1. びょうきの そばに ばいきんが いれば、それが もとなの?
1. 病気のそばに菌がいるだけでは、なぜ原因と言えないのか
1. 菌が病気の場所にいるだけでは、なぜ原因の証明にならないのか
びょうきの 人や どうぶつの からだから、ばいきんが 見つかった としましょう。では、その ばいきんが びょうきの もとでしょうか。
そうとは かぎりません。からだの 中には、いろいろな きんが まざって います。ほかの きんが もとなのに、たまたま そばに いただけかも しれません。
むかしは、きんは 「びょうきの ところに たまたま いるだけ」と うたがわれて いました。[3]
1876ねん、コッホと いう おいしゃさんが、かちくの びょうき、たんそで、この もんだいに こたえました。しんだ かちくの からだから きんを とりだし、ねずみに うつすと、おなじ びょうきに なりました。さらに、その きんを 1しゅるいだけ そだてる ことにも せいこうして、これが もとだと しめしたのです。[1]
1しゅるいだけ とりだして そだてる ことを、「じゅんすい ばいよう」と いいます。
病気の人や動物の体から菌が見つかったとします。その菌が原因だと言えるでしょうか。
言えません。体の中にはさまざまな菌が混ざっていて、本当の原因は別の菌で、見つかった菌はたまたま近くにいただけかもしれないからです。当時は、菌は病気の場所に「たまたまいるだけ」ではないか、と疑われていました[3]。
ロベルト・コッホは1876年、家畜の病気である炭疽について、この疑いに答えました。死んだ家畜の脾臓にいる菌をマウスに接種して、同じ病気が起こることを確かめました。そして菌を1種類だけ育てて、原因は炭疽菌(Bacillus anthracis)だと示しました[1]。この、1種類だけを取り出して増やすことを純粋培養と呼びます。日本語の辞典でも、コッホは1876年に炭疽菌を純粋培養したとされています[2]。
コッホは同じ研究で、炭疽菌が環境の悪い時期に、耐えるための形(芽胞)をつくることも見つけました[1]。ただし炭疽は動物の病気で、人の感染症の原因を示した話ではありません。
では、混ざっている菌を、どうやって1種類ずつに分けるのでしょうか。
病気の組織から菌が見つかっても、それだけでは原因の証明にならない。体内には多くの菌が混在し、見つかった菌が結果として同居していた可能性が残るからである。実際、当時は菌が病気の場所に「たまたまいるだけ」ではないかと疑われていた[3]。
コッホは1876年、動物の病気である炭疽で、この疑いに答えた。死んだ家畜の脾臓の菌をマウスに接種して発病を確かめ、さらに牛の眼の水様液で菌を育てて純粋培養を得たとされる。こうして炭疽菌(Bacillus anthracis)が原因だと示した。培養の世代数は資料で食い違うため、ここでは数を書かない。同じ研究で、炭疽菌が環境の悪い時期に耐える形である芽胞をつくることも見つかっている[1]。日本語の辞典も、1876年に炭疽菌の純粋培養に成功したと説明する[2]。ただしこれは人の感染症ではなく、動物の病気での成果である。
では、眼の水様液のような液体ではなく、混ざった菌を確実に分けるには、何を使えばよいのか。次の章で見る。
2. まざった ばいきんを わけるには、どんな そだて方が よいの?
2. 混ざった菌を分けるために、ジャガイモとゼラチンが試された
2. 液体から固形へ:ジャガイモ、ゼラチンと、その弱点
ばいきんを 水のような えきたいで そだてると、まざった まま ふえて しまいます。ふえた きんが ぜんぶ 同じ なかまか、見分けられません。
そこで 考えられたのが、かための ものの 上で そだてる ほうほうです。かための ものなら、きんが ひろがりにくく、はなれた ところに つぶが できます。コッホは、うすく 切った ジャガイモや、ゼラチンを まぜた えきを 平らな ガラスの 上で かためた ものを 使いました。[5]
かためて そだてる ようになって、まざった きんを 1しゅるいずつ たしかに わけられる ように なりました。コッホの じょ手の ガフキーも、そう のべて います。[3]
でも、ゼラチンには こまった ことが ありました。あたたかいと とけて しまうのです。
液体の中で菌を育てると、混ざった菌がそのまま一緒に増えてしまいます。それに対して、固形の培地の上なら、菌は広がらず、1つぶずつ場所が分かれます。コッホの助手だったガフキーは、固形培地のおかげで、混ざった菌から1種類ずつを確実に分けられるようになったと述べています[3]。
コッホは、ジャガイモの薄切りなどを試したのち、ゼラチンで固めた培地を平らなガラス板の上で使い、そこに菌を植える方法を発表しました。1881年のロンドンの国際医学会議でのことです[5]。ただし、ジャガイモ、ゼラチン、寒天の順序や年は、資料によって少しずつ揺れます。
ゼラチンには弱点がありました。室温より少し高いと溶けてしまううえ、ゼラチンを分解する菌までいるのです[4]。人の体温(37℃)でよく育つ病原菌を育てるには向きませんでした。
では、熱にも菌にも負けないゼリーは、どこにあるのでしょうか。
混ざった菌を確実に分けるには、液体より固形の培地が向く。液体では混在した菌がそのまま増えるが、固形培地では菌が動けず、1つずつ独立した集まりになる。コッホの助手ガフキーは、固形培地によって初めて混合物から個々の種を確実に分離できるようになった、と述べた[3]。
コッホは、シュレーターが使ったジャガイモの薄切りなどを試したのち、ゼラチンで固めた培地を平らなガラス板の上で使い、菌を植える方法を1881年にロンドンの国際医学会議で発表したとされる[5]。ただしジャガイモ・ゼラチン・寒天の順序や年は資料により揺れるため、この順に進んだと断定はできない。
ゼラチンの弱点は、熱と酵素である。室温より少し高いだけで溶け、しかもゼラチンを分解する菌もいる[4]。病原菌の多くは体温の37℃前後で育つため、培地はその温度でも固体のままでなければならない。ゼラチンはこの条件に合わなかった。
必要なのは、高温でも溶けず、菌に分解されにくい固めるための材料である。それはどこから来たのか。
3. かんてんを すすめたのは、だれ?
3. 台所の寒天は、どうして研究室に届いたのか
3. 寒天を研究室に持ちこんだのは誰か:熱にも酵素にも溶けにくい材料
こたえは、台所に ありました。うみの そう(かいそう)から つくる かんてんです。
1881ねんの なつごろ、コッホの けんきゅうしつに いた ヘッセさんの おくさん、ファニーさんが 「かんてんを つかっては」と すすめたと されて います。ファニーさんは、子どもの ころ、ジャワから 帰った 人から かんてんを おそわり、デザートに 使って いました。[4]
かんてんは、あつくなっても とけにくく、きんにも わけられにくい ざいりょうです。体の あたたかさでも かたまった ままで、ばいきんを 育てるのに ぴったりでした。[4][5]
のちに、コッホの じょ手 ペトリが、ガラスの さらを きんを そだてる 入れものとして 使う ほうほうを、1887ねんに 発表しました。これが ペトリざらです。今の せいぶつの じっけんでも 使われて います。[5]
答えは、台所にありました。寒天は海藻(紅藻)からつくる材料で、熱にも微生物の酵素にも溶けにくい性質があります[4]。
1881年の夏、ゼラチンで困っていたヴァルター・ヘッセに、帰宅後、妻のファニー・ヘッセが寒天を使うことを提案したとされています。ファニーは子どものころ、ジャワで暮らしたことのあるオランダ人の隣人から寒天を教わり、デザートづくりに使っていました[4]。研究室ではなく台所の知識が、細菌学の道具を変えたのです。ただし、誰の功績とするかは資料によって扱いが違うので、「提案したとされる」としておきます。
寒天は37℃でも固まったままです。これが、体温で育つ病原菌の培養に決め手になりました[5]。のちに、コッホの助手ペトリが平らでふたつきの容器(ペトリ皿)に改良し、1887年に短い報告を発表しました。この皿は今も使われています[5]。
道具がそろいました。コッホは、これをいちばん大きな相手に使います。
寒天は紅藻類由来の多糖で、熱にも微生物の酵素にも溶けにくい。1881年の夏、帰宅後にゼラチンで困っていたヴァルター・ヘッセへ、妻のファニー・ヘッセが寒天を使うことを提案したとされる。ヘッセ夫妻は1880〜81年の冬にベルリンの研究室へ移っていた。ファニーは子どものころ、ジャワで暮らしたオランダ人の隣人から寒天を教わり、デザートに使っていたという[4]。
功績の帰属は、資料によって扱いが異なる。ここでは「提案したとされる」にとどめる。台所で身につけた知識が、細菌学の標準的な道具の土台になった点は、複数の資料に共通する。
寒天は37℃でも固体のままで、病原菌の培養に向く[5]。さらにコッホの助手ペトリが、ガラス皿を培養容器として使う方法を1887年に短い報告で発表した。これがペトリ皿である[5]。
固形培地による純粋培養が整った。では、これを実際の人の病気に使うと、何が起きたのか。
4. けっかくの もとも、おなじ ほうほうで しめせたの?
4. 結核の原因を、同じ方法で示す
4. 結核への応用:普通の培地では育たない菌
この ほうほうを つかって、コッホは けっかくの もとを さがしました。けっかくは、人の びょうきです。
1882ねん3月24日、コッホは ベルリンで、けっかくの もとは けっかくきんだと こうえんしました。[2]
けっかくきんは ふつうの えきでは そだちません。ねつで かためた 血のうすい 水分などを つかう くふうが いりました。コッホは 1905ねんに、この けんきゅうで ノーベルしょうを もらいました。[2][5]
1882年3月24日、コッホはベルリンの生理学会で、結核の原因が結核菌だと講演しました[2]。炭疽に続く、人の病気での成果です。
結核菌は、普通の培地では育ちません。加熱して固めた血清など、工夫した培地が必要でした。この発見の経緯は別の記事で詳しく書いているので、ここでは、純粋培養の考え方がどう使われたかに絞ります。
コッホは1905年に、結核に関する研究と発見でノーベル生理学・医学賞を受けました[5]。日本語の辞典も、1882年に結核菌、1883年にコレラ菌と、多くの菌を発見したと説明しています[2]。
この一連の手順は、のちに「コッホの原則」と呼ばれるようになります。それは、コッホ一人が書いた決まりなのでしょうか。
コッホは1882年3月24日、ベルリンの生理学会で結核の原因が結核菌だと講演した[2]。炭疽に続き、人の病気での成果である。結核菌は普通の培地では育たず、加熱して固めた血清などの工夫が要った。結核菌発見そのものの経緯は別の記事で扱っているので、ここでは固形培地と純粋培養が実際の病気にどう効いたかに絞る。
コッホは1905年、結核に関する研究と発見でノーベル生理学・医学賞を受けた[5]。日本語の辞典は、1876年に炭疽菌、1882年に結核菌、1883年にコレラ菌など、多くの細菌を発見し、固形培養法と純粋培養法を完成したと説明する[2]。
この一連の手順が、後に「コッホの原則」と呼ばれる。ただし、この名前の形はコッホが一度に書き上げたものではない。
5. 「コッホの げんそく」って、どんな きまり?
5. 「コッホの原則」は、コッホ一人が書いたのか
5. 「コッホの原則」の成り立ちと、通じない相手
びょうきの もとを しめす 手じゅんは、4つに まとめられる ことが 多いです。
① その びょうきの 人から、いつも おなじ きんが 見つかる。
② その きんを とりだして、1しゅるいだけ そだてられる。
③ そだてた きんを けんこうな どうぶつに うつすと、おなじ びょうきに なる。
④ びょうきに なった どうぶつから、おなじ きんが また とりだせる。
この きまりは、コッホが ひとりで 一どに 書いた ものでは ありません。ほかの けんきゅうしゃの 考えが もとに なって、あとから まとめられました。[6]
じつは、コッホ ほんにんも、この きまりが あてはまらない ばあいが あると、みとめて います。[6]
後世の整理では、次の4つの条件にまとめられることが多いです。数え方は資料によって違い、3か条とする辞典もあります[7]。
①その病気の人や動物から、必ず同じ微生物が見つかる。②それを分離して、純粋培養で増やせる。③純粋培養したものを、感受性のある健康な動物に接種すると、同じ病気が起こる。④発病した動物から、同じ微生物を再び分離できる[7]。
この形は、コッホが一度に書いたものではありません。土台になったのは、ヘンレが1840年に示した考えです。1880年代なかばにはレフラーがジフテリア菌で手順を書き、コッホは1890年に整理して発表しました。日本大百科全書は、箇条書きにしたのは後の研究者だと説明しています[6]。
コッホ自身も、1890年に、チフスやジフテリア、ハンセン病、コレラなどでは③の動物での再現を満たしきれないと認めました。また、コレラやチフスでは症状のない保菌者も見つかり、微生物と病気の結びつきは単純でないと分かりました[6][8]。
原則は、完全な法則というより、考え方の型でした。では、今はどこまで通じるのでしょうか。
後世の整理では、①その病気の人や動物から必ず同じ微生物が見つかる、②それを分離し純粋培養で増やせる、③純粋培養を感受性のある健康な動物に接種すると同じ病気が起こる、④発病した動物から同じ微生物を再び分離できる、の4つにまとめられることが多い。辞典によっては3か条と数える[7]。
だが、この形は一人の著作ではない。ヘンレが1840年に示した考えが土台で、1880年代なかばにレフラーがジフテリア菌について手順を書き、コッホは1890年に整理して発表した。日本大百科全書は、箇条書きにしたのは後の研究者だと説明する。レフラーの年は資料で割れるので、ここでは「1880年代なかば」とした[6]。
コッホ自身が、限界を認めている。1890年に、チフスやジフテリア、ハンセン病、コレラなどでは③を満たしきれないと述べた。さらにコレラやチフスでは、感染していても症状の出ない保菌者も見つかり、微生物と病気の結びつきは単純でないと分かった[6][8]。
この修正は、原則の弱さというより、病気と菌の関係が思ったより複雑だったことを示す。では、現代の病原体にはどう通じるのか。
6. ウイルスには、この 方ほうが つかえるの?
6. 純粋培養できない相手には、どう挑むのか
6. 原則が当てはまらない例と、現代の使われ方
ウイルスは、生きた さいぼうの 中でしか ふえません。だから、きんのように かんてんの 上で ふやす 方ほうは、そのままでは つかえません。[8]
きんに かかっても、びょうきの しるしが 出ない 人も います。ピロリきんのように、元気な 人の おなかにも いる きんも あります。[8]
いまは、この きまりを ぜんぶは みたせない びょうきの もとも あると されます。それでも この きまりは、今の けんきゅうに 合わせて 使われる 目あてです。[8]
1つの きんを とりだして たしかめる 考え方は、いまも びょうきを しらべる ときの ものさしに なって います。
寒天の皿は、どんな相手にも使えるわけではありません。ウイルスは生きた細胞を使わずには増やせないので、寒天の上で単独培養する方法は使えません。また、病原体に感染していても、症状が出ない人(不顕性感染)がいます。ピロリ菌のように、健康な人の胃にもいる菌があります[7][8]。
そのため現代では、すべての条件を満たせない病原体もあります。それでも原則は捨てられていません。分子生物学の方法と組み合わせた指針として使われています[8]。
病気の原因が菌だと示すには、菌を1種類だけにする必要がありました。それを実用にしたのは、熱に強く、体温でも固まる寒天でした。ゼリーの固め方という台所の知識が、細菌学の標準の道具になったのです。
では、純粋培養できない相手を、今はどう調べているのでしょうか。それは、次の宿題です。
固形培地による純粋培養は、細菌には強力だったが、すべての病原体に通じるわけではない。ウイルスは生きた細胞の中でしか増えないため、寒天などの固形培地の上で単独に培養する方法では、②を満たせない。病原体に感染しても症状の出ない不顕性感染があるので、①の「必ず」も崩れる。ピロリ菌のように、健康な人の胃にもいる菌もある[7][8]。
現代では、すべての条件を満たせない病原体もある。それでも原則は、分子生物学の手法と組み合わせた指針として使われている[8]。つまり、原則は「満たせば証明、満たさなければ無関係」という判定表ではなく、原因を探る時に何を確かめるべきかを示す型である。
病気の原因が菌だと示すには、菌を1種類だけにする必要があった。それを実用にしたのは、熱にも酵素にも溶けにくく、体温でも固まる寒天であり、その提案は台所の知識に由来するとされる。一方で、純粋培養できないウイルスや、無症状の感染者の存在は、原則の外にある。
では、純粋培養できない相手の原因を、現代はどう示しているのか。この問いは、この記事の外にある。
7. かんてんと ゼラチンを くらべて みよう
7. ゼラチンと寒天を、手のひらで比べる
7. 台所で両者の差を確かめ、原典に当たる
きょう できる こと
おうちに ゼラチンの ゼリーと、かんてんの ゼリー(ようかんや ところてん)が あれば、おとなの 人と いっしょに、手の ひらに のせて 少し まって みましょう。ゼラチンの ほうが やわらかく なりやすいと いわれます。ただし これは ゼリーの しゅるいや 部屋の あたたかさで かわります。
気を つける こと
ばいきんを そだてる ことは、おうちでは しないで ください。ゼリーは 手を あらって から、たべものとして あつかいましょう。
手のひらで比べる
家にゼラチンのゼリーと、寒天のゼリー(ようかんや心太など)があれば、家の人と一緒に、少しずつ手のひらにのせて待ってみてください。ゼラチンのほうが溶けてやわらかくなりやすい、といわれます。ただし、ゼリーの種類や部屋の温度で変わります。
安全のために
菌を育てる実験は、家庭ではしません。ゼリーは手を洗ってから、食べ物として扱ってください。
もっと知りたいとき
コッホの結核の経緯は、サイトの別の記事「コッホ」の回で詳しく読めます。寒天とヘッセ夫妻の話は、Science History Institute のページ[4]が出発点になります。
台所で確かめる
ゼラチンと寒天のゼリーを手のひらにのせ、変化を比べる。ゼラチンが体温程度で溶けやすいという説明を、手で確かめる試みである。ゼリーの種類や室温で結果は変わるので、これは確定的な実験ではない。菌を育てる実験は家庭では行わない。
資料を読むなら
固形培地の意義はガフキーの言葉を引くThe Microbiologist[3]、ファニー・ヘッセと寒天は Science History Institute[4]、原則の成り立ちは Hektoen International[6]が詳しい。コッホの1881年の論文と1882年の論文の原典は、英語やドイツ語で書かれているので、読むなら図書館や大学の資料から探すとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Embryo Project Encyclopedia: Robert Koch (1843-1910). https://embryo.asu.edu/pages/robert-koch-1843-1910 (炭疽菌と芽胞)
- コトバンク「コッホ」(山川世界史小辞典・デジタル大辞泉・日本大百科全書ほか). https://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%9B (炭疽・結核の年/固形培養法)
- The Microbiologist: Agar and the curse of purity. https://www.the-microbiologist.com/features/agar-and-the-curse-of-purity/3381.article (固形培地の意義)
- Science History Institute: Fanny Angelina Hesse. https://www.sciencehistory.org/education/scientific-biographies/fanny-angelina-hesse/ (ゼラチンの弱点/寒天の提案)
- Wikipedia: Robert Koch. https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Koch (ゼラチン培地、ペトリ皿、ノーベル賞)
- Hektoen International: Koch's postulates revisited. https://hekint.org/2022/09/22/kochs-postulates-revisited/ (原則の成り立ち/コッホ自身の修正)
- コッホの原則(解説). https://pedia.3rd-in.co.jp/wiki/%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%9B%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%89%87 (4つの条件/不顕性感染)
- Wikipedia: Koch's postulates. https://en.wikipedia.org/wiki/Koch%27s_postulates (原則の限界)
なおした ところ
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