1. 家の まえが かんばんに なるって、どういうこと?
1. 家の正面をまるごと看板にした、看板建築とは何か
1. 関東大震災後の復興と、建物の正面を看板にした看板建築
町を あるいて いると、ときどき、まえの かべが ぴかぴかの 銅の いたや タイルで できた、ふしぎな お店の たてものに であいます。かべに、花の ような ほりものが ついて いることも あります。
これは「かんばんけんちく」と よばれる たてものです。もとは 木の おうちで、みせの まえだけを、かべの かわりの 大きな かんばんの ように かざりました[1]。
たくさん たったのは、1923ねんの 関東大震災の あとです。お金や 土地が かぎられた お店の 人が、火に つよい ざいりょうで まえを つくり、まちの たてなおしの しるしにも なりました[2]。
では、まえの かべを かざりたいと おもうのは、お店の 人の どんな 気もちだったのでしょう。
街を歩いていると、正面だけが銅板やタイルで仕上げられ、花のようなレリーフがついた店に出会うことがあります。もとは木造の店舗兼住宅なのに、正面だけ衝立(ついたて)を立てたように見えるのが特徴です[1]。
こうした建物は「看板建築」と呼ばれます。壁面をキャンバスのように見立てて自由に形をつくったことから、この名があります。多く建ったのは、関東大震災(1923年)のあとの復興期です[1]。火に強い不燃材で正面を覆えば、燃えにくくなるだけでなく、通りを歩く人に店を見てもらう顔にもなりました。
資金や土地に限りのある個人商店が建てたものが多く、「震災復興のシンボル」とも呼ばれます[2]。
面白いのは、名前が付いた時期です。この名は震災当時ではなく、1975年に建築家の藤森照信と堀勇良が学会で付けたものです[1]。建てた人たちは、後世に名前が付くとは思っていなかったはずです。それでも、店の顔を工夫したいという思いは共通していました。
正面のかざりには、西洋風のレリーフもあれば、日本の伝統の模様もありました[2]。こうなると、昼だけでなく夜の通りでも店を目立たせたくなります。そこに登場するのが、ネオンサインです。
看板建築は、木造の店舗併用住宅の正面を、銅板・モルタル・タイルなどの不燃材で覆い、衝立のような外壁を自由に造形した建物である[1]。関東大震災(1923年)後の復興期に多く建った。火事に強い材料で正面だけを仕立てれば、費用を抑えながら防火と店の顔づくりを両立できたからだろう。
資金や土地に限りのある個人商店が建てたものが多く、「震災復興のシンボル」とも言われる[2]。限られた予算で、正面だけでも立派に見せる工夫だったことがうかがえる。
「看板建築」という呼び名は、震災当時のものではない。建築家の藤森照信と堀勇良が、1975年10月11日の日本建築学会大会で付けた[1]。震災直後には「街路建築」という言葉があったので、のちの研究者が、改めてこの建物に名前を付けた。
正面の装飾は、西洋建築風のレリーフや日本の伝統模様が多かった[2]。武居三省堂などは、東京の小金井公園内にある江戸東京たてもの園へ移築され、保存されている[2]。昼の顔を工夫した商店が、夜の顔も求めたとき、使ったのがネオンである。
2. よるの まちを ひからせた ネオンは、いつ きたの?
2. 夜の通りを光らせたネオンは、いつ日本に来たのか
2. ネオンサインの日本への導入:輸入初と国産初のあいだ
よるでも お店を 見つけて もらいたい。そこで うまれたのが、ひかる かんばん「ネオンサイン」です。
日本で はじめて つかわれた のは、1918ねんの 銀座の かばんやさんだと いう きろくが あります。ただし、ほかの はなしも あって、はっきりとは きまって いません[3]。
日本で つくった ネオンが はじめて ひかった のは、1926ねん 7月15日だと いわれます。東京の ひびやこうえんの なつまつりの 入り口に、絵と もじの ネオンが ともりました。はばは 11メートルです[4]。
これを きっかけに、7月15日は「ネオンサインの日」に なりました。では、ひかる くだは、どうやって もじや 絵の かたちに なるのでしょう。
夜の通りで店を見つけてもらうために、ネオンサインが使われるようになりました。ただし、日本での始まりには食いちがいがあります。
輸入された最初のネオンは、1918年に東京・銀座の谷沢鞄店で使われたという記述があります。ただし、これは諸説のうちの一つです[3]。いっぽう、国産のネオンサインが最初に点灯したのは、1926年(大正15年)7月15日です。東京の日比谷公園で開かれた納涼大会の入口ゲートに、絵と文字をデザインした幅11mのネオンが灯りました[4]。
この「国産初」をきっかけに、日本サイン協会は7月15日を「ネオンサインの日」と定め、2023年に記念日として認定されました[4]。国産のネオン管を作ることに成功したのは、東京電気(のちの東芝)とされています[3]。
輸入が先で、国産が後です。ここでいう「国産初」は、日本で作ったネオンが最初に点灯したという意味で、設置の記録の古さを比べる話とは別です。この二つを混ぜると「日本初」の意味が変わってしまうので、年号の前に何が最初なのかを確かめる必要があります。では、光る管は、どうやって文字や絵の形になるのでしょうか。
日本で最初にネオンが使われた時期については、記述が分かれる。コトバンクの解説には、1918年に東京・銀座の谷沢鞄店で初めて使われたとある[3]。ただし諸説あり、輸入初と国産初を同じ「日本初」として扱うと誤る。
国産については、東京電気(現・東芝)がネオン管の製作に成功したと記されている[3]。点灯の場面は、1926年(大正15)7月15日の東京・日比谷公園の納涼大会で、入口ゲートに絵と文字をデザインした幅11mのネオンサインが灯った[4]。日本サイン協会はこの日を「ネオンサインの日」とし、2023年に認定された[4]。
なお、「国産初」は日本製のネオンが最初に点灯したという意味で、辞典類には1926年7月に東京・日本橋の白木屋の屋上に本格的な設置があったとする説明もあり、何を「最初」と数えるかで年や場所が変わる。記念日の出典は記念日を集めた解説ページであり、公式な史料ではない。時期の議論は輸入の話と国産の話で別になる。そこで次の章では、点灯の仕組みと、管を形にする作り方を見る。
3. ひかる くだは、どうやって もじの かたちに なるの?
3. 光る管は、どうやって文字や絵の形になるのか
3. ガラス管の曲げ加工と、職人が一人前になるまでの年数
ネオンサインは、ほそい ガラスの くだの なかに、ガスを いれた もの です。両はしに 電気を とおす ところが あり、電気が ながれると ひかります。ネオンガスは 赤、水ぎんを いれた アルゴンは 青みどりに ひかります。くだの しゅるいで、ほかの 色に 見える ものも あります[5]。
くだの ふとさは 8〜15ミリ、ながさは 1.5メートルほど。これを 職人が 手で まげて、もじや 絵に します[5]。ひからせる ためには、たかい でんあつが いります。
たとえると、ほそい ガラスの ストローを、おなじ ふとさのまま ぐにゃりと まげる ような もの です。ただし、ガラスは ストローと ちがって われやすい ので、手で おもいどおりの かたちに するのは、とても むずかしい わざです。
手で つくるから、一つ一つが ちがう かたちに なります。では、いまは LEDが あるのに、どうして ネオンが さがされるのでしょう。
ネオンサインは、ガラス管の両端に電極をつけ、ネオンガスや、水銀とアルゴンを封じた放電灯です。ネオンガスは赤、水銀を入れたアルゴンは青緑に光ります。管の種類によって、ほかの色に見えるものもあります。光らせるには6000〜15000ボルトの高い電圧が必要です[5]。
管の太さは直径8〜15mm、長さは1.5mほどで、職人がデザインに合わせて手で曲げます[5]。1本の長い管を、文字の角や曲線に合わせて一つずつ曲げていくので、デザインどおりの形にするには手の感覚が欠かせません。
材料のガラス管を国内で作る企業は1社だけで、一部の色は在庫がなくなって作れなくなっているそうです[6]。
手で曲げるので、同じ文字でも少しずつ形が違います。このことが、あとで「本物」と呼ばれる理由につながります。
4. LEDが あるのに、どうして ほんもののネオンなの?
4. LEDが広まったのに、なぜ「本物のネオン」なのか
4. LEDに押されたネオンが、SNSで再び求められた理由
いまは 電気を あまり つかわない LEDの かんばんが ふえて います。ネオンの 工場は、ちゅうもんが へって こまった 時が ありました[6]。
ところが、SNSで 「エモい」「なつかしい」と わかい 人たちに ひろまり、ちゅうもんが もどった 工場も あります。ちゅうもんする 人は、LEDでは なく「ほんもののネオン」を ほしがって いるそうです[6]。
つまり、むかしの かんばんは、ふるいから すてられる だけでは ありませんでした。手で つくった ひかりを もとめる 人も いるそうです。
ひかりの つぎに、お店が こだわった ものが あります。もじの かたちです。
近年は、省エネのLEDに押され、ネオンの注文が途絶えた工場もありました[6]。ところが、SNSで「エモい」「ノスタルジック」と若い層に広がり、受注が戻って活気が出た工場があります[6]。
注文する人は、LEDの代わりではなく「本物のネオン」を求めているといいます[6]。手で曲げた光のゆらぎに、昭和の街を思い出す人も、初めて見る人もいるのでしょう。
ただし、これは一つの業界記事で紹介された動きで、全国のネオン工場に同じことが起きたとは限りません。それでも、古い看板が「古いから消える」だけではない例の一つにはなります。
光だけでなく、店は文字の形にも気を配ってきました。次は、文字の形が店の印象を変えるのかを見ます。
LEDの普及で需要が減ったネオンだが、SNSで「エモい」「ノスタルジック」と若い層に広がり、受注が途絶えていた工場に活気が戻った例がある[6]。注文者が求めるのは、LEDの代用品ではなく「本物のネオン」だという[6]。
この動きは、前章の制約と結びつく。手曲げの職人と、国内に1社しかないガラス管の供給が、「本物」の価値を支えている。逆に言えば、色の種類が減れば、見た目の幅も狭まる。
ただし出典は、業界向け記事の一例であり、全国の傾向を示す統計ではない。ネオンの需要が全体として戻ったとまでは言えない。「消えるはずだった看板が、新しい意味で選ばれる場合がある」と読むのが妥当だろう。
光の次に、商店が看板で選んだのが文字である。次の章では、書体が店の印象に与える影響を調べた研究を見る。
5. もじの かたちで、お店の いんしょうは かわるの?
5. 文字の形で、飲食店の印象は変わるのか
5. 飲食店の看板の書体と業態別イメージの研究(2016年)
2016ねんの けんきゅうで、しらべた 人が います。お店の かんばんに つかわれて いる もじを、明朝体、ゴシック、まるゴシック、かんてい流など 7つに わけ、お店の いんしょうが どう かわるかを みました[7]。
おこのみやき、カレー、洋食、カフェ、ラーメンなど 7しゅるいの お店では、明朝体は どれも 「したしみやすい」と かんじられた、と いう けっかです[7]。
ゴシックは、カフェと イタリアンの ほかの 5しゅるいで、なんの お店か わかりやすかった そうです[7]。
これは 一つの けんきゅうです。それでも、もじの かたちにも お店の かおが あると わかります。
書体と店の印象の関係を、現地調査で調べた研究があります(今川真治・小土井貴子、2016年)。飲食店の看板の書体を、明朝体・角ゴシック・丸ゴシック・楷書・行書・勘亭流・隷書の7種に分け、書体が店のイメージに影響するかを調べました[7]。
この研究によると、明朝体は、お好み焼き・カレー・洋食・カフェ・イタリアン・中華・ラーメンの7業態すべてで、親しみやすい印象を与えました。ゴシック体は、カフェとイタリアンを除く5業態で、何の店かが認識されやすかったと報告されています[7]。
注意したいのは、これが純喫茶に限った研究ではないことです。「カフェ」は業態の一つとして扱われています。純喫茶は酒類を出さない喫茶店のことで、「純喫茶」の看板を掲げた店の最盛期は1955〜1975年ごろとされます[8]。この章の結果が、そのころの純喫茶の看板に当てはまるとまでは言えません。
とはいえ、文字の形が店の印象に関わる、という調べ方が成り立つことは分かります。では、看板はどこにでも、どれだけ大きく出してもよいのでしょうか。
今川真治・小土井貴子(2016年)は、飲食店看板の書体を現地調査で明朝体・角ゴシック・丸ゴシック・楷書・行書・勘亭流・隷書の7種に分け、書体が店のイメージ形成に与える影響を調べた[7]。
報告では、明朝体はお好み焼き・カレー・洋食・カフェ・イタリアン・中華・ラーメンの7業態すべてで親しみやすい印象を与え、ゴシック体はカフェとイタリアンを除く5業態で認識されやすかった[7]。調査の規模や方法の細部は、原典の論文で確かめてほしい。
ここで、純喫茶との距離に注意が要る。純喫茶は酒類を出さない喫茶店で、最盛期は1955〜1975年ごろとされる[8]。しかしこの研究の対象は「カフェ」業態を含む飲食店全体で、純喫茶に限らない。純喫茶の看板に特有の書体や色の傾向は、この研究からは言えない。
結果の読み方にも気をつけたい。明朝体は「親しみやすい」、ゴシック体は「何の店か認識されやすい」と、指標が別のものである。同じ店に両方を求めるなら、どちらを優先するかで書体の選び方が変わる。カフェとイタリアンでゴシック体の認識されやすさが当てはまらなかった点は、この2業態では「何の店か」より雰囲気が看板に求められる、という仮説を立てる材料になるが、研究の結果そのものから言えることではない。
書体の違いは、店の見え方に影響しうるが、それは看板の自由度が高いからこそ起こる。次に、その自由にどんな枠があるのかを見る。
6. かんばんは、どこにでも 自由に 出して いいの?
6. 看板は、どこにでも自由に出してよいのか
6. 屋外広告物法の目的と、自治体ごとに異なる基準
お店の かんばんは、まちの けしきの 一ぶです。そこで、国には「おくがいこうこくぶつほう」と いう ほうりつが あります。もくてきは、まちの けしきを よくする ことと、人が けがを しない ように する ことです[10]。
くわしい ルールは、とどうふけんなどが きめます。かべから つきだす かんばんの 大きさや たかさも、まちに よって ちがう ことが あります[9]。
だから、かんばんは すきな ところに すきな 大きさで 出せる もので はありません。それでも お店の 人は、きまりの なかで、ひとめで おぼえて もらえる かおを かんがえて きました。
屋外広告物法(1949年、昭和24年法律189号)の目的は、「良好な景観の形成又は風致の維持」と「公衆に対する危害の防止」です[10]。看板は、街の景色の一部であると同時に、落ちてきたら危ない物でもあるからです。
具体的な基準は、都道府県などが条例で定めます。禁止する区域や許可が必要な区域を決め、面積や色彩などの基準を設けます[10]。壁から突き出す袖看板の基準も自治体ごとに違い、全国共通ではありません。鎌倉市の資料には、壁から突き出す広告物の面積や高さを決める例があります[9]。
自由に見える看板にも、街の景色と安全のための枠があるということです。その枠の中で、商店は建物の正面、光、文字の形を選び、店の顔を作ってきました。
屋外広告物法(昭和24年法律189号、1949年)の目的は、「良好な景観の形成又は風致の維持」と「公衆に対する危害の防止」である[10]。景観と安全の両面があるのは、看板が街の見た目の一部であり、同時に落下などの危険も持つからだと考えられる。
制度の実際は条例に委ねられている。都道府県などが禁止区域・許可区域を決め、面積・色彩などの基準を設ける[10]。壁から突き出す袖看板(壁面突出広告物)にも自治体ごとの基準があり、鎌倉市の資料にも、面積や高さの上限を定める例がある[9]。基準は自治体ごとに違い、全国共通ではない。
看板建築の正面装飾、ネオンの手曲げ、書体の選択は、こうした枠の中で行われる。商店が「顔」を作る自由は、街の景観と安全という条件とセットになっている。
7. まちの かんばんを 見あげて みよう
7. 通りの看板を見上げて、材料と文字を数えてみる
7. 通りの看板を、材料・光・書体で見分ける
お昼に、おうちの 人と いっしょに まちを あるいて みましょう。かんばんを 1つ えらび、ざいりょうが 金ぞくか、タイルか、いたかを 見ます。ネオンか、LEDか、ひからないかも 見ます。もじが 明朝体に にて いるか、ゴシックに にて いるかも 見て みましょう。
道を あるく ときは、くるまに きを つけます。かんばんには さわりません。
むかしの かんばんの はなしを 読みたく なったら、「えどとうきょうたてもの園」の ホームページを 見て みましょう。こくどこうつうしょうの 「おくがいこうこくぶつ」の ページには、きまりが のって います。
お昼の明るい時間に、家の人と一緒に、近所の商店街で看板を3つ選んでみてください。ここでは、材料(金属・タイルなど)、光源(ネオン・LED・光らない)、書体が明朝体に近いかゴシック体に近いか、の3つだけを見ます。通りを歩くときは車に気をつけ、看板には触れないようにします。
3つを見比べると、同じ通りでも、店ごとに「顔」の作り方が違うことが分かります。手書きか印刷かも見分けると、看板を作った人の工夫がもっと見えてきます。
もっと知りたくなったら、東京の江戸東京たてもの園で、移築保存された看板建築を紹介するページを探してみてください。看板の決まりは、住んでいる自治体の屋外広告物の担当窓口の案内に載っています。国土交通省の「屋外広告物」のページには、法律の目的がまとまっています[10]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。数字や年号は、各資料の説明にもとづいています。
- Wikipedia「看板建築」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%8B%E6%9D%BF%E5%BB%BA%E7%AF%89 (看板建築の定義・名づけ・銅板の理由)
- 三達「看板建築」の記事 https://san-tatsu.jp/articles/79374/ (震災復興との関係・装飾・移築保存)
- コトバンク「ネオンサイン」 https://kotobank.jp/word/%E3%81%AD%E3%81%8A%E3%82%93%E3%81%95%E3%81%84%E3%82%93-3162683 (日本での最初の使用・国産ネオン管)
- 記念日ネタ「ネオンサインの日」 https://zatsuneta.com/archives/10715a3.html (1926年の国産初の点灯・記念日)
- Wikipedia「ネオンサイン」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%B3 (ネオン管の仕組みと寸法)
- AdverTimes「ネオンサインのいま」 https://www.advertimes.com/?p=382492 (職人の修業・ガラス管・再評価)
- 今川真治・小土井貴子「広告看板の文字はどのような飲食店をイメージさせるか?」広島大学紀要(2016年) https://hiroshima.repo.nii.ac.jp/records/2031623 (書体と店の印象の研究)
- Wikipedia「純喫茶」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%94%E5%96%AB%E8%8C%B6 (純喫茶の定義と最盛期)
- 鎌倉市「広告物のあらまし」 https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/keikan/documents/koukoku_aramashi.pdf (袖看板の基準の例)
- 国土交通省「屋外広告物」 https://www.mlit.go.jp/toshi/townscape/toshi_townscape_tk_000023.html (屋外広告物法の目的・条例)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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