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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

『古事記』の ふしぎな どうぶつ。「ワニ」は ほんとうに ワニなの?

『古事記』に出てくる「ワニ」は本当にワニなのか ── 同じ和邇が、だまされる役にも神の姿にもなる

『古事記』の「和邇」はなぜサメとされるのか ── 白兎ではだまされ、豊玉毘売では神の姿になる

分野:歴史・文化

『古事記』には、うさぎが 海の 「ワニ」を だまして、せなかの 上を わたる おはなしが あります。ところが この 「ワニ」は、どうぶつ園に いる ワニでは なく、サメの ことだと 考えられて います[1]。

『古事記』には、ほかにも ふしぎな どうぶつが 出て きます。大きな へびや、道あんないを する カラスです。この どうぶつたちは、おはなしの 中で どんな やくめを して いるのでしょうか。読むと、その やくめが 分かります。

『古事記』には、白い兎が海の「ワニ」をだまして、その背中を渡っていく場面があります。ところがこの「ワニ」は、動物園にいる爬虫類のワニではなく、サメのことだと考えられています[1]。

この「ワニ」は、物語の後半にもう一度出てきます。白兎の場面ではだまされますが、豊玉毘売の場面では、神の娘の本来の姿になるのです。同じ「和邇」が、場面によって役を変えます。大蛇やカラスも合わせて見ると、『古事記』の動物が、困らせる役、だます役、導く役、そして神の姿になる役で登場することが分かります。

『古事記』で白兎にだまされる「和邇」は、爬虫類のワニではなくサメだとされる。山陰地方の一部ではサメをワニと呼ぶことが手がかりとされる[1]。

この「和邇」は、豊玉毘売の場面にもう一度現れる。白兎の場面ではだまされる側だが、ここでは神の娘の本来の姿「八尋和邇」である。同じ字の動物が、場面によって役を変える。ヤマタノオロチや八咫烏もあわせて見ると、神や英雄を困らせ、だまし、導く動物のほかに、神が動物の姿で現れる例まであることが分かる。

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1. うさぎが だました 「ワニ」は、なに者?

1. 白兎がだました「ワニ」は、何者なのか

1. 白兎の背渡りと「和邇」 ── なぜサメとされるのか

おきの 島に いた 白い うさぎは、海の むこうの みさきへ わたりたいと 思いました。そこで 海の 「ワニ」を だまして、せなかの 上を わたって いきます。でも とちゅうで 気づかれ、けがわを はがれて しまいました[2]。

この 「ワニ」は、どうぶつ園の ワニでは ない、と 考えられて います。日本には ワニは すんで いないからです。かわりに サメの ことだと されて います[1]。

ヒントは、さんいんと いう 地方の ことばです。そこでは、サメを 「ワニ」と よぶ ところが あります[1]。むかしの 人の ことばが、なぞを とく かぎに なるのです。

ただし、まだ きまった わけでは ありません。「ワニ」を、おはなしの 中の 神さまの すがただと 考える 人も います[3]。

この おはなしの うさぎは、ちえで 海を わたろうと します。ワニは まんまと だまされました。どうぶつが 人の ように ずるく、うっかりもする ところが おもしろいですね。では、けがわを はがれた うさぎは、そのあと どう なったのでしょう。

兎が海を渡るために使った手

『古事記』上巻の「稲羽の素兎」では、兎が淤岐島から気多の岬へ渡りたいと考え、海にいた和邇をだまして、その背中を渡っていきます。ところが岸の近くで気づかれ、毛皮を剥がれてしまいます[2]。

和邇が「サメ」とされるわけ

この和邇は、爬虫類のワニでしょうか。日本には爬虫類のワニが生息していません。そこで手がかりになるのが方言です。山陰地方の一部では、サメをワニと呼びます。このことから、和邇はサメを指すと考えられています[1]。気多の岬も、鳥取県の資料では、現在の白兎海岸のあたりとされています[1]。

ただし、サメだと決まったわけではありません。和邇を、龍や麒麟のような神の姿とみる立場もあります[3]。ですから「サメとされる」と書くのが正確です。

この場面で兎は知恵を使い、和邇はまんまとだまされます。動物が人間の登場人物のように、策略や失敗を演じるのが、この場面のおもしろさです。毛皮を剥がれた兎は、そのあとどうなるのでしょうか。

『古事記』上巻の「稲羽の素兎」で、兎は淤岐島から気多の岬へ渡りたい。そこで海にいた和邇をだまし、その背を渡っていくが、途中で気づかれて毛皮を剥がれてしまう[2]。

この和邇は爬虫類のワニなのか。手がかりの一つが方言である。山陰地方の一部ではサメをワニと呼ぶ。このことから、和邇はサメを指すと考えられている。気多の岬も、鳥取県の資料では現在の白兎海岸周辺とされており、神話の舞台に近い土地の言葉が読み解きの手がかりになっている[1]。

ただし、サメと確定したわけではない。和邇を龍や麒麟のような神の姿とみる見方も残る[3]。淤岐島の場所にも諸説がある。したがって「サメとされる」と書くのが資料に忠実な言い方になる。

この場面では、兎は策を使って海を渡ろうとし、和邇はそれに乗ってしまう。動物が人間の登場人物のように策略や失敗を演じ、物語を動かしている。毛皮を剥がれた兎はその後どうなるのか。そこに、この説話のもう一つの意外な点がある。

2. けがわを はがれた うさぎは、そのあと どうなった?

2. 皮を剥がれた兎は、その後どうなったのか

2. 皮を剥がれた兎のその後 ── 「兎神」と呼ばれるまで

うさぎは、オオクニヌシに おしえて もらって、びょうきが なおりました[2]。

すると うさぎは、「ヤガミヒメと けっこんする のは、あなたです」と、オオクニヌシに つげます。この ことばを 言いあてた うさぎは、あとで 「うさぎがみ」と よばれる ように なりました[2]。

ひどい めに あった うさぎが、さいごは かみさまと よばれたのです。おどろきですね。うさぎが いた みさきは、いまの 鳥取県の はくとかいがんの あたりと されて います[1]。

では、人を こまらせる どうぶつは いないのでしょうか。いました。とても 大きな へびです。

兎は、大国主(このときはオオアナムジという名)の教えで回復します。そして、八上比売(ヤガミヒメ)を得るのは大国主だと告げます。『古事記』はこの兎を「今に菟神と謂ふ」、つまり今は兎神と呼ばれる、と結んでいます[2]。

だまして失敗した兎が、物語の終わりには、これから起こることを告げる役に回っています。この説話の中で、兎は失敗し、助けられ、先を告げる役へと変わります。

こうした動物の役まわりが『古事記』の特色なのかもしれません。次は、神や英雄にとって、もっと手ごわい動物を見てみましょう。

兎は大国主(場面ではオオアナムジ)の教えで回復する。さらに、八上比売(ヤガミヒメ)を得るのは大国主だと告げる。『古事記』はこの兎を「今に菟神と謂ふ」、つまり今は兎神と呼ばれると結ぶ[2]。

失敗した者がその後は未来を告げる者になる、という役の移り変わりが一つの場面に収まっている。失敗者、助けられる者、予告する者、そして神と呼ばれる者。動物が人間の登場人物なみに、役を重ねる例である。

これが『古事記』の動物全体に当てはまるかは、一つの説話からは言えない。そこで、まったく別の役の動物を見る。人を脅かす側の代表が、ヤマタノオロチである。

3. からだに 木が はえた へびは、どれくらい 大きい?

3. 体に杉が生えた大蛇ヤマタノオロチは、どれほど大きいのか

3. ヤマタノオロチの姿 ── 山や谷にまたがる大蛇と、名前の意味

ヤマタノオロチは、『古事記』に 出て くる とても 大きな へびです。あたまと しっぽが 八つずつ あります。目は、あかく 色づいた ホオズキのように まっ赤です[4]。

おどろくのは、からだです。ヒノキや スギなどの 木が はえて います。そして、八つの 谷と 八つの みねに またがる ほど 大きいと 書かれて います[4]。へびと いうより、まるで 山の ようです。

この へびは、じてんでは、まいとし 「こし」と いう ところから やって きて、村の むすめを おそったと 書かれて います[5]。まわりの 人にとっては、とても こわい あいてでした。

名前にも ふしぎが あります。「オロチ」の 「ロ」の ところの 意味は、1つに 決まって いません。「しっぽの たましい」「山の かみさま」「鉄の とれる 山の かみさま」など、いくつかの 考えが あります[4]。

もう 1つ。この へびの しっぽから、りっぱな かたなが 出て きました。スサノオが アマテラスに さしあげ、「クサナギの たち」と よばれました[4]。こわい どうぶつの からだから、たからものが 出て きたのです。

目はホオズキ、体には木

ヤマタノオロチは『古事記』では「八俣遠呂智」と書かれ、辞典では、高志(こし)から毎年やって来て娘をおそった大蛇と説明されます[5]。姿は具体的に書かれています。目は赤加賀智、つまり熟したホオズキのように赤く、一つの体に頭と尾が八つずつあります。体にはヒノキ、スギ、ヒカゲノカズラが生え、八つの谷と八つの峰にまたがるほどの大きさです[4]。

木が生えた体というのは、動物というより、山そのものを思わせます。

名前の「ヲロ」の意味は決まっていない

名前にも謎があります。「オロチ」のうち「ヲロ」の部分の意味は一つに決まらず、尾の霊、峰の霊(山や水の神)、鉄砂の鉱山の神などの説があります[4]。山や水と結びつく説があることは、体に木が生えた姿と合わせて読むとおもしろく感じられます。

尾から出てきた剣

オロチの尾から剣が出ると、スサノオはそれをアマテラスに献上しました。この剣は草那芸之大刀(クサナギの太刀)と呼ばれます。『日本書紀』では天叢雲剣です[4]。困らせる役の動物の体から宝物が出てくるのは、意外な展開です。では、味方になる動物は、いないのでしょうか。

人を脅かす側の代表がヤマタノオロチである。『古事記』は「八俣遠呂智」と書き、『日本書紀』の「八岐大蛇」とは字が異なる。辞典では、高志から年ごとにやって来ては娘を食べたと説明され、土地の人々にとっては繰り返し来る脅威だった[5]。

姿の描写は具体的だ。目は赤加賀智、つまり熟したホオズキのように赤く、一つの体に頭と尾が八つずつある。体にはヒノキ、スギ、ヒカゲノカズラが生え、八つの谷と八つの峰にまたがる大きさで、腹はいつもただれて血がにじむ[4]。木が生えた体は、動物というより山を思わせる。

では、その「オロチ」とは何を指す言葉か。名前のうち「ヲロ」の部分の意味は一つに決まらず、尾の霊とみる説、峰の霊(山や水の神)とみる説、鉄砂の鉱山の神とみる説がある[4]。そのため、大蛇の正体が自然や鉱山と結びつけて読まれることもあるが、どれが正しいかは定まっていない。

さらに、オロチの尾から剣が出て、スサノオがこれをアマテラスに献上すると、草那芸之大刀(クサナギの太刀)と呼ばれた。『日本書紀』は天叢雲剣とする[4]。ただし『古事記』は別の名も記しており、名の扱いは単純に決められない。オロチは人々を困らせる一方、物語の終わりに剣を残す。では、味方になる動物はいないのか。

4. くまに あった 一行を、カラスは どう 道あんない したの?

4. 熊野で熊に出会った一行を、八咫烏はどう導いたのか

4. 熊野の山中と八咫烏 ── 誰が、どこへ導いたのか

つぎは、たすけて くれる どうぶつです。じんむてんのうと いう 人の 一行は、くまのの 山で くまに 出あい、みんな 気を うしなって しまいます[10]。

そこへ、タカギノカミが、天から やたがらすを おくりました。この カラスが、くまのから 大和へ ぬける 山の 中の 道を あんない したと されます[6][7]。

『古事記』では、この おくりぬしは タカギノカミです。ほかの 本では ちがう 神さまの 使いと 書かれる ことも あるので、まぜない ように します[6]。

三本足の カラスの えを 見た ことは ありますか。三本足は、中国の 古い はなしで、太陽の 中に いる 赤い カラスの こと です[7]。『古事記』の カラスの 足の 数は、分かって いません。

くまの なちたいしゃには、やくめを おえた やたがらすが もどって きたと いう つたえが あります。休んで いる すがたと される 「やたがらす石」も あります[8]。

さて、おなじ 「ワニ」が、もう 1回 出て きます。こんどは だまされる ほうでは ありません。

気を失った一行に、天から遣わされたカラス

中巻の神武天皇の東征で、熊野に現れた熊が一行を気絶させます[10]。一方、道案内の役には八咫烏が登場します。『古事記』では、タカギノカミ(高木神)が八咫烏を天から遣わして進軍の先導役とし、神武天皇の東征を助けます[6]。八咫烏は、熊野から大和へ抜ける山中の道案内をしたとされ、『古事記』中巻の「天より八咫烏を遣はさむ」が初出の例といわれます[7]。

注意したいのは、遣わした神です。『日本書紀』は扱いが異なり、辞典や観光の資料ではアマテラスの使いとして説明されます。『古事記』ではタカギノカミです[6]。

三本足は『古事記』の話ではない

八咫烏といえば三本足の姿を思い浮かべる人も多いでしょう。ただ、辞典によると、三本足の赤いカラスは中国の説話で太陽の中にいるものです[7]。『古事記』のカラスの足の数は、資料からは言えません。

熊野那智大社には、役目を終えた八咫烏が戻ったという伝えがあり、休息の姿とされる八咫烏石や像があります[8]。物語の中のカラスが、いまも土地に姿を残しているのです。

案内役のカラスの次は、名前の裏に別の正体があるあの「ワニ」が、もう一度出てきます。

中巻、神武天皇の東征の場面では、熊野に現れた熊が一行を気絶させる[10]。一方、道案内の役を担うのが八咫烏である。『古事記』では、タカギノカミ(高木神)が八咫烏を天から遣わして進軍の先導役とし、神武天皇の東征を助ける[6]。八咫烏は熊野から大和へ抜ける山中の道案内をしたとされ、辞典では『古事記』中巻の「天より八咫烏を遣はさむ」が初出の例として挙げられる[7]。

遣わした神には注意がいる。『日本書紀』では派遣の神の扱いが異なり、辞典や観光資料ではアマテラスの使いとして説明される。『古事記』はタカギノカミであり、書紀系の説明を混ぜて読むと食いちがいが生じる[6]。

八咫烏の三本足も、混同されやすい。辞典は、三本足の赤い烏を中国説話で太陽の中にいるものとして説明しており、『古事記』の記述としては述べていない[7]。『古事記』のカラスの足の数は、確認できる範囲では示されていない。

現在、熊野那智大社には、役目を終えた八咫烏が戻ったという伝えがあり、休息の姿とされる八咫烏石が玉垣内に置かれ、像もある[8]。物語上の案内役が土地の信仰に残った例である。さて、同じ「和邇」の字が、まったく別の役でもう一度現れる。

5. 「ワニ」が もういちど 出てくる。うみの ひめの 本とうの すがた

5. 「ワニ」はもう一度現れる ── 海の姫の本当の姿

5. 豊玉毘売と「八尋和邇」 ── 神の本来の姿としての動物

つぎの おはなしは、山で かりを する やまさちひこと、海の 神さまの むすめ、とよたまびめです。

とよたまびめは、赤ちゃんを うむ ときに、ほんとうの すがたに なりました。それが、「やひろわに」です。この ようすを のぞいた やまさちひこは、おどろいて にげて しまいました[3]。

うさぎの ときの 「ワニ」は だまされる どうぶつ でした。こんどの 「ワニ」は、海の ひめの 本当の すがたです。おなじ 字でも、役が ちがうのです。

この 「ワニ」も、サメだと する のが、いまの 考えかたの 中心です。りゅうの ような 神さまの すがたと 考える 人も います[3]。

ほかに、うぶやの やねに うの はねを 使う 場面も あると、『古事記』の あらすじに あります[10]。海の ひめと 鳥が、1つの おはなしに 出て くるのです。

のぞかれた「本来の姿」

海幸山幸の段で、海の神の娘の豊玉毘売は、出産のときに本来の姿の「八尋和邇」になります。それをのぞいた夫の火遠理命(山幸彦)は、驚いて逃げ出しました[3]。辞典は、この場面を大鰐の姿で出産して夫に姿をのぞき見られた、と説明します[9]。

同じ「ワニ」でも、役がちがう

兎の場面の和邇は、だまされる側でした。この場面の八尋和邇は、神の娘の本来の姿です。同じ字が、まったく別の役で出てくるのです。

この八尋和邇も、兎の場面と同じく鮫を指すと考えられています。龍や麒麟のような神の姿とみる見方もあります[3]。『日本書紀』の一書では「八尋大熊鰐」「八尋大鰐」と書き、本書では竜と書くという違いもあります[3]。

産屋の屋根に鵜の羽を使う場面が『古事記』のあらすじにあり、海の姫と鳥が同じ物語に出てきます[10]。動物は敵や案内役だけでなく、神そのものの姿としても現れるのです。ほかの例も見てみましょう。

海幸山幸の段では、豊玉毘売が出産のとき本来の姿の「八尋和邇」になり、それをのぞいた夫の火遠理命(山幸彦)は驚いて逃げる[3]。辞典は、これを大鰐の姿で出産して夫に姿をのぞき見られた場面と説明する。子は玉依姫に育てられた[9]。

兎の場面の和邇が、だまされる側の動物だったのに対し、ここでの八尋和邇は神の娘の本来の姿である。同じ「和邇」の字が、まったく異なる役で現れる。この八尋和邇も、兎の場面と同じく鮫を指すと考えられている。一方で、龍や麒麟のような神の姿とみる見方もある[3]。

表記も一定しない。『日本書紀』は、一書一で「八尋大熊鰐」、一書三で「八尋大鰐」と書き、本書では竜とする[3]。同じ場面でも、書物によって動物の種類が異なるため、「ワニ」の正体を一つに絞る議論は慎重に読む必要がある。

『古事記』のあらすじには、産屋の屋根に鵜の羽を使う場面もある[10]。海の姫と鳥が一つの物語に重なるのである。動物は、敵や案内役にとどまらず、神自身の姿としても現れる。他の例も確かめる。

6. かみさま 自身が どうぶつの すがたで 出て くる

6. 神そのものが動物の姿で現れる話もある

6. 動物の姿をした神 ── 「神の使い」と「神そのもの」の区別

『古事記』の どうぶつには、かみさまの 使いの ほかに、かみさま 自身が すがたを かえた ものも います。

白い いのししは、山で 出あった ものが、じつは かみさま その ものでした[10]。へびの すがたで 出て くる 神さまも います。みわやまの 神さまなどです[11]。

また、天の 神さまの 使いとして 大切な やくめを する シカも います[11]。

国学院大学の ひらふじ先生は、日本の 神話には、神さまや えいゆうに まけない ほど かつやくする どうぶつが、たくさん 出て くると 言います[11]。むかしの 人が どうぶつを どう 見ていたかの 手がかりにも なるそうです。

『古事記』の どうぶつは、上・中・下の 3つの まきの どこにも います[10]。「こまらせる」「だます」「みちびく」「かみさま その もの」。あなたなら、どの やくめの どうぶつが すきですか。

神の使いのほかに、神が動物の姿で現れる話もある

『古事記』には神の使いの動物のほかに、神が動物の姿で現れる話もあります。白猪は、伊服岐能山で出会った、実は神そのものだった存在です[10]。神が蛇の姿で現れる話もあり、三輪山の神などがその例です[11]。鹿は、天の神のお使いとして重要な役割を果たします[11]。

動物は物語の共演者

國學院大學の平藤喜久子教授は、日本神話には神や英雄に負けないほど活躍する個性豊かな動物が多く登場し、古代の人々が動物とどう暮らし、何を感じていたかの手がかりになる、と述べています[11]。あらすじの整理では、動物は上巻に大蛇・白兎・和邇・鵜、中巻に八咫烏・熊・白猪、下巻に大猪と、三つの巻に分かれて登場します[10]。

ここまでの動物を、物語で受け持つ役でまとめると、四つに分けられます。人を困らせる(オロチ・熊)、だます・だまされる(兎・和邇)、導く(八咫烏)、神そのもの(白猪・蛇)です。八尋和邇は、豊玉毘売という神が動物の姿になった例として、この四つとは別に数えます。この分け方は、この記事でそろえた整理にすぎませんが、場面を読むとき役立ちます。

『古事記』には神の使いの動物のほかに、神が動物の姿で現れる話もある。白猪は、伊服岐能山で出会う、実は神そのものだった存在である[10]。神が蛇の姿で現れる話もあり、三輪山の神などがその例である。鹿は天の神のお使いとして重要な役割を果たす[11]。

國學院大學の平藤喜久子教授は、日本神話には神や英雄に負けないほど活躍する個性豊かな動物が多く登場し、古代の人々が動物とどう暮らし、何を感じていたかの手がかりになると述べる[11]。あらすじの整理でも、上巻に大蛇・白兎・和邇・鵜、中巻に八咫烏・熊・白猪、下巻に大猪と、動物は三巻にまたがって現れる[10]。

ここまでに見た動物を、物語での役でまとめる。人を困らせる(ヤマタノオロチ、熊)、だます・だまされる(白兎、和邇)、導く(八咫烏)、神そのもの(白猪、蛇)の四つである。八尋和邇は豊玉毘売がとった姿で、神が動物の姿になる例として別に数える。ただし、これは資料の記述を読み比べた筆者の整理で、『古事記』自身がこう分けているわけではない。同じ和邇が二つの役を演じたように、一匹の動物が複数の役にまたがる例もあり、分類は目安にとどまる。

7. 『古事記』の どうぶつを、やくめで わけて みよう

7. 『古事記』の動物を、役で分けながら探してみる

7. 出口 ── 場面を読み、役を自分で分けてみる

としょかんで、『古事記』の 子ども向けの 本を さがして みましょう。どうぶつが 出て くる ところに、しおりを はさんで いきます。

見つけたら、その どうぶつは 「こまらせる」「だます」「みちびく」「かみさま」の どれかを かんがえます。1つに きまらない ときも あります。それも おもしろい ところです。

本や ホームページで、鳥取県の はくとかいがんや、和歌山県の くまの なちたいしゃを しらべて みるのも いいですね。おはなしの 場所の 名前が のこって います[1][8]。

国学院大学の 古事記ビューアーでは、うさぎの おはなしを 日本語で 読めます[2]。おとなと いっしょに 見て みよう。

図書館で、『古事記』の子ども向けの現代語訳を探してみましょう。動物が出てくる場面にしおりをはさみ、その動物が「困らせる」「だます」「導く」「神そのもの」のどれにあたるかを書きこんでいくと、読み方が変わります。

役が一つに決まらない動物も出てきます。兎と八尋和邇は、同じ「和邇」の字を使いながら、まったく別の役でした。決まらないところに、物語を読む楽しみがあります。

資料で調べるなら、鳥取県の白兎海岸や、熊野那智大社の八咫烏石の紹介ページを読むと、物語の場所が今に残っているのが分かります[1][8]。『古事記』の本文は、國學院大學古事記学センターのビューアーで読めます。白兎の場面は、原文と現代語訳が日本語で並んでいます[2]。

まず『古事記』の現代語訳で、和邇が出てくる場面を探したい。白兎の場面と豊玉毘売の場面を並べ、それぞれの和邇がだます・だまされる役なのか、神の本来の姿なのかを書き分けてみる。本記事の四分類は目安にすぎず、一匹が複数の役を担う例が見つかれば、そこが読みどころになる。

原典に当たるには、國學院大學古事記学センターの古事記ビューアーが使える。稲羽の素兎の場面は原文・訓読・現代語訳が見られる[2]。神名データベースは、ヤマタノオロチや豊玉毘売のように神や動物の名前ごとに、書紀との違いを整理している[4][3]。

八咫烏の場面は、原文を読むと、遣わした神や足の描かれ方を自分の目で確かめられる[6][7]。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:國學院大學・古事記学センターの資料、自治体や国の公的機関の資料、辞典(コトバンクに収録されたもの)を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 鳥取県「いなばの白うさぎ」。https://www.pref.tottori.lg.jp/311698.htm (和邇=サメの説明、気多の岬の場所)
  2. 國學院大學 古事記ビューアー「稲羽の素兎」。https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/kojiki/稲羽の素兎/ (白兎の場面の本文と、兎神の記述)
  3. 國學院大學 古事記学センター 神名データベース「豊玉毘売」。https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/toyotamabime/ (八尋和邇の記述と、書紀との表記の違い)
  4. 國學院大學 古事記学センター 神名データベース「八俣遠呂智」。https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/yamatanoorochi/ (オロチの姿、名前の意味、尾から出た剣)
  5. コトバンク「八岐大蛇」。https://kotobank.jp/word/八岐大蛇-144161 (『古事記』での表記と、年ごとに来た話。二次資料)
  6. 國學院大學 古事記学センター 神名データベース「高木神」。https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/takagi/ (八咫烏を遣わした神)
  7. コトバンク「八咫烏」(精選版日本国語大辞典)。https://kotobank.jp/word/八咫烏-143753 (道案内の役、三本足の由来。二次資料)
  8. 国土交通省 観光庁 多言語解説文データベース「八咫烏について」。https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R2-00214.html (熊野那智大社の八咫烏の伝え)
  9. コトバンク「豊玉姫」。https://kotobank.jp/word/豊玉姫-585203 (出産の場面の説明。二次資料)
  10. 國學院大學 古事記学センター「『古事記』あらすじ」。https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/about-kojiki/outline/ (動物が登場する場面の整理)
  11. 國學院大學 平藤喜久子「古事記に登場する個性豊かな動物たち」(2019)。https://www.kokugakuin.ac.jp/article/142558 (動物の役割についての解説)

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