このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

湖を みどりに する アオコは、どうして ふえて しまうの?

湖面の緑の粉は、昼すぎに消えることがある ── アオコの浮き袋と、琵琶湖・諏訪湖の水質対策

アオコ(藍藻)の浮き袋と、富栄養化への対策 ── 琵琶湖の石けん運動・条例、諏訪湖の下水道高度処理

分野:自然

あさの 湖に、みどりの こなを まいたような ものが うかぶ ことが あります。これが「アオコ」です。ところが ひるを すぎると へりはじめ、ゆうがたには なくなる ことも あるそうです。

こなは、どこへ いったのでしょう。そして、どうして 湖で ふえすぎるのでしょう。この メモでは、琵琶湖びわこと すわこが、水を きれいに しようと した ことが わかります。

夏の朝、緑の粉をまいたようなものが湖面に浮かぶことがあります。アオコです。ところが、その粉は昼から減りはじめ、夕方までに消えてしまうこともあるといいます[2]。

粒はどこへ行き、そもそもなぜ湖で増えすぎるのでしょうか。この記事では、アオコの浮き袋の話から出発して、琵琶湖は暮らしの側から、諏訪湖は下水の側から水質を守ろうとしてきた道すじと、それでも残る課題が分かります。湖面から消えたアオコは、湖の底へ移ったのかもしれません。

アオコをつくる藍藻には「ガス胞」という浮き袋があり、湖面と底を一日のうちに行き来する。午前に浮いた粉状のアオコが、夕方までに消えることもある[2]。

では、その藍藻はなぜ湖で増えすぎるのか。琵琶湖は1977年の淡水赤潮を機に暮らしの側から、諏訪湖は下水道の高度処理で、それぞれ水質を守ろうとしてきた。湖面から消えたアオコは、湖の底へ移ったのかもしれない。両方の道すじと、それでも残る課題が分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. あさに うかんだ こなは、ゆうがたに どこへ?

1. 朝に浮かんだ粉は、夕方にどこへ行くのか

1. 藍藻はガス胞を使い、一日のうちに湖面と底を移動する

アオコを つくって いるのは、藍藻らんそうという とても ちいさな いきものです。からだに「ガスほう」と いう ふくろが あり、うきぶくろのように つかって、水の おもてに うかべます[2]。

この ふくろを ふくらませたり ちぢませたり して、一日の うちに 湖の おもてと そこを いったり きたり すると いわれます[2]。あさに うかんだ こなが、ひるから へりはじめ、ゆうがたに きえるのは、そのためかも しれません。

だから アオコを みたい 人には、ごぜんが おすすめだと されて います[2]。

では、この いきものは、どうして 湖で ふえすぎるのでしょう。

アオコをつくるのは、浮き袋を持った生きもの

アオコをつくるのは、藍藻という小さな生きものです。茨城県の霞ケ浦環境科学センターの資料によると、アオコをつくる藍藻には「ガス胞」という浮き袋があり、これで水面に浮かべます[2]。長野県の諏訪湖では、アオコの原因は藍藻の一種ミクロキスティスだと説明されています[1]。

一日のうちに、湖面と底を行き来する

ガス胞は膨らませたり縮ませたりでき、藍藻は一日のうちに湖の表面と底を行き来します。これを鉛直移動といいます。午前に浮かんで粉のように見えたアオコが昼から減りはじめ、夕方までに消えることもあるので、観察するなら午前がおすすめだといいます[2]。

つまり、夕方に粉が見えなくなったのは、いなくなったのではなく、水の中へ戻った可能性があります。では、そもそも、なぜ湖でこんなに増えるのでしょうか。

アオコをつくる藍藻は、ガス胞という浮き袋で水面に浮かぶことができる。ガス胞を膨らませたり縮ませたりして、一日のうちに湖の表面と底の間を行き来する。これを鉛直移動という[2]。この説明は、茨城県霞ケ浦環境科学センターが、京都大学生態学研究センターの研究者らの解説をもとに示している。

午前に浮いて粉状に見えたアオコは、昼から減りはじめ、夕方までに消えることもある。だから観察は午前が向く、とされる[2]。夕方に見えないのは、必ずしも減ったからではなく、湖面の下にいるからかもしれない。ただし、実際に水中のどこにどれだけいるかは、湖や日によって違うはずで、この説明は一般的な傾向を述べたものだ。

諏訪湖でアオコの原因とされるのは、藍藻の一種ミクロキスティス(Microcystis)である[1]。では、この藍藻が湖で大きく増えるのは、どんな条件のときなのか。

2. どうして 湖で ふえすぎるの?

2. 栄養が多く、暖かく、水が動かない湖ではアオコが増える

2. 富栄養化と、増殖に向く条件

湖の 水に ちっそと りんと いう ものが ふえる ことを「ふえいようか」と いいます[1]。ちっそと りんは、いきものの ごはんのような ものです。

ごはんが おおい 湖で、はつなつから あきに かけて、ちいさな いきものが ふえすぎると、水が みどりいろに なり、とうめいさが さがります[1]。

ひが ながく、あたたかく、水が あまり かきまざらない ときに ふえやすい と いわれます[3]。また 湖では、りんや ちっそが、ちいさな いきものの かずを きめる ことが おおいと せつめいされます[4]。

りんは、むかしの せんざいに ふくまれて いました。つぎは、琵琶湖びわこで おきた はなしです。

富栄養化とは、窒素とりんが増えること

湖や海で、窒素とりんの濃度が高くなることを富栄養化といいます。栄養の多い湖では、初夏から秋にかけて植物プランクトンが増えすぎ、湖水が緑色になって透明度が下がります。この現象をアオコと呼びます[1]。

増えやすい条件は、重なる

アオコは、水があまりかきまざられず、日照が長く、水温が高く、窒素やりんが豊富なときに増えやすいと説明されます[3]。また、湖では、りんや窒素などの栄養物質が植物プランクトンの量を左右することが多いとされます。ただし、どの湖でもりんだけが決め手とは限りません[4]。

りんは、家庭で使う合成洗剤にも含まれていました。次の舞台は、そのりんが問われた琵琶湖です。

富栄養化とは、湖や海で窒素とりんの濃度が高くなることだ。栄養の多い湖で、初夏から秋にかけて植物プランクトンが増えすぎ、湖水が緑色になって透明度が下がる現象をアオコという[1]。

増えやすい条件は、湖水のかきまぜが少なく、日照が長く、水温が高く、窒素・りんが豊富なことだと整理される[3]。また、湖沼では、リンや窒素などの栄養物質が植物プランクトンの量を左右することが多いとされる[4]。ただし、湖ごとに事情は異なり、りんだけが決め手とは限らない。

条件が複数あるうち、人が手を入れやすいのは栄養の量である。気温も日照も、人の力では変えにくいからだ。では、りんを減らす取り組みは、どう始まったのか。次の章は、りんを含む家庭用の合成洗剤が問題になった琵琶湖の例である。

3. 1977ねんの 琵琶湖びわこで、せんたくの せんざいが とわれた

3. 1977年の琵琶湖で、洗濯の洗剤が問われた

3. 1977年の淡水赤潮と、県民の石けん運動

1977ねんの 5がつ、琵琶湖びわこで「たんすいあかしお」と よばれる おおきな はっせいが ありました。水道水の においや、さかなに ひがいが でました[5]。

げんいんの ひとつは、ごうせいせんざいに ふくまれる りんだと わかりました。そこで けんみんが、ごうせいせんざいを やめて、こなせっけんを つかう うんどうを はじめました[5]。

1978ねんには、しゅふを ちゅうしんに「こなせっけんを つかおう」という けんみんの うんどうの かいぎが つくられました[5]。まいにちの せんたくで、湖を まもろうと したのです。

水道水と魚に、影響が出た

1977年(昭和52年)5月、琵琶湖で淡水赤潮が大規模に発生しました。水道水の異臭味や、養魚場のアユ・コイが死んでしまう被害が出たと、滋賀県は説明しています[5]。

県民が選んだのは、洗剤を替えること

原因の一つが、合成洗剤に含まれるりんだと分かりました。そこで県民が主体となり、合成洗剤をやめて粉石けんを使う運動が始まります[5]。1978年には、主婦層を中心に「びわ湖を守る粉石けん使用推進県民運動」の県連絡会議が結成されました[5]。

りんは原因の「一つ」で、洗剤だけが原因というわけではありません。それでも、毎日の洗濯という暮らしの側から湖に手を入れようとした点が、この運動の特徴です。運動はやがて、県の決まりにまで広がっていきます。

1977年(昭和52年)5月、琵琶湖で淡水赤潮が大規模に発生し、水道水の異臭味障害や、養魚場でのアユ・コイの斃死被害が出た[5]。原因の一つが、合成洗剤に含まれるりんだと分かると、県民が主体となり、合成洗剤をやめて粉石けんを使う運動、いわゆる石けん運動が始まった[5]。1978年には、主婦層を中心に「びわ湖を守る粉石けん使用推進県民運動」の県連絡会議が結成されている[5]。

ここで注意したいのは、りんが原因の「一つ」とされている点だ。条件の組み合わせで起きる現象を、単独の原因に帰すことはできない。それでも、工場や下水の整備を待たず、各家庭が毎日の洗濯で選べるところから始めた、という筋道に意味がある。この運動は、1年あまり後に県の条例へとつながる。

4. こなせっけんの うんどうは、けんの きまりに なった

4. 石けん運動は、条例と「びわ湖の日」になった

4. 琵琶湖の富栄養化防止条例と、7月1日の「びわ湖の日」

うんどうは、けんの きまりに なりました。1979ねんの 10がつに条例じょうれいが だされ、1980ねんの 7がつ 1にちから はじまりました[5]。

この 条例じょうれいでは、りんを ふくむ いえの ごうせいせんざいを つかうのが きんしされました。こうじょうの はいすいに ふくまれる ちっそと りんにも、きまりが できました[5]。

そして 7がつ 1にちは、「びわ湖の ひ」です。条例じょうれいが はじまった 1しゅうねんを きねんして きめられました。まいとし 10まんにん いじょうが、このころ そうじに さんかします[5]。

みんなの うんどうが、湖を まもる きまりに つながりました。

1979年に公布、1980年7月1日に施行

「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」は、1979年10月に公布され、1980年7月1日に施行されました。りんを含む家庭用合成洗剤の使用を禁止し、工場排水に含まれる窒素とりんに規制基準を設けています[5]。公布(10月)と施行(翌年7月)は、月が違うので混ぜないようにしましょう。

条例の1周年から、びわ湖の日へ

7月1日は「びわ湖の日」です。条例の施行1周年に当たる翌年に定められ、毎年10万人以上が、この日の前後の期間に清掃活動に参加しているといいます[5]。

家庭の洗剤と、工場の排水。出どころの違う2つに、一つの決まりで手を打ったところが、この条例の特徴です。それでも湖の水は、すぐに元には戻りません。ほかの湖では、別の出どころに目が向けられました。

石けん運動を受けて、1979年10月に「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」が公布され、1980年7月1日に施行された。りんを含む家庭用の合成洗剤の使用を禁じ、工場排水に含まれる窒素とりんの規制基準を定めている[5]。公布(1979年10月)と施行(1980年7月)の月は異なるので、混同しない。

この条例は、家庭と工場という出どころの異なる2つを、一つの決まりで扱う。一方、住民の自発的な運動が先に動き、制度があとを追った、という順序も読み取れる。運動の中心が主婦層だったことと、規制が家庭用洗剤に及んだことは、資料の上でつながって見える。

7月1日は「びわ湖の日」である。条例の施行1周年に当たる翌年に定められ、毎年10万人以上が、この日の前後の期間に清掃活動に参加している[5]。決まりと、毎年の行動が、セットで残っている例といえる。

では、諏訪湖はどうだったのか。こちらは、湖に流れこむ水そのものを、下水道で変える道を選んだ。

5. すわこでは、げすいの ぎじゅつが すすんだ

5. 諏訪湖では、下水道の高度処理が進んだ

5. 諏訪湖流域下水道と、高度処理の導入

長野けんの すわこでは、しょうわ30ねんだいの おわりごろから、湖が きゅうに よごれ、アオコや、わるい においが でました[6]。

そこで、げすいどうを つくる ことに しました。1979ねんの 10がつに 一ぶが つかえるように なり、1993ねんの 9がつには、まわりの ぜんぶの まちや むらで つかえるように なりました[6]。

その あと、さらに「こうどしょり」と いう ぎじゅつも そなえました。1995ねんどから すこしずつ、2005ねんどから ぜんぶで つかえます[6]。ふつうの しょりより、ちっそや りんも へらす ことを ねらった ものです。

では、いまの すわこは、どうなったでしょう。

昭和30年代後半から、急に進んだ富栄養化

諏訪湖では、昭和30年代の後半から富栄養化が急速に進み、アオコ、悪臭、魚が死ぬ被害などが現れたと、長野県は説明しています[6]。

下水道は、段階を追って広がった

長野県の資料によれば、諏訪湖流域下水道は昭和54年(1979年)10月に一部が使えるようになり、平成5年(1993年)9月に流域のすべての市町村で使えるようになりました。さらに、平成7年度から高度処理施設を順に導入し、平成17年度から全系列で高度処理が行われています[6]。

高度処理とは、普通の処理に加えて、窒素やりんもできるだけ減らそうとする処理のことです。琵琶湖が洗剤という「家の入り口」にまで手を入れたのに対し、諏訪湖は下水が湖に流れこむ「出口」を整えた、という見方もできます。では、その結果は、どうだったのでしょう。

諏訪湖では、昭和30年代の後半から富栄養化が急速に進み、アオコ、悪臭、魚のへい死などが現れた[6]。対策の中心になったのが、諏訪湖流域下水道である。昭和54年(1979年)10月に一部が供用を開始し、平成5年(1993年)9月に流域の全市町村で供用された。さらに平成7年度から高度処理施設を順に導入し、平成17年度から全系列で高度処理が供用されている[6]。

高度処理は、通常の処理に加えて、窒素やりんを減らすことをねらった処理を指す。琵琶湖の対策が、洗剤という家庭の使い方と工場排水の規制に手を入れたのに対し、諏訪湖は、下水を集めて処理する「出口側」の整備に力を注いだと整理できる。2つを比べると、湖に入る栄養を減らす道が、少なくとも2つあることが分かる。

ただし、整備には長い年月がかかった。一部の供用開始(1979年)から全系列の高度処理(2005年度)までは、およそ26年である。その結果は、どうだったのか。

6. きれいに なった? まだ のこる しゅくだいも ある

6. 透明度は上がった。ただ、残った課題もある

6. 全りんは改善、COD・全窒素と貧酸素は課題

長野けんの しりょうでは、ちかごろ、りんの かずが きまりの ねを したまわる としが ありました。夏の アオコが おさえられ、水の とうめいさが あがったと されます[7]。

けれど、ぜんぶが かいけつした わけでは ありません。「COD」と いう よごれの めやすと、ちっそは、まだ きまりに とどいて いません[7]。

また 夏を ちゅうしんに、湖の そこや、ヒシと いう 水くさが しげる ばしょで、さんそが たりなく なる ことが あります[7]。よくなった ところと、これからの ところが あるのです。

全りんは改善し、透明度は上がった

長野県の第7期諏訪湖水質保全計画の資料によると、近年は全りんが環境基準値を下回る年があります。夏の植物プランクトン(アオコなど)の増殖が抑えられたことなどにより、透明度が上がりました[7]。

それでも、残る課題

一方で、CODと全窒素は、環境基準を達成せず横ばいです。夏を中心に、湖底やヒシが繁る場所で、酸素の少ない状態(貧酸素)が起きています[7]。「きれいになった」とひとことで言い切れず、全りんは改善、COD・窒素は横ばい、と分けて見る必要があります。

この資料からは、取りもどす道が、一度で終わらないことが分かります。さて、諏訪湖の大きさを使って、ひとつ計算をしてみましょう。

第7期諏訪湖水質保全計画の現状資料によれば、近年は全りんが環境基準値を下回る年が確認され、夏の植物プランクトン(アオコ等)の増殖が抑えられたことなどにより、透明度が上昇した[7]。下水道の整備と、全りんの改善が、時期として重なっていることは確かだが、資料は両者の因果をこれ以上は説明していない。

一方、CODと全窒素は環境基準を達成せず、横ばいである。また、夏を中心に、湖底やヒシ(水草)の繁茂場所で貧酸素化が起きている[7]。諏訪湖の水質は、全りんでは改善が見られる一方、COD・全窒素や貧酸素には課題が残る。りんが減っても、窒素や酸素の問題が別に残る。それが、水質の改善が一本の線で進まない理由の一つである。

では、この湖の規模は、どれほどなのか。

7. うきぶくろを、ペットボトルで ためして みよう

7. ペットボトルで浮き袋の模型を試し、諏訪湖の水の入れかわりを計算する

7. 浮力の模型づくりと、諏訪湖の水の入れかわりの概算

うきぶくろの ようすを、いえで まねして みましょう。

まず ペットボトルに 水を いっぱい いれます。つぎに、さかなの かたちの しょうゆいれに、水を すこし いれて、さかさまに して ペットボトルの なかへ。しょうゆいれが ぎりぎり うく ように、水の りょうを ちょうせつ します。ふたを しめて、ボトルを にぎると、しょうゆいれが しずみます。ゆるめると、また うきます。

ただし ほんとうは、アオコの ガスほうは、ボトルのように そとから おされて ちぢむのでは ありません。じぶんで おおきさを かえると いわれます[2]。

やってみよう:ペットボトルの浮き袋

ペットボトルに水をいっぱい入れます。魚の形のしょうゆ入れに水を少し入れ、口を下にして、ペットボトルの中へ入れます。しょうゆ入れがぎりぎり浮くように、中の水の量を調節します。ふたを閉めてボトルを握ると沈み、緩めると浮きます。

握ると、しょうゆ入れの中の空気が縮んで浮く力が減るので沈みます。空気の量で浮き沈みが変わる、という点が、ガス胞と似ています。ただし本当は、アオコのガス胞は外から押されて縮むわけではなく、藍藻が自分で調節するといわれます[2]。

諏訪湖の水は、どれくらいの速さで入れかわる?

諏訪湖は湖面積が13.3km²、平均水深が4.7m、最大水深が7.2mです。水の入れかわる時間(滞留時間)は約46日です(平成24〜28年のデータ)[7]。面積と平均水深をかけると、13.3km²は13,300,000m²なので、13,300,000×4.7=約6,250万m³です。これを46日で割ると、1日あたり約136万m³になります。

家の浴そうが200Lとすると、136万m³は約680万杯分です。これは面積×平均水深という概算なので、実際の水の量とぴったり合うわけではありません。それでも、毎日これほどの水が入れかわる湖に、栄養がどう入るかが問われているのだと分かります。

さらに調べたくなったら、滋賀県の「びわ湖の日」のページ[5]、長野県の諏訪湖流域下水道のあゆみ[6]、水質保全計画の資料[7]が、日本語で読めます。

ガス胞の浮力調節を、模型で試せる。ペットボトルに水を満たし、魚形のしょうゆ入れに少量の水を入れて口を下にして浮かべ、ぎりぎり浮く状態に調節する。ふたを閉めて握ると沈み、緩めると浮く。中の空気が縮んで浮く力が減るので沈む。ただしアオコのガス胞は、外力で縮むのではなく、藍藻自身が調節するとされる[2]。模型は、空気の量で浮き沈みが決まる、という原理だけを借りている。

諏訪湖の規模は、湖面積13.3km²、平均水深4.7m、最大水深7.2m、滞留時間は約46日である(平成24〜28年データ)[7]。13.3km²=1.33×10⁷m²に4.7mをかけると約6.25×10⁷m³で、46日で割ると約1.36×10⁶m³/日になる。浴槽(200L=0.2m³)に換算すると約680万杯分で、1日にこれだけの量が入れかわる計算だ。ただし面積×平均水深は概算で、湖盆の実際の形とは一致しない。

これだけの水が約46日で入れかわる湖でも、COD・全窒素・貧酸素という課題が残っている。琵琶湖の洗剤規制と、諏訪湖の高度処理という、栄養の入り口を減らす2つの道があっても、水質は一直線には戻らない。資料を読むなら、滋賀県のびわ湖の日のページ[5]、長野県の諏訪湖流域下水道のあゆみ[6]と水質保全計画の現状資料[7]が、日本語で数字と経過を確認できる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:滋賀県・長野県・茨城県・埼玉県の資料を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 長野県諏訪地域振興局「水質用語の解説」。https://www.pref.nagano.lg.jp/suwachi/suwachi-kankyo/kankyo/suwakojoka/suishitsuyogo.html (富栄養化・アオコ・ミクロキスティスの説明について)
  2. 茨城県霞ケ浦環境科学センター「アオコってなに?」(出典:中野伸一ほか、京都大学生態学研究センター、2012)。https://www.pref.ibaraki.jp/soshiki/seikatsukankyo/kasumigauraesc/04_kenkyu/shoukai/shoukai/documents/general_1-10.pdf (ガス胞と一日の鉛直移動について)
  3. 埼玉県の資料(PDF)。https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/21512/14881.pdf (アオコが増えやすい条件について。検索結果の抜粋をもとにしたので、表現は弱めにした)
  4. 茨城県「富栄養化と窒素・りん」(PDF)。https://www.pref.ibaraki.jp/seikatsukankyo/kantai/kasumigaura/lake/documents/hueiyoukatotissorinn.pdf (りんが制限要因とされることについて。検索結果の抜粋をもとにしたので、表現は弱めにした)
  5. 滋賀県「「びわ湖の日」とは?」。https://www.pref.shiga.lg.jp/biwakatsu/20514.html (1977年の淡水赤潮、石けん運動、琵琶湖の条例、びわ湖の日について)
  6. 長野県「諏訪湖流域下水道のあゆみ」。https://www.pref.nagano.lg.jp/suwakoryuiki/jigyo/gesui/ayumi.html (諏訪湖の富栄養化と下水道・高度処理の経過について)
  7. 長野県「第7期諏訪湖水質保全計画 現状資料」(PDF)。https://www.pref.nagano.lg.jp/mizutaiki/kurashi/shizen/suishitsu/7kisuwakokeikaku/documents/03-01_joukyou.pdf (諏訪湖の水質の改善と残る課題、湖の大きさについて)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。