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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

かがみびらきでは、おもちを「わる」のに、どうして「ひらく」と いうの?

鏡開きでは、餅を割るのに、なぜ「割る」と言わず「開く」と言うのか

鏡餅を割るのに、なぜ「鏡開き」と呼ぶのか:忌み詞、年神の依り代、日付と呼び名の地域差

分野:歴史・文化

おしょうがつの おもちを、ほうちょうでは きりません。てで わったり、きの ハンマーで たたいたり します。

ところが、ことばでは「わる」と いわず、「ひらく」と いいます。どうして なのでしょう。この ページでは、その わけと、いつ だれが たべて いたのかが わかります。

鏡開きの日、家の人は固くなった鏡餅を、包丁で切らずに、手や木槌で割ります。しかも、その行事の名前に、「割る」という言葉は入っていません。「開く」と呼ぶのです。

なぜ、割るのに「開く」と言うのでしょうか。この記事を読むと、言いかえの理由、鏡餅が何だと考えられていたか、武家と商家での呼び名、日付が移り変わった話が分かります。

鏡開きでは、鏡餅を刃物で切らず、手で欠くか槌で砕く。ところが、その行為を指す言葉には「割る」ではなく「開く」が使われる。辞典は、これを縁起を担いだ言いかえ(忌み詞)として説明している[1]。

なぜ言葉まで改める必要があったのか。この記事を読むと、鏡餅が年神の依り代と考えられたこと、武家の具足開きと商家の蔵開き、日付が20日から11日へ移ったとする説と地域差が、複数の資料から分かる。

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1. おもちを わっても、「わる」と いわない

1. 「割る」は縁起が悪いので、「開く」と言いかえる

1. 鏡餅を刃物で切らず、「割る」を「開く」と言いかえる

かがみびらきは、お正月に かざった かがみもちを おろして、たべる ぎょうじです[1]。

かがみもちは、ほうちょうでは きりません。てで かけらを とったり、きの ハンマーで たたいたり して わります[1]。

そして「わる」と いう ことばも、さけます。「ひらく」は、めでたい ことばだからです。おめでたい ひに、「わる」より「ひらく」の ほうが、きもちが いいですよね。

ことばを かえるだけで、おめでたい きもちに なる。むかしの 人は、そう かんがえたのでしょう。

では、そこまで ていねいに あつかう かがみもちは、いったい なんだったのでしょう。

刃物は使わず、手か槌で

鏡開きの鏡餅は、刃物で切ることを嫌い、手で欠いたり、槌でたたいたりして割る、と辞典に書かれています[1]。包丁で切るのは、縁起が悪いと考えられたのです。

理由の説明として、日本鏡餅組合のコメントには、刃物で切るのは切腹を連想させるから、とあります[5]。辞典にはない説明なので、そういわれることもある、という程度に受け取るのが安全です。

「割る」を「開く」と呼ぶ

もう1つの工夫が、言葉です。割ることを「割る」と言わず、「開く」と呼びます。辞典では、「開き」は「割り」を避けた忌み詞で、縁起を担いでめでたい言葉を使ったもの、と説明されています[1]。

行為を変え、さらに言葉も変える。そこまで気をつかう餅は、何だったのでしょうか。

鏡餅は、刃物で切ることが忌まれ、手で欠くか槌でたたいて割る。辞典は、このとき「開く」という語を使うのは縁起を担いだもので、「開き」は「割り」の忌み詞だと説明する[1]。行為の面でも言葉の面でも、「切る」「割る」という印象を避けているわけである。

刃物を避ける理由としては、日本鏡餅組合が、切るのは切腹を連想させて縁起が悪いとされる、とコメントしている[5]。ただし、この説明は辞典の記述には見えない。忌みの感覚は確かに資料に出てくるが、その由来を1つに決めることは、ここではできない。

確かなのは、「切る」と「割る」を避けるために、わざわざ別の語を当てる習慣があったことだ。では、なぜ鏡餅には、そこまでの配慮が向けられたのか。

2. かがみもちは、かみさまの いる ところ

2. 鏡餅は、年神様の居場所と考えられた

2. 年神の依り代として:鏡餅を下げて食べる意味

お正月には、1ねんの はじめに やって くると かんがえられて いる 年神様が います。かがみもちは、その 年神様の いる ところだと いわれます[5]。

だから、かがみびらきで おもちを いただくと、年神様の ちからを わけて もらえる、と かんがえられて きました[5]。

これが、かがみびらきを する わけです。おもちを おろして、ぞうにや おしるこに して、みんなで たべます[1]。

ちなみに、なまえの わけは また べつの はなしです。「かがみ」と いう なまえは、むかしの かがみが まるくて たいらな いたの かたちだった ことから きて います[2]。

餅が、年神様の居場所になる

鏡餅は、正月に年神様へ供えるものです。日本鏡餅組合は、年神様は鏡餅を依り代、つまり居場所にするといわれ、神様の魂が宿った餅を食べることで、その年の魂をいただくことができるとされている、と紹介しています[5]。

だから、鏡開きで餅を下げて食べるのは、ただ餅を片づける作業ではありません。年神様の力をいただく行事でもあったのです。雑煮や汁粉にして、主従や家族がいっしょに食べ、関係を深めたとも説明されています[1]。

なぜ「鏡」なのか

名前の由来は、昔の鏡が円盤の形をしていたことです。丸くて平たい餅を、その鏡に見立てたといいます。ふつう大小2個を重ね、3個のところもあります[2]。

家族それぞれの魂をかたどった餅を供え、年神の力にふれて魂を新しくする、という古い説明もあります[2]。さて、その餅を食べる行事は、誰がどこでしていたのでしょうか。

鏡餅は、正月に年神へ供えるもので、年神は鏡餅を依り代とすると説明される。日本鏡餅組合は、御魂の宿った鏡餅を食べることで、その年の魂をいただくとされる、と紹介している[5]。したがって鏡開きは、供え物の後始末ではなく、神の力を体に取りこむ行為として位置づけられていた。

辞典の側からも同じ方向の説明が見える。鏡餅はもともと、家族各人の霊魂をかたどった餅を供え、年神の霊威にふれて各自の霊を更新するものとされた[2]。魂を丸い餅で表し、それを食べて新しい生命力を得る信仰につながる、という整理もある[1]。丸い形は、昔の金属鏡の円盤状から連想されたとされる[2]。

なお、2個を重ねる意味を「太陽と月」と説明する文章を見かけるが、辞典には載っておらず、ここでは扱わない。大小2個を重ねるのがふつうで、3個の所もある、という範囲にとどめる[2]。魂をいただく餅を、実際に誰が食べたのか。

3. ぶしと おみせでは、よびかたが ちがった

3. 武家は「具足開き」、商家は「蔵開き」と呼んだ

3. 同じ餅を、武家は具足開き、商家は蔵開きと呼んだ

ぶしの いえでは、おとこの ひとは よろいや かぶとに、おんなの ひとは かがみの だいに、おもちを そなえた と いわれます。それを おろして、ぞうにに して たべる ぎょうじは、「ぐそくびらき」と よばれました[1]。

おみせの いえでは、「くらびらき」と いいました。お正月が おわって、しごとを はじめる 日と されて いました[1]。

おなじ おもちでも、いえに よって、いただく ばしょも なまえも ちがった のです。

武家の具足開き

武家では、男子は具足、つまり鎧や兜に、女子は鏡台に供えた餅を、手や槌で割り砕きました[1]。具足に供えた餅は具足餅と呼ばれ、雑煮にして食べたと説明されています。この行事が「具足開き」です。

商家の蔵開き

商家では、同じ日を「蔵開き」などと呼びました。正月が終わり、仕事始めとされたと辞典にあります[1]。鏡開きの11日は、商家の蔵開きの日と重なっています。

つまり鏡開きは、神様の力をいただく日であり、同時に、新しい1年の仕事や稽古が動き出す合図でもあったようです。ところで、この日はずっと同じ日付だったのでしょうか。

鏡開きは、身分や家業によって呼び名と意味合いが変わった。武家では、男子は具足(鎧・兜)に、女子は鏡台に供えた鏡餅を手や槌で割り砕いた。具足に供えた餅は具足餅といい、雑煮にして食べた。この行事が具足開きである[1]。

商家では蔵開きなどと呼ばれ、正月が終わって仕事始めとされた[1]。現在の11日は、この商家の蔵開きの日と一致するという[1]。具足に餅を供える武家と、蔵を開ける商家とでは、神の力をいただくという共通の骨組みの上に、それぞれの暮らしの節目が重ねられていたと読める。

では、日付そのものは、どう動いてきたのか。

4. 20日から 11日に かわった?

4. 鏡開きの日は、20日から11日に移ったといわれる

4. 日付の移り変わりと地域差:20日説・11日説・15日説

いまは、1月11日に する ところが おおいです[1]。でも、むかしは、1月20日の ほうが ふつうでした[1]。

えどじだいに、11日に かわった と いわれて います[1]。しょうぐんが なくなった 日を さけるためだ、と いう せつが あります[1]。ただし、はっきり きまった ことでは ありません。

いまでも、ちいきに よって ちがいます。かんとうは 11日、かんさいは 15日か 20日の ところが おおい、と いわれます[5]。

おなじ ぎょうじでも、ちいきに よって ひが ちがうのは、おもしろい ですね。

20日から11日へ

現在の鏡開きは1月11日が主ですが、古くは1月20日が一般的でした。江戸時代に11日へ改められたとされます[1]。

理由には、3代将軍徳川家光の忌日が20日だったので、それを避けたという説があります[1]。ただ、辞典も「説がある」と書く程度で、確かな事実として言い切ることはできません。

地域でちがう日付

日本鏡餅組合によると、鏡開きは一般的に関東が1月11日、関西が1月15日か20日の場合が多いようです[5]。鏡餅を下げる日として、4日、7日、11日、月末などを挙げる辞典もあり、日付は一定していません[1]。

正月の飾りを置く「松の内」も、ふつうは元日から7日ですが、古く京都や大阪では15日までといいました[4]。松の内の期間にも、地域によるちがいがあります。

こうして日付も呼び名もちがうのに、餅は今の生活でも形を変えて残っています。

鏡開きは現在、主に1月11日である。古くは1月20日が一般的で、江戸時代に11日へ改められたとされる[1]。理由について辞典に見えるのは、3代将軍徳川家光の忌日(20日)を避けたとする説で、辞典自体が「説がある」という書き方にとどまる[1]。幕府の命令で変わったと断定できるわけではない。

では、なぜ今も日付がそろわないのか。1つの手がかりは、鏡餅を下げる日の記述そのものが一定しないことにある。辞典は、4日・7日・11日・月末(晦日)などを並べる[1]。日本鏡餅組合も、関東は11日、関西は15日か20日の場合が多いとする[5]。江戸で改められた日付が、すべての地域に及んだわけではない、と読むのが自然だが、辞典に因果の説明はない。

似た地域差は、正月飾りの期間にも見える。松の内は、ふつう元日から7日までだが、古く上方では15日までといった[4]。関西の鏡開きに15日が多いことと並べて見たくなるが、2つを結ぶ記述は辞典になく、ここでは事実を並べて示すにとどめる。

5. おもちの ちからは、いまも みぢかに ある

5. 年神様の餅は、お年玉や寒稽古の汁粉にもつながる

5. 餅の行方:年玉と寒稽古の汁粉

かがみもちの 「かみさまの ちからを わける」と いう かんがえは、「おとしだま」にも、つながって いるかも しれません。

おとしだまは、もともと、年神様に そなえた ものを、人びとに わけた ものだ と いわれます[3]。

いまの おとしだまは おかねの ことが おおいですが、はじまりは、年神様から もらう おもち だと いう せつが あります[3]。

また、じゅうどうや けんどうの 「かんげいこ」が おわる ひに、かがみもちで おしるこを つくって たべる ことも おおいと いわれます[1]。

年神様の餅を分ける:お年玉

お年玉は、本来、年神様に供えたものを人々に分けたものだとされます。民俗学では、年神からの賜物と考える解釈が有力です[3]。年玉の餅を食べて、弱った霊力や活力を新しくすると考えられました[3]。

鏡餅そのものがお年玉の起源だと言い切る資料はなく、「年神からいただく餅」という共通点が似ている、という程度です。

武道の寒稽古と汁粉

現在は、武道の寒稽古の終わりの日に、鏡餅で汁粉を作って食べることが多い、とも書かれています[1]。寒い中の稽古を終えた日に、温かい汁粉を囲む風景は、鏡開きが「1年の稽古や仕事の始まりと終わりの区切り」として生き残っている姿かもしれません。

年神への供え物を人々に分けたものが年玉の本来の形で、民俗学では年神の賜物とする解釈が有力とされる[3]。年玉を食べて、弱った霊力や活力を更新すると考えられた[3]。鏡餅を食べて魂をいただくという説明[2]と、構造がよく似ている。ただし、鏡餅がお年玉の起源だと断定する記述はなく、「年神の賜物である餅」という共通の発想として並べるのが妥当である。

もう1つ、現代に残る姿として、辞典は、武道の寒稽古が終わる日に鏡餅で汁粉を作って食べることが多い、と記す[1]。1年の稽古の区切りに餅をいただく形は、武家の具足開きや商家の蔵開きにあった「新しい仕事の始まり」の意味合いを、受け継いでいるとも読める。ただし、この対応は資料に書かれたものではなく、筆者の読み取りである。

言葉の言いかえに始まり、神の居場所、武家・商家、日付、そして汁粉へ。鏡開きは、餅を食べる習慣に、武家や商家の節目、地域ごとの日付が重なってきた行事だとまとめられる。

6. おうちの 人に、きいて みよう

6. わが家の「開く」を、家族に聞いてみる

6. わが家の鏡開き:日付・呼び名・食べ方を聞き取る

おうちの 人に、きいて みましょう。「うちの かがみびらきは、いつ?」「おもちは、なんて いう?」と。

おばあちゃんや おじいちゃんの いえでは、ちがう ひや、ちがう いいかたを するかも しれません。

おもちを わる ときは、おとなと いっしょに、てを つかって ください。かたい ときは、むりに ちからを いれないでね。

聞いてみること

家の人に、「うちの鏡開きは何日か」「餅を何と呼ぶか」「何にして食べるか」を聞いてみましょう。祖父母の家や親戚の家と比べると、日付や呼び名がちがうかもしれません。関東と関西のように、家庭ごとの差が見つかる可能性があります。

餅を割る場面では、固いので手を痛めないよう、大人といっしょに作業してください。

もっと知りたくなったら

コトバンクの「鏡開き」「鏡餅」「年玉」「松の内」の項目には、複数の事典の説明が並んでいます。読み比べると、同じ行事でも、事典によって強調する点がちがうことが分かります。

家庭ごとの鏡開きの日付・呼び名・食べ方を聞き取り、本稿で見た関東11日・関西15日か20日という記述と比べることができる。辞典も、下げる日を4日・7日・11日・月末と並べており[1]、家庭ごとの差は、むしろ自然に出てくるはずだ。

資料の読み方としては、本稿の事実のほとんどが、辞典類(二次資料)と業界団体のコメントに拠っている点に注意したい。年神の依り代や家光の忌日説は、「説明されている」「説がある」という書き方であり、一次的な文書で裏づけられたとは言えない。コトバンクの項目に並ぶ複数の事典の記述を読み比べると、どの事典がどこまで言い切っているかが見える。

餅を割る際は、固い餅で手を痛めないよう、大人と作業する。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。辞典類(二次資料)と業界団体のコメントによる説明で、一次的な史料で確かめたものではありません。

  1. コトバンク「鏡開き」(デジタル大辞泉・世界大百科事典・日本大百科全書・マイペディアほか) https://kotobank.jp/word/%E9%8F%A1%E9%96%8B%E3%81%8D (鏡開きの日付、具足開き、蔵開き、「開く」の言いかえ、寒稽古の汁粉)
  2. コトバンク「鏡餅」(世界大百科事典・日本大百科全書・ブリタニカ) https://kotobank.jp/word/%E9%8F%A1%E9%A4%85 (名前の由来、形、霊魂をかたどる説明)
  3. コトバンク「年玉」(世界大百科事典・日本大百科全書・ブリタニカ) https://kotobank.jp/word/%E5%B9%B4%E7%8E%89 (お年玉の民俗学的解釈)
  4. コトバンク「松の内」(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/%E6%9D%BE%E3%81%AE%E5%86%85 (松の内の地域差)
  5. ウェザーニュース(日本鏡餅組合のコメントを引用) https://weathernews.jp/news/202512/260266/ (年神の依り代、刃物を避ける説明、関東と関西の日付。業界団体コメントの紹介)

なおした ところ

更新履歴

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