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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

おはしは どうして 2ほんで つかうの? りゆうは まだ わからないけれど、はじまりは ピンセットの かたちだった らしいよ

箸はどうして2本で使うのか ── 理由は分かっていないが、最初の箸はピンセットの形だったらしい

箸はなぜ2本なのか ── 理由は分かっていないが、竹を折り曲げた1本の「折箸」から2本の箸が食卓に届くまでは追える

分野:歴史・文化

日本で いちばん はじめの おはしは、2ほんの ぼうでは なかった らしいのです。竹を 1ぽん、まんなかで おりまげた、ピンセットの ような かたちだった ようです。

では、おはしは どうして 2ほんに なったのでしょう。2ほんで つかうと なにが できるのか、いつごろ ひろまったのかが わかります。

日本で最初の箸は、2本の棒ではなく、竹を1本折り曲げた、ピンセットのような形だったらしい。農林水産省の記事はそう伝えています。しかも、食事の道具というより、神様に供え物をするときの神器だった可能性が高いといいます。

では、その箸はどうして2本に分かれ、2本になると何ができるようになったのでしょうか。2本が別々に動くことの意味と、2本の箸が広まった時期をめぐる見方のちがいが分かります。

日本で最初の箸は、2本の棒ではなく、竹を折り曲げたピンセット状の「折箸」だったようだ。しかも食事の道具というより、神への供え物を扱う神器だった可能性が高いと、農林水産省の特集は述べる[1]。

それがなぜ、現在のような2本の棒になったのか。直接の理由を説いた資料は乏しいが、2本が別々に動くことで何が可能になるのか、2本の箸がいつ食卓に広まったのかは、資料をもとに説明できる。両者を、公的機関と事業者の資料を比べながら確かめる。

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1. さいしょの おはしは、1ぽんの 竹だった?

1. 日本で最初の箸は、2本の棒ではなかったらしい

1. 最初の箸は「折箸」だった ── 食べる道具より先に、供え物にさわらない道具だった可能性

ごはんの とき、わたしたちは 2ほんの おはしを もちます。ところが、日本の いちばん はじめの おはしは、2ほんの ぼうでは なかった ようです。

竹を うすく けずって、まんなかで おりまげた もの。ピンセットに にた かたちで、「おりばし」と よばれます[3]。

つかい みちも、ごはんを たべる ためだけでは なかった かもしれません。かみさまへの おそなえものに、手で さわらない ために つかわれた かのうせいが あると いわれます[1]。

おそなえものを 手で さわって よごさない ように、という わけです。ただ、これは「かのうせいが たかい」と いう ところまでで、はっきり きまった ことでは ありません。

毎日使う箸には、2本の棒ではなかった時代があるようです。農林水産省の特集では、最初の箸は2本の棒状ではなく、竹を折り曲げたピンセットのような「竹折箸たけおりばし」だったとされています。食事の道具というより、神様に関わる神器じんぎだった可能性が高いそうです[1]。

なぜ神様なのでしょうか。日本箸文化協会の代表は、神様への供え物を手で触れて汚さないために、箸が使われた可能性があると説明しています[1]。別の紹介記事も、手づかみで供えるのは失礼だと考えられたから、という趣旨です[3]。

折箸は、細く削った竹を1本、折り曲げた形とされています[3]。食べるより先に、さわらないための道具として生まれたのかもしれません。ただし「可能性が高い」という推定で、確定した史実ではありません。

毎日手にする箸には、2本の棒ではなかった時代がある。農林水産省の特集は、日本で箸が使われ始めたのを弥生時代から飛鳥時代(3〜7世紀ごろ)と推定し、その最初の箸は、ピンセットのように竹を折り曲げた竹折箸たけおりばしだったようだと述べる。さらに、食事の道具というより神器じんぎだった可能性が高いという[1]。

では、なぜ神器なのか。日本箸文化協会の小倉朋子代表は、神への供え物を手で触れて汚さないための道具だった可能性があると説明する[1]。ほかの解説も、神に手づかみで供えるのは失礼と考えられたためとし、折箸を細く削った竹1本を折り曲げた形とする。ただしこれらは監修者や一次出典が明記されない紹介記事で、単独では根拠が弱い[3]。

つまり「食べるより先に、さわらないために生まれた道具」という筋書きは、有力ではあるが推定の域にある。それでも、現在の箸の原型が食卓ではなく供え物の場面にあったという見方は、箸という道具の見え方を変える。では、1本の折箸と2本の箸は、何が違うのか。

2. 2ほんだと、なにが できるの?

2. 2本だと、1組の箸で何ができるのか

2. 2本が別々に動くと何が可能になるか ── 持ち方と、箸が担う働き

なぜ 2ほんに なったのかを、はっきり かいた しりょうは、まだ 見つかって いません。でも、2ほんで つかうと なにが できるのかは、じぶんの 手で たしかめられます。

うえの おはしは、えんぴつの ように もちます。したの おはしは、中指と 薬指の あいだに はさんで とめます。つまむ ときに うごかすのは、うえの 1ぽんだけで、したの 1ぽんは うごかしません[2]。

うごくのは 1ぽんだけでも、さきを あけたり とじたり するだけで、ちいさな 豆も、大きな おかずも つまめます[2]。

おはしを つくる 会社は、つまむ、はさむ、ほぐす、さく、まぜる、はこぶなど、12この はたらきが ある、と せつめいします。ナイフや フォークや スプーンは、1つずつの しごとを する どうぐ。おはしは、1くみで いろいろ できる、と いう わけです[6]。

ただし この「12」は、会社が 分けた かぞえかたです。かならず そう きまった ものでは ありません。

2本に分かれた理由を、はっきり書いた資料は見つかっていません。それでも、2本の箸が何をしているかは、持ち方を見れば分かります。

動くのは上の1本だけ

農林水産省の解説では、上の箸は鉛筆の要領で持ち、下の箸は中指と薬指の間に入れて固定します。物をつまむとき、親指・人差し指・中指で動かすのは上の箸だけで、下の箸は動かしません[2]。固定された下の箸に上の箸を寄せるので、箸先の開き具合を変えると、大きさの違う物をつまみやすくなります[2]。

箸は「道具」というより「器官」

箸メーカーの兵左衛門は、箸は二本一組の「一膳」で、つまむ、はさむ、押さえる、すくう、裂く、ほぐす、混ぜる、運ぶなど12の働きをすると整理しています。切る・刺す・すくうのどれか1つしか担わないナイフ、フォーク、スプーンを「道具」とするなら、箸は体の一部のような「器官」だという見方です[6]。

この12は企業の整理で、学術的な分類ではありません。折箸と2本の箸のどちらが便利かを比べた資料も、見当たりません。

2本に分かれた理由を直接説いた資料は見つからなかった。ただ、2本が何をしているかは、持ち方から説明できる。

農林水産省の解説によれば、上の箸は鉛筆の要領で持ち、下の箸は中指と薬指の間に入れて固定する。物をつまむときに動かすのは、親指・人差し指・中指で操る上の箸だけで、下の箸は動かさない。固定された下の箸へ上の箸を寄せるため、箸先の開き具合を変えると、大きさの違う物をつまみやすくなる。持つ位置は、箸先からおよそ3分の2が目安とされる[2]。

この「片方を土台にして、もう片方で動かす」仕組みが、つまむ以外の働きにも広がる。箸メーカーの兵左衛門は、箸を「つまむ、はさむ、押さえる、すくう、裂く、のせる、はがす、ほぐす、くるむ、切る、運ぶ、混ぜる」の12の機能を果たす「器官」とし、切る・刺す・すくうのいずれか1つしか担わないナイフ・フォーク・スプーンを「道具」と対比している[6]。

ただし、この12は企業サイトの整理であり、学術的な分類ではない。折箸と2本の箸の使いやすさを比べた研究は、本文の資料にはなく、「2本のほうが優れているから置きかわった」と言い切れる資料はない。分かるのは、2本が別々に役割を分けると、1組で多くの動作をこなせるという点までである。

3. 2ほんの おはしは、いつごろ ひろまったの?

3. 2本の箸が食卓に広まったのは、いつごろか

3. 2本の箸はいつ食卓に届いたか ── 割れる年代の見方と、遣隋使説

むかしの 人は、どう やって たべて いたのでしょう。とても むかしの 中国の 本には、日本に いた 人たちが 手で たべて いる と かかれて います[5]。ただし、それは その 本の かきかたです。みんなが おはしを しらなかった とは いえません。

2ほんの おはしが ひろまった ころには、いろいろな 見かたが あります。農林水産省のうりんすいさんしょうは、日本で おはしが つかわれ はじめたのは、弥生時代やよいじだいから 飛鳥時代あすかじだいの ころだろうと 見て います[1]。

いっぽう、奈良文化財研究所ならぶんかざいけんきゅうじょは、おはしで 食べる やりかたが ほんかくてきに ひろまったのは、奈良時代ならじだいの ころだと かんがえて います[4]。奈良ならの 平城京へいじょうきょうの あとからは、2ほんの おはしが たくさん 見つかった と いわれます[5]。

中国へ いった 遣隋使けんずいしが、おはしで おもてなしを うけた ことも、つたわった きっかけの 1つと かんがえられて います[1]。

木の おはしは、土の 中で なくなりやすいので、見つからない ことは、つかって いなかった ことには なりません[5]。

手で食べていた時代のこと

3世紀の中国の歴史書『魏志倭人伝ぎしわじんでん』には、日本にいた人々が「手食しゅしょく」、つまり手づかみで食べると読める記述があります[5]。ただし、これは歴史書の書き方で、全員が箸を知らなかったという意味ではありません。

見解が分かれる年代

農林水産省は、箸が使われ始めたのは弥生時代から飛鳥時代(3〜7世紀ごろ)と推定しています[1]。ところが奈良文化財研究所は、弥生時代や古墳時代の遺跡から箸が確認されておらず、箸を使う食事法が本格的に広まったのは奈良時代ならじだいごろと考えています[4]。年代は、1つにまとまっていません。

研究者の一色八郎さんの説では、確実に箸とされる日本最古の出土品は7世紀後半のものです。今のような2本の箸が大量に出土したのは、奈良の平城京へいじょうきょうの跡とされます[5]。木の箸は土の中で消えやすいため、出土しないことは使っていなかった証拠にはなりません。

中国から伝わったきっかけ

遣隋使は、中国で箸による食事でもてなされたといいます[1]。小野妹子が持ち帰り、聖徳太子が取り入れたという話もありますが、文献や出土品では確認できないとされます[5]。

手で食べていた人々が、箸の食卓へ移ったのはいつか。3世紀の『魏志倭人伝ぎしわじんでん』には、倭人が「手食しゅしょく」、つまり手づかみで食べると読める記述がある。ただしこれは史書の記述であり、全員が箸を知らなかった証拠とは言えない[5]。

年代の見方は割れている。農林水産省は箸の使い始めを3〜7世紀ごろと推定する[1]。一方、奈良文化財研究所は、弥生・古墳時代の遺跡から箸が確認されておらず、箸を使う食事法が本格的に広まったのは奈良時代ならじだいごろだと考える[4]。前者は神器としての箸も含めた「使い始め」、後者は食卓での「普及」を見ているため、答えが変わりうる。年代を1つにまとめることはできない。

出土品も手がかりになる。考古学者の一色八郎の説では、確実に箸とされる日本最古の出土品は、7世紀後半の宮の跡から出たものである。今のような2本に分かれた箸が大量に見つかったのは、奈良の平城京へいじょうきょうの跡である[5]。ただし、木の箸は土に還りやすく、見つからないことは使われていなかった証拠にならない。

伝来の経路としては、7世紀の遣隋使けんずいしが中国で箸での食事のもてなしを受けたことが語られる[1]。小野妹子が持ち帰り聖徳太子が取り入れたとする説もあるが、文献・出土品では確認できないとされ、遣隋使以前の出土品を原型とみる説や、日本で独自に使っていた可能性も紹介される[5]。

中国側では、殷墟いきょから青銅製の箸が出土したと報告されるが、食事用ではなく調理器具とみられる。戦国時代の曾侯乙墓そうこういつぼからは、ピンセット状の「竹筴ちくきょう」が出土している[5]。ピンセット状の道具は、日本だけのものではなかったらしい。

4. 日本の ごはんは、おはしが ちゅうしん?

4. 匙が使われなくなり、日本の食卓は箸が中心になった

4. 箸が中心の食卓 ── 匙の退場と、自分専用の箸

むかしの 日本では、さじと おはしの 両方を つかって いました。でも だんだん さじは つかわれなく なり、おはしが ごはんの ちゅうしんに なりました[3]。

そのため、日本の おはしは、さきが ほそく できて いると いわれます[3]。

日本では、おはしは じぶんの ものと きめる ことが 多いです。わんを 手に もって すする 食べかたが ひろまり、おはしと わんが 一人ひとりの ものに なった、と せつめいされます[8]。

せかいでは、手で 食べる 人が 4わり ほど、おはしで 食べる 人が 3わり ほど、ナイフや フォークで 食べる 人が 3わり ほど、という 数字が 出て きます[7]。ただ、いつ だれが しらべたのか はっきりしない、ふるい 数字です。おはしで 食べる 人は、3人に 1人より すこし すくない くらい、と かんがえて おきましょう。

奈良時代の終わりごろには、庶民にも箸が広まったようです。はじめは匙と箸の両方が使われていましたが、次第に匙は使われなくなりました[3]。日本の食卓では箸が中心になったことが特徴で、そのため箸先が細くできているといわれます[3]。

もう1つの特徴は、自分専用の箸を持つことです。農林水産省は、日本では椀を持って直接すする習慣が広まり、箸や椀は個人のものが基本になったと説明しています[8]。

世界の食べ方では

世界の食べ方は、手で食べる人が約4割、箸が約3割、ナイフやフォークなどが約3割という数字が紹介されます[7][5]。ただし、調査元がはっきりしない古い数字です。箸で食べる人は、3人に1人より少し少ない程度、と見ておくのが無難でしょう。

2本の箸が食卓に届いたあと、日本の食卓では何が起きたか。奈良時代の終わりごろには庶民にも箸が広まり、はじめは匙と箸が併用されたが、次第に匙は使われなくなった。日本の食卓では箸が中心になったことが特徴で、そのため箸先が細くできている[3]。

もう1つの特徴は、箸が個人専用になったことだ。農林水産省によれば、日本では椀を持って直接すする習慣が広まり、箸や椀は個人所有が基本になった[8]。自分専用の箸を持つのは、日本の特徴とされる。

世界の食べ方の割合は、資料によって数字が異なる。PRESIDENT Online は、箸食28%・カトラリー食28%・手食44%という数字を「ある調べでは」と紹介し[7]、箸約3割・手約4割・ナイフ等約3割とする資料もある[5]。いずれも調査元がはっきりせず、古い数字である。箸で食べる人は、およそ3人に1人弱と受けとめるのが妥当だろう。

5. じぶんの おはしを かんさつ しよう

5. 自分の箸で、動いているのは上か下かを見てみよう

5. 自分の箸で確かめる ── 動くのは上か下か、持つ位置を変えると何が変わるか

やって みよう。ごはんの ときに、豆や ごはんつぶを おはしで つまんで みます。

つまむ ときに、うえの おはしと したの おはしの どちらが うごいて いるか、じぶんの ゆびを 見て みましょう。したの おはしは、あまり うごかして いないはずです。

こんどは おはしの もつ ところを、さきに ちかづけたり、とおざけたり して みます。つまみやすい ところは どこでしょう。

1ぽんの おりばしから、2ほんの おはしへ。どうして かわったのか、まだ わかって いません。じぶんの 手で つまんだ ときの うごきから、かんがえて みよう。

食事のときに、豆やごはん粒を箸でつまんでみてください。上の箸と下の箸のどちらが動いているか、自分の指を見てみます。下の箸は、あまり動かしていないはずです。

次に、箸を持つ位置を、箸先に近づけたり遠ざけたりしてみます。農林水産省の解説では、箸先から約3分の2のあたりが目安とされています[2]。自分がつまみやすい位置は、どこでしょうか。

2本になった理由は、まだ資料から言い切れません。折箸から2本への移り変わりを調べる手がかりは、農林水産省の特集や、遺跡から出土した箸の報告にあります。

自分の箸で確かめてみる。豆やごはん粒をつまむとき、上の箸と下の箸のどちらが動くかを、指の動きで見る。下の箸は、ほとんど動かしていないはずだ。

次に、持つ位置を箸先に近づけたり遠ざけたりする。農林水産省の解説は、箸先から約3分の2を目安とする[2]。豆腐やごはん粒など、違う大きさの物で、つまみやすい位置が変わるかを見ると、「箸先の開閉で大きさを問わない」という説明が、自分の手で分かる。

残る問いは、折箸から2本への移行が、いつ、どんな理由で起きたかである。農林水産省の特集[1][2]と、遺跡の出土品の報告を読み比べると、この問いが何を前提にしているかが見えてくる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文の数字・年代は、公的機関と事業者の資料を比べて書きました。年代の見方が資料により割れているところは、そのまま並べています。

  1. 農林水産省『aff(あふ)』2016年5月号 特集2「お箸のはなし(1)」 https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1605/spe2_01.html (折箸・神器・年代の推定・遣隋使)
  2. 農林水産省『aff(あふ)』2016年5月号 特集2「お箸のはなし(2)」 https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1605/spe2_02.html (持ち方・上の箸だけが動く)
  3. マイナビニュース 2021年12月1日の記事 https://news.mynavi.jp/article/20211201-2191365/ (折箸の形・庶民への広まり・匙と箸)
  4. Precious.jp「箸」の歴史を紹介した記事(奈良文化財研究所の見解) https://precious.jp/articles/-/62160 (奈良時代に本格的に広まったという見方)
  5. Wikipedia日本語版「箸」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B8 (魏志倭人伝・出土品・伝来説・世界の割合。二次資料のため、脚注の原典をあわせて見る)
  6. 兵左衛門「箸の作法」箸の文化と歴史 https://www.hyozaemon.co.jp/culture/saho/ (箸の12の働き。企業サイトの整理)
  7. PRESIDENT Online 箸の食文化の記事 https://president.jp/articles/-/69508 (世界の食べ方の割合。調査元は不明)
  8. 農林水産省 食文化「おいしい和食」記事135 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/oishiiwashoku/article/135/ (箸が個人専用になった習慣)

なおした ところ

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