1. ひろしまの 三次で たべる「ワニ」って、なに?
1. 広島の「ワニの刺身」は、サメの肉
1. 備北の「ワニ」── 日持ちするサメが山間の祭りの料理になった
ひろしまけんの 三次では、「ワニ」の さしみを たべる ところが あります。ワニと いっても、ほんとうは サメの ことです[3]。
サメの にくは、アンモニアを たくさん ふくんで いて、いたみにくいと いいます。農林水産省の 紹介では、半月ほどは さしみで たべられるそうです[3]。日本海がわから はこばれて きた サメは、おまつりや お正月の ごちそうでした[3]。
三次には「ワニを おなかが ひえるまで たべて ください」という、むかしからの もてなしの ことばも あります[3]。
では、いなばの しろうさぎの はなしの「わに」も、サメの ことなのでしょうか。
広島県の三次市などでは、日本海側から運ばれたサメを「ワニ」と呼んで食べます。農林水産省の紹介では、ワニと言っても実際にはサメのことだと説明されています[3]。
サメの肉はアンモニアを多く含み、日持ちがします。そのため半月ほどは刺身で食べられるそうです[3]。祭りや正月などの、特別な日の食べ物でした[3]。三次市には「ワニを腹の冷えるまで食べてつかあさい」という、古くからのもてなしの言葉もあります[3]。昔話の言葉が、食卓の言葉として生きているのです。
では、『因幡の白兎』に出てくる「ワニ」も、このワニなのでしょうか。
広島県の備北(三次市など)では、日本海側から運ばれたサメを「ワニ」と呼び、刺身にして食べる。農林水産省の「うちの郷土料理」は、「ワニと言っても実際にはサメのこと」と説明する[3]。
運ばれた先で食べられた理由として、サメの肉はアンモニアを多く含んで日持ちし、半月ほどは刺身にできる点が挙げられている。祭りや正月などのハレの日の食べ物でもあった[3]。三次市には「ワニを腹の冷えるまで食べてつかあさい」という、古くからのもてなしの言葉も残る[3]。ただし、この資料は「運ばれたこと」と「ワニと呼ばれること」を別々に述べている。広島でその呼び名が残った理由までは、書かれていない。
では、古事記に出てくる「和邇」も、同じ「ワニ」なのか。まず、字の書かれ方と山陰の言葉から見る。
2. こじきの「わに」は、サメの ことなの?
2. 古事記の「和邇」は、山陰でサメを指す言葉と同じなのか
2. 「和邇」は音を借りた字 ── 山陰・北陸の「ワニ」との結びつき
いなばの しろうさぎは、古事記という 古い 本に のって います。うさぎの 皮を はいだ いきものは、「和邇」と かかれて います[1]。
さんいんの 一部では、サメを「ワニ」と よびます。そこで、鳥取県の ページでは「和邇は サメだと 考えられて います」と しょうかいして います[1]。
サメの よびなは、ところに よって ちがいます。かんさいでは「フカ」、山陰や ほくりくでは「ワニ」と いいます[2]。
つまり、古事記の「わに」は、山陰の ことばの「ワニ」と 同じだと 考えるのです。この 記事で つかった かいせつでは、サメだと する 考えが 有力と される ことが 多いのですが、きまっては いません。
古事記では、兎の皮をはぐ生き物が「和邇」と書かれています。鳥取県の観光ページは、山陰地方の一部ではサメのことをワニと呼ぶので、「和邇=サメ」と考えられていると紹介しています[1]。
サメの呼び名は地域でちがいます。農林水産省の資料では、関西は「フカ」、山陰や北陸は「ワニ」と呼ぶとされています[2]。古事記の「ワニ」は、山陰で今も聞かれる「ワニ」と同じ言葉だろう、という読み方です。
サメジャーナリストの沼口麻子さんも、日本に本来ワニはいないので、山陰でサメをワニと呼んでいたことから、実際はサメだったと言われていると話しています[7]。
ただし、サメ説が有力とされることが多い、という段階で、決着したわけではありません[5]。ではなぜ、サメの呼び名に爬虫類の「ワニ」を思わせる字が使われているのでしょうか。
因幡の白兎の段の原文として紹介される資料では、「欺海和邇(此二字以音)」とあり、「和邇」の二字は音を借りて書いたという注が付く[4]。意味ではなく「ワニ」という音を写した字なので、当時すでに「ワニ」という話し言葉があったことは読み取れる。
その言葉が何を指したかについて、鳥取県の紹介ページは、山陰の一部でサメをワニと呼ぶことから「和邇=サメ」と考えられている、とする[1]。農林水産省の資料によると、サメの呼び名は関西で「フカ」、山陰や北陸で「ワニ」と地域でちがう[2]。なお、「山陰の一部」(鳥取県)と「山陰・北陸」(農林水産省)のように、資料によって範囲の書き方に幅がある。
サメジャーナリストの沼口麻子さんは、日本には本来ワニがいないことと、山陰でサメをワニと呼んでいたことから、実際はサメだったと言われていると語る[7]。ただし「日本に爬虫類のワニがいない」は説明の一つであり、サメ説の唯一の根拠ではない。和邇の正体は「サメ説」と「爬虫類のワニ説」に大きく分かれ、サメ説が有力とされることが多いが、定まってはいない[5]。
残る疑問は、サメの呼び名に、なぜ爬虫類を思わせる字が使われているかである。
3. サメの ことなのに、どうして「ワニ」の 字が あるの?
3. サメの呼び名に、なぜ爬虫類の「鰐」の字が使われたのか
3. 「鰐」の字と『和名抄』── 字が意味をずらしたという見方
ワニと よむ 漢字に「鰐」が あります。もとは、中国の 南の 川に すむ、はちゅうるいの ことだと いいます[6]。
むかしの 日本の 本には、「わに」を「鰐」と かいて せつめいした ものが あります。『わみょうしょう』と いう 古い 本です[5]。
世界大百科じてんは、日本海がわで ひろく つかわれた「ワニ」は、サメ(ふか)の よびなだと みて よいと のべます。そして「鰐」の 字を あてたのは、むかしの 都の 人の まちがいだったと 考えられる、と せつめいして います[6]。
この 見かたでは、「鰐」の 字が つかわれた ことで、はちゅうるいの ワニの 話だと 思われやすく なった、と 考えます。
字を見ると、話がややこしくなります。漢字の「鰐」は、もともと中国南部の川にすむ爬虫類を指す字です[6]。
『和名抄』という古い書物は、和邇を鰐として説明しています[5]。世界大百科事典の「ワニ」の項は、古語のワニは日本海沿岸で広く使われた「鱶(ふか)」の呼び名とみてよいとしています。そのうえで、この字を日本語のワニに当てたのは、古代の中央の文人の誤りだったと考えられる、と述べます[6]。
「誤りだった」というのは、事典に書かれた一つの見方です。ただ、もしこの見方が正しいなら、サメの呼び名だった言葉に爬虫類の字が重なったことで、あとから「ワニ=爬虫類」というイメージが強まったことになります。
それでも、爬虫類のワニだと考える人は、今もいます。何を根拠にしているのでしょうか。
古事記の「和邇」は音の写しだったが、のちの文献では字の意味が加わる。『和名抄』(和名類聚抄)は和邇を「鰐」として説明している[5]。
問題は、「鰐」が中国南部の河川にすむ爬虫類を指す字だという点にある。世界大百科事典の「ワニ」の項は、古語のワニを日本海沿岸で広く使われた「鱶(ふか)」の呼称とみてよいとし、この字を日本語のワニに当てたのは古代の中央の文人の誤りだったと考えられる、と説明する[6]。
「誤り」という評価は事典内の一つの見方で、すべての研究者が同じ結論を取っているわけではない。ここまでの話を整理すると、①古語の「ワニ」はサメを指した、②のちに爬虫類の字が当てられた、③そのため「ワニ=爬虫類」と受け取られやすくなった、という筋になる。ただし②と③のつながりは、この見方に立った場合の読み方である。
では、爬虫類説やほかの説を支える側は、どんな根拠を挙げているのか。
4. それでも「ワニ」だと 考える 人は、なにを 見て いるの?
4. 爬虫類のワニだと考える人は、何を根拠にしているのか
4. ワニ説・ウミヘビ説・舟説 ── 各説の根拠と、サメ説の弱点
古事記の「わに」は、はちゅうるいの ワニだと 考える 人も います。
東南アジアには「うさぎと ワニ」の 話に にた むかしばなしが あります。奄美大島や とやまわんには、ワニが ながれ着いた れいも あります[5]。
ほかにも、ウミヘビの ことだ、ふねの ことだ、という 考えが あります[5]。
サメだと する 考えが 有力と される ことが 多いのですが、きまってはいません。「ワニ」が なにを さすのかは、まだ 分かって いない 部分が あるのです。
爬虫類のワニ説を支えたのは、本居宣長・松本信廣・折口信夫らだとされています[5]。根拠としては、和名抄が和邇を鰐として説明していること、東南アジアに「兎と鰐」型の似た話があること、奄美大島や富山湾でワニが漂着した例があることなどが挙げられます[5]。
サメ説の弱点としては、日本に爬虫類のワニがいない点ではなく、神話で姫が変じた和邇を「這うような」と表す記述が、ワニの姿に合う点が指摘されています[5]。
説はほかにもあります。津田左右吉のウミヘビ説、舟説、シュモクザメ説などです[5]。サメ説が有力とされることが多くても、確定はしていません。
では、神話のなかで和邇は、どんな生き物として描かれているのでしょうか。
爬虫類のワニ説は、本居宣長・松本信廣・折口信夫らが支持したとされる。根拠は、①『和名抄』が和邇を鰐と説明すること、②東南アジアに「兎と鰐」型の類話があること、③奄美大島や富山湾での漂着例の3点である[5]。
反対にサメ説の弱点は、一般に言われる「日本に野生のワニがいない」ことではない。古事記でトヨタマヒメが変じた和邇を「這うような」と表す記述が、ワニの姿に合うとされる点である[5]。サメが「這う」とは書きにくい、という読み方で、ここは解釈の問題が大きい。
ほかに、津田左右吉のウミヘビ説、舟説、シュモクザメ説などがある[5]。現在はサメ説が有力とされることが多いものの、どの説にも決め手がない。資料は和邇(神話)の解説に基づくので、各説の原典にあたると、根拠の重さはもっと細かく見える。
次に、神話の中の和邇の姿から、この生き物がどう扱われてきたかを見る。
5. しんわの「わに」は、どれくらい 大きいの?
5. 神話の和邇は、海と川に現れる大きな力の生き物
5. 古事記・日本書紀・出雲国風土記 ── 大きな力をもつ「和邇」の描かれ方
古事記には、ほかにも「わに」が でて きます。トヨタマヒメという 神さまが、八ひろの わにの すがたに なる 話です。八ひろは、とても 大きい ことを いう ことばです[5]。
日本書紀では、同じ 話に「八ひろの くまわに」などと かかれた ものが あり、本文には「りゅう」と かかれて います[5]。
出雲の ふどきと いう 古い 本にも、わにが でて きます。かいせつ記事に よると、女の 神さまを したって 川を のぼり、山の 名前の もとに なった 話です[5]。
海でも 川でも 力の 強い、大きな いきもの。むかしの 人は、「わに」を そんな ものと 思って いたようです。
古事記には、ホオリ(山幸彦)の話にも和邇が登場します。トヨタマヒメが、八尋の和邇に姿を変える場面です[5]。八尋は、とても大きいものを言い表す言葉です。
日本書紀の一書には、同じ話が「八尋熊鰐」や「八尋鰐」と書かれています。本文では「龍」と書かれています[5]。同じ場面を「和邇」「鰐」「龍」と書き分けているわけです。
山陰の古い文献にも和邇は出てきます。解説記事による要約ですが、出雲国風土記の仁多郡の話では、和邇が玉日女命を慕って川をさかのぼり、「恋山」の名の由来になったとされています[5]。
神話の和邇は、海と川の両方に現れる大きくて力のある生き物として描かれています。「ワニ」という一つの言葉が、実在のサメから神話の大きな生き物まで、幅広いものを指していたのかもしれません。
古事記では、ホオリ神話にもトヨタマヒメが八尋(やひろ)の和邇に変じる場面がある。日本書紀の一書は、これを「八尋熊鰐」「八尋鰐」と書き、本文では「龍」としている[5]。同じ出来事を「和邇」「鰐」「龍」と書き分けている点は、字が意味をどれほど揺らしたかを考える材料になる。
山陰の側にも記録がある。出雲国風土記の仁多郡の記事では、和邇が玉日女命(たまひめのみこと)を慕って川をさかのぼり、「恋山(こいやま)」の名の由来になったとされる[5]。このように、神話の和邇は、海と川の両方に現れる大きな力をもつ存在として描かれている[5]。
ここから分かるのは、「ワニ」という言葉が、記録の上では実在の生き物の名前と、神話の中の大きな存在の両方に使われていたことである。ただし、ここで使った風土記の話は、和邇(神話)の解説に基づく要約であり、原文は直接読んでいない。
実在のサメか、爬虫類か、それ以上の何かか。結論を急がず、自分で資料にあたって確かめる道がある。
ちかくの「サメの はなし」を さがして みよう
ワニの呼び名と神話を、自分の目と手で確かめるには
呼び名と原典を、自分で当たるには
おうちで
農林すいさんしょうの ホームページに、けんごとの きょうどりょうりを しょうかいした ページが あります。ひろしまの ページには「ワニ」が でて きます。じぶんの すむ けんにも、サメの りょうりが ないか 見て みましょう。
おでかけで
鳥取県には、白兎海岸という ところが あります[1]。うみに 行く ときは、おとなと いっしょに、なみに 気を つけます。
しらべる ときは
図書館で、古事記を 子ども むけに 書いた 本を さがして、「わに」が どう かかれて いるか 見て みましょう。
家でできること
農林水産省のホームページには、県ごとの郷土料理を紹介する「うちの郷土料理」があります。広島県のページでワニの刺身を読んだら、自分の県にもサメを使った料理や、サメの呼び名がないか探してみましょう。
出かけてできること
鳥取県の白兎海岸の周辺は、白兎が皮をはがれた「気多の岬」とされています[1]。海辺へ行くときは、波に気をつけ、おとなといっしょに行きます。
資料を読むなら
図書館で、古事記を子ども向けに書いた本を探し、「和邇」がどう書かれているかを見ましょう。岩波文庫などの校訂本には、原文に付く注も載っています。
ワニの正体は、まだ決まっていません。どの資料を読んで、あなたはどの説に近づくでしょうか。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
呼び名と料理の話は農林水産省と鳥取県の公式ページ、和邇の説と字の話は百科事典・解説記事による。古事記・風土記の原文は直接確認していない。
- 鳥取県「因幡の白うさぎ」 https://www.pref.tottori.lg.jp/311698.htm (和邇=サメの紹介・白兎海岸)
- 農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/menu/hukanotetubosi.html (サメの呼び名の地域差)
- 農林水産省「うちの郷土料理」広島県 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/area_stories/hiroshima.html (広島のワニ料理・もてなしの言葉)
- Wikipedia「因幡の白兎」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A0%E5%B9%A1%E3%81%AE%E7%99%BD%E5%85%8E (古事記原文の引用・音注)
- Wikipedia「和邇 (神話)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E9%82%87_(%E7%A5%9E%E8%A9%B1) (各説・神話での描かれ方)
- コトバンク「ワニ」(世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/%E3%83%AF%E3%83%8B (古語のワニと「鰐」の字)
- 東洋経済オンライン 対談記事 https://toyokeizai.net/articles/-/232736?display=b (サメ説の一般的な説明)
なおした ところ
更新履歴
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