、首振りを起こす
軸の北のはしが持ち上がると、軸につけたおもりに重力がはたらき、軸を水平へ戻そうとするトルクが生まれます[1]。回っているコマは、押された向きではなく、直角の向きへ軸を動かします。これがプレセッション(首振り)です。
このトルクによるプレセッションの結果、軸の北のはしは、北のほうへ向いていきます[1]。ここで北へ向ける力は、磁気ではありません。地球が自転していることと、おもりの重さがそろって、はじめて生まれます。
では、軸が北を向いたとき、この首振りはどうなるのでしょうか。
おもりで軸を水平に保ちつつ、水平面内では軸が自由に回れるようにしておく。軸が東向きだと、地球の自転によって、軸はその地点の水平面に対して傾斜角を持つ[1]。北端が持ち上がる方向の傾きが生じると、重力がおもりにトルクを与え、軸を水平へ戻そうとする。
回転体に外からトルクを加えると、加えた向きとは直角の向きへ軸が動く。これがプレセッションで、その結果、軸の北端は北の方向へ向いていく[1]。重力が軸を真北へ向けるトルクを与える点は、別の解説でも共通している。この動きは、地球の自転軸まわりの回転が引き起こすトルクによるプレセッションに依存する[6]。
要するに北へ向ける力は磁気ではなく、「自転による傾き」と「おもりの重さ」の組み合わせである。では、軸が北を向いたとき、この組み合わせはどうなるのか。
4. どうして きたを むいて おちつくのか
4. なぜ北を向くと、軸は落ち着くのか
4. 落ち着く条件 ── 北向きで傾きが消える
まず、水平な ばしょに ある こまを かんがえます。じくが きたを むくと、ふしぎな ことが おきます。地球が まわっても、じくは 地めんに たいして かたむかなく なるのです[1]。
かたむきが なければ、おもりに ひっぱられる ことも ありません。くびふりも おこらなく なります。じくは、きたを むいた まま とまります[1]。
おわんの 中の ボールを おもいうかべて ください。ボールは、いちばん ひくい そこで とまります。じくも、かたむきの ない きたを むく ときに、うごかす ちからが なくなるのです。ただし ボールは ころがりますが、こまは くびを ふりながら、少しずつ おちつきます。
軸が東西を向いているあいだは、地球の自転が軸の傾きを生み続けます。ところが軸が南北を向くと、自転による水平面の傾きは、軸に影響を与えなくなります。軸は水平面と平行なままになります[1]。ここでは水平な地面の上の、いちばん単純な場合で考えています。
傾きがなければ、おもりにはたらくトルクも消えます。トルクが消えれば、プレセッションも起こりません。そのため軸は、北を向いたまま動かなくなります[1]。これが、軸が「北で落ち着く」理由です。北からずれると北へ戻す動きが生まれるので、軸は揺れながら北へ向かいます。
おわんの底に転がるボールにたとえられます。底に着けば、それ以上は動く理由がなくなるからです。ただしボールは何度か行き来して止まり、コマの軸も、北に着く前後で揺れながら落ち着いていきます。その揺れを、次に見ます。
軸が南北方向を向くと、地球の自転による水平面の傾斜は軸に影響を与えない。軸は水平面と平行のまま保たれる[1]。傾きが生じなければ、おもりに重力のトルクが生じず、プレセッションも起こらない。そのため軸は北を向き続ける。ただしこれは赤道上の単純化した模型での説明で、中緯度の実機では傾きやプレセッションが残る。
落ち着く理由は、「北を探す力が強まること」ではなく、「北をはずれたときに軸を北へ戻す力が生まれ、北ではその力が消えること」にある。東や西へずれるほど傾きが大きく、北に近づくほど傾きが小さくなり、北向きで零になる。この考え方は、おわんの底に収まるボールの安定点に似る。
ただし、ボールの類推には限界がある。コマは、押された方向ではなく直角の向きへ動くので、一直線に底へ向かうわけではない。実際の動きは、次の章のように、揺れをともなう。
5. 落ち着くまで、ゆれながら きたへ
5. 北に着く前に、何度か揺れる
5. 減衰振動 ── 起動から静止までの揺れ
ジャイロコンパスは、スイッチを いれて すぐには とまりません。きたの まわりを、右や 左に ゆれながら、少しずつ おちつきます[7]。
むかしの きかいでは、おちつくまでには、時間が かかります[7]。
ゆれの はばは、だんだん ちいさく なります。ブランコが、おして もらわなくても 少しずつ とまるのと にて います。
6. じしゃくに ない つよみと、にがてな ばしょ
6. 磁気コンパスにない強みと、苦手な場所
6. 磁気コンパスとの比較 ── 偏差・自差がない利点と、高緯度・急な変化での限界
ジャイロコンパスは、ほんとうの きたを さします。じしゃくの はりは、場しょに よって、きたから 少し ずれる ことが あります[1]。
ふねの てつの えいきょうも うけません。きかいに 入れた 数字を、ほかの そうちに おくる ことも かんたんです[1]。
でも、にがてな ことも あります。ほっきょくや なんきょくでは、地球の まわる ちからを つかった 北さがしが はたらきません[6]。ふねの はやさや すすむ ほうこうを きゅうに かえた ときも、ずれが でる ことが あります[6]。
アメリカでも、スペリーさんが べつに じっようきを つくり、1911ねんに かいぐんが つかい はじめました[5]。
真北をさし、鉄の影響もない
世界大百科事典によると、ジャイロコンパスは真北をさすので、磁北と真北のずれである偏差がありません。船体の鉄による磁気コンパスの自差もありません。指北力が安定していて、約70度の高緯度まで使えます。方位の信号をオートパイロットなどへ送りやすい点も利点です[1]。
苦手な場所と場面
北極や南極では、自転が生む水平面の傾きの効果が消えます。緯度の正弦(sin)が0になるためで、北を探す動きがはたらきません。実用上も、高緯度ほど精度は落ちます[6]。船の速度や針路、緯度が急に変わると、ジャイロが追いつく前にずれが出ることもあります[6]。
世界にひろがった
アメリカでは、エルマー・スペリーが別に実用機を開発し、1911年に米海軍が採用しました。同年8月18日に戦艦デラウェアで試験が始まり、最初の量産機は11月13日にユタへ積まれた、とメーカーの年表は伝えます[5]。ドイツとアメリカで、ほぼ同じ時期に別々の機械が育ったことになります。
世界大百科事典は、磁気コンパスと比べた利点として、真北をさすため偏差がないこと、船体の鉄による自差がないこと、指北力が安定して約70度の高緯度まで使えること、方位信号をオートパイロットやレーダーへ伝送しやすいことを挙げる[1]。磁気に頼らないからこそ、磁気の乱れから自由になるわけだ。
その代わり、自転を手がかりにする仕組みには、自転を手がかりにするがゆえの限界がある。極では、自転が生む水平面の傾きの効果が緯度の正弦(sin)の形で消え、北を探す動きがはたらかない。実用では高緯度ほど精度が落ちる[6]。「約70度まで」という実用上の目安と、極で動かないという原理上の限界は、別々の話である。船の速度・針路・緯度が急に変わると、ジャイロが追従する前に偏りが出る[6]。
実用機は、ドイツではアンシュッツが先行し、アメリカではエルマー・スペリーが並行して開発した。スペリー社の年表によれば、1911年に米海軍が採用し、8月18日に戦艦デラウェアで海上試験が始まり、最初の量産機は11月13日に戦艦ユタへ搭載された[5]。ただし自社の年表であるため、年と採用の事実だけを使い、方式の優劣は論じない。
7. いえの こまと ほういじしんで、きたを さぐろう
7. 家のコマと方位磁石で、「北を探す」を比べる
7. 出口 ── 手もとで確かめられること、読める資料
こまを まわして みましょう。まわって いる あいだ、かたむけても すぐには たおれず、ゆっくり よこへ くびを ふります。これが、プレセッションです。ジャイロコンパスの さいげんでは ありませんが、たおれる まえに じくが よこへ うごく ようすを みて ください。
ほういじしんが あれば、はりの そばに、はさみや てつの なべを ちかづけて みます。はりが うごいたら、てつが じしゃくの はりを まどわせた しょうこです。ふねの 中でも、同じ ことが おきて いたのです。
ただし ほういじしんの ちかくで、つよい じしゃくは つかわないで ください。はりが こわれる ことが あります。
ジャイロコンパスの こまは、こんな ふうに じしゃくを つかいません。それでも、きたを さがせる のは、すごいと おもいませんか。
家に独楽(コマ)があれば、回して傾けてみましょう。回っているあいだは、すぐには倒れず、ゆっくり横へ首を振ります。それが、プレセッションです。ジャイロコンパスの再現ではありませんが、倒れる前に軸が横へ動く様子を観察してみてください。
方位磁石があれば、針の近くにはさみや鉄のなべを近づけてみます。針が動けば、鉄が磁石の針を惑わせるということです。船の中でも、同じことが起きていました。強い磁石は、針をこわすことがあるので、近づけないでください。
北を探すのに、磁石を使わない道がある。それを知っているだけで、船の上の風景が少し変わって見えるはずです。もっと読みたいときは、世界大百科事典の「ジャイロコンパス」の項[1]を開いてみると、仕組みの図入りの説明が読めます。
手もとで確かめるなら、コマを回して傾け、倒れる前に軸が横へ動く様子を見る(ジャイロコンパスの再現ではない)。方位磁石の針に鉄製のはさみやなべを近づけ、針が動くことを見れば、船体の鉄が磁気コンパスを乱す理由が実感できる。強い磁石は針を壊すことがあるので近づけない。
資料を読むなら、仕組みは世界大百科事典の「ジャイロコンパス」[1]、フーコーのジャイロスコープは英語版Wikipedia[2]に詳しい。英語の解説では、起動後の揺れや速度誤差の扱いも読める[6]。一次資料にあたるなら、各社の技術資料も手がかりになる。
この記事では、現行機の性能や、日本での普及、船への搭載義務までは扱っていない。そこから先は、読者が資料で確かめる価値のある問いだ。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:世界大百科事典(コトバンク)、Wikipediaの解説、スペリー社の年表、ほかを使った。何に使ったかは、各項目の最後に書いている。
- ジャイロコンパス(コトバンク/世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/ジャイロコンパス-3155442 (軸の傾き・プレセッション・南北で止まる理由・利点について)
- Foucault's gyroscope(Wikipedia)。https://en.wikipedia.org/wiki/Foucault%27s_gyroscope (フーコーのジャイロスコープと軸の見かけの動きについて。二次資料)
- 現代ビジネス「実用的なジャイロコンパスが発明される(1908年)」。https://gendai.media/articles/-/73444 (鉄の船と磁気コンパスの誤差、アンシュッツの発明について)
- EBSCO Research Starters「Anschütz-Kaempfe invents first practical gyrocompass」。https://ebsco.com/research-starters/history/anschutz-kaempfe-invents-first-practical-gyrocompass (開発の動機と年の幅について。二次資料)
- Sperry Marine「Timeline of Sperry Gyrocompass」。https://www.sperrymarine.com/about-us/timeline-of-sperry-gyrocompass/ (米国での採用年と試験の日付について。企業の自社年表)
- Gyrocompass(Wikipedia)。https://en.wikipedia.org/wiki/Gyrocompass (重力のトルクと高緯度での限界、速度誤差について。二次資料)
- ジャイロコンパス(Wikipedia日本語版)。https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャイロコンパス (起動後の揺れと落ち着くまでの時間について。二次資料)
なおした ところ
更新履歴
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