1. カフェで いすを どけたのは だれ?
1. 通路の椅子をどけたのは、北で16%、南で6%
1. カフェの椅子の観察 ── 6都市・8,964人の2018年の追試
ちゅうごくの 6つの まちの カフェで、8964人を みた けんきゅうが あります[6]。これとは べつに、つうろを ふさぐ ように いすを おいて、どける 人を みる ちょうさも しました(678の ばめん)。
じぶんで いすを どけた 人は、きたの こむぎの ちいきで 100人に 16人ほど。みなみの いねの ちいきでは 100人に 6人ほど でした[6]。
でも、きたでも 100人に 84人ほどは どけて いません。おおきな ちがいでは なく、すこし かたむきが ある、という ことです。
では、どうして いねや こむぎが きっかけに なったのでしょう。
カフェで人を見る研究
2018年、中国の6つの都市のスターバックス(約256店)で、8,964人を観察した研究が発表されました[6]。これとは別の調べとして、通路をふさぐように動かした椅子(678の場面)を、客が自分でどけるかも見ました。
どけた人の割合は、北の小麦地域で約16%、南の稲作地域で約6%でした。上海は約2%です[6]。16÷6は約2.7ですから、北の客のほうが、およそ2.7倍どけやすかったことになります。
地味な差でもある
ただし、北でも約84%の人は椅子を動かしていません。「北の人はどけて、南の人はどけない」という話ではなく、集めた人の割合にかたむきが見えた、という程度の差です。ひとりで座る客が、南の稲作地域でやや少なかったという報告もあります[6]。
この観察は、2014年に出された「イネ理論」を試すために行われました。そもそも、その理論とは何だったのでしょうか。
2018年にTalhelmらが Science Advances で報告したこの観察は、中国6都市のスターバックス約256店で、8,964人を対象にした。これとは別の調べとして、通路をふさぐように動かした椅子(678の場面)を自分でどけた客は、北の小麦地域で約16%、南の稲作地域で約6%、上海は約2%だった[6]。16÷6≒2.7で、北のほうが約2.7倍どけやすかったが、これは割合の比であって、人の性格の差の大きさを表す数字ではない。
注意すべきは、北でも約84%はどけなかった点だ。差は「大差」ではなく「傾向」である。ひとりで座る客が南の稲作地域でやや少なかったという結果も、同じ研究で報告されている[6]。
では、なぜカフェの客の動きが、田んぼの歴史と結びつけられたのか。これは、2014年に Science に載った最初の研究を、現場の行動で検証しようとした試みだった。
2. なぜ いねと こむぎで かんがえが ちがう?
2. もとのイネ理論は、稲と小麦の手間の差から考えた
2. 2014年の原研究 ── 労力と用水網の調整が協力の習慣を生んだという仮説
2014年、ある けんきゅうが、ちゅうごくの 大学生 1162人を しらべました[1]。
いねの ちいきの 学生は、「まわりとの かんけい」を だいじに かんがえる ことが おおく、こむぎの ちいきの 学生は、「じぶん」を まんなかに かんがえる ことが おおかった、と いいます[1]。
たとえば、じぶんと ともだちを まるで かく テスト。いねの ちいきでは、じぶんを ともだちより すこし ちいさく、こむぎの ちいきでは 1.5ミリ ほど おおきく かきました[1]。
りゆうは、いねが たいへんだから、と かんがえられて います。いねは、こむぎより ずっと 人の ちからが いり、みずを みんなで わける 水路も ととのえます[3]。そこで、たすけあう くせが うまれた、というのです。
2014年の研究と、そのテスト
2014年、アメリカの心理学者Talhelmらは、中国の漢民族の大学生1,162人を調べ、稲作地域の学生は人との関係を大事にして全体で考える傾向が強く、小麦地域の学生は個人を中心に分析的に考える傾向が強いと報告しました[1]。長江をはさんで隣り合う県どうしでも、同じ傾向が見られたそうです[1]。
テストの一つは、自分と友だちを円で描く課題でした。稲作地域の学生は自分を友だちよりわずかに小さく、小麦地域の学生は約1.5ミリ大きく描きました[1]。
手間の差が、習慣をつくった?
理由として考えられているのは、稲作のたいへんさです。稲は小麦のような雨頼みの作物より、ずっと多くの労力が要り、みんなで水を分ける用水網の調整も必要になります[3]。そのため、助け合いやおたがいの目配りの習慣が生まれた、という説明です。
けれども、これは「そう考えると筋が通る」という仮説です。ほんとうに稲作が原因なのか、批判する人たちも現れました。
2014年、Talhelmらは Science 誌で、漢民族の大学生1,162人を調べた結果を発表した。稲作地域の学生は関係重視・包括的思考の傾向が強く、小麦地域の学生は個人重視・分析的思考の傾向が強かったという。長江をはさんで隣り合う県どうしでも傾向は同じで、気候や言語の影響を切り分ける狙いがあった[1]。
用いた課題には、列車と線路(関係で選ぶ)か列車とバス(分類で選ぶ)かを答えさせるテストと、自分と友人を円で描くソシオグラム課題がある。稲作地域の学生は自分を友人よりわずかに小さく、小麦地域の学生は約1.5ミリ大きく描いた[1]。数字は、報道と解説記事で一致したものを使っている。
説明の核は、労働と灌漑だ。稲は小麦のような乾地作物より、はるかに多くの労働を必要とし、水を分ける用水網の調整もいる。そのため協力と相互監視の習慣が生まれたと考えられている[3]。報道では「小麦の労働は稲の約半分」とも言われるが、論文の表現は「far more labor」であり、半分という数字は報道の言い方だ。
だが、これは相関から導いた仮説にすぎない。稲作地域と小麦地域は、気候も歴史も豊かさも違う。分析そのものを疑う批判が、すぐに出た。
3. 「ほんとうに いね のせい?」と うたがう 人たち
3. 批判:数字の出し方と、似ているだけの可能性
3. 再分析とゴルトン問題 ── 地域どうしを独立とみなせるか
うたがう 人も いました。ある けんきゅうしゃたちは、もとの けいさんには かたよりや まちがいが あり、なおすと、もとの けっかの おおくは あてはまらなく なる、と しらせました[4]。
べつの 人は、ちかい ちいきは、のうぎょうも かんがえかたも、おたがいに うつしあって にて しまう、と いいました[5]。にて いる だけなら、いねが げんいんと は いえません。
この 人は、いねの りろんを ぜんぶ まちがいと したのでは なく、ちいきどうしの れきしの つながりも かんがえて ほしい、と いいました。
数字の出し方への批判
国際食料政策研究所(IFPRI)の研究者たちは2015年、元の分析にはサンプルの偏り、測定の誤差、モデルの設定ミスがあり、直すと元論文の結果の大半は成り立たなくなると報告しました。別のデータで集団主義と稲作地域を結んでも、予測された関係は見つからなかったそうです[4]。
「近いから似ている」問題
同じ年、心理学の論文で別の指摘が出ました。各省を、おたがいに関係のない標本として扱うと、近い地域は農業も価値観も受け継いだり借りたりして似るため、見かけの相関になりうるというのです(ゴルトン問題)。省どうしで稲作の割合が似ているほど、使う語彙も似ていたといいます[5]。ただし、この指摘は理論の完全な否定ではなく、歴史的なつながりを計算に入れるよう求めるものでした[5]。
人類学者のBrayは、心理テストが「単純で、あいまい」であり、農民ではなく大学生を調べている点を疑問に思う、と述べています[1]。Talhelm自身も、「文化は複雑で、一つの変数で全部は説明できない」「なぜ文化が受け継がれるのかが本当の謎」と認めています[2]。
では、この疑いを晴らすには、どんな調べ方があるのでしょうか。
2015年、IFPRIのRuan・Xie・Zhangは Food Policy 誌で、元の分析にはサンプルの偏り・測定誤差・モデルの設定の不備があり、修正すると元論文の結果の大半は成り立たなくなると報告した。また、集団主義のデータを別の資料から集めて稲作地域と結んだところ、予測された関係は見つからなかったという[4]。
同年、Robertsは Frontiers in Psychology の論評で、各省を独立な標本として扱う点を問題にした。農業も価値観も受け継いだり借りたりするので、近い地域は似てしまい、見かけの相関(ゴルトン問題)が生じうる。実際、省どうしで稲作の割合が近いほど語彙も近かった。ただしRobertsは理論を全否定したのではなく、歴史的な伝播の考慮を求めた[5]。
人類学者Francesca Brayは、課題が「strangely simple, even ambiguous」で、農民でなく大学生を調べた点を疑った。Talhelm自身も、文化は複雑で一つの変数では説明できず、なぜ受け継がれるかが「本当の謎」だと述べている[1][2]。この議論は、まだ終わっていない。
残る課題は、「稲作を選んだ人がもともと違った」可能性や、地域の近さを切り離せるかどうかだ。そこで、別の種類の追試が重ねられた。
4. ちがう はかり かたで やって みると?
4. 規範・言葉・日本まで、別の測り方で追試した
4. 2020年のPNAS・微博の言語分析・日本のTwitter ── 異なる指標での再現
くふうを かえて、ほかの はかり かたでも しらべられました。
ひとつは、「ルールを まもる きびしさ」です。ちゅうごくの 11662人に ききました。いねの ちいきほど、ルールからの はずれに きびしい、と こたえる 人が おおかった のです[3]。いねと こむぎの さかいめに ある 10の ちいきでも、おなじでした[3]。
もうひとつは、ことばです。ちゅうごくの SNSで つかわれた 10おく ほどの ことばを しらべると、いねの ちいきほど、「つながり」や「みんなで かんがえる」ことばが おおかった、と いいます[7]。にほんの けんごとの ツイッターでも、おおむね おなじ けっかが でたと いいます[7]。
ただし、ここから「にほんの 人の こころ」まで いう ことは できません。
「規範がきつい」という測り方
2020年にTalhelmとEnglishが出した論文では、中国の11,662人への調査で、稲作の省の人は小麦の省の人より「規範がきつい」と答えました。経済発展や都市化を考えに入れても、差は残りました。稲と小麦の境界に接する10の省(3,835人)だけで比べても、同じ差が見られました[3]。「規範がきつい」とは、よい悪いではなく、ルールからはずれる行動を許す度合いが低い、という意味です[3]。
SNSの言葉で調べる
中国のSNS「微博」の約10億語を分析した研究では、稲作かどうかは、経済発展や都市化の約2倍の言葉の地域差を説明しました。稲作地域ほど、つながりの強さ、全体で考えること、用心や予防を表す言葉が多かったそうです[7]。この「約2倍」は、地域差を説明できる割合を比べた数字で、人の性格が2倍という意味ではありません。
日本の都道府県のTwitterでも、結果は「おおむね再現した」と報告されています[7]。ただし、これは言葉の使われ方の話で、日本人の心理に直接つなげることは、この記事ではしません。
とはいえ、まだ「稲作をする人がもともと違った」可能性は残ります。これを切り分けられる場所は、あるのでしょうか。
批判に対し、測り方を変えた追試が続いた。2020年のTalhelm & English(PNAS)は、中国の11,662人の調査で、稲作の省が小麦の省より規範が「きつい」と答えることを示し、この差は経済発展や都市化を考慮しても残った。稲と小麦の境界に接する10省(n=3,835)でも同じ差が出ており、隣り合う省どうしの比較になる分、ゴルトン問題への一つの対応になる。世界32か国でも、稲作と規範のきつさの関連、稲作地域での革新的思考の得点の低さが報告された[3]。ここでいう「きつい」は、ルールからの逸脱への許容度の低さで、良し悪しの評価ではない。
言語分析では、中国のSNS・微博の約10億語を使い、稲作の有無が経済発展・都市化の約2倍の分散を説明した。稲作地域ほど、つながりの強さ、全体的な思考、用心・予防を示す語が多い。この「約2倍」は分散説明率の比較であり、人の性格が2倍という意味ではない[7]。さらに日本の都道府県のTwitterでも、結果は「largely」再現した。日本の稲作と日本人の心理を直接つなぐ主張は、ここでは書かない[7]。
それでも、「稲作を選んだ人がもともと違った」「近い地域は似る」という疑いを、完全には切り離せない。必要なのは、稲か小麦かを、本人の事情と無関係に決めた場所だった。
5. くにが きめた 2つの のうじょう
5. 国が稲か小麦かを割り当てた、2つの農場
5. 寧夏の2国営農場 ── 準無作為割り当てという設計(2024年)
ちゅうごくの きたの ほうに、くにが つくった のうじょうが 2つ あります。
この 2つは 56キロ はなれて いますが、きおんも あめの りょうも ひろさも、ほとんど おなじです[8]。70ねんほど まえ、くには、まえに なにを して いたかに かかわらず、ほぼ むさくいに、一つの のうじょうには いね、もう 一つには こむぎを まかせました[8]。
これなら、「いねを えらぶ 人が もともと ちがった」という うたがいを、すくなく できます。
2024年、のうみん 234人(いね 104人、こむぎ 130人)が しらべられました。いねの のうみんは、「じぶんが いちばん」と かんがえる 気もちが よわく、ともだちを ひいきする ことが おおく、ものごとを「かんけい」で むすんで かんがえる くせが つよかった、と いいます[8]。
ここから、ちがいは 1せだいでも うまれうる、と まとめられました[8]。
気温も雨も広さも、ほぼ同じ2つの農場
2024年にTalhelmとDongが Nature Communications で発表した研究は、これまでの課題を逆手に取った設計でした。戦後、中国政府は、寧夏にある2つの国営農場(56km離れ、気温・降水・広さなどがほぼ同じ)で、農民の前歴に関係なく、ほぼ無作為に稲か小麦を担当させていました[8]。「ほぼ」というのは、完全な無作為ではなかったという意味です[8]。
これなら、気候のちがいや、「稲作を選ぶ人がもともと違った」という疑いを、かなり減らせます。
1世代でも差は生まれうる
調べられたのは、農民234人(稲104人、小麦130人)です。稲の農民は、個人主義が弱く、見知らぬ人より友人をひいきする傾向と、物事を関係でむすぶ考え方が強いという結果でした[8]。研究チームは、稲と小麦の文化の差は、1世代でも形づくられうると結論しました[8]。
数千年の歴史をもつ理論が、70年ほどの農場でも見えた、というのが、この研究の大きなおどろきでした。ただし、この結果にも限界があります。
この疑いを切り分けるために使われたのが、2024年にTalhelm & Dongが Nature Communications で報告した、寧夏の2つの国営農場だ。戦後、中国政府は、56km離れて気温・降水・広さなどがほぼ同じ2農場で、本人の前歴に関係なく、ほぼ無作為(quasi-random)に稲か小麦を担当させた[8]。完全な無作為ではないが、自分で作物を選んだ人の集まりよりも、「もともと違う人が稲を選んだ」という交絡をかなり減らせる設計だ。
農民234人(稲104人、小麦130人)を調べると、稲の農民は個人主義が弱く、見知らぬ人より友人をひいきする傾向と、関係で結ぶ思考スタイルが強かった。著者らは、稲と小麦の文化差は1世代でも形成されうると結論した[8]。
数千年の歴史を持つ理論が、戦後約70年の農場でも見えたことになる。ただし、この研究が自分で書いた限界は、軽くない。
6. それでも のこる「わからない」
6. この研究が自分で書いた限界と、まだ残る謎
6. 限界と未解決 ── 標本・尺度・期間、そして継承の仕組み
この けんきゅうを した 人たち 自身も、いくつかの よわい ところを かいて います[8]。
のうみんは、くじびきで えらんだ わけでは ありません。ともだちを えがく しごとは、のうみんには むずかしかった ようです。しらべたのは 2つの のうじょうだけで、70ねんは、なんぜんねんと くらべると みじかい のです。
いちばんの ふしぎは、「どうして その かんがえが うけつがれるのか」です。いねを つくらない まちの 人にも ちがいが のこる わけは、はなした 人も「ほんとうの なぞ」と いいました[2]。
研究者が書いた6つの限界
2024年の研究は、自分たちの弱点も書いています。農場の標本は無作為に選ばれたものではないこと、友人を描く課題が農民には難しかったこと、尺度の一つは信頼性が低いので捨てたこと、70年は数千年の文化の長さに届かないこと、農場には氏族や方言など南部の制度的背景がなく、差の大きさに影響した可能性があること、そして2つの農場だけの結果であることです[8]。
どこまでが確かめられた?
カフェの観察や言葉の分析、国営農場の比較は、どれも「稲作の地域では協力や規範を重んじる傾向がある」という方向をそろえて示しています。一方で、2015年の批判のすべてに、この記事の資料で答えが出たとはいえません。
稲を作らない都市の人にも差が残る理由は、Talhelm自身が「本当の謎」と話しています[2]。研究は、まだ途中です。
2024年の研究が自ら挙げた限界は、農場の標本が無作為抽出でないこと、友人を描く課題が農民に難しかったこと、尺度の一つの信頼性が低く除外したこと、70年は数千年に及ぶ文化の形成に及ばないこと、農場に氏族・方言など南部の制度的背景がなく、差の大きさに影響した可能性があること、そして対象が2農場だけであることだ[8]。
観察(カフェ)、言語(微博・日本のTwitter)、規範(PNAS)、準無作為割り当て(農場)の4つでは、それぞれ別の方法で似た傾向が報告された。ただ、2015年の再分析やゴルトン問題への答えとして、この4つで十分かどうかは、言い切れない。
さらに、稲作をしない都市住民にまで差が残る理由は、Talhelm自身が「本当の謎」と述べる未解明の領域だ[2]。仮説が「正しいか」より、疑われ、別の方法で試され、限界が書き添えられる過程そのものが、研究の見どころといえる。
7. じぶんの まちで しらべて みよう
7. 読み終えたあと、地図帳と原典に当たってみる
7. 原典に当たる ── 一次資料の読み方と、手元でできる確かめ方
まず、ちずちょうで じぶんの すむ けんや、おじいさん・おばあさんの すむ まちを ひらいて みましょう。たんぼの ちずきごうが おおい ところは あるでしょうか。
たんぼが おおい まちの 人は どう かんがえる、と きめつけては いけません。この けんきゅうは ちゅうごくの はなしで、じぶんの まちの 人を わける ものでは ありません。
とにかく、「うたがって、べつの やりかたで たしかめる」という やり方が、おもしろい ところです。
地図帳で、田んぼの記号を探す
やってみるなら、地図帳で自分の住む都道府県の、田んぼの地図記号が多い場所と少ない場所を探してみてください。
地図帳で田んぼの多さを見ても、その地域の人の性格までは分かりません。この記事の数字は中国での観察や調査、日本の都道府県のTwitterの言葉の分析です。地図だけでは人の考え方まで分からない、と確かめるのが、この体験のねらいです。
原典を読みたくなったら
2020年のPNASの論文は、無料の公開版があり、稲作地域と規範のきつさの結果を、図とともに確かめられます[3]。2024年のNature Communicationsの論文では、国営農場の設計の説明が、より詳しく読めます[8]。どちらも英語の論文です。
原典に当たるなら、まず2020年のTalhelm & English(PNAS)で、稲作と規範の関連、境界10省の分析、32か国のデータの扱いを見たい[3]。次に2024年のTalhelm & Dong(Nature Communications)で、2農場の割り当ての経緯と、著者自身が書く限界を確かめたい[8]。批判の側は、2015年のRuan・Xie・Zhang(Food Policy)と、Robertsの論評(Frontiers in Psychology)にある[4][5]。
手元で試せることもある。地図帳や統計で、自分の住む都道府県の水田の多少を調べてみるのもよい。そこから分かるのは田んぼの多さだけで、人の考え方までは分からないと、自分の目で確かめられる。結果を地域の人の性格に結びつけてはいけない。この記事で扱った数字は、中国とTwitterの言葉に関するものだ。
知りたいのは、「理論が正しいか」だけではない。疑われ、別の方法で試され、限界が書かれた過程を、順に確かめることだ。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
研究を紹介する報道・解説と論文の両方を使った。報道のみで確認した数字は本文で示してある。
- National Geographic, 2014, rice and wheat psychology in China の報道記事 https://www.nationalgeographic.com/history/article/140508-rice-wheat-psychology-china-food-thinking-world (2014年の原研究の紹介)
- Scientific American, Does Rice Farming Lead to Collectivist Thinking? https://www.scientificamerican.com/article/does-rice-farming-lead-to-collectivist-thinking/ (Talhelmの発言)
- Talhelm & English, 2020, PNAS https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7443949 (労力・規範の追試)
- Ruan, Xie & Zhang, 2015, Food Policy 56, pp.51-58 https://ideas.repec.org/a/eee/jfpoli/v56y2015icp51-58.html (再分析による批判)
- Roberts, 2015, Frontiers in Psychology https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2015.00950/full (ゴルトン問題の指摘)
- Science News, China coffee shop habits show cultural differences tied to farming https://www.sciencenews.org/article/china-coffee-shop-habits-show-cultural-differences-tied-farming (2018年のカフェ観察の紹介)
- arXiv 2308.15352 https://arxiv.org/abs/2308.15352v1 (微博と日本のTwitterの言語分析)
- Talhelm & Dong, 2024, Nature Communications https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10899190/ (国営農場の比較と限界)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。